マネジメントシステム物語54 川田来る

14.05.19
マネジメントシステム物語とは

今日、佐田は札幌に来ている。北海道支社が道内の販売会社を対象に「営業に関わる環境法規制説明会」というものを開催した。その講師を佐田が依頼されたのだ。説明会は午後1時に始まり3時半に終わった。その後、質問とか具体的なことを相談したいという人がおおぜいいて、佐田が解放されたのは4時をだいぶ過ぎていた。いまどきそんな行事の後に、お疲れ様でしたなどと一席設けることはない。北海道支社の担当者が「ありがとうございました。またお願いします」と言っておしまいだ。
ラーメン 札幌にはふた月に一度くらいの割で来ているので、わざわざ名所を見るまでもない。それに一人だからビール園に行く気にもならず、早く帰ろうとすぐに千歳行きの電車に乗った。予約はしていたが早い時間の便に空席があれば9時過ぎには市川の自宅に着くだろう。とはいえ羽田からのモノレールと総武快速の混雑を思うと嫌な気分になる。
空港に着いてラーメンを食べていると携帯が鳴った。発信者を見ると本社からだ。
佐田
「ハイ、佐田です」
?
「庶務の和泉です。先ほど佐田さんに外線のお電話がありました。桑田と名乗る方からで、不在と応えましたらいつなら会えるかとのことでした。佐田さんの明日のご予定を見ましたら在社になっていましたのでその旨応えておきました」
佐田
「ハイわかりました」
佐田はそう言って電話を切った。
桑田という名前に思い当たる人はいない。業界の集まりかなにかでお会いした方だろうか。


翌日、佐田が出張中に溜まったメールを片付けていると受付から電話があった。
川田さんという方がお見えになっている。昨日連絡をしているという。
ああ、桑田ではなく川田だったのかと気がついた。庶務の和泉さんは、川田さんがモゴモゴと名乗ったのを桑田と聞き違えたのだろう。
ロビーに行くと真っ黒に日焼けした川田がいた。日に焼けているだけでなく、昔に比べて腹がへこんで引き締まっている。
佐田
「川田さんですね、日焼けしているので人違いかと思いましたよ」
川田
「これはこれは、佐田さんは少しも変わりませんね」
昔の軋轢など忘れたように、しかも部下だった佐田に丁寧語を使うなど、川田も変わったものだと佐田は内心思った。
佐田は打ち合わせ場に案内して、やってきたウェートレスにホットコーヒーを二つ頼んだ。
佐田
「お会いするのは何年ぶりでしょうか?」
川田
「佐田さんが本社に来たのと私がタイに行ったのが同時だったね。ええとあれは94年か、するともう7年になる。いやはや歳をとったものだよ。
しかし佐田さんも部長とはたいしたもんだ」
川田は佐田から渡された名刺をしげしげと眺めている。
佐田
「川田さんは今もタイの工場にいらっしゃるのですか?」
川田
「そう、いろいろなしがらみがあって社長は現地の中国系の人なんだ。もっとも社長は年に数回しか会社に来ない。私はマネイジングダイレクタ、訳せば専務なんだろけど実質的には社長だ。伊東さんは製造部長でダイレクタ、つまり取締役をしている」
佐田は懐かしさがこみ上げてきた。
佐田
「伊東さんは乳牛を飼っていたのではないでしょうか?」
川田
牛 「タイに転勤になってからも少しの間は奥さんがやっていたそうだ。しかしほどなく近所の人に田畑もなにも任せたと聞く。
そうそうそれからすぐに奥さんもタイに来て一緒に暮らしているんだ。私はずっと単身赴任で、毎晩パッポンあたりで外食だからね。家庭で夕食を食べられる人は幸せだ。もっとも実際には奥さんじゃなくてアヤさんという女中さんが炊事するわけだけどね。向こうでは王侯貴族の暮らしができるよ」
佐田
「伊東さんには高校生の息子さんがいたはずですが・・」
川田
「伊東さんの息子は優秀でね、医大を出て今は研修医をしていると聞いている」
佐田
「うわ、そんなことを聞くと時が経ったと実感しますよ。川田さんのご病気はその後いかがですか?」

