ケーススタディ 子会社ISO認証する

12.03.17
山田が朝、書類受けにたまった書類をチェックしていると、子会社の鷽エレクトロニクスから「ISO14001を認証しました」という挨拶状があった。挨拶状を見るまでもなく半月ほど前、先方の担当者から審査でOKがでましたというメールをもらっていた。
聞くところによると、この会社は鷽八百社が子会社に対して行っている環境監査でいろいろと遵法上の問題があり、管理レベル向上のためにISO認証しろと、平目がだいぶ圧力をかけていたと聞く。それは2年ほど前だったらしいが、平目さんの在職中に認証できなくて残念だったろうと思いが浮かんだ。
挨拶状をながめていると下の方に、廣井の字で「山田君へ、一度、鷽エレクトロニクスにいって状況を見て来い」とコメントがあった。

山田が廣井の方を見るとアイソスなんて雑誌を広げている。のどかなものだと思った。もちろんそう見えるだけで、廣井がしっかりと仕事をしているのを山田は知っていた。そもそものんびりできるということは仕事をしている証拠だ。
山田は廣井の机に行った。
「廣井さん、鷽エレクトロニクスの件ですが・・・」
山田が言いかけると、廣井はアイソス誌を放り投げてニコニコして口をきった。
「そうそう、頼むよ。平目さんが鷽エレクトロニクスの工場管理レベルを上げようと一生懸命だったからね。山田君にぜひ認証が環境管理レベル向上につながっているかを見てきてほしい」
「そう言われても漠然としているのですが」
「山田君だってもう一人前なんだから、君が考える基準でいいよ」
廣井はそれだけ言うとまたアイソス誌を手にして読み始めた。
山田はまあしょうがないと自席に戻った。ある意味、山田をテストしようとしているのだろう。どちらにしても親会社としては子会社の状況を把握することも必要だ。

山田は鷽エレクトロニクスに行ったことがなかった。イントラネットの子会社の情報ページを探して、はたしてどんな会社なのか眺めた。
イントラネットの情報をみると、静岡に所在して従業員150名くらいで鷽八百社のNCの基盤実装を行っているとある。静岡は昔から木工がさかんで、木工機械からはじまった機械メーカーが多い。そんなところに供給する機械制御の基盤製造のために1970年頃に設立されて今に至る。
最初1970年代中頃設立と書いたが、その後、PCBが禁止されたのが1973年だから、それじゃつじつまが合わないと気が付いた。
もちろんその後、微量混入もあるし、最近では非意図的重合もあるが、まあ話を広げないようにしよう。
それから過去の子会社に対する環境監査の記録を探した。鷽八百社には約110社の子会社がある。環境は経理や輸出管理の監査と違い、環境法規制や環境施設の現場を知らないと監査ができないので、監査を環境保護部が行うことになっている。もちろん110社もの子会社を毎年監査することは不可能だし、人もいない。それで環境保護部が幹事役となり、おおむね3年で一巡するように監査を計画し、社内の工場に監査をさせている。それでも毎年40社くらいになり、4つの工場はそれぞれ10近くの子会社を監査しなければならず、けっこうな仕事量になっている。

山田は会社ごとになっている子会社の環境監査のファイルの中から、鷽エレクトロニクスのものを見つけて自席に戻った。環境負荷はあまり大きくはない。フロー・リフローがある程度で、主たるエネルギーは電気のみ、ボイラーは暖房だけだ。めっきも塗装もない。特定施設はコンプレッサーやエアコン程度しかない。過去の監査結果、種々問題があり、そしてなかなか改善されていないようだ。言い方を変えると環境負荷も少なく、事故の恐れもあまり大きくないならば、環境管理に真剣にならなかったのかもしれない。パラパラと記録をめくりながらそんなことが頭に浮かぶようになったのは山田もそれなりに成長してきたのだろう。

