審査員物語43 認証ビジネス

15.08.24

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。

審査員物語とは

ナガスネ環境認証機構は業界の大手10社が設立した会社だ。株主各社それぞれが取締役を出しているので取締役が10人もいる。従業員が200人程度の規模にしては取締役が多すぎる。どうみても各社の人事処遇のための会社である。本体や関連会社の役員になれない人が取締役になり、関連会社で吸収しきれない役職定年になった管理職を審査員にするための受け皿である。そして顧客は業界傘下の会社でISO認証費用の社外(業界外)流出を防止する仕組みだ。

*日本の大手企業の多くは、グループ外に金が流れないようにしないどころか、グループ企業の社員や家族を対象に、不動産業、クレジットカード、保険、通販からスポーツジム、カルチャースクール、そして人生末期の介護施設まで全方位にわたってビジネスを行っている。見方によれば福利厚生が整備されているといえるし、逆に言えば社員からお金を回収しているとも言える。いずれにしても企業は単なるゲゼルシャフトではなく江戸時代の藩ではないのかと思ってしまう。単なるコンツェルンではなく、まさにケイレツである。
Keiretuとは
A network of businesses that own stakes in one another as a means of mutual security, especially in Japan, and usually including large manufacturers and their suppliers of raw materials and components. (Encyclopedia)

誰でもご存じとは思うが、日本のISO認証機関の3割は業界団体が作ったものである。
ちなみに日本のISO認証機関は昔から製品検査や産業教育などをしていた財団法人系、業界団体系、船級検査をしていた老舗、新興勢力という色分けになっている。どれが良いとか悪いとか言うのは大いに支障があるので言わないが、まあ日本で認証機関を選ぶ際には、品質と値段ではなくいろいろなしがらみが優先する。
1997年だった。あるとき工場勤務のペーペーの私のところに本社のエライサンから直接電話があった。どれくらい偉いかというと私の工場長と同格の人だった。畏まって(固まって)いると「オイ、ウチから出向者を出すんですぐさま○○認証機関と審査契約を結べ」との仰せ。そのとき私の働いていた工場はまだ認証する予定もなく、予算もありません。私はどうしたらいいの?
まあ、日本の認証機関はそんな関係で選択されているのです。

肥田取締役
肥田取締役
それはともかく三木の出身会社も取締役の椅子を一つ持っている。だいぶ前から辞める辞めると言っていた山内取締役がとうとう引退したのは今年になってだった。その後に肥田という研究所出身の人が取締役としてやって来た。肥田は三木よりも3つか4つ若いはずだ。三木は会社にいたときは肥田とは面識がなかった。
肥田は三木のことを同じ会社から出向してきた中では、中心人物というかけっこう影響力があるとみているようで、なにかと話かけてくる。
このところ審査で出歩いていた三木が久し振りにナガスネに顔を出したのを見て肥田がやってきた。

肥田取締役
「三木さん、ちょっとお話をしたいのですがよろしいでしょうか?」
三木は内心ヤレヤレと思いながら立ち上がり、空いている会議室を探して座る。
肥田は座るとコーヒーを飲んでいるだけで自分が呼んだのになにも話さない。しょうがないので三木が話しかけた。
コーヒー
三木
「肥田さんがこちらに来て半年くらいですか?」
肥田取締役
「いやまだそれほどには・・・・4か月くらいですか」
三木
「そうですか、それじゃもうナガスネにも慣れてきたことでしょう。そろそろ肥田カラーを出す時期ですね」
肥田取締役
「いや・・・それほどのことは考えていませんが・・・やはり来たからにはこの会社の発展に貢献したいと考えております。今一番気になっているのは、事業規模が伸び悩みというか、それどころか減少傾向です。少しずつでもこの事業を拡大していかなければと認識しています。前任の山内さんはあまり事業拡大にはチャレンジされなかったように思えるのですが」
三木
「この認証ビジネスというのは、頑張れば売れるという性質ではありませんからねえ〜」
肥田取締役
「どんなビジネスだって頑張れば売れるというものではないでしょう。そこをアイデアと工夫で事業を進めるんじゃないですか。どうもみなさん消極的に思えます」

