ケーススタディ 子会社の監査 V

12.03.31
山田は、2社のみではあるが子会社の監査を経験して、今までの監査ははたしてどうしていたのかと、非常に気になった。環境保護部内で秘密にしていることではなかったが、山田は今まで子会社の監査報告などしげしげと読んだことはなかった。
今日はじっくり勉強するぞと決心した。まずは過去に森本氏が監査したものを見ることにした。


山田は呆れた。監査ゴッコをしているようなものだ。なによりも監査の目的を理解していない。依頼者がなにを求めているのかを理解しないで監査が実行できるはずがない。それになんだ!これは、環境側面の評価方法がなんたらとは・・
次を開いた。


うーん、山田はうなった。こいつの言いたいことは、ISO14001認証しろということらしい。そして認証すれば認証機関が審査してくれるから、森本先生が出馬する必要がなくなる。そういう状態が理想らしい。

山田はもうこれ以上森本氏の監査報告書を読んでも、得るところがないと判断した。次に岩手工場が担当している監査報告書を引っ張り出した。


../oioi.gif 少しニュアンスが違うが、ISO規格で始まっていることは変わりない。そしてこの監査員は外部文書という考えを知らないようだ。いや、ISO規格で外部文書に言及しているからではなく、そもそも会社の仕事の進めかたを理解していないと思われる。
どこも、こんなものなのだろうか?
鷽八百社には工場が5つあるのであと三つあるが、見る価値があるのかなと山田は正直嫌気がさしてきた。まあ、気を取り直して岐阜工場が担当している子会社に行ったファイルをもってきた。
熊田課長が監査をしている。山田は、熊田課長と岩手工場の監査であっている。


山田は、さすが課長ともなると、見るところをしっかり見ていると感心した。これならば及第だろう。
廣井がコーヒーカップを持って、山田の後ろを通りかかった。
「山田君、朝から書類に首っ引きだが、どうしたんだい?」
山田は熱心に見ていたので、廣井の声に驚いて振り向いた。
「このところ千葉工場が行う子会社の監査に陪席しまして、あまりにもずっこけた監査をしているので、他の工場はどんな監査をしているのかと調べていたのですよ」
「そうなんだよね、なかなか期待するような報告書がこない」
その口ぶりからすると廣井もお手上げだったのだろうか?
「廣井さんに聞こうと思っていたのですが、千葉工場の森本さんをご存知かと思いますが、彼のISO審査の真似事の報告書を廣井さんはどのように見ていたのですか?」
「うーん、困ちゃうんだよね、ああいうのを見ると。こちらも手取り足取りして教える暇もないもんだから、ほっておいたのが真相だよ。山田君がこれから指導していくしかない。それを期待して頼んだわけだ」
廣井はそう言って自席に行ってしまった。
廣井さんも万能じゃないんだと、山田は多少がっかりした。ともかく、意味のない監査を止めさせてなんとかしなければと思うのだった。

抜き取りだが、各工場が行っている監査報告書は一通り読んだ。
問題がいろいろあるが、監査員をしている人が非常に少ないのが気になった。千葉工場では森本氏一人しか子会社の監査を行っていない。想像だが、井上課長があまり子会社の監査に熱心ではなく、ISO一筋の森本氏に任せきりと推察した。
いや話の順序が逆かもしれない。森本氏のような考えでは、いわゆる環境管理には使えないのではないだろうか。それで工場の環境管理に使えない人を子会社の監査に使っているのは、井上課長の苦肉の策かもしれない。
岩手工場も監査をしているのは一人に限定されている。この人に会った記憶はない。報告書の内容を見ると、どうも実務能力に疑問符がつく。
岐阜工場ではほとんど熊田課長が行っており、質は一定水準だが、人材育成という観点ではこれまた疑問符がつく。
教育する以前に、この人たちは他の人がどんな監査をしているのか分からないのではないだろうか。森本氏にしてもISO研修機関で教えられたことしか知らず、自分なりに一生懸命努力しているのだろう。

