マネジメントシステム物語69 退職挨拶

14.07.24
マネジメントシステム物語とは

野矢課長今日、佐田は会社である。昨日までの出張の清算や報告などが片付けて一息つこうとパントリーからコーヒーを持って帰るとき、20メートルほど離れた品質保証部に見覚えのある人がいる。ええと、そうだ15年くらい前福島工場にいたときの上長だった野矢課長ではないか。品質保証部の空いている机に所在なげに座っているのは、少し老けてはいるが間違いなく野矢課長だ。
佐田は野矢課長のところに歩いて行った。
佐田
「失礼ですが、野矢さんではありませんか」
野矢
「はあ、そうですが。あれ、ええと・・・佐田君だよね。どうしてここにいるの?」
佐田
「話せば長いことですが、今は環境管理部におります」
野矢
「そうか、君は大蛇おろちに出向したんだっけな。俺は君が出向して1年くらい後にISO審査員になったんだ。ツクヨミ品質保証機構って知っているか? そこに出向してずっと審査員をしている。おれもいよいよ定年でさ、今日は定年退職の手続きと挨拶に来たんだ。
ツクヨミは定年後も契約審査員として使ってくれるというので、この会社を定年で辞めても審査員は続けるつもりだけど」
佐田
「でもどうして本社の品質保証部に来たのですか?」
野矢
「出向しても社内の所属部門がなくなるわけではない。会社の手続き、健康診断とか年金とか査定など、そういうことのために社内のどこかの部門の所属することになる。仕事上関係するところに出向するときは当然前の職場に在籍したままだけど、業界団体や財団法人とか行政機関などに出向するときは本社の担当部署に異動して出向する形になる。だからおれは本社品質保証部所属になって認証機関に出向していたわけだ。まあこの歳になると自己申告とか査定なんて形だけだけどね」
佐田
「なるほど、ところでせっかくお会いしたのですから、ぜひとも積もる話を伺いたいですね。よろしければ今日の定時後に神田あたりで一杯というのはいかがですか?」
野矢
「申し訳ないが明日また審査があるので、夕方には出発しなくちゃならないんだ。今は担当者が戻ってくるのを待っているところだ。ちょうど会議だってんで出直すわけにもいかず1時間近く待ってなくちゃならないんだ」
佐田
「そいじゃロビーに行ってコーヒーでも飲みましょう」
野矢
「コーヒー? 今手に持っているじゃないか」
佐田
「これはコーヒーもどきですよ。ロビーに行けばまともなコーヒーが飲めます」

佐田は野矢を連れてエレベーターでロビーに降りた。
佐田は大手町の通りを見下ろせる窓際に座り、やってきたウェーターにコーヒーを二つ頼んだ。
野矢
「佐田はオロチに出向してからどういう遍歴をしてきたんだ?」
佐田
「遍歴というほどのことはありません。1年半ほど大蛇おろちに出向していまして、それから福島工場に戻らず本社に転勤になりました」
野矢
「関連会社に出向していて、そこから本社転勤とはすごいな。さぞかしすごい成果を出したんだろう?」
佐田
「そんなことはありません。当時ISO9001が現れたでしょう。出向していた大蛇がISO認証したのが当社でも早かったもので、それを買われてグループ企業に認証指導をする仕事をすることになりました」
野矢
「なるほどなあ〜、それで本社勤務か。たいしたもんだ。そう言えば川田さんって部長がいたな。彼は本社に来たくてしかたなかったようだが、そうそう彼も大蛇に出向したはずだよな。あの後どうなったのだろう?」
佐田
「川田さんはその後タイの工場に出向しました。一度お会いしたことがありました。あれからもう5・6年になります。とっくに定年退職されたと思います」
野矢
「そうか〜、なるほど、いろいろあったのだろうなあ〜、それでお前はそれからずっとここか?」
佐田