三木は肥田が苦手だ。肥田のポジティブな発想は良いのだが、状況をよく理解していないでガンバローと叫ぶだけのように感じている。労働組合でもトップは戦略をいろいろ考えているが、下層の役員は理屈ではなく精神論と馬鹿力でガンバローを叫ばせるだけのノータリンが多い。ガンバローを叫ぶしか能がない肥田が、よく研究所長までになったものだと三木は不思議に思う。そんな肥田に認証ビジネスの実態を説明するのが面倒臭い。ご本人としては、せっかく取締役になったのだから、何か成果を出して社長になろうとでも思っているのだろう。
三木
「なんて言いましたっけ、金のなる木とかの・・・」
肥田取締役
「それはボストンコンサルティングが考えた製品ポートフォリオだね、それが?」
三木
「そうそれです、認証ビジネスというのは今やライフサイクルからいえば、成熟期を過ぎて衰退期になったのですよ。ポートフォリオで言えば負け犬のポジションなんです」

ライフサイクル

肥田取締役
「つまり三木さんは最盛期を過ぎてしまって、今更頑張っても拡大はないというのですか?」
三木
「極論すればそう考えています。もちろん努力しなくても良いというわけではありませんが」
肥田取締役
「だけど、認証機関は雨後の竹の子のように増えているようだし、簡易EMSなんてのも結構あるわけで、認証を受けようとしている企業が減っているとは思えないね」
三木
「いやいやISO14001の認証件数は減少しています。その傾向は2年前からで、認証ビジネスが衰退期に入ったのははっきりしています。ちなみにISO9001はもう5年も前から減少しています」
肥田取締役
「なんか三木さんと話をすると暗いというかネガティブですねえ〜、三木さんは営業だったんでしょう、営業の方はお客様が欲しくなくても売り込むくらいの意気込みでがんばらないとねえ〜」

三木は肥田の話を聞いて、勘弁してよと思う。肥田は研究所で難しい研究開発をしてきたのかもしれないが、研究で結果を出すには掛け声と根性だけではどうにもならないだろう。営業だって勘と度胸と根性だけではない。ものごとはすべて原因があって結果があるのだ。営業マンの目先の競争相手は競合他社であるが、真の敵は商品のライフサイクルである。つまり現行のサービスの代替えあるいは人の関心ごとの変化である。
車の時代 自動車の時代になって馬の蹄鉄を作っていてもしょうがない。いやもう自動車の時代でもない。以前フォードは21世紀には車を売る会社ではなく車を貸す会社になるといった。今現在フォードは車を貸すのではなく、自動車ローンの金融業で食べている。電気自動車の時代になれば、機械加工や組み立てというよりも、素材産業とか半導体分野の事業になるだろう。そういう大局を知らないで営業ができるか。

