第4部「レターズ」(3)


 Dr.ストレンジラブよりブッシュ大統領へ

 2001年11月7日、ワシントン
 合衆国大統領、ジョージ・ブッシュさま

 前略。失礼ながら大統領、わたくし、かつては、軍事戦略について、米国の大統領に意見を求められる立場におりました者でございますが、今は高齢でもあり、現役を引退し、インターネットの「掲示板」を「訪ね歩き」、たわいもない書き込みを、日々の楽しみにしております。そんな老人が何事かと、ご不審の点もございましょうが、「かつてのエキスパート」の意見にも、お耳を傾けていただけたら幸いかと存じます。と、申しますのも、ついさっき、ネット界をうろつくうち、フランスは『リベラシオン』紙のサイトにて、エリック・デュパンなる署名の記事を見かけ、「かつてのエキスパート」としての血が騒ぎ出したからでございます。この国を愛する者としても、今こそ、総統大統領にわたくしの考えを申し上げておかなければ、死ぬにも死に切れないと思ったからでございます。
 さて、11月7日付のこの記事は、『新たなるベトナムの亡霊』という題名のもと、米国のアフガニスタンにおける軍事作戦に対する、欧米の各マスコミの反応を、まるで、ゴダールのように、寄せ集め、コメントしたものであります。その記者の集めた記事は、『タイム』『ニューズウィーク』は言うに及ばず、『エコノミスト』、『ファー・イースタン・エコノミック・レヴュー』、『USニュース・アンド・ワールド・リポート』、『ワシントン・ポスト』『ボストン・グローブ』、『ガーディアン』、『インディペンダント』、『ロサンゼルス・タイムズ』、『クリスチャン・サイエンス・モニター』、『ニューヨーク・タイムズ』等々からであります。短期間に、まあ、よくこれだけの記事を読んだものだと、私は呆れる感心するのでありますが、この記者の言うには、それらの記事はこぞって、米国のアフガン介入を、「第2のベトナム」として、危惧するものだと言うのです。そして、その「象徴」が、B52爆撃機の使用だと申しております。すでに、タージドソンフランクス将軍から、ご説明を受けられていることと思いますが、確認までに申し上げておきますならば、米国空軍は、何も、「ベトナムの亡霊」を呼び出すために、B52を使用したわけではなく、ご承知のように、B-52Hは、この40年間、ずっとわが国で使われて来ております、言わば、戦略爆撃機の定番であります。それというのも、16000km以上の距離を休みなく飛びつづけることができる本機は、空中で給油を受けつつ、常に敵地の境界線すれすれを哨戒飛行することがきるのみならず、現在では、敵の防空圏外の空中から発射が可能な巡航ミサイルのプラットフォームとなって、活躍を続けております。
 と、まあ、こうしたことは、常識でございましょうから、わたくしの言いたいのは、次のことでございますが、相手が、貧乏国の場合、ハイテク兵器には、そうそう金がかけられませんから、「お得な設備」を用意している可能性が考えられます。それは、「皆殺し装置」と呼ばれるもので、その地の「フェイル・セイフ・ライン」を越えて攻撃してくるものがあれば、自動的に作動するシステムで、これには世界中のすべての人間を一瞬にして消滅させうる核が搭載されております。こうした装置は、ハイテク兵器をいちいち揃えるより、ずっと安上がりなのであります。それでは「自滅」ではないかと、おっしゃられるかもしれませんが、まあ、自国を侵略されるくらいなら、世界もろとも滅び、せめて、自らのプライドだけは守ろうという、長年貧しい暮らしを強いられた民族の、ヤケクソ的考え方なのございます。
 しからば、世界を滅亡から救うために、わたくしが、ここにご提案申し上げるのは、閣下、あなたのご決断ひとつなのでございますが、この際、相手にアメリカを攻撃させてはいかがでしょう。わたくしが、攻撃させるというのは、むろん、「核攻撃」のことでございますが……それには、まあ、ざっと見積もったところ、2000万人ほどの犠牲は出るでしょうが……。1億5000万を救うと思えば……。もちろん、地下のシェルターは利用できます。しかし、その数は限られております。わたくしの記憶が確かならば、地下に収容されうる人数は、およそ……2000人ほどでしょうか。もちろん、閣下をはじめ、要人の方々が、最優先されなければなりません。人類の未来のためにも、優秀な人間が生き残らなければなりませんでしょうから。放射能の半減期の来る数十年後まで、われわれあなたがたは地下で過ごさなければならないでしょう。その頃には、人口も、もとの数に増えているでしょう。しかし、それには、「意識的な努力」が必要です。そうですね……男性一人に対して、女性十人、ということになりましょうか……。地下生活は、退屈でしょうから、刺激が不足しがちです。ですから、「生き残る2000人」のなかに選ばれる女性は、性的魅力に優れたものがよろしいかと思われます。
 以上、「もとエキスパート」の最後の務めとして、進言申し上げる次第でございます。

