審査員物語22 マニュアルチェック

15.03.26
審査員物語とは

契約審査員をされている方からコメントを頂いた。
「私は契約審査員になったとき、研修もなく何もなくすぐに審査に参加させられました。だから現実は、『審査員物語』に書いてあるほど研修や教育に手間をかけているとは思えません」
それは知りませんでした。調査不十分で申し訳ありません。
私の知り合い(複数)が契約審査員をしていた認証機関(複数)では、審査員補の方を契約審査員に採用したときは、数日間あるいはそれ以上、審査のイロハを座学、ロールプレイなどにて教育していました。受講した方が「居眠りしないように指導された」と語るのを聞いて驚いたことを覚えています。そして研修を受けただけで実際の審査に参加させてもらえずオシマイって方もいました。研修とは試用期間でもあって、その間に評価と選別をしていたのかもしれません。
ともかく5日間研修を受けただけで審査に参加しても、審査の進め方、質問の仕方、報告書のまとめ方、などなど円滑にできないように思う。それに認証機関独自のルールも約束事もあるだろうしと思う。審査を受ける企業から見たら、一人前でない方が派遣されるのでしたら文句を言いたいですね、

とここまで書いて気が付いたのですが・・・
力量のない人を審査員として使うのは認定基準違反ではないのだろうか?
現行ISO17021:2011「7.2.8 認証機関は,教育・訓練の必要性を特定し,審査員,技術専門家及び認証活動にかかわる他の要員が,その遂行する職務に対し力量をもっていることを確実にするために,特定の教育・訓練を提供するか又はそのような教育・訓練へのアクセスを提供しなければならない。」
おっと、ISO17021は2007年以降じゃないかというツッコミを頂くかもしれない。ご心配なく、ISO17021ないときはISO19011で「5.3.3b)監査員及び監査チームリーダーの力量を保証する。」と定めていた。
えっ、ISO19011は2002年以降だとおっしゃるか?
それでも私は困らない。ISO19011ができる前は、ISO14001についてはISO14012があり、ISO9001にはISO10011があった。要するに認証制度が発祥したときから、認証機関は審査員の力量を確保することが義務であることが明文化されていた。そしてそれは5日間研修を受けただけでは不十分ということでもある。だって5日間研修を受けただけで力量があるなら、審査員補というものを設ける必要がないじゃないか?

あるいはその方は初めから審査員の力量があって、その認証機関が審査員が勤まると認めたという可能性もある。たぶんそうなのではないかな?



三木がナガスネに出向して二月が過ぎた。三木は今、マニュアルチェックというものしている。当時はまだISO14001認証がドンドンと伸びている時期で、ナガスネ認証機構にもたくさん審査依頼が来ていた。
この物語は2002年に始まり、現時点は2003年です。
修行中の者は提出書類の過不足チェック、マニュアルチェック、法規制リストの漏れとか環境側面の下調べなどが日々のお仕事である。そしてまた月に一二度審査の見学に連れて行ってもらっていた。ただしまだ見学だけで審査実績に書けるようなことはしていない。いやどの程度でなければ審査実績にならないということもないから、実績にあげてもいいはずだが、ナガスネが書かせないというだけである。三木と同期のメンバーも似たような状況である。

これは事実である。審査に参加すれば審査経験にさせる認証機関もあるし、一定要件を満たさなければ審査経験として認めない認証機関とかいろいろだ。
もっとも現在は審査員であることにJRCAとかCEARの登録は不要だから、最終的に認証機関の責任であり決定事項なのだろう。

三木は審査を依頼してきた300名ほどの製造業の環境マニュアルをめくりながら、どうしてどの会社も似たようなマニュアルを作っているのかと不思議に思う。そもそもISO14001では環境マニュアルを作れという要求はない。しかしナガスネと審査契約を結ぶと、その中に「審査登録ガイド」基づくという文言がある。そしてその「審査登録ガイド」の中に提出資料として環境マニュアルを要求している。そこでは環境マニュアルとは次のようなものであることと記している。


