マネジメントシステム物語52 新人教育 その4

14.05.05
マネジメントシステム物語とは

朝、佐田がメールをチェックしていると、ツクヨミ品質保証機構に審査員として出向している片岡からメールが来ている。珍しいと思いつつメールを開く。


佐田は早苗たちにとって良い機会だと思い、みんなの予定を確認する。幸いその日は監査がない。それで各員に片岡の来る時間に打ち合わせをするとメールを打つ。そして片岡には楽しみにしていますと返信する。

当日である。予定時刻の10分ほど前に片岡が現れた。片岡は塩川課長に挨拶すると佐田の席にやって来る。
片岡
「どうだい景気は?」
佐田
「景気はあまり関係ないですが・・・・ISOの認証指導はもうルーチンワークですね」
片岡
「認証機関対応の手順は決まりきったことというわけか?」
佐田
「まさにその通りです。我々ももめたりするのが嫌ですから、認証機関ごとの特徴を把握して、それにどう対応するか、つまり環境側面の決定方法、マネジメントプログラムの様式、その他どんな資料を用意するとかということなどをパターン化しました」
片岡
「ナガスネだけでなく、認証機関はどこも特有の特徴というかクセがあるんだろうなあ」
佐々木がそばに来て言う。
佐々木
「片岡さん、その通りですよ。関連会社といってもウチが加盟している業界団体に入っているわけじゃなくて、それぞれの業種の業界団体に入っているからね、その業界団体の設立した認証機関に依頼しなくちゃ村八分だ、アハハハハ」
片岡
「まさに日本的だなあ〜。ISOなんてグローバルとか最先端かと思えば、しがらみとか談合の世界だね。
しかしそのようなテクニックというか戦法で認証指導しているということは、既に認証機関も手玉に取られているということか」
佐々木
「我々は手玉に取ろうなんて考えていませんよ。単に審査でもめずに素早く認証しようとしているだけですよ。認証を受けようとする関連会社も、認証機関も、そして我々も、手間を省いてトラブルを避け、お互いに気持ち良く楽にいけるというわけです」
佐田
「ということは、ますます認証することが企業とか環境に貢献しないということが確実になったということです。認証することによって、企業が良くなるとか社会に貢献するという可能性はなさそうです」
片岡
「俺も審査していてそう思うよ。まあ審査の場ではそんなこと絶対に言わないけど、アハハハ」
佐田が腕時計を見ると2時5分前だ。
佐田
「そいじゃ打ち合わせをしましょうか」
片岡
「打ち合わせ? おれは雑談をしに来たんだよ」
佐田
「いえね、せっかく片岡さんがお見えになったのですから、後輩、片岡さんから見てのことですが、いろいろとお話をしていただこうと予定しておりました」
片岡
「なんじゃ、それは?」
佐田は六角と早苗に声をかけて、みんなゾロゾロと会議室に入った。
みんなが座ると佐田が片岡を紹介する。
片岡
六角さん
早苗さん
佐々木
佐田

