Keisuke Hara - [Diary]
2004/04版 その1

[前日へ続く]

2004/04/01 (Thurs.) 5 パーセントのゆとり

街に出ると今日から消費税込み表示になつてゐる。 表示方法が変わつただけで、 本質的な変化はないと思はれるかも知れないが、 私が大学時代の友人(某省庁勤務)から聞いた話によると、 これは「ゆとり教育」とセットの戦略ださうだ。 若者の多くが金融用語で言ふところの 「割引き」計算が出来なくなつてゐることを利用して、 増税を狙つてゐるのである。 つまり、1000 円に 5 パーセントの税金がついて、 合計値段は 1050 円と言ふのは誰でも計算できるが、 5 パーセントの税込みで合計 1000 円であるとき、 その内で税金はいくらだつたのか、計算できる日本人は、 若年層には既にほとんどゐない。 実際、今日私が大宮駅前で若者らしき人々にアンケートを取つたところ、 100 人中 40 人が 50 円と答へ、 57 人が「3 円」「500 円」等の謎の回答で、 正解者 3 人は若作りしたマチキン業者だつた。(*1)

朝、Chess Today で、 今モナコで行なはれてゐるトーナメントの モロゼヴィッチ vs. トパロフ戦のゲーム解説を読み始めたら、 「1. e4 c5?!」 や、 「2. Nf3 d6?! 黒はいつピースを出すのか。 これでは負けるのも無理はない」から始まり、 「8. ... b5!? 深い着想。 黒はルークを d7 に運んで d6 ポーンを守るつもり」とか、 「10. f4? モナコからのモロゼヴィッチの電話によれば、 f3 のつもりが盤が滑つたとのこと」(*2) とジョーク満載の註釈で朝から笑はせてもらふ。 エイプリルフール企画だらうか。 ジョークは別にしても、 ゲーム自体も非常に面白いもので、 モロゼヴィッチの華麗な完勝譜。 素人目には、これで良く勝てたなと思ふほどの豪快さだが、 逆に言へば、 ポジショナルな盤面理解とタクティカルなセンスの両面で、 それほどまでに卓越してゐると言ふことだらう。 もうこれで、半年分の講読代金の元は取れた。

明日はお休みして、次回更新は明後日土曜日の夜です。

*1: もちろん、自分探し主体のゆとり教育のもとでは、 円周率が約 3 であるやうに小数点以下はほぼ無効であり、 その意味では消費税は事実上、存在しない。 上記のやうな省庁の試みは、 滑らかな段階的戦略の途中経過であり、 このあたりの呼吸がまさにファイン・チューニングである。

*2: 実際は、このあたりまで、 シシリアン・ディフェンスのナイドルフ変化での一つの定跡。


2004/04/02 (Fri.)


2004/04/03 (Sat.) 三人の農夫

一泊二日の休暇終了。 明日からまた頑張らう… 休暇中の読書、「舞踊会へ向かう三人の農夫」 (R. パワーズ著/柴田元幸訳/みすず書房)。 数年前に翻訳が出版されて評判になつたのだが、 興味はあつたものの、 タイミングを逸してずつと読んでいなかつた。 この春休みに読もうと思ひ、先日購入。 以前この本の感想を語つてゐた高槻の T 部長には、 あまり期待し過ぎないやうにと忠告を受け、 気楽に読み始めたのだが、 とても楽しんで読めるし、時代を越えた三つのストーリーが呼応し、 三点観測の形でテーマに収斂する構成の巧妙さが、 読後にしみじみと感じられる。 第一作にありがちな、 知つてゐることを全部詰め込んでしまつた感じの全力投球が、 結果的に成功してもゐる。 さらに言へば、これは 20 世紀のうちに読むべきだつた (これが私の一番の感想で、ほとんどこれだけと言つてもいい)。 訳者の後書には、 この小説をスティーブ・エリクソンの「黒い時計の旅」 と対応させてゐる文章もあるが、 私の好みではエリクソンの方がずつと上かな… と感じるのは、 最初物理学専攻だつたと言ふパワーズの方が私自身の感覚に近く、 その基調にあるセンスにそれほど感心しないのが主な原因だらう。


2004/04/04 (Sun.) 雨桜

午後まで雨。自宅でひつそりと暮らす。

大学勤めの教員にとつて春休みなどは、 業界用語で「稼ぎ時」と言ふものであつて、 講義期間中は日々に追はれて出来ない種類の、 まとまつた時間の必要な勉強や仕事をするものである。 もちろん、そんな暇もなく、 会議やら雑務やらに追はれてゐるのが今は多勢かも知れない。

一昨日、ホテルで三ヶ月ぶりに TV を観たのだが、 その短い間に驚くほど異様なものになつてゐた。 と思つたのは、おそらく幻影で、 そもそも異様だつたのに慣れてゐただけかも知れない。 いや、それにしても、 ほとんど見せ物小屋のやうで、 何もかも禍禍しく彩られてゐた。


