2000年11月17日(金)

[旅行日誌トップへ]

[ダイアリー目次へ]

←11月16日へ 11月18日へ→

パパントラ→メキシコシティ
「エルタヒン遺跡」

今日は、午前中にエルタヒン遺跡を見てパパントラに舞い戻って、12時55分のバスでメキシコシティに移動という結構なハードスケジュールでした。

[エルタヒンへの行き方]

パパントラからエルタヒンに行くバスはカテドラルの裏の16 de Septiembreという通りが始発になります。ただ、2等バスターミナルの前にも停まるみたいなので、自分が泊まったホテルなんかだと2等バスターミナルの前あたりで待っておけば乗れると思います。乗るバスはCHOTE経由のポサリカ行きになるようです。バスの会社の人に聞いたらCHOTEと書いてあるバスに乗るように言われたのですが、CHOTEと言う街自体はエルタヒンの手前にあるので、CHOTE行きだとエルタヒンまで直通しないかもしれないです。CHOTEと書いてあるバスに乗る際にエルタヒンに行くか確認した方がいいと思います。

[エルタヒン遺跡]

エルタヒンの遺跡の中でいちばん有名なのはきっと、南の球技場にある6つのレリーフだと思います。そんなに大きいわけではないのですが、一番の見所になると思いますし、行ったら見逃さないようにしないといけないと思います。大きな建物に目を奪われていると見損なうかもしれないし…。

パッと見て一番目を奪われるのは、壁がんのピラミッド(Piramide de Nichos)でしょうか。四方に合計365個の窓のような窪みがあって、他の遺跡にはあまり無い形のピラミッドなのでどうしても目に付くと思います。今まで結構な数の遺跡を見てきましたがこのピラミッドは本当に独特ですね。はい。ちなみに、現在は東側に装飾用の階段が追加されたり、上部が完全に復旧されていないので、365個数えてもありませんけど。

そーいえば、遺跡には遠足の生徒たちがいたのですが、自分をみて逃げていった子達がいました。かなりひげは伸びていたのですがそんなにぁゃιかったのでしょうか…?

そうそうココにも簡単な博物館(入場券共通)がありますが、ここからの出土品はハラパの人類学博物館にたくさんあるので、ここに行ったらハラパの人類学博物館に絶対に行った方がいいと思いますね。って昨日も書いたような気がするのですが。

[メキシコシティへの道]

エルタヒンの遺跡を見て外のバス乗り場に着いたら程なくパパントラ行きのバスが来たので、メキシコシティ行きのバスに十分に間に合う時間にパパントラに帰ってきました。とはいえ、パパントラを見下ろす位置にあるボラドーレス記念像に登ってしまったので、昼食をとる時間はなくなってしまいました。はい。街から少し離れている上に近くに学校があるので、学生カップルの定番みたいですねぇ(^^;;<ボラドーレス記念像。

12時55分にパパントラを出発するメキシコシティ行きのバスは、パパントラ始発と思い込んでいたら違って、結構多いお客さんを乗せていました。パパントラからは3人しか乗らなかったような…。で、次のポサリカを出る時点でほぼ満席でした。ただ、パチューカまでにほとんどのお客が降りてしまって、パチューカからメキシコシティまでは、子供を連れた女性と自分しかいませんでした。そのうえ、パチューカまで5時間近くかかったので、そぉーとーメキシコシティに着くのが遅くなると思ったのですが、パチューカからは高速があるだけに、1時間で着いてホッとしました。

で、暗くなったのですが、今回の旅ではじめての日本人宿&ドミトリーになるサンフェルナンド館へ。(もちろん、個室もありますけど)ドミトリーですが、盗難の心配をしなくていいのと、日本語で話せるのがいいですねぇ。長く滞在(沈没)するのも、わかるような気がします。(爆)