審査員物語36 訪問

15.07.13

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基に書いております。

審査員物語とは

前回は朝倉と三木が審査を終えて帰る途中、新大阪駅で山田に会い、ビールを飲んで話をしたことであった。本日はその続きである。
三木と朝倉は、新大阪駅で山田と別れて新幹線に乗った。平日のまだ早い時間だったので車内はガラガラ空いていた。いつも仕事の書類を広げるのはもちろん、仕事の話をすることは厳につつしんでいる。だが今は周りに人もいないし、直接仕事に関わらないことなら話してもよいだろうと朝倉は思った。
朝倉審査員
「三木さん、さっき会った山田さんという方はどういう関係のお知り合いなのですか?」
三木
「いや大したことじゃないですよ。先日、審査で伺った会社のISO事務局担当者です。もっとも彼に言わせると、その会社にISO事務局というものはないと言ってましたけど
あ、それと担当者と言いましたが頂いた名刺をご覧になったでしょうが、管理部門の課長ならラインの部長級かもしれません」
朝倉審査員
「ほう、小物ではないわけですね。ところでISO事務局がないとは?」
三木
「彼の考えでは年に一度スケジュール調整とか費用支払いするのは些細なことで、わざわざISO事務局と名乗ることはないとのことです」
朝倉審査員
「でも環境側面の評価とか、法規制の最新化、目的目標の進捗フォローなどいろいろな仕事があるでしょう?」
三木
「彼の話を聞いていたと思いますが、環境側面一覧表なんて作っていません。法規制一覧表もない。目的目標の進捗フォローなんて元からラインの仕事でISOとは無関係という」
朝倉審査員
「ええ、さっきの話は一般論というか仮定の話ではないのですか?」
三木
「仮定じゃありません。実際の話ですよ。先日の鷽八百社の審査では日常仕事をしているありのままの書類を出して、さあ、審査しろって感じだったですね」
山田さんの話は
仮定のことでは
なかったのですか?
朝倉審査員 私が三木である
実際の話ですよ
仕事をしているのを
見て審査しろという
感じでした
朝倉審査員
「ほう・・・、あれっ、だけど鷽八百社は今回が初めての審査じゃなかったでしょう?」
三木
「そうです。もう認証してから10年近くたっていると思います。今までISO事務局を担当していた人が昨年退職して、あの山田先生が引き継いだのです。そして彼はISOのための仕事を一切やめて、ISOのための文書も廃止したのです。ですから昨年の審査は実質的に初回審査だったのです。
昨年の審査員はその前の年にも行った、引退したあの須々木元取締役たちだったのですが、相当もめたと聞いてました。どんなことでもめたのか教えてもらえませんでしたが、結果として向うの話を全部飲んだそうです。それで今回、私もかなり緊張していったのだけど・・」
朝倉審査員
「どうだったのでしょうか?」
三木
「うーん、朝倉さんだから正直に言いますが、あの山田という男にいいようにやられてしまいました」
朝倉審査員
「いいようにやられたとは?」
三木
「私はいつも通りに審査を進めたのですが、調子が狂ってまったく審査が進まないんです。いたるところというか質問するたびに引っかかってしまうのです。例えばこの職場の環境側面はなんですかという質問をすると、環境側面とは何かという質問が帰ってくるという塩梅でした」
朝倉審査員
「ほう、それは・・・いったいどういうわけなのでしょうか?」
三木
「向うも悪意はないのでしょうけど、ISO規格を知らなくて当然という感じでした。ですから質問するにはISO規格を知らないという前提でないと、話が通じないのです。
最終日の我々の打ち合わせでは、全員からどこの事業所でも同じような対応であったということでした。まともな審査ができないのだから、不適合を数えるととんでもないことになります。最終的に我々は細かく不適合を出してもしょうがないと考えて、マネジメントレビューが規格の項目を満たしていないということと、順守評価の記録がないという2点を指摘しました」
朝倉審査員
「ほう」
三木
「ところがあの山田は指摘事項にまったく動ぜず、それらが全く問題ないとご説明めされたよ。その説明には納得できなかったのだが、彼の論理の矛盾を突くことができず結局不適合をすべて取り下げた。私としては非常に不本意だった。だが、不適合であることを立証できなかった私が未熟だとしか言いようがない」
朝倉審査員
「三木さんが未熟ならベテランはいませんよ」
三木
「あの山田というのはくせ者というか、ものすごい奴なのかもしれない」
朝倉審査員
「今日お二人が話を脇で聞いていましたが、確かに只者ではありませんね。ウチでもあれほど規格に詳しいのはいないんじゃないかな?」
三木
「私もそう思う。奴がISO規格に詳しいことは間違いない。それもISO14001だけじゃなくISO19011やISO17021、それからIAF基準まで自由自在に引用したよ。正直言って私はそんなものを知らなかったよ」
朝倉審査員
「ほう・・・・できるなら時間を取って山田さんのお話を伺いたいですね。そのときは質問リストを作ってお聞きしたい」
三木
「実を言って私もそうだ。彼はほとんど出張しているというけど、週に一日や二日は会社にいるだろう。我々の都合のいい時お邪魔してみようか?」
朝倉審査員
「もし三木さんが行くならぜひとも同行したいですね」