「初めは品質保証部でISO9001認証の指導をしていましたが、9001認証が一巡してからは環境管理部に移り、ISO14001の認証指導をするようになりました。ISO14001が一巡してからは環境監査とか事故防止の指導などをしています。なにしろ本社では自分の仕事がなくなれば、ここにいるわけにいきませんからね。もう本社に来て10年になります」
野矢
「本社にずっといるってことはそれだけ実績を積んでいるんだろう。なにしろ本社にいること自体大変なことと聞いている。能無しは出身工場に戻されるそうじゃないか。
お前と一緒に仕事したのは短い期間だったけど、お前がすごいのはよく知っている。本来なら課長、部長ってラインにそって出世すべきだったのにな、残念なことだ」
佐田
「いえ、私は今になった思うのですが、へたに管理職にならなくて良かったです。別に賃金の差なんてたいしたことではありませんし、無任所的にいろいろな仕事ができましたから良かったと思います。
ところで野矢さんはどうして審査員をするようになったのですか?」
野矢
「おれはさ、お前が出向して1年くらいしてからかな、ISO審査員に出向しろと言われたんだ。つまりもう部長昇進はないってことだ。これで俺の会社人生も終わりかとガックリしたが、会社員だから否応ないよ。当時子供たちが高校生だったしいろいろ事情があって、それからずっと単身赴任だ。来年から契約審査員になれば働く日数がずっと少なくなるので田舎に帰るつもりだ。どうせ仕事で出張するのは同じだからね」

佐田は野矢の仕事に興味を持った。自分は長年ISOに関わってきたと言っても審査を受ける立場だけだったが、野矢はその反対の立場で関わってきた。ISO認証制度にどんな考えを持っているのだろう。これはぜひとも聞いておかなければならない。

佐田
「野矢さんは9001だけなんですか?」
野矢
「そんなわけにはいかないよ。審査員といってもいろいろ対応できないと仕事がない。ISO14001が現れてからは環境の審査員もしている」
佐田
「私も最初はISO9001認証を指導しましたが、その後環境担当になっていろいろ勉強しなければなりませんでした。野矢さんも大変だったでしょうねえ」
野矢
「まあ、法律とか環境施設の運転とかまったくわからないからなあ。でもあまりそういったことに深入りしないでシステムだけを見るようにと言われているんだ」
佐田
「でもシステムが有効かどうかをみるには、仕事の中身とか運用が適切かということをみなければ判断できないんじゃないですか?」
野矢
「俺が勤めているツクヨミでは、ISO審査とはマネジメントシステムの適合性を見るのだから、環境法規制とか公害防止といった技術を知らなくても審査できるという考えなんだ」
佐田
「そんなものですかね。ところであまりこんなことをいうと差し障りがあるかもしれませんが、認証機関によって規格解釈が異なるってのも困りますね」
野矢
「佐田は認証の指導をしていると言ったが、いろいろな認証機関の相手をしたことがあるのか?」
佐田
「日本には50以上の認証機関があるそうです。当社グループの工場や関連会社ではそのうち15社くらいの認証機関を使っています。だからそれらについてはどんな審査をするのか、どんな規格解釈をしているかというのはわかります。というか知らないと仕事になりません。というのはトラブルが起きると私のところに来ますので、否が応でもそれに対応しなければなりませんから」
野矢
「ウチの評判はどうなんだろう?」
佐田
「ツクヨミさんは悪くはありませんよ。とはいえ特段良くもありません。ナガスネは最悪です。やはり大手外資系認証機関の評判は良いですね。LR○△とかB▽とか」
野矢
「そうなのか、ナガスネは業界内でも評価は最低だね。まあウチが悪くないならうれしいな。
しかし10年間いろいろな会社を審査したけれど、我々の仕事がその会社のためになるだろうなんて感じたことはないね」
佐田
「それは認証をどう考えているかということでしょう。そもそもISO認証の原点は品質保証です。認証とは品質保証なのだと割り切れば、今 野矢さんがおっしゃった疑問そのものが存在しません」
