ケーススタディ 非製造業の環境教育3

12.08.21
ISOケーススタディシリーズとは

非製造業の環境教育のその3である。(その1その2はこちら)
山田はいささか二日酔い気味であった。昨夜は遅くまで飲んで議論した。藤本、五反田、横山もけっこう大声を出していた。まあ良い意味で、受講者と本音の議論ができたと思う。
受講者の言い分はおおむね、環境保護部は監査に来て「あれが悪い、これが悪いというが、欠点を指摘するのではなく、指導教育をすべきだ」というものであった。それに対して、山田はだからこそ、今年から従来あまり指導を行っていなかった非製造業に対して環境管理の教育を推進しているということを説明した。今回の結果が関連会社の環境担当者の環境保護部に対する認識をどう変えるか重大だなと感じたことである。
ともあれ、昨夜の懇親会の成果はあったと思う。

朝のオープニングで山田は前日のまとめ、今日のスケジュールの確認を行って、早速本題に入った。
「実務における近事故、ヒヤリハット事例紹介」のお題目は横山が担当した。山田は全員が何か担当しなければ面白くないだろうと、表の役も裏の役も均等に割り当てた。

横山
「まず言葉の意味ですが、近事故(きんじこ)というのは1950年代にアメリカで航空機事故を防ぐために考えられた方法です。飛行機事故というのは起きてしまえば、大きな犠牲も出ますし、その原因追及も困難です。昔はブラックボックスなどもありませんでしたのでなおさらでした。当時考えられたことは、事故というのは何も予兆というか類似事例のないところからは起きないだろうということでした。つまり、事故が起きる前、あるいは普段から異常が起きているような事例を集めて対策すれば、事故に至ることは少なくなるだろうと考えたのです。
それでパイロットたちに普段の業務で危ないと感じたことをすべてあげてもらい、それを分析して、危ないと感じたことが発生しないように対策をしたのです。その結果、事故が減ったと言われています。それを近事故法といいました。
ヒヤリハットは、それと同じとみなしてよろしいでしょう。元々は医療事故などで使われたそうですが、現在では労働災害などに広く、言われています。これは、ひやりとしたり、ハットしたことを共有の情報として、予防策をとることをいいます。
ちょっと話が替わりますが、ハインリッヒの法則というのをご存じと思います。これは20世紀初めに労働災害について調査したハインリッヒという人が見つけたと言われています。1件の重大な事故や災害に対して、29件の軽微な事故や災害が起きており、300件の災害に至らなかった不安全事象が起きているということです。この調査結果は労働災害についてですが、環境事故その他についても比率はともかく、概念的には同様であろうと推察されます。

ハインリッヒの法則のイメージ図

重大災害 1件
軽微な災害
29件
災害に至らない事象
300件

横山
「また話は変わりますが、環境事故や環境法違反を防止の防止に限らず、問題解決には二つのアプローチがあります。
ひとつは問題を起こさないシステム作りとか教育の実施など理論的なアプローチもあるでしょう。もう一つは、現実に起きた事故、起きなかった事故を収集してその対策をひとつずつ行っていくアプローチというものです。一見後者はレベルが低いと思われるかもしれませんが、地に足が付いた現実的で有効な方法であるともいえます。
「IBMの環境経営」という本があります。2002年発行とちょっと古いですが、今でも読む価値はあります。この本によると、だいぶ以前にIBM社でも漏えいやその他の事故が発生していたそうです。彼らはそれに対して大上段に振りかぶった対策をするのではなく、ひとつずつ発生原因を突き止めて再発防止策を徹底して行ったそうです。その結果、環境先進企業という名声を得たのです。私たちも空理空論ではなく、現実の事故、あるいは事故に至る前の事象を徹底的に対策していくということは大事なことです。
昨日、藤本部長からも非製造業でも環境法違反や環境事故と無縁ではないという話をいたしましたが、本日これから約1時間、今までにあった不具合事例を紹介したいと思います。
すべて当社の環境監査などで検出された実例ですので、みなさんも自分の会社を振り返ってみてほしいと思います。
この次に行われるケーススタディを考えるための下準備としたいと思います」