三木
「肥田さん、これから認証件数が増えるということはまずないでしょう。もちろん一層の需要の掘り起こしとか認証のメリットを広報するとか、いろいろとしなければならないことはあるでしょう。しかしISO14001認証が始まって既に15年、ISO14001のメリット、デメリットは広く知られています。ですから認証が必要な企業は既に認証しているでしょうし、今まで認証していない企業は認証する必要がない企業です。
そして中小はISOは敷居が高いという理由で、簡易EMSに流れています。行政も簡易EMSでも入札条件を満たすとしているところが多いですからね」
肥田取締役
「三木さん、しかしもう一つの問題だけど、1997年から数年は当社がISO14001認証の4割くらいを占めていた時期もあったじゃないか。それが時間とともにどんどんとシエアを落していて、今では15%を切っているじゃないか。なぜ以前のように・・」
三木
「肥田さん、ちょっと待ってください。ウチのシエアが落ちているのは事実ですが、認証開始当時はまっさきに私たちの業界でISO14001認証が立ち上がったという事情がありました。その後、他の業界にも認証が広がり、それにはそれぞれの業界団体系の認証機関が認証してきたのですからシエアが落ちるのは当たり前です。決して認証した企業を他の認証機関に取られたわけじゃありません」
肥田取締役
「そういう発想がもう弱気で後ろ向きじゃないかね」
三木
「肥田さん、あのね、私は営業の責任者ではありません。それどころか営業でもありません。ですからこれから話すことは個人的見解ですよ。過去からのウチの営業あるいは審査員がファイトがなく後ろ向きでシエアが落ち、売り上げが減ってきたのかどうか、それはよく考えてください。ご存じと思いますが、競争に負けて認証ビジネスから撤退していった認証機関はいくつもあるのです。
そういった議論は営業担当者、いや営業担当取締役としてほしいですね。私は審査員ですから己のした審査について責任は負いますが、売り上げがとかシエアが落ちているということについては責任を負いません。そういう事業を考えることは取締役の仕事です」
肥田取締役
「私はそういうことを言っているんじゃないんだ」
三木
「じゃあ、何をおっしゃりたいのでしょうか?」
肥田はだんだんと自分の声が大きくなってきたのに気が付いたようで、一旦口を閉じた。少し斜め上をみつめてから三木の目を見た。
肥田取締役
「とにかくこのままいけば売り上げはジリ貧だ」
三木
「ウチの認証件数は全認証件数の減少ほど減っていません。他の認証機関よりは頑張っているということです」
肥田はフンと鼻で笑う。
肥田取締役
「そんなことを言っても売り上げが減っているんじゃしょうがない。ええと10年くらい前をみると総売が40億近かった。それが今じゃ30ちょいだよ」
三木
「ええとですね、2000年以降、認証単価が物凄い勢いで下がっているということをご理解いただきたいですね。例えば我々の出身会社の本社の審査料金は5年前に300万くらいでしたが、今は200万ですよ。同じ維持審査でね。つまり3割減ですよ。比率を同じとして40に7掛けると28億、認証件数はわずかに増加で30強というところで、計算上はおかしくありません
それから認証が始まった頃は、関連書籍の出版や研修による収入が相当あったのです。今は出版はまずペイしません。研修も閑古鳥が鳴いてます。ISOや認証に関する情報があふれていますから、お金にならないのです。そういう売り上げ減少もあります」
ISO認証ビジネスの売上推移
ISO業界規模
 注1)オレンジに染めている部分は産構審のデータを利用した。
 注2)黄色に染めている部分はJABのデータを利用した。
 注3)その他の数値は筆者が推定したものである。
肥田取締役
「三木さんは営業のプロでしょう。なんで審査を安売りするのですか?」
三木
「肥田さん、どんな商品でもサービスでも、売り手が売値を決められるわけじゃありません。日本は自由主義経済ですから、価格は市場が決定します」
肥田取締役
「認証機関を選ぶときの要件は価格だけなの?」
三木
「認証機関の決定も普通の材料の調達先を選定するのと理屈は変わりません。通常、購入先の決定は品質、価格、納期です。ただ、ウチは業界団体内では、グループ企業であるとか、あるいは向うの会社にウチの幹部や審査員と元同僚とか知り合いがいるなどコネがありますのでそうとう優遇されています」
肥田取締役
「個人的結びつきによる営業活動は大きな割合を占めるのか?」
三木
「そうです。山内さんも以前の知り合い、同僚などツテを頼ってだいぶ営業活動をしていました」
肥田取締役
「すると・・・私も元同僚や以前の取引先に営業活動をしなければならないということか」
三木
「少なくても私はそう期待しています。月1社くらいはとってほしいですね。取締役10名で年間120社くらいは頑張ってほしいですね」
肥田取締役
「なるほど」
三木の言葉は肥田には辛らつに聞こえたようだ。肥田は初めて知ったような顔をしている。実際、そのようなことを考えたこともなかったのかもしれない。
肥田取締役
「ええとさっきの話に戻ると、新しい顧客を取るということは品質、価格、納期において他の認証機関より優位でなければならないということになる」
三木
「当然です」
肥田取締役
「品質はウチが非常に優れていると聞いている。こちらに来たとき社長からウチは審査の質が高いと自慢されたよ。ウェブサイトにもそんなことが書いてあったな」
三木
「うーん、正直言いましてウチの品質は決して良くありません。いや、正確に言えば品質は並み以下ではないかと懸念しています」
肥田取締役
「並み以下だって! ウェブサイトには当社の審査員は元上級管理職経験者ばかりで、企業経営を知り尽くした人たちが企業の実態を理解した審査をするとあったぞ」
