ケーススタディ 監査員の要件

12.04.01
山田は今、社内とグループ企業の環境監査システムの再構築を考えている。今日は監査員の要件を考えていた。
ISOの内部監査というと、どこの会社でも一定要件を定めておいて、その要件を満たせば監査員の資格認定するという仕組みが多い。具体的には、例えば外部の内部監査員研修を受講していることとか、社内の内部監査員講習を受けて何回かオブザーバーとして参加していることなどがある。
ちなみにISO審査員はどうかというと、ISO17021初版が制定される2006年までは、各国の認定機関が認証した審査員登録機関に登録した人でなければならなかったと記憶している。当時は審査員研修機関は認定機関の認定が必要であった。今は審査員研修機関は審査員登録機関の承認が必要というふうに構造というか、ヒエラルキーが変わった。
さて、いわゆる主任審査員とか審査員補というのは、審査員登録機関にそのランクで登録していることを意味する。しかし2006年にISO17021で、審査員に必要なのは資格ではなく力量だと記載されたことにより、審査員登録機関に、登録していなくても、認証機関が「この人は審査員が務まる」と認めれば、審査をすることができるようになった。
審査員登録機関は認証機関と同じく、いくつ設立しても良いはずだが、登録者が少なければ利益がでないので、日本には品質が1箇所、環境が1箇所、エネルギーが1箇所となっている。
もちろん登録するのは日本の審査員登録機関に限定されないので、外資系ではIRCAに登録しているところも多い。民族系でも所属審査員を、IRCAに登録しているところもある。なお、IRCAの場合は、カテゴリーを限定せず、品質も環境も、その他も審査員登録をしている。
しかし、多くの認証機関はそれ以前と同じく審査員登録機関に登録している人を雇い、また雇っている審査員を登録し続けた。
もちろん一部の認証機関の中には、わざわざ登録機関に登録せずに、認証機関が審査員として認めて審査させているところもあった。名刺に「CEAR登録審査員補 ○○QA主任審査員」なんて記載している人を見たことがないだろうか?
だが昨今、認証機関も登録件数減少と審査単価の低下によって、審査員の登録費用を削減しようと、審査員登録機関に登録するのを止めるところもでてきていると聞く。主任審査員の場合、年間登録料は2万円以上になるから、200人も審査員がいれば450万になる。大金だ。
審査員という職業において、主任審査員でなければ一人前ではない。ということは主任審査員とは優れているという意味はまったくなく、最低限のレベルということになる。
誤解のないように付け加えるが、過去3年間に4回延べ20日の審査体験で審査員、過去2年間に3回延べ15日のリーダー体験で主任審査員になるというハードルは低すぎないか?
もし、環境業務を過去3年間に20日担当すれば環境係長、係長の業務を15日行えば環境課長が務まるなんて言ったら、笑われる前に叩き出される。
審査員登録機関としては、そんなことをされたら売上減少で大変なことになる。もし全認証機関が登録を止めたら、審査員登録機関は廃業するしかない。実は審査員登録している人の内訳をみれば、職業審査員以外が9割を占める。しかし、職業審査員が登録を止めれば、企業に勤めている審査員補も登録を止めてしまうだろう。
理由? 審査員登録していることが、ステイタスだと考えているISO事務局が多いからだ。審査員が審査員登録していなければ、審査員でない事務局担当者が登録する意味がない。
だが審査員登録機関は、既にその対策を考えているに違いない。例えば一般企業にいる内部監査員の取り込みもあるだろう。IRCAでは以前から内部監査員の登録をしているし、さまざまなランクを設けている。囲碁の段位やTOEICの点数と同じく、人の心をくすぐってより上位の資格をとらせようとしている。
ところで、大分前、内部監査員検定なるものがあったが、あれはどうなったのだろうか?
今、調べてみると、2012年春に再開したようだ。今年度はどれくらいの人が受験するのだろうか? 予想もつかない。

わき道にそれてばかりで、ケーススタディの話がなかなか始まらない。
山田は今まで鷽八百社の監査員の要件はどうなっていたのかを調べた。
会社規則によると、「監査責任者が、力量があるとみなせば監査員として良い」と定めている。漠然としているが、現実問題としてそんなものではないのだろうか。
前述したように、外部の内部監査員研修を受講していることとか、社内の講習を受けて何回かオブザーバーとして参加していることという要件はまるで意味がない。それどころか審査員登録機関に主任審査員登録しているプロの審査員であっても、規格の理解も怪しいとか、コミュニケーション能力がないということも珍しくない。世のISOの審査報告書を見て、ISO17021を満たしているのは何割あるのだろうか?
証拠を書かない、根拠を書かない、法違反でもないのに違反だから不適合なんてのもあった。
他にも、山田は審査員研修の講師をしている主任審査員が、鷽八百社の工場でとんでもない間違い審査をしたのを知っている。要するに、審査員登録とか主任とか、まして外部の講習会を受講したというようなことでは、真に監査員であろうと審査員であろうと務まることを保証するものではない。
私は2012年春の現実の審査において、法違反でないのに法違反だと書いている審査報告書を見ている。残念ながら、その審査には立ち会っていない。立ち会っていたら、その場で指導したかといえば、しなかったと思う。後日、認証機関に乗り込んだほうが、面白そうだ。

