*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基に書いております。
審査員物語とは![]() |
「三木さん、お忙しいですか?」
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「いや、今日はもう特段なにもない。今年度の更新に必要な回数分の審査リーダーは既にさせてもらったので、今は人数合わせの陣笠だよ。報告書も先方との調整も何もない」
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「そうですか。三木さんと話したいのですが、ちょっといいですか?」
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「いいですとも、先日訪問した鷽八百社の反省会かい?」
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「反省会? ああ、そうですね。ひとつくらい応接室が空いているでしょう」
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二人は給茶機でコーヒーを注いで空いている応接室に移動した。
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「どうでしたか、朝倉さんの感想は?」
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「あんなふうに構えないで認証を受けるところもあるのですね、驚きました」
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「あれでよく審査で適合になったもんだと私自身が驚いたよ。いや私が審査したんだけど」
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「でもあそこも数年前に初めて認証を受けた時は、一般的なというかそこらで見かけるISOのためのシステムだったようですね」
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「初めて認証しようとするときはISO規格に関する情報が少なく、近隣の認証した会社の状況しか知らないとそういうことになるだろうね」
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「というか、そうする他ないということか」
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「現実を見れば、コンサルも講習会も書籍も、ISO認証とはISO規格に合わせた手順を作り、それを文書にしてひたすら実行しましょうってのがほとんどだからね。そうなってしまうでしょう。 おっと、それは企業側だけでなく、審査員側もなんだけど」 |
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「しかし今三木さんがおっしゃった後半は、正しくは実行しないで記録を作るだけというのが実態ではないですか」
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「確かに・・・ISO審査では規格そっくりの仕組みを見せるけど、裏では旧来の本当のシステムが動いているというのが多いでしょうね」
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「というか、ISOそのまんまの仕組みでは動くはずないですよ」
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「え、動くはずがないとは?」
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「私もいろいろ考えたのですが、ISO規格とは、当然ですがISO9001なら品質のことしか書いてありません。ISO14001は環境だけです。よくISOを経営に役立てるなんて語る人がいますが、書いてないことを役立てるわけにはいきません」
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「ちょっとおっしゃることがわからないが・・・」
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「会社でも国家でも、なにをするにも予算がなければなりません。おっと予算というと誤解があるかもしれません。私の勤めていた会社では、予算とはお金ばかりでなく、工数のことも時間のことも含めていました。 会社で業務として実行するにはあらかじめ予算をとっていることだけです。それ以外には実施しようがありません。 例えば、不良がでました、それじゃ識別表示をしろ、置場はここだ、チェックして手直し、修理、廃棄を決めろといったとき、それには常にお金も時間も絡みます。仕損伝票、あ、三木さんが勤めていたところではどう呼んでいたかわかりませんが、私が勤めていた会社では不良品がでると現物に仕損伝票というのを貼り付けました。そして修理担当が内容を確認して、修理費用時間を見積もり、それによって処置を決め実施したわけです。物事の処理には常にお金も時間も発生します。廃棄するにも予算がなければ廃棄できません。 環境でも同じです。まさか漏えい事故が起きた時に、予算がないから来月まで待てというわけにはいきませんが、訓練をするにも人も時間もかかりますし、いや環境方針の周知だって予算なしじゃできません」 |
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「なるほど・・・確かにISO規格では費用に言及していないね。もちろん計画に当たっては予算の制約を考慮しろとはあるが・・」
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「予算だけではありません。環境に関わる法律だけを切りだせないって、あの横山って女の子が言ってましたけど、法律だけでなくすべてがそうですよね」
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「うーん、ピンとこないな、営業でいえばどういうことでしょうか」