なお、マニュアルには環境方針、著しい環境側面の一覧表、法的及びその他の要求事項の一覧表、環境目的、目標及び環境マネジメントプログラム(3年以上の期間であること)、組織図並びに組織の役割、責任及び権限を記載することも要求していた。マニュアルの中に記載していない場合は、別添えとしても良いとはあったが、

実を言って某認証機関の審査登録ガイドに「環境目的、目標、実施計画は3年間を包含していることが望ましい」と記載されている。だからその認証機関は、その審査登録ガイドを根拠に「ISO17021で規定する認証機関の基準において定めているので、目的が3年間のスパンがないから不適合である」と語ることはあり得るような気がする。といいつつ、「望ましい」とあるのだから「不適合」にはできそうがない。
だが現実の審査においては「環境目的が3年に足りないのでいけません。不適合とは言いませんが審査が終わるまでに3年間の目的目標を作成してください」なんて語っている。かつその根拠をその会社の登録ガイドではなくISO規格としている(証拠有り)。そんな明らかに常識はずれのことをshallだと強弁することは、認証機関として恥さらし以外の何ものでもないだろう。その認証機関の社長さん、いかがでしょうか?

私もISO規格や認定機関の規定だけでなく、公開されている審査登録ガイドのたぐいも読んでおりますし、駄文を書く際は読み直しております。ひょっとして審査登録ガイドを書いている認証機関の担当者よりも詳しいかも?

マニュアルチェックといっても、ISO14001だけでなくナガスネの審査登録ガイドの中身も覚えてなければならない。とはいえこの仕事に取りかかって既に10件以上処理している三木にとってはマニュアルチェックは簡単に思えてきた。だってどう考えても海千山千のお客さんや代理店を相手にビジネスするのに比べれば楽だとしか思えない。お金の回収なんて心配することはまったくない。提出資料に不足があれば電話一本をすればよく、相手は平身低頭ですぐにメールで不足分を送ってくる。初めは三木も下からお願いしていたが、どの会社もこちらを上に見て対応するもので、今では何か自分が上位にいるように思えてきた。そして実際に言動もそうなりつつある。だが三木はそうなってきたのを自分では気付いていない。

宮下三木がマニュアルを読んでは規格要求事項と審査登録ガイドのチェック表を埋めていると、宮下が通りかかった。
宮下は三木の出向元の会社から数年前に出向してきていて、三木の先輩にあたる。三木は出向前には何度か会って話を聞いていたが、出向してからすれ違いが多くて顔を見たことがない。

宮下審査員
「おや、三木さんじゃないですか」
三木
「ああ、宮下さん、お久しぶりです。やっとのことで出向できました。基本教育が終わって今いろいろと修行をしているところです」
宮下審査員
「山内取締役からは三木さんが出向してきたと聞いていましたが、出張が多い仕事ですからなかなかお会いすることがありませんね。今はどんなことをしているのですか?」
三木
「マニュアルチェックというものをさせていただいております」
宮下審査員
「マニュアルチェックですか、私もこちらに来た当初はだいぶやらされましたね」
三木
「こういうチェックは担当の主任審査員の方はされないのでしょうか?」
宮下審査員
「うーん、正直言いましてね、審査を依頼してきた会社から出てくるマニュアルは初めの段階では出来が悪いんですよ。それでね、最初に提出されたものは審査員見習い中の、いや失礼、手の空いている人に荒いチェックをしてもらって先方に修正させて、ほぼ仕上がったものを審査を担当する主任審査員が見るという流れなのです」
三木
「なるほど、レベルの低いもので先輩のお手を煩わすことはありませんからね、よく分ります」
宮下審査員
「それでも最近は環境側面とか環境法規制のまとめかたもほぼ知れ渡ってきましたし、なによりも環境マニュアルというものがどんなものかひな型なども市販されていますから、突拍子もないようなものはなくなりましたね。私が見習いでマニュアルチェックをしていた時代は、それはそれはとんでもないものが多くて・・アハハハ」
三木
「突拍子もないとおっしゃいますと?」
宮下審査員
「そうですねえ〜、思い出した例としてはISO規格のshallがすべてマニュアルに書いてないってものがありましたね」
三木
「ああ、それはISO規格でなくて審査登録ガイドで要求しているからですね?」
宮下審査員
「ISO規格でなく審査登録ガイド? いや、ISO規格にshallがあればマニュアルにそれをどう達成するかの概要を書かなくてはならないよ」
三木
「早苗主任審査員の講習で、規格のshallを満たす手順の概要を記せという要求は規格要求ではなく、ナガスネの審査登録ガイドだと教えられましたが」
宮下審査員
「そりゃ早苗さんの勘違いだろう。だってどの認証機関だって環境マニュアルに規格のshallが書いてなければ不適合にするよ」

