天狗退治 その3

12.12.02
ISOケーススタディシリーズとは

前回までのあらすじ
内山
内山です
甲府工場の環境管理課に内山という若者がいました。ちょっとばかし有能で天狗になり、上司の命令には従わず文句ばかり言う鼻つまみ者です。
困り果てた甲府工場の島田部長は、内山を本社に預けて鍛えてもらうことにしました。当然、本社の山田課長にその仕事が回ってきました。
ところがこの内山さんは本社に来ても山田さんの指導が気に入らず、文句ばかり言うのです。不満を持つ人はどこに行っても、誰にでも不満をもつものですね。困ったものです。
さて、本日はどんなもめ事を起こすのでしょうか?
楽しみです。いや、苦しみです。



朝、山田が横山を呼んだ。
山田は、昨日、都内の販売会社に監査に行っていた。その関係だろう。
横山
「山田さん、なんでしょうか?」
山田
「昨日さ、大田区にある販売会社に監査に行ったんだけど、もうめちゃくちゃなんだ。そこが関係する環境法規制と言えば廃棄物処理法くらいなんだけど、廃棄物契約もなんだかわからんし、マニフェストは業者が持ってきたものにサインしているだけってあんばいだ。
放置しておくわけにはいかないから、すぐに手を打ちたい。
すまないが今日の午後そこに指導に行ってきてほしい。先方の担当は大野部長という人だ。先入観なしで行ってみて、とりあえずどうするか、行政と相談するという前提でどういうとこまでして、どういう話に持っていくかを一緒に考えてきてほしい」
横山
「わかりました。せっかくですから内山さんを連れて行っていいですか?」
山田
「ああ、そうだったね、ぜひそうしてくれ。私から内山さんに言おう。
オオーイ、内山さん、ちょっと来てくれ」
内山
「はい、山田課長なんでしょうか?」
山田
「今日急ぎの仕事って特にないだろう。横山さんに都内の会社の指導に行ってもらうので、一緒に行って横山さんのお手並みを拝見してきなさい。大田区だから片道1時間もかからない。帰りは直帰でいいよ」


横山は先方に電話して今日の午後に打ち合わせする約束をとった。11時過ぎに出かけた。昼飯を途中で食べて午後一に着くだろう。もっていくものなどない、手ぶらである。最近は横山も堂に入っている。
京急蒲田駅で降りて、近くの食堂で昼飯を食べる。それから住宅地とも工場地帯ともいえないようなところを10分ほど歩いた。
内山は興味津々という感じだ。
内山
「本社では外出なんてしょっちゅうあるんですか?」
横山
「そりゃあるわよ。仕事があれば出かけますから。それに自分が出たいと思えばいつでもしたらいいじゃないですか。講演を聞きに行ってもいいし、図書館に調べものをしたり、行政に相談に行ったり・・
私は工場にいたことがありませんが、工場では外出はあまりないのですか?」
内山
「工場では構内で仕事するのが通常ですから、工場外に出るなんてのはめったにないですね。外出なんてするとうきうきしますよ」
横山
「本社にいるといやでも外出しなければなりません。
出張も多いですよ。私は最近出張が減りましたが、以前は毎週4日くらいは出かけてました。正直言って連続ですと疲れますね。週に3日くらいですといいのですが」
内山
「うわー、そんなに出張できたらいいですね。ボクもずっと本社にいてそんな仕事をしたいなあ」
横山
「ご冗談を、観光じゃありませんから、楽ではないですよ。夜討ち朝駆けってご存知?、始発の電車で羽田に行くとか、帰りは空港で最終のリムジンバスに乗って家に着くと真夜中過ぎとか普通ですよ。
それに、出張とか外出をするということは、何らかの成果を出すために行くわけで、手ぶらで帰るわけにはいきません。今日は、昨日、山田さんが監査に行った会社で廃棄物管理がなってないからその指導に行けというのです。ということで、今日はその会社の問題の整理と、対策を決めないと、明日山田さんに会わせる顔がないということになります」
内山
「そうですか、ボクは廃棄物なら詳しいんです。ぜひボクに任せてほしいですね」
横山
「内山さんのお手を煩わすまでもないと思います。私の手におえなくなったらバックアップをお願いしますよ」
内山
「ところで山田課長が監査で見つけた問題なら、なぜ山田さんが指導しないのですか? 例えば昨日監査を終えた後に、時間が遅くなっても指導すればよかったのに。山田課長は面倒なことはしないのですか?」
横山
「山田さんは監査の中立性というのを非常に重要視しているからです。監査で見つけた問題が客観的に正しい判断であったかというのがまずひとつ、もうひとつは監査と指導とは別の機能であって、同じ人がするのはコンフリクトであると考えているの」
内山は横山の話の内容がよく分らなかった。ただ、山田が面倒だから横山に振ったのではないということは何となく理解した。