 もとドイツの物理学者にして、今は、米国の平和を求める一市民
 Dr.ストレンジラブ



 口をきく馬クサントスよりパラス・アテネへ

 アテネさま、そちらの戦争は、近代兵器のお試し合戦ですか、こちらは、あいかわらず、General自らが最前線に立って、青銅の槍や刀、皮の鎧や楯、はたまた石(!)で、がんばっております。人間ってのは、戦いがすきですね。いつでも、戦わずにはいられないみたいですね。こちら、西暦で言いますと、紀元前1000年ごろですか、そちらより、3000年ほど「前」ってことですが、人々は、やはり、いろんな「ご利益」をめぐって血腥い戦いをしております。たとえば、わたくしが、ただ今、参戦(?)しております、トロイア戦争でありますが、原因は、あの、世紀の美女、ヘレネの争奪戦ということになっておりますが、果たして、ほんとうのところは、どうでしょう? 案外、ここ、トロイアの地にあります「お宝」を簒奪しにでかけた、というのが、真実ではないでしょうか? この時代の「お宝」というのは、ご存知のように、鍋、釜といった道具から、金、銀、財宝、それから、働き手としての、男、手仕事並びに、性的仕事(?)のための、女です。こと、女性に関して言えば、この時代の、性の奴隷のような女と、それから、著しく自由を制限された21世紀のアフガニスタンの女と、どちらが幸せでしょうね?
 なに? 「どちらも幸福とは言えぬ、だから、わらわは戦っておるのじゃ」? アテネさま、いったい、そこで、どんなことをやっておいでですか? この『イリアス』を終えるため、こちらに帰ってきてはくださいませんか?
 今のところの状況はこうです。アキレウスとアガメムノンが仲直りをし、ヘソを曲げていたアキレウスが、いよいよ戦いに乗り出します。そして、あなたさまのお父さま、神々の王、ゼウスさまが、ほかの神さま方に、アカイア、トロイア、それぞれ、すきな方について、戦ってよいと宣言なさいました。さあ、神、人間、入り乱れての、大戦争です。無敵と言われるアキレウスに対するは、トロイア王家の親戚、アイネイアスと、トロイア王の嫡男、ヘクトルです。まずは、アイネイアスが、アキレウスに挑み、殺されそうになりますが、あなたの叔父さまのポセイダオンが味方をし、アイネイアスを、アキレウスの見えないところに、飛ばしてしまいます。
 続いてヘクトルが立ち向かいますが、この男には、アポロンさまがついております。彼が、ヘクトルの姿を隠し、この場は難を逃れました。
 しかし、人間には、定められた運命というものがあるのですね。このヘクトルとて、やがては、アキレウスの手にかかって死ぬ運命にあるのです。『イリアス』も、残すところ、あと4章。一方、『紫式部日記』も、大詰めの消息文に入っております。このあと、いかなる形式(スティル)が待っていることやら……。
 馬の身で申すのもなんでございますが、人生は舞台、状況報告をこの章の結びとして、筆(尻尾)を置かせていただきます。

  






前章へ

次章へ

目次へ