三木は何かおかしいぞと思ったが、ここでは真理を究める必要はないというか、もめないことが要点だと感じた。
三木
「なるほど、そうでしたか。覚えておきます」
宮下審査員
「まあ頑張ってください。まもなく審査に正式なメンバーとして参加するようになるでしょう。そしたらすぐに補がとれますから」
三木
「ありがとうございます」

宮下が去ってから三木は考える。宮下は環境マニュアルに規格要求を書くのは規格要求だといったが、早苗は審査登録ガイドで要求しているからだと教えた。文章を読むと早苗が正しいのは間違いない。

 ワカラン
ワカラン
問題は宮下がそんな理解で審査していて大丈夫なのかということだ。
今までshallが抜けているマニュアルがあったときは、審査を依頼してきた会社にメールで「御社からご提出いただきました環境マニュアルの○○項の○○に関する規格要求に対応する記述が漏れていますので追記願いたい」と依頼していた。今までは「どうして不適合なのですか?」なんて問われたことはなく、先方はすぐに了解してくれたが、もしそういう問い合わせがあった場合、どう答えるべきだろうか。
問合せがあれば「ナガスネ認証の審査登録ガイドではISO規格のすべてのshallに該当する概要を記述するように依頼しておりますので、それに対応するように記述願います」と回答しようと思っていた。宮下なら「ISO規格要求に不適合です」というのだろうか。宮下の回答にイチャモンがついたら対応が難しいなと三木は思う。そして少しは自分も進歩したのではないかと

宮下と話をしてマニュアルチェックの仕事が途切れてしまったので、気分転換しようと三木は給茶機にいってコーヒーを注いだ。
各種講習では受講者(お客様)用にはまっとうなコーヒーメーカーでそれなりのコーヒーを出しているが、オフィスで飲むのは給茶機のコーヒーでうまいとは言い難い。まあ当然かと三木は思いつつ不味いコーヒーを一口飲んだ。
島田さん
「おや三木さん、お元気ですか?」

島田さん
三木は驚いて振り向いた。研修で一緒だった島田がいた。
島田はなにかの技術士とかで、町工場相手に技術的なコンサルをしているという。そんな仕事をしている中でISO9001の認証支援を頼まれるようになり、最近はISO14001のコンサルの仕事もしていると言っていたのを思い出した。