三木は翌日会社から山田宛にぜひともお話を伺いたい。ついてはこちらが都合が良いのは下記の通り、 eメール 山田さんがご都合の良いときとを選んでほしいというメールを出した。
翌日の朝には、翌週の金曜日午後3時から定時までならOKという返事が来ていた。幸い金曜日は二人とも会社にいる予定だ。
三木は対応していただくことへのお礼と、朝倉と二人で伺う旨返信した。


予定時刻とおりに三木と朝倉が鷽八百社に伺うと、横山が受付に出迎えてロビーではなく、10人程度入れる応接室に案内された。
横山
「すぐに山田課長が参ります。こちらからのお願いですが、山田から三木審査員さんがお見えになると伺いまして私も非常に関心を持ちまして私と森本、三木審査員様は先日の審査でお会いしていると思いますが、その二人が陪席することをお許しいただきたいのです」
三木
「横山さんにはお世話になりましたから、お断りするわけにはいきませんね。実を言いまして、私の方から山田課長さんにいろいろ教えて頂こうと思っておりまして、あまり話の内容を口外してほしくないのですが」
横山
「アハハハハ、私たちも駆け出しです。みなさんのような専門家のお話を脇で聞かせていただければとても勉強になると思います」
そのときドアが開いて、山田と森本が現れた。
挨拶をしているとウェイトレスがコーヒーカップとコーヒーポットを持ってきた。
山田
「こちら二人は期待の若手です。ぜひともお二人のお話を聞きたいというのでよろしくお願いします」
森本
「山田課長、冗談はやめてくださいよ。私は元天動説患者でして、山田課長にカツを入れられて最近やって病気が治りかけてきたところです」
朝倉審査員
「すみません、天動説とは?」
森本
「ぶらっくたいがぁさんという方をご存じでしょうか?」
朝倉審査員
「いや、申し訳ないが存じあげないな」
森本
「実在する某企業の管理責任者です。その方がISO規格から考える人を天動説、現実の会社から考える人を地動説と名付けたのです。ISO規格に環境側面を特定しろ、著しい環境側面を特定しろとあるから環境側面を特定し、著しい環境側面を決定すると考える人が天動説です」

天動説 ISO規格 ⇒ 会社の仕組み
地動説 会社の仕組み ⇒ ISO規格


朝倉審査員
「ほう、それじゃ私は完璧な天動説だね」
三木
「その言い方では、天動説は間違った考えで、地動説が正しいと続くんでしょうなあ」
森本
「ご明察、ガリレオ以前は、地球は動かず太陽が動いていると信じられていたでしょう。 太陽 それが天動説で、それに対してガリレオは地球が動いていると地動説を唱えたのです。
ISO認証においても、以前はISO規格に書いてあるからしなければいけないと語る審査員や会社側の人たちが多かった、いや今もそうですね。それに対して、会社のためにISO規格を使うのだと発言する人たちもわずかでしたがいました。インターネットでISOの論客として有名なぶらっくたいがぁという方が、それらに天動説、地動説と命名したのです」