野矢
「そうなんだよ、ISO認証が始まったときは間違いなく品質保証だった。EU統合で欧州に輸出するにはISO認証が必要だというので日本でISO認証が始まったのだからね。しかしいつの間にか『品質保証のために認証するのは間違いで、会社を良くするために認証するのだ』という発想がでてきた。今ではそれが主流だ。というのは取引にあたっては認証しろと要求する客先なんて聞いたことがない。だから会社を良くするためと言わないと認証してくれない」
佐田
「私はそれが不思議なのですが、一体誰がそんなことを言いだしたのでしょうか?」
野矢
「誰が言い出したのかはわからないが、ツクヨミに限らずすべての認証機関はその片棒を担いでいたんだろうなあ。元はと言えば認証しても品質が良くならないという声が多かったんだ。1990年代末頃だろうか。ISO9001とは品質を上げるためではなく品質保証だと説明する道もあっただろうが、認証ビジネス拡大するためには品質を良くしなければならないと考えたんだろうなあ。もちろん当時のISO9001はそれに対応するものではなかった。それでツクヨミはISO9001じゃなくて品質改善の規格を自ら作って認証をしたこともある。まあいろいろあってそれはすぐに止めたけどね。ありゃ恥さらしだったんじゃないかな」
こんなことを書いても、あれかとわかる人はもういないか・・
佐田
「ひとつのことをすれば二つのことが実現できる一石二鳥規格があるならハッピーですが、品質保証と会社を良くすることは同じ要求事項ではできないのではないでしょうか?」
野矢
「まったくだ。もっとも2000年改正で内容はともかく、名目上は品質保証じゃなく品質経営だとなったから今度は品質保証がいい加減になったと思う。認証とは何かと真剣に考えずに、少しでもビジネスを伸ばそうとした結果にすぎないんだろうなあ。
おっと俺を批判するなよ。そんなこと一審査員にすぎない俺がどうこうできるわけじゃない」
佐田
「規格要求がどうあれ、2000年改正以降は完全に会社の経営はこうあるべきだという審査をしているように感じます」
野矢
「佐田が感じるとはどういうこと?」
佐田
「話があちこちに飛びますが・・・ISO9001というものは顧客満足だと書いてあります。そうであれば個々の要求事項を読むときも、具体的な判断においても顧客満足というか、顧客の立場で考えるべきでしょう。しかし実際の審査では『御社のためを思って』とか『こうすれば御社は良くなる』という表現が多い。審査員が経営のセンスがあるのかどうかはともかく、彼らは主体を企業に考えているように思いますね」
野矢
「確かにな・・・・だが認証が品質保証から品質経営に、つまり製品の顧客のためのものでなく企業のためのものになったなら、顧客は最終顧客から認証を受ける企業に変わったのかもしれない」
佐田
「確かに顧客の概念もいろいろ変わってきましたね。1987年版では認証機関は顧客の代理人を自称していましたが、今では企業が顧客のようで180度まるっきり変わったわけです」
野矢
「正直言ってそこはおれも一体どうあるべきかわかっていない。品質保証だと割り切れば品質保証に徹することができるが・・・どうもそうではないし、そうもできない。
しかし経営の規格なんて言ったらドラッカーに笑われてしまう。審査員にもいろいろな経歴を持った人がいるが、まさか企業の経営に貢献できる審査員はそんなにいないだろう。特におれのように企業で品質管理とか品質保証をしてきた人間は、街の経営コンサルの足元にも及ばない。俺は審査費用分の価値ある審査をする自信はないね」
佐田
「そんなこともないでしょうけど・・」
野矢
