審査員物語29 規格解釈2

15.05.25

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基に書いております。

審査員物語とは

物語が始まって5年がたち2006年まで進んだ。三木が審査員になってから4年、58歳になった。あと2年で出向元の会社の定年になる。定年になった後に、出向元の会社に戻り嘱託に雇ってもらうとか別の子会社に出向するなんて道はありえない。だからナガスネの子会社であるナガスネMSで採用してもらわないと困る。そのためには現在の出向の身分から転籍してナガスネの社員になっておかねばならない。
三木
主人公の三木である
ところが三木は上役には受けが悪いようで、一緒に出向した木村はとうに転籍しているのに三木には声がかからない。三木が思うに朱鷺審査員や須々木取締役その他、ナガスネの規格解釈を形作ってきた人たちに懐疑的見解を持つだけでなく、それを堂々と発言しているのを好ましくなく思われているようだ。少なくても三木個人が今まで顧客企業から苦情や異議申し立てを食らうなどのトラブルを起したことはないから、そういったことではないと思う。
三木もサラリーマンというものを良く知っているから、上司がカラスは白いと言えば部下も白いですねというくらいはしょうがないとは思う。しかし規格解釈の問題は社内だけでなく、他の認証機関もあるわけだし、ナガスネの中だけで通用する考え方では恥ずかしいというか、問題が起きたらどうするのかという懸念の方が大きい。だから社内の会議などでそういった話題になったときは常識的というか、世の中の基準での発言をする。同僚の審査員でそういうことを堂々と発言する人はほとんどいないから一人浮いているのは自覚している。そんなこんなで転籍できないのかと推察している。
まあ一応主任審査員の資格はあるから、転籍できないときは他の認証機関で契約審査員として働こうかと考えている。今の時代、60歳で定年して引退するにはまだまだ若いし、年金のこともあり少なくても65歳くらいまでは働きたいと考えている。

なぜか久しぶりに山内取締役から飲みに誘われた。いつものように品川駅近くの裏通りの居酒屋に入る。今日はふたりだけだ。
山内取締役
「とりあえずお仕事お疲れ、乾杯」
ビール
三木
「山内取締役、今日はどういう風の吹き回しですか?」
山内取締役
「来月株主総会でな、いろいろあるんだよ」
三木
「ウチは普通の会社じゃないし、株主って言っても同じ業界の10社だけですから、株主総会なんて形式なんでしょう?」
山内取締役
「そうでもないんだよなあ〜、そりゃ利益をどんどん上げろとか、事業を拡大しろなんてことは言われないけどね、それでも赤字を出すなとか、最低限の規模を確保しろというようなことは厳しく言われているよ」
三木
「現状を見れば利益率は低いけれどまあまあじゃないですか。心配することもないでしょう」
山内取締役
「まず今年2006年はISO9001の日本の認証件数が初めて前年割れしたよ。それは以前から予想されていたことではあるが、やはりショックではある。ウチも登録件数は減少とまではいかないが、昨年から増加していない。減少傾向は来年以降も変わらないだろう。既に顕在化しているが認証機関同士の値引き競争が激しくなるだろうし、その結果、売上額は認証件数以上の減少になるだろう」

ISO14001登録件数推移

三木
「なるほど・・・認証ビジネスでは新製品を出すとか他社以上のスペックにするというわけにはいきませんからね」
山内取締役
「それだけではない。我々の競争相手はISO認証機関だけではなく、エコアクションとかエコステージなど簡易EMSというのもある。いやいや、広い意味では小集団活動とか改善活動というのも競合相手だ。
それにさ当然ではあるが、ウチの出向者は賃金の半分は出向母体から補てんされている。だからこのところ転籍を抑えている。特に株主会社以外からの出向者とか、おまえのように賃金が高い出向者は転籍を抑えているんだ」