佐田
「こちらは片岡さんとおっしゃいまして、六角さんと早苗さんよりも1年早く審査員候補者となられて、現在ツクヨミという認証機関でISO9001とISO14001の審査員をされています。今日はたまたま御用で当社にお見えになりましたので、みなさんとお話する場を設けました。
まず片岡さんから現在の仕事の概要をお話しいただいて、六角さんと早苗さんから質問をしていただこうかと思っています」
六角と早苗はそれを聞いて目の色を変えた。
片岡
「みなさんも審査員候補者ということですので、私の体験が役に立つと思います。
佐田君から聞いているかもしれませんが、私は最初ナガスネに出向予定でしたがどうもあの特有の考えが肌に合わず、自分で認証機関を探して今のところに出向しました。
審査員の仕事というのはお分かりと思いますが、現実には出張の毎日ですから規格解釈なんてことよりも日々の移動とか泊るところ、洗濯物といったことが重大な関心ごとですね。特に私の働いている認証機関はほとんど出社しません。スケジュール表を渡されて切符もホテルも事務方が手配して、それに従ってひたすら移動して審査するというのが日常です。ときには出先で次はどこに行ってくれなんて指示されることもあります。
初めの頃は荷物をバッグに入れて手に持って歩いてましたが、書類、パソコン、着替えなど一式ですからけっこうな重さです。今はキャスター付のものにしました。
まあ、方丈記か奥の細道のような人生ですよ、アハハハハ」
片岡はそんな話を愉快そうに10分くらいして、疑問とか悩みなどがあればどうぞと話を振った。
六角が手をあげた。手
片岡
「挙手することなんてありませんよ、なんでしょうか?」
六角さん
「出張が多いようですが、肉体的にはどうでしょうか?」
片岡
「出張が多いというよりも出張が仕事ということです。ここにいる佐々木さんは会社に残るのを選びました。佐々木さんが内部監査やISOの指導で出張が多いと言っても、私ほどではないでしょう。ともかく飛行機に乗るとか電車に乗るのが嫌いな人は審査員になれません。おっと、私は嫌いですがね。
肉体的にですか・・・まあ荷物を持って歩きますが、それほど体力が必要ということはないでしょう。我々よりも年配で肉体労働をしている人はいるわけですし。逆に休日には何か運動しないと体力が衰えるという気がしますね」
六角さん
「なるほど、家庭的にも大変でしょうねえ」
片岡
「ま、それは人それぞれでしょうねえ。単身赴任と比べれば毎週土日には家にいるわけですし
もちろん関東近辺もありますから、そういったときは自宅から日帰りとなります。以前は交通機関のトラブルなどを考えて、近くでもホテルに泊まるように指導していましたね。しかし最近は競争が激しくなり宿泊費削減も言われているので、自宅から通えるところは泊るなと言われています」
六角さん
「なるほど、私は元営業だったのですが、営業は出張が多いといっても、行先が限られていますからね。それに相手が都市部にあるのが普通ですし。
そういう出張に比べたら大変でしょうねえ」
片岡
「私も元は営業でしたが、今では営業時代の1年分の出張を半月でするような感じですね」
早苗さん
「あのう、規格解釈についての質問なんだが、お宅では環境側面の決定方法は点数でないとならないとか言っているのかな?」
片岡
「まず基本的なことですが、点数法というのは一つの方法であるということです。ですからそれでもいいし、それ以外でも良い。それははっきりしています。ですから私の勤め先では点数法でなければならないとは言っていません。
ただ、現実には8割以上の会社が点数法でしていますね。それは他にアイデアがないのか、それとも環境側面を決める参考書のほとんど全部が点数法をあげているからでしょうかね」
早苗さん
「目的のマネジメントプログラムと目標のマネジメントプログラムが必要かどうかということはいかがなんだろう?」
片岡
「うちの会社ではそのへんは規格のままですね。つまり『目的及び目標を達成するものであること』と言っています」
早苗さん
