07年03月の日記です。

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07/03/31 (土) -ごご

今月は仕事は楽だったものの、それ以外で忙しかった月であった。

週末に毎週予定を入れており、やっと今日になって午後まで寝てられる日となった。
3/03,04:福島
3/10,11:山形秋田青森
3/17,18:宮城岩手
3/24,25:実家


年度末の今日、以下の3区間が廃止となる。

  1. くりはら田園鉄道
  2. 鹿島鉄道
  3. 西鉄宮地岳線、西鉄新宮〜津屋崎間
横見さんはどこに現れるんだろう…

07/03/31 (土) -あさ

3/30 9.4% 50.3kg


2007/03/20(続き)

駅前には大きな工場がある。また右側に比較的新しい、市場がある。昔釜石にあった、「橋上市場」の中身を移転したものらしい。
入ってみると新鮮な魚介類が安価で売られていた。買っても調理する暇も無いのでスルー。昼食にも時間が早いので(2階の食堂は開いてなかった)のでスルー。

橋上市場の跡が駅から近いっぽかったので見に行くが、跡形もなくなっており護岸工事をされていた。軽く釜石の街を歩いてから、駅へ戻る。

ここからは三陸鉄道南リアス線に乗る。そのため、青春18きっぷを提示した上で「南リアス線とくとくフリー」を購入する。狭い待合室で待ってると、やがて改札を開始したので中に入る。
地下通路を行くと先に行った係員はJRとの乗り換え改札に立ち、その先の三陸鉄道ホームへと向かう。
列車は1両だったけれど、平日昼間でもあるからすいていた。
平田と書いて「へいた」と読む駅を経たり。
ここまで乗った山田線とは違い、比較的近年に建設された区間であるため、やはりトンネルが多い。抜けたと思うと駅がある。
また、大きな鉄橋の上で徐行して見せたりもする。
ふと右を見ると、右上を行く道路沿いの崖上にある喫茶店ふきんに崖崩れが見られ、なんか崩落しそうな気配がする。恐ろしいなぁ…
北リアス線に比べると、距離も短くあっさりしている。
車窓の風景を見ていると一時間弱で市街地が広がり、そこを高架で行く。眼下に鉄道の線路があり、それと立体交差する。よく考えると貨物線か。
そして川を渡り、12:05に盛(さかり)の駅に到着した。終点だのでここで降りる。ここでも小一時間の待ち時間が生じ、時間も時間なので昼食とする。
駅前を右に行き、しばらく行ってから右折すると、踏み切りの脇に岩手開発鉄道のホームがあり駅があった。
ちょっと前(1992年3月)までは旅客輸送も行っていたが、それ以降は貨物専用鉄道となっている15年も前になるのだけれど、それ以来使われていない駅(ホーム)が残っているのは貴重である。
ちょうど目の前の踏切がなり、盛の駅からディーゼル機関車に牽かれた貨物列車が発車していった。
機関車と、ホキホキホキホキホキホキ…
ただしとっさなのでちゃんと撮影はできなかった。

バス停があり、10人くらいの人が並んでいる。ここでは列車よりもバスのほうが利用されているようである。
その前にあるスーパーに入ってみる。なにか食糧を買って次の列車の中で食べようかとも思ったけれど、時間もあるのでスーパーの食堂で貧しい食事とする。

ここから、快速スーパードラゴンに乗る。
キハ100系の2両編成であった。後ろの車両、海側の席に座る。

07/03/30 (金) -あさ

3/29 はかり忘れ


03/28
そういえば貨物時刻表が出てる?と思って調べたら、やはり出てるとのことで、帰り道にある本屋に行くと、普通の時刻表のところに積んであったのでサクッと購入。
こないだこの本屋で見なかったな、と思ったけど発売日前だったのかな。


03/29
どうもビデオカードの調子が良くない。まぁ通常は問題なく、ビシージの時くらいなんだけど。
4桁でバルクでも無いかと帰り道にソフマップ。
でも中古でさえ高かったので諦め。5k円を割るのが32MBのとかだから。
しかしAGPだから選択肢が少ないなぁ。

新品のダ・ビンチコードが定価の約半額の1980で悩む。けどもっと下がるだろうから待ち。


2007/03/20

朝早く目を覚ます。しかし旅行に出ている間くらいゆっくりしたいものであるが、寝ていると時間がもったいない。
昨日は夜だったためよくわからなかったが、ホテルの窓から外を見ると、すぐに山っぽい。市街地が狭いのね。また詳細な地図を持っていないため、海がどっちの方向なのかさっぱりわからない。

チェックアウトし宮古駅へ行く。
改札を行っていたので駅構内に入り、JR山田線の川内行きに乗り込む。キハ52の単行で、乗客は少なくて3人くらいだったかな。
川内から折り返して宮古市内へ向かう人のための、送り込み回送のような感じ。
昨日は夜に乗った区間で、ほとんど外が見えなかったのであたかも初乗車のような感じで、車窓の風景を楽しむ。
茂市に 6:56 に到着する。
向かいのホームには宮古行きのディーゼルカーが停まっている。キハ52の3両編成である。
単行だけでも萌え〜 なのに、それが3両編成となるとたまりません。しかも、最後尾が キハ52 145という、旧塗装の車両。これは萌え萌え〜
#しかしケータイから運用がチェックできるのか。すばらしい。

今から乗る岩泉線と、ここまで乗ってきた川内行きとをあわせて、今この駅構内には5両のキハ52がいるということ。なんかもう別の世界のことのようにすら感じる。

岩泉線には8人くらいの乗客が乗っていた。
比較的時間が無いため、茂市の駅の外には出ない。7:01に発車した。
小腹が空いてきたため、昨日スーパーで買った軽食で朝食とする。
時刻表では盲腸線のような扱いであるが、1時間近くを要し、意外と乗りごたえのある線区である。
うわさの超秘境駅、押角。近くに養鱒場があるため、そんなに秘境とは感じなかった。ここがあの押角駅かと思うと、なんかあっけない感じもした。

線内で乗る客もあり、車内はガラガラではなくなってきた。
山また山を抜け、7:53に山の間にある終点の岩泉の駅に着いた。難関である岩泉線を制覇できた。

この駅に1日に3往復しか列車は来ないのにもかかわらず、駅舎は立派だった。
駅前広場に出ると、市営バス?の小本行きが停まっている。アレに乗ることも考えたが、今日の予定は列車で戻ったほうが(数時間)早くなるためスルーする。

あまり見る時間もないまま、折り返しの8:01発の宮古行きに乗り込む。
ボックス1人程度で、あいてるボックスに座ったら網棚に何か業務用のものが備え付けられており、荷物を上に載せられなかった。

今来た経路であり、朝も早かったので半分以上、ねた。気づけば車内は混雑してきて、ボックスには4人となった。
9:15に終点、宮古に着く。

山田線を盛岡へ行く、快速リアスが向こうにいる。キハ52の2両編成で、先頭の車両が朝見たキハ52 145。これは萌えだなぁ。乗らないけど。
9:23発釜石線経由盛岡行きの、快速はまゆりに乗る。
盛岡へ行く2本の列車が数分の間隔で出ることから、誤乗には注意が払われていた。キハ110系の3両編成で、昔の急行車であるためか、転換クロスシートであった。これで昨日乗った区間を釜石まで向かう。
釜石からがこの列車のメイン、ということもあるのか、すべてのクロスシートが逆向きに設定されていた。そのため向きを転換して、前を向きつつ海側の席に座る。
昨日は三陸鉄道のクロスシートだったけれど、やはり転換クロスのほうが具合がいい。いちど車窓を眺めた区間であるため、復習となるけれど山あり海あり砂浜ありで、変化に富んだ車窓は何度見ても飽きないものである。

10:24に釜石に到着した。列車はここで向きを変えるため、シートを元に戻してから降りる。
昨日はここで時間が無かったけれど、今日は小一時間ある。

07/03/29 (木) -あさ

3/28 9.6% 50.1kg
どうも50.0kgを割り込むことはないなぁ…


桜、咲いてますね。
金曜日は休みを取って桜を見に行こうw

BGMは「桜唄」


2007/03/19(続き)

ここ花巻で20分程度の時間がある。いったん駅の外に出てみる。
駅前ロータリーを一回りする。ちょうど 14:30 で、30分ごとになにやら音を奏でるオブジェがあった。
三陸を旅していると、東北本線の駅は相対的に大きく立派に見えるものであるが、 ここ花巻は普通列車しか停まらない駅であり、また人も少ないためどことなくさびしく感じる。
軽便鉄道の駅跡が駅前にあるという。見に行くと「岩手軽便鉄道花巻駅跡」の石碑があった。

次の東北本線下り列車に乗るべく、ホームに入る。
そういえば、この駅は東北本線の起点である東京からちょうど500kmということを思い出した。今目の前に900メートルの丙号距離標がある。そのため、ホームを100メートルほど青森方へ行ってみると、あったあった。

来たのは例によって701系電車、ワンマンなので後ろの車両に乗る。今日は、実にこの区間のみが「既乗区間」となる。

だらだらと各駅に停車し、15:3xに 盛岡に着く。
その直前、向こう側に旧型のディーゼルカーが何両も連なっているのが見える。先々週に訪れた水郡線に新車が入り、そこで使っていた車両が花輪線に転属となり、その結果として使い道の無くなった キハ52とキハ58系である(キハ28はあるのかな?)。

ここ盛岡で小一時間、時間があり、ここでちょっと遅いが昼食とする。

ここ盛岡の駅で外に出たのは3回目かな。
かなり大規模に改装されており、かつての面影がなくなっている。
1回目に改札内の跨線橋だったのが、2回目には真ん中で仕切られ改札内外兼用となっており、今日見たら改札外用となっていた。

かつて新幹線が盛岡までの頃、特急「たざわ」「はつかり」がこの駅を始終着としていたけれど、秋田新幹線開業・東北新幹線八戸延伸で両者が発展的解消してなくなった。
そのため在来線に乗り換える客が減ったためか駅構内はさっぱりとしており、またその逆に改札外の商業施設が充実したようである。

店を探したが、東口北側にある商業施設の地下の店に入る。「冷麺」を食べようか悩んだりもした。893円で遅い昼食を採る。

ここから山田線に乗る。盛岡から東に出ているローカル線。
乗る列車は 16:30 発であるが、平日なので高校生の帰宅時間でもあることだし(高校生は近距離で降りてしまうものであるが)、早めにホームへ降りる。先も述べたとおり、在来線のホームは活気が無い。
いちばん手前のホームであった。列車はすでに入線しており、なんとキハ52の単行であった。ローカル線とはいえ、盛岡を夕方に出る列車がまさか1両だとは思わなかった。
キハ52は先週大館の駅で(花輪線)見た。車号は違うけど。そのときに車内まで入ってみたけれど、そういえば乗ることになるとは思わなかった。

まだ15分ほど時間もあり、ボックスが開いていたので左側の席に座る。発車間際に三々五々高校生が乗ってきて、ボックス3人くらいの混雑となった。

1両編成に車掌もおり、車内は混んでおり半ば息苦しささえ覚える。
山田線は盛岡を出て右にカーブし、上盛岡。そして数駅目の上米内駅で高校生たちは降り、車内はボックス1人程度となった。

ここからは山越えとなり、とたんに山地の中を行く。駅間距離も 10km 近くあり、見えるのはただただ山地のみ。いつの間にか大志田駅は通過していた。
ふと窓を見ると、内側に枠があり二重窓状態となっていた。これですきま風も入らないのだろう。車内を見渡すと、8割くらいの窓がこの状態になっていた。 窓全体が覆われており、カーテンも出すことが出来ないのよね。

区界の駅で対向列車と行き違いをする。山奥の駅であり、ずいぶん遠くへ来てしまったような感じさえ受ける。

そういえば前方に1人高校生が乗っている。宮古から盛岡まで、直通列車の本数は少ないのによく通えるものである。
やがてあたりは暗くなり、闇つぶしのような感じになってくる。春分が近いとはいえ、さすがに山間部だから日が暮れるのは早いか。
茂市で岩泉線に乗り換えることもできたけれど、完全な闇つぶしなので、明日に回すことにし、そのまま宮古まで乗りとおす。
あたりは開けてきたのか、車窓には道路や店舗等も見えてくる。

車内で半ば ぼーっとしていた全ての乗客の目を覚ますような勢いで、終点宮古に到着の旨のアナウンスがあった。

宮古。
ひなびた寒村かと思いきや、思ったよりは都会であった。駅近くにあるホテルに投宿する。荷物を置いてから晩飯を取る場所を探すが…
結局、近所のスーパーの食堂にして、もそもそと晩飯を食した。

明日の朝食をスーパーで仕入れておく。

07/03/28 (水) -あさ

3/27 はかりわすれ


2007/03/19(続き)

「不思議の国の北リアス」というフレーズがそこかしこに見られる。
ここ久慈では比較的短い乗り換え時間だから気をもんだけれど、JRの改札を出て駅でスタンプを押して駅舎の写真を撮り、三陸鉄道の駅舎写真を撮って「北リアス線とくとくフリー」を900円で購入し、さらにスタンプを押す余裕まであった。

このフリー切符、当日有効日付のある「青春18きっぷ」を持っている人限定とはいえ、片道で 1,800 円する区間を 900 円で乗り放題となることから、かなりお買い得である。
尤も、この切符が無かったら「青春18きっぷ」を持ってる場合、三陸鉄道の運賃を払わずにスルーしようと思えばすることも可能だからか、かなり安めの設定になってる。

とゆうわけで三陸鉄道のホームに行くと2両編成のディーゼルカー。
1両で充分だと思われるほどなんだけど、この列車は三陸鉄道北リアス線→山田線→南リアス線と直通する列車であるから、とちゅう混む区間があるのだろう。
そうそう、フリー切符を買った際に「南リアス線のフリーきっぷは要るのか」という旨聞かれたけど、この列車は南リアス線まで直通するのね。

後ろの36-202という車両に乗る。平日だから、空いていて超マッタリ。リアス式海岸を行くため、トンネルと鉄橋が多い。だから海が見えるのはわずかである。
トンネルを抜けるとわずかな海が見え、集落があり駅。ただし乗降客は無い。

宮古到着。左に三陸鉄道のホームがあり対向の列車が停まっているが、 それを横目に渡り線を渡ってJRのホームに入線。ここからはJR山田線を行く。

建設された時代がやや古いからか、ここから先のJR区間は、トンネルは少なめだった。
リアス式なので、山かと思いきや時折海が見え隠れする。また津波対策のため、比較的大きめの堤防も見られた。

りっぱな新しめの家があるのだが、軒並み臭突が立っていたりして。

12:03に釜石に着いた。
比較的すぐの接続となる、向かいのホームの釜石線花巻行きの列車に乗り換える(この駅は明日見る時間があるためスルーする)。

キハ110系の2?両編成。ボックス1人くらいかなぁ。これが土休日だともっともっと混雑するのだろうけれど。

陸中大橋の駅。手前に左上にこれから上がる線路が見える。
出発してトンネルに入り、この中でU字形にカーブをし、気づくと眼下に先ほどの駅が見下ろせた。とてもとても景勝である。とともに、この線区の醍醐味でもある。
数駅に停まるにつれ乗客は減り、ボックス0人となるところも出てきた。

山地を行く。時折雪のあとも見られるようになってきた。
やがて平野となり、遠野。遠野物語を読んだのは高校生の頃。あの頃から行ってみたかったこの地を華麗にスルーする。ここで降りた客も多かった。

だらだらと、半ば山地のようなところを抜けてゆく。
列車は混むことも無く、ボックス一人独占のままだらだらと。

巨大な新幹線の駅をくぐり、新花巻で乗客がごっそり減った。新幹線とは蚊帳の外みたいな感じで1面1線のホームがあるんだけど、やはしラチ外連絡っぽいな。いつかは利用したいと思ったけれど、いつになるのやら。

そして空いたまま、終点の花巻に着いた。

花巻、といえばイトーハーヴである。いとうさんのハーブ園があるのであろう。どったのどったの〜?