「いや、中小企業の社長にしてみれば、品質と、資金繰り、従業員の定着率などは、別々に考えることなんてできないよ。社長がしなければならない経営判断の中から、品質のみを取り出して独立に考えることなんてできるはずがない。会社の経営というかとりあえずつぶれないためにどうするか今何をしなくてはならないかということは喫緊、超重要な問題だ。そんな現実のなのに品質経営だけについてという発想で語ればたたき出されるかはともかく真面目に聞いてはもらえない」
佐田
「野矢さんは正直な方ですね。多くの審査員は審査では、経営に役立つお話をして、すぐにでも品質を良くし環境を良くしてやるといいますよ」
野矢
「考えてみろよ。お前も俺も元は現場で品質保証をしていたわけだ。現場で問題が起きたとき、八丁堀の同心のように十手を持って駆け付けたって解決できるわけがない。まったく知らない会社に行ってだ、それも一日二日しかいないのに、会社を良くするとか品質を良くするなんて言えば、嘘つき、ほら吹きに間違いない。
正直言っておれは自分の仕事に自信がないよ。ISO審査はコンサルじゃないし、規格要求事項を満たしているからいかなる価値があるのかといえば、どうということもない。品質保証ということは意味があり、第三者が点検し確認することは可能だろうが、規格を満たした品質経営にいかなる意味があるのか、ないのか・・
あのさ、そんなことを考えると品質マネジメントシステムとか環境マネジメントシステムなんて存在しないと思うぞ」
佐田
「マネジメントシステムは一体のものしかないということでしょうか? それなら私もそう考えています。」
野矢
「そうそう、俺は言い方が違うが、品質経営とか環境経営なんてものはないと思う。あるのは経営しかない。会社を経営していくとき、品質はとは、環境はという考えが起きるはずがない。会社はどうあるべきか、そのとき品質についても考えないといけない、環境についても考えないといけない、そういうことだろう」
佐田
「でも世の中にはISO9001認証すれば会社が良くなるとか、認証して会社を良くしようという人が多いでしょう」
野矢
「佐田も知っているだろうが、認証件数は減少傾向にあるんだ」
佐田
「ええ、本当ですか? だってISO9001にしたって14001にしたって登録件数はどんどん伸びているでしょう」
野矢
「ISO9001は去年2006年末をピークに減少に移ったよ」
ISO認証件数推移
佐田
「へえ、そうなんですか!」
野矢
「営業はもう大変だよ。もっとも変化率、つまり認証件数を二度微分したものを見れば将来どうなるかってのは誰にだってわかったはずだ。ISO9001の登録件数の増加率は何年も前からマイナスだった。つまりその時点でいつ減少になるかは予想がついたんだよね。だけど当時はイケイケドンドンでさ、どんなビジネスだってあまり将来を真剣には考えないようだ」
佐田
「マスが増えないとなると認証機関同士の競争が激しくなりますね」
野矢
「増えないどころか、パイが小さくなってきているからなあ〜、それと最近はノンジャブって呼んでいるけどJABの認定を受けていないとか、外国の認定だけの認証機関が日本国内に参入してきてますます競争が激化している。そんなわけで審査料金が値崩れしている。それは審査員の賃金に影響するだろうなあ。まだその気配はないけど」
佐田
「ISO審査というと特殊なビジネスに思えますが、普通の家電品とか食器とかでしたら当たり前のことですね。技術的に高度なものでなく、知的財産権で保護されていないなら、参入障壁は低く、供給が需要を超えれば値下がりするのは当然で、やがては価格破壊が起きる」
野矢
「その通りだ。まだ日本の認証体制というか従来からの認証機関が大手と称しているけど、今にブラックバスのような外来種のノンジャブに食われてしまうんじゃないかと思う」
佐田
「そのノンジャブってのは審査はまっとうなんですか? 当社グループではまだそういった認証機関から認証を受けたところはないようです」
野矢