「結局それは二つ欲しいということになるのかな?」
片岡
「どうとでもとれそうですね。私は一つで良いと考えています。もちろん目的目標の関係を見て、妥当かどうか判断していますけどね」
早苗さん
「そうだ、環境目的は3年後の目標ということはどうだろうか?」
片岡
「まあ、あれは昔々というか、ISO14001が始まった頃に、どこかの誰かが分りやすいたとえ話したのが独り歩きして、いつしかそういうものだと信じられてしまったのではないでしょうかねえ〜、
もちろん最初はたとえ話で悪意はなかったのでしょうけど、いつしかそれが規格の意味とみなされてしまった、まあそんなところでしょうねえ」
早苗は今までの片岡の話を聞いて少しがっかりしたようだ。
早苗さん
「私はたぶんナガスネに出向すると思うが、そのときはそういったことについては会社の考えを尊重するしかないということなんだろうか?」
片岡
「審査はISO14001だけで行われるわけではありません。IAFという国際的な団体や日本ではJABという認定機関の決めたルールがあります。規模に応じた審査工数を何人工にするかとか、サイトが分割しているときの考えなどを決めています。そういったなかで認証機関独自の考えを決めても良いということになっています」
早苗さん
「そうすると今あげたようなナガスネ特有のことは、ナガスネのルールということになるのかな?」
片岡
「ちょっと違うんですよ。日本の認証機関の多くは、いやほとんどは独自ルールというのを決めていないと思います。私はナガスネで働いたことはないから正確なことは知りませんが、ナガスネで独自ルールは決めていないはずです。なぜならその認証機関独自のルールを決めることは可能ですが、その場合、それを文書にして外部の人がアクセスできるようにしておかなければならないことになっています。現時点そのようなものは公表されていません。
よく『我が認証機関の統一見解です』なんて言い方を聞きますが、本当はそんなものはないでしょうね。あったら公開しないといけないはずです」
早苗さん
「というとナガスネ特有の考えと言われているものはなんだろう?」
片岡
「正確に言えば、あれはナガスネが正式に定めたものではないのでしょう。一部の人たちがこういう風にあるべしと考えたものが、ナガスネ社内に広まり審査員はそれに従っているということでしょうねえ。
あのね、はっきり言ってどの認証機関にもボス的な人がいるのですよ。審査とはこうあるべきだとか、規格のこの文章はこういう意味なのだとか、一家言ある人がいるわけですよ。ええと、私もですが審査員の多くは、ISO規格について自分なりの考えというか信念を持ってはいません。まあ、たまたま審査員になってしまったという人が多いんです。私もですが。そういう人は余計なことを考えませんよ。誰かがこれはこうだと大声で言えば、そんなものかと思うのが普通です。
ですから認証機関独自の考えというよりも、そこにいるボス的な人の考えが他の審査員に影響しているというだけじゃないのでしょうかねえ〜」
六角さん
「審査員となれば規格とか認証業界の動向とか常に勉強しているのでしょうけど?」
片岡
「どうでしょうかねえ? ISO関係の月刊誌となると今年創刊された『アイソムズ』あるいは去年創刊の『アイソス』なんて雑誌がありますが、ご存じでしょうか?」
六角は首を横に振った。片岡が早苗を見ると、早苗も首を横に振った。
早苗さん 六角さん
片岡
「そのほかに日本規格協会の『標準化ジャーナル』なんかもISO規格についてけっこう取り上げています。まあそんなISOについての雑誌がいくつかありますが、そういったものを読んでいる審査員というのはあまりいませんね。
私も六角さんと同じく営業マンでしたが、当時は休日といっても他社品の状況を見て歩いたり、日常的に業界紙とか専門誌を読んだりしたものです。
でも、審査員が認証ビジネスについてアンテナを張り巡らすとか、規格解釈についていろいろな本を読んでいるなんてのはあまり聞きません。もちろん環境事故のニュースなど話のタネになりますから見ているでしょうけど」

