審査員物語32 鷽八百社に行く(前編)

15.06.10

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基に書いております。

審査員物語とは

今週三木は大手町にある鷽八百という会社に審査に行くことになった。近くで自宅から通えるから楽だ。還暦になった三木には連泊の出張はきつくなってきた。ホテルに何泊しようときついわけではない。観光旅行ではないから移動とその際の乗り換えが厳しいのだ。それに指定がとれないときは2時間位立っていることもある。飛行機では座れないということはないが、空港内の移動がつらい。羽田では1キロくらい歩くこともある。体力的にはあと2年がいいところかなと内心思っている。
そういえば高齢になると、移動が楽なところを選ぶ審査員が多いと聞く。それほどまでして審査員稼業にしがみつくつもりはないと三木は思っている。

ところで鷽八百という会社名をみて誰か知り合いがいたような気がする。三木にとって鷽八百の審査は初めてだから、審査員になる前に会ったはずだ。名刺ホルダーを取り出す。前の会社にいた時は鷽八百はお客でも調達先でもなかったし、業界団体関連でも見当たらない。なにかの展示会かで会ったのだろうか? 名刺ホルダーをいくつもながめて最後の最後に営業本部にいて審査員の勉強をしていた時に審査員研修で交換した名刺の中に平目というのを見つけた。
そうだ!平目と一緒に5日間審査員研修を受けたことを思い出した。当時彼は定年間近だった様子だが今でもいるだろうか。もしいれば会って挨拶くらいはしなければと思いノートにメモする。
鷽八百社は機械部品メーカーの大手で今回審査するのはその本社である。本社といっても審査対象は大手町の本社だけでなく、全国各地の支社・支店も含めており、審査計画ではリーダーの三木の他に4名の審査員で3日半の大仕事である。こういった審査が多ければ儲かるなと三木は思う。そういうことが頭に浮かぶようになったのは、自分が単なる審査員ではなく経営を考えているからだと三木は若干うぬぼれる。
対象組織の所在は本社もその他の事業拠点もすべて賃貸のオフィスだから環境負荷はほとんどない。基本は工場や支社などの管理監督だろうと三木は見当をつけた。
机の上には鷽八百社から提出された資料一式があったが、三木は初めにそれを見てしまうと先入観を持ちそうなので、いつも初めはネットとか会社四季報でその会社の概要をつかむことにしている。
一通り概要を知ってから提出資料を封筒から取り出す。ナガスネ環境認証機構では電子データで頂いてもプリントするのが大変なので、審査員人数分のハードコピーを送ってもらうことにしている。依頼者側からすれば大量のプリントをするのも大変だろう。まあ今まではプリントしたものを送れということに文句はないようだ。
種々資料を一瞥しただけでちょっと違和感をもった。普通の会社とはマニュアルも提出資料も毛色が違う。どの会社でも手順書類はISO規格項番そのままの名称で更に項番そのままの文書番号が普通であり、そこで使われている用語もISO規格のままが多い。しかしこの会社の資料は普段着というか、あるものをそのまま出してきたという感じだ。それが良いのか悪いのか判断つかなかったが、とにかく一般的な会社とは違うなと三木は思う。