2004/04/05 (Mon.) 春の賑ひ

出勤。 前期セメスタは明日からだが、 キャンパスは新入生のガイダンスや、 サークルの勧誘などで大賑ひ。 この四月から新しく赴任した Y 富先生が来てゐたので、 今週から始まる「情報処理演習」について打ち合はせ。 と言ふのも、 この演習科目は要は unix 系のコンピュータ・リタラシと言ふやつでほぼ全員が受講する上に、 数理科学科も学生定員が大幅拡大されたため、 とても一つの教室で収まらず、 同じ科目を我々二人が別の教室で受け持つのである。 序でに、一緒に生協で食事をし、 午後は、研究室で色々と用事を片付ける。 大学院の内部進学の推薦書を書くとか、 資料のコピーとか、伝票処理とか。 夕方になつて帰宅。 また慌しい日々が始まるなあ… 夜は講義の準備など。


2004/04/06 (Tues.) 7 の倍数

今日から前期セメスタ開始で、 キャンパスは物凄い人出である。 昼には生協食堂の表まで溢れるほどの行列。 大学冬の時代にこれだけ学生が集まつたことを 素直に喜ぶべきであらう。

午後は卒研の打ち合はせなどして、 夕方から今期最初の教授会。 大学全入時代に向けてさらなる入試政策の展開だとか、 MOT 大学院がどうしたとか、憂鬱な話が続く。 私はもう慣れてゐるが、 この四月から新しく赴任された先生方は、 いきなり毒気の強い教授会にあてられたのではないか、 と少し心配である。

ところで今日、初めて知つたことには、 大学全入時代とは 2010 年以降のことを指すらしい。 何でもその年に受験生の数が入学定員数を割り込むのださうだ。 今でも競争率 1 倍以下の大学は沢山あるから、 正しい意味では既に大学全入時代だと思ふのだが、 まあ、一種の「かけ声」と言ふか、 キャッチフレーズの類だらう。 とりあへず、2010 年となれば私は 42 歳で、 丁度キリが良いなあ、と思つた教授会であつた。


2004/04/07 (Wed.) 大移動

今日も事故だかのせゐで遅れてゐる電車で出勤。 午後から「確率過程論」。 今日はイントロと言ふことで、 一次元格子上のランダムウォークを話のタネに、 調和関数との関係、原点に戻つてくる確率、 その時間間隔などの具体的な計算など。 続いて、「計算機数学特論II」。 こちらも第一回の導入として、 公開鍵暗号系の基本的アイデアなどを解説。 新学期早々、二回連続の講義でふらふら。 流石に、三時間立ち放しのしやべり続けは身体にこたへる。 休憩もなく続いて教室会議。 新任として T 下先生、Y 富先生の二人を迎へて、 今学期最初の教室会議である。 6 時半くらゐまで続いて、 そのあと、K 川先生、A 堀先生、Y 富先生、 院生たちと一緒に、生協で食事。帰宅は 9 時過ぎ。

学科の定員増により、所属の部屋が若干増加する変更があり、 その部屋の使ひ方が今日、漸く決定。 私と A 堀先生の二人に指導を受ける学生たちは、 新たに「数理ファイナンス研究室」 と名付けられる 6 F の部屋に住むことになる。 これは現在、 学科の書庫や資料室として使用されてゐる大きな部屋である。 この名前でいいのか、と A 堀先生に聞かれたが (A 堀先生は意外と気遣ひが細やかなのだ)、 私はあるときは確率論専門、 またあるときはモグリの暗号屋にして、数理ファイナンス専攻、 フリーランスのテキストハッカー、 と何とでも都合の良いやうに呼んで頂いて結構なので、 特に異論はなかつた。 他の学生たちも概ね、専攻するテーマに分かれて、 大移動することになつてゐて、 これからの引越し作業の難航が予想される。 まさしくこの難題に相応しい有能さを買われて、 調整係は A 井先生、A 堀先生の二名が担当。


2004/04/08 (Thurs.) 空豆

午後から「情報処理演習」。 コンピュータ・リタラシの演習科目。 今日は、ログイン、ログアウト、ディレクトリの概念、 簡単なシェルコマンドとか。 最初、誰もログインできなくて焦つたが、 単に今までログインしたことがないので、 ウィンドウマネージャの選択が空になつてゐただけだつた。 Gnome か何かでもデフォルト設定しておけば良いのに不親切な設計だ。 ログインできなくて困つてゐる新入生や、 新任の先生が多いのではないだらうか。 続いて、M2 の暗号ゼミ。 ランダム・ラティス暗号の安全性評価の話。 生協で「日夏耿之介文集」(日夏耿之介著/井村君江編/ちくま学芸文庫) を購入して帰宅。

