ケーススタディ 病院に行く その3

13.07.07
ISOケーススタディシリーズとは

前回までのあらすじ
鷽八百機械工業の太田という課長が、地方都市の病院の事務長に出向した。その病院はISO14001を認証していて、太田はEMSの管理責任者に任ぜられた。太田は今までISOに関わったことがなかった。今、ISO規格を勉強しているものの、なかなか理解できない。いや勉強すればするほど、その病院のEMSがISO規格と乖離していること、そして無駄なことばかりしているように思える。それで今後どうしたものかと悩むばかりだった。太田が悩んでいることを知った人事部は、環境保護部の山田に太田の支援を依頼した。
山田はその病院を訪問して太田とコンサルを依頼している黒部と今後の対策の検討をはじめた。

公立病院のEMS見直しのために太田事務長、黒部コンサル、そして山田が集まるようになって数回目になる。もう梅雨も明けて夏になった。
黒部太田山田
黒部
コンサル
太田
病院事務長
山田
主人公
太田
「ともかくISO認証していると言っても、現実と遊離したバーチャルなEMSでは意味がありません。実際に使われない文書や記録の作成は、無駄なだけでなく生きがいもありません。
今まで病院がしていた現実の環境管理が間違いではないと思います。なぜなら、法違反も事故も起きていないからです。ですから現実の管理体制の中から規格要求に対応するものを探して、それを羅列すれば良いように思います」
黒部
「太田事務長さん、おっしゃることは分ります。しかし疑問がいくつかあります。やはりISOとはある程度の文書化を要求します。今までが不文律で動いていれば、現実のEMSを審査で見せるとしても、現在行われている方法を文書化することが必要になります。
まず今まで行われていた病院のルールはあると思います。しかしそれは文書化されていなかっただけではなく、体系化されていないのではないでしょうか?
例えばあるものは病院の規則にしていたとか、あるものは事務長の指示というか紙に書いてハンコを押しただけとか、法規制で決まっていることは病院の文書にしないで法規制のまま適用させていたとか・・」
太田
「黒部先生、おっしゃることはわかります。そのとおりですね。レベルが低いというか恒久的でない指示や連絡などは単に紙一枚に書いて掲示板に貼っておくというのは多いですね。
そうすると今までしていたことを規格要求を満たすようにするためには、文書体系とか決裁の見直しなどをしなければならないということになりますか?」
黒部
「私が審査員研修で習ったことからいうと、会社は手順書を作れとあります。手順書に階層があってもよいらしく、ピラミッドの絵に二つとか三つの文書が縦に並んでいる絵がありました。でも病院の規則とか事務長の発行した紙というのがどういう関係になっているのか、その辺はどうなんでしょうか?」
山田
「太田さん、事務長が規則以外にメモのようなもので通達とか指示するものには、どんなものがあるのでしょうか?」
太田
「たくさんありますね。例えば省エネに関するものですと、毎年クールビスの開始に当たってその実施期間とその内容について書きまして、事務長がハンコを押して病院内の各部門には回覧しますし、病院に来られる人に知っていただくために掲示板に貼ります。ネクタイの廃止とか空調の設定などは、ここで働いている人だけでなくここに来ている患者様にもご理解いただきたいことですから、そういった人にも周知しなければなりません」
山田
「なるほど、そういう通知をすることについて、つまりその方法や決裁などについて病院の規則で決めているのでしょうか?」
太田は机の上にあったパイプファイルをパラパラとめくった。
太田
「決めてあります。ここに来たとき病院の規則類はそれこそ徹底的に暗記するほど読みました。 おお、ここです」
太田はファイルを机の上に広げた。
ワイワイガヤガヤ
太田
「運営規則という中に、『規則にするほどのことのないものについては事務長に申請して、許可を得て病院内に通知する』とあります」
黒部
「なるほど、するとああいった文書というか通知文も病院規則に基づいていると言えるわけですね。でも文書であるとすると、文書管理の要求事項が適用されます。その辺はクリアしているでしょうか?」
太田
「ええと、4.4.5でしたっけ?
aは『発行前に適切かどうかの観点から文書を承認する』ですね。これは私、つまり事務長が承認して、その証拠としてハンコを押しているのでよろしいでしょう。
次のbは『文書をレビューする。また必要に応じて更新し、再承認する』」
黒部
「文書のレビューはされていますか?」
太田
「私の承認時にチェックしているわけですが、それでは不十分でしょうか?」
黒部
「でも事務長さんのチェックはaで使っちゃっていますよね? bに対応するものが必要と思いますが」