まず子会社の監査の目的を、徹底しなければならない。森本氏のように、環境監査とはISO14001適合を見ることと誤解というか、間違いをしている人も多いだろう。監査とは何かを教えなければならない。
そして、更に問題だが、監査する力量があるのだろうか?
森本氏に山田と同じことをしろといったとして、冷水機にフロン回収破壊法が関わるとか、PCBといってもPCB油のみでなく感圧紙もあるということを知っているとは思えない。
山田は営業しかしたことがない自分が、どうしてそんなことを知るようになったのか思い出そうとした。
フロン回収破壊法ははるか以前に制定されていて、山田が環境保護部に来た頃には、特に行政が行う講習会などはなかった。いったいなにがきっかけで覚えたのだろうかと、首をひねった。
アッ、思い出した。
中国地方の子会社から、フロン工程管理票を交付した。それが戻ってきたのが法の期限を過ぎているのだが、どうしたものかと相談されたことがあった。あれは異動してから半年くらいのときだ。
山田は営業にいたときの習慣だが、顧客や代理店はもちろん工場や子会社から問い合わせがあると、むげに断ることは一切しなかった。すべて親身になって相手の話を聞いて、対応を教えた。分からないことは、山田が行政に問い合わせても回答した。
営業にいたときは、それがいつかビジネスのネタになるかもしれないと思っていたが、環境保護部に来てからは、ギブアンドテイクでいつかは頼むときもあるだろうと思ったからだ。
だが、そういうことをしていて、山田は法規制の知識をドンドンと身に着けていった。分かりにくい法律を何度読んでも理解は進まない。そうではなく、工場から現実の問題を相談され、法律をめくって考えたり、行政に問い合わせした方が理解が進むのはあきらかだ。つまり知識が増えるということは、そういうことの積み重ねなのだろう。
そんなわけで、山田は公害防止管理者や環境計量士など受験したことはないが、測定方法や規制値などの数値はともかく、環境法の概要や、手続きなどは相当詳しいと自分で思っている。
森本氏は大学の環境関連の学部を出て、10年間も環境管理課で働いてきたというが、そういう向上心というか好奇心がなかったのかもしれない。だが待てよ、彼が自慢していたISO14001規格の理解も怪しいものだ。人それぞれではあるが、彼は環境ではどんな分野が得意なのだろうか?

山田は更に考えをめぐらした。監査の目的を教え込んで、監査基準を理解させる。そして環境法規制も知らなければならない。更に監査手法がなっていない。項番順監査とかプロセスアプローチなんてむずかしい言葉を使うまでもない。実際の仕事を思えばよく理解できるだろう。営業に出れば一般的知識はあるけど、専門語も業界の常識も知らない人に物を売るのが仕事だ。自分が難しい言葉を使って知識をひけらかしたところで、もの売れなければ自分が無能というだけのこと。相手に分かるように語り、相手の語ることを理解する。そういうコミュニケーション能力がなければ、社会人、プロサラリーマンとしてやっていけないだろう。そのくらい頭が回らないのだろうか。いや、ということは、そういう社会人の常識がないから監査ができないのかもしれない。そういえば先日行った会社では、宮田輝のような話し方と言っていた。
監査能力とは、監査員として教育することではなく、会社人として当然身に付けるもの、一人前といわれるなら身に着けていて当然のことではないのだろうか。
それと山田は、森本がISO審査員を神様のようにあがめていたのを苦々しく思い出した。
今猿は審査をうまく進めるために、審査員との妥協や相手の意向に沿ったことをしている。それはコンサルとしての仕事上やむを得ないところもあるだろう。それに対して、山田は審査を受ける会社員であるのだから、審査員におもねる必要は感じない。だから会社にとって不利益とか、少なくても貢献しないことは断固拒否している。森本はそういうことを考えもしないのだろうか? 言われるまま、審査員の発言を絶対としているのだろうか?
そう思うと、また苦々しい思いがこみ上げてくる。

山田は、A3サイズの紙を取り出すと、鉛筆で図を書き始めた。ISO19011によると、監査員の力量とは3つで構成されるという。

19011.jpg

まず個人的特性というものが満たされないとその上にいくら知識とか訓練を積み重ねてもだめというのは直感的に分かる。そういえば現在の品質監査の方式を考えたLMJという人は「どの様に訓練しても20%の監査員に向かない人がいる」と語ったという。
もっとも監査だけではない。営業だって「どの様に訓練しても20%の営業マンに向かない人がいる」というのも真理だろうと山田は苦笑いした。
山田は図を描いているうちに心が軽くなった。問題だと思えることのほとんどは、真の問題ではない。真の問題点を把握すれば、解決策は自動的に浮かび、道は開けるのだと思っている。