07/03/27 (火) -あさ

3/26 はかりわすれ


日曜(2007/03/25)のOAを見ると、アックスフォームの新しいイマジンの名前が割れてますね。
「キンタロス」。確かに金色だw

それはさておき、早DVDが出るらしい。
Vol.1(2007/05/21発売)、 Vol.2(2007/07/21発売)。
いずれも(今予約すれば)25%引きで、2,205円ってのは安いけれど、各々第1・2話、第3・4話を再編集して30分らしい。
CM抜いても2話だと45分くらいにはなるはずだから、1/3もカットされるのは辛いなぁ。見送りかなぁ。


そうそう、03/17に降りた油島(ゆしま)駅、ここは岩手県だったのね。隣の石越駅は宮城県なので、この1駅の途中に県境があったということ。
さいきんのJR東日本の駅名票には、駅の所在地が書いていない(いわゆる平成の大合併で書き換えが追いつかない、ということも理由かとは思いますが)うえに、時刻表を持ってこなかったので県境がどこだか判らなかった。


2007/03/19

今日は、朝7時台の列車に乗る。
このホテルは朝食が朝6時から営業している。これは始発の新幹線(6:50頃かな)に乗る人のためらしい。
6時ちょっと前に行く。さすがに平日だからか一番乗りであった。早めの朝食とする。ローカル線は食糧事情がよくないので、しっかりと朝食を摂っておくことが望ましいし。
卵定食で、500円であった。

さてチェックアウトして八戸駅の改札を「青春18きっぷ」で入る。今日が8日目の日付となる。
青森?からの上り特急「つがる」が到着するところで、それを見に行く。エスカレータを下ってホームに降り、入線を撮影。
数分遅れているらしく、新幹線乗り継ぎの時間短縮のためか「乗り換え自動改札の電源を落としてある」旨の放送もあったりする。
列車から降りてきた人達の後にコンコースまでエスカレータを上るが、さっき下ったエスカレータが上りとなっていた。柔軟に運用しているですなぁ…
上で見てたら、手動で「下り」に切り戻してた。

これから乗る列車が入線している。キハ40の3両編成。40-552という最後尾の車両に乗る。
青い森鉄道(東北本線下り)の列車が到着し、それからの乗り換え客(多くが高校生)と、東北本線上りの列車も到着し、それからの乗り換え客が多くて、それまでがらがらだった車内もボックスが埋まった。

八戸を出る。すぐのところにある貨物駅で、左側にタラコ色のディーゼルカーが停まっているなと思ってよく見ると、旅客が乗っていた。信号所なのか。
併走していた貨物線が左に分かれて、さらに分岐した貨物線と2線で川を渡る。

橋を渡って高架のまま、本八戸に着いた。ここで半分くらいの高校生は降りる。

複線の路盤があるのだが、バラストはあるものの線路が敷かれていない。枕木のあとがあるので、線路はあったものと思われる。
そのまま小中野の駅まで行くのかと思いきや、左に分かれてゆく。市街地の中を高架で抜ける貨物線があったのだろう。道路を越える部分の桁が外されており、廃止されて久しいような感じでした。
次の陸奥湊駅で上り列車と交換する。

鮫。ここで高校生が大挙して降り、車内はガラガラになった。3両すべてが終点まで直通するのがもったいないほどである。
左には太平洋が見え、かなり眺めがいい。今日の天気予報は「雪」とのことで気を揉んだけれど、太平洋側なので、どう見ても降らなそうで、おだやかな天気である。

階上駅を過ぎ、意識が半ばなくなる。日の当たる側に座っているので、暖かい。

角の浜駅を過ぎていたっぽい。この駅の手前に県境があった(はずで)、岩手県に入る。この時点で青森県の鉄道を完乗となった。先々週の福島、そして先週の山形・秋田についで東北地方では4県目となる。

日差しもよく、ディーゼルの音も心地よく、気がついたら意識を無くなりがち。ただただひたすらマッタリと過ごす。心地よかったまま、終点の久慈に着いた。八戸線完乗となる。

07/03/26 (月) -あさ

3/25 9.4% 51.2kg


言っとくが俺は、最初からクライマックスだぜぇ!


2007/03/18(続き)

次の地下鉄で仙台まで出る。

今15:50で、β氏が乗る新幹線まで、あと40分くらいある。
とりあえず氏が土産物を買っているあいだ、氏の「上りはやて(20号、16:26発)」の10分くらいあとに出る「下りはやて(23号、16:38発)」の特急券と乗車券とを購入する。
A,E席は満席なので、C席とする。

午後4時になり、30分弱という時間はあるものの、びもーなので駅改札内に入ることにする。18時台の飛行機で帰阪するVM氏とはここで別れる。

改札内で駅弁(ここ仙台は、日本一種類があるそうである)を買おうか悩んでみたりして、β氏の乗った満席の「はやて」を見送り。


さてここからは1人となる。

反対の下りホームに行って少し待つと、待避する「やまびこ」が入線し、やがて私が乗る「はやて 23号」が入線してきた。
乗り込むと満席であった。日曜の午後だから、東京から青森へ帰る人かなぁ。C席なので、多少は余裕もある。
16:38に発車したけれど、激しく寝ていた。寝ていた。寝ていた。
前6両の「こまち」を切り離した盛岡から先が今回初めての乗車区間となるが、そろそろ宵も迫っておりあまり意識も定かではない。トンネル区間が多く、気を抜いて寝ると実は明かり区間に出ていたりする。

半ば夢心地のまま、18:05に終点の八戸に着いた。終点なのでここで降りる。
さいきんの新幹線は工費節約のため、ホームが地平レベルにある。2面4線なんだけど、真ん中の2線ぶんだけ、転落防止柵があったりする。
青森・弘前・函館方面への特急の乗換駅で、下りた多くの人は連絡改札へと抜けていった。
ちょうど真ん中の2線の上となる場所に待合室があり、入ってみる。元住吉駅に似ているとおもた。

今日は、ここ八戸に宿泊する。
値段が同じなので、乗車券は八戸から八戸線で少し行ったところにある、「鮫」まで買ってある。そのため「途中下車」となる。

八戸の市街地は八戸線の本八戸の駅近くにある。しかし今日はここ八戸の駅中(エキナカ)のホテルに泊まることになっている。さっくりとチェックインする。

夕食をどうしようか、と悩む。市街地から離れており、八戸駅周辺に飲食店も少ない。
結局ホテル2階にある「うお彩館」で回転寿司とした。別に美味でも新鮮でもない。

駅のNEW DAYSへ行き、夜食を漁ると「南部せんべい(もどき)」が16枚入って210円と激安だった。あと酒を購入。
しかし、こんなところ(八戸駅ビル)に文教堂書店があると、なんかひける… だって本社川崎市高津区だすよ。

ホテルの部屋からは、八戸駅構内が見える。列車接近アナウンスも聞こえてくる。イイネー!
アダルトビデオチャネルが無料だったので、2チャンネルぶんザッピングして朝まで鑑賞する。しかし早送りができないのが辛いね!

07/03/25 (日) -夕方

03/24〜25 と実家に帰っていたので今朝の更新はありませんでした。


2007/03/18(続き)

食後に時刻表をみて、次の仙山線が5分くらい、その次が+30分というので、少し急いで駅構内に戻りホームへゆく。仙山線に新駅が今日開業しており、これを見に行こうと。

仙山線は途中の愛子行き。719系の2+2+2の6両編成。E721系の新車を入れてこの車両を別の線区に転属させる予定があった気がする。

仙台を出てものの10分ほどで、本日開業の「仙台福祉大前」駅に着いた。勾配の途中にホームを作ったということがありありと判るほど、傾いていた。

改札を出ると、先ほどと同じようなくす玉がある。ただ人は少ない。どうやら、あと小一時間後くらいから、テープカットが行われるとのこと。
駅前には駅名にもなった東北福祉大学の建物がある。この中で関係者用のイベントが行われているらしく、関係者以外は入れないようになっていた。
階段を降りて道路まで行くと、開業イベントに「一日駅長 佐々木主浩(ささきかづひろ)」とあるのを発見する。そう、あの「ハマの大魔神」である。

今日のこれからの予定は、 16:27 発の上り「はやて」でβ氏が東京へ向かうことになっており、それまで「青葉城址公園(名前あってるかな)に行こうかと思っていた。しかし、せっかく大魔神もいらっしゃることだし、式典は今日しか見えない(青葉城址公園はいつでも見れる)ため、その予定をキャンセルして このままここで式典を見ることにしました。

この駅の駅前はさきほどの太子堂駅よりこぢんまりとした感じで、あまり引きが無くテープカットの全景を撮影するのは不可能でした。
やがて佐々木氏が見え、頭上に掲げたデジカメで撮影しまくりモード。太子堂駅にいらした仙台市長(丙ちゃんに似てる)や、アシスタントの尾根遺産も同一でした。

テープカットと同時にくす玉割りが行われ、その後同大学のチアリーディングが始まったけど、見てるこっちが恥ずかしいのでスルーし、次の上り列車で仙台方向へと向かいました。

二つめの停車駅、北仙台で降りる。
ここから仙台市営地下鉄に乗り換える。
β氏が未乗とのことで、一日乗車券が日曜祝日限定で600円なので、それを買ってとりあえず「泉中央」。
「和泉中央」駅よりは小さいですが、「いずみ中央」駅よりは大きいですな。旧「泉市」の中央に当たるのかな。地下鉄が延びる頃(平成の頭かなぁ)には仙台市と合併したと思われる。

駅前を見ても、特に何もないので次の列車 14:56 発に乗る。先ほどの車両より番号が若い(03編成かな)のだけど、アコモが少しよかったから更新車なのかな。

寝入る両氏を横目に、読書に興じる。正直いって地下鉄なので外の風景を見る必要が無く、また一度全線乗っているので車窓を注視する必要もなく。 延々と島式ホームの駅が続く。進行方向右側の扉のみ使用のため、運転台が右側にある(ワンマン運転だっけ)。

終点の富沢に到着した。ここで降りる。 たしか我々の一つ上の先輩である A さんが、この近くに居を構えているとのことだけれど、単身赴任で東京にいらしているそうなので今回連絡はしていない。
駅周辺の地図を見る。ここから徒歩20分くらいかけて、ユースホステルにVM氏が行ったことがあるという。
ところでその地図を見ると、そのユースホステルは今日開業した太子堂駅に近いように見える(地図に太子堂駅は書き加えられていなかった)。
ここ富沢駅から太子堂駅へバス路線でもあったら便利なのだが、地図を見ると細い道路ばかりで、どうもなさそうである。

07/03/24 (土) -あさ


えきから時刻表というサービスがある。
紙の時刻表レベルの情報を、Webで見られるというなかなか素晴らしいサービスだった。

このたびリニューアルしたとのことだけれど、なんかバグバグでおかしい。時刻表として、ありえないデータ等が散見される。
「3/18に開業した駅のデータがない」と朝に誤りを指摘したら、22時頃に返答が返ってきたけど。

これで信頼を落としたんだけど、代替のサイトがないという不具合。


2007/03/18(続き)


仙台空港で仙台空港線開業に関連したイベントがあるとのことで見に行ったけど、何もなかったような気もする。また、展望エリアもしょぼくって。このために望遠レンズを持ってこようかと思ったけど、持ってこなくて正解でした。

4両編成の仙台行きに乗る。
仙台・名取間に本日開業した「太子堂」駅で降りる。駅前には露店が出ており、多くの地元の人がいる。またくす玉があり、開業記念式典がちょうど始まるところであった。

駅周辺を観察すると、道路の "もりど" の跡が見える。
線路は今高架になっているので、線路と道路との逆立体交差工事が行われたのだろう。そういえば、以前「想定し得なかったコンクリートが見つかり、列車を運休しての切り替え工事が予定時間内に終わらなかった」ということがあったのをVM氏が思い出す。
当時「それが、束クオリティ」と思っていたのだが、それがここだったのか。

仙台市長等の要人がいらして、テープカットとなる。人垣の後ろからなので、デジカメを頭上に掲げて適当にシャッターを切るが、それでも意外と撮れるものなのね。

ついで楠田周りくす玉割りが行われ、イベントはひとまず終了となった。

駅に戻ると、首からぶら下げるカードを配布しており、これで無料にて駅構内に入って観察することが出来るという。
へーと横目に見つつ、VM氏が入場券をマルスで購入するため並んでたので、先に駅に入り撮影をする。空港線混雑のため、5分ほど遅れてた。

これで仙台まで戻る。
時間的にはちょうど昼、駅構内の牛タンストリートで有名店「利久」に並ぶ。列が長かったけれど、「今日の予定はあって無いようなもの」なので。12:10頃から並び、12:35頃に入れたのかな。今日は「牛タンカレー」とした。

美味美味。drinkerなんだけど、酒を頼むと別途お通しが出るみたいなのでノンアルコールで。

07/03/23 (金) -あさ

07/03/21 8.5% 50.0Kg


早稲田大学村岡研究室にフィッシングサイト
早稲田大学スポーツ科学部・人間科学研究科 村岡研究室らしい。
こんな地の果てのようなところ(狭山湖近辺)に早稲田大学のキャンパスがあったのか。知らなかった。


RFID児童登下校管理システムのクオリティは安心安全ソリューションってレベルか (takagi-hiromitsu.jp)。
児童の登下校を管理するRFIDシステム。登校すると、それを確認して保護者宛にメールが行くというシステムらしい。
ところがこれを読むと、そのシステムの信頼性がアレげなことがわかる。

子どもの命、ということに関わっているという認識が、富士通にはないとしか思えない。

とまで書かれている。


AdSenser Japan : サイトを運営している人の裏の顔が見つかるかも
これは面白い。
ネトゲやりまくって名古屋大学を目指す高校生(笑
経理・企業コンサルティングで不倫日記(笑


2007/03/18

朝早く、目が覚める。
だりー頭いてー今日一日休みてー

今日の予定はあって無いようなもの。
昨晩呑みながら3人で立てた計画では、朝9:30頃の列車で本日開業の仙台空港線に乗って仙台空港に行くことになっている。

9:00から記念Suica(「仙台空港線記念」と「Pasmo記念」の2種)が発売される。
「Pasmo記念」の方はJR東日本の(Suicaの使える)主要駅で発売され、「仙台空港線記念」は仙台周辺の各駅で発売される。
両方が発売されることになる唯一の仙台駅。Suicaファンとしては押さえていかないといけないみたいで、早い時間からβ氏が並んでいるのだけれど、別に記念Suicaが欲しくはない私とVM氏は 9:20 頃に駅へと向かう。

仙台駅コンコースには、カードを求める人の長蛇の列。200人くらい並んでいるかなぁ。今 9:17 だから、列は進んでいるはずなんだけど 正直"引く"くらいの列だった。
「PASMO記念Suica」じゃなくって、「記念PASMO」だったら(少し)欲しいところだったけれど、PASMOのロボがキャラクタ的に可愛くないからナー。

β氏と連絡の結果、私とVM氏とが先に空港線へ向かうこととなった。なお、今日は「非青春18きっぷの日」として、仙台近郊なので Suica を利用する。
隣のホームには、空港線直通列車が停まっている。4両編成なのだが、2両編成ずつに分割してある。おそらく空港から4両編成で来たのを、2両編成ずつに分割するのであろう。
空港線直通列車より先に、分岐駅へと到達する常磐線直通の 717系電車に乗る。この形式の電車に乗った記憶がないなぁ。もしかしたら初乗車かもしれない。
外観は古めであるが、近郊型電車であり国鉄末期の登場でなかったかな。

空港線が分岐する 名取駅 でいったん降りる。

「仙台空港線一日乗車券」が限定で発売されているんだけど、すでにこの時間で売り切れとのこと。次の仙台空港線の列車を待って乗り込む。

仙台空港行きの列車。開業初日の朝、しかもなぜかそれを考慮せず、ふだんの運用と同じく2両編成ということで、エライ混雑でした。空港に行くために大きな荷物を持った人も多く、阿鼻叫喚の図。JRの車両でした。
構内で東北本線から分かれ、単線で高架を上がり左(東)へと向かう。

次の「杜せきのした」駅でどっと降りる。オイラとVM氏も降りる。駅前に大きなSC(ショッピングセンター)が 2/28 から開店しており、それ目当ての地元の人の降客がおおかった模様。

高架1面1線で、反対側に線路が敷けるようになっている。将来本数が増える際には交換駅となるのだろう。

(なぜか有人改札が長蛇の列な)改札をスイカで抜けると、窓口に並ぶ10人くらいの列があり、一日乗車券かと思って並んでみたら、「仙台空港線記念Suica」しかないとのことで、まぁせっかくなので1枚購入する。使う予定はないけど。
ここで我々の前に並んでいた、「フェロニアス翔」似の人物、よく見ると買い終わって列の後ろに並び、買い終わって列の後ろに… と、ひとり「フォークダンス状態」。これが噂に聞く「転売ヤー」ね、とVM氏と感心する。

次の仙台空港行きに乗る。この列車にβ氏が乗っているとのことだけど、例によって2両で阿鼻叫喚だったので近くへはたどり着けず。仙台空港アクセス鉄道の車両でした。

田園地帯を高架で抜けて美田園(みたぞの)駅。どうみても田園の真ん中で、周りに何もない。何も…
隣の「杜せきのした」駅の繁栄ぶりから見ると、その対比が面白い。この駅はスルーする。

