第三章 淡く切ない、小さな恋の物語 (榴ケ岡高校1年時代) |
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高校入学時の話に戻る。 仙台に中学浪人が多いことはすでに書いたが、その中に、1年後また公立に落ちてしまうという悲しい体験をする生徒がやはりいた。 私のクラスにも年上の1年生が二人存在していた。 同じクラスに年上の人がいるというのは妙な気持ちだ。 彼らは彼らで屈辱的な思いだったろう。 台中の先輩はいなかったが、他の中学校で、先輩と後輩の立場だった人間がいた。 でも、さほど彼らはお互いにあまり意識しなかった、というか意識しないように努めていたと言うべきか。 年上の二人の成績はクラスの中で上位というわけでもなかった。 やはり、そんなものなのだ、15、6歳程度の少年の精神力では。 彼らを見て、中学浪人の道を選ばなくて本当に良かったとあらためて思ったものだ。 担任のO先生に期待されて入った私だったが、1年の成績はそれほどでもなかった気がする。 このあたりの成績の記憶があまりない。 とりあえず高校入試が終わったばかりでは、まだ大学受験を考える雰囲気ではなかった。 ところで中学で目覚め始めた恋愛感情はどんな発展を遂げたかといえば、とにかく周りに女生徒がいないのだから、全く現実感がない。 見かける異性といえば、音楽の先生と事務室の女性事務員だけ。 どちらもかなり年季が入っており、何か魅力を感じるとかそういう雰囲気の人ではなかった。 他の男子校(或いは女子校も)の生徒も同様だったろう。 ※新設の共学校である泉高校を除いて 突然、異性が教室から一人もいなくなり、淋しい思いをしていたに違いない。 本来なら最も異性に関心があり、恋愛に憧れて当然の年頃なのに、男だけ、女だけという世界の中では、完全解放された現在と違って、付き合うとか恋人とか、そういう間柄には簡単になれなかったと思う。 そんな中で、唯一男女の接点を持ちえるのが秋の文化祭シーズンだった。 だから、そのときばかりは、男子校、女子校を問わずに何処の高校も気合が入っていた。 当たり前といえば当たり前、このチャンスを逃せば、1年間異性に出会う機会など殆どないのだ。 4年に一度のオリンピックまではいかないが、ここで勝てなければ、1年後までお預けをくわなければならないのだから。 ただし、私はこの文化祭シーズンの前に、思いがけないチャンスを与えられた。 夏休みも終わり、二学期が始まったばかりのある日、中学時代はライバル校だった五橋中学出身のKが卒業アルバムを学校に持ってきた。 それを見ながら、五橋出身以外のやつらと「どの子がいちばん可愛い?」と女子の品定めをしていたのだ。 その中で、格別私のタイプの、整った顔立ちと凛とした瞳が魅力的な可愛い子が私の目に留まり、その友達に尋ねた。 「この子、凄く可愛いね。なんていう名前?」 「うん? ああ、この子、S。俺と同じクラス。〇〇、こういう子が好きなのか」 「だってめちゃめちゃ可愛いじゃん。いいなあ」 私はアルバムを食い入るように見つめた。 「まあ可愛いっちゃあ、可愛いけど……」 「どこに入ったの?」という私の質問に、「あいつ勉強できたからね。一女だよ」 彼はさらりと答えたが、(イチジョ)という響きは、中三のとき同じクラスだった二人の子の面影を一瞬にして蘇らせた。彼女たちと同じ一女か。 「えーと、確か最後にみんなの住所が書いてあったはず」と言いながら彼がページをめくる。 私は高鳴る期待に胸をふくらませた。 「ああ、ある訳ないか。アルバムだもんな」 やっとの思いで取り付けた梯子を一気に外されたようで、しばし落胆したが、次の彼の言葉で再び生気を取り戻した。 ※台中の卒業アルバムには住所が書いてあるが、五橋のものには住所が書いてなかったのだろうか? 「でも、俺は同じクラスだったから住所録あるし、知ってるよ」 (知っているんなら先に早くそれを言えよ、このヤロー!まったく)私は彼の馬鹿さ加減に毒突いた。 それでも、天は我を見捨てなかった。 捨てる神あれば拾う神あり、とはこのことだったか。 「教えてくれえ」もうここまで来るとプライドも何もあったものじゃない、哀願だ。 「じゃあ、今日帰ったら調べて明日書いて持ってくるよ。ふーん、〇〇ってSみたいなのがタイプだったのか」 彼は私の心の中を計るように、私の顔をじっと見つめた。 しかし、そこまで言いながら、彼は再び私を奈落の底へ突き落とした。 「でもあいつ、確か彼氏いるよ。中学のときから付き合ってたもん」 (バカヤロー!! お前は俺をおちょくってるのか、いい加減にしろ)心の中で彼を思い切り罵った。 そうなのだ。晩熟(おくて)だらけのこの時代でも、中学生の癖に平然と恋仲になるような、大多数の子からすれば絶対に許せない(単なる嫉妬心なのだが)輩も、わずかながら存在していたのだ。 