三木はアッと思った。木村が転籍して三木が転籍しないのは、規格解釈などの軋轢以外に、賃金が高い安いということもあったのか。出向する前は三木は古参部長だったし、木村は子会社の課長だったから、ふたりの年収は200万か300万は違っただろう。半分を母体が補てんしているとして、転籍したときの費用負担は大きい。
しかし、本来は出向受け入れ会社が賃金を全部負担するべきだろうし、そう考えると出向者の賃金を出向元が負担するというのは認証機関はまる儲けというか相当人件費が浮いてそれは利益につながっているはずだ。
三木
「山内取締役、私も早いところ転籍させてくださいよ」
山内取締役
「心配するな、お前はまだ定年まで・・・ええと2年あったよな。転籍すれば費用負担が年500万くらい増えるのだから・・1年遅ければ500万、2年遅ければ1000万の費用減少になるんだよ、経営者から見ればだが、
ウチの売り上げは30億、利益率は2%少々だ。つまり利益は6,000万から7,000万だぞ、いかに微々たるものか笑っちゃうじゃないか。正直、出向元からの出向者賃金の補てんがなければ大赤字だよ。
それにしても売上絶対額が少ないよな。おれが出向する前に任されていた部門の年間売り上げは300億はあったな。お前の担当している部門の売上だって100億はあっただろう?
業種業態が異なるとはいえ、ウチの売上はお前がハンドリングしていた3割の規模しかないんだ」
三木
「確かにそう考えるとここは中小企業ですね。その上、事業の範囲が定められていて従業員は業界傘下企業からの出向者、いろいろ制約条件があると革新的な手は打てない」
山内取締役
「まあ、そもそもの目的が傘下企業の認証費用の外部流出の防止と遊休人材の活用だからマイナスを出さなきゃいいわけだが・・
話を戻すと、現在の認証ビジネス環境においては現状のままだと2年もしたら利益ゼロ、ゆくゆく事業は立ちいかなくなる」
三木
「誰かがそう考えているということですか?」
山内取締役
「俺も考えているが株主だって同じだよ。出資会社としては、赤字でさえなければ定年間際の遊休人材を引き受けてくれれば良いと考えていたが、このままだとこれからどんどん赤字を出すようになると懸念しているわけだ。それで今年の株主総会ではけっこう大ナタが振るわれそうだ。というか、俺がその下案を作っているんだがね」
三木
「ほう!それじゃナガスネの改革が楽しみですね。
とはいえ抜本的な手は打てないのではないですか。審査の仕組みとか審査工数などはIAF基準で決まっていますし」
山内取締役
「そうでもないさ、出来ることはいろいろある。例えばエコステージやエコアクションでは認証機関というべき組織をゾーンデフェンスにしている。だから地域密着で新規顧客の開拓をしているし、地元に住んでいる審査員なら移動時間や旅費・宿泊費をかけないで済む」
三木
「なるほど、確かにISO審査はほとんどの認証機関が東京にあり、そこから全国に審査に行ってますね」
山内取締役
「いや地域ごとに審査員を置いて移動を少なくしている認証機関もある。うちも今後は地方に支社を置いてその地方でもビジネスを推進させようと考えている」
三木
「以前から関西支社がありましたが」
山内取締役
「とりあえず九州と北陸に支社を新設する予定だ。まあそれぞれ数人規模だが。ウチのお客さんは北海道や東北は少ないからな。他社も同じだけど、
それよりも費用構造改革の第一はオーバーヘッドを軽くすることだ。今は出資会社10社それぞれから取締役が来ているから10人も社内にいる。全社員が200名もいないんだからどう考えてもおかしいだろう。費用もあるが意思決定に全取締役ネゴが必要で、これがとんでもない時間と労力がかかる。これを常勤取締役は社長他2・3名にして、他は非常勤にする予定だ。取締役は転籍しているわけだから、これだけで年7000万くらいの削減になる。
それから事務業務ももっと効率化を図ってスリム化しないとね。人が減れば床面積も減り、家賃も減る」
三木
「なるほど、とはいえ山内取締役はともかく会社創立以来の取締役が多いですから、それをするのは猫に鈴をつけるようで困難でしょうねえ」
山内取締役
「取締役をどうこうするというのは取締役が決めることじゃなく株主の決めることだ。出資会社から見れば、俺を含めてウチの取締役なんて下っ端にすぎないよ。ましてそういった古い連中がウチの体質を作ってきたことは審査を受けている企業から見れば明白だし、恨みを買うというほどではないだろうけど、好感は持たれていないね」
三木
「それはよく分ります。じゃ今度の株主総会が期待できますね」
山内取締役
「審査員の使い方も効率をあげて移動時間の短縮、本社に来る日数を減らすなどしたい。今はIT時代だから必要な資料は自宅に送信するようにしたい。リーダー以外の審査員は、出社する必要がないんじゃないかなと考えている。そうすると契約審査員の日当もだいぶ減るだろう」
三木
「そのへんになると難しいんじゃないですかね。CEARの基準だって、現地での審査の3倍くらいの日数を審査経験に計上することを認めているのですから、言い換えるとそれくらい準備やまとめの作業に時間がかかるとみているわけでしょう。今まで会社でしていた仕事を自宅でさせて、その賃金をまったくゼロにするというわけには・・・」
山内取締役
「まあそのへんの詳細はこれから詰めたいと思う。
それからやはり営業力の向上だよ」
三木
「それについては意見があります。あのう、山内取締役、ウチの規格解釈が独特で巷では揶揄されているわけですよ。そういったことの改善というか見直しはお考えでしょうか?」
山内取締役
「ああ、それもある。とりあえず株主総会後は古くからいる取締役はほとんど引退することになるから、それ以降はかなり自由な雰囲気になるだろう」
三木
「なるほど、一挙にはいかず、時間が経てば正常化するだろうということですか」
山内取締役
「お前たちに正常化してほしいということさ」