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「私は営業というお仕事を良く知りませんが、営業で環境に関わることとはなんでしょうか?」
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「製品の環境性能の広報とか含有化学物質や廃棄時の情報提供とか、そんなことだろうか? もちろんそういった情報収集もある」 |
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「それじゃ営業でそういった環境情報を周知したり収集したりするために社有車ででかけるとしましょう。そのとき営業車の管理、ガソリン代の処理、車検時の代車の手続き、事故の際の対応、そんな仕事全体の進め方の手順を決めておいてはじめてできるわけです。 そう考えると環境に関わる手順というものは考えられません。もし環境だけの手順を作ってもそれはバーチャルそのもので実際に役に立つはずがありません」 |
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「ああ、朝倉さんのおっしゃることがわかりました」
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「いろいろ考えるとISO規格に合わせてとか規格を基になんてことは難しいのですね」
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「すると会社の現実から始まる方法が良いのではなく、それしか方法がないってことですか?」
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「環境に関する仕事があるのではなく、仕事の中に環境があるのです。ですから仕事の手順はあっても、環境に関わる手順というものはないと思います。そしてその手順の中に環境に関することも盛り込むということではないのでしょうか。環境だけの手順というものはありえないでしょう」
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「なるほど、環境といっても環境保護の旗を振るだけじゃないということか」
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「旗を振ると言えば、国会前のデモだって実行するのは大変ですよ。警備当局との交渉、病人が出た時の準備、反対勢力ともめた時の対策、後片付け、安全対策、天候が変わったときの準備、プラカードやスピーカーなどの用具の運搬と運搬車両の駐停車場所、交通安全だけでなく他に迷惑をかけないように、そのほか熱中症がでないようにとか、老人、身障者対応、まあ大変でしょうね」
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「デモに参加して気分が良かったなんて言っている人はそういうことを知らないんだろうね」
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「そんなことを踏まえると今多くの講習会や書籍が教えている、規格を基にした手順とか規格を満たすだけのシステムが動くはずがありません」
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「オイオイ待ってくれよ、ということはそういう講習会で教えたり本を書いている人はまっとうな会社の仕事をしたことがないってことなのだろうか?」
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「うーん、どうなんでしょうねえ〜、ただあの森本って小僧と横山って女の子の例から考えると、実務経験のある人は会社の業務からISOを考え、実務経験のない人はISOから会社を考えるようだね。 それが天動説と地動説の違いなのかな?」 | ||
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「ちょっと、ちょっと。それはないよ」
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「それはないって?」
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「だって審査に行けば、ほとんどの会社のISO事務局は中年か定年間近の人が多い。だから実務経験がないわけじゃない」
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「言われてみれば確かに・・・でもね三木さん、現実を知らないって点では同じかもしれません。 真面目な顔をして点数で環境側面を決めるなんて語っている人は、現実のリスクとか過去の事故なんて知らないだろうし、考えたこともないんじゃないですか。 もし法違反の実態や環境事故を知っていて、点数で環境側面を決めているならまったくのバカということになる」 | ||
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「うーん、するとこの怪しげな規格解釈は審査側というか研修会の講師などが現実の環境管理を知らなかったから出来上がってきたというのかい?」
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「そんな感じがしますね。だってその証拠に我々のように環境管理とか公害防止なんて関わったことのない人が審査員をしているわけですし」
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「環境管理といっても公害防止だけではないから、環境性能とか製品含有化学物質規制とか幅は広いよ。だから公害防止に限定して考えることもないと思うけど」
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「その通りですが・・・であればそういった人は公害防止については発言してはいけないということでしょう」
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「おお朝倉さん、失礼した。三木がここにいるって聞いてな」
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「なにかご用でしょうか?」
