マネジメントシステム規格認証制度の信頼性確保のためのガイドライン 08.08.01

7/29に経済産業省から「マネジメントシステム規格認証制度の信頼性確保のためのガイドライン」という長ったらしい名前の文書が公表された。5月半ばから末までこのガイドライン案に対するパブリックコメント募集があった。それを踏まえてこのたびガイドラインを出したというわけだ。パブリックコメントとは世の声を聞くという制度であるとともに、いったんコメントを募集するというステップを踏んだのだから、民下々は了解しろという理由付けでもある。
パブリックコメント結果公示案件詳細

一般の方はISOなどに縁もゆかりもないかもしれない。少し説明すると、現在ISO規格に基づく認証制度というのが民間レベルで広く世界中で行われている。残念ながらその認証の信頼性が低いので、行政機関としてもなんとかしなくちゃと考え、しっかりせよと檄をとばしたというところだろう。
もちろん、ISO関係者にはそんな説明は不要で、このガイドラインでどう変わるんでしょうね?と問えば、みなさん、ああだこうだとさまざまなご意見を返すはずだ。
本日の出し物は、このガイドラインに対する私の言いたい放題である。

まずいったいなんで経済産業省がこのようなガイドラインをだせる立場なのか?という疑問がある。ISO認証制度は完全な民間のシステムである。法律で決まったものではなく、民間が作ったデファクトスタンダードの仕組みに過ぎない。
ちょっと考えてみてほしい、
例えばエコステージやKESに対して経済産業省がガイドラインを出せるものだろうか?
エコステージは完全な民間の制度、ISOだって同じである。違いはドメスティックかグローバルか、メジャーかマイナーの違いだろう。
実際パブリックコメントの中にもそのような意見があった。
『経済産業省が、法律上の根拠が無いなかで、どのような立場で本ガイドラインを提示し、実行を期待するのか正当性が明確でない。「国際的なMS 規格認証制度の日本国内における健全な運用を確保することが、日本の国益に資する。」ということか。』
まさしく同意である。
ガイドラインであるので述部は「検討すること」「努めること」「行わないこと」となっている。いかなる根拠によってそのような命令する権利があるのか私は知りたい。

ガイドラインが存在できる理由そのものから疑問であるが、それは別途検討することとして、内容について考えてみる。 以下の項番はガイドラインに合わせて記述している。

2.認証機関に係るガイドライン
(1)認証に係る規律の確保
このガイドラインを書いた方は、会社や工場でだまされないように、しっかりと目を見開いて審査をすれば信頼性が上がると考えているようだ。
現実の審査において、審査員は虚偽のエビデンスでだまされているのだろうか?
そして現在の第三者認証が信頼されていないのは、ISO審査で審査員がだまされているからなのだろうか?
私はどうもそうではないように思う。
審査において規格適合かどうか、しっかりと見ていないからではないのだろうか?
要するに不祥事が起きようが起きまいが、虚偽のエビデンスを見せなくても、第三者審査が審査を受けている会社や工場からも、一般社会からも信頼されていないのである。
そういう実態把握がまず不足している。

(2)審査員の質の向上と均質化のための取組の推進
『認証機関は審査員の質の向上に努めること』とある。審査は審査員によって行われると考えるのは前世紀の思想であると私は何度も語っている。審査は審査システムによって行われるのである。ならば審査の質向上のために、認証機関は審査システムの向上に努めなくてはならない。
つまり、審査員の教育だけでなく、判定委員会の力量向上、営業マンの力量向上も必要だろう。管理者、管理システムの向上も必要だろう。
審査員だけを改善しても良くなるはずがない。
パブリックコメントの中にも
『審査員の質及び審査機関の質の向上のため、認証機関の判定委員会の公開を提案する。』とか『認証は判定委員会において決定されるため「判定委員会のメンバーの質向上と判定についての審議の実効性向上を要請する」を追加すべきであると考える。』という意見もある。
それに対する回答として『判定委員会の重要性はいうまでもありません。ご指摘の点は、本ガイドラインに基づき関係者が議論を進める上での検討事項の一つと考えます。』とか『ご指摘につきましては、今後の取組みにあたっての参考とさせていただきます。』と軽く受け流している。
それで良いのか?

認定機関にも注文を付けているがどうも納得できない。
3.認定機関に係るガイドライン
(3)有効性審査の徹底
ここで有効性審査とは次のように定義している。
『規格適合性だけでなく、規格がシステムとして有効に機能しているかどうかを、パフォーマンスが向上しているかどうかで判断する審査のこと』
私が愚行するに、どうもJABやISO17021がいっている有効性とは異なるような気がする。
しかし、私に理解できないことがあります。
ISO14001序文では『この規格の採用そのものが最適な環境上の成果を保証するわけではない』と明記してあります。
Adoption of this International Standard will not in itself guarantee optimal environmental outcomes.
規格を満たしてもパフォーマンス向上を保証していないのに、パフォーマンスが向上しなければシステムが規格適合でない、適合でないから認証しないとは・・矛盾しているような気がします。
言いかえれば、ISO規格を満たせば、パフォーマンス向上を保証してくれるのでしょうか?
そもそも、パフォーマンスを向上させるにはシステムだけではだめなのです。

小話を思い出しました。
公共料金を値上げしないと公約した政党が政権をとってから言いました。「値上がりしないものを公共料金という」
小話その2です。
ISO規格は深淵で理解困難なのです。だから誰にもどんなものかもわかりません。わかっていることは「パフォーマンスが向上している会社、工場はISO規格適合」なのです。そして、どんなに素晴らしい仕組みであっても、パフォーマンスが向上しないのは規格を満たしていないのです。パフォーマンスは規格適合を測る代用特性だったのです。
となると、ISO規格とは品質マネジメントとか環境マネジメントの規格ではなく、経営品質賞とかデミング賞のたぐいだったのでしょうか?
会社を良くするためにISOに見合ったシステムを作るのではなく、会社が良くなればISO認証されるとなると、目的と手段、原因と結果、前後が逆なような気がします。