車窓の風景を見ていると、運河が見える。
けっこう昔に造られた運河で、確か教科書に載っていたような記憶もある。野蒜(のびる)の方にある運河と関連しているのかな。

滑走路の下をトンネルでくぐり、抜けて高架に上がって1面2線の終点「仙台空港」駅に到着した。とりあえず撮影。撮影。

β氏と合流する。
本日の夕方の便で帰阪するVM氏がチェックインし、荷物を預けて身軽になられる。

07/03/22 (木) -あさ

07/03/20 9.6% 50.7Kg


鴨志田さんが亡くなったとのことで。凄いよねぇこの人の人生って…


2007/03/17(続き)

食事をさっくりと済ませたあと、VM氏と合流し3人となる。
氏とホテルまでいったん行って荷物を下ろしたあと、飲み屋を探す。「ツルハドラッグ」という薬局の前を通ったりして。

地下にある家庭的な店で呑む。えーっと店名メモり忘れ。
さきほど牛タンで麦飯をお代わりした(飯と牛タンとの割合をミスった)ため、お腹はいっぱいなので、食べるというより呑んだり喋ったり喋ったり喋ったり。

次は、近くにある「ご飯酒房 然の家」という店。えーっとノンアルコールだけで失礼でした。

ホテルはその飲み屋の上の階だったんだけど、いったん近くのコンビニへ行って明日の朝食を買い出しに行ったり。

ホテルは温泉があるとのことで、もはや泥酔状態に近かったけれどβ氏とともに入浴。もうね(ry

やっとお部屋でくつろぐ。もう24時を回っており、17日の nikki の更新が出来なかった不具合。

PCを取り出し、iTMS(iTunes Music Sore)で「青葉城恋唄」を検索し、150円にて購入。
この曲を歌って有名となったのが、今日乗ったOH!バンデス号の「さとう宗幸」なのね。
杜の都、仙台の情景を歌いこんであり、イイ曲ですね。エンドレスで聴きまくり。

07/03/21 (水) -よる

というわけで、今日21日に帰宅いたしました。
4泊5日で撮ってきた画像は2,319枚 5.19GBに。


東北シリーズ1 03/03〜04 福島
東北シリーズ2 03/08〜11 山形・秋田・青森
東北シリーズ3 03/17〜21 宮城・岩手

これにてシリーズ終了、東北地方の鉄道完乗となりました。めでたしめでたし。

シリーズ3の旅行記は、随時ここに記してゆきます。

07/03/20 (火) -よる

あーデジカメの電池が切れました。満充電から 1,902 枚画像を撮ってます。これだけあれば、たしかに充分ですね。

念のため買ってあった予備のバッテリーは、大阪梅田のヨドバシで買ったもの。

07/03/20 (火) -あさ

2007/03/17(続き)

ここから仙台方向(上り)に戻るのだが、その15分くらい前に下り列車が来る。待ってるのにも飽き、また青春18きっぷを持っていることだし、逆方向に1駅乗ることにする。
来た下り列車は2分くらい遅れてた。見習いの運転士らしい。2両編成の701系で、降りる隣の駅は無人駅だから前に乗らないとあかんのだった。

田んぼの中にあるという感じの、油島駅で降りる。
青春18きっぷではなく、一ノ関行きの乗車券を見せて降りる。「東京都区内から油島(427.0km 6,830円)」と「東京都区内から一ノ関 (445.1km 7,140円)」は誤差の範囲になった。
なお、オイラの他にも青春18きっぷで降りた人がいた。

ささやかな駅舎と、乗車駅証明書発行機が置いてある。駅には時刻表の掲示すらなく、利用する人はとても少ないものと考えられる。
貨物列車の通過のあと、上り列車が来た。
701系の2両編成、後ろの車両の一番後ろ(ワンマンなので車掌室の部分)に立つ。

雄大な東北の田園風景がよう見えた。次の 〜 さきほどの石越から乗客は増えた。

2両編成の仙台行きなんだけれど、この先混雑するのではないか、と思っていたら、小牛田の駅の手前で減速する、
前に車両を連結するとのことで、乗り移るべく降りる。また、ここで車掌が乗ってきたため、車掌室となるためこの場所にはいれない。

前には4両編成が繋がり、実に6両編成となっていた。今まで知らなかったのだけれど、701系の4両固定編成ってあったのね…
まぁガラガラの車内で一息つく。

ロングシートなのが残念だけれど、この先松島を通る。併走する仙石線の松島海岸の方が観光地には近いが、それでも車窓から松島の風景を見ることは出来る。
仙石線は直流電化で電車の乗り入れは不可能なんだけど、保守用車両用っぽい両線を結ぶ線路があった。 徐々に混んできて、ガラガラだった車内も席が埋まり外の風景を撮影しにくくなってきた。岩切の駅で降りる。

ここから利府まで、東北本線の支線が出ている。もともとはそちらが本線で、品井沼まで続いていたけれど、松島周りの方が勾配が緩いとかで、主格が転倒している。
後に利府から品井沼までの区間が廃止されたんだけれど、ということは利府までは乗客も多かったのだろう。

701系の2両編成で、そこそこ乗っていた。
というか、さきほど細倉マインパーク前駅からオイラの前に座っていた(2人用ボックスシート)人が乗っていたりする…

新幹線の仙台車庫の脇をひょろひょろと行く。さいしょの駅は新利府。簡易Suicaリーダーがあったけれど、この駅で降りる人は皆無だった。
次の駅が終点の利府。この時点で、やっと東北本線完乗となった。
この駅にかつては側線に交流機関車が放置されていたらしいのだけれど、今はすっきりとしていた。
また、私の記憶が確かならば、ここはサッカーワールドカップを行った競技場(球技場)の最寄り駅だった気もする。他客時用の臨時通路があった。

この駅はSuicaが使えるので、チャージしてみたりする。 駅前には分譲マンションがある。岩切で乗り換える必要があるとはいえ、仙台まで20分くらいだからお得そうにも見えるのだけど。

次の折り返しで仙台まで戻る。とりあえず、ヨドバシかなぁと思って店内を見る。

数年前の社員旅行でこの仙台店は訪れており、そのときPCのケースが安かったんだけれどさすがにこんなところで買っても持って帰れないから諦め、結局電池を買ったのかなぁ。

ここでβ君から連絡があり、103系(1年ぶりくらいにJR東日本で復活予定)の試運転が、仙石線を仙台方向に上ったかもしれないという。
仙石線の仙台駅のホームはすぐなので、青春18きっぷもあることだし入ってみる。 けれど発車案内に「試運転」はなく。鉄ヲタはいたけれど、祭りは終わったあとかなぁ。

改札を入ってしまったので、入場券代わりに青春18きっぷを使うのもアレなので、一駅「あおば通り」まで乗ってみる。この区間も社員旅行の時乗っているんだけれど。

ものの2分で「あおば通り」。向かいのホームには、L/Cカー(座席がロングシートとクロスシートと変換できる近鉄開発?のもの)が停まっていたりするけど車内に客満載だから撮影はちょっと。

折り返しで仙台まで1駅戻り少し待つと、ちょうど松島海岸方面から昇ってきたβ氏と合流、ヨドバシへ行くことにする。

ヨドバシへ来たからには何か買わないといけないのだけれど、電池はこないだ郡山店で買ったしなー なので今回はスルーで。

いったんホテルに投宿。まだ出来てから間もないのか、けっこう瀟洒なホテルでした。 ドーミーインアネックス。

飲み会 兼 晩飯 に出かけることにする。

牛タンを食したいとの由で、近くの店に行くが30分待ちらしく、結局新幹線側の駅構内3階に出来た「牛タンストリート」に行ってみる。

これもまた、数年前の社員旅行で「荷物を預けた」コインロッカーのところ(いっしょに社員旅行に行った人がこの nikki を読んでるとは思えませんが)で、当時は何もなく殺風景な場所だったのだけれど、きれいに「牛タンストリート」ができていました。

今日は昼食も食べていないので、お腹が空いていてとりあえずすぐ入れそうな店に入り、「牛タン定食」。

よく飲み屋で頼むと出てくるようなものではなく、厚みがあって美味でした。ふだん食べてる牛タンって何よ、ってくらい味が違いました。

07/03/19 (月) -よる

2007/03/17(続き)

ここ小牛田の駅は、東北本線から西に陸羽東線、東に石巻線が分岐する鉄道の要衝であった。前述の通り、新幹線の駅が少し離れた古川に出来たということもあり、やや時代に取り残されたような感も受ける。
広い構内には車庫もあり、ディーゼルカーが何両かと、またジョイフルトレイン、除雪車も停まっていた。
橋上の駅舎で改札をいったん出るが、SUicaが使用可能とのことであった。とりあえず券売機でチャージをしてみる。 明らかにどう見ても同業者が数人いるのが判る。階段を降り地上フロアに出ると、昔の駅舎を待合室として使用していた。そのまま残すのも珍しいが、橋上スペースに待合室を作る余裕がなかったのだろう。

この駅は、女川から石巻線でここに来て、東北本線下りに乗り換えたという記憶がある。ただしそのときは乗り換え時間が僅少で、ほとんど記憶がない。その日に泊まる予定の民宿(前述の、弘前の「まつわ」)にリコンファームの電話をしたということかなぁ。

719系電車の仙台行きが隣のホームにいる。上り仙台方向豊校は本数があるが、下りの本数が少ない。
下りの電車を待っていると、先ほど古川の駅にいた「次の」列車が到着した。ガラガラだった。

やがて来た列車は701系の2両編成。まぁ今更701系には驚きませんが、例によってワンマン運転(この駅かららしい)ので、後ろの車両に乗る。

東北本線は何度か乗っている。ただしほとんどが夜行列車で、昼間に乗ったのは上記の時のみである。
もう16年も前であり、車窓の風景も覚えていないため外の風景を堪能することにする。 比較的大きな荷物を持った人が多く、途中駅での乗降はあまり無かった。 9:14に石越に着いてここでどっと減る。オイラも降りる車内はガラガラとなる。

諸事情により「一ノ関まで」のきっぷで途中下車とする。この駅はSuicaを使えなかった。

今日の主目的である「くりはら田園鉄道」の駅舎が駅前にある。 16年前には、この駅で5分くらい停車時間があり、そのときに途中下車して駅前まで出ている。そのときはまだ「栗原電気鉄道」であったのだけれど、効率化のため電化装備を取り払い、非電化化(ひでんかか)されている。
この「くりはら田園鉄道」が今月(2007年3月)の末に廃止になるとのことで、最初で最後の乗車に来たというわけ。

基本的に廃止まぎわの鉄道に乗りに来ることはないのだけれど、今日は

  1. 今日1日は予定に余裕がある
  2. 前述の陸羽東線からそう遠くない
上記理由により、逆に「乗りに来ない方が不自然」といった感じとなり、混雑承知の上、乗ることにした。
列車の本数が少なく、9:14に着いて10:17まで列車はない。東北本線の次の下り列車が 10:14着だけど、それは接続が良すぎて混んだ車内で座れないだろうし。 だからここで1時間ほど列車を待つ。

石越駅は無人化されており、ホームに入ることが出来る。 職員が長机と硬券BOXを持ってきており、「0001番」云々言っていることから、今日から新たに売り出すことになったのかな。
まぁ硬券を蒐集してる訳でもないし、スルーする。

本来であれば、9:09?着の列車の折り返し(と駅の時刻表に書いてある)のはずなんだけど、ホームに列車は入線していなかった。
まだ人は少ないため、待合室にあったノートを読んだり読まなかったりしてたら人が増えてきた。ので乗車口のところに並んでおく。

待っている間に列が長くなってきたけれど、前から15人目くらいだから楽勝。
10:06に列車が入ってきた。2両編成。おそらく9:09着が1両で、車庫のある若柳までいったん回送し、そして2両になって回送されてきたのであろう。 前面には「90年間ありがとうございました」と書かれたシールが貼ってある。

前の方にいたので、前の車両「KD9-1」に乗る。セミクロスシートで、元名鉄(名古屋鉄道)のディーゼルカーである。八百津線あたりを走っていた車両と思われ、昔乗ったことがある車両かもしれない。 乗り込んで、「鉄子の旅」の菊池直恵さんの書いた「くりでんクイズラリー」のチラシがあるのを確認して、1枚もらっておく。

車内は混雑してきて、10:13着の東北本線からの乗り換え客も多かった。 ロングシート部分に座ったから外が見にくいのが難点である。

若柳。この駅には電化されていた当時に走っていた電車が停まっている。 もう走ることも出来ないが、自社発注の車両があったのではないかな…
また、先代のディーゼルカー(これももと名鉄)も停まっていた。

11:13に終点の「細倉マインパーク前」に着いた。定刻から9分遅れているが、ワンマンのため降りるにも一苦労したり。1,020円の現金を渡して降車する。

折り返しは定刻であれば 11:09発だから、すぐにも出るのだけれど、せっかく終点まで来たのだから1本(約1時間)列車を落として、周辺の散策をしてみたい。特に「細倉マインパーク」を見ておきたい。少し前に、B級観光地が載った本を買っており、そこに堂々とこの「細倉マインパーク」が載っていた。

駅前にはマイクロバスが止まっており、無料でマインパークまで送迎があるよう、なんだけれど満席で、まぁ歩いても10分ほどと言うことで、歩くことにした。

歩き始める前に、駅前に展示されている電気機関車 ED202 と貨車とを撮っておく。折り返しの列車が11:20頃に発車してから、そういえば旧細倉駅が少し向こうにあることを思い出し、行ってみる。払い下げられたらしく、駅舎・ホームとともに何かの作業場となっていました。

さて細倉マインパークを目指す。
目の前の道路を右へ行く。多少雪が残っていたりするが、歩道も広く歩きやすい。5分ほどで向こうに「細倉マインパーク」という看板が見えて、10分弱で到着した。

おとな900円で40分を要すという。旧坑道を整備して観光施設にしてある(のだが、その整備がアレゲなのは前述の通り)。(定刻なら)12:12発の列車で折り返すことにしてあるため、今は11:43で帰りの時間も考慮し、諦めることにする。
レストハウスで土産物類を売っているので入ってみる。このパークのメインキャラクターである「マインボーヤ」。ゆる系のキャラ、というか余りにも適当に作った感がある。 おそらく適当なデザイナーに頼んで安く作ってもらったのだろう。
世の中にはキャラだけで人気を博すということもあるのに、このやっつけ感がB級観光地に居るということを強く認識させる。
ぬいぐるみは 3,050円でした。誰が買うんだろう…

11:50に駅へバスが出るというので、それに乗ることにした。ものの3分で駅に戻ってきた。

駅舎というか無人駅なので待合室なんけど、トイレがあって。
臭突が立っているから、どうみても汲み取り式です、ありがとうございました。

すぐそばに町営の公衆が水洗なんですけどね…

ホームに行き、折り返しの列に並ぶ。 20分くらい遅れて列車が来た。さきほど途中の駅で交換した、1両のディーゼルカー。 おそらくこの新型のディーゼルカーは3両しかないのでは…?
日中2本運用で、片方が2連、片方が1連で出払っているとか。それでも、さきほどの下り列車ほどは混雑しなかった。2人がけのクロスシートに座り、外の風景を楽しむ。

この車両、「オーバンデス号」という愛称がついている。 車内外に装飾があるほか、自動放送が「さとう宗幸」。おそらく仙台周辺で平日(?)の夕方放映されている情報番組とタイアップしているのだろう。

地元の人にはいいかもしれんが(こどもから「宗さんだ」との声が上がっていたし)、 よそ者にとっては「さとう宗幸」って誰よ? という感じになる。 まぁ声はいい人ですね、との印象を得た。

列車はやはり20分遅れを引きずる。
さきほどと違い、車窓の風景を楽しめるのがイイ。
途中の交換駅__で、2両編成の下り列車とすれ違うが、2両目の前よりに VM 氏らしい人物を発見。電話してみたら、やっぱりそうだった。

石越まで戻ってきた。予想どおり、16分の接続時間があったはずの東北本線は既に出たあと。東北本線の本数も少なく、ここで小一時間時間が空いたので食事でもとろうかと思い、その前にちょっと駅前の道を行ってみるとセブンイレブンまで3分ほどかけて行ってみる。

コンビニ昼食もアレだなぁというわけで戻って駅前食堂に入ろうとすると、なんかエライ混雑してる。諦める。

07/03/19 (月) -あさ

今日の天気予報は 雪 らしい。当たり前のように雪だからなぁ。

07/03/18 (日) -よる

旅行記を記しますが、例によって全然追いつかないっぽいなぁ。

2007/03/17

週末なのでお出かけする。
朝4時に起き、隣のJRの駅まで歩いて始発電車に乗る。これで「青春18きっぷ」は7日目となる。

10分ほど乗った終点で乗り換えて、5:40に東京駅に着いた。今日朝を急いだのには訳があり、朝一の新幹線に乗りたかったからである。余裕で間に合い、6:04発の やまびこ41号 に乗りこもうとするがまだドアが開いてなかった。