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「ご用ってほどでもないが、めったに三木は会社に来ないから顔を見たくなったってわけよ」
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「こちらは特に重要とか急ぎのことではありません。私は失礼しましょう」
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「いや、他人でもないし座っていてください」
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山内はそう言って自分も座った。 山内は持ってきたコーヒーをすすってから口を開いた。 | |||
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「今年から、とうとうISO14001も減少し始めたな」(この物語では今2009年です)
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「昨年は認証件数がほとんど増加しませんでしたね。今年は減ったのですか?」
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「結局なんだな、認証することのメリットとデメリットを天秤にかければ、認証する意味がないってことなんだろうなあ。 当たり前と言えば当たり前なんだが、投資対効果がでなければだめなんだよね。認証の効果がないってことだよ」 | ||
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「認証するメリットとなりますと、入札での加算とかグリーン調達での条件くらいですか?」
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「いや会社を改善するということもあるでしょう」
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「ISOが会社を良くするかどうかも怪しいが、審査費用とか社内の手間が増えることなどを考慮すると認証するまでもないということなんだろう。 だけどさ、審査費用はともかく、認証するために手間ひまがかかるのはどうしてなんだ?」 | ||
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「実は今朝倉さんと話していたのは、認証するためになにかするのではなく、過去からしていること、過去からある文書や記録をみせて審査を受けるべきだろうということだったのです」
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「そう言われるとそう思うが・・・実際にはそうじゃないよな」
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「認証機関サイドも企業サイドもそう考えている人は非常に少ないということは事実です」
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「そうなんだよなあ〜、どうしてそんなことになってしまったのか?」
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「そもそも『マネジメントシステム構築』という言葉自体おかしいと思いませんか? 素直に考えると、認証するためには従来にはなかった、なにかものすごいものを作らないといけないようです」 | ||
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「審査でも作成すべき文書記録が決まっていて、それがないと不適合というのが普通ですから」
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「オイ、三木よ、以前須々木さんとか柴田さん、朱鷺さんがいたとき、お前はだいぶ討論していたんじゃないか。環境側面を点数でするのはおかしいとかなんとか」
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「山内取締役、あれを思うと恥ずかしくなりますよ」
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「ほう、お前が間違いだったということか?」
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「うーん話せば長くなりますが、その見解が間違っていたのではないのです。そういったことは枝葉末節で、より大きな問題を見逃していたということです。 ええと、環境側面を特定しなくちゃならない、著しい環境側面を決定しなければならないという発想そのものが間違っていたと気が付いたということです」 | ||
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「ほう、より上位概念というか根本的な問題があったということだな」
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「環境側面なんて認証のために特定したり決定したりするものではないというのが朝倉さんと私の結論です」
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「今話していたのは、審査に行くと見せられる手順書にはISO規格対応のことしか書いてない、そんな手順書では仕事ができないねということでした」
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「うーん、あ、分ったぞ。仕事をするときには環境配慮だけでなく、商取引に関わる法律、支払い条件、引渡しなんてことを漏れなく決めて実行しなくちゃならないってことだろう」
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「その通りです」
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「俺もこの会社に来て取締役が審査員じゃないとカッコがつかないなんて言われて一応審査員なんだけどね。それで資格維持のために毎年最低限の審査に参加させてもらっているのよ。とはいえ、おれが法律とか環境設備とか知っているわけがないから、契約書とか関心のあるものしか真面目に見てないけど・・・ いつもおかしいと思うのはさ、廃棄物処理委託契約書ってあるだろう、あれがさ、廃棄物処理法で決めたことだけが契約書に印刷してあるのよ」 | ||