翌日、山田は企画書をまとめていた。
子会社の監査を良くしようとすることはかなり困難と思えた。しかし子会社の監査を良くしようとするのではなく、社内の工場の監査、支社の監査、そして子会社の監査全体を一体として運用し、監査員の教育育成を進めていくほうが効率も良いだろうし、全体最適になると考えられた。
具体的に言えば、山田が森本ひとりを教育することさえ困難に思えるが、全社の環境遵法の監査員を教育育成することは、岐阜工場の熊田課長のような優秀かどうかはともかく、まあ一定水準の人たちに負担させればいいのだ。

それと山田が前から思っていたことがある。それはいくら優秀な人でも、その人についてだけでは弟子は伸びないということだ。人は一人ひとり個性がある。だから多くの師について、それぞれの良いところ悪いところを見てはじめて学ぶことができるのである。そして、弟子の性格や得手不得手は厳然としてあるわけで、優秀であっても先生が一人ならば、弟子はいろいろなパターンがあるということを学べない。だから可能ならば数人の、最低でも3人くらいの先輩について実務を学ばねば育たないと考えている。それは営業での経験だったが、監査だって同じことだろう。
私自身、監査員の育成には常に複数の先輩が教えるように手配してきたが、教える人数が少ないとそうもいかない。まあ、私の場合、師匠がいなくてもここまできたのだから、それを思えば幸運だと思うべきだろう。

社内の5つの工場に対しては毎年、支社が10拠点で2年おき、子会社が110社あり2年おきに監査を行っている。それぞれ実施する日数は異なるが、単純計算で毎年約50拠点の監査をしていることになる。これを現在のすべての監査員をうまく回せば労力も減少させ、そして有効性も向上し、後進の育成もできるだろうともくろんだ。
しかし、待てよ、
../musuko.JPG 各事業所はISO14001も認証している。そして工場はISO9001も認証している。この内部監査との関係をどうしたものだろうか?
認証機関対応としてISO向けの内部監査をしなければならないのだろうか?
いや、そんなことはない。初めにISOありきではない。ISOもへったくれもなく、会社があるだけなのだ。そして会社では必要な仕事をするだけであり、ISO審査ではそれが規格を満たしていることを説明するのだ。
規格適合なんていうと悲しくなりませんか?
会社で当たり前にしている仕事が、規格を十二分に満たしているのです。
更に言えば、規格を満たしていることを説明する必要もなく、審査員が満たしていることを確認しなければならないのです。

山田は自分の考えが、まるでジグソーパズルのように組み合わさっていき、そして全体が矛盾がなく整合してくるのを感じた。はじめは一個のピースをみて、これは一体どこの部分だろうかと悩んでいたが、形になり始まると一気呵成に進んでいく。
山田が試算したところによると、工数は現行と同程度で収まるだろう。但し、ゾーンディフェンスを取っている現方式に比べると、旅費と移動時間が増加するのはやむをえない。
だがそれは人材育成のための投資であると考えることができる。それよりもなによりも、今までの中途半端でどうしようもない子会社の監査を、大幅に向上させて会社に役に立つものにすることができるだろう。
そしてそれは監査能力にとどまらず、環境管理のレベル向上、いや、環境担当者がいつまでも環境管理だけをしているとも思えない。営業や資材やその他の部門に行っても、それなりの広い視野と見識で仕事ができるようになるだろう。
山田は自分の計画の成果が、見えるような気がしてきた。

本日予想するご質問
私がこのようなことをしているのか、というご質問があるだろう。
私は某企業で環境監査を仕切って、このような監査の工数計画、育成などを計画し実施していたのは事実である。そして私が担当していた10年間で、そうとう質を向上させたという自負はある。だが、それは既に過去形である。今は隠居の身だ。
コレキヨの恋文を推薦します もっとも高橋是清の例もある。既に隠居していても、時代が国家がその人を必要とすることもあろう。
もし環境監査を向上させる助っ人がご入用であれば、ご一報されたし。お断りしておくが、厳しい教師であることは覚悟してほしい。

だが、高橋是清のように、凶弾に倒れることも・・・
それはいやだな



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