山田は鷽エレクトロニクスの環境課長に電話をした。子会社といっても対等の関係であり、一方的に押し付けるようなことはできない。
「あ、青森課長ですか、鷽八百の環境保護部の山田と申します。いつも、お世話になっています。先日貴社がISO14001を認証されたとお聞きしました。おめでとうございます。
そうなんですよ、平目さんは退職しましてね、平目さんは御社のことをいつも話していましたから・・これから平目さんに伝えたいと思います」
そんな話をして、山田は翌週、鷽エレクトロニクスにお邪魔する約束を取り付けた。

さて、事前準備としてなにをしようかと思ったが、なにもしようもないとも思う。なるようになるだろう。
山田は約束とおり、鷽エレクトロニクスを訪問した。
静岡といっても新幹線の停まる駅から在来線に乗り換えて、更にJRの駅からタクシーで20分ほど走ったところに工場はあった。
工業団地にあり、工場排水は集中処理を行っており、また近隣には住宅はなく、環境屋の目から見てとりあえずは安心かなと思えた。
正門にある自動受付というのだろうか、液晶モニターで訪問した旨を伝えると、ほどなく作業服を着た30歳くらいの男がやってきた。
「山田さんですか、秋田です。いつもメールではやりとりしていますが、お会いするのははじめてですね」
ISO認証したと伝えてくれた担当者だ。簡単な挨拶をした後、秋田は山田を工場の正門の反対側にある環境課に案内した。
そこで青森課長と名刺交換して、3人で打ち合わせ場に座った。
「本日訪問しましたのは、ご存知とは思いますが、過去御社では環境遵法に問題があったと聞いておりました。このたびISO認証したことにより遵法の向上が図れたかの確認にまいりました」
「山田さん、それはきついですよね、そりゃ確かに2年前と5年前の環境監査では少し問題はありましたが、工場長異動の届けをしていなかったとか、PCB機器の届出漏れなど、形式上のことで、環境事故や重大な違反といえるようなことはありませんよ。そもそも弊社には大げさな機械も危険な薬品もありません」
青森課長もいろいろ大変だろうなあと山田は言い訳を聞きながら思った。
「まあまあ、それはよく存じております。私の訪問も大げさなことではありません。本日はISOのEMSによる遵法体制がどのように強化されたか教えてください」
「まず、地元といいますか静岡のISOコンサルに依頼しました」秋田が説明を始めた。
「ほう、コンサルを使ったのですか、お金もかかったのでしょうね」
「認証まで面倒を見るという条件で、一括200万で契約しました。高いと思うかもしれませんが、会社の規則を作ってもらったり、記録の様式を作ってもらいましたので、まあそんなものかと思います」
「なるほど、まず著しい環境側面などを決めるのは大変だったでしょうねえ」
山田は自分が瀬尾製作所のお手伝いをした経験からそういった。聞くとどこでも環境側面で半年くらい時間がかかるらしい。
「いや、それがね、そのコンサルは気がきく人で、エクセルのマクロを組んだのを持ってきてくれました。そこに当社の電気とかガスとか薬品などの名称と使用量や保管量を入力すると、あっという間に計算ができて点数がでるのですよ」
ISO14001がはじまった1997年頃、そういったものを私は作った。そしてまったく無意味だと知って、それ以来そんなアホなことはしていない。

