Keisuke Hara - [Diary]
2004/06版 その3

[前日へ続く]

2004/06/21 (Mon.) エントリー・クリアランス

台風の関西直撃で、BKC は休講。 京都も凄い雨風だつた。 午前中は講義の準備。 昼食は適当にパンとペースト類。 午後はイギリス滞在用のヴィザの申請書を書いたり。 イラク戦争の影響か昨年の 11 月から、 6 ヶ月以上の滞在については「エントリー・クリアランス」 と言ふものを事前に取得しないと入国できなくなつてゐる。 この仕組みや申請の仕方が若干謎めいてはゐるのだが、 一応、これでいいんぢやないかな… と思はれるものを申請してみる予定で、どうなることやら。 夕食は御飯を炊いて粗食。


2004/06/22 (Tues.) 滑らかでない道への滑らかでない道

ヴィザ申請用の書類を揃へて書留で送り、 午後は阪大での定例セミナーに出席。 A 先生によるラフパス理論の入門的講義。 今年のサマースクールのテーマの一つがラフパスなので、 その準備と言ふ意味もあつてか、学生が大勢出席してゐた。 ラフパス解析は最近現れた大事な新理論だと思ふが、 本質は易しいものの、 中身は関数の「滑らかでなさ」の徹底的なガリガリの評価なので、 やたらに面倒な話である。 「なんだか大事らしいけど…」と二の足を踏む気持ちも分かる。 ブラウン運動のやうな滑らかでない関数の性質について、 通常の確率解析とは別の側面から光を当てた仕事なので、 大事であることは分かつてゐるのだが、 通常の確率解析で出来ない問題がどんどん解ける、 とか言ふことでもないと、障壁はかなり高いままかな…

往復の車内では、クリスティの "The Big Four" を読む。 もちろん何度目かの再読。素敵に馬鹿馬鹿しい。 一応、ポワロものなのだが、 ポワロが悪の組織「ビッグ4」と対決すると言ふお話で、 「ビッグ4」の構成メンバは、 世界をあやつる天才謀略家の中国人(ナンバー1)、 世界一の大富豪のアメリカ人(ナンバー2)、 キュリー夫人の再来とも言ふ女性天才科学者のフランス人(ナンバー3)、 変装の名人で謎の天才暗殺者(ナンバー4)。 もうこの設定だけで内容も想像がつきさうなものだが、 蛇足を承知で念を押しておくと、 「これが偉大な名探偵の最期なのね、ポワロさん…最期の一服よ」 「…ふふふ、引っかかったね、マダム。 実はこの煙草は猛毒を仕込んだ吹矢なのさ。 おっと、動かないで。まず縄をほどいてもらおうか」 とか言ふ調子の繰り返しである。 クリスティ本人も楽しんで書いたパロディだとは思ふが、 私の心の中にふと浮かぶ恐しい想像は、 本人は本気で国際謀略小説のつもりだつたのではないか、 と言ふことである。


2004/06/23 (Wed.) 計算量課税

サンドウィッチを食べながらメイルを処理。 毎日 100 通くらゐのスパムメイルに悩まされるやうになつたのは、 いつ頃からだらうか。 メイルアドレスを公開してゐる人は、 既に一日のうち半時間くらゐはスパム処理に使つてゐるのではないか。 メイルと言ふシステムは重大な危機を迎へつつあると思ふなあ。 メイルを一通送るたびにそのマシンに一定の計算量を「課税」するとか、 色々なアイデアの噂は耳にするが、 もっと抜本的な解決方法はないものか。

午後は「確率過程論」。ブラウン運動の定義と、 その三通りの構成法のあらすじ。 続いて、「計算機代数学続論」。 シャノンの完全守秘性や、ブロック暗号の構成法など。 続いて、教室会議。明日も会議らしく、会議三昧。 その後、Y 富先生と明日の演習の打ち合はせをして帰宅。