電話が鳴る。
電話
三木
「はい、三木です。」
事務員
「三木副部長、鷽八百機械工業さんからお電話が入っています」
三木はこれは偶然だなと思いつつ転送を頼む。
山田
「もしもし、こちらは鷽八百機械の山田と申します。三木部長さんでいらっしゃいますか」
電話の向こうから若々しい声がした。
三木
「あ、私が三木です。鷽八百さんですか、来月の審査はお世話になります」
山田
「こちらこそよろしくお願いいたします。電話の要件はですね、審査の前に審査リーダーにお会いしてお話したいことがありまして、三木さんのご都合の良い時を教えていただきたいなと」
いまどき審査の前にわざわざ打ち合わせをする会社はないのにと三木は思った。
三木
「あのう、御社はもう何度も審査を受けていらっしゃいますので、審査の前に打ち合わせなどする必要はないと思いますが」
山田
「昨年の審査ではちょっとトラブルがありました。それで今年はそのようなことのないように事前に説明させていただきたいのです」
三木は昨年トラブルがあったとは知らなかった。昨年の報告書を良くチェックしておく必要があるなと思う。
三木
「さようですか、それじゃあ・・・・私もほとんど出張でして、今空いているのは・・・・直近としては来週の金曜日午後4時から30分くらいしかありません」
山田
「分りました。それじゃ30分でもよろしいですからご面会をお願いします」
三木
「承知しました。話は戻りますが、御社の担当者は平目さんとおっしゃいましたか?」
三木はそう言いながら提出された資料の封筒を裏返す。会社名、部署名、そして担当者名が書いてあるだろう。見ると平目ではなく山田とある。平目は退職したのだろうか?
山田
「はい、以前は平目が担当しておりました。しかし平目は2年前に退職しました。昨年から私、山田が担当しております」
三木
「平目さんとは面識がありました。審査ではなく別の場ででしたが。平目さんにお会いできるかと思っていましたが、それは残念です。
それでは今は山田さんがISO事務局をご担当というわけですね。それじゃ来週お待ちしております」
平目が退職したのが一昨年でトラブルがあったというのが昨年ということは、新しい担当者である山田が不慣れなためだったのだろうと三木は推測した。それで山田とやらがどうしたらよいのか相談したいのだろう。レベルが低いと三木は思う。


翌週、木曜日まで審査で出張だった三木は山田との約束を忘れていた。金曜日は昨日までの審査報告書をとりまとめていた。夕方にお客様がお見えですと連絡があった。予定表をみて鷽八百の担当と約束があったのを思い出した。どうせ甘い審査をお願いしますというような泣き言か、審査の手順についての問い合わせなのだろう。
そんなことを思いながら三木は受け付けが案内していた応接室に行く。

