ケーススタディ 内部監査 09.11.17

今日は平目と山田は内部監査である。今日の対象部門はふたつ、二人は一緒に行くが、平目は総務部を担当し、山田は情報システム部を担当することとした。平目は山田が一人で監査できるのか、その腕前を見ようというわけだ。
環境担当役員から今年度の重点点検項目が示されており、また過去の監査結果を踏まえて二人はそれぞれ計画を練ったつもりだ。



総務部に行くと、田中部長が出迎えた。部長のほかに、飯山課長と廃棄物担当の金子主任の三人が出席している。
「やあ、平目さん今年もお手柔らかにお願いしますよ。」
鷽八百機械工業環境方針
当社は産業用機械の各種部品の設計・製作を行ない、社会と環境改善に貢献しているが、この生産活動に使用するエネルギー・原材料の消費、廃棄物の排出によって環境に負荷を与えている。当社はこの環境方針に基づき環境活動を推進する。
環境マネジメントシステムの継続的改善及び汚染の予防を推進する。
・・・・・・・・・・・
「これは部長自らご対応ですか、恐縮します。恒例のことですから、早速行きますよね。
環境方針を部内にどのように周知していますか?」
今年度は環境方針は改訂がなく、年度首に昨年の継続ということを通知しました。 とはいえ、方針カードもくたびれたので新規に作成して全員に配布しました。飯山君持っているか?」
田中部長は総務課長に声をかけた。
飯山課長は胸ポケットから名刺サイズのカードを取り出して、平目に見せた。

「おお、しっかりと周知されていますね。お宅では派遣社員の出入りも多いでしょうけど、そのへんはどうしていますか?」
「来た週に、安全や各種手続きなどの教育を行いますが、環境についても方針カードを配って環境の大切さを意識付けしています。」
「その教育の記録はありますか?」
「ハイ、これが今年度のもので、派遣社員は3名が辞めて、4名が新規にきまして、えーと、ああここにありますね。6月に1名、8月に1名、9月に1名、教育した日と時刻、講師、何を教えたか、理解したかを講師が確認して大丈夫かどうかをここに○を付けています。」
「いやあ、大変結構です。では、総務の環境側面の表はありますか?」
「はいこれです」飯山課長がすぐさま取り出した。
「昨年から変わったところはありませんか?」
「ありません」飯山課長の素早い反応
「総務の該当法規制一覧表はありますか?」
「はいこれです」またまた飯山課長が素早く取り出した。
「昨年から変わったところはありませんか?」
「ありません」またもや飯山課長の素早い反応
「環境実施計画はと・・・総務部ではオフィスの電気とゴミ削減を目標としていますが、進捗はどうですか?」
「既に環境保護部に報告済みですが、電気は天候不順の冷夏でクリアしています。ゴミ削減は計画未達です。なにせもう打つ手がありません。もう限界かという気もします。」
「それは是正処置で伺いましょう。教育計画はありますか?」
「ハイ、総務課の全部員に対して行った教育計画と記録です。次は文書管理でしたよね?」
「いやあ、飯山課長、もう全部そらんじているとはプロですね!」平目はお世辞を言う。
「・・文書管理もOKです。では次は順守評価についてお聞きします。」
「総務部の順守評価チェック表です。該当法規制について点検し問題なかったので○印をつけて報告しています。」と金子主任
山田はつい声を出してしまった。
「金子主任、廃棄物処理法に○印がついていますが、廃棄物処理法といっても廃棄物処理委託契約書、マニフェスト票の記載内容、その回収期日、定期報告、看板などチェック項目はたくさんあると思います。その○印はそういった規制の何を見てOKと判断したのでしょうか?」
「ハア? 我々はそういった細々までは見てはいませんが、常日頃しっかりと仕事をしていると自覚していますので、大丈夫と判断しています。」
金子は鳩が豆鉄砲をくらったように驚いてそう応えた。
「山田君、そんなつまらんことはいいのだよ。特管産廃の講習を受けてきたからとそんなに力むことはない。」
平目が山田をとがめた。山田は黙ってしまった。
「是正処置ですが、先ほどゴミが減らないとのことですが、どういった是正処置をとったのでしょうか?」平目は再び調子を戻した。
「まず本社の全部門に分別の再徹底を周知しました。それから毎週末に一フロアづつのパトロールをしています。分別が悪い部門には改善を要求しています。従来は環境担当者レベルに注意していましたが、今回からは部長に対策するように依頼しています。」
金子は胸をはって答えた。
「いやあ、すばらしい、結構ですね。本日の監査には部長以下、ご対応いただきありがとうございます。総務部の運用は完ぺきで問題ないことを確認しました。今年度の監査の結果は指摘事項なし、改善提案もありません。以上でよろしいでしょうか。では総務部の内部監査を終わります。」
この応答を読んで笑った人がいるかもしれない。こんな内部監査をしている人がいるはずがないと思った人もいるだろう。しかし日本国内のISO14001の内部監査の4割はこの程度だと私は推測している。
あるいは  この問答を読んで、どこが悪いのか分からない人さえいるに違いない。


