第三者認証の終焉 10.12.26

昔1992年にフランシス・フクヤマが「歴史の終焉(おわり)」という本を書いた。ぎょっとするようなインパクトのある題名ですね。ここでいう歴史の終わりとは人間が滅亡してしまうということではありません。1992年とは、まさにソ連が崩壊したときであり、それまでの一世紀近く続いたイデオロギー対決の歴史が終わり、平和で安心できる経済発展の時代が続くだろうということです。そうなれば世界にはドラスティックな変化はもう発生せずに、節目のない時間が過ぎていくだけだという論でした。
まさにハルマゲドンの世界観といえるでしょう。フクヤマさんは日系人ですが、キリスト教的発想があったのかもしれません。
もちろん現実はそうはならず、イデオロギーの代わりに宗教や経済格差の不満の増大、テロの多発、環境問題、資源戦争など歴史は継続しています。

何事にも始まりはありますし、おわりもあるでしょう。この世に生を受けた人は間違いなく死にますし、永遠に続いた国家もない。中国4千年といいますが、あれはひとつの国家がずっと続いたわけではなく、ひとつの場所に人間がずっと住み続けたということに過ぎません。
日本は1,500年くらい連続してひとつの国家が存続しているので、世界的にも珍しい長命な国家です。ちなみに鎌倉、室町、江戸時代というのは政権交代であって、国家体制が崩壊とか消滅したわけではありません。その証拠に、源頼朝も菅直人も天皇に認めてもらって政治に当たっているのです。
そもそも歴史という言葉もいろいろな定義がありますが、単なる出来事を書き連ねたものではなく、「人間世界を個人が体験できる範囲ではなく時間と空間を包括的にとらえて体系的に記述したもの」ということらしい。
歴史というものは人類が発祥した時からあるのではなく、その起こりは中国の王朝が自分たちの権力を正当化しようと神から権力を与えられたというお話を書いたものに始まると聞く。その意味でアメリカには歴史はないという説もある。
古事記を読むと恋愛とセックスと人殺しのオンパレードで、日本の歴史は国家権力を正当化しようとしたのではなく、恋愛小説、ポルノ小説、犯罪小説のごった煮であるように思える。
ともかく、形あるものすべて壊れ、形がないものにも終わりはある。なにせこの宇宙にもおわりはくるのですから。

第三者認証制度の信頼性が落ちているといわれて早7年になる。
何をもってその始まりとするかということも難しいが、とりあえず公式な報告書である「日本工業標準調査会 適合性評価部会 管理システム規格適合性評価専門員会報告書」(2003年7月)を紀元としよう。この中で負のスパイラルというこれまたインパクトのある表現が使われた。

実を言って、本当に第三者認証の信頼性が落ちているのかどうかは定かではなく、いやそれ以前に信頼性というものの指標がなにかさえはっきりしない。的確に定義されていないものを、あがった、さがったというのも不思議なことである。しかし大人は細かいことにこだわってはいけないのだ。
とりあえず第三者認証の信頼性が落ちていることにしよう。なにせ経産省も日本適合性認定協会も、あまたの認証機関もそう言っているのだから、そんなことはないと否定することもない。
自分で頭が悪いといっている人に、あなたの頭はいいですよとわざわざ言うこともあるまい。

本日はタイトルにそむかずに、第三者認証制度がいつまで続くのか、いやいつ終焉を迎えるのかを考えたい。
だいぶ前、正確には2年半前にISOの景気動向指数なんて駄文を書いた。
その駄文では第三者認証制度の指標として複数提案をしたものの、いつどうなるかまで言及していなかった。本日はその続きである。
あのとき以降、QMSもEMSも認証件数は減少を続けている。直近の2010年の12月10日から12月20日の10日間でJABに登録しているISO9001の件数はなんと500件減少、月にすると1500件のペースです。今までは月々数十件でしたから、いくらなんでも10日間で500とは驚きました。もちろんこれは特段の理由があるのでしょう。もしこのペースで減少したら4万件の登録は2年間でゼロになります。
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織田信長が妻に「一万の兵がいて一回の戦(いくさ)で千人が死んだら、何回戦をすれば全滅するか」と問うて妻が「10回でしょう」と答えるのを聞いて笑い、「3回も戦えば残りの兵は逃げていなくなる」というのを何かの小説で読んだことがある。
2010年末現在の登録数は37,434件ですから、織田信長の理屈でいけば26,000になったら、そのときまで認証登録していた企業はいまさら認証していても意味がないといっせいに返上してしまうのでしょうか。いや、登録件数のピークは2006年末で43,564件でありましたから、この7割としますと、3万になる時が終わりかもしれません。仮に3万と仮定すると、過去半年の減少数1,200から予測すると6年、直近の減少数から推定すれば半年になる。いくらなんでもISO第三者認証の終焉が半年先ということはありえないだろうとは思う。
ISO9001やISO14001と、ISO第三者認証制度とはまったくの別物である。お間違えないように、
もちろん登録件数が3万だっておわりじゃない、件数が少なくても十分意義があるというご意見もあるだろう。実際に登録件数が3万に達したのは2003年のことであり、その時のISO9001認証の社会に対する意味があったことは言うまでもない。ここでは一例としてあげたのであって、もっと良い終焉の定義を提案されることを期待する。