三木
「お久しぶりです、島田さん。島田さんは研修を受けてからはこちらに来ていないのですか?」
島田さん
「本業がありますので、時々来まして研修を受けているような塩梅です。三木さんは今どんなお仕事をされているのでしょうか?」
三木
「マニュアルチェックというものです。お客さんから提出を受けたマニュアルが要求を満たしているかどうか確認する仕事です」
島田さん
「審査員の5日間研修でもやりましたね」
三木
「まあそうですが・・・実際にしてみるといろいろ疑問を感じるところがありますね」
島田さん
「なんか歯切れが悪いですね、悩みでもあるんですか?」
三木
「いや、悩みではありませんが、ただマニュアルチェックがどんな意味があるのかちょっと疑問を持ちましてね。島田さんは環境マニュアルとはどんなものとお考えですか?」
島田さん
「環境マニュアルってどんなものかって? そりゃ審査の手間を省くためのものでしょう」
三木
「えっ、審査の手間を省くためのもの?」
島田さん
「企業からしてみれば環境マニュアルなんて必要ないですよ。もともとどの会社だって環境管理という仕事をしていましたからね。省エネ、公害防止、廃棄物処理、そういったことに関してどんなことをするかは法律で決められていましたし、法律によってはどんな社内文書を作れとまで定めていることもあります。それに法律で定めていなくても行政のガイドラインなどで社内文書のひな型なんて世の中にたくさんありましてですね、
あのですよ、三木さんも会社で長年働いてこられたからお分かりと思いますが、人が替わったり時間が経っても同じ仕事をするためには、やはりルールというか仕事のやり方を紙に書いておかなくちゃいけないってお分かりになりますよね」
三木
「確かに」
島田さん
「それで廃棄物の契約の仕方とか、マニフェストの書き方、廃棄物業者の選定方法なんてのは紙に書いているところが多いのです。おっと先ほど言いましたように行政もそういった仕事の手順を冊子などにして配っています。だから社内文書を作るのが面倒であれば、行政のそういったガイドブックとかを置いておけば間に合うんです」
三木
「はあ?」
島田さん
「そんなわけでISO規格が要求しているようなことは、過去から文書があり、それをみて仕事しているところがほとんどなのです。だって法律で定められていることを思いつきとか怪しげな記憶ではできませんからね。ですから個々の仕事は昔からルール化されてそれで業務をしてきました。改めて環境マニュアルを作るというのは、少なくても社内向けじゃありません。仮に環境マニュアルを社内向け文書だとしてですよ、廃棄物処理から環境方針から教育訓練からなにからなにまでを、ひとつにまとめたものを、誰が使うと思いますか」

三木は環境の仕事ではイメージが浮かばないので、営業の場合、営業の仕事の概要をまとめたものがあったとしてそれを利用する人がいるのかなと思う。
 ワカランワカラン
ワカラン
確かに新人教育としては通り一遍でも全体の概要を知るには使えるかもしれない。だが実際に仕事をしようとするとメッシュの荒いことしか書いてなければ仕事ができない。それに契約決裁権限と納期フォローの仕方を一つの文書とかルールに書いておく必要があるとは思えない。仮に営業の仕事の一から十までを書いたものをイメージすれば、それは会社規則とか部内の規則すべてであり、パイプファイル数冊になる。
今までチェックしてきた環境マニュアルでも、全体の概要は書いてあるが、個々のshallに対しては「教育訓練については当社教育訓練規定○○に定める」なんて書いておしまいだ。結局マニュアルの利用価値とは規格要求がどの文書に書いてあるのか、どの記録が対象になるのかが分るだけ、つまり目次というか対照表にすぎない。

三木
「そう言われるとそのような気もしますが・・・それじゃ環境マニュアルがなくても審査はできるものでしょうか? つまり島田さんが手間を省くとおっしゃいましたが、マニュアルがなくても多少手間がかかって楽でなくても審査はできるのかということですが」
島田さん
「ああ、もちろんですよ。認証機関の中には、マニュアルは送らなくて良いといっているところもありますよ」
三木
「ええ!そうなんですか。ちょっと待ってください。環境マニュアルはISO規格要求にはなかったですが、確かISO9001では作成しなければなりませんでしたね」
島田さん
「そうです。しかし品質マニュアルがなければ審査できないかといえば、そうではありません。というか、初期のISO9001では品質マニュアルの要求はなかったなあ〜。品質マニュアルの要求は1994年改定で追加になったはずです」

