ケーススタディ 手順書

13.05.12
ISOケーススタディシリーズとは
このケーススタディシリーズは山田太郎が主人公であるが、たまには山田以外が主人公であってよいかと考えた。という気まぐれで本日は横山が主人公である。

横山は4月と5月は出張が少ない。というのはわけがある。工場長や子会社の社長や役員は4月1日付けで異動する。そして6月には株主総会がある。また工場の環境部署も法律で定められている報告は6月末までというのが多く、4月5月は忙しい。というわけで4月から6月までは監査はしないように年間スケジュールを決めている。そんなわけで今の時期は環境保護部は全員がそろっている。
昼下がり、横山が前年度の監査報告のとりまとめをしていると、岡田が声をかけてきた。
岡田
「横山さん、ちょっといい?」
横山
「なんでしょうか?」
岡田
「お昼休みアキバまで行ってケーキ買ってきたのよ。コーヒーでも飲まない」
横山
「うわあ、ナイス」
二人はそれぞれの上司である山田や中野を気にもせず、打ち合わせコーナーにドッドドと行ってしまった。
岡田
「何の番組か忘れたけど、テレビでこのケーキのことを褒めてたのよ」
横山

「私も何かで聞いたことがあるわ」

二人はまじめに仕事をしている廣井、中野、山田を気にせずにコーヒーを飲みケーキをぱくつく。
 
岡田
「真面目な話なんですけど〜、この前、人事の教育の話をしたとき会社規則とか手順書の話がでたわよね」
横山
「うんうん」
岡田
「手順書っていうのか、当社の場合は会社規則ですけど、どこまで詳しく書くかあるいは簡略化するべきかということを考えると、どういうものがあるべき姿なんでしょう?」
横山
「あるべき姿というのはないと思うわよ」
岡田
「ないというのは?」
横山
「手順書というものの語義というか範疇というのもはっきりしないけど・・、そういやマニュアルという語もはっきりしていませんねえ〜。まあとりあえず物事を規定するだけでなくガイドラインを示すような文書も含めてみると、最も簡略なのはノードストロムの『お客様が望むことをすること』というようなものがある。私はそれについては本を読んだだけで、それが真実かどうかわからないけど、手順書のシンプルという方の一端にあるとしましょう。
他方は詳細に5W1Hをことこまかく規定した、誰でもそれを読めば仕事ができる手順書というのかなあ〜、そういうものが存在するかどうかは疑問ですけど・・ まあ、そう仮定して話を進めましょう」
岡田
「私はISO審査に立ち会ったことがありませんが、本などを読むと『誰でも読めば仕事ができるような手順書が良い』と語っている審査員が多いですね。というよりも、それ以外のアイデアを語っているのを読んだことがありません」
横山
「その発想は間違いだと思う」
岡田
「間違いなのですか?」
横山
「まず『誰でも』という『誰』がどんな意味かというところが不明ですし・・・」
岡田
「私は、普通の知識知能があるという意味かと思いますが・・」
横山
「手順書がどうあるべきかということは、ISO14001やISO9001に書いてあります。
ISO9001:2008では4.2.1の注2に
 
文書化の程度は、次の理由から組織によって異なることがある。
a)組織の規模及び活動の種類
b)プロセス及びそれらの相互関係の複雑さ
c)要員の力量
と書いてあります。
ISO14001:2004では序文の一番後ろに
 