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「それがなにか?」
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「だってよ、普通契約書っていうと振込先の銀行口座、払い込み期限、契約が履行されないときのペナルティ、延滞金、裁判になったときの裁判所、そういうのを書くんじゃないか」
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「ああ、なるほど、つまり世間にある廃棄物処理契約書は廃棄物処理法違反にならないためだけにあるということですか?」
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「山内取締役、そういうものは別途契約書を結んでいるのではないでしょうか?」
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「でもおかしいですよ。行政の講習とかひな型でも、支払い条件は別に決めてくださいとか言ってないし、そういうのを決めているところってどれくらいあるのでしょうか?」
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「俺も興味を持ってな、審査のときにそういうことを質問してんだ。まあ99%が廃棄物契約書はそれしかないって言ってるな」
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「そいじゃ廃棄物契約書は処理委託のための契約ではなく、廃棄物処理法違反にならないための契約書であることは間違いなさそうですね」
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「しかしそうすると・・・ISOのためだけの手順書も存在しうるということになるのですかね?」
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「まあ存在するだろうけど、そりゃあるべき姿じゃねえなあ。それにさっき朝倉さんが言ったけど、それで仕事が進むとも思えない。結局契約書そのものがバーチャルなんだろう。真面目に作成していないんだよ。 結局、矛盾だらけ、形だけ、嘘っぱちだからISOってのがダメだって思われたんだろうなあ」 | ||
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「山内取締役、そういうスタンスでは困りますよ。我々は第三者認証制度をまっとうにして、このビジネスを継続していかなくてはならない立場ですから」
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「あのよ、俺もこんどの取締役会で取締役を引退することになったんだ」
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「山内取締役は何歳になられますか?」
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「64だよ。ウチの会社、あっ出向前の会社のことだが、あそこでは子会社に役員クラスで出向すると64までは面倒見てくれる。ここは子会社でも関連会社でもないけど、俺の力量で取締役になっているわけでなく、出資会社の代表として取締役をしているわけで、保証してくれる年齢は同じだ。 ということで俺が歳をとったので、俺の後釜が来て俺はお役御免というわけだ」 | ||
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「なるほど、今日はお別れのご挨拶でしたか」
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「バカ言っちゃいけないよ。今日はお前の顔を見にきただけだ」
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「取締役引退後はどうされるのですか? 須々木さんや柴田さんは何年も契約審査員をされていましたが」
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「まあ、彼らはISOとか審査が好きだったんだろうなあ。俺は仕事はちゃんとしてきたつもりだが、ISOはものを売るほど好きじゃなかった。これからは地域社会との付き合いを学び、地域と共に生きるというところかな おっと、取締役引退してすぐにこの会社を辞めるわけじゃない。後任との引継ぎとかいろいろあって1年くらいは月給だけはもらえるんだ」 | ||
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「それじゃその間だけでも更なるご指導をお願いします」
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「バカ言っちゃいけねーよ。 おっと、だからって認証ビジネスがどうなってもいいとか思っているわけじゃない。 話を戻すけどよ、俺の考えは、げすの勘繰りかもしれないがISO規格を作った人たちは実際には規格を知らなかったんじゃないかって気がするんだ」 | ||
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「はあ、どういうことでしょうか?」
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「俺は環境もISOもなんも知らなくてここにきたんだ。それで疑問を持つと先輩格の須々木さん、柴田さん、先代社長や先々代社長に質問した。彼らが考えが深かったとも思えないが、俺よりはISO規格を知っていたし、過去のいきさつについても知識はあった。