「ツクヨミも含めて従来からの認証機関は、ノンジャブはロクな審査をしていない、認証の信頼性がないと大声で語っているね。だけど俺が知り合いから聞いたところでは・・・あのさ、ツクヨミの契約審査員は他の認証機関でも仕事している人が結構いる、そういった人に他の認証機関の審査方法や不適合の状況なんて聞いている。自分が参加している審査だけでは井の中の蛙だからね」
佐田
「なるほど、それで?」
野矢
「ノンジャブは安かろう悪かろうとか、お金を払えば認証してくれるなんて語っている人もいるけど、そんなことはない。けっこうちゃんとした審査をしているという。
それとは違うけど、ウチの偉い人が『ノンジャブは審査報告書が4ページしかない』なんてノンジャブをけなしていたけど、自分ところの審査報告書だって3ページとか4ページしかないってことを知らないらしい。まったくうかつなことを言うと恥をかく。
だからノンジャブを安売り認証機関なんて笑っていられないよ。我々こそが高かかろう悪かろうじゃないかって俺は思っているんだ。品質が同じなら安い方が良いってことを理解していないんだな」
佐田
「なるほど、ウチでも関連会社ふたつみっつにそのノンジャブに鞍替えさせて様子を見てみましょうか」
野矢
「そう言うことをされると俺は困るが、そういう会社がこれから増えてくるだろうなあ〜。最近は認証機関も固定したものではなく、良いところに頼もうってところが増えてきているからね。まあ市場競争が当然だからしょうがないね」
佐田
「野矢さん、話は変わりますが最近の品質不祥事とか環境不祥事が顕在化して、ISO審査の信頼性がないなんて言われていますね」
野矢
「いや、あれには参っているんだ。ツクヨミでもいろいろな会議とか研修会で、節穴審査をするなと言われているよ」
佐田
「節穴審査・・・・ああ審査員の目が節穴ということですか。審査員の方々の反応はどうなんですか?」
野矢
「いろいろあるけれど、全般的にはそういったことに反感というか納得できないという声がほとんどだな。
まずマスコミなんかで不祥事と言われている範囲が広すぎてISO審査対象でないものも多い。この前話題になったものだが、賞味期限を改ざんしたいたからってISO14001認証が不適切と言われてもちょっとねえ〜。そのうち脱税やセクハラが見つかるとISO9001審査のミスだと言われるんじゃないか
それから認証はシステムの審査であって、審査対象であっても個々の業務や帳票が適正であることを保証しない。審査の時間を考えてみてくれよ。そんなことできっこない。
それからこれはおれも情報がないけれど、不祥事が増えているというのは事実なのかという疑問があるんだ。マスコミが排ガス改ざんとか基準オーバーの排水排出などを報道しているが、昔からのことで単に最近見つかっただけで、悪くなってきたわけではないだろうという声もある」
佐田
「おっしゃること良く分ります。私もマスコミや一般社会の感情的な反応に、認証機関が右往左往しているように見えますね」
野矢
「まあ、そういうことだろうなあ〜」
佐田
「ただですね、私は企業の担当者として言わせてもらえば、『企業が審査で嘘をついているから認証の信頼性が損なわれた』と企業とその担当者に罪を着せたJABの言いぐさは許せないですね。証拠も提示せずにそんなことを語るのは犯罪です。我々はそんなことをしていない」
野矢
「だけど佐田よ、JABは『企業が審査で嘘をついているから認証の信頼性が損なわれた』といったのは確かだが、その結果、信頼を失ったのはそう言われた企業ではなくそう言ったJABを頂点とする認証制度そのものなんだぜ」
佐田
「そうなのですか?」
野矢
「JABや認証機関の語っていることを良く考えてみろよ。虚偽の説明をしているって言っても、どの企業と名指ししたわけでもないから、特定の企業の評判が落ちたりボイコットされたわけでもない。現実に起きているのはISO認証の価値が下がっただけだ、笑っちゃうぜ。