秋田は笑いながらエクセルの表をプリントしたのを広げた。
山田はザット眺めて言った。
「なるほど、数量を入れるとそれぞれの配点を参照して、自動計算して並べ替えをして上位を著しい側面と判定してくれるのですか。便利なものを作ったものですね。
オヤ、PCB機器がないようですね。御社にはPCB機器があったと思いますが」
「そのコンサルの方は、山形さんといいましたが、PCBは法規制がかかるけど著しい側面でなくても良いというのです。改善できないものは著しい環境側面としないほうが良いといいました。著しい環境側面になったものから改善目標を選ぶのですから、確かに改善しようがないものを著しい環境側面にしては後々困ることになりますよね」
../oioi.gif
青森が脇から口をはさんだ。
山田は、青森も秋田も環境側面の意味を理解していないことは間違いないと思った。山形というコンサルタントは環境側面を理解していて実用的にこのような方法を考えたのか、それとも理解していないで考案したのか判断が付かない。
いずれにしても、これではISO認証した甲斐がないようだなあという気がしてきた。
「ほう、著しい環境側面は有益と有害というフラッグが立っているのですか?」
「そうなんです、そこも山形さんのすごいところですね、量を増やすべきものが有益、減らすべきものが有害と自動的に判定してくれるのです」秋田が感心したように言う。
「なるほどねえ、ところで秋田さん、環境側面に有益とか有害というのがあるのですか?」
「山田さん、昔は知りませんが最近のISO審査では、環境側面を決定するだけでなく、有害と有益に分けないと改善をするように言われます。山形先生は審査で問題が起きないように、そのへんはちゃんと押さえているので審査はスイスイといきました。ありがたかったです」
山田は秋田の説明を聞いて、ダメダコリャと思うのだった。
「環境目的とか目標はどのようなものを取り上げたのでしょうか?」
「当社では環境負荷といえばエネルギー、それも電気だけです。ところが山形先生は、今は『紙ごみ電気』は卒業しなければならないとおっしゃって、電気はどちらにしても省エネ法で削減しなければならないということで・・御存知でしょうけど当社は第二種ですから・・まあ山形先生の指導で、電気を目的に取り上げずに、化学薬品であるフラックス削減と、暖房の重油の燃料切り替えを取り上げています」
山田はその山形さんとやらの顔を見てみたいと思う。いや彼のホンネを問いただしたいと思う。彼はコンサルとしてなにを目的にしているのだろうか。請け負った会社が問題なくすばやく認証することなのだろう。ISO規格の意図である遵法と汚染の予防などは眼中にないだろうことは間違いない。
「ご存知と思いますが、鷽八百グループでは『環境宣言2050』というものを設定しまして、グループでそれを目標に活動しています。鷽エレクトロニクスさんの目的目標はそれとは合致していないように思えますが」
山田がそう言うと、秋田はここぞとばかりに
「それはですね、山形先生が企業の環境側面をしっかりと把握して、それを改善することがEMSのあるべき姿であるとおっしゃってました。親会社など上位の方針があっても、それが当社に適切かどうかは別問題ですから」
「しかし環境目的は環境側面から選ぶと規格には書いてありませんよ。それに、ISO14001のアネックスには上位組織の方針に沿うべきであるとありますが・・」
山田はそう言ったが、秋田はその意味を理解できないようだった。
「私は山形先生の方法がセオリー通りだと思いますよ。なにしろ山形先生の指導で審査を受けたのですが、第一段階審査でも第二段階審査でも、審査員の方は、このように完璧な仕組みの会社はめったにないとべた褒めでした。もちろん不適合はありません。山形先生はこのあたりでは有名なコンサルタントなんです」
山田はだんだん気持ちが重くなってきた。ISO認証したということは事実であろうが、平目が認証しろと言ったのは免状をもらうことが目的ではなく、環境監査で問題があり、それを改善することが目的だったろうに。

「一番の目的であった、遵法の確認はどのようにしているのですか?」
秋田はまた図面に使うような大きなA2サイズの紙を広げた。
「当社に適用可能な法規制一覧表です。縦に法規制の名前が並んでいます。横軸に各部門がありまして、マス目に白丸が入っているところが該当することを意味します。そして各部門が大丈夫かどうか判断して黒く染めるのです。これも山形先生のもってきたひな形に当社の法規制と部門名を入力すると自動的に作表してくれるのです。この工業団地でも今年もう一社がISO14001認証したのですが、向こうは山形先生とは違うコンサルタントを頼んだのですが、仕事量が当社の何倍にもなって、しかも審査ではボロボロだったと聞きます。ISO認証はやはり良いコンサルタントに頼まなければなりませんよね」
山田はPCB特措法という行をたどっていった。環境管理課のところに白丸があり、そこが塗りつぶされている。
「ここにPCB特措法とあり、黒く塗りつぶしてありますが、どのようなことを点検したのでしょうか?」
「ああそれをチェックしたのは私だ。PCB特措法については、定期報告をしたかどうかを見ています」
青森課長が声を出した。
「ああそうですか、それ以外にも点検することはたくさんありますよね。報告の内容も機器の数や内容が適正かもありますし、保管場所とか看板とか日常点検とか。そういったことも点検していると思いますが」
「そりゃそうだが、すべてを点検したら日が暮れるし、このマス目には書ききれない。コンサルの先生と相談したのだが何か主たる項目を点検すれば良いというご指導だったよ」
山田の気持ちは落ち込む一方だった。