防油堤
横山
「皆さんは関東地方なので暖房用の灯油や重油タンクなどは保有していないでしょう。しかし北海道や東北では営業所などの建物や駐車場の暖房用の石油タンクを持っていることはめずらしくありません。
防油堤というのは消防法で定められているもので、石油などのタンクを設置する場合、漏れた時に備えてコンクリートや鉄板のプールというか風呂桶のようなものの中にタンクを置かなくてはなりません。これが防油堤でその内容積はタンクの容量の110%以上となっています。
ところがちょっとみると、防油堤の中を空にしているのはもったいないのですね。つい物を置いてしまいます。もちろん物を置けばその分、防油堤の内容量はすくなくなりますから、消防法でそういった行為は禁じられています。でもね、多くのところで荷物や資材置き場にしている例が見られます」
なにがし
「当社でも暖房用の石油タンクがありますが、実をいって防油堤というものがありません。なくてはまずいのですか?」
横山
「まー、それはこの事例以前の話ですね。200リットル以上は義務で、未満でも設置が推奨されています。
もし200リットルとか400リットルなど小さなものでしたら、ステンレスなどで既製品の防油堤が売られていますから、そういったものを買ってくるのが良いと思います。
そして、それ以前の疑問ですが、200リットル以上保管するときは消防署への届が必要なんですが、大丈夫でしょうか?」
なにがし
「うーん、私が担当してからは記憶がありません。いや、これは参ったなあ、戻ったらすぐに調べます」
横山
「やはり防油堤の話ですが、雨が降ったり雪が降ると防油堤の中に雨水がたまります。当然、そのときは水を排出しなければならず、そのための水を排水する蛇口がつけてあります。雨が降ったあとは、石油が漏れていないことを確認して蛇口から中の水を排水して、再び蛇口を閉めることになります。
ところが、その後蛇口を閉めるのを忘れているケースが非常に多いのです。ある工場で、たまたまタンクから石油が漏れて、空いていた排水口から石油が側溝に流れ出たことがあります。これでは防油堤の意味がありません」
なにがし
「えー、防油堤にバルブが付いてるのは知ってましたが、そういうことをしなければならなかったのですか? 当社の防油堤には水がたまってボーフラがわいてますよ」
みなはどっと笑った。

可燃物の保管
横山
「東日本大震災後、ガソリンや灯油が入手難になりました。それで東北では、一般家庭でもガソリンが手に入るときは買い置きしていました。
福島大好き そんな大事件でなくても以前から田舎の代理店などでは車庫の中にガソリンを買い置きしていることがあります。ガソリンスタンドも最近はドンドン減ってきており、そういう対策をせざるを得ないこともあるのでしょう。
しかし、ガソリンの場合は40リットル以上を保管するときは消防署に届け出なければなりません。一斗缶には19.5リットル入りますから、3つ保管すると届出の対象となります。皆さんの会社でガソリンを保管しているところもあると思います」
なにがし
「私どもでもガソリンは買い置きしています。しかし現実問題として止めるわけにはいかないですね」
横山
「当方としては、消防法その他を守って保管することとしかいいようがありません。だから火災防止だけでなく施錠など盗難防止、漏えい対策なども行う必要があります」
なにがし
「はー、そうなんですか? 当社ではそんなことしてませんねえ〜。車庫に一斗缶を置いているだけです。ありゃ、まずいか?」
横山
「そのほかにも可燃物の保管には注意が必要です。倉庫などを持っていれば、製品を運ぶ木製やプラスチックのパレットがあると思います。これも大量に保管していると、指定可燃物となりますので、消防署への届出や消火器の設置などが必要です」
なにがし
「パレットがどれくらいあると該当するのでしょうか?」
横山
「法律ではなく市町村条例で届出量を決めているはずです。ゆるいところで100立米、普通は50立米くらいですね。重量で言うと・・30トンくらいですか、パレット1枚の重さは15キロくらいでしょうから、200個あると該当しますね」
なにがし
「200個かあ、倉庫全体にはそれ以上ありますねえ」
横山
「法律では製品を積んでいるパレットは指定可燃物には該当しません。パレットに品物を載せずにおいているものが該当します。
また、指定可燃物には段ボールも入ります。これは1トンで届け出対象です。段ボールの嵩比重(かさひじゅう)は0.08くらいですから、12立米つまり縦横3メートル高さ1.5メートルもあれば届出しなければなりません」
なにがし
「えー、それじゃ当社の倉庫に積まれている製品はみな届け出対象ですか?」
横山
「これもパレットと同じ考えで、製品を梱包している状態の段ボールは非該当です。ダンボールのみおいてある場合が該当になります」
なにがし
「なるほど、そうだとしても当社の段ボール置場にはそれ以上あるなあ〜」


