青い花

第1部「紫式部の穴」(2)


 ゲームで負けた播磨の守が、パーティーを開かれた時、わたくしは実家に用があって帰っておりました。ゲームというのは、碁のことで、「乱碁」といって、碁盤の上で石をはじいて取る遊びでございます。われわれの時代の風習として、御前の勝負で、負けた者がパーティーを開いてみんなに振る舞うのでございます。その際、勝った方に贈られるゴージャスな品々が披露されます。その凝った品々を見せたくて、好んで負けた方もいらっしゃるのではないかしら? わたくしも、播磨の守さまが贈られる碁盤がどんなものか、楽しみにしていたんですけど、あいにく出席できませんでしたので、あとで見せていただきました。その碁盤というのは、とても上品で豪華なものでした。脚には入念な彫刻が施してあって、カーブが優雅です。盤には砂州の絵が描かれ、海に突き出したその島の水のあたりに、このような歌が書かれてありました。

 紀の国の白い浜辺でひろったよこの石こそは巌になるまで

 「ひろう」と「石」は、碁の縁語、その石が巌になるまで末永く、国家の繁栄を祝うというものです。結局のところ、「勝ち組」は、「お上」ということになりましょうか。するとこれはゲームでもなんでもなく、お上を慰めるための「余興」ということになりますね。



 「かわいそうに、碁盤を『鑑賞』することが、楽しみだったなんて。なんて抹香臭いのかしら?」

 海あって海を知らない日本人オデュッセウスは生死さまよう



 8月も20日を過ぎて、いよいよ中宮さまのご出産の日が近づいてきた。お仕えしている人々の中で、御殿へ上がることを許されている人々は、中宮さまの居室の近くで夜を明かして待機する。それは、屋敷内の東のお堂の近く、もちろん、わたくしの部屋にも近い。若者たちは、遣り水に渡した橋の上や簀の子の上に控えて、手持ち無沙汰に歌を歌ったり、楽器を奏でたりするのが習わしとなっている。コンピュータゲームなんかないからね。歌といっても、「お経」なのだ。それを、いろいろな節をつけて読む。笙や笛、琴の名手も集まっている。実家に帰っていたものも顔を出して、それはがやがやとにぎやかになる。当の中宮さまはどんなお気持ちか。やれやれ、「しめやか」などとは程遠い。



 「なんと物々しい。この警備体勢は、まるで敵の襲来に備えているかのようじゃないの。ほかにすることないのかしら? この国では、たかが子供を産むということが、それほど大変なことなの?」
 「娘よ、ただの子ではないぞ。ほかならぬ天皇の子だぞ」
 「天皇ってなによ? 神より偉いの?」
 「偉いんだろう、この国では」
 「変な国」
 「おまえがその『穴』へ入ってみたいと思ったんだぞ」
 「入ってだんだん、変革したくなっちゃったわ。それに、天皇の子とかに関係なく、近代医学の存在しない時代には、出産は女にとって、生死を分ける一大事には違いないのよ」
 「これは紫式部の『失われた時を求めて』なのかな」
 「そんな悠長なものじゃないわ。これは、式部の『わが闘争』よ」
 「わしは、物語の構造のことを言っておるのじゃぞ」



 中宮さまのお部屋から、居室に下がる途中、同僚の藤原豊子さまのお部屋を覗くと、豊子さまはお昼寝をなさっていた。重ねの色目は、表がボルドー、裏がブルー。今一つは、表がラベンダー、裏がブルー。それらをそれぞれ、「萩」「紫苑」と名づけている。その上に、スカーレットの袿をはおっている。その深紅の絹は、砧で打たれて輝きを帯びている。その袿で顔半分を覆い、硯の箱を枕にして眠っている。まあ、なんて、愛らしいお姿かしら。まるで物語のなかに出て来る姫のようだわ。「ねえ、あなた、物語のなかのお姫さまみたいよ」、そう言って、わたくしは、豊子さまの、口元の袿を剥いだ。彼女は、ぱっちりと目を開き、「まあ、なんて嫌な人、人が眠ってるところを襲うなんて。頭がおかしかなくって?」と、怒ったように口を尖らせた。その赤みを帯びた頬がまた実に美しかった。……こんなふうに感じる私はおかしいのかしら?
 