いずれにしてもこれが審査基準になりえるのか否か、はたして可能なのだろうか?
現在ISO審査はISO規格、ISO17021、IAF基準、JAB基準、認証機関の基準が積み重なって審査基準が構成されている。
経済産業省のガイドラインはこのどこに位置するのだろうか?
まさか経済産業省のガイドラインがIAF基準以上のレベルに位置するはずはないから、JAB基準を改定して盛り込むのだろうか?
しかし、このガイドラインはJAB認定を受けていなくても日本国内で活動する認証機関すべてに適用するというのだから、それではこのガイドラインを適用する論理的根拠にならない。
やがて業を煮やした経済産業省はこのガイドラインを適用する法律を作るのだろうか?
それはそれで一つの選択肢であるが、その時点で民間の任意制度であるISO認証は終焉する。と同時に、日本でのISO認証はグローバルスタンダードでなくなるというわけだ。

(4)MS認証制度の積極的広報
原点に戻って考えてみよう。現在のISO認証制度が信頼されていないのは広報不足によるものだろうか?
私が考えるに、どうもそうではないようだ。
認定機関に求めることは積極的広報ではなく、しっかりした認定審査と間違いのない認定作業であろう。それこそが認定機関のお仕事である。
もちろん認定も認証と同じく、認定審査員だけで行われるものではない。認定の仕組み、たとえば事前予告なく抜き打ちで認定審査を行うような方法に変えないと、認定審査の信頼性向上は期待できない。

(5)MS認証に係る情報の積極的提供
認証を受けた会社や工場のさまざまな情報公開をするべきだとISO14001を例にあげて求めてる。たとえば環境目的、環境目標、著しい環境側面、規制を受ける法令など
これも前述したように、現在のISO認証制度が信頼されていないのは認証を受けた会社や工場の情報公開不足によるものだろうか?
そうではないようだ。
品質管理ではなぜなぜを5回繰り返し問題の原因を突き止めなさいという。どうもガイドライン作成者はなぜなぜ分析が足りないように思う。

ISOに関わっていると自称する方なら、このガイドラインを絶対に一読しておかなくてはなりませんよ。
実際言えばガイドライン本文より別紙である『マネジメントシステム規格認証制度の信頼性確保のためのガイドライン(案)」に対するパブリックコメントに頂いたご意見概要及びご意見に対する考え方について』の方が興味深く、読んでためになる。
32の個人や団体から約100件のコメントがあったそうだ。その中には採用されたものもあるし、『ご意見ありがとうございます』と門前払いを受けたものもある。
なぜか、採用されないもののほうが理にかなっているような感じがするものが多い。
ちなみに私も数件コメントをつけたが採用されたものも、リフューズされたものもある。
弊ウェブサイトでメディア・書籍などから引用する場合は、リンクの条件を満たすこととしております。



名古屋鶏様からお便りを頂きました(08.08.03)
経済産業省のガイドライン、読ませてもらいましたが・・。
色々と筋違いな件については佐為様のおっしゃられる通りとしても。
ひとつ気になるのは、「パフォーマンスの向上」の定義です。彼らの言う「パフォーマンスの向上」とは「絶対量の削減」なんでしょうか?それとも「効率性の向上」なんでしょうか?
@効率性の場合
正直な話、効率性の指標である「原単位」ってヤツは意外とクセモノで、分母に「売り上げ」を用いると改善効果よりも売り上げの増減の方が(通常は)振幅が激しいので、波に飲まれる格好になってしまい、効果がイマイチ見え難いという難点があります。
つまり、改善活動をやってなくとも売り上げさえ上がれば「規格適合」状態なわけですし、その逆もあります。
分母を「床面積」にしても操業時間が一定しませんしね。
「生産量」という手もありますが、毎年同じ物だけを作り続ける企業なんて、現代では少数派でしょうね。
何れにしろ、指標としては公平性に欠ける気がします。
A絶対量の場合
「温暖化対策(とやら)」や「最終処分場の狭小化」にしてもそうですが、企業等の排出絶対量が減らないことには意味がありません。
しかし、それが定義となると左前の会社は全て「規格適合」ってことに・・。
適合したくないなぁ、そんなのw
結局、こちら(企業側)としては「オレ様が評価してやるから有難く思え」という権力者同士のしょーもない綱引き合戦から一線を引いて、自分の所の組織にとって本当に必要な改善に徹した方が、「カネになる」と思うんですがね。

名古屋鶏様 毎度ありがとうございます。
パフォーマンスの意味、私には良くわかりません。有効性という言葉も人により認証機関により見解が異なるようで、パフォーマンスとなるともうあいまいが増すばかりです。
ただ、気になることが一つ、
ガイドラインは経済産業省だけで作っているわけではなさそうです。三月ほど前、某認証機関のエライサンと飲んだ時、わしも関わっているんだと語っていました。
ここから完全な想像ですが、
現在JABとか国内の認証機関の懸念は、ノンジャブと呼ばれるJABの認定を受けていない海外系統の認証機関とかまったく認定を受けていない認証機関の安値攻勢のようなのです。
ということは、このガイドラインの真の狙いは、認証制度の信頼性をあげることではなく、日本国内の認証ビジネスに対する規制強化、それもJAB認定の認証機関の連合によるものかもしれません。
そう考えると、パフォーマンス向上なんてどうでもよいのかもしれませんね?
水戸黄門らしく、もう少し様子を見てみましょう。

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