Keisuke Hara - [Diary]
2004/06版 その2

[前日へ続く]

2004/06/11 (Fri.)


2004/06/12 (Sat.) 五右ェ門のファンタシー

シンポジウム初日の一番目の講演が私で、 内容は相変はらず酷かつたが、 さつさと終了して後は気楽にシンポジウムの三日間を過した。 とは言へ、 やはり予想通り講演後は落ち込んだ気持ちになり、 その日は一人で渋谷の「黒い月」に行き、 ひつそりと飲んだことであつた。 私より遥かに古いアルマニャクを、 さらにそれよりも古いバカラのグラスで飲ませてもらつた。

私だけではないと信じたいのだが、 私は研究で一段落つくと憂鬱になる。 こんなつまらないトリヴィアルな仕事をして、 人前で発表までして、論文まで書いて、 一体それが何なのだ、 全く恥づかしいことだ、最初からこんなことはすべきでなかつた、 と言ふ自分への幻滅と嫌悪にかられるのである。 もちろん、最初はその問題が面白いと思ふから考へ始めるわけで、 最初に解決したときには、まあ嬉しいものだ。 自分の頭の良さにしばし酔ふこともありうる。 しかし、その仕事をまとめたり発表したりする段階に至つて、 それが段々とつまらないものに、段々と自明なものに見えてくる。 (そして多くの場合、実際につまらなくて、自明なのである。) このネガティヴな精神状態の正しい切り抜け方は、 よし、次は立派な仕事をするぞ、と気持ちを前向きにして、 また新たに数学に向かつて行くことに決まつてはゐるのだが、 なかなかすぐに立ち直れるものではない。 私の見るところでは、 これは研究者に定期的に訪れる一般的な危機なのかも知れない。 すると、これを上手に「いなせる」かどうかが、 健全に研究を続けられるかの決め手だと思ふ。

おそらく個人個人で色々な納得の仕方があるのだらうが、 私の場合は、 秘かに「五右ェ門のファンタシー」と呼ぶ呪文を持つてゐる。 一仕事終わつたら、 「また、つまらぬモノを斬つてしまつた…」 とニヒルな感じでつぶやくのである。 私はもつと素晴しい能力を持つてはゐるのだが、 今回はやむなく、かう言ふ仕事の形になつたのだ、 と一瞬、自分をごまかすわけで、 ただのごまかしであることは知りながらも、 健全に立ち直るまでの危険な状態を回避する効果がある。

*1: 7 日(月)のプロブレムの解答: 1. Rc4 Kf3 2. Bc5 Ke2 3. Bd5+ Kd2 4. Re4 Nf3#. 詰み上がりの形がすぐに分かるので、 結局、黒の 4 つの手の順番を決めることだけが問題で、 それも非常に易しい。 かなり古いスタイルの、入門的問題。 今では、二手問題ですら、もつと難しいし、作意がトリッキー。


2004/06/13 (Sun.) 一周忌

今日は祖母の一周忌であるから、 終日、自宅で静かに読書などして暮らす。 実家での法事としての一周忌は、 諸事情で先月末に済ませたと聞いてゐる。 私は死者たちに関しては、 「未だ人に事ふること能はず、焉んぞ能く鬼に事へん。 未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん」 と言ふ論語の言葉を主義にしてゐるので、 今回も法事には参加しなかつた。

読書は「死の仕立屋」(B.オベール著/香川由利子訳/早川書房)。 つくづくオベールつて変な人だなあ。


2004/06/14 (Mon.) 奥技

久しぶりにキャンパスへ。 あれこれと溜つた事務用や作業。 月曜はセミナ専用日にあててゐるのだが、 学部生は教育実習、院生は企業の就職面接で、 今週もお休みである。 事務からは、定期試験のスケジュール案が届いてゐて、 前期も後半に入つてきたな、と言ふ気分。 その割に講義が進展してゐないが、 最近の私のポリシーは「兎に角、ゆつくり」 なので気にしてゐない。