面白い話を聞いたことがある。 1996年のこと、この認証機関で講習会をしたとき、箔をつけるために冒頭にISOTC委員を呼んで講演をしてもらったそうだ。 ISOTC委員は自分の話だけして帰るわけにもいかず、その次の須々木取締役の環境側面の講座も聞いたそうだ。そこで環境側面の決定方法といって点数方式を解説したそうだが、ISOTC委員は点数方式のテクニックを聞いて『環境側面はこのようにして決めるのか』といたく感動したとそのあとに須々木取締役に話したそうだ。須々木取締役はそれがたいそううれしかったようでその話を何度も聞かされたよ」 *この話は某認証機関の取締役から聞いた実話である。無関係の人にはそのISOTC委員や取締役はピエロか喜劇に見えるだろうが、審査を受ける我々にとっては悲劇以外のなにものでもない。 ![]() | ||
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「ほう、ということはその委員の方は環境側面というものを理解していなかったということか。 まあその委員が無知であったとしても、外国人も含めて他の委員がまっとうだったと思いたいですね」 | ||
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「点数法に感動する委員とか、それを聞いてうれしがる認証機関幹部とか、そんな人たちばかりではないと信じたいですね。ただそういう人たちが多かったから、おかしな考え方法が広まってきたのは事実でしょうね。 それというのも環境側面に限らず、規格の語っていることを現実を踏まえて読み解くのではなく、書いてある文言を文字通りにしか受け取れなかった人たちが多かったということでしょうね」 | ||
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「審査員になるためには実務経験を要求しているけど、単なる実務経験ではなく、会社においてマネジメントシステムを構築したとかマネジメントシステムを理解していることを要件にすることが必要じゃないですか」
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「ええと、誰だっけさっきマネジメントシステム構築ってのはおかしいって言わなかった?」
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「私が申したのはISOのためのマネジメントシステム構築というのはないだろうという意味でした。 ええと、まったくなにもないところから、例えば新会社設立したときに、その会社のシステム構築をするのは必要でしょうし、もちろん既に存在する会社においてもマネジメントシステムの見直しというのはあり得ます。 当然、ISO認証のためにシステムが不十分であれば見直さなければならない。しかしいくらなんでもマネジメントシステム構築はないでしょう」 | ||
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「すまん、マネジメントシステム構築ってどういうことをするイメージなんだ?」
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朝倉と三木が同時に話し出そうとして、お互いに譲り合う。
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「三木さんどうぞ」
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「そいじゃ、私から。山内取締役、ではシステムとは何かというところから始めます。 システムとは元々は支配体制とか社会制度という意味です。最近の辞書ではインプット、プロセス、アウトプットなんてことを書いているのもありますし、情報システムを解説しているものもありますが、古い辞書は国家体制と書いているのもありますように、そもそもは支配体制のことです。 自衛隊では、元はアメリカ軍からなんでしょうけど、彼らはシステムとは組織、機能、手順であると定義しています」 | ||
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「組織、機能、手順?」
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「ああ、もちろん目的があってシステムは存在します。ですからシステムはその目的実現のために作られます。 例えばここに第三者認証会社を作るとします。それは当然認証の仕事をすることを目的にします。そのビジネスを進めていくにはさまざまなことをしなければなりません。どのような方法でそれを推進するかをはっきりさせておかないと、長期間、有機的に、有効に動いていくことはできません。言い換えると短期間ならどうとでもなります。 さて、大勢を集めて事業をするとき、構成員が好きなことをする無政府主義ではいけませんから、その会社をいくつかの部門にわけます。例えば審査をする部門、お客さんを探す部門、講習会をする部門、それ以外の仕事、オフィスを管理したり賃金を払ったりいろいろありますがそういうことをする部門、外部要求によっては審査の客観性を担保するための内部牽制部門が必要になるかもしれません。このように複数の部門をつくると組織ができます。 次にそれらの部門に何をするのかを割り振ります。この仕事の配分では重複したり隙間ができたりしては行けません。この取り合いが機能です。そしてそれぞれの部門がその機能を果たすためのハウツウを決めたのが手順となります。 システム構築ってこういうことですよね」 | ||
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「なるほど、そういうことはISO認証の際には必要ないってことか?」
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「人の異動や事業の推進というのはシステムの上で行われます。システムがOSで、その上でプロジェクトやルーチンというアプリケーションが走っているということでしょう」
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「そもそも第三者認証とはその組織が一定基準、ISO規格とか法で定まった要件とかを満たしているかを外部の人に確認してもらうことです。まったく新しい会社を立ち上げた時以外、今までの会社が基準を満たしているかを確認してもらうってのが普通でしょうね」
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「だけどISO認証しようとすると、管理責任者を置いたり、内部監査部門やISO事務局を置いたりするんじゃないか? そういったものは今までなかったぞ」