2時間ばかり話を聞いてクロージングとなった。山田は問題を放置したまま帰る気にはなれなかった。
「青森課長、秋田さん、どうも長い時間お付き合いいただきありがとうございました。貴社のISO認証の活動はよくわかりました。正直申し上げると、この仕組みが遵法を確実にしていくのか、会社にとって役に立つのかという観点から見るといささか疑問をもちました。もっと過去からの環境管理を骨とした、あるがままの仕組みにして、そして関係する法規制の順守をしっかりと確認するようなものであるべきと思うのです」
山田がそういうと即青森が口をきった。
「山田さん、そうは思いませんよ。山形先生が考えただけでなく、ISO審査でも審査員がすばらしい仕組みだと太鼓判を押してくれました。それに認証だけでなく、今後の維持管理についても、山形先生と契約して代行をお願いしているのです」
「はあ、ISO認証の代行ですか!」
山田は呆れた。ということは鷽エレクトロニクスのISO認証は、コンサルを養い審査員を養う意味だけなのか。もちろんこの会社は免状をもらったというメリットを享受しているわけだが。とはいえそれにいかなる意味があるのかわからない。へたくそなK-POPを聞いて感動するのと同じように、他の人には理解できない価値観らしい。しかし個人なら趣味ということで許されることかもしれないが、企業においては遊びじゃない、投資の効果が問われる。
山田は価値観の差は埋まらないと判断して辞去した。

帰りの新幹線の中、山田は砂をかんだようないやな思いであった。ISO認証と会社を良くすることは全然関係ないようだ。平目が鷽エレクトロニクスにISO認証しろといったのは、遵法をしっかりするためだったのだろうが、認証にはそういう効果があると思っていたのだろうか。いや平目はISOしか知らなかったので、遵法を確実にするためのよりよいアプローチを知らなかったためなのだろうか。それじゃ平目さんが悪いことになってしまうなあ〜などど考えは千々に乱れた。
熱海を過ぎたあたりでスマホにメールが入った。ポケットから取り出すと今猿(こんさる)からだった。一瞬今猿と表示されたのを見て誰か分からなかった。瀬尾さんのところで会ったコンサルだったと思い出した。あれから1年になる。
メールを開くと
『ご無沙汰しております。本日、瀬尾製作所のISO審査でした。審査員が本来業務ということをなかなか理解できなかったのですが、結果は不適合なくOKとなりました。ぜひ一献傾けたいですね』
山田は重い気が晴れていくのを感じた。瀬尾さんも連絡してくれれば良いのにと思ったが、次の瞬間、瀬尾さんは自宅と会社のメールアドレスしか知らなかったことを思い出した。今猿とは酒を飲んだとき携帯の番号と携帯アドレスを交換していたのだ。
山田はすぐに返信を打った。
「それはすごい、今猿さんのご尽力の賜物です。飲むのはいつでも。本日でもOKですよ」
数分もしないで今猿からまたメールが来た。
「それじゃ、以前飲んだ駅前の赤提灯で本日7時ではいかが」
山田は了解と返信した。東京着が6時くらい、山田と今猿が住んでいる駅まで1時間ちょうどだ。