三木
「まあ、それは宣伝文句というか言葉のあやというものでしょう。肥田さんはナガスネ流なんて言葉を聞いたことがありませんか?」
肥田取締役
「ナガスネ流? 聞いたことはないな」
三木
「世間ではウチの審査を揶揄してナガスネ流と呼んでいるのですよ。極真流とか北辰一刀流ならブランドかもしれませんが、ナガスネ流はブランドではありません。ブランドの反対語はコモディティだそうですが、ウチはコモディティでさえありません」
肥田取締役
「品質が高いというのはいささか疑義ありということか・・・それはちょっと調べてみよう。
価格は自分が決定できないというが・・・原価というのは何で決まるのですか?」
三木
「正確には営業に問い合わせてほしいのですが、基本的には審査工数とそれにウチの単価をかけます」
肥田取締役
「審査工数とは?」
三木
「組織の・・・組織というのは審査を受ける会社とか認証範囲という意味ですが、その業種や業態、その環境負荷と規模によって、審査に何人日かけなければならないということがIAFの基準で決められています。具体的には組織から調査書の提出を受けて認証機関が算出します。認証機関によって審査工数に多少違いがあるかもしれませんがそんなに変わりません。
そして一人一日いくらという単価は会社の費用構造から決まります。今、ウチは1人1日14万ということになっています。もちろん実際にはそこから値引きもあります。それと戦略価格で仕事を取るということもあります」
肥田取締役
「審査工数は基本同じということか・・・
工数あたりの単価というのは認証機関によってどれくらい違うのですか?」
三木
「他社のことは正確には分りません。聞くところによると最高で18万くらいから最低で10万以下まであるようです。もちろんブランドを確立していないと高い値段を出せません。言い換えると審査が評価されていれば高くても客はいるということです。(2012年頃の情報)
先ほど申しましたようにウチの単価はたてまえは14万ですが、実際は12万くらいじゃないですかね」
肥田取締役
「原価内訳はどうなっているのですか?」
三木
「肥田さん、そのへんになりますと私が発言することじゃありません。営業担当取締役にお話を伺った方が正しい情報が得られると思います」
肥田取締役
「いや、三木さんのお考えを知りたいですね」
三木
「私の申しますのはあくまでも憶測も含んだ個人的見解ですから、それをお含みおき願いますよ。
原価の基本は、まあどこでも同じですよ。各種費用の積み重ねですが、この事業の場合、材料費というのはありませんので、人件費と経費になります。
人件費は人員構成を見ればお分かりのように、固定費と変動費があります」
肥田取締役
「人件費でも固定費と変動費があるのか?」
三木
「管理部門つまり総務とか営業などは固定費であることはお分かりでしょう。審査員の場合、社員もちろん受け入れている出向者の賃金は固定費です。しかし契約審査員になると日当ですから変動費になります」
肥田取締役
「なるほど、じゃあ契約審査員を増やせばいいということになるのか」
三木
「なにごとも簡単じゃありません。契約審査員でなくても若い人や女性を採用して審査員をさせれば固定費であっても今よりも大幅削減が可能です。なんとなれば審査で請求できる金額は誰を派遣しようと同じですが、支払う賃金は倍とか三倍くらい差があります。他方今の出向受け入れ者の賃金は出向元の賃金と同じです」
肥田取締役
「じゃあ出向受け入れ者の賃金を減らすという発想もあるよね」
三木
「肥田さんの場合は取締役ですから身分は出向ではなく転籍していますね。いずれにしても肥田さんは元の会社にいたときよりも賃金が減っては困るでしょう。他の出向者も同じです。
それとご存じと思いますが、出向者の賃金の半分は出向元が負担しています。だから高い賃金だと思っても、実際にはその半分しか負担していないのです。もっともそれであっても年500万はいくでしょう。その他に人件副費もかかります。いずれにしても若い人を採用するより人件費は高い」
肥田取締役
「出向者の補てんを増やしてもらおうという方法もあるな」
三木
「方法としては考えられるかもしれませんが、常識的範囲でないと利益供与とされて・・・」
肥田取締役
「なるほど、いろいろと難しいわけだ」
三木
「それと経費ですが・・・オフィスの費用が大きいですね。ここは坪どのくらいになるのでしょうか?
月2万はいくでしょうねえ。300坪として月600万、年間7,200万くらいですか」
肥田取締役
「オイオイ、年間7,000万も賃貸料がかかっているのか。もっと安いところにするとか、面積を減らすとかできないのか?」
三木
「そういったことになりますと、ますます私の担当じゃありませんが・・・個人的見解ですよ、まずこういった商売は立地が大事です。ですからほとんどの認証機関はこの界隈とか銀座とか最低でも山手線内にあります。まさか三鷹とか大宮ではお客さんが来ません」
肥田取締役
「立地がいいところと言えば、大手町とか丸の内にある認証機関もあるな」
三木
「JQAは以前、この近くにいましたが今は丸の内ですね。(この物語当時。その後神田に移った)。重工ビルを借りていますね。重工ビルといっても所有は三菱地所でしょうけど
新興の外資系では新宿や山手線の外側に所在する認証機関もあります。小さな認証機関はマンションを事務所にしているところもあります。
おっと横浜などに所在しているのは昔から船級審査などをしていた会社で、決して都落ちとか上洛できなかったわけではなく、むしろ逆で名門、老舗です」
肥田取締役
「借りている面積も最小化しないと」
三木
「まあオフィスの面積はある程度必要でしょう。人員が決まれば必然的に必要面積は決まります。一人当たり3坪は必要でしょう。それにこの商売は会議室というか応接室が複数必要ですし」