それによ、名誉棄損というのはもちろん犯罪だが、親告罪なんだ。つまり被害者かその関係者でないと告訴できない。お前がこの問題を告訴しようとしても、お前は名指しされていないのだから告訴できないんだよ」

親告罪とは、告訴がなければ公訴を提起することができない犯罪で、強姦、名誉棄損、ストーカーなどがある。当然被害者が明確でなければならない。

佐田
「そうなんですか。でもちょっと待ってください。野矢さんとってもひとごとじゃありませんよ。審査員も節穴審査員と言われたのですよ。そんなことを言われて、野矢さんは怒りませんか?」
野矢
「アハハハハ、証拠も上げずに言われても痛くもかゆくもないさ。それにその言葉を論理的に考えればJABの力量がないってことなんだぜ。仮にだ、節穴審査員がいたとして、その節穴審査員を登録しているのは審査員登録機関であり、その審査員登録機関を認定しているのはJABなんだよ。JABが語っているのは突き詰めれば自分が悪いと言っているんだ。自分が悪いと言っているのを、あえて名誉を傷つけられたと文句を言ってもしかたあるまい。
俺は思うんだが、JABを頂点とする認証制度側は、世の中の批判をかわすために自分を悪人にして一番差し障りのない方法をとったのではないかという気がする」
佐田
「でも、もしそうだとすると、それじゃJABが代表するISO認証制度は、自分で自分の首を絞めていることになりませんか?」
野矢
「そうなるだろう。だけどJABを始め日本の財団法人系や業界系の認証機関はビジネスとして認証事業に本気じゃないんじゃないだろうか?」
佐田
「本気じゃないとは・・・」
野矢
「これで飯を食っていくと考えてはいないと思うんだ」
佐田
「本気じゃない片手間仕事ってことは、つまり認証事業が消滅してもよいということですか?」
野矢
「そうだ、財団法人系や業界系の認証機関は、つまり俺の勤め先のツクヨミなどは自らの情報誌やウェブサイトで企業が虚偽の説明をしているとか、審査員の力量がなくて節穴審査が存在していると発信している。飯のタネである認証の信頼性を損なうことを気にしていないんだな。これはJABや業界系認証機関は認証の信頼性を重要視していないということだ。俺はそう推察している。
だが外資系認証機関は節穴審査論と言われたことに対して本気で反論している。彼らは自分の事業をまっとうなものだと考えているのか、この事業がだめになったら逃げるところがないということなのだろう」
佐田
「とすると財団法人系とか業界系の認証機関は、ゆくゆくは安売り認証機関に認証ビジネスを譲って、自分たちはこのビジネスから撤退するということですか?」
野矢
「まあ経営層がそこまで長期的、戦略的なことを考えているかどうかはわからないが、恒久的にこのビジネスをしていくという意地はみえないな。
そもそもさ、俺みたいに企業の遊休人員を出向受け入れして認証ビジネスをしているんだ。業界団体系の認証機関が社内失業者対策なのはミエミエだろう。仕事がなくなればそれまでさ。
あるいは企業が認証による社外流出費用を回収しようとして業界で認証機関を作ったとも言えるが、認証が必須でないことが明白になれば業界傘下の企業は認証を受けなくなるだろうし、そうなれば流出費用そのものがなくなる。つまりはそういうことだろう」
佐田
「うーん、今のお話はよく考えないとなんともいえませんね」
野矢
「俺から見たらお前の立場ならそんなことを真面目に考えることはないね。しょせん第三者認証なんて企業や企業の担当者からすればどうでもいい事だ。それがビッグビジネスになろうと消滅しようとあまり関係ないんじゃないか? 昔を思い出せよ。客が要求することを手間ひまをかけずに対応することが仕事だっただろう。あれと同じで、信念もあるべき姿も考えるまでもない」
佐田
「そう言われるとそうかもしれませんね」
野矢
「さっきお前は企業をスケープゴートにするのは許せないといきがった。だけど、そもそも企業にとって認証なんてお飾り程度、言ってみれば税金とか寄付みたいなもんだ。気にすることもないんじゃないか。
