Keisuke Hara - [Diary]
2003/04版 その1

[前日へ続く]

2003/04/01 (Tues.) VIII-364

少しは春休みらしく過さうと思つて遊び歩いて、 久しぶりに本格的なお寿司を食べたり。

フランスに発つ直前の A 堀先生からメイルで、 留守中の半年間の仕事の依頼リストが来てゐて、 ブルーになる。 やはり今年は何とか時間をひねり出して、 少しでも勉強らしいことを続け、 せめてカンを鈍らせないやうに維持することが課題になりさうだ… 来年は私が在外研究に応募してやらうかしらん。


2003/04/02 (Wed.) VIII-364

京都は曇り時々雨で欝陶しくも温かい春らしい空模様。 そのせゐかやたらに眠い…春休みで良かつた。 昼食は納豆に根菜の味噌汁など。 しばらく午睡や読書など。 だうも調子がよろしくないので、 「フーリエ解析大全演習編」の演習問題を解く。 チェザロ平均の話。少し気分が良くなつた。 夕食は竹の子と若布のオムレツ。

最近、気になる言葉は「シャーデンフロイデ」 (Schadenfreude)。 政治経済方面の解説で耳にすることが多い。 schaden は「悲しみ」(*1)、freude は「〜を喜ぶ」の意で、 「ものや人を傷つけたり、人が悲しむ様子を見たりする楽しさ、悦び」 と言つた感じの意味のドイツ語である。 ちなみにこれはそのまま英語にもなつてゐて、英和辞典にも出てゐる。 さう言つた精神構造はイギリス人にはないので、 そもそもされを指す言葉もなかつたのだ、と言ふ説がある。 普遍的な感情だと思ふので、一概にさうとも思はれないが、 そのものずばりの言葉を持つてゐるところを見ると、 ドイツ的なものなのかも知れない。 日本語にも存在しない言葉なので、このまま使はれてゐるやうだ。 世論や大衆の気持ちが一気に傾く時、 誰の心の中にもあるシャーデンフロイデが巧妙に利用されてゐることが多い、 やうに思ふ。

*1: T 山先生から教わつた追加訂正情報(感謝): 動詞 "schaden" は「危害や損害を与へる」、 名詞 "Schaden" は上に書いた「悲しみ」と言ふより、 その「損害」や「不利益」の意味であるとのこと (一般的な「悲しみ」に対応する語は "Kummer" や "Trauer" )。 また、似た単語で形容詞の "schade" は「残念な、惜しい」を表す。 とすると、複合名詞らしい "Schadenfruede" 「損害や危害を与へること(または、その結果) + (を見る、から来る)喜び」 は、非常にうまく出来た複合語であり、 なかなかさう言ふ言葉のない英語人や日本語人としては、 使ひたくなるもの当然と言ふ気がする。


2003/04/03 (Thurs.) VIII-367

目覚しにフーリエ解析の演習問題を一題解く。 チェザロ平均を一度とつても発散するが二度とると収束する例の計算と、 二度とつてもまだ発散するが三度とると収束する例を作れ、と言ふ問題。 続いて、確率解析の勉強をする。 延々と Littlewood-Paley-Stein 不等式の確率論的証明が続いてゐる。 昼食はトマトとアンチョビのパスタ。 午後は少し Malliavin 解析の教科書に目を通してから、 河原町のマリアージュ・フレールに紅茶葉を買ひに外出。 イングリッシュ・ブレックファーストを 100 グラム購入。

ついでに大型本屋に立ち寄ると、 本棚の向かうから二人の女性が話し合ふ大きな聲がする。 一人は新興宗教の教祖、もう一人は相談者らしい。 教祖は厳しく相談者を叱責し、詰問しながら、 神だとか悪魔だとか因縁だとか語つてゐる。 相談者は泣きながらその詰問に答へ、 その教へを拝聴すると言ふ感じである。 こんな場所で宗教活動とは、と思ひ好奇心で覗いてみると、 そこにゐるのは中年の女性が一人だけである。 その一人の女性の片方の人格「教祖様」が、 他方の人格「相談者」を叱つてゐるのであつた。