『アイソムズ』も『標準化ジャーナル』もその他『日経ISOマネジメント』という雑誌もあったが、いずれも既に終刊、廃刊である。
ISO規格や認証についての月刊誌は『アイソス』誌のみが頑張っている。


アハハハハと片岡は思い出し笑いをして言う。
片岡
「私が営業にいたときは、営業マンと言えど、大きなことでは業界の売上規模の推移とかロードマップとか、小さなことでは他社のモデルチェンジ内容なんて比較検討してたものだけど、審査員がさ、認証ビジネスの将来性とか認証機関のシエアの変化の分析なんてしている人は聞いたことがない。
要するに一般のビジネスに従事しているほどには審査員は自分の仕事を重要視していないのか、あるいは認証はビジネスであるとは認識していないのか、どうなんだろうねえ〜」
片岡の話を佐田と佐々木は理解したが、六角と早苗は重要だと理解しなかったのかあるいは関心を持たなかったようだ。
六角さん
「法改正情報の情報収集は非常に重要で、常に勉強が必要だと思いますが」
片岡
「そうでもないですよ。官報やネットを日々チェックしている人なんているのかなあ? 3月に1回くらい認証機関が講習会をしますから、そのとき法改正状況も教えられます。それでだいたい間に合ってしまいますよ。
あのね、審査員が法規制に詳しいなんて思わないほうがいいですよ。私の経験ですが危険物保管庫を改造しろと言ったり、客先支給品の廃棄方法を知らない審査員もいたねえ〜」
佐々木
「いたいた、痛い話だな、アハハハハ」
六角さん
「出向前に環境関連の資格取得を言われているのだが、審査員に絶対必要なものなのでしょうか?」
片岡
「うーん、正直言って審査と資格なんて審査するには関係ないですね。例えば工場でだって公害防止管理者になっている人でも、いまどきご本人が測定とかしていませんよ。まして審査員は関係なし。
でもね、審査の前に企業に審査員の経歴とか保有資格などを通知して、その人で良いかどうかの了承を取るわけです。つまり企業は審査員の力量をそれで推し量るしか方法がない。だからある程度資格を持っていた方がいいというか、きらびやかに胸を飾る勲章みたいなもんですよ。まあ最低三つ四つあったほうがいいですね。それも特管産廃とか作業主任者なんて小物では悲しいですね。
アハハハハ、いや、失礼、思い出し笑いをしてしまいましたがドクターを持っていればいいかといえば、これもまた関係ないですよね。環境のISO審査に来る人が、電子工学の博士を持っていようと関係ないって誰だって思いますからね。見方を変えればドクター持っててなんで審査員をしているのかと思いますよ。また技術士とか環境計量士なんてのも、あんまりというか全然審査と関係ないです。
もちろん公害防止管理者を持っていても、実務をしたことがあるのか、審査員に出向する前年に資格をとったのかでは価値が違うでしょうけど、取得年月までは普通表記しませんからまあいいんでしょ
審査員に求められるのは、まっとうな審査ができることでしかありません。そしてそれを評価する、あるいは示す指標は今のところまだ分っていないのです」
六角さん
「いやあ、とてもためになるお話、ありがとうございました」
早苗さん
「あのう・・・」
片岡
「ハイ、なんでしょう?」
早苗さん
「実は私は言葉使い、敬語などについてだいぶ佐田さんから言われているのだが、そのへんはどうなんだろうか?」
片岡
「まあ、社会人の常識程度でよろしいのではないでしょうか? 秘書検定をうけようとか、結婚式場の司会をするわけではないですからね。
但し、敬語よりも審査時の態度とか言葉使いといいますか、相手を非難したり、感情的な言葉を発して問題になることは多いですよ。
ハハハッハ、実は一緒に審査に行った方でしたが、会社の担当者を『小僧』って呼んだんですよ。相手は若いと言っても30くらいでしょう。私もそれにはギョットしましたが、相手も最初はわけが分からなかったようでした。翌週会社に出たら、しっかりと苦情が来ていたそうです。まあ、ああいうのは誰が見ても非常識ってもんでしょうねえ、
もっともその審査員は上司に『小僧やない、若造って言ったんだ』と言ってましたが、『若造』なら良いわけでもなさそうです。
そう言えば、あるときのオープニングで先方の社長が話しているのを、私のリーダーが『フンフン』とバカにしたようなあいづちを打って、そのときも後で会社に苦情が来たね」
早苗さん
「苦情とはどういうこと・・・つまりわび状を出せとか?」