株主総会後ひと月くらいで組織改編が行われ、古参幹部の多くが引退した。三木はこれからは良くなるのではないかと期待していた。だがそれは間違いだった。取締役を引退してもほとんどが契約審査員として残ったし、月給をもらわなくても会社に来るのが生きがいというような人たちばかりで、そういった人が現役審査員に旧来の規格解釈を押し付け洗脳するのは変わりなかった。
ともかく株主総会後、社長が代わり常勤取締役は社長、業務部長の山内、審査部長、営業部長、だけになった。そして技術部という部門は廃止された。それは元々出版や講習会を担当していたが、ISO関係書籍の出版はもう需要がなく、各種講習会もかってのように年間数十回も開催していたのは既に夢のまた夢、月1・2回あるかないかである。
須々木元取締役は個人的に環境法規制の本を毎年出すという話だ。あのたぐいの本は毎年一定の需要があるらしい。
契約審査員になった元取締役や古参審査員たちは、これからも親分風を吹かして自分好みの会社を割り当てろと担当者にねじ込んでいる。そんなわけで組織や上の顔ぶれが変わっても、審査の現場はそんなには変わらない。山内が審査員を効率よく動かすようにしたいと言っていたが、そんなことは一朝一夕で切り替えるわけにもいかない。従来通りの勤務スタイルが続いた。



明日からの二日間、三木は朱鷺審査員と二人で埼玉県にある工場の審査である。事前打ち合わせは今晩ホテルで行う予定だ。三木は今日定時まで横浜で審査をしていて、それが終わってから新幹線を使って熊谷に移動した。朱鷺は今はナガスネMSも定年になり契約審査員となっていた。それで明るいうちからやって来て日中は熊谷市を観光していたという。
乾杯程度した後食事を済ませて三木の部屋で打ち合わせをする。以前はホテルの一室を借りて事前打ち合わせをした時代もあったらしいが、費用削減を厳しく言われる昨今はホテルの部屋で打ち合わせをするのが普通になった。まさか人目に付くロビーでは打ち合わせできない。今回はふたりだからまだいい。数人のときは狭くてたまらない。
進め方の確認などは特に問題なく終わったが、前回の不適合や観察のことになると微妙に意見が食い違う。
朱鷺
「前回もわしが来たんだ。いろいろと問題があったよ。まず環境側面の決定方法がしっかりしていない。この会社は点数で決めているじゃないんだよ」
三木
「どんな方法なのでしょうか?」