川田
ゴルフ
「おかげさまで向こうの気候が良いせいか、今は肝臓の方は問題ない。向こうでは飲むよりもゴルフやビーチに行くなど遊ぶ方が忙しいから健康にいいんだろう。このとおり以前より体重は10キロも減ったよ」
佐田
「お顔の色つやを見るとわかりますよ」
川田
「良いことばかりではない。現場の山田君、君も知っているだろう? 彼も第一陣として私と一緒に赴任した。赴任の直前につきあっていた彼女と結婚して一緒に行ったんだが、奥さんが向うの暮らしになじめず、結局1年で離婚して奥さんは日本に帰ってきてしまったよ」
佐田
「私も大蛇おろちに出向した初めは単身赴任でして、家内は結構大変でしたね。単身にしろ一緒に引っ越すにしろ、転勤は大変ですね」
川田
「実はさ、今日お邪魔したのは頼みごとなんだよ」
佐田も何かあるのだろうと思っていた。元々親しいわけではないし昔話をしに川田が来るはずがない。
川田
「今の会社は素戔嗚すさのお大蛇おろちだけでなく、現地資本その他の合弁でさ、社長は別格として、我々は60歳定年なんだ。もちろんその後も雇用はしてくれるだろうけど今の会社に役員ではいられない。私も60まで3年を切った。内々だけど会社から日本の関連会社へ出向してはどうかという話がきている。まあ妥当なコースなのかなとは思う。しかし海外にいると国内とは違うんだよ。国内で工場長とか関連会社の社長なんて言っても、親会社や本社の管理監督の下で業務を執行しているに過ぎない。海外なら大きな裁量範囲があって、本当の経営者という仕事ができるからね。というわけでさ、今タイで雇ってくれるところを探している」
佐田は話がどうなるのか見当もつかず、黙って聞いている。
川田
「実はうちの自動機を製造したりメンテしている会社があって、そこから管理部門の責任者として来てくれという話があるんだよ。」
佐田は無難にあいづちを打った。
川田
「その会社はバンコクから1時間半くらいで、今の会社より遠いが住まいを移ってもいいと思っている。私も今ではタイ語の会話は不自由ないから暮らしていくのは困らない」
話はどうなるのだろう?
川田
「タイではISO認証が日本より2年くらい遅れていてね、その会社もISO9001は認証しているのだが、これからISO14001を認証しようとしているんだ。それで私がそこに行ったら最初の仕事がISO14001認証になるんだ。私はオロチにいたとき佐田さんと一緒にISO9001をやったけど、ISO14001はまったくわからない。それでその認証の支援を受けられないかなということが今日訪問した要件なんだ」
なるほど、川田がわざわざやって来たのはそういうことかと佐田は納得してしまった。
佐田
「話は分かりました。とはいえ支援の程度が問題です・・・・その会社と当社の関係ですが、資本関係があるとか重要な関係であればご依頼を受けて支援します。単なるお取引先ということであれば、情報提供程度しかできませんね」
川田
「それは私も分っているのだが・・・私の希望は会社の現状を見てもらい、どのようなアプローチをするかから、認証のための具体的な作業について継続的な指導をしてもらいたいと考えている。まあ無料とは言わんけどコンサルをしてほしい」
佐田
「現地に行くということですよね?」
川田
「もちろん、そうなる」
佐田
「いろいろ考慮することがあります。 まずタイでも当社グループの複数の企業がISO認証をしています。その辺は川田さんの方がお詳しいでしょうけど・・
会社によって日本の認証機関を使うところ、欧米系を使うところ、タイの認証機関、なんていいましたっけ、いろいろです。日系とか欧米系ならこちらとアプローチは同じですが、タイの認証機関を使うなら現地のコンサルを頼んだほうがいいですね」
川田
「その会社のお客さんはほとんどが日系メーカーだから、日系の認証機関、現実にはツクヨミかナガスネのどちらかになるはずだ」
佐田
「なるほど、次は当社として支援するか否かの判断ですね。私が休日や外出程度でお手伝いする程度ならともかく・・それこそ昔私が大蛇の指導をしたようにですよ・・・でも海外となれば毎週末にお邪魔するってわけにはいきません。私がするにしろ他の人に頼むにしろ、会社に費用も時間も負担しなければなりません。そうなると私の判断ではできません。
ご存じと思いますが当社グループの東南アジア支援部門がシンガポールにありますね。素戔嗚東南アジア事務所といいます」
川田
「知っている、ウチのところでも生産性向上とか労務管理などについて指導を受けている」
佐田
「あそこがISO認証の支援の窓口業務もしています。筋として、そこに支援の話をしていただくことになります。東南アジア事務所が支援すべきと判断すれば、ウチに依頼が来ます」
川田
「だけどね、そこはグループ企業ではないし、まして私が転職したいと考えているところのわけだし、そういう話はちょっと無理だろう」
佐田
「川田さん、ものごとにはできることとできないことがあります。私の裁量範囲としては先ほど申した程度しかできません。いやもっと上位者であっても、社員が転職したいと考えている会社のISO認証支援をするなどちょっと無理でしょう。要はその会社の認証が当社にとって必要とか役に立つという理由がなければ無理ですよ」
川田
「佐田さんの方でさ、タイでの認証のトライアルとかなんとか理由を付けて、支援するようにとりはかることはできないかね?」
佐田
「川田さん、今は2002年ですよ。1997年頃ならいざしらず、今どきタイでもISO認証なんて珍しくもないでしょう」
川田
「つまり佐田さんとしては、支援できないということかな?」
佐田
「あのですね、ものごとには理屈というか筋があるわけですよ。社内の事業所がISO認証の支援をしてほしいといえば我々が支援するのは当然です。子会社とか関連会社ならどうかとなると、親会社が認証するように指示したなどはっきりした理由がないと、利益供与とみなされることもあります。単なる取引先なら、支援による見返りがどうなのかということがはっきりしていないとありえないでしょう」
川田
「すると手はないということか?」
佐田
「それは川田さんが考えることです。しかし、たとえば川田さんがその会社に行くことによって当社にもギブアンドテイクのメリットがあるとか説明できれば違うでしょうね。
自分で話していて思いついたのですが、川田さんが転職ではなく出向扱いしてもらえば理由づけにはなるかもしれませんね。但し出向扱いとなると会社が了解してくれないとなりませんが」
川田
「なるほど、そこは私が考えなければならないということか」
佐田
「私どもはスタッフ部門です。川田さんが所属している事業部の担当の方、いや川田さんは出向しているのだから関連会社部かもしれませんが、そこに相談して、川田さんがその会社にいくことが、川田さん一人の問題ではなく、当社の利益になるという話をもっていったらどうですか。
それなら川田さんも堂々と出向していけるし、その場合はうまくゆかなければ戻ってくることもできます。順調に行けば、ゆくゆく転籍するという形の方がよろしいのではないですか?」
川田
「なるほど、早速これから事業部に寄って話をしてみるよ。佐田さんありがとう」
佐田は川田と別れてヤレヤレと思った。あの人は自分で考えたり、ものごとを切り開いていくということは不得手なのかやりたくないのか、変な仕事を持ってきては困るなと心中思った。