*最近の研究では、ガリレオ以前でも天動説が禁止されていたわけではないらしい。スティーブンジェイグールドがそんなことを書いている


三木
「そういう観点からいえば環境側面を点数で決める/決めないという議論は末節というか、階層の低い議論なんだなあ〜、私はそういう根本的なことを考えたことはなかったよ」
朝倉審査員
「ちょっと待ってください。地動説の考えでは環境側面をどのように決めるのですか?」
森本
「わざわざ決めるという発想が既に天動説でしょう。地動説では分っているというか、あるがままというのが地動説と思います」
朝倉審査員
「あるがままというのは?」
森本
「私たちは既に環境側面も著しい環境側面も認識しているから、わざわざ特定とか決定することはないということです」
朝倉審査員
「私は自分の会社の環境側面を認識してた覚えはないが・・」
森本
「そんなことありませんよ。環境側面を特定しようとか著しいものを決定しようとするとき、その人は既に頭の中では該当するものを知っているのでしょう。特定とか決定というのは、既に頭にあるものが決まるように理屈付けしているにすぎません」
横山
「私も審査員研修を受けましたけど、みなさんが苦労するのは自分が著しい環境側面にしたいものの点数を大きくすることでした。馬鹿みたいですわ」
三木
「おっしゃる通りですね。
でも計算した結果、今まで気付かなかった著しい側面が判明したということもあるでしょう」
横山
「アハハハハ、もし本当にそんな会社があったなら、いつかどころか既に事故や違反を起こしているでしょう」
朝倉審査員
「言われるとそのとおりだなあ〜、先日新大阪駅で山田さんとお話したときもそんなことを言われましたね。
確かに過去に問題があったものは著しい環境側面だというのは真理ですね。それをしっかり管理することから出発するのでしょう」
森本
「いや、過去に問題があったものは既に手を打っているはずです」
山田は立ち上がりコーヒーポットからコーヒーを注ぐ。
コーヒー
山田
「三木さん、朝倉さん、私に論戦を挑もうってお見えになったのでしょうけど、ウチの若手もけっこうやるでしょう。彼らの相手をしてください。私は脇で聞いていますから」
三木
「何をおっしゃる。挑むどころかご教示いただきたいとお伺いしたわけで・・・」
朝倉審査員
「森本さん、あなたの論理では順守評価でもマネジメントレビューでも新規に始めるのではなく、従来からしていた仕事の中から探すということになるのですか?」
森本
「おっしゃる通りです。ただ規格を読めば探すまでもなく該当するものが頭に浮かびますよね。だってISO規格なんて新しいアイデアじゃなくて過去からの管理手法のエッセンスというか集大成に過ぎませんから。なんというかなあ〜、まともな会社ならISO規格に書いてあることくらい元からやってますよ。もちろん名前というか呼び方はISO規格とは異なるでしょうけど
環境側面なんておかしな名前を作らなくても、法規制を受けるものとか事故の恐れのあるものとかあるいは大きな損害が起きるものとかというふうに」
山田
「私は管理が必要なものと言ってるけどね」
横山
「アスペクトを側面と訳したのが稚拙だったんじゃないですかあ〜、確かにアスペクトには側面って意味もあるのでしょうけど、物体の側面というよりも、様相とか状況とか性質とか・・・うーん、ちょっとピッタリする言葉が思い浮かばないけど。
ともかく側面なんて訳したもんだから、それが誤解というかおかしな発想の始まりだったと思うんです。一語で適切なものがないなら、山田さんのいうように主語と述語の表現に訳した方が良かったのかなあ〜。
環境側面といえば、人によって受け取り方、イメージするものが異なるじゃないですか。でも管理しなければならないものといえば、みな同じものをイメージすると思うんですよね。
ISO規格の用語って、ほとんど一般的というか普通使われている言葉じゃないんですよね、順守評価とか・・・普通の会社では遵法点検とかいうでしょう」
私はアスペクトというと飛行機の翼の縦横比しか思い浮かばない。
環境に翼があったとは・・
アスペクト比
森本
「教育訓練なんかもおかしいって言われますよね。直訳すれば訓練なのに、日本語訳では教育がついているのが変だと」
横山
「ISO規格の内部監査が日本語の内部監査かと言えば、ちょっと違うわよね。現場の情報をトップが把握すること程度じゃないのかな〜」
森本
「外部コミュニケーションもピンとこないですよね、日本語化したコミュニケーションとは意味が違うんですよね。マスコミ的な不特定多数を対象とするイメージはISO14001の要求とはちと違うように思うのですよ。ここは交渉とか対応とか言った方が・・」

