症例8「電車と我れ先隊」

国際線の飛行機で真っ先に降りようとするのは日本人である。まず、間違いない。飛行機は着陸した後、ターミナルゲートまでさらに誘導路をゆっくり走る。これをタクシーイングという。その間、乗客は席を立たないようアナウンスがある。まだ走っているのだから、これは当然だ。しかし、そんな警告を無視して立ち上がり、ザワザワと降り支度を始めるのは決まって日本人だ。他の客が棚から荷物を下ろし始めるころには、我が日本の同胞は、すでに両手にお土産袋をさげ、まだ閉まったままの扉の前に群れをなしている。

同様の行動は電車でも見られる。自分の降りる駅が近づくと満員の乗客を押しのけて扉に近づこうとする輩がいる。初めて乗る電車ならば勝手がわからず慌てるのも無理からぬことだが、毎朝同じ電車の同じ車輌に乗っている人間がこれをやるのだから始末が悪い。満員とはいえ車内はある程度の均衡が保たれている。そこに割って入られては周囲の人間は身体のバランスを失うという危険にさらされる。

降り方もひどいものである。途中に別の路線が乗り入れている駅があるが、そこでは乗客の三分の一ほどが降りる。要するに、降りられないなんてことはない駅なのである。しかし、我れ先に降りたがる輩は一列横隊で突き進み、降りたくない乗客を巻き添えにしながら扉を目指すのである。その突進を阻む者は容赦なく突き飛ばされ、足蹴にされる。大体、膝の後ろ辺りに誰かの靴底が当たるというのはどういうことなのであろうか?運動会の入場行進でもあるまいし、満員電車の中でそんなに元気よく歩くやつがいるか!

そんな、マナーの悪い大人をしり目に、女子高生の諸君は騒ぎが収まりかけた頃合いを見計らって悠然と降りていく。彼女達の方が大人なのである。あんたらはえらい!茶髪に薄らと化粧をして、およそ学生とは思えない風貌ではあるが、そこのとこはこの際許すことにしよう。しかし、そのだぶだぶの靴下は何とかならんかね。私にはどうしても鉄腕アトムの脚にしか見えないぞ。

降り方の悪さはさらにある。腰掛けていた人間が、降りる駅が近づくと立ち上がってしまうのである。前に立っているこちらは、後ろからは例の「我れ先隊」に押されるわ、前からは人の顔が迫るわでたまったものではない。立ち上がった方はもう一度座るなんてことはしない。しかし、そのままではバランスが悪いので、こっちがつかまっている吊り革に手をかけてくる。かくして、私は見知らぬ人間とひとつの吊り革につかまり、互いに鼻先を付き合わせた格好になる。なんとおぞましい光景だろう。腰掛けたら一番最後に降りる。これが常識というものだ。

最近、私が利用している電車では、荷物は前に抱えるか網棚に乗せるようにという車内アナウンスが流れるようになった。鉄道会社の人間がこのホームページを見ているのだろうか?そんなことはないと思うが、いずれにしても喜ばしいことではある。ところで、私は「リュック」という単語を使っていたが、アナウンスでは「デイパック」といっている。どうせ和製英語だろうと辞書をひいたら、ちゃんとあった。時代はどんどん流れていくのである。

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