男が一人入口近くの椅子に浅く座っている。電話の声から想像していた通り40代半ばと見受けた。
三木は男に奥のほうに移動してもらい、自分がドアのそばに立って名刺交換となる。
三木は山田の名刺をみて値踏みをする。三木の会社と同じく本社の管理部門の役職がラインより一段上なら部長級か? それとも名刺の肩書は外部用で実際は課長クラスかそれ以下なのか?
三木
「わざわざおいでいただくこともありませんでしたが」
山田
「実を言いまして昨年は平目が退職して私が担当して初めての審査でした。その審査で大きなトラブルがありまして、あのようなことは願い下げなのですよ」
三木は先日の電話で昨年の審査でトラブルがあったと聞いて、既にその報告書をじっくりと眺めていた。特段問題となるようなことは記載してなかった。そのときの審査員は元取締役だった須々木だった。彼は昨年は契約審査員をしていたが、その後契約審査員を辞めて引退していた。噂ではISO審査員を辞めてからはエコアクション21の審査員をしているそうだ。
山田はISOの初心者らしいので審査の方法を知らないとかでもめたのかもしれないなと三木は想像した。
三木
「ほう、どのようなことがありましたか?」
山田
「一昨年までは、弊社ではISO規格に書いてあることをそのまま行うというスタンスでした。もう何年も前に弊社がISO認証をするときに、そういった考え方で対応したのです。認証したときの担当者は数人いたそうですが、もう全員退職しております。
以前から社内では、ISOのために非常な無駄といいますか、余計な仕事が多く発生しているという声が大きく、ISO対応の改善が急務でした。
それで私が担当してしたことはISO審査対応の改善です。まずISO規格を徹底して読み込みました。そして規格が求めることをするのではなく、規格の意図を満たしていることを会社の実態から抜き出して立証するというアプローチに変えたのです。具体例としては内部監査というものを、わざわざISO審査のためにISO規格に書いてあることを監査するのではなく、従来から監査部が行っている監査そのものを示すことにしました。その他の要求事項についても過去から実務で行っていることをお見せすることにしました。
ところが残念ながらそういった方法を昨年お見えになった審査員の方々は理解できなかったようで不適合だとされ、それを説明して納得いただくのに時間がかかったということです」
三木
「ほう、そうでしたか。それでクロージングの場で解決したのでしょうか?」
山田
「いや、クロージングでは納得いただけず時間切れとなり、その後弊社からこちらに訪問しまして御社の取締役の方々を含めて会議を持ちまして、不適合か否か議論させていただきました。結果としてすべて適合であることをご確認いただきました」
三木は昨年の審査報告書を思い返したが、そういったことは一言も書いてなかった。それに今年のリーダーである三木にそのようなことが一言もなかったのはどういうことなのだ?
更におかしなことだが、山田が堂々と「すべて適合であることを確認させた」というなら、事実に違いない。まさかすぐばれるようなウソを言うはずがない。明らかな適合を不適合と判断したというのもおかしなことだ。あるいは、以前から三木が須々木元取締役や柴田元取締役の審査がおかしいと考えていたことに、審査を受けた企業から逆ねじを突っ込まれたのかもしれない。それならそれでいい気味だと三木は思う。
三木
「なるほど、そういったことの細かいいきさつは知りませんでした。そのときの打ち合わせ議事録のようなものはありますでしょうか?」
山田
「双方が同意した記録というものは、最終的な審査報告書ということになります。議論の過程は残っていません」
三木
「最初に不適合として提示したものはありますか?」
山田
「あるかないかということになるとありますが、御社との打合せで破棄することになっています」
要領を得ない。どういうことなのだ?
三木
「ええと、そうしますと今日はどういうお話なのでしょうか?」
山田
「こちらに弊社のISO認証についての考えをまとめております。また規格対応とはどういうことかということも書いてあります。一応それを説明したいと考えまして・・・」
山田はA4で数ページのホチキスでとめたものを三木に差し出した。
三木は手に取りタイトルを見た。「鷽八百機械工業 本社ISO審査のための参考資料」と書いてある。
表紙はなく、タイトルの下にはずっと文章が書いてある。
それは「弊社の環境マネジメントシステムの考えは、一般的な会社とは異なると思われますので説明します」という文章から始まっていた。
三木はそれを読んだ瞬間、世間には審査員よりもISOに詳しいと自負している輩が多いと思った。昨年審査でどんなトラブルがあったのか知らないが、この山田という男も、そんな考えで審査員にひとこと言っておこうとノコノコやって来たのだろう。
三木
「なるほどさようですか。ではこの資料を拝見して審査に臨むことにしましょう」
山田
「では、説明を始めさせていただきますが」
三木
「私も一応プロのつもりですから読めばわかるでしょう。お互いに忙しいですし、本日はありがとうございました」
三木は山田を追い帰し、そしてその資料はバインダにとじられたまま読まれることはなかった。
それが三木の悲劇の始まりであった。


審査当日は審査員5人全員が大手町の鷽八百本社に集まった。
オープニングでは社長が登場した。三木はおれも東証一部上場の1兆円企業の社長と話をするようになったかと心中いささか感じるところがある。
社長インタビューは無難に終わり、審査員はすぐに全国の拠点に散って行く。今日・明日・明後日と審査を行い、三日後にまた本社に集まる予定だ。他の4人は今日は埼玉とか神奈川など近隣の場所を審査し、夕方から北海道や九州に移動する。三木は本社担当で、今日これからと明日・明後日と本社と都内の事業所の現場と部門の審査を行う。

三木は初めにISO事務局、それから資材部と総務部、その他いくつかの部門の審査を行う予定だ。
手始めはISO事務局である環境保護部である。
こちらは三木一人、対応するのは廣井という環境保護部長と山田、そして若い女性、男性の4人である。女性は横山、男は森本と紹介された。