土曜の朝だから混雑するかなぁと思ったけれど、A席(3人がけ海側)の座席に座ってて、BもCもDも誰も来なかった。意外と空いてるよのう。
#但しE席は満席だった。

朝も早かったものだから、寝る。寝る。寝いる。先週乗った「つばさ」「こまち」と違って、いくつかの駅に丹念に停まる。
ところがそれに気づかないくらい寝入った。

気づいたら仙台を出ている。客数もごそっと減った。
次の古川で降りる。小牛田からちょっと離れたところにある。陸羽東線で3駅くらい。新庄から陸羽東線に乗った際、古川で降りて新幹線に乗ったため、陸羽東線は小牛田と古川の短い区間が未乗となっている。そのためこの機会に乗ってしまいたく。

在来線のホームは1面2線。ちょうど小牛田からの列車が着いたところで、 折り返しの小牛田行きがホームの両面に停まっていた。
わずか13分間隔で雁行していることから、小牛田と古川の間は頻発しているという印象があるのだけれど、小牛田から古川への学生の通学輸送の折り返しのような感じで、4両編成、しかも土曜ということもあって車内はガラガラであった。
ところで片方の列車がキハ110系列、片方がキハ40系列と、車種の違いがあって面白い。 残念ながら、先発は40系であった。まぁ後発に乗ってもこの先間に合うんですけどね。

ところで、この区間は「青春18きっぷ」が使えるんだけど、古川までの乗車券を合法的に手元に残すため、ちょっと遠くの駅まで乗車券を買ってある。
小牛田と思って疑わなかったのだが、よくみると一ノ関まで買っていた。計算すると、 840 円くらいの損となる。まー 8,000円の元は取ってるからいいけどさぁ…

とゆうわけで、やや意気消沈しつつも、数駅で終点の小牛田に着いた。

07/03/18 (日) -あさ

つーか呑みすぎてダルいな ぉぃ…

今日の予定はあって無いようなものだから、回復するといいなー

07/03/18 (日) -未明

呑んでて気づいたら日付が回ってたので 3/17 は更新できず。

今仙台にいます。

07/03/16 (金) -あさ

03/15 8.2% 49.8kg


相鉄、コーポレートカラーの青色系に従来の車両も変更するとのことで。 一貫性の無さ(カオスさ)がよかったりするんだけど。


2007/03/11

今日は、基本的には帰るだけであるがその途中に2線区に乗る。

少し早起きして、6:40ころチェックアウトする。
外に出ると雨が降っていた。天気予報では今日はまとまった雪になるという。乗り換え時間が短い場所があり、雪害で遅れなければいいけれど。
また、雪によって列車が遅れることも考慮するため、後に必要となる指定券はまだとっていない。

5分ほどで駅に着く。
上りの始発列車である、弘前 7:00 発の奥羽本線鷹ノ巣行きに乗る。この区間は全区間電化されているんだけれど、ディーゼルカーであった。
キハ58の2両で、前の車両が急行色、後ろが東北色。なんとなく前が混んでいたので後ろの車両にする。乗っていれば車体色は関係ないし。

青森を 6:12 に出た始発の弘前行きから、荷物の多い客を拾って比較的混雑する。
この鷹ノ巣行きは、鷹ノ巣のちょっと手前の大館で、花輪線からの秋田行き直通快速に乗り換えることができる。そのため青春18きっぷユーザーがよく使うのであろう。

この区間はもう乗った区間であり、大して面白くは無い。けれど今日は雪が強い。周りの風景は一面銀世界である。
駅に停まっているときに見ると、雪は真横の方向に降っていたりする。
大館で一気に車内は空いた。空気輸送のような感じで、8:08に鷹ノ巣に着いた。

ここから秋田内陸縦貫鉄道に乗り換える。
次の列車は 8:15の阿仁合行きであるが、その先の接続が無い。そのため一本待って、次の 8:53 発の「急行もりよし」に乗ることにしてある。8:49 着の列車の折り返しとなるようで、それまで40分近くも時間が空く。

※03/18のダイヤ改正で、この「もりよし」は角館〜阿仁合間が廃止され、阿仁合始発となる模様

とりあえず駅前に出るが、雪が強いため3分で断念。JRの待合室に戻る。
ちょうど花輪線からの直通快速が来たところ。キハ58系の3両編成であり、車内はリクライニングシートが並んでいた。こんな車両もあったのか、と思ってあとで調べると、昔「よねしろ」という急行に使われていた車両らしい。
また、3/18のダイヤ改正で廃止されるとのこと。

あまりにも暇なので鞄から本を取り出して読書を始めたりする。やっと列車が来たので改札に入り乗り込む。

車両は2両固定編成、看板列車ということもあり、やや豪華なつくりとなっている。ドアは先頭部分には無く、中間に1つずつ。
車内は転換クロスシートが並んでいるが、転換の手間が惜しいのか、2シート分がボックスとなっていた。
また中間部分にはボックス2つ分(クロスシート4つぶん)の代わりに、クッションの効いたロングシートと机が設置されている。
いずれにせよガラガラ(2両編成で10人くらい)で空いていたので、このロングシート部分で寛ぐ。

列車は空いておりガラガラで、快適快適である。車窓の風景は「秋田の内陸」を走っているから、雪だらけ。気がつけば窓ガラスは曇る。ガラスの向こうは雪景色。

「阿仁前田」駅。「前田屋敷」駅とともに、前ちゃんの駅である。前ちゃん元気かのう。もう10年くらい姿を見ておりませんが…

雪が強いからか、あるいは人里稀な地域を走っているからか、乗客はあまり増えない。
___の駅には車庫があり、比較的大きめの駅だった。またここで乗務員交代があり、車掌が女性となった。

車窓の風景もほとんど見えないため読書に興じていたりしたら、いつしか終点が近づいてきた。
「西明寺駅」に"臨時停車"する。何があるのかと思ったけれど、誰も乗ってこず降りる人もいなかった。この駅、ホーム有効長が1両分しかないみたいで、2両編成の前後をはみ出して停まる。連結部分にしか乗降扉が無い理由がやっとわかった。

10:43に終点の角館に着く。市販の時刻表では10:42着だった気がするけど臨時停車のぶん伸びているのか。
降りた客は10人くらいだったかな。
ここ角館の街自体は、1999年5月に訪れており観光する必要は無い。また雪がひどく、街自体を歩くことが困難ではある。
ここでJRに乗り換える。

JR田沢湖線。いわゆる秋田新幹線が走る路線である。
この路線には全く乗ったことが無い。「電車でGO!」で"運転"したことはあるけど。
「特急たざわ」が運転されていた頃から時刻表を見ているが、当時から普通列車の本数は少なかったのを覚えている。
角館は田沢湖線の中間駅である。
全区間乗るためには、いったん大曲まで行って、折り返し盛岡まで乗ればよい。今 10:45 で、次の下り普通列車は 13:46 となる。
幸い秋田新幹線がすぐに来るため、運賃と(特定)特急料金を払って乗る。10:49発の「こまち3号」。計 1,300 円くらいしたんだけれど、オレンジカードの余りがあったためそれを消費して切符を購入となった。

秋田新幹線「こまち」の車両に乗るのは初めてかなぁ。在来線規格で2+2のシート。 全車両指定席なんだけれど、この特定特急券は「空いてる席に座る」ことができる。ただ車内は結構空いていた。
単線であり、ちょうど反対の東京行きの「こまち」と行き違いとなる。ざっと見た限りでは向こうは満席に近かった。

10分ほどで大曲に着いた。ここで折り返し、東京行きの「こまち」に乗り換えるためいったん改札の外に出る。
11:44発の「こまち14号」の指定券は、残席は△印。列検索をしたところ、B席しかあいていないという状況だった。それでも席が取れたので、安心して胸をなでおろす。駅周辺を見たりしつつ、寒いので構内に入る。

売店で駅弁とビールとを購入して寒いので待合室で待っていると、やがて「こまち14」が入線してきた。

B席なので車窓の風景を堪能できない。また、いずれにせよ一面の雪景色で、少々食傷気味ではある。
さっきの角館を過ぎ、初乗車区間となるのだけれど駅弁とビールを堪能する。
仙岩峠を抜けて岩手県に入る。この時点で秋田県の鉄道を完乗となった。東北地方の県単位では福島・山形についで3県目となる。

半ば意識を失いながら、盛岡に着いたらしい。これで田沢湖線完乗となった。ここで八戸から来た「はやて」と連結したはずなんだけれど、それも覚えていない。

気がつけば列車は仙台を出たところ。左にヨドバシカメラが見えた。
東北本線が左に見え、新しい駅ができるんでしたっけ。空港のほうまでは見えなかった。

いったん目がさえちゃったんだけど、B席だから(ry


03/07〜03/11の結果。単位はkm

before
JR東日本6216.47403.783.96%
JRトータル16617.119844.883.74%
私鉄トータル5868.67266.980.76%
全鉄道トータル22369.3 27111.7 82.51%
after
JR東日本6538.07403.788.31%
JRトータル16938.719844.885.36%
私鉄トータル6023.37266.982.89%
全鉄道トータル22962.0 27111.7 84.69%

07/03/15 (木) -あさ

とゆうわけで、今日は20+n歳の誕生日です^^

07/03/14 (水) -あさ

03/13 はかりわすれ


百度という検索エンジンがある。そもそも中国で絶大なシェアを持つ検索サイトであるらしい。
このたび、調子に乗ったのか日本に進出するとのことになったんだけれども、まずは過度の(高負荷な)クローリングが問題になっており、日本国内の複数のサイトからアクセス制限をかけられている

いまさら日本で後発の検索エンジンが流行るとは思えない。特に、同中国サイトが得意とする「mp3検索」。これが絶大な人気があるそうなのだが、日本で流行るわけはないだろう。

何よりも怖いのは、同中国サイトで「天安門事件」と検索してみる(怖くてやったことはないが)。検閲がかかるらしく、検索結果が返ってこなくなる。
それはいいとして、再度別の単語で検索しようとすると、それすらもできなくなってしまうという。


2007/03/10

早く目が覚めた。

今日は 8:35 発の奥羽本線弘前行きで川部まで行き、川部で弘前始発の五能線深浦行きに20分の連絡で乗り換える予定でいた。
しかし早く目が覚めたため、一本早い 7:41 発の弘前行きでいったん弘前に行き、小一時間待ったあと、同じ五能線に乗ることにする。(理由は後述)

土曜日であるため、朝の7時台の列車でも空いていた。青森を出て複線の津軽線(津軽海峡線)と分かれ、奥羽本線は単線で行く。
次の停車駅は新青森。昨日は気づかなかったが、新幹線の高架橋が前後区間で見えた。今はローカル駅に過ぎないけれど、数年後(5年くらいあとになるかなぁ)の東北新幹線開業時にはすっかり変わるのだろう。

なぜかこの車両は女性率が高い。20人くらい乗っているのだが、男性は私くらいなものである。

列車は空いたまま、終点の弘前に着いた。時刻は 8:28 である。土曜日だからか、駅周辺は静かなものである。まだ6時か7時台のような感じさえ受ける。

弘前。
ここには1991年8月と、1999年5月に来ている。駅がきれいな橋上駅となっていて驚く。
とりあえず、鞄の中身を軽くすべく、中の荷物をコインロッカーに入れる。五能線深浦行きは 9:25 発であり、小一時間の間にミスドで朝食とする。ちょうど「全品100円」だった。

昔は駅裏に行くのが大変だった記憶がある(1991年には駅裏の民宿に投宿した)が、橋上駅舎なので、楽に行けるようになっていた。
掲示されている案内地図によると、「まつわ」という民宿だったのかな。

そろそろ改札が開始されたので、ホームに下りる。五能線は40系ディーゼルカーの2両編成だった。
とりあえずボックスに座り発車を待っていると、向こうのホームに上野からの寝台特急「あけぼの」が着く。「立席特急券」で乗る人がいた。3・4号車の座席化された部分に相席?となるのだろう。
この五能線は、「あけぼの」からの乗客を拾い客が増え、このボックスも相席となる。
なお、この五能線 9:25発 の一本前の列車は、6:39発となる。また、それに乗っても途中駅での接続がないため、弘前から五能線に全線乗りとおすためには、この 9:25 発の列車が始発となる。

1991年に来たときは、確か4時台と5時台のに乗れば全線乗れた覚えがある。早起きして、民宿でも朝食をとらずに5時台の五能線に乗るべくホームに出ると、青森発大阪行きの昼行特急「白鳥」が来たような。
さすがに早朝の列車は乗車率が低かったのか、いつの間にか削減されていた。

これが実質始発列車である上に、今日は土曜ということもあり、観光にはちょうどいい時間帯であるため相応の混雑が予想され、わざわざ始発の弘前まで来たというわけ。
9:34着9:40発の川部では青森方面からの客も増えて、ボックス満席となった。

窓際に座っているとはいえ、満席だと息も詰まる。
また、少し勘違いをして海側と山側を間違えてしまった。そのため岩木山が見えず、こちらに見えるのはリンゴの木々。

混雑もつかの間、10:10に五所川原に着いた。ここでどっと降りる。おいらも降りる。車内はガラガラとなった。

ここから津軽鉄道に乗り換える。駅の窓口が混んでいる。すぐ出る10:20発はふつうのディーゼルカーなのだが、次の11:35発が「ストーブ列車」であり、これを目当ての観光客なのだろう。
時間が合うのであれば乗っておきたいところだが、ここでストーブ列車(ストブーではない)に乗って1時間遅れると、あとで予定が3時間遅れることになる。
津軽中里までの切符を買うと、硬券であった。

改札を入り、ホームに出る。魅力的な機関車・客車・除雪車等が止まっているが、撮影する時間はあんまりない。
停まっていたディーゼルカーに乗ると、意外と空いていた。1両編成で、ボックス2人くらい。
金木でほとんどの観光客が降りて乗客は4人となり、次の芦野公園で2人降りて2人となった。空気輸送のような感じで、10:58に終点の津軽中里に着いた。

時間があるため駅周辺を一回りしてから、隣接のスーパーへ。意外と安かったお菓子などを購入。

待合室で何気なくテレビを見ると、「イオン柏」のCMが流れている。
なんで青森まで来て千葉県のSCのCMが? 明らかに電波の無駄でないかい?と思ったら、違った。紛らわしすぎる。修正汁。

折り返しは 11:48 発となる。
逆方向なので空いていたが、金木でストーブ列車と交換する。
ディーゼル機関車が2両の客車を牽引するスタイル。信じられないくらい古い客車で、前の1両は団体専用であった。
窓が汚く、外から車内にあるストーブを確認することも困難なくらいでした。

そのままだらだらと、12:25 に津軽五所川原の駅まで戻ってきた。
ワンマンなんだけど、降りる客が次々と「記念にください」と切符を見せていたので、それにならって記念にもらっておく。
そもそも、津軽中里の駅で津軽五所川原までの切符を買った際に、通常のエドモンソン券と、「ストーブ列車」と書かれたD型硬券とどちらか、と聞かれており、 わざわざそんなことを聞いた、ということは記念にもらうことが常態化しているのだろう。

ちなみに、D型ではなくエドモンソン券にした。

さて、ここ五所川原から 13:11 発の五能線で弘前まで戻る。
ちなみにストーブ列車に乗った場合、ここでの接続が絶望的なくらい悪く、13:34に津軽五所川原に着いて、次の五能線は 16:12 となる。まぁバスならありますけど。

45分くらい時間があるため、昼食をとろうかとも思ったけれど、五所川原駅周辺の散策に出かける。
立佞武多の館」という、五所川原名物の「立佞武多」を展示した施設がある。メインの展示は有料なようで時間も取れないので、土産物だけ見たりする。

駅前のバスターミナルを見たりしてから駅に戻ると、そろそろ入線というので駅改札に入って待つ。
ホームから見ると、何か巨大なものを入れておくような建築物が見える。これって立佞武多をおいておく場所かな?5メートルくらいあるんだけど。

五能線をホームで待つ人は多かったけれど、来た列車はがらがらであった。

さて 13:58 に弘前に戻ってきた。
朝は開いてなかった駅ビルが開いているので中を見たりしたけれど、意外と小さかったなぁ。

14:30 発の弘南鉄道弘南線に乗る。
元東急7000系電車の2両編成。昔日比谷線直通で走っていた車両で、吊り革は「渋谷109」だったりする。「シルバーシート」のステッカーも今となっては懐かしいですね。
ワンマンで後ろの車両に乗っているので、例によって静かではある。

館田の駅で対向列車と交換する。

次の平賀の駅には車庫が併設されている。東急7000系、機関車のほか、旧南海の電車(1521系でしたっけ)も停まっており、こちらは鋼製車であるためか、一部が朽ちかけていた。