それでも、(高校になって、別れているかもしれないじゃないか)と自分に無理やり言い聞かせ、翌日彼が教えてくれるはずの彼女の住所に期待したのだった。 さらに「このアルバム、今日貸してくれない? 明日返すからさ」とまで言って、彼からそのアルバムを奪い取ったのである(笑)。 その晩は、家に帰ってから、彼女のクラス集合写真をあらためて見つめ直し、たくさんあるスナップ写真のどこかに映ってないかとアルバムを何度もめくり返し、最後には、そうだ部活動の写真があるじゃないか!! ということに気づいて、(なんて俺って頭が良いんだろう・・・・・)と自分で自分をほめてあげ、彼女の入っていたサークルまで探し当てた。 その私好みの可愛い顔は、天文部の部員の中に、まさにキラ星のごとく、一人燦然と光り輝いていた。 翌日、Kは約束どおり彼女の住所を紙に書いて持ってきてくれた。 「ほい、これ。あいつの住所」 Kが無造作にひょいとその紙を私に渡す。 「ありがと」と軽く頭を下げる私に対し、Kがまた余計な一言を放つ。 「でも、難しいと思うよ」 「まあ、そうだろうな」と一応は冷静を装って応えながらも、(大きなお世話だ!! お前の力など借りぬ。俺が自分の力で何とかしてやるわい!!)と心の中で叫んでいた。 その日帰宅した私は、さあ、ここからが腕の見せどころ。 なんてったって国語満点だもんね。文章じゃ誰にも負けないもんね、とすさまじいまでの自信を抱きながら。 それまで国語力を培ってきたのは、読書に精を出してきたのは、まさにこの日のためにあったと言わんばかりに、あらん限りの知恵を振り絞って彼女に出す手紙の文章を書き始めた。 今思い出しても、あの頃は本当にかわいかった。 いや、彼女じゃなくて自分自身が……(笑)。 単純で、純粋で、そのくせ、臆病かと思えば変に恐いもの知らず。 だが、実際に取り掛かると、書けることなど殆どないことにすぐ気づいた。 私が写真を見て勝手に一目ぼれしただけで、相手は全く私のことなど何処の誰かも知らないのだ。 それでも、一度思い込んだら命がけ、私の能天気さも、あきれるほどすごかった。 甘い考えを抱きながら、とにかく彼女への手紙を書き終えた。 さらに封筒の中には、一番かっこよく写っていると自分だけが信じている顔写真を添えて。 だって、彼女は私がどんな顔をしているかさえ全く知らないのだから。 切手を貼ってポストに投函したのは、翌日ではなく、敢えて一日おいた翌々日だった。 何故なら、文章を読み返し、誤字脱字がないかどうか目を凝らし、これなら大丈夫というまで何度も確認したからだ。 石坂洋次郎の「青い山脈」じゃないけれど、「変しい変しいS様」などと書いた日には、それだけで即ゴミ箱行きだから。 はじめまして。 突然こんな手紙をもらって驚いていると思いますが、僕は榴ケ岡高校1年の〇〇といいます。 貴女の同級生のK君から五橋中学の卒業アルバムを見せられ、貴女の可愛さに一目惚れしてしまいました。 もし、よろしければ、文通相手にでもなってもらえないでしょうか。 僕がどういう男か全く知らないと思うので、写真を同封しました。 また、どんな性格の人間かは、同じ一女の〇さんをご存知かどうかわかりませんが、台中で3年のとき同じクラスだったので、彼女に訊けば大体分かるかと思います。 ぜひ〇さんに訊いてみてください。 それでは、お返事楽しみに待っています。 こんな内容だったような気がする。 びっくりしただろうなあ、彼女。 厚顔無恥というか、恐れるものは何もない、というか、ある意味すごいと思う、今振り返ると。 でも、さすがに「ぜひ〇さん(もう一人の)に訊いてみてください」と書かなかったところは、まだ冷静さが残っていた。 当たり前だけれど。 しかも文通だ、文通。 「ねるとん」がまだ始まる前だから、あの頃は。 「ねるとん」が始まっていたら、「まずはお友達からはじめませんか」と書いていたことだろう。 さしずめ今なら、とりあえず私の顔を知ってもらう為に、画像ソフトですこしだけイケメンに修正した写真を入れて……。 簡単な自己紹介と自分の携帯番号とメアドを書いて送っただろうか。 それとも、いきなり彼女の携帯番号まで調べて電話を掛けるだろうか? そこまでいったら、単なるストーカーだけど(笑)。 これを書いていて初めて気づいたが、彼女がその手紙を読んだ後、友達の中に台中出身の子がいたら、逆に彼女も私を知るために台中の卒業アルバムを見せてもらった可能性もあるのだ、と思った。 3年7組から一女に行ったのは〇さんと〇さんだけだが、他のクラスも合わせれば全体で30人近く受かったので、その中には、1年か2年のとき私と同じクラスだった子もいただろう。 これは高一の文化祭前のはずだから、私がまだ15歳と7ヶ月ぐらいのとき、37年も前の話だ。 37年経って、初めて気づいた新事実。なんと感動的なことだろう。 だから、昔のことをこうやって事細かに文章化して振り返ると面白いのかもしれない。 ※ (まったく関係ない補足) この部分は東京女子医大で書いている。今日でちょうど入院して1週間になる。(2011/1/26) 昨日サッカーアジアカップ準決勝、韓国との壮絶な戦いの末、PK戦で勝った試合を見終わってすぐに寝たのだが、何故か3時過ぎに目を覚ましてしまった。これまでも何度かあり理由が分からなかったが、今日ようやく分かった。 同部屋の誰かのいびきがものすごくて目を覚ますのだ。 おそらく病気のせいなのだろうから、文句を言うわけにはいかない。 それで眠れなくなって仕方なく、このデイルーム(8Fの来訪者用応接室という場所)に来たのだが、今6時過ぎて夜が明けてきた。久々に徹夜したような感覚で眠い。目がしょぼしょぼする。 でも、ここからの見晴らしはなかなかのものだ。 真正面には、先端が針の先のように尖ったエンパイアステートビルを真似て建てたNTTドコモのビル。 左を見れば六本木ヒルズが遠くに浮かび、さらに東京タワーの先端も少し顔を出している。 右側は新宿の高層ビルが密集し、間に都庁やパークハイアットホテル東京の三角屋根も見える。 また、最近できたらしい、ゴキブリの胴体か、トンボの羽根を連想させる不思議な形のビルも見える。 朝になり、何人かがやってきて、あの尖がった建物(※NTTドコモビル)はナンでしょうね? と話していたので、「あれはNTTドコモのビルですよ」と私が教えてあげた。 他の有名な建物を殆ど説明してあげ、「ただ、あの不思議な形のビルだけ分からなくて気になってるんです」と口にしたら、おばさんが「デザイン学校らしいですよ」と言ったので、たぶん看護師さんか誰かから聞いたのだろう。 それでひょっとして東京モード学院のビルではないかなと思った。 ※昨日(2016年3月1日)たまたま色々な写真を見ていたら、そのビルの名前が出ていた。5年前に思った通り、東京モード学院のビルだった。 ![]() 手紙を送った私は、それからの毎日、返事来ないかなあ、と首を長くして待つことになる。 手紙を出してから、ようやく冷静に自分のしたことを考え直し、本音は期待半分、不安半分だった。 待てど暮らせど、返事が来ることはなかった。 結局、私の思いは簡単には届かなかった。 もちろん、彼女に手紙を送ったことは誰にも言わなかった。 Kは、住所まで聞いたのだから絶対手紙を送ったに違いない、と疑っていたけれど。 そして、それから1ヶ月も経たぬうちに待望の文化祭シーズンが訪れる。 榴ケ岡は市内でも遠い場所にあるので、他の女子高から遊びに来る人数が中心部にある高校に比べ圧倒的に少ない。こんなところでも差がつき、自尊心が傷つく。 文化祭恒例のフォークダンスでは、参加した女の子の中に可愛い子はいないかと、みんな目を爛爛と輝かせる。そういう子が見つかれば、早く自分のところに回ってきてくれと秘かに思い焦がれるぐらいが、当時の高校生のちっぽけな恋愛ごっこでもある。 フォークダンスでは、独特のリズムを奏でる曲、オクラホマミクサー(※チャンチャチャンチャカ、チャンチャンチャンチャカ、チャンチャチャンチャンチャンチャン、というやつ(笑)。音楽を文字で表現するのは非常に難しい。あのフォークダンス音楽を知らない人には全然曲が浮かばないだろう)を筆頭に、マイムマイム、コロブチカというのが当時の三大定番曲だったのだが、それが突然終わった瞬間、一緒にいるパートナーが誰かで勝負が決まる。 回りまわって「あの子がやっと次の相手になる」と期待が高まったときに音楽が終了したときの、えも言われぬ哀しさは、当時の男子高校生でなければ絶対に分からないだろう。 (と5年前に書いたけれど、そんなことを思っていたのは私だけ??) 途中で手をつなげればそれだけでも嬉しいし、踊りながら話すチャンスもほんの僅かだけあるが、最後のパートナーになればそれとは比較にならないほど話しかけるチャンスがあるのだから。 文化祭の最後は、お決まりのキャンプファイヤーで締めくくられる。 格子状に積み上げられた木材は燃え尽きそうになると、一瞬炎は激しさを増すが、すぐに真っ黒な燃えかすとなり、がらがらと音を立てながら崩れ落ちていく。まるで「今年の恋のチャンスはこれで終わりだよ。また来年ね」と冷たく告げるかのように。 こうして、年に一度の榴ケ岡の文化祭は静かに幕を閉じていく。 ただし私にはゆっくり感傷的な気分にひたっている暇はなかった。 自分の高校の文化祭など、はなからどうでもよかった。 可及的速やかに解決すべき問題は一女の文化祭だ。 私は微かな期待を抱いて、榴ケ岡の一週間後に開催される一女の文化祭を見に行くことにしていた。同じ中学出身で榴ケ岡に入学した野球部の友人Sと一緒に。 あんな手紙に返事をよこせというのは、女の子にとってやはり無理な注文だ。実際に本人に会って私の気持ちを告げようと思っていたのだ。 |
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