ではその他の指標から第三者認証の終焉を予測してみよう。
ISO審査員の登録者数は実は分かりません。日本規格協会の中にある、ISO9001審査員登録センター(JRCA)が登録数を発表しないからです。情報公開の時代に逆行しているようです。
私の持っている情報は、JRCAのウェブサイトに登録数をアップしていた08年頃のデータしかない。当時ISO9001審査員の総数12,000人で時間とともに減少していたが、審査を職業としている主任審査員と審査員は約3000人で、その数字は当時でもほとんど減少していませんでした。減っていたのは審査員補の数です。将来審査員になりたいと思っていた審査員補が見込みなし、お金の無駄と登録をやめたからのようです。
いい加減な推定をフェルミ推定というらしいが・・本当は違うよ  ここで登録している組織数が3万として、一組織の審査工数が審査員3名1.5日と仮定すると、年間の総審査員工数は13万5千日、審査員が年間90日現地審査をするとして、1,500人いれば間に合う。となると今でも審査員は多すぎるのかもしれない。

ちょっと違いますが、内部監査員検定なんてものがあります。始まったのが2009年、一回目、二回目の試験は大勢が応募して順調のようだったが、三回目で息切れし4回目は??

ISO関係の出版数も減るばかりです。私がISOに関わったのは1991年、当時はISO9001の参考書もなにもありません。なにしろISO9001そのものでさえJISZ9901として制定されたのがその年の終わりでした。
ISOに関する書籍が洪水のように出版されたのは96年頃からです。実を言いまして、本日の駄文を書くにあたってタイトルあるいは副題にISOとある書籍を調べました。そして「ねじの規格」とかマネジメントシステムに関係のない書籍を除いたグラフが下図の通りです。

isohon.gif
このグラフを作るのに2時間ばかりかかりました。
しかし作った甲斐はありました。何事かを語るとき情報、知識があれば自信を持っていえます。
エクセルは近似曲線まで描いてくれました。近似曲線によると出版件数は2004年頃を頂点として2014年にゼロになる見込みです。そんな未来ではありません、たった3年先です。
第三者認証にからまるものは総じて順調ではないようです。順調ではないのを不調というのでしょうか?

ISO第三者認証制度は品質と環境だけでないという声もあるだろう。もちろんそのとおり。だがこの二つ以外の登録件数は微々たるものだ。JABをはじめとして審査員登録機関、審査員研修機関、そしてその周りに群がるコンサルや出版関係者などを食わしていくにはちょっと力不足である。
私の予想が幸運にもはずれて、第三者認証制度が永続しても、ISO業界とかISOビジネスと呼ばれる金儲けの仕組みは消滅するだろう。
とはいえそれが真のISO第三者認証制度復活につながるかもしれない。
そんなことが来年の初夢かもしれない。



ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(2010.12.26)
ちょっと違いますが、内部監査員検定なんてものがあります。始まったのが2009年、一回目、二回目の試験は大勢が応募して順調のようだったが、三回目で息切れし4回目は??

というわけで、ISO業界を救う次のメシの種は「第二者監査講習」です。
もちろん、講習会で稼いだ後は「第二者監査員検定」の登場です。
って、ホンマかいな。^^;

たいがぁ様 コメントありがとうございます。
第二者監査はISO規格しか知らない人には絶対できません。
なぜなら依頼者があって、その依頼に応えなければ存在価値がありません。
とはいえ、世の二者監査をしている人の9割はそういう意味さえ知らないでしょう。
己の仕事の目的を知らずに職務を達成することは不可能で、よって二者監査が遂行できる人はあまりいないことは間違いない。せいぜいが規格適合監査をしているだけでしょう。
それでオマンマが食えるのかといえば、まあ、期待水準が低いからこそなんとか生きているのでしょう。
まあ、人生いろいろ、二者監査いろいろ


ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(2010.12.27)
私が思うに、第二者監査の力量を講習やセミナーでアップさせるなんてできないと思います。ましてや検定なんてナンセンス。
なぜなら、第二者監査に必要なことは監査依頼者のリクエストに応えること、すなわち施主が注文した通りに製品又はサービスが設計・製造されているかを調べることですから、それに必要な力量のほとんどは固有技術であるはず。ISO規格なり監査手法というものは管理技術ですから、お呼びでない。
というわけで、講習や検定など一意の基準に基づいて教育することなんてできやしないというのが私の考えです。

毎度ありがとうございます。
おっしゃるとおり! と言ってしまえばオシマイなので、若干突っ込みを
別に二者監査でなくて、内部監査であろうと、第三者審査であろうと 力量を講習やセミナーでアップさせるなんて できるはずがありません。
二者監査でそれが目立つのは、依頼者への報告に責任を負うからです。
おっと! ということは内部監査や第三者審査では依頼者への報告に責任を負わなくてよいのだろうか?
なんか、そんな気がしますね 


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