鴎外の医学方面での活動 


   はじめに

 現在の文学史では鴎外は文学だけでなく、医学の分野でも重要な活動をしたと高く評価されています。鴎外自身が医学方面での活動を自負する文章を残していますし、陸軍軍医総監という陸軍軍医の最高位にあったのですから、医学界での活躍も当然のこととされてきました。しかし、その実態は文学に係わる者には専門外であり、あまり知られていません。
 鴎外がドイツに留学した明治の中頃はヨーロッパで細菌学が成立し、医学が飛躍的な発展を遂げた時期にあたります。誕生したばかりの日本近代医学もめざましい成果を挙げました。この時代の日本の医学史をまとめた一般向けの著作も出版されており、そこには鴎外が脇役として登場します。医学史の専門家は当時の日本医学の課題であったいくつかの問題に関係して、鴎外にきびしい否定的評価を下しています。自然科学の性質上、医学の分野における鴎外の評価は早くから確定していたようです。
 ここではこうした研究から、(1)「日本医学会」論争、(2)脚気問題、(3)ペスト菌発見の三つのテーマについて、医学史での鴎外評価を紹介します。すでに明らかにされていることを鴎外との関係で形式的に整理したものです。医学の専門家は鴎外評価に際して文学での高い評価を認め、医学の分野に限って評価を下しています。彼らの文章には文学での高い評価に対する戸惑いや不審があらわれています。
 医学の分野での明快な評価に対して文学史では石橋忍月以来の鴎外評価が現在まで決着していません。実験による検証という手段を持たない社会科学において医学の分野と同様の明確さで鴎外を規定することは非常に困難です。医学史上の鴎外評価は文学史とは直接関係しませんが、鴎外の医学的活動に関する単純な誤解を解くために医学史研究の成果を紹介します。


目次
[1]「日本医学会」についての論争

[2]陸海軍における脚気の問題

[3]ペスト菌の発見について

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鴎外の医学方面での活動