片岡
「まあ、会社の方も大人ですし、そんな無意味なことを要求しませんよ。ただ二度とその人を派遣しないでくれということですね」
早苗はそれを聞いて深くうなずいた。
片岡
「あたりまえですが怒鳴ったりするのは厳禁ですね。それでなくても企業側はかしこまっているわけで、乱暴な言葉は怒っているとかうけとられますね。普通の営業で訪問すれば、相手がいくら年下でもさんつけとかするのは当たりまえ、怒鳴ったりすれば帰れと言われるでしょう。審査員の多くが営業センス、いや違うな、社会常識でしょうねえ、まあそれを持っていないのには驚きますね。
おっと、言葉使いだけでなく態度も要チェックです。名刺の渡し方、お辞儀の仕方、腕組みしたり椅子に座って足を組むなんて最低ですからね。
苦情があると社内的にも厳重注意ですが、審査員登録の更新時に報告しなければならないのですよ。苦情があると資格更新ができなくなるのかどうかは知りませんが、まあ名誉なことではないですね。
そうそう、気を付けないといけないのがもっとあった。我々は東証一部企業に勤めているわけだ。だけど審査に行けばまずこれほどの大企業はない、というよりもほとんどが中小企業だ。そんなとき『私は元大企業に勤めていました』ということを言葉でなくても、態度に出すとまず問題になる。注意しないとね」
早苗さん
「なるほど、分りました」
早苗は先輩の話を聞いてかなり殊勝である。
佐田は片岡に話をしてもらって効果があったようなのでホットした。
六角さん
「礼儀作法はともかくとして、審査で判断を間違えた場合はどうなのだろうか?」
片岡
「そういうのはけっこうあります。ただその場で協議したのはともかく、審査が終わった後に企業から異議を受けたのはまず訂正しませんね。そのままウヤムヤがほとんどです。
審査員も報告書を書く前なら修正しても恥にも手間にもならないのですが、報告書を出してからは修正するのがとんでもないことになりますからね」
六角さん
「なるほど、片岡さんから見て審査の判断でミスは多いのでしょうか?」
片岡
「ミスの定義ですが、完璧な判断ミスというのはそんなにないと思いますよ。但し不適合とも言えないこととか、どうでもいいことを指摘にしているというのは多いように思います。
それとは違いますが、指摘を出すには、証拠と根拠をあげてキッチリと決めることが審査員の義務なわけですが、教科書通りのものは半分もないでしょうね。多くは証拠をあげないとか、根拠を具体的に書かないとか・・・そういう意味では不合格な報告書というものは多いですね。
あのですね、ガイド66というのがあって、審査で不適合を出すときは、根拠となるshallを書くことになっています。文書管理といっても『しなければならない』というのが20件くらいあるわけです。不適合にするにはそのどれに該当するかを明示しなければならないわけですが、まあ半分以上は『4.4.6文書管理に不適合』って書いているだけでしょうねえ」
佐々木
「そういうのは判定委員会で問題にならないのですか?」
片岡
「どうなんだろうねえ〜、そんなのが過半数どころかほとんどなんだから問題になっているとは思えないね。私はどの認証機関でも、判定委員会の能力が低いのではないかと思っているよ」
佐々木
「なるほど」
片岡
「もうひとつ証拠をしっかり書かないとならないことになっている。不適合がなんという文書あるいはどこがどんな状況であったかということを具体的に記載しないとならないわけだが、これもちゃんと書いている人はまず1割もいないんじゃないかな?
審査報告書を読んだことがあるでしょうけど『・・・が不足です』とか『明確になっていません』なんて表現が多いと思いますよ。あんなものでお金がもらえるのですから、これは楽ですわ、アハハハ
いや、まじめに考えて営業で物を売ることは、審査員よりはるかに難しいと思うね」
六角さん
「ええと、片岡さんのお話をどのように受け取ったらよいのか理解が難しいのですが・・」
片岡
「まあそんなに真剣に考えなくても審査員は勤まるということですよ。先輩や左右の同僚をながめて、仲間と変わったことを言わない、自分が正しいと思っても人と違うことを言わない、審査の場では何でも知っているふりをして鷹揚に構えていればいいってことですよ」
早苗さん
「勤務時間というか時間外管理はどうかね? つまり出張に早朝に出るとか、移動時間が夜になるとか」
片岡