危険物保管庫
横山
「塗料やグリースなどを扱っている販売店には危険物保管庫があると思います。そういった保管庫は設置する時に消防署の検査を受け、それに合格して使用開始することになっています。しかし適切に運用していないケースも過去に見つかっています。
例えば危険物保管庫の出入り口には内部で漏えいしたときに備えて流出防止のための溝があるのですが、台車で出入りするとき凸凹では困るので、木材でその溝を埋めていたところがあります。
そんなことをしていると漏えい時にその上を塗料や石油が流れ出てしまうことになりますし、木材は燃えますから、危険物貯蔵所に可燃物をいれておくことがそもそもが法違反です。そういう場合は、グレーチングで通路を確保するなど、まっとうな方法を取らないといけません」
グレーチングとは金属の格子状の側溝のふたをいう。
台車
横山
「台車に荷物を積んでおく場合、車止めをすることが必須です。ストッパをしていないと床が平面でない場合はひとりでに動きますし、地震などあれば大変危険です」
なにがし
「事務所で使っている台車で経験ありますよ。なにかのはずみで台車が動き出して暴走したことがあります。笑い話みたいですが、笑いごとじゃありませんね」

廃棄物管理
横山
「廃棄物管理を子会社とか下請業者に任せているところは多いのです。仕事を任せていても、責任は依頼している会社にあります。ですから、実務をしっかりしているかを定期的に点検するなど指導監督をしていなければなりません」
なにがし
「でも、こちらが廃棄物管理がわからないから子会社に任せているわけですよ。そんなこと実際にはできません」
横山
「事情はわかります。しかしそれでは問題なわけです。そういった場合どうしたらよいのか、これから考えていきましょう。
また、どの会社でも廃棄物置き場というのは建物の陰とか敷地のすみというのが多いと思います。紙屑、木くずなどは放火されることが多いので、通路に面したところにはおかないことが大事です。また機械部品や廃棄するパソコンは盗難の恐れがあります。もし盗まれた物から事故や情報漏えいなどがあると盗まれた方も、管理不徹底の問題が指摘されます。そのようなことのないように・・・」
なにがし
「現実問題として、できないことは多いですよ。場所もないのに、廃棄物置き場をどうせいっていうんですか?」
横山
「もちろん完璧にはできないかもしれません。しかしオープンな状態ではなく、スチール製の物置に入れるとか、誰でも出入りできるないように囲いをするとか、公共の通路から手の届くところに置かないなど配慮は必要です」
横山
「イベントやキャンペーンのときには、社名入りの景品や資料を作ったりしますね、
そういったものの残りを廃棄するときは、社名を抹消するとか、処理方法を指定してその通りさせるなどの方法をとらなくてはなりません。社名入りのものが大量に流れたりしたり、場合によって不法投棄されると大きな問題になります」
なにがし
「実際に仕事をしていれば、イベントで使ったものの残りなんて管理できませんよ」
横山
「そう言われると困りますね。しかし不正に転用されると、御社の、いや、鷽八百グループの名誉の問題になります。廃棄を委託するときは、最終処分まで確認するとか、廃棄した証拠写真の提出を求めるとかすることが必要です」