終点の黒石に着いた。

ちょうどいいバスがあれば、ここから川部へ出たかった(旧 弘南鉄道黒石線代替)んだけど、接続が悪く諦め、そのまま電車で戻る。前田屋敷とか気になるけど。
生協が併設されているが、非組合員なので入ってもしょうがない。

次の列車で弘前へと戻る。
これも反対方向だから空いており、ワンマンなので後ろの車両に乗っていたら、終点までオイラともう一人だけだった。

15:49 に弘前まで戻ってきた。
駅の表側に出て、ここから中央弘前の駅まで歩き弘南鉄道大鰐線を目指す。
弘南鉄道大鰐線は1999年5月に来た際に乗っており、今日乗る必要は無いが、終点の大鰐駅にいた 6000 系電車が気になる。また今日は時間もあるため、乗っておくことにした。

弘前駅から中央弘前の駅はちょっと離れており、地図を見て最短ルートを取る。

駅ちょっと前の道路でタクシーから3人組の女性が降りたのだが、さきほど弘南鉄道弘南線の運動公園前駅で乗ってきた人たちであった。タクシーに乗るのとおいらの徒歩とは変わらないのか…

大鰐線は45分間隔で気をもんだけれど、発車5分前の16:10には中央弘前の駅に着いた。
弘南線と同じく、東急7000系電車の2両編成。いちど乗った区間でもあるから、特記事項もないまま終点の大鰐に着いた。16:43。

古典的な機関車や、除雪車が止まっている。
北口から出て、6000系が停まっている場所近くの踏切へ急ぐ。

ほとんど見る時間もなく、JR大鰐温泉 16:58 発の青森行きに乗り込む。 701系の第25編成。昨日か一昨日にこの車両に乗った気がするぞ…

大鰐線より速いスピードで、17:09に弘前駅に戻ってきた。ここから満席となるくらいの混雑だったんだけど、ここで降りる。

コインロッカーから荷物を取り出し、今日はここ弘前に泊まる。
弘前プリンスホテル。どうも昭和の時代のにおいがプンプンする。4,800円だったかな、もっと早く予約すれば、同じ部屋が3,000円だったらしいけど…

インターネットも使えないような部屋。楽しみといえば、コイン式の有料ビデオくらい。見ないけど。

とりあえず、今日は昼食もとっていないためしっかりと夕食をとりに出かける。
駅ビルは意外にも飲食店が無かった(立ち食いそばとミスドくらい)。近くにあった別のホテルにも飲食店は無いみたい。

街を歩き、商業施設の中もなさそうで。結局ヨーカドーの最上階フロアにある店で晩飯となった(これはこれで、よかった)。

ヨーカドーの食品売り場で少し夜食等を購入し、ホテルに戻る。
部屋にあったタリフを読んでいると、インターネット接続用のアダプタはフロントで貸してくれるとのこと。
先着順とのことだけど、まだ19時だからあった。インターネットがあるのと無いのとでは、やはし違いますねぇ。
ADSLモデムのようなもの?で、部屋の電話線からスプリッタで分岐させるんだけれど、なぜかスプリッタの向きが逆方向なのよね。まぁ繋がってるからいいけど。

それまではただの昭和の時代のホテルだったけれど、インターネットが使えるとなると、もはや時代は関係なくなってきた。

テレビ東京の「アド街」が溝の口らしいのだけれど、ここ青森県には局がないのか放映されていなかった。残念。

07/03/13 (火) -あさ

03/12 9.1% 49.6kg


京急、ステンレスカーとのこと。なんか似合わないデザイン。


ロングシートの座席に座って景色を眺める。 2両編成で、車掌は2人乗っているのだがあくまでもワンマン運転で、ドア扱いしかしない。ドアが開くのは前の車両だけなので、後ろの車両は静かでいい。

電車の中は暖房が利いていて暖かいものであるが、外は一面銀世界で時折横殴りの雪も舞っている。外と中とのギャップが大きい。

やがて大鰐温泉に着いた。この時点で、奥羽本線は完乗となる。
弘南鉄道の6000系電車が大鰐駅に停まっている。屋根の上に雪を載せており、動いていないことが推察される。快速専用であったのだが、昨年10月に快速が廃止になって以来、この車両は使ってないようだ。
貴重な6000系電車、里帰りして欲しいところでは歩けれど、里帰りしていた5000系電車があのような状態になったことを考えるとなぁ…

やがて弱々しい高架で、弘南鉄道大鰐線の線路が頭上を越えていった。次の石川駅から複線区間となり、弘前に着いた。
ここで乗客が増え、一気に満席となる。また前にも人が立ち、ロングシートなので景色が見えなくなる。ここから青森の間は、一度乗った区間ではある。そのため気合を入れて車窓を見る必要はないけど。

弘前では貨物列車が停まっている。コンテナ車であるのだが、ふだん見慣れているコキ100系列(概ね、青い)とは違い、旧型のコキ50000系列である。 日本海縦貫線は単線区間も多いので、速度が出せないためこれで間に合うのだろう。

弘前と青森の間は、31.1km。だいたい東京横浜間程度の距離。 であるが、単線区間もあるため、1時間ほどの時間を要す。

混雑したのでどこを走っているのかあまりわからなかったけれど、向こうに岩木山がきれいな姿を見せていたり。
半分くらい寝ながらも青森に着いた。ちょうど奥羽本線を福島から全線乗りとおしたことになる。

  1. 03/08 福島〜山形(つばさ)
  2. 03/08 山形〜新庄
  3. 03/08 新庄〜秋田
  4. 03/09 秋田〜追分(男鹿線直通)
  5. 03/09 追分〜大館
  6. 03/09 大館〜青森

時刻は14:40(だっけ)。次に乗る列車まで1時間ほどある。
実は今日はここ青森に泊まることになっている。ホテルのチェックイン時間は14時からなので、駅前にあることだし、荷物を下ろして先に身軽になっておく。

徒歩2分くらいかな、部屋からの眺めはよくなかったけれど。昭和の時代のにおいがするホテルで、どうもインターネット接続設備がないように見える。4,500円のホテルだから文句は言わないけどさぁ。

駅から遠くないところに青函連絡船八甲田丸が停泊しており、見学できるようになっているのだけれど、ガイドブックを見ると「3月第2週は船舶検査のため休館」と書いてある。
今日は3月9日であり、どう考えても第2週である。
他のサイト等を調べると、検査はちょうど今日までのようで…

駅に戻り、駅ビルで青森土産を探したり探さなかったりする。しかし、旧態依然とした青森駅のふんいきが素朴でイイネ!

お買い物してたら青森の放送局の視聴者参加型イベントに出演依頼されたけれど、まだ予定があるので…

改札に入りホームに行くと、次に乗る列車に対して列ができていた。津軽線「三厩行き」。
津軽線は、津軽海峡線と分岐する中小国まで電化されており、その手前の蟹田で系統分割され、青森〜蟹田間が電車、蟹田〜三厩間がディーゼルカーで運転されている。

ところで今度の列車は青森始発の三厩行き、当然ディーゼルカーである。1日1往復が設定されており、どうやら送り込み列車という設定らしい。キハ40系列の2両編成。

いかにも青森っぽいようなご老人方が多かった。青森市街で買い物した帰りかなぁ。 ボックスに相席となる。15:46に発車した。
山側の席に座ってしまったが、海側(本来の海山とは位置関係が逆転している)にはすぐ海が見える。とても眺めがよい。反対側だから見にくいけど。

駅に停まるごとに旅客は減り続け、蟹田を出たころには閑散ローカル線区っぽくなった。
中小国駅。海峡線との分岐駅ではあるが、海峡線の列車は停車しない、ただの1面1線のローカル駅である。

海峡線は3回乗っているが、いずれも夜行列車であり、意識がない。そのためアプローチ部分でも意識に残る形で目視しておこうかと。

単線の線路が分岐する信号があり、新中小国信号場である。ここまで単線で来た津軽線から、複線の海峡線が分岐する。編成長の長い貨物列車のために有効長は長く、スケールの大きな信号場となっている。
ちょうど北海道から来た、機関車が牽引する貨物列車が待避していた。

右に海峡線と別れ、ここからは非電化区間となる。急にローカル線になった感を強くする。

山の中を行くような感じになる。今まで海沿いを走っていたため、突然のギャップに驚く。駅間距離は10kmを越え、人里まれな山中をいく。

右手に客車が1両停まっているのが見える。その向こうには海峡線が見える。救援用の客車であろうか。
やがて海峡線の津軽今別駅が見え、それに隣接する津軽二股駅に着いた。
「道の駅」併設とのことで、比較的大きな駅をイメージしていたのだけれど小さな駅で、、乗降客もなかった。
出て海峡線が上を越していくが、よく見ると青森へ向かうJR北海道の特急が通過していった。

そして17:10に三厩に着いた。青森の最果ての地、ここで降りる。
あたりはやや暗くなっている。
駅前にはバスが停まっており、竜飛岬まで行くことができる。 列車から降りた人(8人くらいいたかなぁ)、ほとんどがそのバスの乗客となっていた。
竜飛岬には「階段国道」もあり、いちど行ってみたいのだけれど、三厩からはちょっと遠かったため断念してある。
また、竜飛から小泊まで夏期には乗り合いタクシーが運転され、小泊から津軽中里に抜けることができるため津軽半島の1周が可能である。がシーズン外なので諦め…

折り返し17:55発の列車で戻るが、45分も時間があるため三厩の周辺を歩いてみる。 生活感があまりない、とても寂しいところである。漁港?らしきものがありました。
こんど列車が終電となるから、乗り遅れるわけには行かず早めに駅に戻る。

17:55発の蟹田行き。部活帰りの中学生?が乗っていたのが珍しい。
もう日は暮れており、外の風景を見る必要もないためにPCを取り出し、nikkiを書いたりする。

18:36に蟹田に到着。次の列車は19:12で少々時間がある。701系電車の3両編成。逆方向の輸送だから、超ガラガラだった。
20時前に青森に戻ってくる。

ホテルに戻りすべての荷物をおき、夕食をとりに出かける。駅ビルは20時にしまってしまった。
近くにあった観光施設の地下に食堂を発見し、ラストオーダー20:30の直前から晩飯とする。

07/03/12 (月) -あさ

03/11 はかりわすれ


帰宅しました。03/08〜03/11の4日間で 3.2GB 1453枚 でした。こんなもんかな。
これだけ撮ってもデジカメのバッテリーは、やっと1つ印が消えた程度。かなり持ちますね。


(あとで整形・画像を加えた上で2つめのホームページに纏めますおそらく)


2007/03/09

さて、今回秋田に泊まったことになり、経県値が2ポイント上がった。
のしさんの経県値旧(175pt)のしさんの経県値新(177pt)

さて朝6時に目が覚める。
今日は8時ちょっと前の列車に乗る予定であるが、このホテルは朝食が付いているため。
むしろ軽食で、コンビニで売っているようなおにぎり、パン、サラダ、ヨーグルト等であり、見るからに安そうなものではある。が、無いよりは有る方がうれしい。朝食が6:30とのことでその時間に行ったら結構混んでたり。

ゆるりゆるりと朝食を採り、7時過ぎに部屋に戻る。荷物整理をして、「トロと旅する」を見終えてから駅へ行く。

乗る列車は、男鹿線直通の男鹿行き。ディーゼルカーの3両編成。
キハ48−キハ48−キハ40の3両編成なのだが、同じホームの少し離れたところに4両くらいディーゼルカーが停まっている。おそらく男鹿から長編成で来た列車を分割したのであろう。7連かぁ。
意外と混んでいたけれど、まぁ平日だから高校生の登校時間だからなぁ。ボックスに2人か3人程度。

発車してからは奥羽本線をしばらく行く。
右側に珍し目の車両が見える。いわゆる TZ こと、土崎工場である。
以前は普通の工場であったように記憶しているのだが、「土崎クオリティ」とも呼ばれるほど質が落ちているらしい。

EF65形電気機関車が停まっていたりする。
まぁ検査はどこでやってもかまわんけれど、自走できる直流電化区間はここから遠く離れている。こんなところで見るとなんか妙な気もするが、そういえば昔 103 系電車に「土崎工場」の検査表記を見た記憶もあるなぁ…

上品そうな女子高生は奥羽本線内で降り、頭の悪そうな男子高校生の集団が残った。

追分の駅から男鹿線に入る。山側の席に座っていたんだけれど、向こうの方には八郎潟があるのかな…
海側の方が(何となく)眺めがよいように思えた。 天王駅。天王町という町にあるらしいのだけれど、よく調べると合併して市になってますなぁ。

船越駅で頭の悪そうな高校生が大挙して降り、車内はガラガラになりとたんにローカル線の雰囲気となる。

左に海が見え隠れして、男鹿に着いた。

ちょうど「なまはげ」のところらしく、その人形があったりする。
いわゆる男鹿の観光地は、ちょっと駅から離れており、今日は断念してある。ここで9分で折り返す。

折り返しは海側に座る。
海が見え隠れしたり、あと風車(発電用かな)もあった。
終点の秋田まで行くと2分乗り換えとなり慌ただしいので、奥羽本線との分岐駅である追分で降りる。

追分駅。秋田近郊の区間であるからか、自動改札が設置されていた。ここで40分くらいの待ち時間が生じる。その時間を待合室で過ごしたり過ごさなかったり。

来た列車は、奥羽本線の大館行き。
701系電車2両編成であるが、今日は平日であるから、青春18きっぷユーザも少なく、意外と空いていた。
尤もロングシートなので車窓の風景が眺めにくいため、最後部(ワンマンなので)に立って、左右と後ろの風景を見る。

複線と単線が錯綜している区間であり、時折信号場もあったりする。

ちょうどお昼にこの電車の終点、大館に着いた。
ここから奥羽本線に続けて乗りたいのだが、列車が無く1時間ちょっと後まで待つことになる。
乗ることになる次の列車は秋田始発であり、そもそも1本あとの男鹿線(8:3x秋田発)から間に合うため、朝もっと遅く出れたことになる。しかし、その場合男鹿で1時間ほどの待ち時間が生じる。
大館は男鹿よりは都会で、時間を潰すことも出来るだろう。
かつての同和鉱業小坂線(90年代初頭に旅客営業は廃止、現在は貨物鉄道となっている)の跡も見たいし、ちょうど昼時だし。

さて、ここ大館駅では、花輪線に接続している。
この路線は1995年頃に乗っているため、今回はスルーする。
先週乗った、水戸と郡山とを結ぶ「水郡線」。新車が続々と投入されており(製造工場からの回送を会津若松で見たくらい)、いっぽうで(まだ新しい)車両が余剰となっている。
それがこのたび、この花輪線に転属になるとのことで、「花輪線の車両が変わります」との掲示がそこかしこに見られる。
どこにも「新車になります」とは書いてないのが正直ではあるが、それでもまだまだ「新車」といって差し支えがないようなキハ110。

駅を一通り見てから、駅前の食堂に入る。
ここは駅弁(鳥飯)も卸している業者の食堂で、周辺ではいちばん生き生きとしている。
店内で駅弁食べてもなぁなので、ふつうの「鶏めし」を食する。駅弁とほぼ同じ値段で、他に数品つくからお得感がある。

ちょうど同じ大館行きに乗ってた若者もこの食堂に入ってきたし、また観光バスが着いて、団体ご一行様も来て一気に活気づく。

同和鉱業小坂線の駅へと向かう。
旅客駅があったと思われる場所は、同和鉱業による駐車場となっていた。「駅前○○」という店があり、おそらくこのあたりだったんだなぁ…

駅に戻ってしばらく待つ。

次に乗る列車がそろそろ来るので、ホームに行くと花輪線のホームに原色のキハ58が停まっている。
今や貴重なキハ58原色。というかリバイバル塗装の類なのか、2両とも原色というのは心地よい。

みると実は3両繋がっており、いちばん向こうの車両は何かと思って見ると、キハ52の東北色であった。
キハ52。もうてっきり全車両が廃車となったのかと思っていた。
両運転台で、運転台直後に4つボックスがある。その先にデッキがあり、デッキとこの部分はしきりがないという変わった仕様。
デッキの向こうはボックスシートがいくつか並んでいる。

前述の通り、この花輪線はダイヤ改正(03/18)から全面的に新車になるようで、この車両も引退するのかなぁ。 さきほどは見なかった鉄ヲタが数人(5人程度)居て写真を撮っているが、まだ静かなものである。
ちょうど同業者に話しかけられたけれど、「まぁ平日ですからね」という結論に達した。

次に乗る列車が来た。奥羽本線の青森行き。
花輪線が3両なのに本線が2両編成なんて、とその方も仰ってたけれど。ここでの降客も多く、まぁ平日の昼なので電車はすいていた。
701系の2両編成。いちばん後ろに座る。ワンマンかと思いきや、車掌が2人乗ってきたため最後部は開放されなかった。
ここから先、大鰐温泉までの区間が奥羽本線の未乗区間となる。

07/03/11 (日) -あさ

むー今日はこれから吹雪になるらしい。
基本的には帰るだけなんだけれど、大丈夫かナー

07/03/10 (土) -よる

03/09はネット環境のない宿だったので更新がありませんでした。
二日遅れのnikkiとなります。

(あとで整形・画像を加えた上で2つめのホームページに纏めますおそらく)


2007/03/08

どうも仕事を休めそうなので、この機会に木金と2日休暇を取って、土日とあわせて4日間でちょっと遠出をすることにする。

前回(03/03〜03/04)にダイヤ改正前の時刻表(さすがに大型ではないけれど)を買って、それ以降使わないかと思っていたけれど、03/17の改正前日までに使う機会ができてよかった。

今回は3泊4日となるため、若干荷物が重くなるため、「隣の駅からJRで」とはいかず、最寄りの駅から東急電車に乗る。
また早朝なのに混んでる山手線はパスして、目黒線から三田線にスルーし、大手町にて降りて東京駅まで歩く。

青春18きっぷに3日目の印を入れてもらう。
朝6時前の東京駅、今日は平日であるから出かける人も少ないようだった。
最初に乗るのは、「つばさ101号」。青春18きっぷは使えないためまるまる別料金となるが、それこそ Time is money である。何回も乗った区間をわざわざ鈍行で行く理由もないため。
まだ入線していなく、隣のホームの新幹線を撮ったりして時間を過ごす。東の新幹線は全然縁がないなぁ。前にひとりで乗ったのは、おそらく1998年頃…?