山田
「私は別に問題ないと思うけど・・」
太田
「正直言って事務長は中身が正しいのかどうは判断できません。私が見ているのは、形式上とか表現に問題ないかなど外形的なことに限定されます。
内容については作成部門の長が確認しています。事務長に持ってくるときに、この『掲載伺い』という紙切れを付けてくるのですよ」
黒部と山田は太田が指すところをのぞきこんだ。
黒部
「はあはあ、『事務長は作成部門の長が内容が適正であることを確認したことをチェックする。次に用紙様式が病院規則○○を満たしていること、文章表現がわかりやすく、差別的その他不適正なことがないことを確認し表示を許可する』とありますね。
なるほど、これで問題ないと思います。
具体的にはどんなものがあるのですか?」
太田
「医師が学会に出席するので休診になるとか診察する医師が代わるというような各診療科の内部のものは病院全体には関係しませんから、私まで来ないで、各科で行うことになっています。それもここに決めてあります。
私が決裁するのは病院全体に関わるようなことです。最近の例では、駐車場の白線を引き直しするので工事期間中は駐車できないところが発生し、それは順次移動していくので注意してくださいという通知がありました」
黒部
「そういうものはc項の『文書の変更の識別及び現在の改訂版の識別を確実にする』ということはどうなっているのでしょうか?」
太田
「まず通知文はほとんどというかすべてが適用期間が明記された期間限定です。いつまでも継続的に適用するものはありません。この例では工事は6月28日開始で7月10日までに終了としています」
黒部
「山田さん、文書に期限付きというものがあってもよいのでしょうか?」
山田
「そりゃおかしくないでしょう。法律でも時限立法というのもあり、会社規則でも期限付きというものもありますよ」
黒部
「え、そんなのがあるのですか?」
山田
「普通の法律は恒久法といって有効期間がないのですが、それに対して時限法とか時限立法といって有効期間を決めたものがあります。これには法律そのものに有効期間があるものと、その中の一部に有効期間があるものがあります。
自衛隊の海外派遣とか子供手当なんてのは期間限定でしたね。
もちろん期限付きの文書であっても、文書が有効な期間中はそれが有効なのか、版管理されているのかは必要でしょうけど」
黒部
「なるほど、そうすると事務長さん、今掲示されているものが初めの時点から改訂されていないかということはなんでわかりますか?」
太田
「けっこうこの病院ではそういう管理を細かく決めているのですよ。
ここにありますが、改定の場合、配布したものをすべて回収します。掲示期間が過ぎたものは毎月初めの日にとりはずす。工事などが期間前に終了しても期間中はそのまま掲示しておく。これは工事業者などが手直しなどで期間中は立ち入ることもあるので、安全を期しているからです」
黒部
「もし掲示してあるものが取られたり、外れてしまった時はどうなりますか?」
太田
「そこまでは決めていませんね。確かに不特定多数の外部の人が出入りするのでそういうことはあるかもしれません。まあ善意に期待しているとしか言いようがありません」
黒部
「それは問題じゃないですか?」
山田
「でも文書をファイルしていても、その一部が抜き取られることもあるかもしれません。それに備えて定期的に内容をチェックすると決めている会社は少ないのではないですか?」
黒部
「なるほど、そう言われればそうですね。
ところで文書に番号はつけてありますか?」
太田
「特段採番はしていません。ただ私の方では承認したものの写しと掲載伺いを保管しているので、どのようなものが発行されたかはわかります」
黒部
「なるほど、文書に番号をとれという要求はなかったですもんね」
太田
「私は思うんですが・・・文書管理というのは頭の中で考えてできたものではないと思います。現実に運用していて、問題が起きたらそれを防ぐためにどうするかという試行錯誤でISOの要求事項は生まれてきたと思います。
私どもの病院のルールも、決して頭で考えたものではなく、改定の周知漏れとか回覧漏れなどのミスの積み重ねから、今のルールができてきたのだと思います。この規則の改訂は何度もありましたが8年前で止まっていますから、その時点で完成したのではないでしょうか。
もちろん今後、病院の広報システムが、紙の掲示板から電子的なモニター表示とかになれば大きな改定になると思いますけれど」
黒部
「なるほど、いずれにしても現実が先にあって決まりが後をついて来るということですね」
太田
「だって世の中ってみなそうでしょう。電話がないときは振り込め詐欺はありませんでしたし、インターネットがなければネット選挙を考えるはずがありません。今のように情報化が進まなければ情報漏えいが問題になるはずはありませんでした。」