演習の方はと言ふと、 Y 富先生に見てもらつた先週の「情報処理演習」は、 やはり配列でバブルソートの実装をやつた模様。 既に沢山レポートが届いてゐた。 これくらい複雑になつてやつと面白くなつてきた、 と言ふ人もゐるが、 相変らず、「落ちこぼれさうです、どうしませう」 とか「落ちこぼれました、どうしませう」と言ふ感じの感想も多い。 結局、さう言ふ気持ちになるのは真面目な証拠だが、 心配し過ぎてはいけない。 思考停止さへしなければ、「今のところ」分からないだけだし、 プログラミングごときが出来なかつたところで、結局は何の問題もない。 (そもそも数学科なんだし。) 大事なことは、問題を前に足をすくめない、と言ふことだけなのだが、 かう言ふ「人生の奥技」を、直接言葉で教へてしまふのが良いかどうか、 と言ふのが先生業の難しいところだ。


2004/06/15 (Tues.) 白の女王のブランダー

午前中は講義の準備、昼食はカルボナーラ、 午後は書庫で書類の整理、夕食は盛り蕎麦と冷奴と餃子。

出張してゐる間に、 神田の某洋古書店から目録が届いてゐたので目を通す。 目録が届いたら何をおいてもまずチェックして、 その場で電話をかけて注文するのが書痴と言ふものらしいが、 私はそれほど書物に愛がない。 しかし、目録と言ふものは、なかなか楽しい読み物であることは確かである。 古書店によつては、無料で送つてもらふには悪いやうな、 目録と言ふにはあまりに豪華なものまである。 ただ、しばらく注文しないと目録を送つてこなくなるので、 お義理に L. キャロルの「スナーク狩り」を葉書で注文しておく。 と言ふのも、キャロルはマニアが多いので常に競争率が高く、 偶然当たつて散財してしまふやうな心配がほとんどないし、 当たつてもキャロルならいいか、と諦めがつく。

キャロルと言へば、 この前、ふとガードナー註釈版の「鏡の国のアリス」 の高山宏訳(東京図書)を読んでゐたら、 全般に「チェックメイト」と「チェック」を 両方とも「王手」と訳してゐるので、 意味が通じてゐない箇所があちこちあるのに気付いた。 例へば、 白の女王が登場するシーンは、アリスが d4 にゐる所に、 白の女王が c4 にやつて来て隣り合ふのだが、 この手は、e3 でのメイトを見逃したポカになつてゐる。 ここも単に、王手を見逃した、と翻訳されてゐて、 意味が弱くなつてゐる。実際、 物語の中で白の女王は二度に渡つてメイトの手を見逃し、 それが彼女のキャラクタの無頓着さと呼応してゐるからである。 怪人高山宏先生と言へども、チェスは知らなかつたのか、 または特にさう訳すことに意味があつたのか。

3. Qc4? (3. Qe3#!) (by L. Carroll)


2004/06/16 (Wed.) アンケート

昼食はサンドウィッチ。 午後から「確率過程論」。 フィルトレーション、マルコフ時刻、 一般的な確率過程の定義など。 続いて、「計算機代数学特論」。 誕生日攻撃、計算量、古典的な暗号など。 続いて、教室会議。 二時間ほどの会議終了後、 Y 富先生と明日の演習について打ち合はせをして帰宅。 夕食は冷やし蕎麦。 水曜日は疲れるなあ…

丁度、講義についてのアンケート週間。 学生たちにマークシート式のアンケート用紙を配り、 「教員はこの講義の準備をどれくらゐしてゐると思いますか、 (a) まるでしてゐない (b) 少ししてゐる (c) …」 と言つた感じの項目に答へてもらふものである。 今回からはマークシート用紙も、 問題も一緒に印刷された綺麗な専用用紙になり、 大学としてはますますアンケートに力を入れてゐるやうである。 私学は講義を顧客である学生に売つてゐるわけだから、 アンケートで顧客満足度を調査するのは当然だらうとは思ふ。 が、私自身はあまり心良く思つてゐない。 私の心理を分析してみるに、 この授業アンケートに反発する気持ちの一つは、 教育サーヴィスは必ずしも、 その時点で顧客に喜んでもらへることばかりではないぢやないか、 と言ふのが主な理由だと思ふ。 つまり、顧客に嫌はれても「お菓子ばつかり食べてないで、 たまには野菜も食べなさい」 などと注意しなくてはいけないではないか、 注意すべきその相手の意見を聞いてどうするのだ、と。 しかし、それは思ふに、「教育してやつてゐるのだ」 と言ふ気持ちがあるからで、 ある意味では学生を小馬鹿にした考へ方かも知れない。 本来、人を教育すると言ふことが可能なのか、 そもそもそれはどういうことなのか、と考へると、 やつぱり私には良く分からない。