二人は目的地に着いた。木造モルタル造りの2階建て、小さな会社である。
横山は早速先方の大野部長に会い、状況確認にあたる。
その会社は過去、廃棄物処理法など読んだこともないらしく、契約書もマニフェストも業者が持ってきたものにサインや押印しているだけだ。なんと過去一度もマニフェスト交付状況の定期報告もしたことがない。よく今まで問題にならなかったものだと驚く。
横山は過去5年間の関係書類を全部出してもらい、大きな机に並べた。
幸い委託している廃棄物業者は収集運搬業者が1社、中間処理業者が2社しかなく、それらとの契約書を並べてみると、なんとか5年分はそろいそうだ。
契約書とマニフェストの保管期間は5年間と法律で定められている。
それから5年間のマニフェストを並べる。毎年せいぜい7・8枚なのでこれもそろう。もっともA/B2/D/E票の全部があるわけはなく、あちこちが欠けている。次に契約書の要件のチェック、マニフェストの要件のチェック、廃棄物の流れ、業者の許可要件との照合をする。
午後一から始まってなんとか全部見終わったのは4時過ぎだった。
それから横山はコピー黒板に現状の問題と、対策をまとめていく。そして大野部長と対策打ち合わせを行った。
横山
「大野部長さん、いろいろ問題がありますが、幸い委託している業者はまっとうなところのようで、今まで違反などに関わったことはないようです。とはいえ契約書の契約期間にすきまがあったり、要件が漏れていたり、帳票の記載漏れなどが多々あります。それで問題点をまとめますから、最低限することをしてから、都の廃棄物課に相談に行くことにしてください。問題があっても不法投棄などに関わっていないので、向こうも善後策について相談に乗ってくれるでしょう。そうしておけば今後はしっかりやれば大丈夫です。
このまま放っておくと問題ですし、相談もしておかないと後で問題が起きると大変ですから」
内山は来るとき「ボクに任せて」と言ったものの、横山のしていること、その手際の良さを見てすっかり驚いてしまった。内山も廃棄物管理の経験は5年しかないが、横山がそれより短いことは間違いない。本社に来る前は、横山のことを支社から転勤してきた環境管理のど素人の女としか見ていなかった。そして彼女よりも自分の方が本社で働く資格があると内心考えていたのだ。しかし実際に彼女のしたこと、そして問題を見つけた時の判断をみると、廃棄物管理に関して内山よりも詳しいことは間違いない。
帰り道、二人は品川で分れた。それから内山は寮に帰る道々、横山と自分の力量を比べてその差がどうしてあるのかを考えた。もちろんその理由はわからなかった。