「まあ、勤務は楽ではないですね。認証機関のコストとは基本的に人件費です。旅費とかホテル代は実費ってのが多いですが、どんなビジネスでも競争ですから、他社よりも高けりゃお客さんは他に行ってしまう。
業界団体の認証機関ならお客さんは逃げないと思うかもしれませんが、最近では審査料金の値引き要求をすることは珍しくありません。だって部品などは何銭の単位で値引き交渉をしているのだから、〆て100万とか130万とあるだけで、内訳の明細が書いてない審査費用を、そのまま受け入れるとすれば窓口担当者が怠慢のそしりを受けるのはまぬかれない。
まあ、そんなことで出張は朝早く夜遅いというのは当たり前ですね。優雅な旅行ではありません」
早苗さん
「前泊はできるのかね?」
片岡
「先ほども言いましたが、従来は自宅から審査地に通えても交通機関のトラブルで遅刻しないように近くのホテルに泊まれというのが原則でしたが、今では自宅から通えるなら前泊しないで自宅から直行せよと言われます。もちろん遠隔地の場合、ほとんどが前泊です。しかし審査が月曜日のとき休日に移動しますが出勤扱いにはなりません。それは労働基準法でも問題なかったはずだなあ。私の場合、日曜日の午後はいつも審査地への移動ですね。そして審査が終わればその夜のうちに次の審査地まで移動することになります。まあいまどき札幌で定時まで審査して、その後に千歳から福岡まで飛んでホテルに泊まるなんてのは当たり前でしょう」
フフフと片岡は笑って言葉をついだ。
片岡
「私の勤め先は切符とかホテルの手配は自分がするのではなく、事務方がするのですよ。それで本当なら飛行機で行きたいなと思う距離でも新幹線だったり、乗り継ぎ時間が短かったりでそりゃ大変です。」
早苗はチラッと佐田を見た。佐田は気が付かない振りをしていた。
佐々木
「確かに、私も札幌支社に監査に行って仕事が終わってからビール園でジンギスカンを食べてビールを飲んで、それから千歳経由で平塚の自宅まで帰るのが普通だからね」
片岡
「何度も申しますが、旅が好きじゃないとこの仕事は勤まりませんわ」
会議室のドアが開いて塩川課長塩川課長が入ってきた。塩川は何も語らずに早苗の脇に座った。
六角さん
「私は審査ということについて右も左もわからないレベルだが、そんな私でも勤まるものでしょうか?」
片岡
「勤まると思います。まず先入観を持たないこと、新しいチャレンジを恐れないこと、そして自分の得意分野を磨くことでしょうかねえ、
私は先ほど言いましたように元営業マンです。ですからマーケティングとか契約関係とかお金の取り扱いは知っているつもりです。それから海外営業もしていましたので、英語が普通にできます。一方、工場の公害防止とか事故のリスクなどはわかりません。ところが公害防止とか省エネに詳しい審査員ってのは多いんですよ。それこそ履いて捨てるほどいる。他方営業とか非製造業に詳しい人は少ない。それが取り柄で、販売会社とか商社の審査が多いです。また海外での審査にも声がかかります。
六角さんでしたね、六角さんも営業といってもその中で自分の得意分野というのがあると思います。そういったことにもっと詳しくなることで、自分の価値をあげることができるでしょう。
環境法規制なんて1年もしていれば一人前になりますよ。はっきり言って営業だって商法、下請法、印紙税法、消費者契約法とか知らなくては仕事になりませんよね。環境は法規制が難しいなんてよく言われますが、私に言わせるとあれはウソ、どんな仕事だって関係する法律を知らなくては仕事になりません。審査員など難しい仕事じゃないですよ」
早苗さん
「出向先について片岡さんからなにかアドバイスを頂けますかな」
片岡
「ISO審査員といっても、普通の仕事と変わりません。やる気があればどこでも同じじゃないですかねえ」
早苗さん
「認証機関によって規格解釈が大きく異なると聞いているので、やはり変な認証機関には行きたくない」
片岡
「まあ、そうですが、今の仕事だって、上司が白と言えば、黒でも白と言わなくちゃならないこともあるじゃないですか。似たようなものですよ」
六角さん
「塩川課長がお見えになられたということは、次の打ち合わせがあるようですね。ぜひお願いしたいですが、またお顔を出していただいていろいろとご教示を受けたいと思います」
塩川課長
「六角さん、お気持ちはわかりますがみなさんも間もなく出向され審査員になりますよ。でも私の方でときどき同窓会を開催しましょう。そのときは、ぜひみなさんのお話をお聞かせいただきたいと思います」