../2011/izakaya.gif 既に例の赤提灯には今猿が来ていて、一人で焼酎をチビリチビリやっていた。
「今猿さん、久しぶりですね」
山田が声をかけた。
「おお、山田さん、おひさです。今日は本当に良かった、ホットしましたよ」
今猿は本当に肩の荷を降ろしたという感じで言った。
「審査はどうでした?」
「うん、まず、審査員が企業というものを知らないということが本質的な問題だね。『環境のために』という言葉が常について回る。会社は環境だけじゃない、一番初めに来るのはお金だ、次に人、もちろん環境もあるだろうが瀬尾さんのような工場じゃ問題が起きても近隣に迷惑をかけることはまずない。そういう実態認識がないから、環境のために良いことをしよう、環境を第一に考えてますか、環境のためならお金がかかっても良いはずだという発想になり、それが審査に現れる。そういう世の中を知らないということが問題ですね」
「環境側面の点数とか有益とかで議論にはならなかったですか?」
山田はそれが一番気がかりだった。
今猿はニヤニヤした。
「山田さん、それについては瀬尾さんも私も山田さんにしっかり鍛えられましたからね。点数とか有益という発想も、さきほどの会社の実態を知っているかいないかということに帰結するんです。機械オイルが100リットルあって、点数がいくらになりましたということにまったく意味はありません。そうじゃなく、これは燃えるか、人体に有害か、高価なのか、漏れたらどうなるのかという私たちが取り扱う立場で考えてどうかということがすべてですわ。そういう理論武装をした私たちに手向かえる審査員はいませんよ。まあ、教えてやるだけ損をしたという感じもありましたが」
と今猿は笑った。
なるほど、今猿も相当成長したのだなあと山田は心の中で思い、そしてそんなふうに思ったことを今猿に恥じた。
「実はね、今猿さん、今日は私どもの会社の子会社に行ってきたのですがね・・」
山田は鷽エレクトロニクスの一件を今猿に話した。
「私は、もう虚無感ですよ、絶望ですよ、正直背任行為だと訴えたい。会社のお金を無駄に使っただけじゃないですか」
今猿はニヤニヤしながら山田にビールを注いだ。
「山田さん、まだ若いな。私は瀬尾さんのところは山田方式と言うかガチンコでいきましたが、それだけじゃお客さんの半分は逃げていってしまいます。考えてみてください。お客さんの半分は会社を良くするためにISO認証します。お客さんの半分は商売のためにISO認証します。どちらも否定しちゃいけません。それが現実です。コンサルは正義を実現するのが目的じゃありません。お客さんの希望をかなえて自分が飯を食っていくのです。
よく言うじゃありませんか、弁護士は依頼者が無罪と信じているわけじゃないって。契約を取るために一月後に認証しなくちゃならないんだというお客さんもいますよ。まあ一月はどうかと思いますが、私は1ヵ月半という記録保持者です」
山田はビールをあおりながら、今猿のほうが大人だなと認めた。
「今猿さん、今日は本当に勉強になりました」
山田がそういうと、今猿ははあ?と不思議そうな顔をした。
「私のところの子会社を指導したコンサルも、きっと子会社の希望をかなえるように最善のアプローチで最善の指導をしたのでしょう。ただそれは親会社の希望とは異なっていたということですね。そして親会社は子会社に認証しろといったけど、その意図を子会社に理解させなかったということがすべてなのでしょう」
今猿は酔いが回ってきたのか、話題を変えた。
「瀬尾さんが今度山田さんも呼んで飲もうといってましたよ、今日は瀬尾さんは社内のメンバーと祝賀会のはずです」
「今猿さんは呼ばれなかったのですか?」
「呼ばれました。でも瀬尾さんと奥さんや周りの社員が主役だったことはいうまでもありません。私が行っちゃ主役にスポットライトがあたりません。だから遠慮したのです。とはいえ、ちょっとさびしかったので山田さんにメールしたのですよ」
山田は今猿が自分を思い出してくれたことに感謝した。

翌朝一番に山田は廣井に昨日の状況を報告した。
「廣井さん、鷽エレクトロニクスに行ってきましたがとても勉強になりました。ISO認証というのは使いこなせば有効な武器になりますが、使いこなさないと重いばかりで役に立たないということが分かりました。つまりISO認証は必ずしも有効ではなく、有効性を出すにはISO認証でなくても良いということでしょうか」
「はあ?」
廣井は広げていた新聞から目を離して山田を見た。
「得物(えもの)は使う人にあったものでないとだめだということですね」
「ほう?」
「今後の指導に大変役に立ったと思います」
「そうか、じゃあ今後を期待しているよ」
廣井は新聞に目を戻した。
得物とは、手で扱う武器のこと、刀より槍の方が長くて有利かもしれないが、刀を使い慣れているなら、使い慣れない槍を使うことはあるまい。