太田
「環境側面が一番の山なのですが、今までの方式は(危険性)と(使用量)または(保管量)と(発生可能性)というみっつの次元で配点して、その掛け算で一定点数以上を著しい環境側面としていました。
毎年していたらしいのですが、まったく書類を作るための行為にすぎません。
これが形だけで意味がない方法なのはあきらかです。どうしたものでしょうか?」
山田
「非常に素直な考え方で行けば、今まで管理していたものを著しい環境側面にすれば良いと思います」
黒部
「そりゃ素直でしょうけど、審査員は素直じゃないですからね。それに今まで管理していたものというのは、どのようにしてそれを管理すると決めたのでしょうか? その決定手順というか決定する論理をどうするか、それが問題ですね」
山田
「新設備などを導入するとき、安全や法規制などを審査するような仕組みはありますか?」
太田
「病院の設備や施設を更新したり新たに導入したりするときの審査手順が病院規則にあります。行政が行う環境影響評価のようなものですね。もちろん環境についてだけではないのですが・・・
ここです」
太田はまた別のページを示した。
山田と黒部はまた覗き込む。
黒部
「初期費用、維持費用、電力使用、騒音、振動、安全、法規制、有資格者、耐久性・・・いやあすごいもんだ。これについて資料をチェックして総合評価で判断するのか。私が会社に勤めていた時もこれと同じようなことをしていました。
具体例はありますか?」
太田
「私がここに来て間がないので、まだ私がこの審査をしたことはありません。私の来る少しにボイラーを更新しています。このボイラーは厨房、浴室、その他一部の暖房に使われています」
黒部
「なるほど、その評価結果、届は不要で資格者も不要、灯油タンクは廃止と新設の届をするとなっていますね。病院の1トン程度のボイラーでここまで調査して評価するとは・・大したもんだ」
太田
「これは環境側面の4.3.1に書いてあることそのままだと思います」
黒部
「山田さん、これでいいんでしょうか?」
山田
「いいんじゃないですか。そして当初は過去の評価結果をすべて採用するとしたらいいと思います。以降は変更ある時に病院の規則によって評価して、届や有資格者が必要なもの、及びその他管理基準を定める必要のあるものをISO規格の著しい環境側面とするとしたらおしまいでしょう。規格の最新化という言葉そのままだと思いますよ」
黒部
「はあ、そうなんですか? 審査でもめないのでしょうか?」
山田
「もちろん審査でもめるでしょうね。高橋さんから頂いたという資料から見ると、高橋審査員は間違いなくダメというでしょう」
黒部
ええ」
太田
「それを説得するのが黒部さんと私の仕事ですよ。もちろん向こうが納得しなければ、こちらは認証機関を替えるだけですけど」