2015年改定でISO9001でもマニュアルの要求がなくなった。20年で元に戻ったわけだ。なんか、壮大な無駄というか回り道のようだ。

三木は斜め上を見上げて考える。ISO14001は規格要求にない。だから審査の手間を省くためのものにすぎないのかもしれない。

島田さん
「三木さんは左右QAという認証機関をご存じでしょう。あそこは品質マニュアルも環境マニュアルも提出しなくて良いと言っています。
ちょっと考えてみてください。まず審査の方法にはふたつあります。ひとつは個々の規格要求について満たしているかどうかを調べていくという方法です。そういう方法では、品質マニュアルとか環境マニュアルがあったほうが審査は楽でしょう。でもその場合でもマニュアルがなくてもISO規格を基に審査することはできます」

三木は島田が語ったことを反芻した。確かにそのように思える。
三木
「島田さん、今、審査方法はふたつあるとおっしゃいましたね、その言い方では別の方法もあるということですか?」
島田さん
「あります。現場を観察してそこの仕事がISO規格を満たしているかどうかを判定する方法です」
方法1ISO規格のこのshallに該当するものはどれか文書の該当項目から該当事項を探す矢印該当する記録と行為を現場で確認する
ISO規格があればできるが、マニュアルがあれば更に容易で誰にでもできる
方法2現場、記録、文書を観察矢印ISO規格のどのshallに該当するのか
観察力、洞察力がないとできない

三木
「ううーん? そんなことが可能なのだろうか。例えばISO規格では環境側面を特定し著しいものを決定しろとある。規格から行けば、環境側面を特定しましたか、著しい環境側面を決定しましたかと聞けばよいわけだが・・その反対の方法ではどうすればいいのだろうか?」
島田さん
「文字通り、著しい環境側面に該当するものが著しいと認識されているかどうかを確認することです」
三木
「ああなるほど、審査員がこれは重大な環境側面だと考えたものが環境側面一覧表にあるのかどうかを見るということですね」
島田さん
「ちょっと違いますね。そもそもISO規格では著しい環境側面一覧表を作ることを要求していません。環境側面一覧表がなくても規格適合です。規格が要求しているのは著しい環境側面を決定することです」
三木
「決定することというと・・・決定しましたと回答すれば良いということでしょうか?」
島田さん
「いえいえ、違います。著しい環境側面を決めたら、どういうことをしなければならないのでしょうか?」

三木はハタと考え込んだ。
著しい環境側面を決めたら何するのか? 規格にあったような気がするが思い出せない。
島田さん
「著しい環境側面が関係する項目はいくつもあります。目的目標を決めるときに考慮すること、著しい環境側面に関わる人の力量を確保せよ、著しい環境側面について外部コミュニケーションの手順を決めろ、著しい環境側面に関わる運用や管理に必要な記録や文書を決めて作成しろ、著しい環境側面に関しては手順を決めてしっかり運用しろ、そんなところかな」
(物語の時点で有効な1996年版を元にしている)
三木
「すると・・・」
島田さん
「審査員は現場、現場といっても製造ばかりでなくオフィスや環境施設もありますがね、まずそこで作業や設備、薬品などなどを観察してその仕事で重要なことは何か、どんな危険があるのか、事故が起きるかなどを考察するわけです。つまり著しい環境側面に該当するものを考えるわけです。
そして著しい環境側面であるとみなした作業や設備や物について、今言ったこと、つまり環境目的目標につながっているか、それに関わっている人たちには教育訓練などをして実際に取り扱える力量があるか、外部コミュニケーションの手順が決めてあるか、運用の手順は決めてあるか、手順通りに仕事をしているかということをですね、チェックして、その結果、このshallは満たされているか否かを判断することになるでしょう」

三木はしばし考え込む。島田が言うことはもっともだ。だけどそれは途方もなく難しいことのように思える。自分がそんなことをできるだろうか?
三木だって営業時代は客先あるいは代理店を会う前に、向こうについてそれこそ売上推移、事業の変遷、過去のトラブル、近隣との関係、関係する人間の性格など調べて行く。だがそれは継続して付き合っていくという条件があったからだ。一期一会のISO審査という仕事でそこまでしていたら・・