朝倉と三木は黙ってしまった。山田だけが飛んでいるのかと思いきや、その部下の若者でさえ悟りのステージに至っているようだ。
山田
「オイオイ、二人で議論していては困りますよ。お客様に失礼ですよ」
朝倉審査員
「森本さん、お聞きしたいのだが、先ほどあなたは元天動説患者で、山田さんにカツを入れられて地動説になったとおっしゃった。そこんところのいきさつをお聞かせ願いますかね」
森本
「いやあ、恥ずかしい話なんです。本筋だけをかいつまんでお話ししましょう。私は大学の環境関連の学部をでて入社して、すぐに千葉工場の環境管理部門に配属されました。とはいえ排水処理施設の運転ができるわけでもなく、廃棄物についての知識があるわけでもありません。それで課長が、私でも勤まるだろうとISO事務局担当にしたわけです。どこの会社でも使えない人間をISO担当にするのは定番ですから。
でも過去の事故や違反を知らず、また現実の公害防止のお仕事も知らずでは、本当の意味のISO事務局はできません。できるのはその辺の講習会で教えている怪しげなというか、ウソッパチ200%のISOのお仕事しかできなかったわけです。
課長も他の部門も、毒にも薬にもならないことなら森本にやらせておけという感じで、私のしていることを笑って見ていたのでしょう。俗にいう生暖かく見守っていたわけです」

*生暖かくとは、暖かくもなく冷たくもないということだそうです。

朝倉審査員
「そのとき森本さんは天動説だったということですか」
森本
「あの頃のことを思い返すと恥ずかしさで顔から火が出るようです。もっとも世の中にはそれに気づきさえせず、オレはISO事務局だから偉いなんてうぬぼれて自慢話をISO雑誌に書いている人もいるので、まあそういった人々に比べればまだ軽傷だったでしょう。そう思うことにしています」
朝倉審査員
「いやはや、発想の基準がそこにある方は、世の中の雑音には動じないのでしょうねえ」
三木
「横山さんは天動説だったことがあるのですか?」
横山
「私は元々支社の総務にいてオフィスの省エネとかオフィスから出る廃棄物処理などを担当していました。もちろん総務ですからそればかりではなく、勤怠やレイアウト工事なども担当でした。そんなわけでISOには縁がありませんでした。
ただそういうふうにいろいろと仕事をしていると、環境の仕事もそれ以外の仕事も何ら違いもなく、境目もありません。
ひとつ例をあげますと、毎年のことですが支社の遵法状況を点検するのです。そのとき廃棄物のことでも、時間外管理でも、交際費の処理でも、社有車の運行でも、収賄でも、セクハラでも同じく重要ですよね。私にとって、他の切り口では違反が見つかりましたが、環境に関しては問題ありませんということは意味がありません。
先日のISO審査で環境関連の法規制の順守評価を分けて行えとおっしゃった審査員がいらっしゃいましたけど、どうしてそういう発想になるのが理解できません。会社勤めをしたことがないのでしょうか。いや会社で働いたことがなくても、社会常識でしょう。
私のような仕事をしている人間がISOなるものに出会ったとき、現実が優先するのは当然です」
森本
「そこんところが横山さんと私の違いでしたね。私は会社で仕事するという経験なしにISOに関わってしまったので、ISO規格から考えるということしかできなかったのです。私もその審査員と同じですよね、あの方、島田さんていいましたっけ」