環境側面決定方法
環境側面ロジック方式

酒を飲まない方はカラオケに行こうとか、
お茶しようとか読み替えてください。
朱鷺
「なんだかロジック法とか言ったが、法規制に関わるか、事故の恐れがあるか、経営方針にあるかとか、そんなYES/NO判定をいくつか繰り返して、いずれかに該当したら著しい環境側面に、ひっかからなかったものは著しくないなんてする方法だった。
よくもまあ、あんないい加減な方法を考えたもんだ」
三木
「その方法が規格要求を満たしていないとして不適合にしたわけですか?」
朱鷺
「いや、点数でないから不適合としてしまうのはいささか無理気味なので、著しいと思われる環境側面が取り上げられていないということを証拠に、著しい環境側面を決定する方法を不適合にした」
三木
「朱鷺さんが欠けている著しい側面とされたのはどんなものだったのでしょうか?」
朱鷺
「あれさ、通勤がとりあげられていなかったんだ」
三木
「失礼ながら私は通勤を著しい側面にしていた会社は・・・思い当たりません」
朱鷺
「君知らんのか、あれだよあれ、ええとUKASが通勤を著しい環境側面にしなければならないと言っていたのを知らないか?」
三木
「はあ? 存じあげませんが」
朱鷺
「もう何年も前だけどUKASは通勤を著しい環境側面にしなければならないと言ったはずだが。
こんなこと誰だって知っているぞ」
三木
「不勉強ですみません。そのUKASの通知を知りたいですね。見たことがありませんので。ネットにあるのでしょうか?」
朱鷺
「うーんあれはISO14001認証が始まって2・3年目の2000年頃だったと思うな、調べればどこかにあると思うが」
三木
「それではだいぶ前になりますね。UKASの通知はともかくとして、通勤が環境側面であるとは思いますが、著しい環境側面かどうかとなるとどうなんでしょうか?」
朱鷺
「環境側面であることは間違いない。だからそれを評価していないということは不適合であるわけだ。評価した結果、著しくないと判断したならそれはまあ適合だろうなあ」
三木
「現実問題として私が過去4年間に審査に参加した会社で通勤を著しい環境側面としていたところはありません。ですから通勤を取り上げていなかったとしても不適合とするのはやり過ぎではありませんか」
朱鷺
「君、何を言っているんだ。そもそも点数で評価していないというところでわしは大問題と考えている」
三木
「朱鷺さん、点数で評価しなければならないということもないと思います。規格では著しい環境側面を決定する方法がどうあるべしと決めているわけではありません」
朱鷺
「君〜、君の考えは審査員として常識がないというか、基本を知らないんじゃないか?
じゃあ、君は著しい環境側面を決めるのに点数をつけなくても良いというのか?」
三木
「別に点数を付けなくてもよろしいと思います。点数法でなければならないなんてウチが言っているだけですよ。他の認証機関はどんな方法でも良いと明言しています。聞くところによりますとナガスネの勧めている点数法は須々木元取締役と朱鷺さんたちが考案したとのことですね」
朱鷺
「そうさ、ウチが審査を始める前に、ISO14001を実現するにはどうすべきかというISOの手本というかセオリーを一生懸命検討したんだ。そして環境側面についてはこれが王道だろうと考えたというわけだ」
三木
「だいぶ前に須々木取締役から伺いましたが、みなさんイギリスに行っていろいろと研修されたそうですね」

朱鷺は昔を懐かしむような顔をした。
朱鷺
「そうなんだよ、今も言ったが、ISO先進国のイギリスに行って、ふた月ほど規格要求事項の内容と、どのように対応すべきか聞取りしたり、実際の審査の研修も受けた。そのとき環境側面の特定とか著しいものの決定方法も習った」
三木
「でもそのとき点数法ばかりでなく、いろいろな方法、例えば会議で決めるとか、過去の事故や違反などを基に決める方法もあったと聞いています」
朱鷺
