「Keisuke Hara - [Diary]」
2005/09版 その2


2005/09/11 (日)

The Road to Reality (books, math)

サイエンス部門からベストを挙げれば、 Roger Penrose の "The Road to Reality". この一年どころか、 「ゲーデル、エッシャー、バッハ」以来の衝撃を受けた。 GEB は、こんな面白い本が書けるのか、と言う嬉しい驚きだったが、 今回は自分が既に一数学者であるということもあって、 少し暗澹とした気持ちにさえなった。

この本は理論物理学を良く知っている人にすれば、 一般向けに量子重力理論を一から説いた本、 ということになるかも知れない。 しかし、私はこの本を天才ペンローズによる、 「私が知っている数学すべてについてお話ししましょう」だと思う。 数学をほとんど知らない、 数式を見るだけで眠くなると言うような一般読者向けに、 分数の定義から始まって、現代数学の最先端まで、自分の知っている数学の全てを、 一千ページ以上を費して、物理、つまり自然世界の探究を背景に説明する、 と言う、とてつもない本である。 勿論、そんな無茶苦茶な企てが成功するはずはない。 例えば、分数を自然数二個のペアに同値類を入れることで定義して、 その同値類の考え方を一つの方針として発展させていったり、 「関数らしい関数とはなにか」と言う問いかけを軸に、 素朴な関数概念から始めて、最後には佐藤超関数にまで到達したり、 どう考えても、どう易しく丁寧に書いたところで一般向けでない。 しかし、その志の高さがすさまじく偉い。 しかも、大体は成功していて、 おそらく理系の学生ならば(根気さえあれば)簡単に読めるだろう。

日本の数学研究のレベルの高さはどこの国と比べても、 (少なくとも今のところ)決して引けを取るものではないはずだが、 このような厚みには到底、到達していないんじゃないだろうか。 そのような厚みが究極的には、人間の到達した高みを測るものだと思う。 この本については色々考えさせれらていて、 他にも色々言いたいことはあるのだが、 とりあえず、数学界の末席を汚すものとしてさえ、忸怩たる思いがした、 と言うことと、 このような本を書ける人が日本にいないなら、 少なくとも翻訳は出すべきだし、 その勇気のある出版社を応援したい、という二点だけここに記しておく。



2005/09/12 (月)

アインシュタインの黒板 (日常, science)

オックスフォードの名所巡り企画。 ボドリアン図書館の近く、ブラックウェルズ書店の前あたりにある、 科学史博物館へ。 色々な講義の黒板が保存されていて、 目玉の一つは、 アインシュタインが 1931 年にオックスフォードで相対論について講義したときの黒板。 チョークで書かれた文字ごと保存されているので、 おそらく講義のあとにそのまま切り取ったのだろうか。 ほほう、、、これがアインシュタインの直筆の黒板か…、 あやかりたいあやかりたい、 などと感心して観ていたのだが、 ふとその隣りに展示してある黒板に目をやると、 ブライアン・イーノが世界の音楽について講義したときのもの。 いや、もちろんブライアン・イーノだって偉いのだろうが、 やはりちょっと配列のバランスが悪いような… イーノはアラン・ド・ボトンの隣りくらいでいいのでは。



2005/09/13 (火)

現代的研究法 (math, 日常)

S 君の滞在も終わり、私の帰国まであと丁度一週間は後片付けのムード。 S 君とは久しぶりに話したせいか、大変に刺激を受けた。 数学の内容もそうだが、 現代的な研究の方法論について考えさせられた。


サンドウィッチ (foods, 日常)

オックスフォードの名所(?)。 St Giles 教会近くの食材やサンドウィッチの店「テイラーズ」。 ほとんど数学研究所の昼食御用達といった感じで、大人気。 私もほとんど毎日のようにお世話になった。 断定はできないが、この近辺で 500 円以下でまともな外食をするには、 テイラーズのサンドウィッチしかないんじゃなかろうか。



2005/09/14 (水)

アインシュタインの黒板2 (science, followup)

一昨日の記述 にフォローアップ。 実際に博物館で観たときには、おかしな配列だなあ、 と思っていたのだが、あとで リスト を見て、アルファベット順だったことにようやく気付く。 うーむ、それはあまりに公平過ぎ、と思ったけれど、 Introduction を読んで趣旨を理解。 ちなみに、 アインシュタインの黒板 と、 その隣りの ブライアン・イーノ。 そして、アラン・ド・ボトン。 この黒板からして、 ド・ボトンは "Status Anxiety"(「ステイタスの不安」)について話したようだ。



2005/09/15 (木)

秋雨 (日常, thoughts)

今日は雨。気温も今日から下がり始めるようで、 既に秋の気配。 さすがにもう T シャツ一枚では寒いので、 今日は薄手のセーターを着ている。 名所巡り企画に、植物園に行こうと思っていたのだが、 雨のため中止。