2003/04/04 (Fri.) VIII-367

京都は雨。今日から新學期。 目覚しの珈琲を淹れて、フーリエ解析の演習問題を一題解く。 チェザロ平均の概念の改良を目指す連題の最初なので、簡単過ぎてがつかり。 でも一日一題の楽しみにしてゐるので、後はまた明日。 確率解析の勉強を少し。 次数が 2 以下の場合に目標の L-P-S 評価が証明された。 昼食は納豆と味噌汁で清貧の食卓。 雨のせゐで外に出る気にもなれず、 午後は講義の準備として Malliavin 解析の勉強。 朝の日課にしてゐる確率解析の本は、 R 大での講義にはちよつと高度過ぎると思はれたので、 他のものなども参考に少しノートを作つてみた。 エルミート多項式とウィナー=伊藤分解など。 ここまでは完璧に分かつた。講義でやつても良からう。

私は一応、確率解析が専門と言ふことにしてゐるのだが、 趣味が若干古典的であることもあつて、 Malliavin 解析を使つたことがない。 しかも、正直に言つて、ずばり、 実際よく分かつてゐない。 どこかでひつくりかえつてゐる人がゐるかも知れないが、 本当だから仕方がない。 確率解析とは何か、と言はれるとちと困るが、 Malliavin 解析は理論として整備された中では、 最新かつ最重要ツールの一つであることは間違ひないので、 専門家と言ふ以上は、よく分かつてゐないなんてことは許されない。 丁度、今期は確率過程論の名目で確率解析の講義をするので、 徹底的に勉強したいと思つてゐるのである。


2003/04/05 (Sat.) VIII-367

今日も曇りのち雨で、肌寒い。 いつものやうに午前中を過し、 土曜日で閑なので午後も勉強をする。 「確率解析」は L-P-S 不等式の証明がやつと終わつた。 次からは抽象 Wiener 空間上の Sobolev 空間のセッティングの話。 夕方になつて、珈琲が切れたことに気付いたので、 烏丸に珈琲豆を仕入れに行く。 ついでに喫茶店で珈琲を飲みながら、 K 岡先生が昔、岩波「数学」に書いた Malliavin 解析の解説を読む。

私が確率論を勉強しだした 90 年代には、 既に Malliavin 解析の理論的整備は一段落ついてゐて、 この理論が現れ出した頃の驚きや衝撃は、 私のやうに初めて学ぶものには分からなくなつてゐた、と思ふ。 しかし、やつぱり本当に分かつてゐる人と言ふのは偉いもので、 この K 岡先生などの論説を読むと、 さういふ勘所が素人にも伝はつて来て、 ちやんと内容は理解できないまでも感心したものであつた。

無限次元の経路空間の上で解析学が出来ればそれは素晴しいが、 例へば、そもそも微分の構成が怪しい。 内積やノルムから自然に微分を入れたいところだが、 それでは今度は自然に測度が入らないし、 確率論で扱ひたい量はそもそも連続ですらないことが多い。 とすると、Sobolev 不等式からして、 微分を考へることがそもそも無意味ではないか、 と言ふところで止まつてゐた、と。 ところが、そこが盲点で、 Sobolev 不等式には分母に空間の次元が入つてゐるから、 無限次元の場合には無意味で、滑らかさから連続性が導かれない。 実は、「不連続だけど可微分」でもよろしかつたのだ… なんて話で上の論説は始まつてゐる。