旧品の引き取り
横山
「お客様から古い製品が不要になったので引き取ってくれと言われて、引き取ってきたということはけっこう見られます。しかし最近は下取りとみなす範囲とかも厳しくなってきていますので、そういったケースについて社内のルールを定めてそれに則り仕事をするように指示しなければなりません」
なにがし
「うーん、その話は分かるけど、厳密に運用したらコンペティターとの競争になりませんよ。ある程度グレーゾーンというか、裁量の余地があると思うのですがね」
横山
「おっしゃるとおりです。業種や製品によっては、グレーゾーンというか、切り分けする線が異なるかもしれません。しかし自社の業種や業態によってその線引きをしっかり定めておくことは必要です。それと危ないことまでして注文をとることはないという考えもあります。ビジネスに私が口出しできないことはわかりますが、『他社が輸出管理令を破って商売しているから、当社だって』というのはありえません。環境においても同じです」

山田は横山の対応を眺めていて、突っ込みを受けても五反田や藤本に助けを求めず適切に対応しているのを見て、なかなかやるわいと思った。しかしこれではいよいよ山田のいる場所がなくなってしまうとも思うのだった。

うそ800 本日のまとめ
本日はこんなことがあるから気を付けてね、ということを知らしめるだけです。実際の事例研究はその4以降で進めたいと考えています。


ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(2012/8/20)
工場勤務の間は、雨が降った翌日に防油槽に溜まった雨水をバルブを開けて排出するのが私の準日課でした。
別に誰かに指示されてやっていたわけではないですし、特に引き継ぎもしなかったので、今はどうなっているのやら?

今はどうなっているのやら?
たいがぁ様
冗談言わないで 笑


名古屋鶏様からお便りを頂きました(2012/8/21)
安衛法ではリスクアセスメントによって危険度を評価し、防止策をとることが「努力義務」になっていたかと思います。
一見すれば「正しい」方法に見えますが、これも実際やってみると隔靴掻痒で「何だかなぁ」という気がしてきます。点数計算をするあたり、何処か「環境影響評価」の既視感が・・・w
それよりもIBMのように「細かいことからコツコツと」進める方がいいように思います。何しろ認知していないリスクってのはどの道、評価表に記載されること自体アリエナイのですから。

鶏様
安衛法のオママゴトも存じております。
点数をつけずとも、これは危険だと判断できないのでしょうか?
大昔に社会人になったとき、職場には戦争帰りの恐ろしい人たちがいっぱいいましたが、彼らも安全靴、保護具なんては厳守していました。体で危険を感じていたのでしょう。
点数ねえ、考えた人は価値があると思ったのでしょうね・・・私にはワカリマセーン

8/22追加
労働安全関係の人から苦情があるかと思って以下を追加する。
私は数年前に、労働安全の点数法を理解しようとして、本を何冊か買い一生懸命に読んだ。
その結果は、全く理解できなかった。
医療リスクなどにおいて、リスクの比較は数値である。例えばあるリスクによって日本人の平均寿命が何年(実際は何日)短くなり、その対策の費用は○千億円である。別のリスクは何日で○千億円である。さあ、どっちを対策するか? ということになる。
それに対して労働安全の点数は・・・
もし点数法が意味があるというなら、強度率、度数率、費用、人間の負担などなんでもいいのだが、実績、統計データに基づかなければならないのは当然だ。
これは5点、これは3点にしましょう! そういうオママゴトではだめでしょうね


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