ケーススタディ 後輩育成

12.04.7
はじめて読まれる方へ
このISOケーススタディシリーズは、そもそもISO審査の場や社内の運用における状況を具体的に設定して、ISO規格や法規制に基づいてどのように判断すべきか、適正な判定とはなどを考えるものでした。しかし書き続けているうちにドンドンと変質して、今では環境管理部門を舞台にした企業小説モドキになってしまいました。もちろんISO規格や法規制の理解については、間違いないつもりです。そしてその中で、私自身の経験から得た、環境管理についての考え、ISO認証の考え、企業で働く人の価値観などを盛り込んでおります。
もし関心を持たれましたら、初回から読んでいただければ、営業部から環境保護部に異動してきた山田君の成長物語をご覧いただけると思います。

4月に異動してきたのは、千葉工場から来た森本だけではなかった。廣井はかねてから総合職の女性を1名希望していたのだが、このたびやっとその要求がかなえられた。 lady.gif その女性は今まで埼玉支社の総務で福利厚生担当であったが、なぜか環境保護部の社内公募をみて希望してきたのだ。まさか2年前の山田のようにもとの職場で腐っていたとか、あるいは恋の破局や不倫で職場にいづらくなったわけではないだろうとは思うが。
いや、それは山田の想像に過ぎない。
それ以上に、山田はなぜ森本が異動してきたのか、それも分からない。もちろん環境保護部は閑職ではなく、少人数で多岐にわたる仕事をこなさなければならない状態ではあるが、それはどの職場でも同じだ。どんな会社だって、余分な人は置かないのは当たり前。それに環境保護部が他に比較して特に忙しい職場とはいえない。山田が営業にいたとき、毎日帰宅するのが真夜中で、当時小学生だった娘と帰宅後に顔を合わせることは、まったくなかった。それが環境保護部に来てからは、遅くても8時前には退社している。ところが、今では中学生になった娘に「お父さん遅く帰ってきて」と言われる始末だ。
廣井は山田に、森本が異動したバックグラウンドについてはまったく話さない。そして森本にどのような仕事をさせるのかも、山田に一任した。とはいっても、山田は4月からISO担当だけでなく、鷽八百企業グループの環境監査全般を担当することになり、それに半分ボランタリであるがグループ内部からの法規制やISO関係の問い合わせ窓口をしているので、その範囲であることは無論である。

4月明けに、森本と横山という女性は出社した。転勤とはいえ、二人とも近隣からなので居住地は変わらない。聞くところによると、森本の住まいは稲毛、横山は大宮という。大手町に通勤するには遠くはない。
私の母方の祖母は、稲毛の漁師の出で、私は個人的に稲毛という土地に思い入れがある。もっとも、稲毛もどんどん埋め立てられて、先祖が漁業を営んでいた地は、今や海岸線から2キロも離れている。おっと、そんなことはこの物語には関係ない。
朝一番、廣井が環境保護部全員を集めて、といっても中野と山田しかいないのだが、森本と横山を紹介した。山田は子会社の監査で森本には二度会っているが、横山に会うのははじめてだ。20代後半、美人とかかかわいいという尺度ではなく、芯が通っているという感じだ。森本は山田の下で、横山は中野の下で働いてもらうと廣井は説明した。
その後、全員が自己紹介して解散した後、山田は森本と話をした。
「森本さん、熊谷の監査以来だね」
山田はそう口を開いた。あれはお互いにあまり楽しい思い出ではなかった、と山田は感じていた。そんないきさつがあるので、自分に横山を割り振ってくれればよかったのにと、少し廣井を恨んだ。
森本は神妙に口を開いた。
「山田さん、山田さんが私をどう見ているのか分かりませんが、私はそんな偏屈ではありませんし、反省することができます。佐倉と熊谷での監査のあとで、いろいろと考えたのです。
環境監査とはなんだろうかとか、監査は何のためにするのだろうかとか、自分の役目はなにかとか、また山田さんに教えられた会社規則も読みました。ISO19011も買って読みました。何度も、
younman3.gif そしてISO規格については、審査員補でありながらまったく間違えていたことに気がつきました。以前すばらしいものだと思っていた過去のISO審査報告書を読み返すと、審査員の多くも規格を正しく理解していないような気がします。あるいは彼らの表現がまずく、我々が彼らの真意を理解できなかったのかもしれません。
そんなことで、今まで自分が見当違いの監査をしていたとわかりました。しかし、じゃあどうすればいいのだろうかと思い巡らしました。しかし私の問題は、監査に対するスタンスだけではありません。私は、法規制に関する知識や環境リスクに関する感受性も足りないのです。山田さんはここに来るまで営業にいて、環境管理と関係ない仕事をしていたはずです。それなのにどうして山田さんが環境法規制に詳しくなったのか。それに対して、自分は大学では環境学部で学びましたし、そして今まで環境管理課で10年も仕事をしてきました。しかしなぜ私が知識も増えず、成長しなかったのかということも疑問に思いました。
実を言いまして、私自身、環境管理でプロフェッショナルといえるものがありません。30歳くらいになるとみな得意分野というか、その人でないとできないものがあるのです。私はISO規格なら詳しいと思っていましたが、とても山田さんの足元にも及びません。また審査員補なんて、なんの価値もないことにも気がつきました。先日、山田さんの前で審査員補であることを自慢したのが恥ずかしいです。
それで井上課長に相談したのです。私は、どうすべきか。もちろん会社としての見方もあるでしょう。しかし打算的かもしれませんが、私にとって自身のキャリアパスは重大です。
井上課長は裏表ない人間で、私をどう見ていたかということを話してくれました。排水処理施設の運転にも詳しくなく、廃棄物だって通り一遍、環境関連の資格もない。だから子会社の監査とISO14001事務局なら、毒にも薬にもならないだろうと思って担当させていたと話してくれました。そして、外の飯を食ってこいと言って、廣井さんに2年の期限付きで私の教育をお願いしてくれたのです」
森本の話を聞いて、山田は驚いた。そんな、いきさつがあったのか。山田は、責任重大だと感じた。そういういきさつなら、森本を単なる工数とか監査要員として使うのでなく、環境管理全般について育ててお返ししなければならない。しかも期限付きだ。自分がここに異動してきて3年近い、それを2年で、どこまでできるだろうか?
「森本さん、よくわかった。私も環境管理については駆け出しだから、教えることができるかどうか自信がない。しかし駆け出しだからこそ、普通の人が分からないこと、あるいは自分がわからなかったことを、ベテランよりも理解できると思う。一緒にやっていこう」
山田は森本の希望や、制約条件などを聞いた。