三木
「つまり、それはとんでもなく難しいだけでなく、手間も時間もかかるのではないでしょうか?」
島田さん
「そうなるでしょうね。おっしゃるように規格からいくのは簡単で、現実から行くのは難しいでしょう。とにかく審査の方法は二つあるということです」

これを書いてマタイによる福音書第7章を思い出してしまった。
「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広い。そして、そこから入って行く者が多い。命に至る門は狭く、その道は細い。そして、それを見出す者が少ない」
ISO関係者にも福音書があればよかっただろうに、
「難しくても正しい方法を行いなさい。組織にマニュアルを書かせる楽な道を行く者は多いが、それはISO認証の価値を落してしまう。審査の価値を高める正しい方法の道は難しく、その道を行く者は少ない」
おっと、その王道をいく認証機関もありますよ、外資系に多いようですが
「マニュアルに規格のshallすべてが書き込んでありません」なんて言っている認証機関は王道ではなく邪道です。

ところで、私が若いときはジッドの「狭き門」は中高生の必読書だった記憶があるが、今はどうなんだろう? 少なくても私の娘・息子が読んだ気配はなかった。子供たちは宗田 理とか赤川次郎程度しか読んでいなかったようだ。

島田さん
「あまり大きな声では言えませんが、ナガスネの方法は規格から行く方法で、更に環境マニュアルを作成させていますから非常に簡単でどんな審査員でもできるわけですよ」
三木
「先ほど左右QAという認証機関ではマニュアルを不要としているとのことですが、実際に審査ができるのでしょうか?」
島田さん
「私がコンサルした会社にも左右QAで認証を受けたところもあります。原子力関係は左右QAが強いですからね。最初マニュアルを送りますといいましたら、送らなくて結構というのです。その会社も指導した私も、はあ?となりましたよ」
三木
「なにも事前資料なしで審査に来るのですか?」
島田さん
「いやいや、それは無理ですよ。保有機械とか生産工程とか使用している化学物質とその使用量などはとりまとめて提出しましたね。まあそれが現実的には著しい環境側面になるのでしょうけど」

三木はまた斜め上方を見上げて考える。島田のいう審査方法もあり得るとは思う。しかしそれはとてつもなく難しそうだ。少なくても営業しか知らない三木が急遽促成栽培で審査員になって審査するアプローチ方法ではないように思える。言い換えるとナガスネの方法は、促成栽培の審査員にできる審査方法なのだ。だって受審する企業に環境マニュアルを作成させ、その中に関係文書や記録を参照するだけでなく手順の概要というかサマリーまでを記述させるのだから分りやすい。もちろんそれは企業に手間ひまをかけさせることになる。そしてそれは環境マニュアルは審査員のためのものであり社内で使われるものではないということだ。
三木
「ちょっと待ってください・・・ええとですよ、コンサルとか審査員は社員がマニュアルを仕事で活用するようにって言いますよね、あれってマニュアルが業務に使えるというか、仕事の規範として使うべきってことですよね」
島田さん
「まあ、そんなことを語る審査員やコンサルも多いですね。でもね、三木さん、マニュアルって言葉に惑わされるかもしれませんが、品質マニュアルや環境マニュアルは業務マニュアル(手順書)とか機械のインストラクション(取扱説明書)ではありません。それはISO規格のマニュアルの定義からもはっきりしています。もし仕事で環境マニュアルを使っているとしたら、その会社はどこかが間違っているのです。仕事のコンサルをしている私が言うのですから間違いありません」
三木
「そうしますと、ISOのマニュアルとは純粋に認証機関のためであり、それも必須というよりも手間を省くためのものでしかないのですか」