JABが認証の信頼性低下は企業担当者の虚偽の説明だと言っても、お前にしてみれば痛くもかゆくもない、認定機関が言い逃れを言っていると嘲笑っていればそれまでだろうが」
佐田
「そんなものでしょうか?」
野矢
「そんなものだって。お前がISO認証の効果を期待していないようだが、それならISO審査は信頼できないと言われても気にすることはあるまい。
だけどよ、おれにとっては認証ビジネスが伸びるか伸びないかは大問題だ」
佐田
「確かに、認証件数が伸びないなら審査員の賃金低下、いや審査員が余ってしまいそうですね」
野矢
「それだけでなく、現在はどこの認証機関も品質と環境を合わせて審査する統合認証をしろと言ってるだろう。考えてみろ、審査工数を低減できるということは、即売上減少ということなんだ。
どうも認証というビジネスモデルは長続きしないような気がするよ」
佐田
「確かにそうですね。でも野矢さんとしては審査員という職業に就けて良かったでしょう?」
野矢
「正直言ってそうだな。部長になれずに閑職に10年もいたら耐えられなかっただろう。まあこの10年楽しく過ごしたのは事実だ」
佐田
「そして部長になっても定年でおしまいなのに、審査員になったおかげでこれから10年は契約審査員をやっていけるでしょう」
野矢
「まあ10年はともかく、あと2・3年は働きたいね。この歳で何もしないではいられない。
俺から見て先輩にあたる人たちは、定年後も審査員をすることは、金じゃなくて世の中に貢献していると生きがいを感じているようだ。もっとも世の中に貢献しているという認識が真実なのか勘違いなのか定かではないけどね」

うそ800 本日の元ネタ
私が現場管理者をクビになり異動した先の品質保証の課長が、J○△に出向して審査員になりました。1993年頃でしょう。その後ずっと会うことはありませんでした。
私が都会に出てきてからのこと、まったくの偶然でしたが東京駅近くの路上でばったりお会いしました。それで積もる話をしようと居酒屋に行きました。そのときまもなく定年なので、契約審査員になるかスパッとやめて田舎に戻ろうか迷っていると語っていました。
結局その方は審査員を止めて田舎に帰ったと後で聞きました。当時は定年するとすぐに年金は満額もらえたはずですし、今なら驚くことですが失業保険もあわせてもらえました。今70代半ば、たぶん悠々自適の生活をしていることでしょう。昔は若いときは必死で頑張れば優雅な老後が待っていたのです。うらやましいことです。もっとも東日本大震災でどうなったのか存じません。私の田舎は津波は無縁ですが、その方も建物が壊れたとかその他被害を受けたのか、まったくわかりません。
ギャラリア
偶然というのは恐ろしい。我が娘が独身の時、グアムに遊びに行って、大学のときの友人にマイクロネシアモールでばったり会ったという。
いや、私自身も家内とグアムにいってギャラリアを歩いていたら、昔勤めていた会社の人が土産物を探していた。お互いに夫婦だったので挨拶して別れたが、もしどちらかが不倫旅行であればいささか口止め料が必要になったことだろう。
双方が不倫旅行なら何もなかっただろうけど・・・

うそ800 本日の元ネタ 2
私が働いていた時、ときどき認証機関の営業の方がお見えになった。こちらはお話を聞いてもじゃあ鞍替えしますなんて言える立場ではなかったが、訪問者は私が対応してくれたことに大いに感謝したようで、持参した資料などを見せていろいろ情報提供してくれた。
2005年頃のこと、営業に来られた方からこれからは登録件数が減少して認証機関の競争が激しくなりますなんて聞いたときは、とても驚いた。当時はまだ登録件数は増加中で認証機関は笑いが止まらないだろうと思っていたが、認証ビジネスも大変なんだなあ。



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