環境マネジメントシステムの詳細さ及び複雑さの水準、文書類の範囲、並びにそれに向けられる資源は、システムの適用範囲、組織の規模、並びにその活動、製品及びサービスの性質のような多くの要因に依存する。
とあります。
つまりどこまで手順を文書化するかは、教育訓練や要員のレベルによって変わるということでしょう」
岡田
「先ほど横山さんがおっしゃった、ノードストロムの話は私も読んだことがあります。今の話からすると、そういう単純なルールで仕事ができるというのは、サービス業のお仕事は簡単だからということでしょうか?」
横山
「そうじゃないと思う。逆にノードストロムは要員のレベルが高いということでしょう。誰もがプロフェッショナルで、いわゆる手順書に書いておくべき様なことを体得しているから手順書は不要であるということでしょうね」
岡田
「手順を理解させるために訓練するというのも変ですよねえ〜。だって訓練するための文書が手順書なのでしょう」
横山
「そこは簡単に割り切れないと思う。手順書というか、あるいは対象とするレベルによって指示書というか、ガイドブックというか、そういうもの全体について考えるとしましょう。
例えば飛行機の操縦を考えた時、ものすごく膨大なマニュアル類があると思います。でも実際に飛行機を飛ばすとき、それらをいちいち読むことはできません。だからそういったことを訓練で身に付けるのだと思います。実際に飛ばすときは最低限の重要なことについて漏れをなくすためのチェックリストを使うとかだけでしょう。
他方、印紙金額なんて覚えているのはいつも使うものだけでしょう。私は契約金額が50万とか200万の2号文書の印紙税なら覚えてますけど、10億の契約金額のときの印紙税なんて知りません。でもそういうのは必要があれば文書を参照すれば間に合います」
岡田
「ああ、横山さんがおっしゃるのはわかりました。文書のあるべき姿というのは、その組織の状況次第ということですね?」
横山
「状況次第もありますが、その組織の考え方によるのだと思います。
ノードストロムだって、詳細なマニュアルを作ってそれに従業員を従わせるという方法もありだったでしょう。でもマニュアルを小さく、個々人の能力を大きくして顧客満足を図るという方法を選んだということかな? もちろん私の想像よ」
岡田
「つまりそれはこんな図になるわけですか?
文書化の割合は、ISO規格の言葉を借りると『組織の規模、並びにその活動、製品及びサービスの性質』によって決まるということでしょうか?」

顧客満足/遵法と汚染の予防達成のイメージ図
個人の力量に依存文書化個人の力量
文書化に依存文書化個人の力量
../2009/yahidari.gif ../2009/yamigi.gif
顧客満足あるいは遵守と汚染の予防に必要な力量
横山
「そうそう、そんな感じ。そして全体の横幅はISO9001なら顧客満足、ISO14001なら遵法と汚染の予防に必要な情報とか力量を表すと思う」
岡田
「なるほど、ISO9001の目的である顧客満足を大きくするには、マニュアルの向上もあるし個人の力量の向上もあるのですね」
横山
「まあ顧客満足を大きくすると言えば積極的ですが、現実問題としては顧客満足を満たすためということよね」
岡田
「じゃあ当社はこのグラフで言うと、どのくらいの割合になっているのでしょうか?」
横山
「うーん、正直なことを言って他の会社の状況はよく知らない。私が知っているのは当社グループの文書体系だけだし・・・でも個人の力量にそれほど依存するようなものではないと思います」
岡田
「じゃあ文書に依存しているということですか?」
横山
「うーん、良く考えるとそうでもなさそう。というのは文書を整備しても、なおかつ従業員の教育訓練は良くしていると思うのよね、でもそうすると必要以上に訓練をして必要以上に文書化していることになるのかな?」
岡田
「それとも合計が大きくなっているということかもしれませんよ」
横山
「うーん、そうだといいけど、どうもそうでもなさそうな?」
岡田
「それともですよ、先ほど横山さんがおっしゃった、訓練のための文書と業務遂行のための文書というカテゴリーがあるのかもしれませんね」
横山
「そうよ、そうだわ。手順書といってもその定義があいまいだし・・・
元々1987年版のISO9001では、procedureといってたのは会社規則のようなシステム文書で、業務手順を決めたものはwork-instructionと書いていた。それが現行規格だと明確に区別されていない。ISO14001:2004では4.4.5のdocumentと4.4.6のdocumented procedureの包含関係もわからないし、4.4.6で要求しているものは昔ならインストラクションだし・・いずれにしても現行規格ではシステム文書と作業文書を区別していないようね。
ところでちょっと思ったのだけれど、文書というのは文字を書いた紙ばかりじゃないわよね。サンプルとか写真とかビデオとか、ハードもあるしソフトもある。そして今の時代は情報システムそのものがISOでいう文書にあたるともいえるのではないかしら」
岡田
「そうするとさっきの絵の文書化の部分をシステム化とするのが本当かもしれないわね。そうするとこんなものかしら」