総務を出て、山田は情報システム部のハードウェア管理課という部門に行った。
「山田君、監査対象は情報システム部全体じゃないのかい?」平目は不服そうだ。
「ハイ、あまり大きくとらえてもしょうがないと思いまして、抜取して一点集中で行こうと考えました。」

メガネをかけた小柄な女性が出迎えた。
「ハードウェア管理課長の加藤です。」
山田は多分自分より若いであろう女性の加藤が課長をしていることに、ちょっと嫉妬を感じた。
「環境保護部の山田です。よろしくお願いします。応対者は加藤課長さん一人でよろしいのですか?」
「この部門のことは私が一番知っていますし、皆忙しいので・・・一人ではまずいですか?」
「いえいえ、そんなことはありません。では早速始めてよろしいでしょうか。」
「その前にコーヒーが良いですか?お茶がよろしいか?」
「お茶をお願いします。いや私も一緒に行きましょう。」
山田は平目を置いて、加藤と一緒に給茶器から紙コップに3人分お茶を注いで持ってきた。
「さて、加藤さん私はつい最近まで営業にいましてね、お宅の部門のお仕事を知らないんです。まず仕事の概要から説明してくれませんか。」
「情報システム部というのは80人くらいいます。システム開発や社内で使うビジネスソフトなどを検討している部門と、セキュリティ部門、そして私のところは社内のサーバーやパソコンなどの機器の購入から廃棄までの管理をしています。私の課は派遣社員を含めて20人います。」
「なるほど、じゃあサーバーがダウンしないよう24時間体制なのでしょうか?」
「以前はそうでしたが、今はかなりシステムがしっかりしてきたのでそのようなことはありません。でもメンテナンスなどは休日に行うのが当たり前ですね。実際には休日でも仕事を止めるなと言われていて休日の夜に行っています。」
「そりゃ大変だ。お宅の部門では機器の管理と電力の管理が重要というわけですか?」
「環境という観点から見ればそうかもしれません。しかし実際にはセキュリティとシステムダウンさせないことが最重要ですね。サーバーが使っている電力を5%削減したところで、トラブルでみなさんに迷惑をかけては意味がありません。」
「なるほど、セキュリティとおっしゃいましたが、物理的なことと、ネットワークからの侵入もあるのでしょう?」
「それよりも一番問題なのは社員の故意あるいは過失による漏洩ですね。大きな声で言えませんが、この管理課でも各担当者が必要以外の機器やネットワークにはアクセスできないようにパスワードや物理的セキュリティを厳重に管理しているのです。」
「なるほど、業務におけるプライオリティがあるのですね。パソコンの廃棄にも気を使っているわけですね。」
「多分環境の方は、パソコンもリサイクルとかおっしゃるのでしょうけど、現実にはリースアップした3年後とか4年経ったパソコンは売れませんからリース会社に返却しても廃棄物になるしかありません。だから私どもではリース会社と協議して、ハードディスクを社内で物理的に破壊してからリース会社に返しています。それをいけないとは言わないでしょうけど。」
加藤はかなり防衛的発言をする。
「いえいえ、そんなことはありません。職場で使っているパソコンの省エネはむずかしいのでしょうか?聞くところによるとオフィスのエネルギーの3割はパソコンなどOA機器といいますので。」