*1990年頃の話である。音響機器の某A社が経営危機になって、本社の面積をものすごく狭くした。そこに勤めていた高校の先輩が「もう足の踏み場もないんだよ、通路もなく机のスキ間を歩いている」と言っていた。それが本当なら消防法や安衛法の事務所規則を満たしていたのかどうか疑問だ。なお、A社は2000年に倒産した。あの先輩はどうなったんだろう? もっとも今はとうに定年になって年金をもらっているはずだ。

肥田取締役
「家賃の値引き交渉もせにゃいかんな」
三木
「うーん、私も聞いただけですが、このビルのオーナーは某社員の親戚とかで、そのおかげでだいぶ安く借りていると聞きます。ここは新橋駅に近い一等地ですからね」
肥田取締役
「そうなのか・・・」
三木
「ええと人員ですが、基本的に審査員は出向受け入れとそこから転籍した者しかいません。営業もそうです。なにしろ狙う客層が業界団体とその関連会社ですから、そういったつながりのある人を雇用しているわけです。
一般事務は派遣です。派遣の費用は世間並みですね」
肥田取締役
「契約審査員はどうなんだろう?」
三木
「契約審査員には二通りあります。ひとつは出向受け入れした人が60歳になると子会社であるナガスネMS社に転籍させ、そこで63歳になった人でやる気のある人が契約審査員となるケース、もうひとつは社外の審査員あるいは主任審査員資格のある人を契約審査員とするケースです」
肥田取締役
「なるほど、契約審査員を多くすれば人件費が薄まるわけだ」
三木
「そりゃそうですが、そういう発想ではこの会社の存在意義の否定になってしまいます」
肥田取締役
「存在意義の否定?」
三木
「この会社は業界傘下の企業の遊休人材の受け皿でしょう。肥田さんも私も」
肥田はしばし無言だった。
やがて肥田が口を開いた。
肥田取締役
「契約審査員は人手不足のときだけ依頼するんだろう。じゃあなるべく多く契約していればいいじゃないか」
三木
「囲い込むということはそれだけ仕事を出さなくちゃなりません。彼らも生活しているわけですから、依頼する仕事がなければ向こうから切られますよ。まあ月に10日もあればいいでしょうが、数日しか仕事がなければつなぎとめることができません」
肥田取締役
「本社の人を減らすというのは」
三木
「そりゃいいアイデアです。役員を半分にしたら即座に年5000万以上減りますね。アハハハハ。規模からして、取締役が10人は多すぎますよ、
事務は完全にシステムを見直すとかしないと今より減らすというのは難しいのではないですか。それに派遣ですから半減しても取締役ひとりふたり減らしたくらいにしかなりません。
営業は人数よりもアウトプット次第でしょう」
肥田取締役
「うーん、人件費の最適化というのは難しいのか・・・」
三木
「ウチの定款には認証サービスの提供とありますが、単純にそれに基づき効率化・利益最大化を目指したら、今の人員構成とは真逆になるでしょう。つまりオーバーヘッドを極小化し、契約審査員を最大化し、安価で審査を行い規模拡大をはかる。現実にはそれが利益どうこうでなく、この業界で生き残る唯一の選択肢ではないかと思います。
それはノンジャブ、あっノンジャブってご存知ですよね、その戦術はノンジャブの立ち位置そのままです。つまり最終的にはそういう道しかないだろうと思います」
肥田取締役
「ノンジャブってのはあれだろう、安かろう悪かろうっていう」
三木
「それはノンジャブの脅威を感じている人たちが言っているだけで根拠はありません」
肥田取締役
「ふーん、ともかくノンジャブと同じ方向は、遊休人材の受け皿という真の目的達成からできないということか」
三木
「そうです。しかし遊休人材の受け皿であるということは、恥でもなく悪いことでもありません。会社でも財団法人でも建前だけでは存在できません。日本でNPOがドンドン増えているのは引退した人たちは肩書が欲しいからという説もあります」
肥田取締役
「NPOはともかくとして、それじゃ契約審査員をなくしてしまうとかしたほうがいいじゃないか?」
三木
「それも選択肢でしょう。しかし契約審査員の多くはISOコンサルをしているので、彼らが紹介してくれる仕事も欲しい、審査員の賃金も薄めたいといういろいろな思惑があって今の比率があるのでしょう。このあたりは私はなんとも言えません。取締役レベルでどうお考えなのか私は知りませんから」