今日で新学期第一週の講義と会議は済んだが、既に疲労困憊。 夕食は近所のバーで。心と身体を癒す。 子羊の赤ワイン煮込み、チーズの盛り合せ。 私はチーズの類が好きなのだが、 名前などの知識には全く疎いし、 レストランなどで説明を聞いてもほとんど聞き流してしまふ。 今日こそはちやんと聞いて名前を覚えやうと、 「こちらのウォッシュタイプは…」と始まつたのに集中したのだが、 後で思ひ返すとやはり忘れてしまつてゐた。 煮込み料理には空豆がつけ合はされてゐて、 懐しさのせゐか美味しかつた。 昔、季節には母が塩茹でしてくれて、 子供心には迷惑に思ひながらも、良く食べたものだつた。 帰宅した頃には、小腹が減つたので、 茹でたての讃岐饂飩に、葱を散らし、 生醤油と島とうがらしをかけて食す。 泡盛の香りが効いて、とても美味。 是非、お試しあれ。


2004/04/09 (Fri.) 本屋

最近、普通の新刊書店の一番良い場所で平積みになつてゐるのは、 イラク関連以外では、 貧しくとも豊かに暮らす方法と、もつとお金を稼ぐ方法である。 この二つは対照的だなあと思つてゐたのだが、 良く考へれば、両方ともそろつて貧乏臭いと言ふ点以外にも、 階層社会を積極的に認めてゐる点で通底してゐるやうに思ふ。 勝ち組指向の方は分かり易いが、 「貧しくとも豊かに」路線の方も、 ヨーロッパでは収入の低い大衆も、 自分の好きなことをしながら生活を楽しくエンジョイしてゐる、 イタリアの統計では人生で大切なことは、 一位がサッカー、二位が恋愛なのだよ、どうだ豊かだらう (私には貧しさの極致にしか受けとれないが)、 とか言つてゐるのは、 結局、ヨーロッパ的階層社会賛美なのではないか。

そして、入口の平積みコーナーを抜けて、 通路脇の雑誌を通りすがりに眺めるには、 「やっぱり今、ヴァカンスはバリでコテージ貸し切り」、 「お寿司を食べるならバンクーバー」、 「淑女は自分に 200 万円分のご褒美を」…、 ひよつとして不況脱出どころか、 既にもうバブルなのだらうか?


2004/04/10 (Sat.) 相続者

午前中は寝床で「確率過程論」の講義の準備。 この講義の第一回はほんの 5 人くらいしか来てゐなくて、 まるで人気がない。 この講義を持つのは初めてで、 かなり気合ひを入れて準備してゐたため、 少しがつかりした。 しかし、これくらゐ少人数だと顔色を見ながら進められて、 とても講義しやすいことは確かである。 昼食は近所のカレー屋でチキンカレー。 自宅で珈琲を飲みながら休憩。棋譜を読んだり。 午後はまた講義の準備の続き。 一応、ほぼ自明なものまで、 全部証明をつけることにする。 夕食は御飯を炊いていつもの粗食。 夜はチェロの練習など。

昨日の日記の続きと言ふわけでもないが、階層社会と言ふと、 大学の教員はやはり大学教員の子供であることが多い、 やうな気がする。 少なくとも私は何人かその例を身近に知つてゐるし、 それほど構成員がゐる職業でもないので、 そのサンプル数でも統計的に有意だと思ふ。 環境も遺産の一つであるから、 彼等はブルデューの言ふ「相続者」であり、 自然なことかも知れない。 私の父のやうに高卒と言ふ例はかなり少ないだらう。 父とその兄弟たちは子供の頃に両親を亡くしたので、 年長の兄弟はみな進学を諦めたのである。

私の小さい頃には家はそれほど豊かではなかつたやうに思ふ。 真夜中に父が食卓で勉強をしてゐる姿を覚えてゐる。 つまり、当時の家には台所にしか机がなかつたのだ。 その後ずいぶんと暮らし向きが良くなつて、 日本全体が急成長もしたこともあるのだらうが、 能力があつて、しかも頑張れば偉くなれるものだな、 と私などは素朴に感心してゐたものだ。 父は自分が進学しなかつたので高等教育の力を信じてゐたし、 自分の子供の頃に豊かさを知つてゐたため (原は和歌山で一番歴史の古い、紀州藩時代からの建設会社である)、 教養と経済的豊かさに郷愁にも似た憧憬があつた。 それが私をいくらでも甘やかすことになつたのだらう。 本ならいくらでも買つても良く、 教育費はどこまででも出す、と良く私に言つてゐた。 説教が五月蝿いので一年に一二度しか実家には寄らないが、 たまには顔を見せるのが礼儀であるだらう、 と時には思ふ。


[後日へ続く]

[最新版へ]
[日記リストへ]

Keisuke HARA, Ph.D.(Math.Sci.)
E-mail: hara@theory.cs.ritsumei.ac.jp
kshara@mars.dti.ne.jp (for private)

この日記は、GNSを使用して作成されています。