「windowsの場合パソコンの電力はCPUのクロック周波数に比例しますからね。山田さんもスピードの遅いミニノートで仕事したいとは思わないでしょう?本当を言えば大量のデータを処理するとか、画像処理などの仕事は一般のオフィスではありません。仕事の9割がワープロとメールと簡単な表計算なのですよ。ある程度の性能で納得してくれれば電力も下がるし、ハードのお値段も手ごろなんですけどね・・」
「職場で使っているパソコンを自動的にスリープモードにするとかできないのでしょうか?」
「今はセキュリティの設定を厳しくしているので、立ち上がりにチェックが入ったり、ログインの際に何度もパスワードを打ち込んだりと面倒なのですよ。それで短時間席をはずしただけでスリープモードになるとか、電源OFFする設定に抵抗があるのですね。」
「グリーン購入などはどうなのでしょうか?」
「IT機器はみな横並びですから、買い手が明示するまでもなく6物質対策は当然の世界です」
「サーバーの停電対策はどうなっているのでしょうか?」
「このビルはインテリジェンスビルじゃないんです。つまり無停電の電源供給がありません。ですから私どもではサーバーには専用の発電機と専用の空調機を設置しています。発電機はキュービクルタイプのガソリンエンジンで消防法上では指定数量の1/5未満なので届は不要です。もちろん火災予防として消火器などは設置しています。」
「消火器はハロンなのですか?」
「いえ炭酸ガスです。UPSや消火器の点検は専門業者が年に2回来て、私が内容を見て支払いをしています。私は消火器を使う状況になったことがありませんので、ハロンと炭酸ガスの良い悪いはわかりません。」
「そんな状況になってほしくないですね。空調機はどうなのでしょうか?」
「室外機のファンのモーターは小さいので騒音規制法の届け出は必要ではありません。もちろんそれを考慮して小さいものを選定しているわけです。」
「なるほど、それでは最後ですが、お宅の今年度の方針とか重点活動項目を教えてください。」
「部の方針が『スマートなシステムの提供』で、私の課のモットーは『ショーマストゴーオン』です。システムを決して止めないで快適な環境を提供することが仕事です。これは全員に周知されていると思います。女性にも、必要な場合は休日、深夜勤務することに納得してもらっています。私たちは与えられた任務を100%果たすことに努めています。でも環境という切り口からはどうなのでしょうか?」
「加藤さん、ありがとうございました。お話を聞いて、知りたかったことはみなわかりました。今後とも当社のシステムのお守りをお願いします。」

部屋を出てから平目は皮肉っぽく聞いた。
「山田君、あれが営業流の監査かね?」
「いや平目さん、ああいうスタイルをプロセスアプローチというんですよ。私としてはISO規格の4.1から4.6まで18項目は漏れなく聞き取りしたつもりです。」
山田は屈託なく応えた。



本日の課題
次のことを考えてみましょう。
(1)項番順監査とプロセスアプローチ監査の得失を考えましょう。
(2)あなたの会社では項番順(演繹的)監査ですか?
 それとも、プロセスアプローチ(帰納的)ですか?
(3)どちらにしても、なぜその方法を選んでいるのでしょうか?