三木 廣井部長 山田課長 横山 森本
三木 廣井部長 山田課長 横山 森本
三木
「では審査を始めさせてもらいます。ええと、まず環境方針の周知としてどのようなことをされているのでしょうか?」
廣井
「環境方針といっても当社では事業全体の方針の中に環境についても記載しているという形態になっています。それをどのように周知するかとなりますが、現実には全社あるいは全事業についての方向を示したものを一般社員に理解しろというのも無理です。それで各部署ごとに実施すべきテーマや目標を展開しますので、そういった自分に関わることを良く理解してそれを実行してもらうということになります」
三木
「ちょっと待ってください。方針はそのまま社員というかここで働く人全員に知らされなければなりません。御社ではサマリーというか自分に関係するところのみを伝えているということでしょうか?」
廣井
「うーん、三木さんが方針をどういうものとお考えか分りませんが、文字数にして100文字とか名刺サイズに印刷できるようなものとは違いますよね。そしてもうひとつ、環境方針という独立したものがあるわけでもありません。
やれやれ、三木さんは
ISO規格を理解して
いるのだろうか?

廣井部長
事業を推進していくためには売り上げも大事、開発も大事、品質も大事、遵法も大事、教育も大事、その他もろもろ大事なんです。遵法といっても環境だけ特別というわけじゃありません。廃棄物処理法など環境関連法規制と談合など独禁法や輸出管理あるいはセクハラを区別するわけにもいきません。
私たちはそういう包括的なものが方針であって、その中で環境についての方向と具体策を示している部分を環境方針と理解しています。
それと全体の方針を派遣やパートを含めた社員に知らしめていないわけではありません。全体の方針はもちろん配布しています。しかしですね、例えば環境に限定しても、省エネ製品を開発せよということと、公害防止に努めよというのと、廃棄物を減らせというのと、電気を大事に使えというのと、お客様に当社製品の環境配慮を伝えよとか、とにかくそういったことの全部を知らせることはあまり意味がないのです。全てが大事ということは、すべてが大事じゃないっていいますよね、
その部署のそれぞれの担当者が何を知り何をしなければならないのかということはその部門のマネージャーが一番知っているはずですし、それを周知徹底するのが重要です」
三木
「周知とは方針を覚えさせることでしょう。そういうことが周知になるのですか?」
廣井
「ISO規格に・・・いや違うな、JIS規格に方針を周知せよと書いてあります。しかしこのとき周知とは日本語の周知という意味ではありません」
三木
「はあ? 日本語の周知という意味ではないと? あなたのおっしゃることが分りませんが」
廣井
「日本語の周知とは『広く知れ渡る』ということです。しかしISO規格での原語はコミュニケートです。英語でコミュニケートとは『ある考えやアイデアを伝え、それに向かって行動させること』なのです。その違いは明白です。つまり規格要求は環境方針なるものを伝えることではなく、『各人に関わることを理解させ、その実現に向かって行動させること』なのです。言い換えると担当外のことについては言及していないのです」

三木は廣井の話を聞いて唖然とした。今までISO規格を読むといって一生懸命暗記するほど読んできたが、そういう発想はなかった。『方針を周知する』という日本語ではなく、『communicated to all persons』の意味を理解しなければならないのか?
廣井は三木の心中を知ったか知らずか話を続けている。

注:『communicated to all people』でなく『communicated to all persons』であることは意味がある。大勢に伝えることではなく、ひとりひとりにそれぞれの役割を伝えることである。