本日の裏話
こんな文章を書くとき一番めんどくさいのは、登場人物の名前を考えることだ。それで東北地方の県の名前を拝借した。これも東日本大震災復興支援にならないだろうか?
この駄文を書くのは、朝6時に起きて8時ジャストに終わりました。htmに流し込むのに30分かかりましたが・・



外資社員様からお便りを頂きました(2012.03.19)
佐為さま
いつも興味深いケース・スタディを有難うございます。

とても現実味があって、ISOのみならず、コミュニュケーションの問題として参考になりました。
子会社の価値観と、それをグループとして統括する本社スタッフの苦悩としても問題が見えてきます。
あえてISOの観点から抜けて、コミュニュケーションの問題として掘り下げてみます。
(理由は簡単で、私はISOの素人だからです)
子会社側の側では、ISO認証取得が、手間をかけずに取る事が重要。
そこでは、「彼らの価値観ではとても素晴らしいコンサル」が居て、200万円を払っても惜しくはなかった。
本社サイドとしては、自分(グループ方針も含めて?)の方針との齟齬さえも理解されない点が問題。
経営面では、200万円もコンサルで払って、さらに業務として実施している費用(人件費含む)で考えれば情けなくなるくらい効果が無いという判断ですよね。
ここで本来は、第三者機関である認証会社の結果が子会社の方針を否定すれば良いのですが、それはコンサルの方針を絶賛している。

以上の認識で間違っていなければ、本社としてグループを統括する観点で、環境に関する遵法や、グループ方針との不一致として指導するか、問題にするしかないですよね。 これはISO認証とは独立した権限であり、管理ですから、グループ内部で指導や監査が出来る事と思います。 そこで初めて、「子会社のISO認証の価値観」と、グループ方針との齟齬が明らかになり、子会社は、その齟齬を埋めるかの対応が必要となります。
それは子会社側の問題であって、本来はコンサルのISO認証とグループ方針との間に齟齬がなければ起きなかった問題ですが、子会社が異なった価値観を採用したので、それは子会社自身がどうにかするしかないでしょう。
「200万円でも惜しくない」「エクセル表で自動計算が出来て素晴らしい」は、子会社の担当が今まで苦労していた点を解消した点では効果があったのでしょう。200万という金額も、これが無駄ではないのだと思い込むのにリアルな金額です。
でも、それはあなたの価値観で、グループとしては違う価値観が存在する事は、山田氏は示すしかありません。
がんばれ山田氏!!

外資社員様 毎度ご指導ありがとうございます。
おっしゃるとおり、これはISOとか環境管理というよりコミュニケーションの問題ですね。問題あるいは達成すべき課題があるとき、最終的な目標・到達点を示して、とりあえず今なにをするということを命じないと、命じられた方は、言われたことを最短で達成することが目的になります。よく言われる、手段の目的化というものでしょう。
しかし、ここで、例えば、本社が工場や子会社にJIS認定やUL認定に合格せよという命令をしたのであれば、その結果が見当違いであったということにならなかったことは間違いありません。UL認定を受けたということは、管理全般と物を作る能力が一定レベルにあるといえると思います。
ということはISO認証は、表面的な目的化しやすいということなのか? あるいはそもそも認証とは、真に期待する状態や体制を意味するものではないということなのでしょうか?
それは、二者間の品質保証の関係を一対不特定多数に一般化したことがムリだったのか、それとも第三者の妥当性が常に検証されるという透明性がなかったことが問題だったのか?
あるいはそうではなく、単にISO認証に関わった人たちが実質よりも認証件数とか売上を優先したからなのかもしれません。といいますのは、過去、国ごとのISO認証件数の比較グラフなど良く見ましたが、品質でも環境でもパフォーマンスの比較を見たことがありません。
それとも単なる流行だったのかもしれません。
いずれにしても企業においてコーポレートの部門は本質的なところを実現させるように思いを伝え実現させなければなりません。残念ながら私はもう手遅れです。10年前にしっかりと己の立場と役割を認識して旗振りするべきでした。