Chess Chronicon情報によると(6/23)、 ポーランドでの女子早指し大会は予想通りコステニクの優勝だつた模様。 9R の紹介棋譜を見ると面白いゲームだつたやうだ。 御指摘通り、 白 16 手目のポジショナルサクリファイスが効くかどうか。 思ひついたら指してみたくなる手ではある。 しかし、冷静に考へると、この後の白側はかなりマズい。 さらに 1 ピース捨てて攻めてゐるやうだが、 力を及ぼせるのは白マスだけで、 そこに敵はゐない。そして、黒マスが弱過ぎる。 実際、17. ... f4 あたりで、 白は「しまつた」と思つてゐたのではないだらうか。


2004/06/24 (Thurs.) 山羊のチーズ

サンドウィッチの昼食を食べつつメイル処理をし、 午後から「情報処理演習」。 リーマン和を使つて円周率を求めるプログラムが課題で、 前回を少し変更するだけの復習だからか、 また円周率が求まるのが面白いのか、学生には好評だつた模様。 その後、論文をコピーしたり、 メイルで連絡仕事をしたりして時間をつぶし、 夕方から特別の会議。帰宅は 9 時頃。

あと丁度三ヶ月でイギリスに旅立つので、 計画の立て直しの一人反省会のため、 帰宅後、近所のバーに行く。 蒸し暑いので、ルノーブルのシャンパン。 チーズ・マニアのシェフが、 同じ山羊のチーズの、 ミルクから上澄みを固めただけのもの、 製品になつたもの、三ヶ月熟成させたもの、 六ヶ月熟成させたもののセットを出してゐたのでお付合ひする。 今だけ限定のシェフ自信のメニューらしいが (山羊のチーズは季節ものなんださうだ)、 私以外に注文する人がゐるのかどうか、はななだ疑問。

今日は一回生の学生に突然、 「先生は官能小説家だったって本当ですか?」 と訊かれた。 昨日は某先生に突然、 「先生は爵位を授かるって本当ですか?」 と訊かれた。 段々と私の周りで世界が壊れつつあるやうな気がする。


2004/06/25 (Fri.) ルイ・ロペズ

京都は終日、雨。 昼食は適当なパスタ。午後は講義の準備など。

某 A 社の S さんが、 22日の記述につられて、 クリスティの「ビッグ4」を購入して読んだらしい。 今出てゐる早川の 「クリスティ文庫」 の新版で、中村妙子訳。 こう言ふ風に広がる読書の輪も良いものかと。 ところで、この「クリスティ文庫」シリーズは、 あとがきの解説者の人選の面白いところが味噌で、 「ビッグ4」の解説は確か、若島正先生。 チェスがちよつとだけ顔を出すからだらうか。


2004/06/26 (Sat.) 責苦の庭のアリス

雨のち曇り。今日もたまらない湿度。 皮膚が外側から押さへつけられてゐるやうだ。 空調がないと、私は京都では生きて行けない。 午前中は読書。 この前、経済学部の O 川先生が推薦してゐた、 「捕虜収容所の死」(M.ギルバート著/石田善彦訳/創元推理文庫)を読了。 確かに大変面白かつた。 私はミステリに関してはイギリス作家贔屓の上に、 何故か「脱出もの」に弱いので、採点が甘いかも知れないが、 歴史に残る佳品なのでは。昼食はベンガルカレー。 午後は論文を少し整理したり、 近所まで食材と本を買ひに散歩。 季節らしく、らっきょうを山のやうに売つてゐたので、 漬物用に 1 kg 購入。 夕食は自作のサンドウィッチ。 食後、らっきょうを下漬け。

買つた本は「未来少女アリス」(J.ヌーン著/風間賢二訳/ハヤカワ文庫)。 あとがきによると、この著者のデビュー作「ヴァート」は、 ミルボーの「責苦の庭」(*1) を仮想空間に設定し直すと言ふ趣向で書いてゐた戯曲を、 さらにサイバーパンク風味を追加して長編小説化したものだ、 と紹介されてゐる。 ミルボーとホフスタッターとキャロルが同じ本棚に並んでゐるやうな人が、 私以外にもゐたのだなあ…世界は広い、と一瞬思つたが、 いや、言はれてみればそれほど意外な組み合はせではない。 実は結構ありがちでさへあるかも知れない。