ある朝のこと、環境保護部の電話が鳴った。内山が電話を取る。
内山もやっと電話が取れるようになったかと周りの人は思った。

実をいって職場を変わった直後は電話をとることができない。いや電話をとっても話をする以前に、相手の言葉が分からないことが多い。職場、職場に方言や職場固有の略語があって、それを覚えるまで受話器をとっても日本語と思えないことが多いのだ。
例えば部門の名称は正式な名称を言うことは少なく、通常は略して呼ぶ。営業一課なら営一、海外営業部なら海営など文字に書かれればなんとなく想像がつくが、電話で「エイイチの誰々ですが」なんて言われると全く理解できない。
正式に略称を決めているにせよ、みんなが呼び習わしているにしろ、こういった呼び方を覚えないと電話をとっても役に立たない。
それと人の名前を憶えないと、相手の言葉を聞いても音として認識するだけで人の名前と理解することがなかなかできない。以前の職場に石橋さんがいれば「市橋さんをお願いします」というのが「石橋さんをお願いします」としか聞こえない。
実は最近、某所で某イベントの受付をしていたのだが、そこでは同時にいくつものイベントが行われていて、来場者に「○○はどこですか?」と聞かれるのだが、その会議名を聞いても聞き取れない。特にカタカナ名だと、自分の耳が機能していないように思える。
内山
「ハイ、環境保護部です。マニフェストのことですか? はいわかります。どうぞ・・・」
?
「・・・・・」
内山
「一廃にマニフェストを交付するというのですか。変ですねえ〜、マニフェストは産廃だけでして、一廃には不要ですよ。どういうことでしょうか?」
一廃とは一般廃棄物、産廃とは産業廃棄物の略です。

横山が脇から手を伸ばして、内山から携帯電話を取り上げた。
横山
「電話を代わりました。横山と申します。一廃のマニフェストでございますか。お宅様はどこの都道府県に所在しているのでしょうか? ああ、北区ですか、ハイ、それはですね・・・」
横山は説明を終えて社内用携帯を内山に返しながら話しかけた。
横山
「ごめんなさいね、話がこじれると困るので私が対応した方が良いと思ったので。
都会では一廃でも、多量排出事業者には契約書締結と一廃用マニフェスト交付を条例で義務付けているところが多いのよ。東京都では23区の半分くらいがそういう条例を制定しているの。東京に限らず大都市では多いわね。内山さんがいた甲府にはなかったから知らないのは無理もないわ。
ともかくそんなわけで代理店などから、一廃のマニフェストについての質問も多いの。マニフェストに関する問い合わせのときは、一廃か産廃かを確認することが必要で、一廃のマニフェストと言われたときは、所在地をまず聞いてください。 一廃のマニフェストといっても都市や区によって規制内容も様式も全く異なりますので、所在地を確認しないと次に進めませんから」
内山は横山が話をするのを黙って聞いていた。
内山は一廃のマニフェストなど聞いたことがなかった。自分の工場に関わる法規制や条例は詳しいつもりだったが、本社では全国区を対象にしているのだから、各地の条例や要綱を知らないと工場や関連会社を指導することはできないということを思い知らされた。



今日は内山と横山は、東海地方にある大きな製造業の関連会社に監査に来ている。
辻井課長武内課長
辻井課長武内課長
監査側は、監査リーダーは横山、工場からの参加は九州工場の辻井課長と関連会社の武内課長である。山田から内山は監査員としてではなく、オブザーバーとして参加することと言われているので今日は監査を担当するのではなく陪席だけだ。
監査とは、工場巡回をして、概要をつかみ、関係する法規制や鷽グループの環境基準を守っているかを確認するというのは同じだ。横山は公害関係を辻井課長、省エネ規制と化学物質関係を横山、廃棄物関係を武内課長に割り振り、内山は甲府工場で廃棄物担当だったので武内課長について見学するようにと指示した。
辻井課長はもう何度も監査に参加しているベテランだが、武内課長は初めての参加であまり手際が良くない。また廃棄物にもあまり詳しくないようだ。そんなわけで、帳票のチェックや書類のチェックに手間取り、遅れ遅れになる。
それでも一生懸命にヒアリングをしたり帳票チェックをしたりがんばっている。
武内課長
「昨年JESCOにPCBトランスを出したのですか。それで今年のPCBの定期報告では員数が変わっているのですね。数はあってますよね。ハイ、けっこうです」
JESCOとは日本環境安全事業株式会社の略で、PCB処理のために設立された国策会社、というか元々は(特殊法人)環境事業団が行革で株式会社に改組されたもの。
そのとき内山が脇から口を挟んだ。
内山
「PCB機器を排出したときに、トランスをいじった軍手などはどのように処分したのですか?」