定時後、三人は前に来た居酒屋で飲んでいた。

太田 生ビール 焼き鳥 生ビール 山田


刺身 生ビール 黒部

黒部
「山田さんがおっしゃる、規格要求事項に合わせて新しいことをするのではなく、今までしていたことの中から該当するものを選ぶという方法がわかりました」
太田
「私もマニュアルとはなにかものすごい文書だと思っていましたが・・・、マニュアルとは最高位の文書ということではなく、現実にしていることの認証機関への説明書だったのですね。だから内部に対しては強制力もなく意味のない文書なのか・・・」
黒部
「しかしまた新しい疑問が湧いてきました」
山田
「なんでしょう?」
黒部
「審査員研修で、ISO認証の目的は、その組織が一定水準にあるという対外的説明と、もうひとつはその組織の改善であると習いました。この方法では第一の対外的説明になっても、改善にはつながりませんよね」
山田
「黒部さんはどうしてISO認証には、二つの目的があるとお考えでしょうか?」
黒部
「はあ? 審査員研修で講師が語っていましたので当たり前のことかと思っていました。それにコンサルや認証機関のウェブサイトにはそう書いているところが多いですね」
山田
「それは一部の人がそう語っているだけということではありませんか? 2009年でしたか、IAF/ISO共同コミュニケというものが出ていますが、そこでは認証に期待される成果として『定められた認証範囲について、認証を受けた環境マネジメントシステムがある組織は、環境との相互作用を管理しており、以下の事項に対するコミットメントを実証している』としています。これがISO認証についての公式なコメントであって、それは組織の改善については語っていません」
黒部
「はあ・・そうなんですか。私はそういう文書があることも知りませんでした」
山田
「そういう基本的なことはしっかりとつかんでおく必要がありますね。
この病院の企業長が何を目的に認証すると決めたかはわかりませんが、認証によって得られることは決まっているのです」
黒部
「しかし認証した多くの企業は、認証によってレベルが上がったとか改善が進むようになったと言いますが、それはどうしてでしょうか?」
山田
「その会社その会社でいろいろ事情があるでしょうから、それについては私には何とも言えませんね。
私が思うには、一定水準つまりISO要求事項を満たしている会社なら、認証してもそれ以上改善が進むことはないでしょう。だって認証前にISOレベルにあるわけですから。
しかし認証前はISOレベル以下の会社であれば、認証のためにコンサルの指導を受けたり自らががんばってISOレベルまで向上を図るでしょう。なぜならISO要求事項を満たしていなければ認証されないわけですから。たてまえはね・・」
黒部
「なるほど」
太田
「山田さん、私も黒部先生と同じく認証していれば改善が進むと考えていたのですが、ISO認証してもそれ以降は改善にならないのでしょうか?」
山田
「太田さん、認証すると改善になるのかどうかと考えてみたらどうでしょうか?
認証するということはISO規格を満たしていることが外部で確認したということです。ではそれ以降の維持審査や更新審査では、要求水準がだんだんと高くなっていくのでしょうか? あるいは審査においてアドバイスや指導をするのでしょうか?」
太田
「確かに言われてみればそんなことはないですね。審査はいつになっても、一定水準にあることの確認です。もし時間と共に要求水準が上がるとすれば、それは審査が不適当だと思います。すると認証を継続しても改善効果はないということになりますね」
黒部
「ちょっと待ってください。確かに審査においてはアドバイスはしないけれども・・
規格要求には継続的改善というのがありました。つまりその組織が常に改善をしていなければ審査で不適合になります」
山田
「おっしゃるとおり規格要求には継続的改善があります。しかしそれは認証の効果なのでしょうか?
例えば太田さんのお話ではこの病院は公立病院ですので、市から省エネや廃棄物削減などについては、過去よりきつく要請されていて対応していたとのこと。
また継続的改善の定義はマネジメントシステムを向上させることですが、ISO審査で見ているのはシステムの改善はめったになく、ほとんどがパフォーマンスを見ているだけです。
いずれにしてもシステムにしろパフォーマンスにしろ改善は自らが行うことであり、認証とは無関係でしょう。極論すれば、認証すれば改善が進むのではなく、改善が進まなければ認証されないだけです。それにまあ改善が進まないから不適合とする審査員や認証機関はないでしょうね。ケチをつけてむざむざ金づるを逃がす人はいないでしょうから」
それからしばらくはみな黙って酒を飲んだ。〆張鶴
太田
「次回審査は半年後ですが、それまでにどう進めるかが次回の課題ですね」
黒部
「事務長さん、ひと月くらいで形を決めてしまいましょう。私が高橋と話をして問題なく通すようにしておきます」
山田
「そうですね、我々が考えているのはまっとうな方法ですが、認証機関や審査員によってはいちゃもんをつけてくるでしょう。そうならないように話をつけておいたほうがよいでしょう」
黒部
「とはいうものの高橋がこんなトッピな方法を理解できるものだろうか?」
山田
「はははは、トッピとはひどいなあ」
太田
「私は企業長に、認証機関を鞍替えすることも考えているということを話しておきますよ。いずれにしても費用削減や手間ひま削減は至上命令ですから、それに対応しなければなりません」
黒部
「じゃあ、高橋にはそういうニュアンスも伝えておきましょう」
山田
「黒部先生、ひとつ気になるのですが、高橋さんという方は認証機関の窓口なのでしょうか?
病院は認証機関と契約しているのですから、太田さんが認証機関に話をした方がよいのではないでしょうか」
黒部
「私と高橋抜きということですか?」
山田
「やはり審査契約している当事者同士が話をするのが筋でしょうねえ」
太田
「では黒部先生と構想がまとまったら、私が認証機関をお邪魔して話をして来ましょう」
黒部はいささか不満そうな顔をしていた。

次回に続く

うそ800 本日の言い訳
今回は・・今回も・・つまらない話ですみません。私の性格からいって、とりあえずこのストーリーのおしまいまで書ききることにします。


N様からお便りを頂きました(2013.07.07)
反省
以下の文言。賛成です。
「問題が起きたらそれを防ぐためにどうするかという試行錯誤でISOの要求事項は生まれてきた」
「現実が先にあって決まりが後をついて来る」


反省が生きるかどうかはともかく
・と見てよいだろう
・可能性が強い
・かもしれない
・のようである
・なになにであろう
・とは考えられない
・と思われる
・と連想される
・おかしくないだろうか


を使っています。難しいですが気を付けます。

N様 毎度ありがとうございます。
いや、普通の会話においては自分の主張をやわらかにするために「確信する」とか「こうやれ」なんて言う代わりに、「こうじゃありませんかねえ〜」とか「こうする方法もあろうかと思いますが」なんて言うのが普通ですよ。
ただ論文と称するなら、表現はともかく証拠を積み重ねて新しい境地を開かねばならないと思うのです。
私のように「イエスかノウか」なんて調子でやると、総スカンくいますから。
65年の人生の反省です。

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