この「つばさ101号」は、他の多くの「つばさ」とは違い、東京から福島まで「やまびこ」と連結せず、東北新幹線を堂々と7両編成でゆく。東京駅での停車位置は連結列車と同じ、上野方であった。

座席は14(?)号車1番D席。昨日の帰りに駅の指定券券売機で残席mapを見て熟慮した結果、この「いちばん後ろ山側」の席とした。
さすがに平日だけあって、空席もよく見られたんだけれど、スキーに行く人が意外といるのね。平日なのに。

東北新幹線で車窓の風景を楽しんだ記憶も余りない。今回は山側ということで、赤羽を出てからの埼京線併走区間から、左に富士山を望む。
意外と高いところを走っているのか、意外と大きく見える。また沈みつつある月が幻想的ではある。

大宮駅。この駅は3面6線なんだけど、錆取り程度しか使われない真ん中のホームが、明らかに他のホームより設備が劣る。
次は福島まで停まらないとのことで、マターリモードとなる。
左にイトーヨーカ堂が見えて久喜。久喜、こんなところまで中央林間から直通列車が来ることになろうとは思わなかった。何度も書くけど。
まだ富士山が遠くに見える。意外と遠くまで見えるのね。ちなみに中央林間からは辛うじて富士山が見えます。

注視していると、南栗橋の車庫に東急5000系電車、東京メトロ8000系電車が停まっている。こんな遠くまで(今回は、オイラは中央林間から来たわけではないけれど)直通を行っていると思うと、それが信じられないくらい遠い距離に感じた。

意識を失ったり失わなかったりしつつ、気がつくと文字通りの東北地方に入っていた。先週少し時間を過ごした郡山。
重機が解体しているのは415系鋼製電車ではなく、今日は特急色の485系or183系電車だった。

「ヨドバシカメラ」の看板や、22階展望台などを見つつも列車は通過する。

福島。ここで解放はないのだけれど少し停車する。また、少し乗客も増える。ここから山形新幹線(山形線)、正式名称は奥羽本線に入る。

東北地方はまだ乗っていない区間が点在しているにもかかわらず、この福島からの区間はなぜか何回も乗っている。実に5回も乗っており、今日が6回目である。

数駅間は普通の路線であるが、トンネル(?)を抜けると急に雪国に入る。
急峻な板谷峠を抜ける区間であり、かつて客車列車がスイッチバックで超えていった区間を何事もないかのように力走する。

あたかも墓地の中のようなところに信号があり、左から米坂線が合流する。軌間が異なるためこの奥羽本線とは交わらず、あくまでも独立したまま米沢。

盆地に入り、いくらか雪の量も減ってくる。いくつかの駅を停まり、9:13に山形に着いた。
ここから「左沢線」に乗る。山形の1つ先の駅から出ている盲腸線であるが、意外と本数が少なく、全線乗るために数時間待ちとなることもある。今回は絶妙な接続で、9:21 に発車となる。

軽快気動車キハ100(110?)系列の、キハ101という車両。両運転台ロングシート車で、この左沢線(フルーツライン)のロゴが大きく貼ってある。
2両連結のため、例によって後ろの号車に乗る。

山形を出て奥羽本線と併走する。この線路は仙山線も共用である。左沢線・仙山線の1067mmの軌間と、奥羽本線の1435mmの軌間の単線並列となっている。
左に山形城址が見え、この区間はお堀の跡をゆく、風光明媚なところである。北山形に着く前に左に曲がり仙山線と別れ、専用のホームに到着する。
車内は平日の朝ということもあり、空いていた。 途中駅での乗降は少なく、どこに段があるのかと思ったら案の定寒河江だった。 ここで乗客は1桁となった。

急に山地にはいるようになり積もっている雪量も増え、また少しではあるが雪も舞ってきた。盆地のみを走ると思ったため、突然あったトンネルには驚かされた。

そして左沢に着く。
まーここにいてもしょうがないので、今来た経路をそのまま折り返す。単振動。変化を付けるために、2両編成の最後部に立って、流れていく線路を眺めてみたり。 シャッター速度を遅くして、線路を流してみたり。

さて山形に戻ってきた。
次に乗る列車まで少し時間がある。
駅前にはペデストリアンデッキが出来ていた。また、正面にスーパー(ダイエーだったかな)があり、ここで買い物をした(電撃PS誌を買った記憶が)んだけれど、それが更地となっていた。

何度も来た駅なのだけれど、駅ビルで土産物を見たりする。
待合室に戻り、駅弁を買うことにした。

まだ入線時刻まで5分ほどあるので、待合室で待っていたのだけれどホームに降りたら意外と列が長かった。6つのドア口の乗車案内が出ているから、3扉車として2両編成。 果たして、入線したのは 719 系。まぁあたりですね。混んでるけど。

中に入ったらボックスシートに座れた(ただし、相席)。学生のテスト期間なのか、しばらくは混んでいるので、さっき買った駅弁を食べる余裕もなかったんだけれど。 11:31発。

先ほどの北山形を経て、次は羽前千歳となる。
奥羽本線は仙山線の海側を併走しているのだが、ここから先は海山の関係が逆転するため、ここに珍しい平面クロスがある。機会があればじっくり観察したいところではある。1067mmと1435mmがX形に交わっているはずではある。

ところどころ単線と複線が入り交じっているのか、時折交換待ちのため停まったり停まらなかったりして。
「さくらんぼ東根」の駅で意外と降客が多い。最寄り駅が「さくらんぼ」ってどーよ… 次に何も関していない「東根」の駅があったが、こっちは全然乗降客はなかった。

そのうちこのボックスに1人になり、堂々と駅弁を食する。前回の旅行では駅弁があんまり… だったんだけれど、この駅弁は意外とおいしかった。ボリュームもあったし。

定刻であれば12:51、数分遅れたので12:54頃に終点の新庄に着いた。
確か11年ほど前、陸羽西線から陸羽東線に乗り換えるときにこの駅は利用している。そのときはまだ山形新幹線がここまで延伸する前で、工事促進のため駅前にハリボテの「新幹線つばさ」があったりした。

新幹線開業後、この駅は「H」形のホーム配置となっており、各路線は階段無しで乗り換えられるようになっている。ここまで乗ってきたのは 1435mmの 車両であり、ここから先は 1067mm であるため必ず乗り換えとなる。
ところで次の列車の発車時刻が 12:54 であり、もう発車ベルが鳴っていたりする。 3本の列車が発車を止まっており、左と右がディーゼルカーだからそれぞれ陸羽西線・陸羽東線であろう。真ん中が電車(悪名高き701系電車ではあるが)。ここまで乗っていた列車がワンマンのため詳細な乗り換え案内もなかったんだけれど、次に乗るのはこれと認識し、乗り込む。

座席がほぼ埋まるくらいの混雑。ワンマン運転のため、最後部から後ろに流れる風景を楽しんだりするけれど、前面貫通扉の窓が凍り付いており、あまり見通しは良くない。

山間を列車は行き、「及位」という駅に止まる。ご存じの方も多いが、この駅は「のぞき」と読む珍名駅である。いわゆる「タシロ」駅である。

ちなみに「タシロ」が「のぞき」をした民家は、αさんの下宿の近くだったような。えーと大田区北千束でしょ…

ここ及位駅は山間にあり、乗降客もなく寂しい駅でした。

ここ及位駅と次の院内駅の間に県境があり、この時点で山形県の鉄道を完乗となった。東北地方では先週の福島に次いで、2県目である。

とりあえず荷物を網棚に載せて座ったりするけれど、乗客はあまり減らない。結局席を譲るために立ったりしたり。まぁ気分転換にはなるな。

駅の数は大して少ないはずなんだけれど、駅間があるのかやたらと時間がかかる。 横手に着いた時点で、そこから先「秋田リレー号」に昔乗った区間と重なり、既乗区間となる。
また、意外と空いてきて眠くなってきた。大曲から先は、秋田新幹線との単線並列区間となる。んだけれどそれをも忘れるくらい、眠くなってきた。

秋田駅到着のアナウンスに目を覚ます。まー前回も乗った区間だから寝ててもいいかなーと思ったけれど、そういえば前回「秋田リレー号」でも寝ていたような記憶が…

ここから、10分ほどの待ち合わせで羽越線の上り電車に乗り換える。ちょうど高校生の帰宅時間帯なのだけれど、区間列車であるためかさほど混んではいなかった。 もちろん701系電車である。

秋田の市街地を抜け、向こう側に海が見える。 どんよりと曇っており、空と海との境界線もおぼろなくらい。 時折降ってくる雪もまた、この日本海の厳かさを引き立てている。

ロングシートの電車だから旅情もあまりないけれど。

いくらか乗客は減り、この列車の終点である、羽後本荘に着いた。ここで降りる。 なんとこんなローカル駅にも自動改札が設置されるようで、現在工事中であった。

駅舎内に小屋のようなところがあり、そこが由利高原鉄道の窓口。 終点の矢野までの切符を買うと、今時珍しい硬券(ハードチケット)であった。

改札を入り、ホームに出ると、「おばこ」と書かれたディーゼルカーが止まっている。202(だっけ)という、比較的新しい車両。ロングシートなのだが、何ヶ所か長机(3人分くらい)があった。

乗客はほとんどが高校生で、座席はさらりと埋まる。 一番後ろに立って、去りゆく風景を見ることにする。
防雪林と、またそれを補う役目の防雪柵に阻まれ左右の見通しが良くない。 また、そろそろ日も沈まんとしており、やや暗くなってきた。

途中の駅で対向列車と交換する。向こうはボックスシートの車両であった。

高原鉄道というので、長閑なところを走るのかと思ったけれど、意外にも人家は続いて街のようなところをゆく。

ほとんどの高校生はそのまま乗り続け、終点の矢島に着いた。これにて由利高原鉄道は完乗となる。
駅前をさらりと見てから、550円の硬券を買って折り返しの列車に乗り込む。すなわち、単振動。

もう日は暮れ、外が見えない。せっかくなので、長机の上にPCをおいて、この文書をメモすることにした。
途中駅での降客がぽろぽろとあった。

羽後本荘に戻ってきた。
ちょっと時間があるため、ここで夕食でも、と思ったのだけれど、やはり何もないところなので諦める。待合室で実家に電話したりしなかったり。

40分くらい待って、来た羽越本線普通電車秋田行き。これに乗る。さきほど秋田に着いてからは単振動となるが、やむを得ないだろう。
日本海が見えた区間ではあるが、もう真っ暗で何も見えないため、引き続きこの文書作成に没頭する。

秋田に戻ってきた。この駅は(今日をのぞいて)2回ある。
一度目は、奥羽本線東能代から来てここで羽越本線の新津行きに乗り換えた。
二度目は、秋田リレー号でここへ来て、ここで奥羽本線に乗り換えた。

いずれも乗り換え時間が僅少で、駅の外に出る余裕すらなかった。今日はここ秋田に泊まるため、初めて駅の外に出ることになる。
目の前の駅ビルが、ちょど20時で閉店するところであったけれど、別のフロアの飲食店街はまだ開いていた。そこで夕食とした。

駅併設のコンビニが少し品揃えが良かったので、おつまみ等を購入。
ホテルにチェックインする。 秋田駅徒歩2分の「コンフォートホテル秋田」である。

出来て1年も経ってない、まだ新しいホテルでなかなか良かった。インテリアはきれいで。インターネット接続を無線LANのみにする、というのも合理的ではあるなぁ。

「発泡酒350ml or ビール200ml or 栄養ドリンク1本」が無料のプランだったので、発泡酒にする(だから、さきほど酒類は購入していない)。マターリと部屋でくつろいだ。

本日(2007/03/08)の新規乗車区間:

左沢線 (山形〜)北山形〜左沢 24.3km
奥羽本線 羽前千歳〜横手 136.4km
由利高原鉄道 全線 23.0km

07/03/09 (金) -休刊日

意外にも、ネットの使えない宿であったため更新できず。

07/03/08 (木) -よる

前の旅行記を書き終えないうちに、次の旅行が始まる罠。まーよくあることですが。日曜まで、おそらく夜間の更新となります。


(あとで整形・画像を加えた上で2つめのホームページに纏めますおそらく)


2007/03/03(続き)


奮発して「YEBISUビール」を飲んだらえらい眠くなった。
テレビ東京の「アド街」が世田谷らしいのだけれど、ここ福島県には局がないのか放映されていなかった。残念。

2007/03/04

朝5時に目が覚める。とてとて眠いが、今日はどうしても早起きする必要がある。
準備を済ませ、5:40にチェックアウトすると、目の前に母娘と思われる二人組みもチェックアウトしたところ。
駅まで歩き、ホームに入ると案の定その二人組みもオイラが乗る列車に乗り込んでいった。キハ40+キハ48の2両編成の、只見線の小出行きである。

発車が6:00で、ボックスは半分くらいに人がいた程度の乗車率。

只見線は偉大なるローカル線なのだけれど、冬季の代替道路が一部区間で未整備とのことで、廃止されずに残っている。全線で 135.2km の長さがあり、乗りごたえがある路線であろう。とてもとても閑散線区である。全線を乗ろうと思うと、

下り列車は会津若松を 6:00、13:08、17:03に発車
上り列車は小  出を 5:30、13:17、16:08に発車

この3往復のいずれかに乗る必要がある。
というわけで、会津若松駅前のホテルに投宿して 6:00発 に乗る必要があった。ちなみに、駅から一番近いホテルは前日には予約を終えていたので、その隣のホテルに3/2に予約を入れました。
6:00だと時間は早いですが、もう春分も近いため、あたりは真っ暗ではありませんでした。

隣のホームから、会津鉄道の「会津高原尾瀬口」行きのディーゼルカーが5:54に先に出る。 ご覧のとおり(あとで画像を載せる予定)、前面の行き先表示が間抜けである。 この列車に乗ると、終点で乗り換えて、さらにもう一度乗り換えると、東武から新宿行きのスペーシアに接続し、新宿に10:19に到着するらしい。 けれどさすがに乗客は少なかった。

さて 6:00 になり列車は発車した。
あいているボックスもある程度の乗車率でたいして混んでおらず、またこの先大きな町も通らないので、おそらく終点まで4時間あまり乗客の増減も少ないだろう。

盆地をだらだらと行く。市街地というか、集落はあるようなところを行く。駅は概して質素なつくりで、数駅目で降りる人がいたり。

__(あとで修正します)を出ると、急に山登りになる。積もっている雪も見えてきた。 時折鉄橋で川を渡るが、水がとてもきれいである。雪解け水なのであろう、とても冷たそうに見えた。
途中の区間で、前1両のみのドアが開くようになる。有効長が1両ぶんしかないって、あまり聞いたことがない。あくまで必要最低限であろうに。

只見駅(後で確認します)。 時刻表の中では大きめな位置を占めているが、あまり大規模な駅ではなかった。

この駅で列車は単線のため交換する。
対向列車は、小出を 5:30 に発車した会津若松行き。この列車と似たような時間帯ではあるが、小出には宿泊施設が少ないのか、ガラガラに見えた。