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「『管理責任者』というのは日本語訳です。原文直訳なら『経営の代表者』です。それに管理責任者って誤訳ですよ。『管理責任者』なるものが環境を管理するわけでもなく環境の責任者でもありません。管理責任者はシステムの責任者ですから。 それとISO事務局なんてのは規格のどこにもありません。正しく言えばISOを担当している人なのでしょうけど、そもそもISOを担当する職務があるはずがない。言い換えれば全員がISO担当者であるわけで、おかしなことです。 内部監査だって、規格では会社に元からあるものを当てても良いとあります。つまり監査部とか経理部の監査をISOの内部監査にしても良かったのです」 注:2015年版では管理責任者という語はなくなった。だがその機能が否定されたわけではない。特別な機関だと考えなくなっただけである。つまり過去からある職位・機関が担っているということだろう。 | ||
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「やれやれ、俺がここに来て教えられたことはほとんどがうそっぱちだったってことかよ」
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「山内さんが何を教えられたか知りませんが、ここの講習会では規格とは異なることを教え、企業はそれを基にISO対応活動をし、ここの審査員はその考えで審査をしてきたのです。10数年間も」
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「いやはや、気が遠くなりますよ」
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「うぇ、じゃあ俺はいい時に取締役を辞められたってところかな、引退したら長居せず逃げるのが良さそうだな」
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「我々が過去からの間違いをただすという道もありますよ」
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朝倉と山内がギョットしたように口を開けて固まった。 しばらくして山内が口を開いた。 | |||
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「それが俺の責任なんだろうけど、難しいなあ〜」
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「なにせこの会社は出資会社10社からの出向者がグループを作っているので10個師団と言われています。いや実質は一人1個師団ですからね。審査員一人一人の考えを変えさせるには、上長命令で済むはずがなく、一人一人を説得しなければなりません。それは困難でしょうね、いや不可能かも」
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「10年前、20世紀ならいざ知らず、もう21世紀になってからだって10年経っている。今更そんなことができるのか、総合的に考えると、何も手を打たずこのままだんだんと縮小して寿命を待つほうがいいのかもしれんな。三木にしたってなにも義理があるわけではない」
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「確かに・・・以前、須々木さんや柴田さんと何度も大激論をしたものですが、ああいったことはすべて余計なこと、若気の至りだったのでしょうか」
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「まあ、長いものには巻かれろという言葉もあるし」
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「日本が太平洋戦争に突入したとき、だれが開戦を決めたか分らないそうです。いつのまにか、なんとなく、誰ともなく・・そんな空気に支配されて大きな決定をしてフィードバックがかからない。当社も同じなのでしょう。 私はバカだと言われても己が正しいと信じることを主張するという愚直さが大事だと思うのですよ。まあ、そんなふうに青臭いのが私が事業所長クラスになれなかった理由でしょうけど」 | ||
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「そう世の中簡単にはいかないよ。ここは小さな大企業だから」
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「認証ビジネスそのものが目的ではないということもあるのではないですか?」
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「それもある。業界団体が作った、業界団体の業界団体による業界団体のための認証機関なんだよ。認証を受ける企業のための認証機関ではないんだな。 おれも以前は損益とか売上とか真面目に考えたこともあった。しかし熱くなることはない。まっとうな事業をしようとか事業拡大しようなんて考えずに、潰さず後任に引き継げばいいんだ」 | ||
![]() 三木は腕組みをして斜め上を見つめた。 うーん、環境側面が点数とかの問題にこだわっていたけれど、会社と規格の関係を考えるようになって視野が広くなったと思ったら、今度は認証機関の存在意義か・・・
突然、三木の頭に先週、妻の陽子と買い物に行ったときのことを思い出した。狭い道を救急車がサイレンを鳴らしているのだが、道路は混んでいて車も道を譲ろうとしない。三木は後先を考えず、車道に出て交通整理をした。 そのあと、自分では世のために役に立ったのではないかと思っていたら、陽子が普通の人がそんなことをしてはいけない、まわりからおかしな人と思われると言われた。自分の価値観とか行動が間違っているとは思えなかった。だが陽子がそういうなら、そう見る人もいるのだろう。そして陽子に対して不信感を持った。大げさに言えば、価値観がそこまで違う人と一緒に暮らせないと感じだ。 今、ISO審査におけるおかしな考えをただそうとか、他の審査員を指導しようなんてことは難しいと言うだけでなく、不遜とか、お門違いなのかもしれない。余計なことをせず、危うきには関わらず、この仕事とはなるだけ早く縁を切るのが正解なのだろうか? |