 激しい、フィクションへの意志___。式部は自室に戻り、すぐさま筆を取る。

 清少納言とやらの「日記のようなもの」を読んだ。私は、そんなものを「作品」として発表するつもりはない。希望は、この時代のすべてを記述すること。長大なフィクションだ。

 式部35歳、藤原道長43歳、彰子20歳、一条天皇29歳___。

 人は私のフィクションを愛の物語だという。でも、私は、「愛の物語」を書いたつもりはない。それは、「革命」についての物語___。


 1008年(日付は旧暦)9月9日、重陽の節句。一家の主である、道長さまの奥さま、倫子さま(左大臣、源雅信さまのお嬢さまで、土御門殿はもともとこの方のお屋敷で、道長さまはここへ婿として入られたのである)が、お使いの方を通して、わたくしに、「菊の綿」を届けてくださった。これは、菊に真綿を被せ、露と香を移したもので、これで体を拭くと、老いを除くと言われている。わたくしはお返しとして、歌を作った。

 菊の露その若さだけ味わって永久(とわ)の寿命は主に譲ろう

 夜になって、中宮さまのところへ行くと、簾の中から裾がいろいろはみ出していて、上級の女官たちが集まっているのがわかった。香炉に香が焚かれ、あたりはなんとも言えぬ匂いが漂っている。「紅葉が待ち遠しいですわね」などと、中宮の気を紛らせる世間話などをしている。けれど中宮さまの具合はよくないようだ。以前よりおやつれになっている。真言密教の祈祷師たちがやってくる。中宮さまの安産を祈願して、呪いを行う。いや、ただしくは、お産の際にとりつく魔物を払うためだ。
 お産のときには、いろいろな生霊、死霊がとりつくと信じられ、これをおびき出し、払うのである。
 屋敷の中は、物々しい雰囲気に包まれているが、私は寝てしまう。騒がしい声に目を覚ますと、いよいよ中宮さまが産気づかれたようである。

 1008年9月も10日に入っている。中宮の寝台、寝所は、お産のために、白一色に変えられる準備が進む。これは……いったい、なんのための「儀式」なのか? 産褥の血をいっそう映えさせるためか? なんて不謹慎な……。でも、あたしの頭はそんなことを考えてしまう。道長さまは、僧という僧、祈祷師という祈祷師、呪い師という呪い師を集め、祈祷やら呪いやら悪霊払いをやらせる。難産で苦しむ中宮さまを囲んで、梵語の呪いが大声で唱えられる。絹のカーテンで仕切られてはいるが、周囲の控えの場所には、天皇の御殿からの女官たちも来ている。道長さまの筋の公家の子息たちも、部屋の模様替えなどの手伝いに借り出されている。むしろ幅をきかせているのはそれらの人々で、古くから中宮さまにおつきの女房たちは居場所がないといって泣き出す始末。阿鼻叫喚の地獄というのは、まさにこのことを言うのではないか? わけのわからぬ言葉など喚きちらして!



 「わけのわからぬ言葉ですって?! おとうさま、この言葉は、わたくし、『わかり』ますわ。だって、これは、古代インドの言葉そのまま、われわれ、インド・ヨーロッパ語族の言葉ですものね。それにしても、どうでしょう? 日本人にとっては、意味の分からないことをいいことに、古代インドの言語をそのまま、密教のありがたい経典にしているとは! それに呪いとやらの言葉もね。でも、西暦1000年に、なんて非科学的なの! 超不思議な国だわ。女たちは絹のカーテンの内側に籠り、ほとんど外へ出ず、運動もしない。これでは、難産もあたりまえよ! 式部よ、おまえは、なんて時代に生きているの!」
 「娘よ、まあ、そう興奮するでない。あの真言宗の教主、大日如来というのは、わしに似たところもあるぞ」
 「ふん、ばかばかしい」

* 

 天皇の子を宿し女(ひと)手を伸ばしオデュッセウスのキスを求める

 どこか、遠くの海をさまよう男が、私を解放してくれるような気がする。なぜなら、その男は、あらゆるものから自由だから。いや、その男は少なくとも、お産の苦しさをわかってくれる。権力の道具として、ただ子を産む機械となっている女の辛さを。あの男の眼差しのみが私を癒してくれる……。

 菊の露その一滴が飲みたいなそれはあなたの唾液そのもの



前章へ

次章へ

目次へ