症例4「電車と傘」

雨は嫌なものである。靴は汚れ、ズボンの折り目は消え去り、天然パーマの私の髪は主人の意図に反した無秩序なまとまり方をする。おまけに、物を持ち歩くことが嫌いな私にとって傘を持つという動作は責め苦以外の何物でもないのだ。ああ、雨は嫌だ。

そんな憂鬱な思いを胸に電車に乗る。窓を閉め切った車内は、人いきれでむんむんしている。特に冷房が切られる季節は最悪だ。この時ほどサラリーマンでいることを悔やむことはない。しかし、現実は現実だ。悶々としながら電車の揺れに身を任せていると、ふくらはぎに触れている固い物体から、ズボンの生地越しに冷たさがじんわりと伝わってくる。びしょ濡れの傘だ。濡れたままの傘を持って満員電車に乗ってくるバカがいるか、と振り向いて相手の顔を睨みつけてやるのだが、例のあの顔、どうかしたのと怪訝そうな顔が見つめ返してくるだけ。言っても無駄だ。

ならば、濡れた傘をどうするか?水気をとればいいのである。私は、電車に乗る前にホームから線路に向かって濡れた傘を二、三度強く開閉する。これで水分はあらかたとれる。次に、きちんと畳んで袋に入れる。これだけだ。やり過ぎ?いや、それが礼儀というものだ。第一、そうしなければ自分の服さえ濡れてしまうではないか。

先日、新しい傘を買いに近所のショッピングセンターに出かけた。売り場には安いものから高級なものまで様々な傘が売られている。しかし、驚いたことに、そのほとんどに袋が付いていないのである。何故だ?濡れた傘はどうするんだ?

そういう訳で私の新しい傘に袋は付いていない。では、どうしているか?あらかた水分を飛ばし、きちんと畳んだあと、仕方なくティッシュで拭いている。これ、あまり恰好のいいものではないし、なんか、さもやってますよといわんばかりで嫌なのだが、この際、仕方ない。悪いことをしているわけではないのだ。

ついでに言っておくが、傘は凶器になるということ認識しておいて欲しい。その先端が人を傷つけることがあるのだ。それがわかっていれば、傘を竹刀のように体の横で持つなんて事はしないはずだ。そんな恰好で駅の階段を上がられたら、後ろにいる人間はたまったものではない。右に左に体をかわしながら歩かなければならない。私はボクサーか?傘は自分の前に垂直に立てて持たんか!ちなみに、私は前にして持った自分の傘に脚がからんで、倒れた拍子に手のひらをコンクリートにしたたか打ち付けたことがある。痛いの痛くないのって。エチケットを守るとは、時に辛いめにもあうということだ。

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