2004/06/17 (Thurs.) For the Snark was a Boojum, you see.

昼食はサンドウィッチ。 午後は「情報処理演習」。今日も授業アンケートとり。 演習時間が 15 分ほどとられるのは痛いが、 お上の思召しとあつてはいたしかたない。 私はいつでも長いものには巻かれる主義だ。 アンケートを記入してもらつてゐる間に、 前回レポートの講評をする。

帰宅して夕食の準備をしやうかと思つてゐるところに、 シンポジウムで京都に来てゐる K 大の S 君から入電。 河原町に出て、S 君と師匠の T 所長と三人で飲む。 二人とも何となく久しぶりのやうに思ふが、 実際はそれほどでもないか。私が言ふまでもないが、 二人とも元気に大活躍中である。 S 君と「味味香」でカレー饂飩を食べて帰宅。

とか言つてゐたら、当たつてしまつた。 実はこの一見ナンセンス詩には、 数学者キャロルの見出した深ーい、 数学的真実が隠されてゐるので、実際数学の専門書でもあり… 研究費で払つてもいいですか?(駄目です。)


2004/06/18 (Fri.) 昨日と明日

今日は京大でのセミナはなかつたのだが、 夜は百万遍の近所の居酒屋で、 W 先生と D 大の C 先生と飲みながらチェスをする。 H-C 戦は今日は勝ち。 H-W 戦、フレンチ・ディフェンス。また負け。 序盤で定跡を外してみたのが裏目に出て、 1 ピース取られた後は防戦一方。 勝負手もうまい投げ場も見つけられないままで、 ゲームになつてゐなかつたが、 やうやく最後に繰り返しチェックのドローの狙ひを見せて投了。 C さんと同じく私も、 W 先生に勝つのが悲願になつてきた… イギリスに行くまでに一度は勝ちたいなあ。

ところで明日は世間では土曜日かも知れないが、 R 大学は月曜日。 と言ふことは、日曜日は昨日も明日も月曜日。 常に明日と昨日しか食べられないケーキ、 みたいなナンセンスさだなあ…


2004/06/19 (Sat.) 昨日の明日のジャム

夜はチェロのレッスン。 サムポジションの練習、スケール、エチュードなど。 練習曲はボワモルティエの三番のクーラント。 ここしばらくは講演の準備や出張などで、 全然練習できなかつたのでメロメロだつた。

昨日と明日しか食べられないのはジャムだつけ?


2004/06/20 (Sun.) タプナード

今日の京都は曇りなのに、気温は 34 度、 湿度は目の前の空気から湯がしたたりさう、 こんな不快な天気は久しぶり。 自宅では空調機でドライをかけてしのげるが、 外では正気を保つのが難しいほどだつた。

そんな亜熱帯超湿潤気候の中、 午後は北山でのコンサートに行く。 ドヴォルザークのチェロ・コンチェルトなど。 最前列でソリストの真正面と言ふ席だつたので、 なかなか興味深く観察させてもらつた。 普段はほとんどバロックしか聞かないのだが、 チェロ・コンチェルトの名曲と言へばドヴォルザーク、 やはりドラマティックで感動的な曲だ。

昼食はパンに肉のパテとリエット、 夕食はタプナードと茹で卵のパスタ。


[後日へ続く]

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Keisuke HARA, Ph.D.(Math.Sci.)
E-mail: hara@theory.cs.ritsumei.ac.jp
kshara@mars.dti.ne.jp (for private)

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