とりあえず今日は環境保護部の各種資料のファイルのありかなどを教えて、それを読んでおくように指示した。
そして今、となりの席で、森本がファイルを広げて何かを読んでいる。
山田は座って考えた。今は環境監査制度の見直しをしているところで、これから展開するに当たりその負荷はけっこう大きなものになるだろう。そして、これから行う監査のトライアルや指導を考えると、人手がほしかったのは事実だ。願ったりかなったりというところだが・・本当はもっとベテランか、山田とツーカーの人間が良かった。
だが、と山田は思いなおした。森本を動かすことができなければ全社、いや全グループを動かすことができるはずがない。それにまだ気心の知れない森本を説得していくことは自分の考えが検証されることであり、それこそ願ったりかなったりではないか。
そんなことを考えていると、上の空というか周りが見えなくなった。
新しい監査の仕組みがもう少し具体化したら、社内の関係部門と内々で検討会を持つことにしよう。そして最初は小規模にトライアルを進める。今年度の子会社監査が40社あるのだから、その全数はともかく、その内何社かを新方式で監査してみることは問題ないことだ。
また、鷽八百グループの遵法向上のために法規制に関する教育の仕組み作りたいし、法規制などの問い合わせ対する仕組みも窓口も作らねばならない。
そして当社の5つの工場と子会社の10数社は製造業なのだが、100近い子会社と支社は非製造業だ。非製造業における環境管理と本社の指導が、今までプアだったことは否めない。しかし当社グループの大多数を占める非製造業の環境遵法を確実にすることは、きわめて重要だ。
環境法違反というと、多くの人は製造業の公害、規制基準を超えた排水、廃ガス、あるいは公害データ改ざんなどを思い浮かべるかもしれない。しかし現実に報道される環境事故や違反を細かく見ると、非製造業における問題が過半を占めることを知るだろう。もちろん日本では製造業より非製造業の数が多いこともあるが。
日本の企業は、製造業17%、建設業18%、非製造業が62%である。
非製造業の環境法違反の具体例をあげると、マニフェストを廃棄物業者に書かせて御用になったり、廃棄物業者が不法投棄していもづる的にそこに委託した会社が調べられ廃棄物契約書を締結していなかったり、販売店が賞味期限を過ぎた食品をその辺に捨てて捕まったり、近隣から騒音苦情があって行政が調べたら騒音規制法に違反していたりなど、たくさんある。
もっとも製造業というのはひとつの業種であるが、非製造業という業種はなく製造業に対しての言葉であり、さまざまな業種がある。その内容は、卸売と小売、金融、広告代理店、ビル管理、リース業その他のサービス業など多様である。
この前、井上課長は非製造業の監査は苦手と言った。森本と山田は製造業について詳しくないから、まったく新鮮な目で非製造業の環境監査のノウハウを築いていけるかもしれない。