廣井
「よく方針を知っていますかなんて審査員が社員に質問しますね。笑っちゃいますね」
三木は憮然として廣井の話を聞いていた。廣井があげつらった方法が自分の審査そのままだからだ。
廣井
「質問された社員が方針を暗記していたとして、それが顧客満足とか遵法とか汚染の予防に効果があると思いますか?
まあ、100歩譲れば無縁ではないでしょうけどね、アハハハハ
社長にしても社会にしても、その担当者が実施すべき事項を理解して誠意を持って執行することを期待するんじゃないですかね。それが顧客満足につながり、遵法や汚染の予防をもたらすと思います」
三木
「ではどういう審査をすればよいのですか?」
廣井
「簡単なことです。それはISO規格などとは無縁で、会社の管理者としてどうあるべきかと考えれば決まりきったことです。まず管理者なら上長の、まあ社長でもいいですが示された方針を良く理解して、自部門の責務を理解します。そしてそれを部下に割り振ります。自部門の責務がすべて割り振られたかを確認しなければなりません。次に部下一人一人にそれぞれの責務を教え、それを達成するように意識づけするのです。
審査ではその逆ですから、まず社長方針を読み込んでから、担当者にあなたの仕事は何かと聞いてそれが社長の方針に沿っていてそれを実現するものであるかを判断するだけです。
もちろん抜取ですから、全員の回答を集計して上位方針にあることを全部満たしているかどうかは確認できないでしょうけど
おっと、私がこんなことを言うのはおかしいですね」
三木
「なるほど、そういう考えは初めて聞きました」
廣井
「アハハハハ、会社で課長、部長と肩書が付いていれば毎日していることじゃないですか。ISOという言葉で畏まってしまっているだけですよ。
考えてごらんなさい、上長方針を一語一句暗記して暗唱できるようになってもありがたくもなんともありません。
ここにいる山田は私が何を考えているか言わなくても分ります。私が思っただけで奴は実施してくれます。残念ながら横山と森本はまだそこまでいかず、話して聞かせなければ動きません。しかし指示したことは100%実行します。それが周知ということです。重要なのは言葉を覚えることじゃなくて、上長の考えを理解して実施することです。
単に命令されて動くだけでなく、その意図を理解することをISOでは自覚って言いましたっけ」

三木が廣井の話に感心したというかあっけにとられているうちに時間が来てしまった。

しばし休憩した後に環境側面についての審査となった。
廣井部長は業務多忙で失礼すると言って欠席した。管理責任者が審査に欠席するとは失礼な、と三木は思う。相手するのは山田課長と森本、そして横山だけだ。山田がいかほどの職階なのか分らないが、横山と森本は一人前には見えない。
三木
「御社では著しい環境側面をどのようにして決定したのですか?
マニュアルを読みましても、どうも手順が分りませんで、」
山田
「はい、正確に言えば改めて著しい環境側面を決めたというわけではありません」
三木
「改めて決めたわけではないといいますと?」
山田
「当社はISO規格より古く創立以来70年になります。当然ISO規格ができる前から環境管理をしてきたわけです。その環境管理の目的は当然ですが遵法と事故防止でした。遵法とは単に罰則を受けないということではなく法的には努力義務もありますし、一般社会からの期待もあります。行政や地元との協定などですね。その他に業界団体の申し合わせ事項だって重要です。
事故防止というのも薬品が漏れたとか騒音がうるさいというような目に見えるネガティブなことだけでなく、省エネに努めるとか、廃棄物を出さない少なくするという汚染の予防まで含んでいたわけです。
いいたいことはISO規格が1996年にできる前から、私たちはそれと同等な環境管理をしてきたということです」
三木
「はあ?」
山田
「ということは、ISO認証する前から管理していたものは著しい環境側面であるという結論になります。
ISO認証するために、わざわざ環境側面とは何か、著しい環境側面はどれかと考えることはおかしいと思いませんか?」
三木
「ISO規格では決定しなければならないとありますから・・」
山田
「決定するという文章ですが、それを今さら改めて決定しろという意味にとるべきではありません。過去より決めていたということであればその要求を満たすと考えられるでしょう。
規格序文では『既存のマネジメントシステムの要素を適応させることも可能である』とあります。この翻訳もおかしいのですが、本来なら『既存のマネジメントシステムの要素を引用しても良い』となるのかなと思います。つまり過去より決定していたならば、それは十分規格を満たしているでしょう」
三木は廣井にしても山田にしても言いたい放題だと感じた。いったい彼らは審査を何だと思っているのか。審査を審査員を甘く見ているのではないか。それとも審査とは自説を述べる講演会だとでも考えているのか。
三木
「話をさえぎってすみませんが、御社の著しい環境側面とはどのようにして決めたのか、その手順が決まっているのか、文書化されているのかというのを聞取り確認しなければなりません」
山田
「まあまあ、ですから今それについて説明申し上げているわけです。
つまり過去から管理していたことについては、改めて考えるまでもなく著しい環境側面であることは間違いありません。そして法律が変わったり新設備導入や所在地が変わったりそれとも社会の認識が変化していれば、それに関係する法規制の調査、教育訓練の必要性、問題が起きた時の処置対策などを調査します。これってISO規格にも『計画された若しくは新規の開発、又は新規の若しくは変更された活動、製品及びサービスも考慮に入れる』とありましたね。もっともこれもISOのためにあるのではなく、労働安全衛生とか投資効果などの評価過程で昔からしていたことなのですが・・。従来からの仕組みはISOの先取りをしていたようですね。
その結果、資格をとらせなければならないとか安全装置が必要とか、事故防止のために手順を決めて対応しなければならないということになれば手順書、まあ弊社では会社規則と言いますが、そういった文書化をするわけです。そしてそれに基づいて教育し、運用し、監視しするとなるわけです。
ま、つまりそうなったものが著しい環境側面とISOでは呼ぶのだと理解しています」