山田は、ISO19011の内容は正しいと考えている。しかしそこで規定している要件はまことにもっともではあるものの、では具体的にどのような指標で評価するのかとなると、具体的な基準を示すことはむずかしい。できないといっても良いのかもしれない。
例えば、千葉工場の森本氏の場合は内部監査であろうと、二者監査であろうと、現時点は力量がないといって間違いない。
いや、彼だってISO14001審査前の露払いなら適任かもしれない。まあ、ISO14001の文言に会社の仕組みを一致させることに、意味があるとしての話だが・・

山田はどうなのか?と問われれば、山田自身、自分は十分務まると考えている。それは不遜とは思わない。じゃあ、山田と森本はなにが違うのだろうか? 個人的特性、監査の知識、環境に関する知識、あるいは監査の成果物という観点で見ればどうなのだろうか?

●個人的特性 社会常識
コミュニケーション能力
会社の仕組みを知っているか
大局的に見ることができるか
見たこと、聞いたことに、臨機応変に対応できること
●監査の知識 監査というものを理解しているか
項番順審査でなくプロセスアプローチができるか
監査目的を理解しているか
監査基準を知っているか ISO規格を理解しているか
●環境に関する知識 環境を取り巻く、社会の動向を把握しているか
環境法規制を知っているか
現実の中に法規制が織り込まれているかを見る力があるか
環境施設の管理を知っているか
環境リスクを把握できるか
●監査の成果物 監査目的に見合った監査報告書を記載することができるか
報告書は日本語として適正であるか(これは言いがかりではない、ISO審査報告書には主語述語が見合っていないものは多い)
監査後、速やかに報告書を作成できるか

要件はいろいろあるが、全部が必須ではないだろう。当初は知らなくても、従事しているうちに自然と身に付くものもあるだろう。はたして最低限のものは何なのだろうか?