2003/04/06 (Sun.) VIII-367

炒飯を作つて昼食にする。 午後は本の買ひ出しなど。 夕方から近所に本棚を買ひに行く。 この本棚は書類専用である。 私は寝床で暮らす時間が長いので、 寝室に書類を少々おいてゐる。 引越し用のダンボールに三箱くらいである。 少量とは言へ、出し入れに不便なので、 横のものを縦にすることにした。 やはり本棚は偉大である。新しく本棚を買ふたびに、 その収納力の大きさに驚く。 今の所、我が家では本棚には主に「紙もの」しか入つてゐないが、 ほとんどすべてのものは本棚に片付けるべきではなからうか。

ちなみに我が家には本棚が十五、 棚の数にして約七十ほどある。


2003/04/07 (Mon.) VIII-426

私にとつては今日からが本格的に新學期。 今期のゼミのうちあはせをする。 A 堀先生ところの学生の面倒も見なくてはいけないので、 今期のゼミは合計 5 つ。 軽く事務仕事をして夕方に帰宅。

トップの引用は、森先生が「近頃の子供たち」についての エッセイに書かれてゐたものだが、 その要点は「子供から見ると大人はなまけてゐる」 と言ふことで、私自身が子供の頃にさう思つてゐたので、 大変感心したものである。 子供の人生は大変である。少なくとも私は大変だつた。 勉強もしなくちやいけないし、 人間関係も複雑だし、大変なことだらけである。 なのに、大人はテレビを見たり、赤ちょうちんで上司の悪口を言つたり、 カラオケしたり、ロクな仕事もしてゐないのに、 なまけ放題、好き放題ではないか。 大人になつた今もかなり本気で思ふのだが、 大人はラクだと思ふ。自分で稼いでゐるので、 本当に嫌なことはしないで済む。 いやいや、大人は稼ぐために沢山我慢してゐてストレスだらけなんだ、 と大人は言ふが、本当に大変な子供に対しては説得力がない。 なぜなら、本当のところ、それはウソだからだ。 つまり、なまけてゐるから、そんな為体なのだ。 だから、私は格好良い大人になりたかつた。

大人は子供に背中で教育するんだとか言ふけれど、 しみつたれた背中を見せても何の教育にもなりはしない。 なまけてゐて格好悪い大人が、子供に説教できることなんか何もない。 大人は子供のことなど構はずに格好良い背中を見せなきやいけない。 俺は君たちより毎日もつと勉強してゐる、 君たちより毎日もつと楽しんで苦しんでゐるんだ。 俺は君たちよりもつと速く走れる、 追ひつけるものなら追ひついてみろ、 とたまに後ろに向かつて舌を出すくらいで丁度良い。 私はそんな大人になりたかつた。 新學期になると、そんなことを思ひ出して、 今の自分の情けなさをふりかえつて憂鬱になる。 大人とは情けないものだ。 せめて、子供の頃の自分に軽蔑されないくらいの大人でゐたい。


2003/04/08 (Tues.) VIII-476

八時起床。今日の講義の予習をして、 お弁当を作り、虚数単位の風呂敷に包んで出勤。 キャンパスに到着し、お弁当を食べたら、午後の最初は「確率過程論」。 ヒルベルト空間上のガウス過程、エルミート多項式、Wiener-伊藤分解。 休憩なく続いて「計算機数学続論」。 中身は暗号理論で実際のところ、ほとんど初等整数論。 今日は最大公約数とかユークリッドの互除法とか。 休みなく続いて教授会。新年度初なので、 新しく赴任した方々が挨拶をしてゐた。 その中に私が東京時代によく一緒に飲み歩いてゐた N 尾氏がゐて (情報新学部に赴任)、 十年間 SFC (*1)に勤めてゐたと挨拶するのを聞いて少し驚いた。 なんとなく五年くらいのやうに思つてゐたが、 良く考へてみたら、私だつて BKC に既に五年以上ゐるのである。 会議後、私の研究室で N 尾氏と雑談。 久しぶりに昔なじみの、 しかも頭の良い人間と話をするのは良いものだ。 打てば響く感じと同時に適度なストレスがあつて、心が洗はれる。 (今日の一言:「技術の問題は技術的な問題に過ぎない」。)