三木は森本が島田の名前をあげたのを聞いて一瞬ドキッとした。彼らはバカじゃない。審査で問題があった場合、その審査員の名前、問題点、対応などをまとめて関係部門に通知するだろう。一か所でチョンボすると、他の会社からも忌避され仕事がなくなる恐れもあるのだ。

私の場合、工場や関連会社から「今度の審査でAさん、Bさん・・・が候補だそうですけど、問題ない人ですか?」なんて問い合わせは毎度のことだった。もちろん他の場所での審査結果を知らせて「いいんじゃない」とか「問題ありそうだから対応に注意、何かあったら声をかけてください」とか返事をしていた。正直言って「忌避しなよ」と回答したことはなかった。とはいえ、私のコメントを聞いて忌避した会社はあった。もっとも審査能力に問題があるなんて露骨に断るのではなく、「出身会社の業種が大きく異なるので、業種業態の近い審査員に見てほしい」とか理由を付けていたけど。
朝倉審査員
「それで・・・森本さんはどうして天動説から地動説に変わったのですか?」
森本
「結局、工場でも私を持て余して山田課長に鍛えてもらおうと本社に異動になったのです。本社に来ても特段、座学で教えられたわけではありません。私は本社の仕事というものをわかりませんでしたが、分らないなりに現実の仕事を与えられひとつひとつそれを処理していく中で、仕事というか会社というものを理解していったわけです。そして現実のトラブル、事故、苦情などを見聞きしていると、ISOから考えるという発想が間違っていると分ってきました」
朝倉審査員
「ISOから考えるという発想が間違っていたのが分ったとは、どういうことでしょうか?」
森本
「ええと・・・そうだコミュニケーションを例に挙げてみましょう。ISO規格では外部コミュニケーションというのがあります。どこかのコンサルが外部コミュニケーションとは環境報告書を出すことだなんて書いていました」
三木
「私もその方のウェブサイトを見た記憶がある。でも環境報告書は必須でしょう?」
森本
「実際に行政対応や町内会との交渉などをしたことがなければ、そういう考えになるかもしれません」
三木
「おやおや、じゃあ私は間違っているようだ」
森本
「ジャストモメント、まあ、聞いてください。行政には法で定める報告とか届とかしなければなりません。私たちは本社部門ですから自分が届けるというものはほとんどありません。しかし工場が法で定めてある届出などをちゃんとしているかを監視しなければなりません。問題があれば工場に行政に相談に行けとか指示をします。
また外部から質問、苦情がきます。いまどき関連会社で騒音問題があれば、近隣住民はその会社に直接苦情を言うよりも、親会社の本社に直接言った方が素速く対応してくれると知っています。それも環境部門などではなく、広報とか総務部門の総合窓口に苦情を言ってきます。そういう電話を転送されたとき、我々は問題を大きくしないため早急に対応します」
横山
「森本さん、一人で話してないで私にバトンタッチしてよ」
森本
「ダメです」
横山
「フン」
森本
「まあそんな仕事を半年もしていれば、外部コミュニケーションとは環境報告書を出すことなんて考えるはずがありません。そりゃ外部コミュニケーションには環境報告書を出すことも含まれるかもしれませんが、プライオリティはそうとう低いでしょうね。長い行列の最後尾で、プラカードを持ったアルバイトにもう満員ですなんて言われるかも?
ですから外部コミュニケーションは環境報告書とアホみたいなことを語っている人は、実際の環境コミュニケーションをしたことがないと言ったのです」
朝倉審査員
「それ以外の項番についても全く同じということですか?」
森本
「そうですが、横山さんが話したくてしょうがないようですから、続きは横山さんからどうぞ」
山田
「三木さん、私の出る幕がありません。しかし若いものが仕事を仕切ってドンドン進んでいくというのは先輩である私の指導が良いからなのですよ」
朝倉審査員
「いやあ、森本さんのお話をお聞きしまして森本さんが立派というだけでなく、指導者がすばらしいというのがよく分ります」
横山
「そんなことありませんわ。山田さんは会議費と交際費の区分けがいい加減だし、費用処理はアブナイことばかりで、私が指導しているのですよ」
山田
「わかったわかった、三木さん進めて」
三木
「横山さん、環境マニュアルというものをどう考えていますか?」
横山
「それについては審査のとき、三木審査員さんと山田さんがお話されたと思います。ISO規格要求じゃなくて、ナガスネ環境認証機構さんと弊社の審査契約において作成することになっているということです」
三木
「横山さんはISOの参考書などでマニュアルの位置づけを読んでいると思います。そういった本では環境管理に関して最高位の文書とか、教育のテキストとか書いてありますが、違和感とかなかったのでしょうか?」
横山
「うーん、ちょっと長い話になりますが、聞いてください。総務の職務分掌はご存じと思いますが、他部門がしない仕事をするのが総務のお仕事です。総務って訓読みですと『すべてをつとめる』となるようになんでも屋ですわ。