私はほぼ毎日、 家から研究所までウッドストック通り沿いを片道約半時間歩いて通っている。 そうすると、ポルシェやら、ジャギュアやらがどんどん通って行くのを見かける (特に、何故かポルシェがとても多い)。 時には、公道を走っていいのだろうかと思うような、 クラシックカーが優雅に通り過ぎて行く。 オックスフォードは豊かな所なのだなあ、と思う一方で、 この同じ道の町に近いあたりでは、 バスに乗るための 2 ポンドをくれないか、 とか、ガソリンがなくなって立往生しているのでお金を貸してくれないか、 と話しかけてくる寸借を生業にしている人々もおり、 町には物乞いが立っている。 ラットや天竺鼠の生活環境を守れ、と言う動物愛護団体のデモは時々見かけるが、 イラク人が毎日のように爆弾で死んでいても特に反応はない。 ロンドンやニューヨークやパリとは少し違う意味で、 確かにオックスフォードはとても豊かな町だ。 しかし、大都市と同じ歪みを感じないわけではない。



2005/09/16 (金)

鷲と子供 (math, thoughts, 日常)

昨夜は一人で研究所の近所のパブ、Eagle and Child に行って一年の反省会。 ブラックプディングとマッシュポテトの夕食で、ギネスを飲みつつ、 モールスキンの手帳に書いた一年間のメモを読んでいると、 何と言うか…、しみじみと、しかし笑い出したくなるようなことが書いてある。 ほとんど毎週、ゼミが終わるとこのパブに来て、 情けない気持ちで何か一言書いてあるのです。

しかし、数学と言うのはありがたいもので、 チェスやテニスなどの勝負事ほどではないものの、 言葉の障壁とか人間の都合とかとはほとんど独立に、 貴方が弱いのは貴方が弱いからであって、 貴方が強いのは貴方が強いからであり、 そこに言訳の入る隙間がほとんどない。 これは諸刃の剣ではあるが、やはり究極的に、 常に問題の所在が自分にあることが明白であることが、有難い。 しかし一方では、否、自分の思う数学はそのようなゲームではない、 と言う気持ちと、否、そのような純粋な勝負であるからこそ、 この私でも外国で一人生き抜けるのだ、 と言うおかしな気負いの両方が、 情けない弱々しい筆致で、つらつらと書き連ねてあるのですね。

とは言え、 段々と研究生活を楽しめるようになって行き、 最後の夏休みのあたりでは、ゼミに追いまくられる毎日に、 不平を書きながらも、その文章が実に楽しそうだ。 そんなところを読み返すと、 久しぶりにとても良い一年だったな、とさえ今は思えるのであります。



2005/09/17 (土)

植物園 (日常)

オックスフォードは既に秋。 最高気温でせいぜい20度、 最低気温は10度を越したり越さなかったり。 今朝はマフラーを巻いた人や、 コートを着た人まで見かけた。

オックスフォードの名所シリーズ。 昨日の午後は天気も良く、それほど寒くはなかったので、 植物園 に散歩に行った。 喫茶店でたまに見かける、 どこでもスケッチしているおばさんが、 デジタルカメラで睡蓮の花を撮っていた。 植物園というもののは、なかなかにしみじみした良い場所だ。 図書館の次くらいに好きかも知れない。



2005/09/18 (日)

原博士の静かな世界 (日常, foods)

外国で誕生日を迎えたのは初めてかも、 と思ってパスポートを参照するに、どうも初めてらしい。 去年は何をしていたかな、 と思って過去を参照するに (こういうときにだけ便利)、 何だか良いもの食べてやがるなあ。ちょっと腹が立つ。

しかし今年もまたひっそりと独りで誕生日を祝うことには変わりなく、 ジェリコ街のフェニックス劇場の前にあるインド料理屋で一人で昼食を取ったのでした。 鷄と茹で卵の甘いカレーと、野菜の激辛のカレーの組合せがお気に入り。 オックスフォードには沢山インド料理屋があるが、 私はここが一番、「標準」という感じがして好きだった。 夜はやっぱり、パブにするかなあ…


おまじない (日常, math)

明後日 20 日火曜日の夕方ヒースロー発、 21 日水曜日夜関西空港着で帰国予定なので、 これがイギリス滞在最後の更新。 そんなわけで、イギリスの有名数学者ハーディの顰みに倣っておく。 どうも、リーマン予想が解けたように思う。 これまで解決したかも知れないと言われていた方法では、 一箇所、古典的な調和解析を使うところが不十分で、 そこが逆散乱法の議論、つまり非線型フーリエ解析的な評価で乗り越えられる。 その中で T. Tao による最新の定理を引用しなければならないが、 それは止むを得ないようだし、Tao なら確かだろう。 詳細については、私が常に携帯している手帳にしか書いていないが、 帰国後、きちんとした形で報告したい。



2005/09/19 (月)


2005/09/20 (火)



この日記は、GNSを使用して作成されています。