トンネルに入る。長大トンネルで峠の下をショートカットするのかな、7分ほどかかった。
抜けて左にダム湖が見えるのだが、水量が少なくて迫力がない。雪どけの季節には水量も増すのかな。 誰かの著作で、開通時のこの路線(開通記念列車?)に来た際にダム湖を見た地元の人たちの歓声が凄かったとの記述があったので。

臨時駅である、田子倉を通過する。いわゆる秘境駅である(牛山氏のサイト参照)が、4月末までは駅自体が閉鎖してある。
湖上を渡る道路があるが、雪かきをされていない。

そしてもう一つのトンネルを越える(時間は計り忘れた)。ここの中で、福島県から新潟県にはいり、またこの時点で、福島県の鉄道を完乗となった。東北地方では初の県単位の完乗である。

新潟県に入ると、目に見えて積雪量が増える。先ほどは感じなかったが、どう考えても雪国を走っている。
天気もよく、車窓の風景も比較的単調で、雪の照り返しがまぶしかったりする。 気がつけば心地よさに気を失っていたりする。もったいない。

終点の直前で車内検札がある。
2両で乗客は30人くらい、その9割強が「青春18きっぷ」ユーザだなぁ。まもなく終点小出ですのアナウンスのあと、川を渡ってすぐのところに駅があり、終点の小出に着いた。

小出。時刻表索引地図を見ると、飯山線が比較的近くの越後川口駅(上越線で10分くらい)のところから出ている。しかし時刻表を見ると、実に不毛なことに、次の列車は 13:01発 となる。10分離れたところに3時間近い時間。とてもじゃないけれどつぶせない。

そのために飯山線は今回断念してある。

今の時刻は10:13。ここ小出の駅では上越線に接続するのであるが、この連絡が休日以外はあまりよくない。
上り高崎方向は、10:30発の越後湯沢行きがある(ただし土休日運転)。今日は休日であるため、これが運転されているので問題はないが、越後湯沢から先に行く場合、あるいは平日の場合は 11:07発の水上行きまで小一時間ある。
下り長岡方向は、11:21発の長岡行き。一時間以上この片田舎の駅で…

いったん駅の外に出たり出なかったりしてから、中に戻る。
只見線に乗っていたほとんどの乗客は、10:30発の越後湯沢行きに乗り込むようで上りホームに人が多い。おいらももちろんそうする。
来たのは115系の3両編成。先頭部分のロングシートに座る。ボックスで相席は気が引ける。

上越線。高崎と長岡とを結ぶ幹線であり、新幹線開業前は上野と新潟を結ぶメインルートであった。そのため線路状態もよく、「本線」級である。
新宿と新潟とを結ぶ、夜行快速「ムーンライト(えちご)」に2回乗車しており、その際に上下線ともこの上越線は乗っている(が、夜行なので何も見てない…)。

せっかくの昼間なので、車窓の風景を楽しんだり楽しまなかったりするする。

浦佐。上越新幹線との乗換駅である。昔「大和町」という町にあったのだが、それを示すような記述が消されている。合併して市にでもなったのであろう。それにしても、新幹線の接続駅なのに、とても静かであり人の気配があまりしなかった。

六日町。右後ろから「北越急行」の単線の線路が下ってきて合流する。北越急行には乗ったことがないので、いつか乗れるといいですね…
ここから先は、北越急行の列車も乗り入れるためすれ違いの回数が増える。日曜の午前ということもあり、そろそろ帰ろうかというスキー客を拾ってゆく。

塩沢。忘れもしない塩沢だ。高校生のころ、「団訓(団体訓練)」でここ塩沢の地にて、「スキー教室」という名の鍛錬があった。
上のほうからこの駅を見下ろしていた記憶もある。あの時のスキー場はどのあたりだろう…

いかにもスキー場らしい名前の駅をいくつか経て、終点の越後湯沢に着いた。

ここで降りるが、向かいのホームに「はくたか」が停まっている。北越急行経由で、ここ越後湯沢と北陸方面とを結ぶ在来線特急。JR西日本のサンダーバードと、北越急行のスノーラビットとが連結している。いつか乗りたいのうー

いったん改札から外に出る。時刻表でも大規模に載っている駅だから、さぞかし大きいのかと思いきや、なんか改札がえらい狭かった。

只見線からの人たちは、後続の水上行き(11:58発)まで30分くらいある時間をここでつぶすのだろう。駅構内にある日本酒博物館 ぽんしゅ館とか行ってみたかったりする。
しかし、今日は先を急ぐ。

券売機で切符を買い、新幹線のホームに上がる。今回の副目的である、越後湯沢からガーラ湯沢へと向かう路線がある。新幹線の保守基地だったのを駅にした区間であるが、基本的に営業期間は冬季のみ。そのため、この機会に乗ってしまいたく。

11:22発の「たにがわ405」で、200系電車であった。まだ残ってたんだぁ…
この駅から乗る人は私以外にはいなく。一番後ろの自由席に乗ったら、乗客は3人だった。こんな時間からスキーをしようという人は少ないのだろう。

いつしか本線との分岐を経て、保守基地への引き込み線に入り、小さなトンネルを抜けると、終点ガーラ湯沢の駅に着いた。11:25。
階段を上がり改札を出ると、どう見てもスキー場のロビーである。

さて、時間的にはちょうど昼である。
折り返しの電車は12:04発となる。それで越後湯沢まで戻るとすると、越後湯沢には12:07に到着する。

ところで、上越線(在来線)のここから先の普通列車の本数が少ない。11:58 の次は 15:05 というダイヤである。

しかし、12:04の電車に乗らず、鉄道以外の手段で何とかして越後湯沢まで戻ってくれば、間に合うことになる。
幸い両駅間は 1.8km 。歩ける距離ではある。33分で1.8km、道路は最短距離をたどるとは限らないとしても、間に合うだろう。
確か私の歩行速度は「時速4km」くらいだった。なお正確には時速1里(いちり)であり、それは旧街道を歩いていたらちょうど1時間後に次の一里塚に着いたことが続いたためである。
だから2kmであれば30分。これは間に合うと見た。

とりあえずガーラ湯沢駅をざっと見る。 そもそもスキー・スノーボード客以外来ることもない駅で、そんな駅にいるのが奇妙な感じ。こんな暖冬で雪も全くないと思ったんだけれど、上の方に行くとまだ残っているのであろう。

それを横目に、外に出る階段を見つけて降りる。
スキーバス等が停まっている出口っぽいところがある。出てみると駐車場となっているが、どうも人が歩く場所には見えず怒られそうな気もしたくらい。

右のスロープを降りて線路の下をくぐる道に出た。予め地図も見てないもんだから、どうやって行けばサッパリ判らないんだけれど、とりあえず大きな道に沿ってゆく。

右側にシェルターで囲われた何かが見える。トンネルとトンネルとの間を覆っており、 よく考えるとこれは上越新幹線なのか。轟音を立てて何かが通過していった(よう)。

時折走ったりしながらも荷物の重さに閉口する。
何せ、乗れなかったらその次の電車は3時間後となる。 Time is money だから新幹線に乗れば遅れは取り戻せるだろうけれど、わざわざ特急料金と運賃を別払いするのもなぁ。

んで走った結果、越後湯沢の駅にたどり着いたのは 11:46 だったかな。20分で着いたことになり、胸をなで下ろす。

ホームに降りて数分待つと、列車が入ってきた。接近放送を聞いていなかったから、到着直前だったらしい。11:49着で11:56発となる。115系の3両編成。数少ない上越国境を通過する列車であるため、青春18きっぷのシーズンでもあることから列車は混んでいた。

前の列車とn時間(あとで計算します)m分(あとで計算します)開いており、旅客が集中するのは仕方ないだろう。
とりあえず運転台直後に空席を見つけ、ロングシートだから外が見にくいんだけれども まぁマターリとする。ほぼ満席となった。
越後湯沢から「クハ115-1015」。

混んでいるものだからあまり風景は見通せないけれど、そういえばこの区間でループ線を通るんだった。ただトンネル区間が長く、気づかないうちに1つめのそれを終える。
国境の長いトンネルを抜けて土合。トンネルの中にあるのは下り線か。こちらは普通の駅であった。しかし、いつかはトンネル駅に行ってみたいものである。

やがて水上に着いた。民族大移動であるが、今度の列車は4両編成(115系であることに代わりはないが)なので多少は混雑率が下がる。
向こうの方に185系電車が停まっているのを見て、首都圏に戻ってきたという感を新たにする。

もうまわりは雪国ではなく、比較的開けた中をゆく。思い出した、これが河岸段丘だ。 意外と地元客の増減もあって、混雑して終点の高崎に着いた。

今日は夜間に「空に行く」ため、吾妻線に乗るのは諦めている。また数年後にダム湖建設に伴って一部区間の線路付け替えが行われるとのことで、それ以降に来ればよいだろう。ここ高崎周辺では、長野新幹線も全くの未乗である。

ここ高崎から、「湘南新宿ライン特別快速」に乗る。20分くらいの待ち合わせで小田原行きが来る。
駅周辺を少し見たあと、せっかくなので、グリーン車料金750円を払って2階建て車両の2階に乗り込む。意外と混んでおり、窓際が空いてる席が見つかりにくいほどである。

駅に停まるごとに乗客は増え続け、そのうち満席になった模様。休日午後の何でもない特別快速、しかもグリーン車なのに…

この特別快速は、各駅に止まっていたけれど熊谷から快速となる。
行田駅を通過する。そういえば「行田女(ぎょうだおんな)」という隠語があったなぁ。

高崎線沿線にはほとんど用がないため、駅を見てもどこがどこだかさっぱり判らない。 上尾で短い時分で上野行きに接続というのだけれど、階段を通っての乗り換えとなる。 それはとてもとても不便だなぁ。

快速、しかも快適なグリーン車だから流れる風景も早く、気がつけば建設中の新しい鉄道博物館が見え、青大将色のEF58など。大宮名物、ホーム撮り鉄の姿も見えた。

右側の席に座っているので、反対側の京浜東北線の駅名が見えないため今どの駅あたりなのかさっぱり判らないまま、気がつけば荒川を渡って赤羽。そして田端短絡線から山貨に入った。

今回(2007/03/03〜04)で、JRは 329.0km 乗車区間が増えた。

JR東日本の乗車率が

5771.0 km / 7403.7 km = 77.95% から
6100.0 km / 7403.7 km = 82.39% となった。

JR全区間では

16171.7 km / 19844.8 km = 81.49% から
16500.7 km / 19844.8 km = 83.15% となった。

意外と先は短いんだな。

四国と九州は 100% 、あとは

西が72.96%
東海74.12%
ひがし82.39%
北海道92.68%

まーさすがにすぐ終わるとは思えないけど、だいたいまとまった区間で残っているから、ごそっと休みが取れて出かけられまくればつぶせますな

07/03/07 (水) -あさ

03/06 はかりわすれ


常磐線各駅停車(千代田線直通)に新車投入とのこと。(PDF)
小田急4000形電車に似てますなぁ…
まぁ共通設計なんでしょうね。

東京メトロ千代田線6000系とか明らかに乗りたくないですが、東メトは新車入れないのかなぁ。

代々木上原〜東北沢間の複々線化工事に伴い折り返し線が一部使えなくなるため、 JRの車両を小田急へ、小田急の車両をJRへ乗り入れられるようにして運用を柔軟化させるために新車を投入する、というまことしやかな噂が。


(あとで整形・画像を加えた上で2つめのホームページに纏めますおそらく)


改札を出て、会津若松の街の案内地図を一部もらう。
土産物屋を見たり見なかったりする。

そういえば、昔1999年頃かなぁ、αさんと東武伊勢崎線から延々と会津鉄道に乗ってここまで来た際、磐越西線(新津)への接続時間が多少あり、その時にここで駅そばを食べて、たいそう熱かった記憶がある。

市内観光に行く時間もなく、駅舎の外にすら出なかったような。

そのときの駅そば屋を見たりしてから駅前に出ると、15:00発の「ハイカラさんバス(市内主要観光名所を回る)」が停まっていたので、飛び乗る。
乗ってからどこに行くかを考えるが、とりあえず鶴ヶ城(若松城)かなぁ。

バスはバスといっても小柄なボディで、なぜかというと小回りが利くからなのね。 駅前の道路を南に行き、西に行って七日町(なぬかまち)駅で折り返してからは 細い道を右へ左へと。

15:20に「鶴ヶ城北口」バス停に着いた。
城は近くにあるはずなんだけど、なかなか天守閣の姿が見れず、実は遠回りしていたり。茶室共通券が500円なんだけれど、まぁ茶室を見てもなぁーで400円の城だけを見る。

ひとまわり見終えて今の時刻は 16:11。
次の「ハイカラさんバス」まで9分の待ち時間。駅のほうまで戻りたいのだけれど、バスは遠回りしたルートで行くことになり、時刻表を見ると、16:20にここを出て駅に戻るのは16:55となる。
歩いても駅までは30分くらいで変わらないし、バスに乗っていると外の風景を撮影しにくいために、歩くことにする。

だらだらだらと。蔵が多かったですね。

「SDカード」と書かれた店があり、よく見ると玄関に「DOS/Vショップ」と書かれていたので入ってみる。よく見ると店名が「若松通商」である。
あの秋葉の若松通商はここ会津若松から来てたのか…
テスターが欲しかったんだけれど1つしか置いてなかった。 しかし、東北の地方都市でIBMの純正キーボードとか そんなマニアックなものを置いているとは思わなかった。

目の前のホテルにチェックインする。
前日(3/2)に予約したホテルで、1泊2日で5,200円、駅まで徒歩3分(走れば1分もかからない)。
内装は古めに感じたが、それでもきれいに改装してあったりして、なかなかよかった。

明日の朝が早く、朝食を買う時間がない&店が開いていないため、近くのスーパーまで買い出しに出かける。
駅弁フェアの残骸か、福井駅のカニ飯弁当が3割引だったので購入し、これを今日の晩食とする。

07/03/06 (火) -あさ

03/05 8.6% 49.8Kg


(あとで整形・画像を加えた上で2つめのホームページに纏めますおそらく)


磐越西線。略して「磐西(ばんさい)」である。
むかし宴会のあとに「磐西三唱(ばんさいさんしょう)」を行っていたことを思い出す。
「ばんさーい!」「ばんさーい!」「ばんさーい!」

右に会津磐梯山が美しい姿を見せている。
単線のため、時折列車と交換する。

リクライニングシートの快速と交換する。時刻表を見るとど休日運転の臨時列車っぽい。
車号を見ると、クロハ455-1とある。半室グリーンで半室普通車なんだろうけれど、グリーン車マークがついてなく、また時刻表上で当該列車にグリーン車マークはないため、全車両普通車扱いなのだろう。 (詳細なページがあった
あとで調べたところによると、この車両(クロハ455)は1両しかない珍車だそうで。 しかも、今月のダイヤ改正で引退するような記述がある。

小一時間で終点の会津若松に着いた。右に新津方面からの(磐越西線)と合流し。ここで降りる。

改札前の1番線に到着するのだが、隣の中線にキハ130系が停まっている。先ほど水郡線で見た新型車両であり、2両ユニットで、6両かな。車内を見ると、床にシートが貼ってあり、まだ運用に入っていない車両に見える。またここ会津若松付近でこのあたらしいディーゼルカーを運用するという話は聞いたことがない。
新津の自社工場で作り、それをそのままこの磐越西線を自力回送させて郡山まで回送している途中かなぁ。

07/03/05 (月) -あさ

03/04 9.5% 50.0Kg


(あとで整形・画像を加えた上で2つめのホームページに纏めますおそらく)


2007/03/03(続き)

さて駅から外に出る。

ここ郡山にヨドバシカメラがあるのをご存じだろうか。
結構前からある気がする。東北地方に他に店舗はなかった(仙台店・宇都宮店が出来る前からある)から、一介の地方中核都市になぜ、と思ったものである。
店舗案内(ザ・ポイントネットワークなど)でも郡山店は扱いが小さく、どんな規模の店なのか気になっていた。
新幹線高架下にあるとのことだけれど、改札の周りに案内等は何もなく、改札を出て右に行くか左に行くか悩んだ。
右に少し行ってみるが、落ち着いた店舗が並んでおり、奥の方を見ても華々しさが見えず終わっているようであった。
そのため左に行ってみる。案内も出てなく、本当にあるのか疑わしいくらいであるが、その先に大きな看板があった。

新幹線の高架下の狭い敷地をうまく使ったという感じで、実にコンパクトである。ヨドバシに来たからには、何かを買わなければ行けないので店内を物色。おもちゃ店で Nintendo DS が売っている。16,800円かな。少しだけ買おうかなぁとも思ったんだけれど、買ってもやるヒマがないのねん…

例えば電車の中でやるとすると、その分読書の時間を潰さないといけなくなる。とてもじゃないけど読書の時間は削れない。だから、本当にやる時間が無い。PSPを前に買ったんだけれど、これもやる時間がないまま放置となっている。