三木はなにか足元がグラグラ揺れているような気がしてきた。自分だってISO規格について相当深く考えてきたつもりだ。著しい環境側面を決定するには点数法でなくても良いだろうし、点数法であるならばその点数が影響の尺度でなければおかしいということをナガスネの社内でいつも主張してきた。そして最近では理論派として周りから認められてきたつもりだ。それなのに、この鷽八百という会社では理論以前の常識で三木の考えていたことはバッサリと袈裟に切られてしまった。
自分の考えは未熟なのか、間違いなのだろうか?

廣井部長だけでなく山田の話に翻弄され朦朧としているうちにISO事務局の審査が終わった。もっとも山田課長に言わせると、この会社にはISO事務局というものはないという。年に一度審査のスケジュールを決め、費用支払いをするくらいは片手間仕事ですよと彼は笑った。
これからは山田の部下で横山という女性がアテンドするという。なにかありましたらいつでも連絡くださいと言って山田は社内専用のPHS電話を三木に渡した。

最初の部門である資材部に案内される途中の廊下で、向こうから女性社員が歩いてくる。急いでいる気配がなかったので三木は横山に断って、その社員に声をかけた。
三木
「今ISO審査をしています。ちょっと質問させてください。あなたは自覚というものをご存知ですか?」
通りすがり
「はあ!自覚ですか? 自覚っていうと認識するとか反省するという意味でしょうか」
三木
「ISO規格では、会社で働くすべての人が自覚しなければならないことになっていますが」
通りすがり
「おっしゃることが分りません。その質問には知りませんと言うしかありませんね」
三木
「はあ〜、知らないと・・・」
通りすがり
「すいませんね」
その社員は知らないことを悪いと思うふうもなく、スタスタと歩み去った。
後姿を見送りながら、三木は重大か否かはともかく、これは記録しておかねばと考えた。しかも失礼なことに、横山は三木に対してもその社員にも言葉をかけない。これが不適合につながるなんて心配もしていないようだ。

目的地の資材部に着いて三木は気を取り直して審査を始めた。先方は資材部長と担当者の二人である。

会議室
三木
「それじゃ審査を始めさせていただきます。
資材部の著しい環境側面としては、どのようなものがありますか?」
資材部長
「ええと、著しい環境側面て、なんでしたっけ?」
部長が悪気なく言い返す。
三木は横山を振り返った。横山は今のやり取りを気にもせずにこやかに黙っている。どうなっているんだ? 普通はアテンドがアドバイスするものだろう!
三木は思わず声を出した。
三木
「点数をつけて環境側面評価をしたでしょう、そのとき点数が大きくなったものです」
資材部長
「点数をつけるなんて、そんなことしたか?」
部長は横を向いて担当者に聞く。
資材部員
「審査員さんのおっしゃっていることは、たぶん環境保護部の人が言っていた、管理しなければならない項目のことのようですね」
資材部長
「なあんだそうか、審査員さんも人が悪い。あまり難しい言葉を使わんでください。弊社では2年前にISO認証対応を見直して、余計なことをしないで会社の仕事をそのまま見てもらって、ISO規格に適合しているかどうかをチェックしてもらおうと決めたんですわ。だから我々はISOのための文書とか教育は一切してません。
と言って環境をないがしろにしているわけではなく、過去から環境に配慮していたつもりで、だからISO14001を満たしていると確信しとります」