ダストコマンダー様からお便りを頂きました(2013.03.19)
一連のお話に対して
おばQ様
ご引退とは残念です。是非こちらの運営はお続けくださいますように。
組織には事業目的があって、社員にはそれぞれの役割があります。
規格の認証が必要であれば、それに対して最適の対応をする。
やるべきこととそうでないことが明確で妥協がない点、おばQ様のご対応は日本中の組織が見習うべきものです。
実業の世界のビジネスマンなら。
虚業の存在達はもう放っておきましょう。我々が困る問題ではありませんし。元の昔に戻る以上のことは起きませんよ。流石に組織が悪いなんて作文を読まされると腹が立ちますが。
私もおばQ様と似たようなアドバイスを先輩からいただいておりましたが、うまく活かせておらず、お恥ずかしい限りです。

ダストコマンダー様 毎度ありがとうございます。
ISOに関する書いているものは駄文ではありますが、タイトルの「うそ800」ではなく、自分の体験、相談されたことなどを基に書いておりました。
第一線を離れれば、書くものは想像とか伝聞になってしまい、「うそ」とまではともかく「現実」ではなくなるでしょう。ただ先日N様のお便りにも書きましたが、実際の審査からは離れても規格の解釈やあるべき審査などについて論じていくことはできると思います。
いろいろ考えていきましょう。


外資社員様からお便りを頂きました(2012.03.22)
佐為さま

1)それは、二者間の品質保証の関係を一対不特定多数に一般化したことがムリだったのか、
2)それとも第三者の妥当性が常に検証されるという透明性がなかったことが問題だったのか?
3)単にISO認証に関わった人たちが実質よりも認証件数とか売上を優先したからなのかもしれません


全部が理由ではないでしょうか? このケースでは不明ですが、ISOの導入という手段が目的化には、そういう要因が全てあると思いますよ。
1)については、認証会社にしてみれば、一般化しないと個別の対応事項が多くて、対応しきれません。
ですから、認証で保障できる範囲は、用語のISOに基づく統一や文書が揃っている事などと、謙虚になれば良いのだと思います。
それだけの結果でも、会社や国が違っても、同じ言葉で話せるようになれば素晴らしい事だと思います。
ですから、一般化できる範囲を、予め業界や、会社グループ内で決めておけば、解決できるように思います。

2)は、妥当といえる範囲ですよね。ISO対応の為に、専用の文書を作り、結果は二重規格になるという前提ならば、点数表がExcel化出来て 採点と判定が出来るだけでも、200万円の価値があるのだと思います。
経営の観点では、そもそも 専用の文書作り、二重規格の存在を問題にしないのも問題だと思います。
経営側が、そういう部分に踏み込まず、品質やISO活動は、おまかせとか税金と考えれば、第三者認証やコンサルの妥当性は検証できません。
つまり、ある狭い範囲の人々の価値観が、定着してしまったのではないでしょうか?

3)これは認証会社側の問題ですよね。 これもビジネスですから、当然だと思います。
その一方で、サービス供給側が需要に対して多すぎるならば、品質(会社への貢献を含む)と値段のバランスで、本来は淘汰が進むはずです。
ところが、2)の狭い範囲での価値観が一般化して、1)のような認証目的の一般化がされていないならば、サービスを受ける側が、価値判断が出来ないのかもしれません。
こういうビジネスモデルで、似たものは、「心霊商売」などで、壺を売っているようなものです。
障りやタタリの一般化は難しいと思いますが(統計的な優位性データは見た事が無い:笑)、特定の人だけに通じる価値観があります。
ですから、一般的な価値観の中で、コストに対する効果を考えて、認証をする側も、受ける側も、定量化された判断がされていれば、特に問題になるような事は無いと思います。 と素人なりに考えてみました、如何でしょうか?