さて官公庁相手とか大手ゼネコンなどとの取引では、先方から品質保証協定を要求されることが多いのです」
三木
「ああ、私も営業時代はよくお客様から要求されたよ」
横山
「それなら話が速いです。品質保証協定書とはお客様から工程管理などを要求され、弊社がそれを守りますということを書いたものです。しかしそれだけではお客様は満足せず、弊社がいかにして要求事項を満たすかを書いた文書を出さなくてはなりません。それが品質マニュアルと呼ばれます」
三木
「わかるわかる、懐かしいなあ〜」
横山
「営業部門は工場などと打ち合わせて品質マニュアルを作成しますが、そのコピー製本を総務に依頼します。なにせ総務はなんでも屋ですから、
部数が少なければ社内で私たちがしましたし、大量で手におえないときは私が印刷屋とかコピー業者に依頼しました。好奇心が服を着ているような私ですから、そういったときは中身を拝見しました。総務は契約書とか作るのが多いので、そういった書類に関心もありました。もちろん乱丁落丁がないかを点検するのも私の仕事でしたし」
三木
「それで・・?」
横山
「本当のことを言えば、弊社ではお客様が求めるような計測器管理とか製造工程の管理、識別管理、あるいは輸送時や保管時の製品保護ということは以前からしているわけです。そのための手順や基準も決めています。ただ会社の規則や基準類をそのまま社外に出すことはできません。会社の規則というものは貴重な財産で社外秘であり、その漏洩は財産の毀損、損失です。
ですからお客様から品質保証協定書で求められたことだけについて、どのようにしているかを会社規則から抜き書きしたものが品質マニュアルということになります。それで通常冒頭には『これは当社の品質保証体制の概要を記述したものである』と明記してありました。品質保証体制の詳細は別の文書で定まっていますよということですね」
三木
「なるほど・・・」
横山
「弊社のオフィスはISO9001の認証を受けていません。ですからISOの品質マニュアルを私は見たことがありません。
ISO14001が現れた時、弊社ではナガスネさんとの契約で環境マニュアルを作成したそうです。初めは平目さんという方がISO担当で、そのとき環境マニュアルの冒頭に『この文書は鷽八百機械工業(KK)の環境管理に関する最上位の文書である』と大書してありました。当時依頼していたコンサルの指導だったようです。
笑っちゃいますよね」
三木
「笑っちゃうとは?」
横山
「だって、それって悪い冗談って思いません?
環境マニュアルが弊社の環境管理の最上位の文書なんて事実無根です。ISOなんて現れる何十年も前から環境管理はしていました。それに実際に環境管理をしている人たち、私も支社の省エネとか廃棄物処理をしていましたので、その末席にいたわけですが、そういった人たちが環境マニュアルを見て仕事するわけありません。よく環境マニュアルは環境管理のテキストになるなんて語っている人がいますが、まあそういう方は本当の環境管理をしたことがないに違いありません。
おっと平目さんはもちろん環境のお仕事をしたことはありませんでした」
山田
「オイオイ、あまり三木さんや朝倉さんがショックを受けるようなことを言っちゃいけませんよ」
三木
「いやいや、ご心配なく。それにそれは本当ですね。実を言って私も品質保証協定書とか品質マニュアル、当時我々は品質保証マニュアルと呼んでいたような記憶がありますが、そういったものを作っていました。しかしそれとISOの品質マニュアルや環境マニュアルが同じ性質のものだという発想がありませんでした。
私も客先からなんども品質保証マニュアルを要求されましたが、当社の品質保証の最上位の文書だなんて思ったことがありません。契約を取るための説明文書であって、仕事が済めばゴミにすぎません。
横山さん、あなたのお話でISOのための環境マニュアルも最上位の文書ではないということが良く理解できました。マニュアルとは元からある会社の仕組みを外部に説明するためのパンフレットのようなものだったのですね」
朝倉審査員
「私もマニュアルとは最上位の文書と思っていました。でも良く考えるとおかしいですよね、突然現れた環境マニュアルなるものが、会社の環境管理の最上位の文書であるなんてことがあるはずがない」
横山
「最上位の文書と名乗っても、それが事実かどうかはまた別です。
普通の会社は社内文書体系を定めていると思いますが、その中に品質マニュアルとか環境マニュアルを定めている会社ってあるものでしょうか? 弊社では文書体系の中に、そのような名称の文書は存在していません。
それに品質マニュアルはお客様から要求されただけ数多くあるわけです。最上位の文書がたくさんあるって、おかしいでしょう。まあ多神教ならありなのかな?」
朝倉審査員
「なるほど、そう言われるとまさしくその通りだ」
三木
「しかしそのように考えるとおかしなことはたくさんありますね。環境方針も改めて作るというのもおかしいと思います。なんで元からある、社長が発している年頭の挨拶とか経営方針がISO規格が環境方針に要求していることを満たしていると考えなかったのかと・・・慙愧、慙愧」