?
監査を受けていた担当者が内山の方を見て言う。
「軍手は綿ですから当然、一般廃棄物になります」
内山
「PCB汚染物として特管産廃になるんじゃないですか。PCB汚染物はまだ処理が行われていないから、工場で保管しなければならないと思いますが」
?
「ええ、それって本当ですか? 当社では既に一般ごみとして処分してしまいましたよ」
武内課長
「内山さん、それはどの法律に決まっているのですか?」
内山
「PCB汚染物が特管に該当することは廃棄物処理法に書いてあります。そんなの基本のキですよ」
正確には「廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令」の第2条の4の第5項(4)号に「繊維くず(事業活動等発生物に限る。)のうち、ポリ塩化ビフェニルが染み込んだもの」と定めている。
武内課長
「えー、するとそれは廃棄物処理法違反になるのですか?」
内山
「そうなります」
三人がワイワイ話しているのを横山が気にして、やって来た。
横山
「何か問題がありましたか?」
武内課長
「ここでは昨年、PCBトランスをJESCOに処理委託したのですが、そのとき使用した軍手などを一廃として出しています。内山さんのお話ではPCB汚染物として特管産廃として処理しなければならないそうです」
横山
「うーん、困ったわね。といってもその処理がまずいってわけじゃないんですけど・・
内山さん、まずあなたはオブザーバーだから監査に口を挟んでは困るんですけど。
それとPCB汚染物になるかどうかは、軍手にPCBが付着したかどうかで決まります。トランスからPCBの漏れとかあったんでしょうか?」
?
「いや、漏れもありませんし、元々PCB含有が明白なものですから、中身を取り出して検査することもしていません。だからPCB付着はありませんでした」
横山
「じゃあ、武内課長さん、とりあえずその問題はないとして進めてください。
それから申し訳ないけど、内山さんは口を出さないでくださいね」
そういって横山はまた自分のところに戻った。
内山は色を失った。自分は廃棄物の専門家だと自認していたが、廃棄物など扱ったこともない横山に軽くいなされてしまったのだ。ショックであった。


武内課長
「分工場で出た廃棄物が特別な廃棄物業者でないと処理できないので、完成品と一緒にその廃棄物を本社まで持ってくるんですか。なるほど、
ええと、通常、自社の廃棄物なら自社運搬というのがあると思いますが、それは御社の人が運搬しているのですか?」
?
「いや、構内にある別会社、当社の子会社になりますが、そこの人が運搬してきます」
武内課長
「あれえ、10キロも離れた分工場から運んでくるって、それって自社運搬にはなりませんよね。大丈夫なのかな?
内山さん、教えてほしいのですが、その場合は自社運搬となるのでしょうか?」
内山
「横山さんから口をはさむなと言われましたが、監査員である武内さんからの質問に答えるなら問題ないでしょう。廃棄物処理法ではいけないと思います」
武内課長
「そうですよね、それではこれは違法となるようですね」
?
「えー、そうなんですか。それは大変だ。対策については検討します」