佐田が事務所に戻ると、塩川課長が新聞を広げていて忙しそうには見えない。塩川の席に行って声をかけた。
佐田
「課長、少し話してよろしいですか?」
塩川課長
「なんだ?」
佐田は先ほどの川田から依頼されたことと自分の回答をかいつまんで説明した。
佐田
「こういっちゃなんですが、会社ってそんなに甘いもんじゃないと思うんですよ」
塩川課長
「確かにご本人としては元のコネを活用して新しい職場ですばやく成果を出す、また自分の力を見せつけようというお考えなんだろうなあ〜
だけど、そんなに都合がよく行くと思うこと自体、大甘な人間のように思える」
佐田は塩川課長の話を聞いて、川田が大蛇機工に出向するときに、本社の宍戸専務を同行していって、先方から顰蹙、反感を買ったことを思い出した。
佐田
「とりあえずはこれでよろしいですよね?」
塩川課長
「いいんじゃない。放っておけよ」


それから1週間ほどしたある朝、塩川が佐田を呼んだ。
佐田
「ハイ、何事でしょうか?」
塩川課長
「いや、何事もないということを連絡しておく。
今朝、関連会社部の担当からメールが入っていた。タイのなんとか会社の川田マネジメントダイレクタから取引先に出向したいという相談があったが、関連部門で協議した結果、出向に出す必要はないと判断した。
出向した後にISO14001認証の支援をしてほしいということを言っていたので、参考のために環境管理部にもその旨を連絡しておくとのことだ」
佐田
「了解しました。川田さんを採用しようという会社も、川田さんご本人がISO認証の指揮を執って実行できないなら採用しないほうがお互いのためでしょうね」
塩川課長
「まあ、そうだろうなあ」
そのとき脇から熊田部長の声がした。
熊田部長
「おい、ちょっと俺から話があるんだ。塩川課長に話しようと思っていたが、面倒だ、佐田も一緒に聞け」
二人はギョットして部長の顔を見る。
部長はすたすたと打ち合わせ場に行ってしまった。塩川はヨイショと掛け声をかけて椅子から立ち上がりその後を追い、佐田がその後に続いた。
三人が座ると部長が口を開いた。
熊田部長
「あのさ10日ほど前に、同業の■立物流が青森岩手の不法投棄に絡んでいたという報道があっただろう。今週の役員会議で当社グループは大丈夫かというご下問があった。環境担当役員からその点検と対応、そしてISO認証したことによる効果についてまとめろという指示が降りている」