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山田はそんなことを考えていたが、ふと見ると廣井が窓際で外を見ながらコーヒーを飲んでいる。忙しいふうでもない。先輩に聞いてみようと思った。
山田は廣井のところに行って並んで外を眺めた。
「少し前、あそこにあった古いビルを壊していたが、もうパイルを打ち込んでいる。聞くと38階建てのオフィスビルを建てるそうだ。大手町のオフィスビルも、もう供給過剰じゃないのかね?」
廣井のほうから、そう話しかけてきた。
「そういえば丸の内郵便局のビルが完成したそうですね。あそこも8階から37階が貸しオフィスで、ワンフロア3000m2といいますから、8000人くらい入りますよ。オフィスビルが多すぎて、ここの賃貸料も安くなるかもしれませんね。しかし、昼食や通勤など、そうとう影響がありますね」
「ところで山田君、オフィスビルの賃貸料の話ではないのだろう。なんだね?」
「私が今監査制度といいますか、仕組みの検討をしているのは御存知でしょう。今考えているのは監査員の要件です。廣井さんのご意見をたまわりたいと思いまして」
「たまわると言われるほどの高みにはいないけどね。
監査がISOのためではなく会社に必須のお仕事なら、他のお仕事とは変わらないわけだ。例えば、営業マンが一人前かどうかを、なんで判断するのかね?
オレは公害防止一筋なので営業マンの育成はわからない。環境管理であれば、排水処理施設の扱いが一人前になったかどうかとか、昔はどこにでもあった焼却炉の運転を任せられるか、あるいはずっと簡単なマニフェストを書くのを任せられるかということを、どんなことで評価し判断するのだろうか? そう考えると答えは目の前にあるようにも思えるね」
山田は、しまったと思った。要するに監査を特別な仕事と思うから判断を誤るのだ。営業マンが社外の研修を3日受講したら一人前になると考える営業部長とか営業課長がいるはずがない。一人前の営業マンにするには、先輩が指導してノウハウ、テクニックを身につけさせる。ビジネス常識、礼儀もあるだろう。そして顔も売らねばならない。製品知識、他社情報、社内調整の方法・・そういうものをなんとか覚えて、そしてコミュニケーションがうまくできるようになること、
しかし性格も重要で、向き不向きは変えることができない。山田の場合は営業で大成することは難しかっただろう。
だが・・・
「そうすると廣井さん、監査員というものは片手間とか、年に数回やるという仕事じゃないように聞こえますが」
「そりゃ、そうさ。ISO審査のための内部監査員なら、年に1度しかしないということもあるだろう。だがまっとうな監査をするためには、そんなことでは技量が身に付かないし、仮に今現在力量があったとしても、1年後には錆びついているよ。監査部監査などに応援にくる人は、年がら年中監査をしていなくても、例えば会計の仕事を毎日しているから会計監査ができるのだろう。そもそも、まじめに考えれば監査員というものは、専門職として遇しなければならないレベルのものだ。どこかの工場のように、会社の仕事で使い物にならないから、子会社の監査に行ってこいなんてものじゃないよ、どことは言わんが」
監査員の要件を定規で線を引くように機械的に定めているということは、監査を真正面から考えていないからなのだ。まっとうに監査しようとするならば、必要な力量を備えるように育成していかねばならない。それは講習会に派遣するとか、オブザーバーを何回というものではなく、営業マンを育てるのと同じく、教育体系を定めて何年もかけて育成していかねばならないものなのだ。そして一人前かどうかの判定は、複雑で総合的判断を要するはずだ。
「そうしますと、監査員とは専任になるのでしょうか?」
「それが理想だろうが、そうもいかない。なぜなら専任の監査員を置くほど、監査業務の仕事量がない。そしてまた、監査、我々の場合は環境監査だが、それは監査だけではなくそれ以外の環境管理業務と相互補完というか、監査をすることによって他の仕事の力量も向上していくという効果も期待されている」
なるほど、つまり監査とそれ以外の環境管理の業務を並行して行うことによって、双方の力量を向上させていくということだな。そして山田がいつも思っていることだが、それは会社員としての総合的な力量も同時に向上させていくことになるだろう。
「そうしますと、監査員というのは環境管理業務についている人でなければなりませんね」
「環境を狭くとらえることはないと思う。現在は環境報告書、グリーン調達、ロジステクスなど環境といっても広いから、以前のように公害防止とか廃棄物管理、エネルギー管理というふうに狭くとらえることはない。ただ、環境監査をすることにより、本務との相乗効果が期待できるものだといいね」
なるほど、とりあえずは期待以上のことが聞けたと山田は思った。山田は自席に戻ろうとしたが、廣井は山田の目を見て話を続けた。
「教育というものが、椅子に座って教師の話を聞くということに限定されないことはわかるね。俺がコーヒーを飲んでいると、君は俺が暇だと思っていつもいろいろと話しかけてくるが、そういう立ち話も教育だと思う。実を言っておれもこのような機会を使って、山田君にいろいろと教えようとしているつもりだ。そして、それはおれ自身にとっても学ぶことである。人を教えることが、最大の勉強であるとも言われる」
山田は廣井に見透かされていると感じて、ちょっと恥ずかしくなった。
「山田君もここにきて2年半、学ぶだけだったようだ。これからは人に教えて、それによって自分自身学んでいかなければならないね。立場、立場だよ」
山田はその通りだと思う。廣井や中野に今までたくさんのことを教えられた。恩返ししなければならないと考えているが、その恩返しとは廣井や中野に直接お返しするのではなく、後輩を指導することだと思う。昔の職人の世界のようだ。
廣井はまだ話があるようだった。山田は、廣井がなにを言い出すのかと、次の言葉を待った。
「千葉工場の森本君が本社に異動になった。君に預けるから頼むよ」
山田は、エーと驚いた。

本日の思い出話
人から教わることは、一番楽で効率がいい。その次は、人を教えて自分が研鑽することだと思う。私の場合は、師もなく、弟子もなく、自分で自分を教えてきた。
再生産という言葉があるが、私の場合は誰も育てることができなかったことが残念だ、
剣の道も、己一人が高みを目指す武蔵のようなケースもあるし、千葉周作のようにシステマチックな教育を行って、あまたの使い手を育てたケースもある。しかし、武蔵は使い手の再生産はならなかったが、後世への影響は周作よりも大きい。その名は、海外まで広まった。
ただ、私の場合は高みをめざそうとか、後進に教えたくないと考えていたわけではない。かって神業といわれたNCプログラムも後輩に教えたくてしかたがなかったが、誰も私から学ぼうとしなかった。私は人望がないのだろう。



ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(2012.04.01)
なるほど。次回以降の展開が読めました。楽しみです。

えつ 読まれてしまったか
ではどんでん返しを

N様からお便りを頂きました(2012.04.01)
ひぇー
このケーススタディシリーズ、いろいろ示唆に富んでいて参考になります。
千葉工場の森本君が本社に異動になった。君に預けるから頼むよ
私もヒェー。このあとますます楽しみです。

N様 毎度ありがとうございます。
ぶらっくたいがぁ様は既にこの先の展開を見切ったようです。
しかし不思議なことです、書いている私さえ筋書きが決まっていないのに見切ったというのはスバラシイ!
ともあれ、成り行きをご期待ください。

名古屋鶏様からお便りを頂きました(2012.04.01)
何となく島耕作を思い出しました。
するってぇと、次は環境部長に昇進して・・・

えつ 島耕作
しまった(苦しい)
島に負けずに、大陸耕作といこうか!


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