外資社員様、毎度ありがとうございます。
直接的なことではなく、たとえ話から始めさせてください。
廃棄物処理業というのは胡散臭い業種と思われておりまして、実際にボッタクリとか、不適正な処理が多く、警察事になったり、業の許可取消になることは非常に多い業種です。なぜそうなのかといいますと、一般の売買と異なるから原理的にそうなるのだと説明する人がいます。
一般の商取引では、お金と物(またはサービス)の交換になります。だからお金を払えば替わりに受け取るものが期待通りのものでなければ契約違反になりますし、まして物がもらえなければ詐欺ということになります。
それに対して、廃棄物の場合は、廃棄物と同じ方向にお金が動きます。通常は仕入れをしてから売上になるのですが、廃棄物は逆で売上が立ってから仕入れをするのです。
まして、廃棄物を出す人は、目の前から廃棄物がなくなってくれれば良いのであって、廃棄物業者が適正な処理をしようがしまいが関心がありません。だから廃棄物業者が廃棄物を引き取っても適正な処理(焼却とか無害化とか)しないで、そのへんに放ってしまうのだというのです。それを抑止するために、法律で不適正な処理で起きた問題は排出者の責任ですよと決めてあるので、排出者(私たち)は面倒だと思っても業者のところに行って仕事ぶりとか工場がきれいかとかチェックするわけです。
話を戻しまして、ISOの審査とはどうでしょうか?
いや、ULの審査を考えて見ましょう。もしULの定期審査に来て工程や現品の管理不備を見逃して、アメリカで製品の欠陥による火災が起きたとかすれば、その審査会社は責任を問われるのではないでしょうか?だから審査をしっかりするような力が働くと考えるのは性悪説でしょうか?
ISO審査の真の顧客は最終消費者だといわれていますが、最終消費者が審査の質を判定できるわけがありませんから、フィードバックが戻るとことがありません。確かに認証機関を認定する認定機関による定期審査はありますが、その審査の内容を一般消費者はあずかり知らぬことですし、認定審査が顧客の代理を果たすという保証もありません。そしてISO審査でミスがあっても、認定審査でミスがあっても、誰も気が付かないでしょう。
なにか廃棄物処理業と同じく、原理的にフィードバックがかからない業種のような気がします。
そんなことを思いますと、
1)の二者間の品質保証の関係を一対不特定多数に一般化したこと
とはスペックがぼやけただけではなく、フィードバックがかからなくなったということもあります。
もしこれが購入者が調達先の監査を第三者にお金を払って依頼したならば、必ずフィードバックがかかります。もし見逃しがあれば契約違反となり損害を請求するのは当然です。
2)の第三者の妥当性、透明性
ISO審査も認定審査も、それがまっとうに行われているのか、誰もわからないのです。分かっているのは認証審査員と認定審査員だけではないのでしょうか。一般的に審査にはコンサルはいないでくれ、どうしてもというなら部屋のスミッコで黙っていろ、録音、録画はご法度、そういうのが普通です。研修機関によっては、他の審査機関に所属している方の受講はご遠慮願いますというところもあります。(ほとんどの認証機関は研修機関を併設している)それほど部外者に知られては困るような高度でオリジナルな手法なのかどうか私は知りません。あるいは、あまりにも低レベルで恥ずかしいのかもしれません。

もうひとつISO審査が一般の商取引と異なることがあります。東大の飯塚教授は、ISO審査を受ける人がお金を払うので、審査員の腰が引けてしまい甘い審査になりやすいと幾度となく講演で語っています。しかし私の経験と知り合いの情報では、まったくそれと反対なのが一般的です。審査では審査員と受ける側は対等ではなく、審査員が先生、会社側が生徒という立場は変わっていません。そして同意できなくても審査員に押し切られるということは普通のことです。もちろんぶらっくたいがぁさんや私はそのようなことはありませんが、そういう人が珍しいことが現実です。ISO17021では企業が異議申し立てできることを定めており、それを審査の際に説明しなければならないとありますが、審査の際に説明する審査員はいかほどいるのでしょうか?
はたして、何ものも提供せずに、お金だけを巻き上げるという、この摩訶不思議なビジネスが成立するのかという疑問がありますが、現実には発祥してはや四半世紀もの間存在しています。どうもISO認証制度と言うのは、私の理解を超える存在のようです。
みなが幻想を見ているのでしょうか?
ミラージュなのか幽霊なのか? この謎を解明しなければなりませんね


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