監査側の打ち合わせである。
武内課長
「分工場からの廃棄物運搬を子会社にさせているのですが、公道を走っているのです。これは廃棄物処理法違反になると思いますので不適合としたいです」
横山
「まず運搬について行政にそれでよいかどうか、確認しているかどうか質問していただけましたか?」
武内課長
「いや、聞いていません」
横山は電話をかけた。
横山
「環境課長さんですか、横山です。
あのう分工場からの廃棄物運搬を子会社にさせていると聞きましたが、それで問題ないかどうか行政に確認していますか?
していない、じゃあ大至急問い合わせてください。ハイ、返事を待ってます」
横山
「だいぶ前は廃棄物の運搬は自社か廃棄物処理業しかできなかったのですが、小泉首相のときに規制緩和措置として、構内なら許可のないところに委託しても良いということになりました。更にその運用について「規制改革通知に関するQ&A集」(平成17年7月4日)というのがでていまして、『構外又は建物外で行われる場合には、一般的には個別の指揮監督権が及ぶと認めることは難しいと考えるが、実質的に構内又は建物内と同等の指揮監督権が及ぶと認められる客観的要素があれば、本通知が適用可能である。御質問のケースについては、本通知の趣旨を踏まえ、都道府県等により個別具体的に判断されることとなる』となっています。最終的には都道府県の判断ということになります。ですから問題があるかないかは問合せ結果次第です」

横山がそんな話をしているとき電話が鳴った。
横山

「ハイ、横山です。ああ、そうですか、良かったですね。はい、わかりました」
横山が電話を切ると
横山
「県の環境課に問い合わせたら、そういう状況ならOKだという回答だったそうです。
そうしますと、この運用は問題なかったから良かったですが、法を把握していなかったということは問題ですからこれを不適合にするのは必然です」
横山のテキパキとした判断と行動に、武内は感心し、内山はますます打ちのめされてしまった。



その日、監査を終えて東京に帰る新幹線の中である。
内山
「ボクは廃棄物の担当を5年していましたので、廃棄物に関する法規制は詳しいと思っていましたが、とても横山さんにかないません。横山さんはどのようにして法律を勉強したのですか?」
横山
「アハハハハ、私は元支社の総務にいて、オフィスの省エネとか廃棄物を担当していましたが、廃棄物処理法なんて細かくは知りませんでした。本社の環境保護部に来て3年くらいになりますが、監査や法律相談を担当してまだ2年です。はじめは見よう見まねでしていたんですけど、失敗ばかりしていました。そんな失敗から学んだということでしょう」
内山
「山田課長は教えてくれないのですか?」
横山
「教えるということはどういうことなのでしょうか? 手取り足取りという言葉がありますが、そんな方法が使えるのはほんとうの基礎だけでしょうね。中級以上ではその人に考えさせたり、やらせてみることが指導というのでしょう。
本社への工場や関連会社からの問い合わせって、法律を読めばわかるようなことってありません。そもそも法律を読めばわかるようなことを聞いてくる人はいません。
ともかく、そのような教科書の練習問題のようなことがあるわけではないので・・・
山田さんはいろいろな問題が起きたり問い合わせが来たりすると、初めは簡単なもの、そして段々と難しいものを私に回すようにしていました。もちろん最初の頃は、私は何も知りませんから、法律を読んだり過去の事例を参考にしたりして対応しました。山田さんはそれを見ていて、問題解決のアプローチや解釈に間違いがあればその都度指導するという感じでしたでしょうか。
そしてむしろある程度の失敗はわざとさせたという気がするんですよ。それって山田さんが悪げがあるのではなく、失敗させることも勉強になると考えていたように思います。
ともかくそんなことを半年、一年していると、だいたいは頭に入ってしまいました。公害関係はかなり枯れているといいますか、最近は規制が厳しくなったりしていますが、基本は昔から変わっていません。環境法規制の中では廃棄物が一番複雑って言いますけど、これもじっくり取り組むとそんなに複雑でもないし、問題のバリエーションってあまりないんですよ。ただ行政によって判断が異なる場合があるけど・・・これも各地の判断を調べれば終わりだし・・
そもそも環境関連は法規制が複雑だって言われていますけど、労働安全衛生関係だって複雑ですよ。ひとつの法律に省規則が20も30もある法律なんて他にないでしょう。外為法だって簡単じゃないわよ。環境を担当している人はそんなこと知らないから、環境関連は法規制が複雑だって思ってるだけじゃないですかねえ。
ともかく、内山さんは5年も廃棄物を専門に担当されてきたなら、分らないことなどないでしょう」