ぶらっくたいがぁ様とのやりとりでございます(09.11.17)
この応答を読んで笑った人がいるかもしれない。こんな内部監査をしている人がいるはずがないと思った人もいるだろう。しかし日本国内のISO14001の内部監査の4割はこの程度だと私は推測している。
あるいはこの問答を読んで、どこが悪いのか分からない人さえいるに違いない。


もう絵に描いたような内部監査「ごっこ」で爆笑させていただきました。
いやいや、笑ってはいけませんね。数年前はウチもこんなだったですから。
もし私が監査員で、ツッコミ質問というかイジワル質問をするとすれば、こんなところでしょうか。
  ↓
「ハイ、これが今年度のもので、派遣社員は3名が辞めて、4名が新規にきまして、えーと、ああここにありますね。6月に1名、8月に1名、9月に1名、教育した日と時刻、講師、何を教えたか、理解したかを講師が確認して大丈夫かどうかをここに○を付けています。」
「そのときは理解していることが確認できたとしても、例えば一ヵ月後に再質問したら受講者が忘れてしまっていたとしたらどうするのですか?」
「え? 講師が一ヵ月後にやって来てまた質問するなんてことはありえないのですが」
「じゃあ、講師でなくても所属課長でもいいですよ」
「いや、教育・訓練の“有効性の評価”は教育実施者がすることになっていますから、それは責任・権限の逸脱というか、手順書への違反になってしまいます」
「でも、何よりも大切な環境方針の周知・徹底に係ることでしょう?
もしその人が忘れてしまっていたら、非常に困ったことになるのではないですか?」
「はあ、たしかにそうですが、それが実務に直ちに支障が出るとは考えにくいんですけど」
「では実務に支障がないようなことを、わざわざ講師を手配して時間を割いて現場の作業者に“教育・訓練”するのはなぜですか?」
「私が決めたことではないのでそれはわかりません」
「では、他にどんなことなら絶対に周知しておかなければならないとお考えですか?」
「それは、○○を必ず○○することとか、□□を□□するときには△△であることを確認するとかです」
「それはちゃんと周知できていますか?」
「これがわかっていないと仕事は任せられないですから当たり前です。第一そんなことは“ISOをする”前からやっていることです。それに“スコープ外”のことですから、教育記録もとっていません。これって記録の不備として指摘されますかね? そんなことないですよね?」

うーん、改善すべき根本的な問題がたくさん潜んでいるようです。
もう絵に描いたような内部監査「ごっこ」で爆笑させていただきました。

ステレオタイプ、雛形、紋切り型、まあこういう内部監査をしょっちゅうみかけます
内部監査員検定ってどんなものなのでしょうか?
知りたいわ 
それどころか、互いに昔から顔見知りなのに自己紹介から始めるところもあるようです。
監査側と被監査側の座る位置を書いたチェックリストを見たこともあります
もう、バカか、アホかと・・・ORZ
様式美ここに極まりですな。
まるで能の世界の話みたいです。


リス様からお便りを頂きました(09.11.20)
ケーススタディ内部監査
拝読いたしました。
笑えないです。
内部監査員にもよりますが、まるで、この通りに監査を進める監査員たくさんいます。
私は事務局として立ち会っていますが、「早く終わらせたい」という被監査部門や監査員のオーラが漂ってくると、こんな表面的な監査ではいけないと思うけど「まあ、いいか」という気持ちになってしまいます。
もっと、本質的な監査をしたいです。
自己紹介から始めるのは、「親しき仲にも礼儀あり?内部監査を始める前のあいさつ(「おはよう」というのとあまりかわらない)」だと思っていたので、あまり違和感は感じませんが…。

リス様 毎度ありがとうございます。
まあ、挨拶はどうでもよろしいかと思います。私の場合は監査が仕事で毎日と言っては大袈裟ですが、毎週二日ないし三日はひとさまの会社を訪問して監査をしております。そのとき、何度もお会いした方もいらっしゃいますし、初対面の方もいらっしゃいます。
だから相手との親近感に合わせて挨拶しております。
でも、内部監査であればどうでしょうか?
ところで私の場合、一番気を使うのは以前会った方に名刺を出すことですね。これは失礼極まります。相手が俺を覚えていないのか?という顔をします。
ボケ老人にはつらいひと時・・


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