顧客満足/遵法と汚染の予防達成のイメージ図
すべて個人の力量に依存個人の力量
文書やシステムの整備文書やシステム個人の力量
文書やシステムに依存した場合文書やシステム個人の力量
../2009/yahidari.gif ../2009/yamigi.gif
顧客満足あるいは遵守と汚染の予防に必要な力量

この辺の発想は、以前書いたものと似てしまったようです。もう私のアイデアはもう枯渇したのかもしれません。

横山
「なるほど、そうするとISO規格で文書化とか文書類という項番のタイトルそのものが時代遅れかもしれませんね。情報提供とか情報システムといえばよりマッチしているように感じるわ。システムといってもコンピューターを使うものばかりではないのだから。文書の体系で情報を提供することを情報システムと表現しても間違いではないと思う」
岡田
「話は違いますが、マニュアルをA3サイズで一枚にしたという話も聞きましたし、薄くて丸めて持てるのが良いマニュアルだとか語る人がいますが、横山さんはそれについてどうお考えですか?」
横山
「そのマニュアルって品質マニュアルとか環境マニュアルのことでしょう。そういうマニュアルは手順書とは違うから・・・」
岡田
「手順書とマニュアルって違うんですか?」
横山
「原語の語義的にはどうなのかわかりません。手順書の原語はプロシージャでその意味も一般的な英語の意味と同じです。だけどISO9001:2008のマニュアルは規格項番と手順書の対照表という定義になっている。ISO14001:2004ではマニュアルそのものの要求はないけどね。認証機関が要求している環境マニュアルはISO9001:2008と同等が普通ですね。
とりあえずISO9001で要求しているマニュアルは手順書じゃない。だから手順や基準を記載する必要はありません。
ですからその会社がA3サイズで1枚がよいというならそれでよいでしょうし、丸めて持てるものが扱いやすいと言えばそれで良いのではないかしら。
実際には審査の際に審査員と押し問答になるかどうかってこともあるけど・・・」

現実には品質マニュアルであろうと、環境マニュアルであろうと、規格のshallの欠落があればマニュアル審査で不適合になるのが普通である。そもそもISO審査員研修コースではマニュアルチェックという科目があり、shallがすべて網羅されているかを調べさせる実習がある。あれがMS規格やISO17021のどの要求事項に該当するのか私はわからない。これは審査員研修機関の審査が、CEAR承認形式になる前、JAB認定時代からであり、JABがなにを基に始めたのかぜひとも知りたい。