私も後輩にこのようにして指導した。しかし正直に申し上げるが、それで育つ人もいるし、自分からは学ばないというかそもそもやる気のない人もいる。そういう人は厳しく言ってもどうにもならずお手上げだ。少なくても私の部下や後任にはしたくない。
いや「したくはなかった」と過去形で言わねばならない。

内山
「先ほどのPCBの軍手の話ですが、私はてっきりそういう仕事をすればPCBが付着するだろと思い込んでいました」
横山
「これも経験からなのですが、PCBトランスの積み込みに何度か立ち会ってみればわかります。まず会社の人はなにもしませんもの。仕事をするのは収集運搬業者です。PCBの許可を持っている業者はPCB機器の取り扱いは排出する会社の人より詳しいんです。それで会社の人がへたなことをすると破損や漏れを引き起こしますから、排出者に手を出させません。ですからあの会社でPCBトランス排出時に使った軍手というものはせいぜい立会い者が着用していたとか、倉庫から運び出すときにシャッターを開けた程度でトランスに直接触っていないと思いますよ。もちろんそうであるのかどうかヒアリングしなければわかりませんが」

内山は黙って横山の話を聞いていたが、やがて
内山
「本社の人はみなすごい人たちなんですね。工場にいたとき、本社の人だって工場と同じレベルだと思ってました。だからボクも本社で一人前だろうと思っていたのです。
でも本社でいっしょに働くと、みなさんがものすごいプロフェッショナルだということがよく分りました。ボクが工場でプロだと思っていたのは、井の中の蛙カエルだったのです、つくづくそう感じます」
横山
「そんなことないですよ。ただ廣井さんや山田さんのようなすごい人がいるので、そういう人のようになりたいと思うことが大事よね。進学校ではあまり勉強しろって言わなくてもまわりがみんな勉強するから自分もせざるを得ないでしょう。あるいは徒競走なんかで、早い人と一緒に走るといつもより早く走れるでしょう、そんな感じね。
それから工場や関連会社から頼られるということがあります。誰でも、頼られるとそれに応えなければならないと思います。
もうひとつ、『ワカリマセン』、『デキマセン』というのは本社では禁句ですから絶対に言ってはいけません。もっともそれは本社に限らないか・・・わからなかったら勉強して回答する、できないならできるように努力するしか道はありません。そうしなければここにいられませんから。
よく上司が無理難題を言うって人がいますけど、ほとんどの場合、無理難題じゃないですよ。それくらいやらなくてはいけないのです。内山さんだって若い人を見て、自分がその年齢の時はもっと仕事をしていたって思うでしょう。それは勘違いでもなく、その差、ギャップこそ私たちが彼らに教えなければならないことのはずです」
内山
「ボクは廃棄物のことしか知りませんし、それも自分が思っていたほど詳しくないことがよく分りました。どうしたらいいのでしょうね」
横山
「内山さん、何を語っているの、私が今までにした失敗を知ったら安心するわよ。失敗は誰でもするし、誰でも知らないことはたくさん。でも失敗したら失敗しないように勉強する、知らないことがあればすぐに調べる。そしたら少しずつ失敗も知らないことも少なくなるわ」
それ以降東京に着くまで、ずっと内山は黙っていた。

次回に続く

うそ800 本日の言葉
自信喪失とは自信過剰な人にしか起きない。
常に未熟を自覚して向上に努めている人は、不覚を悟っても自信を失うことはない。


名古屋鶏様からお便りを頂きました(2012/12/2)
鶏の部署にもタマに中途採用の新人が来ることがあります。初めのうちこそ「オレには他社での実績と実力がある」と鼻息が荒いのですが、1ヶ月もせずに「とても自信がない」と言い出すのがテンプレで・・・
敗北を受け入れてなお、そこから向上しようというのは、ある種の才能なのかも知れません

自信にあふれるのが良いのか、謙遜がいいのか・・・それが疑問だ
ハムレット
なんてことはないでしょうけど、なにごとも中庸がよろしいようで



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