青森岩手の不法投棄事件の発覚は1999年であるが、捜査が進むにつれてだんだんと大事となり、逮捕者が出たり措置命令が出されるようになったのは2000年からである。
今回の物語は2001年のことである。

塩川課長
「その件については既に書面でグループ内全事業所に調査を行っており、問題ないという回答を受けていますが・・」
熊田部長
「いわゆるアンケート調査だろう。ちょっとそれでは信頼性がない。現実に摘発とか措置命令が出されたこともあって、わしとしてはもっと具体的に契約書とかマニフェストの現物を点検しておきたいのだ。役員に問題ありませんと断言できるような方法だな」
塩川課長
「わかりました。・・・・・・・前回の方法では信頼できないというなら、簡単にはいきませんね。実施方法についてはちょっと検討させてください」
熊田部長
「こんな調査を二度も三度もするのはアホだ。ちゃんとした方法を決めてやってくれ」
塩川課長
「ええと、それとISO認証の効果でしたね?」
熊田部長
「そうだ。ISO9001は当社では工場と直接営業に関わる部門のみ認証している。研究所や支社の管理部門などは認証範囲に入れていない」
塩川課長
「それは当然でしょう。目的が品質保証ですから」
熊田部長
「まあそうだ。しかしISO14001は方針で工場に限定せず、支社、営業所、健保会館に至るまで認証を受けている。その費用たるや年4000万以上になるのではないか?」
塩川課長
「そのくらいにはなるでしょうね〜」
熊田部長
「何事も費用対効果が求められる。機械設備に4000万かけたならそれを何年で回収するか考えるのは当たり前だ。ところが認証は毎年4000万払うだけで見返りが見えない。
それでこれについて費用対効果を調査してその対応を決めるべきということを執行役のどなたかが言ったという」
それは当然だと佐田は思う。
塩川課長
「確かにそのとおりですね。東京都が入札時の要件にするとかいう話もありましたが立ち消えになったようです。しかしそのお話の先には費用対効果がなければ認証を止めるということになるのでしょうか?」
熊田部長
「評判とか同業他社との横並びとかまでも含めて評価できるならそういうことになるだろうな」
塩川課長
「わかりました。納期としてはどのようにお考えでしょうか?」
熊田部長
「青森岩手関連は2週間と言いたいが、関連会社から保養所まで含めれば膨大になるだろう。1か月と考えてくれ。それから認証の効果調査については、佐田に担当してもらいたい。こちらもそうだなあ〜、やはりひと月ということにしよう」
佐田
「わかりました、ところで工数とかはどうなりますか?」
熊田部長
「環境監査も出向者教育もルーチン業務になっただろう。それでお前もヒマになったはずだ。おれとしては佐田の仕事を見つけてやったつもりだ。
要するに新しい使命は当社グループ企業の遵法、事故防止、パフォーマンス向上のために現在のEMSが適正なのかを調べて、もっと実効性のある仕組みを考えろということだ。
当社グループのほとんどの企業がISO14001の認証をしたが、オレが見る限り遵法においても事故防止においても、省エネその他のパフォーマンス改善においても効果があるようには見えない」
佐田
「そりゃそうですよ。ISO14001は一定水準であることの確認でして、高い水準に向上させるものじゃありません」
熊田部長
「理屈はいい。我々にとって形而上の議論は無用だ」
佐田
「おっしゃることはわかりました。確かに子会社など、いや当社の工場でもお仕着せのEMSってのもありますし、初めは良くても審査のたびに審査員からチャチャが入ってドンドン劣化しているところもありますね。
ISO規格とか審査の雑音をリセットして、真に効果があり効率の良い仕組みにすべき活動は必要です。環境監査の結果やグループ企業の事故などのデータを基に考えるといろいろ手はありそうです」
熊田部長
「最終的には、これが本当のマネジメントシステムだってのを考えてみろ」

うそ800 本日の実話
札幌での講習会とか千歳空港でラーメンを食っているときに電話が来たなんてことは、ストーリー上全然関係ないと思われた方、あなたは正しい。単に私がこの出来事を経験したとき札幌に行っていて、そして千歳空港でラーメンを食っていたら携帯に電話があったということをそのまま書いただけです。
これは固有名詞を除きほとんど実話です。2000年頃はこんな話はいくつか舞い込んできました。私の知り合いとか元の上司などから。
ところで実際にあったことをそのまま文章に書くと、ストーリーが不自然というか山も谷もないってことがわかりました。現実の出来事の流れは客観的にみると不可思議なものなのですね、そう思いました。



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