岡田
「マニュアルが手順書でなければ、マニュアルにすべてを書ききって手順書を作らないという意見はどうなるのでしょう?」
横山
「いるいる、そんなことを語っているコンサルっているのよね!
でもそれは勘違いというか間違いでしょう。まず手順書とマニュアルの関係を理解していないし、それよりも会社の仕組みをどうするかという基本的なところを認識していないと思う」
岡田
「それとは違いますが、よく環境マニュアルや品質マニュアルを新人教育のテキストに使うなんてことを語っている人がいますね・・」
横山
「いるいる、私は会社規則集を読むのが勉強になるっていつも言っているけど、会社のルール全部を読む時間がないなら、そういう外部に提出する文書は会社規則のサマリーだから新人向けといえるかもしれないわ」
岡田
「するとそれは正しいことなのですか?」
横山
「いや、間違っているというか不適切だと思う」
岡田
「はあ?」
横山
「会社って品質とか環境ばかりじゃないよね。出張旅費の精算もあるし、こんなふうに仕事しないでだべっていると懲戒になるし、休暇の時の手続きもあるし、器具備品を買うときどうするのか・・そういうことを新人は知らなければならない。そのためには会社のルールそのものか、少なくても全体をサマリーしたものを読ませなければならないわ」
岡田
「品質関係だけとか環境関係だけではしょうがないというわけですか?」
横山
「そう、会社は品質と環境でなりたっているわけじゃない。
アイソスなどで『環境マニュアルや品質マニュアルを新人教育のテキストに使う』と語っている人は、新人に仕事ができるように教えるのではなく、単に品質や環境関係について、その人が知ってほしいと考えていることだけ教えるということでしょうねえ。
思うに、新人教育って品質とか環境だけを知っているような不適切な人ではなく、会社のシステム全体を知っている人が教えなければいけないわ。私なら定款から始めるところよ」
岡田
「なるほど、とりあえず話しを大きくしないでいきますが、横山さんはマニュアルが教育資料にならないとお考えなのですね」
横山
「教育資料になるかならないかは目的次第でしょう。
この本社ではISO9001の認証は受けていないけどISO14001の認証は受けているわけで、環境マニュアルは存在しているわね。岡田さんが新人教育をしようとしたとき、それを使って教育すると思う?」
岡田
「ああ、そう言われるとその通りですね。昨年まで人事が新人への環境教育をしていて、環境マニュアルを使っていなかったということは、彼らも環境マニュアルが役に立たないって考えてたってわけですか・・
ちょっと待ってください。それって環境の教育においても環境マニュアルはテキストにならないってことですよ」
横山
「だって環境マニュアルは認証機関との審査契約で求められている文書なのだから、認証機関のために作成しているわけでしょう。審査員が知りたいことを書いているわけで、新入社員が当社の環境業務について知るべきこととか知ってほしいことを書いているわけじゃないもんね、
岡田さんは新入社員に教える立場になったわけですが、会社規則のサマリーとか環境部分だけではなく、会社規則集全部を読めって言うべきよ。とにかく規則集を読み、頭に入れることが必要だわ」
岡田
「イマイチわからないのですが・・・・・会社規則集を読むと役に立つのでしょうか?」
横山
「それは役に立つわよ。機械製図をする人が、製図記号を知らずに仕事できるわけがありません。会社で仕事する人が、会社の約束事とか職務分担を知らずに仕事できるわけがないでしょう」
岡田
「ああ、失礼なことというか、あまりにもおバカなことを言ってしまったようですね。
私が疑問に思ったのは、アイソス誌などに書いている人のほとんどが、会社の仕事は品質と環境だけのようなことを語っているのが不思議なんですよ」
横山
「それは先ほど言ったように、ご自分が品質や環境しか知らないからじゃないのかなあ〜
会社の仕組みというか動きを知らなくては、品質も環境もないのにね。そんな人がISOで会社を良くしようとか、経営に寄与する審査をするってんだから笑っちゃうわね」
そして横山は大きな声で笑ったのである。

うそ800 本日の〆
アイソスやその他の書籍で、マニュアルは教育資料になると語る人は多い。実を言って私が現役時代に審査で「マニュアルの冒頭に『このマニュアルは社内の教育資料である』と書きなさい」と指示(!)されたことがある。いや本当です、全く別の認証機関の3名の審査員から言われた経験がある。
「当社では社内の人にマニュアルを読めって言ってません」とお断りしましたら、いやに機嫌を悪くしていましたね。マニュアルを社員に読ませていない会社はないそうなんです。本当なんでしょうか? 
なんでそんなふうにマニュアルが大層なものであると考えるのか、その論理が理解できません。しかしマニュアルとはなんぞやということを理解するかしないか、いや理解できるかできないかということが非常に大きな問題ではないかと思います。
マニュアルたあ、大したもんじゃないんだ。会社のほんの一部を書いたものにすぎないんだということを知らずに生きているということは、いつかは大きな間違い、事故でも起こすんじゃないかって気になりますね。
おっと事故を起こせば、己が間違えていたってことに気が付くからいいかも
ところでマニュアルが何者かって、ISO規格で書いてありますよね 

うそ800 本日の挑戦的発言
ISO9001認証するとき品質マネジメントシステムを構築すると語った人は間違いである。
ISO14001認証するために環境マネジメントシステムを導入すると語った人はバカである。
マニュアルを教育テキストに使えと語る人は、ノータリンである。
いやそれは間違いではないとか、バカではない、あるいはノータリンではないとお考えの方、お便りをください。是非とも議論したいです。



名古屋鶏様からお便りを頂きました(2013/5/16)
ご自分が品質や環境しか知らないからじゃないのかなあ〜
鶏は寡聞にして、環境の実務や管理方法に詳しい審査員を見たことがなく・・・
もしかして「しか」ではなく「すら」の誤記ではございますまいか?

鶏様 コーヒーを飲みながらパソコンを叩いていましたが、もう少しで吹き出すところでした。
あなたって、罪な人ね〜



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