店内を歩いて、"何か"を探す。条件は以下の通り。


まぁかつて博多駅前のヨドバシでデジカメを衝動買いした私が書いても説得力はないですが…

結局、エネループ(サンヨーの電池)にした。単3は出番が減った(メインのデジカメは専用バッテリー)ので、単4で。

次に乗る電車は、あと45分くらい待ち時間がある。ただし1時間に1本のため、多少早めにいって席を取っておきたい。1本前のさっきの列車が比較的混んでいたので。

少し時間をつぶせるところとして、駅前にある「郡山市ふれあい科学館」。
22階が展望コーナーとなっており、ここでは無料で展望を楽しむことが出来るほか、鉄模のレイアウトがあるという。まぁあんまし興味ないけど。

そもそもここ郡山についての予備知識もなかったが、とりあえず東西南北どちらもいずれ山に達する、盆地のようではある。

コーナーを一周したあと駅まで戻る。

昼飯を食べる時間が無くなったので、駅弁を仕入れる。悩んだあげく「小原庄助弁当」。
改札を入り、2番線(こんど1番線に名称が変わるらしい)に停まっている電車に乗り込む。この電車は、磐越西線の快速の会津若松行きである。

ご覧のように(画像をここに貼る予定は未定)、赤ベコのかわいらしいイラストが貼ってある。1時間前の快速がふつうの塗装だったから、これはラッキーだなぁ。まぁ乗ってしまえば内装は変わらないわけですが。

クモハ−モハ−クハの3連で、まだ発車まで時間があるからどの車両でもいいんだけれど、ここはやっぱりクモハでしょ。
ボックスシートに座り、昼食としてさっきの駅弁を食べる。この小原庄助弁当、2層構造となっており 上層がおかず、下層がご飯。場所に余裕があればいいのだけれど、この車両は急行用で机がない。
また発車間近に人が増え、相席となり、荷物を置く余裕もないために1層ずつしか食べられない。
最初におかず、後にご飯と食べたんだけれど なかなか飲み込めずに30分くらいかかった。

小原庄助と格闘している間に、高い乗車率の電車は発車した。これだけ乗っていれば黒字のような気もする。
一つめの駅に停車する。大して乗降客もなく、運転停車かと思ったらドアが開いた。

07/03/04 (日) -夕方

(あとで整形・画像を加えた上で2つめのホームページに纏めますおそらく)


2007/03/03(続き)

水戸9:09着の上野からの常磐線の列車からの乗り継ぎ客も多い。
9:23に発車した。
ロングシートなので車窓の風景が見にくいのが難点である。

常陸太田までの支線が分岐する上菅谷までは乗っている。
なお先ほど9:06に出た常陸太田行きと接続する。最初から6両で出てここで解放すればいいのに、とか思ったり。

車内は明らかに観光客あるいは青春18を使用している人が多く、途中駅で地元の人の乗降もないまま続く。

袋田で乗客が減る。
中にはインド系の団体もおられた。袋田の滝に向かうのであろう。

しかし茨城は観光資源に乏しい県である。
水戸あたりにでも停まってどこかを観光旅行しようと案を立てたことがあるが、水戸の偕楽園と、ここ袋田の滝くらいしかなかった。水戸から気軽に来るには遠すぎる。

次の常陸大子。
ここで後ろ2両を解放して2両編成となるが、後ろから移ってくる人はあまりいなかった。
向こうの留置線に、新しいディーゼルカーが 「撮ってください」 と言わんばかりに停まっているので、撮影をしたりしなかったり。
ここから2両ワンマンとなる旨を車掌が車内放送。冷静に考えるとおかしい。ワンマンであるならあなたはいったい何なのさ?

マターリと車窓の風景を楽しんでいたら、ふと古めの集合住宅が目に入った。2階建てで5世帯くらい、各世帯とも階段があって1階と2階があるタイプっぽい。
その各世帯ごとの裏側に、1階から2階のぶぶんまで長いパイプが伸びている。つい最近知ったのだが、これは「臭突(しょうとつ)」というものらしい。
いわゆる汲み取り式便所に於いて、その臭気を逃すために、通常の生活空間より高い位置まで距離をとる必要があるのだろう。
この場合は2階建てなので、2階以上の高さとなっており、それが5本も並んでいると奇異に見える。
さて、そうやって見ると、車窓の風景に見える家屋・集合住宅が水洗式か汲み取り式かの区別がすぐにつくということになる。
すなわち臭突があれば汲み取り式、無ければ水洗式、一つ賢くなった。

2両編成で後ろの車両のドアは原則として開かないものだから、入れ替わりもなくマターリとしている。
車窓の風景の中で、いつしかその臭突を探すのが主目的になってきたりする。

いつしか福島県に入り、そういえばこの時点で茨城県の鉄道完乗となった。千葉県・栃木県に次いで3県目である。

ここから福島県に入る。東北である。日常と非日常の境界などを考えると、東北というと非日常エリアの感が強い。

地形図等は見てこなかったのでどんな場所を走るのか予習してこなかったが、山間部をゆくのかと思いきや意外と盆地のようなところをゆく。山越えをするという感じはなかった。

ダラダラと暖かな昼前の陽気に誘われ、いつしか気を失っていたり。

気がつくと頭上に架線がある。東北本線に入ってしまっていた。ただまだ右側を走っているから、ついさっき入ったばかりであろう。そのまま右側を走り安積永盛に到着。この時点で水郡線完乗となった。
(水戸から乗っていて)ここで降りる人がある。東北本線上りに乗り換えると思われ、どんな旅程なんだろう。

駅構内で下り線に転線し、今までがいったい何だろうかと思うくらい速度を上げる。 自線内では出すことのないスピードを、乗り入れ先(たった一駅間であるが)でのみ出すことが出来るという…

郡山駅の接近放送が流れる。
郡山工場が近くにあるらしく、車両が停まっている。

415系の鋼製電車が解体されていたり、
新車のE531系電車(常磐線用)が停まっていたり、
余剰となったE501系電車(水戸線で使うのかな)が留置されていたり。
時間が有り余っているならば見に来たかったけれど、駅からは遠そう。

かつては、仙石線で活躍した103系電車が1本名残惜しげに留置されていたという。
仙石線は数ヶ月後から一部区間で工事を開始し、必要となる車両数が増えるとのことでここで眠っていた103系電車がリニューアル工事(トイレ設置etc)の上で、このたび復帰するという。
まだ運用中の同車の画像を見ていないのだけれど、改造工事はとうに終わっており、103系引退後に入った乗務員に対しての訓練等を行っているのかな。
確かに、特殊仕様車である仙石線の205系を1本増やすよりは数年間の代打であれば、同線で使っていた103系を再起用するというのも手ではある。
そういえば仙石線の205系、相模線(笑)の205系と似てないこともないなぁ。半自動で4両編成だし。
ただ相模線(笑)の205系は(何だっけ)の工事を行う必要があったみたい(工事を終えた編成は一部の網棚が狭くなってる)で、こちらも編成に余剰はなかった気がする。

そして郡山に着いた。

ED75が停まっている。
久々に交流機関車を見た気がする。

701系、719系が停まっている。
久々に交流電車を見た気がする。

直流より架線電圧が高いため、碍子(がいし)が立派なのがマブシイ。

向こうのホームには455系電車が停まっている。
かつての急行形電車であり、磐越西線の快速運用に入っている。塗色が白地に緑と、東北標準色ではある。
急行形電車ももうすっかり数を減らしており、もう無くなったのかと思ったくらい。

ホームに珍しく「白ポスト」がある。 「少年に見せたくない雑誌などは、必ずこのポストに入れて下さい。」と書いてある。 駅にあるということは、エロ本エロ雑誌を入れるというよりも、会社帰りのおとーさんが駅で買った日刊ゲンダイのような成人向け新聞を電車の中で読んだ後、ここに入れるということなのかなぁ。
とゆうか、すぐ隣に「新聞 雑誌」のゴミ箱があるから (確実に)分別回収といった点で考えると、そっちに捨てた方がよい気がする。

07/03/03 (土) -よる

(あとで整形・画像を加えた上で2つめのホームページに纏めますおそらく)


2007/03/03

朝4時に目が覚める。

今住んでいるところの隣の駅にJRの路線があり、ここから青春18きっぷを使える。 電車に1駅乗ってJRに乗り換えると、初乗り運賃 1n0円がなんか もったいため、歩くことにする。
10分ほどで着いた。

今日は始発ではなく2本目の列車である。
若干時間に余裕があるのと、閑散線区に乗ることを予定しており、途中で待ち時間が生じるからである。

改札から入ろうとすると、着いた(反対方向からの)始発列車から降りた人2人が、改札窓口で「青春18きっぷ」を提示させて降りていた。
始発電車にここで降りたということは、ここで東急に乗り換えてから、さらにどこかの駅でJRに乗り換えるのであろう。
JRの線区からJRの線区に向かうのに、途中で東急を挟んだ方が早いことがあるということ。いわゆる通過連絡運輸をやってる区間ですな。
「青春18きっぷ」であれば通常の列車には乗り放題であることを考えるても、多少の遠回りをしてでもJRのみで行こう、という気にもならないほど、それが一般に普及しているのか。

さて、改札で1日目の日付印を押してもらう。
2本目の上り列車。隣の駅が始発なのでガラガラではある。
モハ205-386。205系はとてもとても面白くない列車なので、車両に乗りながらも、車両から目を背ける。

10分ほどで終点に着き、ここから京浜線に乗り換える。せっかくなんだからと サハ208 に乗ったら、珍しくも サハ208-1 であった。
定刻で京浜線は発車したんだけれど、一駅目で時間調整のため4分くらい停車。
後続の電車が遅れているかららしいのだけれど、まだ5時台だから乗客の多寡もたかがしれている。待たないで先に行ったところで、そもそも間隔が不均等なのだから影響もない気がするのだが。

気をもんだけれど、数駅目(2月までの職場の最寄り駅でもある)でさらに数分停車。階段を渡って隣のホームの山手線に乗り換えようかと思ったくらい。

そして京浜線が京浜線じゃなくなり東北線になる駅でも数分停車する。朝もはよから8分か9分ほど遅れることとなった。
なお、ちょうどこの東京駅で時刻は朝6時を回った。
ここ東京駅に朝の6時に到達するのは、今まで実家に住んでいたときは無理だったけれど、それがこうしてあっけなく達成されたことになる。

そして東北地方への玄関駅、上野で降りた。時刻は6時過ぎ。
本来(定刻)であれば、6:0x発の電車(こないだ鹿島鉄道に行った際に乗った列車)に乗れたんだけれどそれも無理。次の電車は 6:30 発となる。

常磐線の高萩行き。
ダイヤ改正から常磐線にはグリーン車が運用開始されるが、1日で増結できるわけもなく、すでにグリーン車が入った編成が運用されていて、ダイヤ改正の前日3/17まではグリーン車が無料開放されている。2階建て車両で、狙うのはもちろん2階席。
まだ6:13くらいなんだけれど、2階の窓際はほぼ埋まっていた。隣の普通車の車内がガラガラなのにもかかわらず、である。

なんとか空いている席に座り、ここでマターリとする。

発車間際に人が増えてきた。また、北千住などから人が増える。
土曜なのに高校生の通学があるみたいで、けっこう混んでた。満席ぐらい。さすがに立ち席は出ない(笑

常磐線は幾度か乗っており、車窓の風景にもやや飽き気味だったんだけれど、2階席から見下ろす風景はいつもとは違って見えた。
こんど常磐線沿線に来るときは、休日だと750円かかるけれど グリーン車を利用しようと思った。

交直セクションを抜けて交流区間に入ると、遠くに来たという気分になる。
ところで牛久の駅を出発して加速すると、ガコっとゆって速度が上がらない。1ユニットがロンしたのかな。次の「ひたちの牛久」の駅で「リセット」するために数分停まっていたりして。

石岡駅。向こうに鹿島鉄道のホームがある。
去年の10月に来たばかりであるが、今月末までで鹿島鉄道が廃止されることとなっており、今日もこれからフィーバーするのであろう。
次の列車は旧型キハらしい。惜別ヘッドマークを前面に掲げていた。
構内に車庫があり、何両か車両が停まっているが、今月末まで常磐線に乗る予定もなく、おそらくこれが現役の鹿島鉄道の見納めとなる。

各駅に停まり、列車はだらだらと停まる。なんか加速が悪い気もするんだけど、車両交換とか簡単にできないよなぁ。

まわりに人が減らないから、遠くへ来た感じを受けないまま、気づけば友部。
8分くらい遅延していたのだけれど、いつしか定刻になっていた。

偕楽園脇を通過する際、梅がきれいに見えたけれど、(臨時)偕楽園駅はまだ時刻が早いのため列車は通過した。

水戸で降りる。
水戸は茨城県の県庁所在地である。

初めてここに来たのは、中高生の頃、おそらく1991年。

確か水戸線で小山から水戸に来たんだけれど、友部で折り返すのもアレだから、わざわざ水戸まで来たのかな。駅前を見ただけのような気もするけど。

そのとき水郡線の車両は白地にオレンジの車両と、白地に緑色の車両が2両連結されていた。キハ58系、今や絶滅に瀕しているが、当時ローカル線区に行けばどこでも見られた風景である。
また、上り特急&鹿島臨海鉄道のホームにも当時は自由に入れて、鹿島臨海鉄道のディーゼルカーの写真を撮ったなぁ。

2回目に水戸に来たのは、大学2年か3年の「測量学実習」で大洗に行ったとき。
ついでに鹿島臨海鉄道を乗り潰してしまおうと、

大井町→上野→我孫子→成田→香取(?)→鹿島神宮→水戸

と乗ってから、水戸→大洗と戻ったため(単振動ではあるが)水戸駅に来ている。

3回目の水戸は、ちょうど3年くらい前の2月かな、某氏の結婚式の翌日、突然勝田のG氏のお部屋に遊びに行くことになり、翌日日立電鉄を乗った後に常陸太田から水郡線経由で水戸に入った。
ちょうどシーズンであったため(ちょっと早かったが)偕楽園で梅を見た。
結婚式の後だったためスーツで、また夜寝るときに着るものがなかったからジャージを勝田で買っており、明らかに変だった。

そして今日は4回目の水戸となる。
向かいの水郡線のホームに、赤系の新型ディーゼルカーが止まっている、現在主力となっているキハ110系列のディーゼルカーでさえ充分新型なのに、それを置き換えようとするらしい。キハE130という形式なのかな?
ディーゼルの方式が今までとは全然違うんだっけ。

さて水戸水戸。
時間は8:32で、まだ駅ビルのエクセルもあいていない。
梅のシーズンではあるが、偕楽園まで行く時間的余裕はない(しかも、一度行ってるからなぁ)。
表側の駅を見て、もう開いている土産物店を見て「のし梅 3個160円」を買おうかどうか悩んでみたりしてから、反対側の駅を見て改札内に戻る。

ホームに降りると、今や絶滅の危機である415系鋼製車が止まっていたり。
そういえば、上野から水戸までで確か2回か 415系電車とすれ違わなかった。それほど減っているのであろう、これも3/17までである。
またよく見ると特急・鹿島臨海鉄道ホーム(切符がないので入れないが)に、ハリボテの特急電車形の売店があるのに気づく。
東海道線藤沢駅に80系電車のハリボテ売店があるが、それに次いだものだという。

ふと水郡線のホームに目をやると、2本ある番線に2本とも車両が停まっている。2両編成の常陸太田行き(9:06発)と、向こうには4両編成の郡山行き(9:29発)。後ろ2両は途中駅停まりらしい。いずれもキハ110系列で、新車ではない。
この郡山行きに乗るのだが、既にボックス席に人の姿が見える。

この列車に乗るため、急いでホームに向かうが、既にボックスはあいていなく(相席は気が引けます)、ロングシート部分に座ることとなる。
大きな荷物を持った人が多い、さすが青春18きっぷシーズンやなぁ。

07/03/02 (金) -あさ

03/01 9.1% 49.7Kg


いつも乗ってるあの電車の終着駅へ…(DPZ)。

いったいどこへ行くのかと思いきや、印旛日本医大でした。
開業当初は日中40分間隔という、もう信じられないほどの低フリークエンシーだったんだけれど今時刻表をみると、1時間に2本(20分−40分)だから、多少は改善されているみたい。
しかし、日本橋から印旛日本医大まで1時間で 1,170 円。ありえね…

07/03/01 (木) -あさ

02/28 はかりわすれ?


今月はどんな今月なんだろう…
サパーリ


Rythem 「桜唄」。
2/28発売で2/28に入手。

何ヶ月ぶりのシングルだろう。「願い」が去年のGWか。実に10ヶ月ぶりか。
桜の唄ということで春の訪れを感じるとともに、もう3月だから春なのか。


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