山田は環境監査体制見直し計画のWBSを、森本が加わった体制で見直さなければならないと気がついた。明日以降、森本と二人で議論しよう。今までは山田一人で考えて、悩んだときは廣井に相談していたが、今度からは自分の頭の中で思考実験をするだけでなく、森本を相手に議論できると思うと、少しうれしくなった。
おっと、新人の歓迎会をしなければならない。今までの2年半、山田は環境保護部の末席にいて、毎回幹事を担当していた。やっと今回で山田の幹事役は終了だと思うと、それにはちょっとホットした。

山田が廣井を見ると、中野と何か話している。中野が環境報告書の下刷りを持っているところをみると、その話だろう。中野は広報については大ベテランだ。前環境保護部長のときは、中野が持っていった案に、部長がOKしなかったことはなかったようだ。しかし新しく部長になった廣井は、中野が持っていく案について、いろいろと意見を述べるのが常だ。
中野はそれをどう思っているのか、それとなく聞いたことがあったが、すべてOKと言われるよりも、いろいろな意見を出されて議論するのは願ったりだという。それはウソではないようだった。
中野の話が終わったようで中野が席に戻ったのをみはからい、山田は廣井の机に歩いていった。
「なんだ?」
「いえ、廣井さんがご心配されているかと思いましたので」
「オレは心配なんてしたことはない。すべてうまくいくと信じている」
「森本さんと話をしました。彼の今後を考えると、環境管理全般について知ってもらわねばならないでしょう。また会社というものについての全体的な知識も持ってほしい。そういうことを環境監査体制の見直しの過程で教えていくつもりです。とりあえず明日から」
「そうか、頼むよ」
もう四半世紀以上前のことだが、当時私の上長だった方は、いつもすべてがうまくいくと信じていると公言していた。もちろん単にそう願っていたのではなく、あらゆる問題を想定し、それに対して対策を考えて、我々部下に実施させた。そして結果としてプロジェクト崩れを起こしたことは一度としてなかった。
そういうことをすれば仕事量は加速度的に増えて実行困難になると思えるのだが、その人は発生しないような事象に対する無駄な対策はしなかった。それは天才的な頭脳のなせる業なのか、偶然なのかわからない。
私も、すべてうまく行くと信じて仕事をしてきたが、失敗することが多かったのは、そういう才能がなかったせいだろう。

廣井は山田が去った後、環境保護部は役立たず人間のリサイクル工場のようだと苦笑いした。営業のお荷物だった山田を引き取って廣井が山田をリサイクルしたが、今度はその山田が、千葉工場のお荷物・・廃棄物かも・・をリサイクルするわけだ。
実は横山も脛に傷持つ身で・・
山田の場合は、ここに居ついてしまったが、森本は一人前にして千葉工場に返してやらなければならない。そのときは森本の処遇もちゃんとしなければと思う。そうでなければ、今後、工場に人がほしいといっても、工場は人を出してくれないだろう。そのためには森本を監査ばかりでなく、環境管理全般について一人前にしないとならない。更にそのときには廣井自身が環境保護部長でいるのかいないのか、自分が異動することになれば後任に引き継がなければならないなと・・そんなことがとりとめなく頭に浮かんだ。

本日の不安
さて三者三様、各人各様の期待と不安があるようです。これからどうなるのでしょうか?
作者である私も不安でいっぱいで・・
ところで、横山の脛の傷はなにがよろしいでしょうか? 実は考えてませんでした。



名古屋鶏様からお便りを頂きました(2012.04.05)
昔、少々威勢のいい人がウチの工場に出向してきたことがありました。そのとき「どうしてウチに来たの?」と聞いたら「アッチの工場で上司とモメましてね〜。『世間の冷たい風に当たって頭を冷やしてこい』って言われまして」とか。
・・・ウチの工場はシベリア抑留地かと。
私の経験から言えば、女性で「脛に傷があって異動を希望」というのは大概にして「同僚と喧嘩」というのが王道でしょうか?

鶏様 毎度ありがとうございます
でもね、不倫と喧嘩もありがちで、もっとひねったものがないかと
例えば、実は男性であることがばれたとか
支社の不倫関係をすべて把握しているので飛ばされたとか


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