こいつらは、何を考えているんだ! この部長はISOの教育をしていないと言うし、実際にISO規格を理解してない。これで認証していたなんて、とんでもないと三木は腹の中で悪態をついた。

うそ800 本日の裏
実を言ってこのシチュエーションを会社側の視点での物語として3年前に書いております。「規格なんて知らんよ」をぜひお読みください。

うそ800 本日の暴露話
山田太郎まで出てきて、登場人物もそろい踏み、もうお話はおしまいかと思われた方もいらっしゃるでしょう。
実を言いましてそう考えております。
不肖おばQ、ISOから卒業してこれからはまったく新しいことに取り組もうかと考え中です。
どんなことかって?
いろいろアイデアがあるのです。ばかばかしいことでも突き詰めれば何か新しいものを発見できるような気がしています。とりあえずはディズニーランド年間パスポートをゲットして、毎週舞浜に行こうかとか・・
おっと、審査員物語がこれでおしまいじゃありません。完結するまであと20話や30話書かねばならないと思っております。



名古屋鶏様からお便りを頂きました(2015.06.19)
審査員物語もいよいよ佳境ですね。主人公には簡単にヘタレず、抵抗の限りを尽くして欲しいものです。

名古屋鶏さん 毎度ありがとうございます。
こういうシチュエーションになると俄然ファイトがわいてくるんですよ
双方、最善を尽くしてほしいものです(棒


舞茸様からお便りを頂きました(2015.06.19)
はじめまして。
いつもブログは拝見させて頂いていましたが、投稿は初めてになります。
おばQ様が常々書いておられる内容、いつも笑わせていただいておりました。
ISO審査員の前に、もう一人の人間として、これ以上他人に嘘や虚言や妄言をつきたくありません。
全く役に立たないうさんくさいマネジメントシステムやらを大仰に「さも価値のあるかのように」審査するのに疲れました。
思い起こせば15年前、まだ30前後でISO業界に飛び込みましたが、人生すっかり退屈な日々を送ってしまいました。
おばQ様の考える通り、ISO認証制度など正直クソです。
ISOに対して真摯に取り組み、企業を活性化している割合は正直、100社に1〜2社でしょうね。日本中を審査の旅で巡りましたが、ほぼどの地域でも、どの業界でも、どの規模でも、ISOが役に立ってませんでした ^_^;)
今後はISO審査の実状など暴露していきたいと考えています。
よろしくお願いします

舞茸様
うそ800の主宰者のおばQです。お便りありがとうございます。
審査員の方からと見た瞬間、青くなりました。
私はうそとか、根拠、証拠のないことを書いているつもりはありませんが、審査員の方から見て楽しいことは書いていませんから
お断りしておきますが、私はISO審査員全部を憎んでいるわけではありません。
私は40前に管理者までなったものの、仕事でミスして社内失業者となってしまい閑職であるISO担当になったというのがほんとのところです。
それでそんなところを脱出したいと思い、ISO審査員になりたいと思っていました。まあ、当時はISO審査員になるというのは不可能な夢でしたけど。
ただその後転職して実際に審査員になれる状況になると、審査員になるよりも企業にいた方が良いと考えてそのまま定年、嘱託をして引退したという流れです。
どうしても許せないことは、審査員の方には関係ないことですが、JABや大学教授などが、ISO認証の信頼性が低下しているのは企業のせいだ、企業がウソをついているからだという発言ですね。今でもJABやISOTC委員などはそんなことを語っています。実を言ってそういう方に面会を求めそういう発言の根拠を聞いたことがあります。JAB、主婦連、東大などにいきました。本当です。彼らも面と向かっては嘘は言えません。実は根拠がないといいました。企業で環境担当をしている者としてそういうウソは納得できません。それが私の怒りの芯にあります。
規格解釈のおかしなこととか、審査の行き違いはまあ大した問題ではないと思います。もっとも1994年に、審査員に女を用意しろと言われたときは正直困り果てました。今はそんな神のような審査員はいないようです。

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