喜びの箱       

私の好きな本、絵、人などを順次紹介していきます。
ちなみにこのタイトルはメイスフィールドの大好きな作品から。

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▼井上直久 『イバラードの世界』

星野道夫   『イニュニック』
       『クマよ』
       『アラスカ 光と風』 
       『アラスカたんけん記』 
       『クマよ』 
       『森へ』 
       『森と氷河と鯨』
       『ノーザンライツ』

       写真展「星野道夫の世界」展 
         1998年9月17日〜28日 銀座松屋

 

▼フィリパ・ピアス 『トムは真夜中の庭で』
          『ハヤ号セイ川をゆく』
          『こわがっっているのはだれ』
          『サティン入り江のなぞ』

▼エリナー・ファージョン

 

▼ジョン・メイスフィールド 『夜中 出歩くものたち』
               『喜びの箱』        


星野道夫

 『イニュニック』 新潮文庫
 『アラスカ 光と風』 福音館 日曜文庫
 『アラスカたんけん記』 福音館 たくさんのふしぎ傑作集
 『クマよ』 福音館 たくさんのふしぎ 98年3月号
 『森へ』 福音館 たくさんのふしぎ傑作集
 『旅をする木』 文芸春秋
 『森と氷河と鯨』
 『ノーザンライツ』
 写真展 「星野道夫の世界」展 
         1998年9月17日〜28日 銀座松屋


『イニュニック』 独書間奏参照

『アラスカ 光と風』
 
星野さんのアラスカとの出会いからはじまって、彼がどのようにアラスカに魅せられていったかが追体験できる。若い日にアラスカで出会った幼い女の子の胸を打つような笑顔が、写真家になろうとなど思いもしなかった彼を写真の道に導く、アラスカとの強い絆となったのだ。
 星野さんの写真は先入観や予備知識なしでみても、ほかの写真家の似たような被写体の写真と違っている。たんにかわいいだけ、荒々しいだけ、というのと異なり、被写体に対する遙かに深い共感をそこに感じることができる。愛情といってもいい。
 彼は写真家だ。けれども、彼の文章は写真と切っても切ることができない。写真だけでも雄弁だ。しかし、彼の文章とともにそれがあるとき、この二つは相乗作用を持ち、にわかにアラスカが立体的になり、高さと奥行きと、寒さをともなってせまってくる。どこか手の届かない遠い世界にあるのではなく、今現在、私の生きている空間につながっているところに、アラスカが存在しているのを感じることができる。

『アラスカたんけん記
 『アラスカ 光と風』と同様、星野さんがアラスカに魅せられていった経緯をわかりやすく語った写真絵本である。彼が最初にアラスカに行くきっかけとなったシシュマレフ村の写真を見ることができる。

『クマよ』
 彼の死後、直子夫人も加わって選ばれた写真で構成された写真絵本である。題名の通り、クマのオンパレードだ。じゃれあうクマ、鮭を獲るクマ、湖岸にたたずむクマ、山地をぽつぽつ並んで歩く親子のクマ…。しかしこの本はそれだけのものではない。
 星野さんは子どもの頃不思議な感覚をいだく。町にいる僕は遠い見知らぬ山にいるクマを想っている、すると、ふと「気がついたんだ おれたちに 同じ時間が 流れていることに」彼のアラスカへの愛情の中に貫かれているこの卓抜な洞察。私にとって、この言葉こそが彼のなしたことすべてを読み解く鍵となった。

『森へ』
 彼の写真の中に、樹上性の地衣類に覆われた森を撮ったものがある。熱帯雨林も撮っていたのかと思ったが、そうではなく、驚くなかれこれは南アラスカからカナダにかけてひろがる、高緯度に位置する雨林だったのだ。そのようなところに雨林があるとは、全く想像もしなかった。
 森の中の川に遡上するおびただしい数のサケ、それを獲ってむさぼるクマたちがいる。そしてさらに森の中からあらわれたのは、うち捨てられたインディアンのトーテムポールである。トーテムポールは100年ほど前に捨て去られていまや自然に還っていこうとしている。いっぽう森の大木は、倒木を栄養として世代交代を繰り返し続けている。不思議な自然の循環にうたれる。

「星野道夫の世界」展 
         1998年9月17日〜28日 銀座松屋

 
朝日新聞社から『星野道夫の仕事』全4巻が発刊されるのに伴い企画されたものだと思う。
偶然タクシーのラジオから流れてきたニュースをきっかけにこれを知り(うちの購読新聞は朝日新聞ではないので)、矢も楯もたまらず早速の日曜の朝いちばんと、その4日後の2回、行って来た
(日記9月20日)
 彼の没後2年を経過して催されたこの写真展は、未公開作品を加え約150点という、規模の大きなものであった。パネルもかなり大きく、本来ならば見やすいと言ってよかったのかも知れないが、いかんせん朝日新聞という巨大メディアが積極的に宣伝したらしく、日曜の朝一番にもかかわらず大変な盛況。4日後の木曜は11時過ぎであったが、平日だからそれほどでもないだろうという期待を裏切って、日曜とあまり変わらない混雑だったので、この日も丁寧に写真を見ながら静かに彼の世界に浸るというもくろみは達することができなかった。
 しかし大きな美しい写真は、それだけで迫力を持ち、しばし言葉を失う思いを繰り返した。一時的な巡回展にとどまらず、これだけの人を引きつける作品群が常時見られる場所がぜひとも欲しいものだと痛切に思う。

★なお、このあとの巡回予定は

1999年2月4日〜9日 横浜高島屋
1999年3月10日〜22日 大阪高島屋 など。

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最終更新日 00/12/01 23:46:23
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