みながゾロゾロ出て行って、会議室には塩川課長と片岡だけが残った。
塩川課長
「この会合は佐田が段どりしたの?」
片岡
「そうです。私も雑談をするつもりでしたので驚きました」
塩川課長
「脇で聞かせてもらいましたが、あの二人には参考になったようですね」
片岡
「どんなものでもその人の気持ちによってどうにでも見えます。審査員が良い仕事と思えば良い仕事でしょうし、つらいと思えばつらいお仕事でしょう。まあ何をするにもチャレンジ精神と楽観的でなくてはなりませんねえ〜」
塩川課長
「片岡さん、それですべてを言いきっちゃってますね」
片岡
「今回は何かいい話でもありますか?」
塩川課長
「その前に今の話し合いで気がついたことを教えてほしいですね」

片岡
「今日の二人を見ていて面白いと思ったことですがね、眼鏡早苗さんは環境管理に詳しいようにお見うけしましたが、言葉使いと態度はいささか問題ありそうだし、規格の理解はいかにもナガスネ的ですなあ。
他方、バーコード六角さんの方は営業をしていたそうで環境については素人のようですが、常識をわきまえているようで人と会う仕事にはああいった方が適任でしょうね」
塩川課長
「どちらが審査員向きですか?」
片岡
「向くも向かないも塩川課長は認証機関に押し込むのでしょう。まあ、私が教えるというか一緒に仕事するならバーコードの方がいいですね」
塩川課長
「実はバーコードは六角さんというのだが、片岡さんのいるツクヨミに出向させようと今人事が動いている。そうなったらぜひご指導というかお世話を頼みたいね」
片岡
「そしてもう一人の方はナガスネですか。彼にはもう少しなんというか常識を教える必要がありますね」
塩川課長
「具体的にどんなところを問題と思いましたか?」
片岡
「前泊とか勤務時間を気にしている。これから新しい仕事にチャレンジするというとき、初めにそんなことに気を使うものでしょうかねえ。
それと言葉使いがどうもねえ〜。あの話し方とか話題を聞いているだけで、この人はいらないと思ってしまいますよ」
塩川課長
「それは私たちも気がついて過去数か月指導してきたつもりですが、うーん、人を変えるのは難しいね」

うそ800 本日の思い出
言葉使いを直すのは難しいですね。工場の環境部門で働いていた人は課長とかいっても、敬語とか丁寧語と無縁な人は多いです。私も敬語なんて使いこなせませんし、東北弁ですから方言で言葉が通じないこともあります。ただ相手の気を悪くするようなことは言わないつもりです。まして人前で足を組んだり腕組みをするのはいけません。
ところで本屋で面白い本を見つけました。
「大人なら知っておきたいモノの言い方」(ISBN978-4-522-43230-3)
電車の中などで少しずつ読んでいます。いや、目からうろこってやつですよ

ではその中の問題です。次のものをより適正な言い方に見直しなさい。

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平凡な企画書だ手堅い企画書だ
不味い料理だ好きな人にはたまらない味だ
理屈っぽいぞ理論的だな
(頂いたものを)使っています重宝しております
連絡してくださいご一報いただけると幸いです

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