「確かにそういう方法も聞いたことは聞いた。しかしそれはそういう方法もあるということであってだ、そういう方法では客観性がないとか、網羅性がないとか、いろいろ欠点があった記憶がある。いろいろと総合的に判断して点数法が一番適切と考えた。そしてそれを使うように推奨してきたわけだが」
三木
「しかし点数法でなければならないということはありませんよね」
朱鷺
「君はなんだ、点数法ではダメだというのか?」
三木
「ちょっと待ってください。話を整理しましょう。論点はふたつあります。
ひとつは通勤の側面が抜けているということでしたね。もうひとつは点数法でないから問題だということ。
向うが通勤だけ入れればよいと理解した場合は、現行の方法のままでも単に評価対象に通勤を追加して、法規制に非該当、環境事故に非該当であるとして著しくないとすれば終わりです。そのときは点数法に切り替えることはないですが、朱鷺さんとしては、その場合はOKするのですか?」
朱鷺
「そういう手があったか・・・・つまりなんだ、著しい環境側面を決定する方法が不適切とする証拠に通勤がないことをあげたのは、うまい方法ではなかったということか。
とすると点数法に誘導するにはどうしたらよかったのかな?」
三木
「それはそれで問題ですが、私は今言ったふたつの論点それぞれに問題がありと思うのです。
なぜ著しい環境側面を決定するのに点数法でなければならないのかということ、そして通勤を環境側面としなければならないかということ」
朱鷺
「通勤がないことが問題なのは明白だ。言っただろう、UKASが通勤を評価しなければならないって通知しているってことだ」
三木
「ISOの世界では、基準なり手順はすべて文書化されて公開されているはずですよね。私はそのUKASの通知というのを見たことがないのですが、いつどのような形で出されているのでしょうか?」
朱鷺
「おいおい、わしが言うのを疑っているのか?」
三木
「いえ、そういうわけじゃありません。ただ実際の通知を見ませんと、それを根拠にした審査ができません」
朱鷺
「実を言ってわしもいつの通知なのか忘れてしまった。だが通勤を評価しなければならないということは間違いない」
三木
「審査において不適合を出すには根拠と証拠が必要と習いました。通勤を評価していないという理由で不適合を出したなら、その根拠を明示する必要があります。少なくてもISO規格にはありませんから、根拠としては審査契約でJABとUKASの認定となっているから、ISO規格やIAFの基準以外に、JABとUKASの基準が上乗せされること、そしてUKASの基準として通勤を評価しなければならないということを記載しておかなければならないのではないのですか?」
朱鷺
「そんなことはない。そもそもISO規格では、組織が関わるすべての環境側面を評価しなければならない。そこには当然通勤も入る」
三木
「しかしですね朱鷺さん、ISO14001本文ではすべての環境側面を評価することを要求していません。アネックスでも徹底した調査を要求していないと明記しています(2004年版参考)。常識的な範囲で環境側面を調べれば良いのではないですか」
朱鷺
「じゃあ、君はどう判断すればよいというのか?」
三木
「点数法でないことや通勤が入ってないことを不適合にするのは難しいと思います」
朱鷺
「なんだと!問題はふたつある。通勤を考慮していないのはUKASの通知に反する。これは絶対だ。もうひとつは点数法でなければならないということは当社の統一見解だ」
三木
「あのう大先輩に対して僭越ではありますが、UKAS云々を持ち出すならその根拠を明確にしなければなりません。少なくても私はそのような要求があると過去の研修や当社の講習で聞いたことがありません。
もうひとつは点数法でないことをもって不適合とする根拠はないと考えます。当社の統一見解だとするなら、それを審査を受ける会社に周知しておかなくてはなりません。しかし、私自身、環境側面は点数法でなければならないとは教育を受けていません。そういう方法がメジャーであるとしか・・」
朱鷺
「じゃあ君は昨年わしが出したこの不適合は不適合ではないというのだな」
三木
「ハイ、そう思います」