*1: 「責苦の庭」 (オクターヴ・ミルボー著/篠田知和基訳/国書刊行会/フランス世紀末文学叢書V)、 1984 年初版。 部分訳がかつて牧神社から出てゐた。原書は 1899 年刊。 どちらかと言ふとこの作品より「小間使の日記」の方が有名か。


2004/06/27 (Sun.) 出世競争

今日も不快指数は絶好調… 終日、自宅で数学の勉強など。 昼食はタプナードのパスタ、夕食は胡瓜とチーズのサンドウィッチ。

相変らずの FIDE で、 沢山の有力棋士が参加してゐないリビアでの世界選手権。 注目してゐるモロゼヴィチが出てゐないことが残念。 最近、「性格」が話題になることの多いナカムラ君(USA) は今のところ快調の模様。 以下は Lastin とのゲームの投了図一手前。 最後の手は 52. Ke3! 以下、もし 52. ... Kb4 なら、 53. f3! gxf3 54. g4 で白のポーンの方が速い! 言はれてみれば確かにさうだが、 これはゲームで指せると嬉しい手だなあ。

H.Nakamura-A.Lastin
FIDE WCh KO Tripoli LBA, 23 June 2004 After the next move 52. Ke3!, Black resigned.


2004/06/28 (Mon.) 偏頭痛

今日も蒸し暑い。 午後は卒研ゼミ。 大数の強法則、大偏差原理など。 M ゼミは就職活動でお休み。 ゼミ中に強いクーラーの風にあたつたせゐか、 途中から頭痛がし始め、ゼミ終了後、早めに帰宅。 それとも昨日、 久しぶりに根を詰めて勉強し過ぎたのだらうか。

頭痛がすると数学の勉強をして治したと言ふ、 パスカルとは偉い違ひだな… (いや、デカルトでしたつけ?)


2004/06/29 (Tues.) 二手の未来

くもり時々晴れ。終日、インプット作業。 "Problem Paradise" の最新号が届いてゐた。 しばらく勉強の手は休めて、いくつか考へてみる。 今回は私の好きなヘルプメイトのセクションが充実してゐるやうで楽しみ。

JCPS のサイト の解説コーナー「チェス・プロブレムとは何か」 に、「入門」に続いて、 オーソドクス(二手)の解説が追加されてゐる。 非常に充実した内容なので、興味のある方は是非。 いや、絶対にお勧め。特に、 私も最近まで良く理解できてゐなかつた、 「セットプレイ」や「トライ(紛れ)」 などの概念とその意味が明解に解説されてゐて、 これはおそらく本邦初なのでは。 しかも、鑑賞の仕方を通して、 チェス・プロブレムの深さも垣間見られる。 詰将棋ファンの方なども、この解説を読めば、 隣にある別世界の面白さに気付かれるのではないか。


2004/06/30 (Wed.) JUST the place for a Snark!

午後から「確率過程論」。 ブラウン運動の簡単な性質。 今日のメインはブラウン運動が至るところ微分不可能であることの証明。 ドヴォルツキとエルデシュと角谷による易しい証明だが、 トリッキーな論法なので丁寧にやつてみた。 続いて、「計算機代数学続論」。RSA 系のアルゴリズムについて。 続いて、教室会議。最近、会議続き。 教室会議も代議員制にして欲しい。 帰宅は 9 時頃。

amazon から L. Carroll "The Hunting of the Snark" (M. Gardner 註釈版、Penguin classics) が届いてゐた。 (私は MacMillan 初版本を持つてゐるけどね、ふふ。) しかし、本当にヴィクトリア時代の子供たちは、 こんな詩を読んで喜んでゐたのか? 極めて疑はしい…


[後日へ続く]

[最新版へ]
[日記リストへ]

Keisuke HARA, Ph.D.(Math.Sci.)
E-mail: hara@theory.cs.ritsumei.ac.jp
kshara@mars.dti.ne.jp (for private)

この日記は、GNSを使用して作成されています。