*慙愧(ざんき)とは、恥じること。この場合のニュアンスは「ミスちまったよ」かな?

朝倉審査員
「今の森本さんと横山さんの話を聞いて地動説に改宗したくなりました」
山田
「うーん、でも森本が天動説を地動説に改宗したようには、みなさんは考え方を変えることはできないでしょう」
朝倉審査員
「え、どうしてですか?」
山田
コノヤロー 「だって、みなさんは今まで長いこと審査とか研修で環境側面はどういうものだとか、外部コミュニケーションとはこうするとか、お金を取って解説していた。
そしてそれを聞いて文書を直したりシステムを変えたり社内教育をしていた人は大勢いるわけです。今更、考えを変えますと言ったら石を投げられますよ」
朝倉審査員
「確かに、」
横山
「でも認証機関は御社だけではありません。日本に50社くらいありますが、その中には今森本や私が申したような考え方で審査すると明確に表明しているところがいくつもあります。
それから非常に微妙なことですが、認証機関の競争もどんどん激しくなってきています。ノンジャブは安かろう悪かろうと言われていますが、実はノンジャブの方が規格解釈はまともなところが多いのです」
朝倉審査員
「え、そうなんですか?」
山田
「むしろ日系の認証機関の方が高かろう悪かろうというのが実体じゃないですか」
横山
「外資系ノンジャブの多くは本社あるいは本部が外国にあり、本部の考えは日本でも変わることはありません。ですから例えば点数方式でなくても問題にしません。
もっと重要なことですが会社の実態から規格を考えるということは、認証機関にしてみれば審査においてマニュアルを見ないで、現場現実を観察して、それが規格のどこにあたるかという審査をすることになります。それはまさに先日の審査で三木さんに要請したことそのものです。
ご存じと思いますが、外資系認証機関にはマニュアルを提出しなくても良いというところもあります。そういう方法で審査するにはマニュアルは必要ないのです」
山田
「いやいやそれは既にJABは2007年に『マネジメントシステムに係る認証審査のあり方』という文書で、審査は項番順ではなく、プロセスアプローチでなければならないと指示していますよ」
朝倉審査員
「うーん、言われると確かにそういう話を聞いたことがあります。マニュアルを見て、規格項番ごとにshallを確認していくなんて前世紀の遺物なんだなあ〜」
山田
「みなさんは認証機関の経営者ではないからどうしようもないかもしれませんが、根本的に考えを改めるとかしないと、日系の認証機関はナガスネさんも含めてジリ貧になるかもしれませんね」
三木
「山田さんは、なるかもしれないとおっしゃるが、本音はなるということでしょうな」
朝倉審査員
「いずれにしても私たちができることは限界があるよ。経営者ではないから命令もできないし、同僚に影響を与えるにも限界がある。特にウチの会社では審査員が上司・部下という関係じゃなくて、一人一個師団みたいなもんで、本人が信じている基準で審査をしているからね」
森本
「師団ってなんですか?」
山田