三木が簡単にそう応えるのを聞いて朱鷺は唖然という顔をした。
朱鷺
「そんな出鱈目な理解では審査員をしてほしくない。」
三木
「朱鷺さんがそのようにおっしゃるのが分りません。私は不適合にするには根拠が必要だということ、そして朱鷺さんが根拠にあげたUKASの通知を見たことがなく、点数法でなければダメだとは規格に書いてないので、どのような理由なのかを朱鷺さんにお聞きしただけです」
朱鷺
「わかった、とりあえず君に対する処置は会社に帰ってから考えよう。今回の審査で昨年の是正確認についての判断は私に一任してもらう」
三木
「分りました」

その夜はそれで解散した。



翌日の審査である。
オープニングに引き続いて現場巡回をした後、前回のフォローとなった。

担当者 環境課長 朱鷺審査員 三木
担当者環境課長朱鷺審査員三木

朱鷺
「昨年の不適合の是正状況を確認します。是正計画については書面ではいただいておりますが、実際に行ったことを確認させていただきます。
まず、環境側面の決定方法を点数で客観的に評価することを検討するとありますが、どのようにされましたか?」
環境課長
「おい、あれは対応しないということにしたんだよな」
担当者
「はい、審査員さん、通勤については近隣のISO14001を認証している工場に問い合わせたのですが、どこも環境側面として特定していなかったので当社も非該当と考えました。不適合は『通勤を側面に取り上げず評価していないのは環境側面の特定と著しい環境側面の決定方法が不適切である』でした。しかしどこでも通勤を側面にとりあげておらず、当然その評価もしていないので、これは不適合ではないと考えました。それで対応はしていません」
朱鷺
「待ってください。通勤が著しい環境側面になっていないのはありかもしれません。しかし環境側面であるのは間違いではなく、それが著しいか否かを評価することは必要でしょう」
担当者
「しかしあらゆる環境側面を取り上げて評価する必要があるでしょうか。誰が見ても非該当であるというものはあるわけです」
朱鷺
「誰が見ても非該当なんてものがありますか」
担当者
「わかりますよ、確かに環境側面と言えるものは無数にあります。でも著しいか著しくないかなんてのはわざわざ評価しなくても初めからわかっているのです。
例えばこの会議室に観葉植物が置いてあります。それは環境側面であることは間違いありませんが、どう考えても著しい環境側面ではありません。ですからわざわざ観葉植物の環境影響をとらえて評価するなんてことはしません。
そういうものは環境植物だけじゃないです。この部屋を見回しただけでも、ホワイトボードはどうです? ホワイトボードマーカーは? 黒板消しは? プロジェクタは? 今お座りになっている椅子、机、ペットボトルのお茶、それを売っている自動販売機、私の着ている作業服、作業服洗濯用の洗濯機は社内にありますがその洗剤。
どの会社でもPPC用紙を著しい環境側面に取り上げるのが定番ですが、環境影響がPPCよりも大きなものはいくらでもあります」
観葉植物
朱鷺
「PPCより環境影響の大きなものを著しい環境側面に取り上げていないというのですか」
担当者
「観葉植物の話をしましたが、それより環境影響の大きなものもあります。工場には工場立地法で植栽を維持するのが義務ですよね。でもそこに植えてある樹木や草の種類によって環境影響が異なるからと種別に評価するなんてことはしていません。
あるいは工場内には通路もグラウンドもあるのですが、それがコンクリート舗装かアスファルトかとか土のままあるいはレンガ敷きでの影響の違いなどどこも環境側面として取り扱っていません。その他にもたくさんあります。UPSの鉛電池は対象としていますが、診療所の血圧計のボタン電池や非常用の懐中電灯のマンガン電池などは考慮していません」
朱鷺
「すると通勤もそれと同等で評価する必要はないと判断されたということですな」
環境課長
「その通りです」
朱鷺
「ええとISO認証は我々認証機関が行うわけです。しかし審査登録証には富士山マークとか王冠マークが描かれていることからお分かりと思いますが、我々認証機関は認定機関の認定を受けているわけです。王冠マークはイギリスのUKASという認定機関の認定を受けているわけですが、UKASは通勤を評価することを要求しています」
環境課長
「はあ、そうですか。ええとこの一件で隣の工場に相談に行ったのですが、そういったISO規格以外にも要求というか条件というのは多々あると伺いました」
朱鷺
「そうでしょう、そうでしょう。ですから御社が王冠マークを付けるにはUKASの要求である通勤の評価をしなければならないのです」
環境課長
「おっしゃることは分ります。ではそのユーカスですか、それが通勤を要求しているという証拠を見せてくださらぬか」
朱鷺
「私が言うのですから間違いありません」
環境課長
「そう願いたいところですが、近隣の工場に行ったとき、そういったISO規格以外の要求は書面で予め審査を受ける会社に提示しなければならないことになっていると聞きました。私どもでは今までそれを知りませんでしたので、それを知っておかねばなりません。ということでその決まりとやらを見せていただきたいと思います」
担当者
「きっとそれ以外にもいろいろ要求があると思いますので、漏れのないようにしたいと思います」
朱鷺
「三木君、どうするね?」
三木
「その件に関してはなんともコメントできません」

朱鷺は三木の木で鼻を括ったような返事に顔を赤くした。
朱鷺
「確かに書面では事前に提示していなかったかもしれません。しかしこれは必要なことなのです」
担当者
「ええと審査員さんがおっしゃるのは、つまりUKASのマークを付けるためには、通勤を環境側面に取り上げて評価しなければならないということですね。それが著しい環境側面になるかならないかは会社によると・・・」
朱鷺
「その通りです」
担当者
「しかしこの近隣の工場、10社ほどに問合せしたのですよ。それらの認証機関はナガスネさんもありましたし、それ以外の認証機関もありました。しかしどこも通勤を環境側面に取り上げておらず、しかもどこも富士山マークだけでなく王冠マークもついています。ということは必要ではないわけです。これはどうしてなんでしょうか?」

朱鷺はしばし絶句して斜め上を見上げた。
三木はこの会社もけっこうやるなと半ば感心し、朱鷺がどのような対応をするのか面白半分にながめていた。
その後、朱鷺はこれに関しては社内で調整するがとりあえずは是正を確認したという、訳のわからないことを言って次に進んだ。

審査終了してから審査報告書は朱鷺が書くというので三木はもうお役御免と朱鷺と別れた。いずれあとで自分が参加した審査の報告書の写が送られてくるはずだ。

うそ800 本日の疑問
果たしてこの後はどうなったのでしょうか?
考えるのがめんどくさいので、この続きのストーリーはみなさんに一任します。

うそ800 本日の失敗
だらだら書いていたら12,000字になった。1万字以下という約束は反故同然


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