帰宅は八時頃。パスタを茹でて、 大蒜と唐辛子とオリーブオイルで炒めた茄子と和え、 白ワインとともに食す。茄子は炒めると発色が綺麗でいい。 珈琲を飲んで、お風呂に入り、チェロの練習をする。 キャンパスまで出勤した日は時間がなくて、 せいぜい三十分と言ふところだが、 全く触らないより良いだらうと思ひ、出来るだけ毎日弾いてゐる。 K 川先生から借りてゐるヴィデオで、 去年のスヌーカー・プレミエリーグのセミファイナル戦を見る。 まずヒギンズが勝ち進んだ。どうなるオサリバン。

*1: SFC: 湘南藤沢キャンパス。


2003/04/09 (Wed.) VIII-580

お弁当用に胡瓜と卵とベーコンそれぞれのサンドウィッチを作つて出勤。 大学に到着してサンドウィッチの昼食を取りつつ講義の予習をし、 午後は「積分論 I」の講義。 第一回目なのでルベーグ積分の話に入る前に、 微分積分の復習とルベーグ積分を考へる意味など。 会議まで少し時間があつたので、 生協に行つて、Linux 塔載の Zaurus を見る。 PDA としては今一つのやうだし、 デザインもあい変はらず電卓みたいだが、 これで unix マシンだと思ふとちよつと痺れる。 それに液晶が異常なまでに綺麗だ。 夕方から教室会議。2 時間ほどで終わつた。 帰宅して夕食を作る。 夜、久しぶりにオンラインでチェスをする。 相手のナイト 1 とビショップ 1 に対し、 こちらがダブルビショップだが 1 ポーンダウン、と言ふ、 微妙なエンドゲームを一手 30 秒以下に追ひつめられて、 ドローになりさうなところ、 最後に相手が大きなミスをして一応勝つた。


2003/04/10 (Thurs.) VIII-580

八時過ぎに起床。最近、 朝型移行計画の第一段階として八時起床を義務づけてゐるのだが、 疲れのためか今日は少し寝坊した。 キャンパスでの用事(ゼミと講義と会議(*1)) を無理矢理に週の前半に固めたせゐかな… 朝の紅茶を飲みながらフーリエ解析の演習問題を一つ。 この前、出来なくて諦めてゐたところがすぐに解けた。 簡単なのに、なぜ出来なかつたのか分からない。 S 川先生「確率解析」は Meyer の同値性が終了。 昼食は玉葱と茄子の生姜炒め、納豆、胡瓜の糠漬、 じゃが芋の味噌汁。 午後は三十分ほど仮眠をとつて、 洗濯をしながら一時間ほど読書をし、 来週の確率解析の講義のノートを作つた。 重複 Wiener 積分を構成するところで、 今まで「明らか」だと思つて真面目に考へたことがなかつたことが、 やつてみると確かに明らかだが、 意外に面白い評価をしてゐることに気付いて良い気分になつた。 夕食はジャーマンポテト、油揚と若布の味噌汁、冷や御飯。 デザートは珈琲とミニ・キットカット。 夜は以前に書いた論文を見直すために、 書庫で書類の整理をする。本棚つて偉大。

*1: ちなみにこの順序は私にとつて、 使用エネルギーの大きい順序。 しかし疲労の大きい順序は逆である。 今、ふと思つたのだが、これは自動車のエンジンなんかと同じで、 安定に高速回転してゐる時がエネルギーは使つてゐるが、 エンジンへの負担は一番少なく、 アイドリングしてゐる時がエネルギーはあまり使つてゐないが一番負担になる、 と言ふ現象だらうか…


[後日へ続く]

[最新版へ]
[日記リストへ]

Keisuke HARA, Ph.D.(Math.Sci.)
E-mail: hara@theory.cs.ritsumei.ac.jp
kshara@mars.dti.ne.jp (for private)

この日記は、GNSを使用して作成されています。