「軍隊で司令部を持っている単位だよ。朝倉さんの言いたいことは、みんな自分、自分の考えで行動するということで、命令とおりには動かないという意味だ」
三木
「いやあ、以前は環境側面を点数で決めるべきか否かということで須々木取締役とか朱鷺さんと議論したものだけど、あんなことは枝葉末節だったんだねえ〜。そもそもの根本から間違えているのでは・・・大変なことだ」
朝倉審査員
「山田課長さん、質問ですが御社のようなお考えでなぜナガスネにご依頼されているわけですか?」
山田
「まあ〜業界設立の認証機関ということもありますし、数は少ないですが出向者を受け入れてもらっていますし、今更替えるのも面倒くさいこともありますし〜」
三木
「義理がなければ、切られてしまうということでしょうね」
そのとき終業のチャイムが鳴った。
山田が横山に声をかけた。
赤ちょうちん
山田
「横山さん、今日はどこを予約しているの?」
横山
「三木審査員さん、朝倉審査員さん、ここはお開きにして、これから地下の居酒屋でちょっといかがでしょうか?
今日は審査じゃありませんから、お酒を飲んでも問題ないでしょう。
私たちは審査員のお仕事に大変興味があります。話せる範囲でけっこうですからお話を聞かせていただければうれしいです」
朝倉審査員
「それはうれしいですね。私はもっと横山さんのお話をお聞きしたいですな」
三木
「私も森本さんのお話を聞きたい。よろしくお願いします」
山田
「え、私は?」
横山
「山田さんには伝票にハンコを押していただくだけで・・・」

うそ800 本日の老人の主張
日系の認証機関の経営者が「ノンジャブは安かろう悪かろう」なんてことを語っているのを散見する。「安かろう」というのは見積もりをとれば簡単に比較できる。だが「悪かろう」というのは何を基準に、そして何を証拠に語っているのだろうか?
私は複数の認証機関の幹部にお会いしたことがあるが、経営を良くするとか企業を改革するとか語るのが日系の認証機関の幹部に多く、規格適合をひたすら追求しますと語るのがノンジャブに多い。ISOが経営の規格だとも思えないが、大言壮語を語る前にまともな審査をお願いしますよね。

うそ800 本日の内幕
私の物語には余分なことや、冗長が多いと思われるだろう。実は私は積極的にそのような文章を書いている。
最近、某講演会で、誰でも読んだもの聞いたものの7割程度しか活用しないという話を聞いた。大事なことだけを伝えようとエッセンスだけにすると、更にその7割しか伝わらないという。
じゃあ、どうすればいいのかとなると、そのときの講師は大事なことが7割になるように余計な3割付け加えるのだそうだ。聞いた人は100聞いてその中から取捨選択して講師が伝えたい70を見つけてくれるという。薬の賦形剤、塗料の体質顔料、セメントの増量剤、学校に休み時間があるようなものでしょうか?
という話を信じて、私は大事なことだけでなく、余計なこと、無駄、冗長を加えているのである。

それにしちゃ、7割が無駄とか余計なことが97%だなんて声が・・・・


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