島田は三木がいつまでもお茶していては不味いと思ったようで、またねと言って去って行ってしまった。


数日後、三木がトイレに行ったとき山内取締役に会った。
山内取締役
「三木よ、どうだい、慣れてきたか?」
三木
「はい、おかげ様でなんとかやっていけそうです」
山内取締役
「あんまし、堅苦しく考えることもないよ。ところで今日、仕事が終わったら一杯どうだ? 木村にも話しておけよ」
三木
「かしこまりました」

定時後、山内、木村、三木の三人は新橋駅前の居酒屋にいた。
三木
「山内さん、お聞きしたいことがあります」
山内取締役
「あんまり難しいことは分らんぞ、俺は環境とかISOなんてワカランわ。俺の頭の中にあるのは、この会社をつぶさずに事業を継続させていくにはどうするかってことだけだな」
三木
「経営的というほど高度なことではないのですが、事業継続という点では関連があることです。
どうもいろいろと話を聞いていると、ナガスネの審査方式というか考え方は、審査を楽にしようという発想で構築されているように思えてきました」
山内取締役
「ほう、そういう話を聞いたのは初めてだな」
木村
「三木さん、審査を楽にというのはどういう意味でしょうか?」
三木
「典型的なものといえば、環境マニュアルというものはISO規格にありません。ですから認証機関の中には環境マニュアルを求めていないところもあります。そしてまた環境マニュアルを要求しても、そこに何を書くか、なにが書いてないと不適合になるのかということも認証機関によって異なります。
ナガスネは環境マニュアルにISO規格にshallとあることについて、それをどのように対応するかの概要を記載させています。ですから環境マニュアルを見ればその会社の概要が分り、誰にでも審査ができるという仕組みです」
木村
「それはいい方法ではないですか」
三木
「でもそれはナガスネが楽をするだけであって、審査を依頼する方にとっては余計な仕事が増えることになります。またISO規格の要求以外に余分にいろいろと仕事をさせることになっています」
木村
「私はそんなことないと思いますよ。どんな仕事でも合理化、標準化は悪いことじゃありません」
三木
「木村さんがおっしゃる通りだけど、その合理化、標準化することによってISO規格要求事項から逸脱してしまうといけないんじゃないか」
山内取締役
「ええと三木よ、現実問題としてそのナガスネの考え方では、どんな問題が起きるんだ?」
三木
「当社の顧客といいますか依頼してくる会社がこの業界内だけであれば、企業は出向者を出しているからとか義理という理由で、他の認証機関に依頼するということはないと思います。しかし長期的には認証機関による規格解釈の齟齬とか、提出資料の多寡によって当社の競争力が落ちていくでしょうね。今でもナガスネ流とか呼ばれています。決してそれは褒め言葉ではないでしょう」
山内取締役
「うーん、三木よ、分った。ちょっと考えるわ。それから今の話はうかつに社内で語るなよ。正直言ってお前がつまはじきされる危険があるから」
三木
「承知しました」

うそ800 本日の思惑
ナガスネのモデルとなった某認証機関は、その規格解釈がユニークで陰ではいろいろと論評されている。
前行の意味を理解できない人もいるだろうから露骨にいえば、ナガスネのモデルとなった認証機関はその規格解釈が間違っていて陰では笑われているという意味である。これは私だけでなく別の大手認証機関の取締役が「認証機関の恥部」と言ってました。
そんな認証機関と付き合ってきた私であるが、その認証機関のユニーク(間違った)な解釈がどのようにして生まれたのかということはいまだ分らない。そんなことを考えてこの文章を書いているところです。

うそ800 本日の失敗
これはしたり!
今日の文字数は12,000を軽く超えた。
この物語を始めるときに、1話1万字以下にすると誓ったが、私の誓いは長続きしない・・・



名古屋鶏様からお便りを頂きました(2015/3/27)
認証機関の恥部

患部の間違いかと・・・

なるほど、恥部とは「人に知られたくない、恥ずべき部分」、他方患部は「病気や傷のある部分」、意味的には患部の方がよろしいようですね。
これはJ〇〇QAの取締役の発言ですので伝えておきましょう。いや止めておきます。

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