*その後、コンサルと認証機関の関係の公明化が求められて、この辺はいささか複雑になった。まあいきさつはあったが形を変えて今も存続している。


肥田取締役
「しかし受け皿というなら63を超えた人は契約審査員にしないで、その分は新たに出向受け入れした方がいいようだな。人件費の半分は補てんされるということなら」
三木
「どっちみち60で定年ですから、それ以降は人件費の補てんはありません。
ですからそこんところはウチの経営判断です。審査員を育成するにはある程度時間が必要です。私がここに来て8年になりますが、正直言ってやっと一人前になったというところでしょう。
考えてみてください。大卒で入社して一人前になるのは30前後でしょう。それと同じですよ。50代前半で審査員になったとして一人前にしてそれまでにかかったものを回収しようとすると65くらいまでは働いてもらわないとなりません」
肥田取締役
「じゃあ受入年齢をもっと早める、50くらいにすればいいのだろうか?」
三木
「それは受入側としてはメリットがあります。しかし出る人間としてはショックではないでしょうか。つまり選別される年齢が下がるわけです。もう少し上まで行けるかなと頑張る年齢が下がるわけで、それに本体としても50代前半まではまだ使いでがあると考えているわけでしょう。役職定年というのはそのあたりから決まっているのだろうと思います。
まあ、そのへんは人事処遇を全体的に考えなければならないでしょうね。あまり若ければ本体のモラールの低下、組織の活力の低下ということになるかもしれませんね。
いずれにしてもそれはウチから見て考えてはいけません。本体から見てどうかという観点で考えないと。こちらより本体の事情が優先するでしょうから」
肥田取締役
「なるほど三木さんはいろいろとお考えなのですなあ〜、当然、改善のアイデアもいろいろとお持ちでしょう。ぜひとも教えていただけないですか」
三木
「考えているというか感じていることは多々あります。過去より発言しているのですが、多くの方は同意されても実現することは非常に困難ですね」
肥田取締役
「どのような策ですかな?」
三木
「ひとつは社員の意識の一体化といいますか、価値観の統一です。ウチは業界10社が作った会社で、10社から出向を受け入れています。それでご存じのように出身母体の数からナガスネには10個師団あると言われています。社長の方針より師団司令部が優先するのです。
実際社員はこの会社のトップの意向よりも、派遣元の上司あるいは元上司の方を見ています。なにしろ賃金の半分を補てんしているのは出向元ですからね。だからここの社長が何かを打ち出してもそれに従う気にならない。トップのコミットメントが徹底しないなんて17021不適合ですね アハハハハ」
肥田取締役
「17021とは?」
三木
「認証機関に対する要求事項ですよ・・・フフフ」
三木が笑うのを見て肥田が聞く。
肥田取締役
「三木さん何がおかしいのですか?」
三木
「同一労働同一賃金なんて言葉がありますがね、」
肥田取締役
「そりゃ言葉だけではなく法の精神じゃないですか」
三木
「ウチから出向してきた人には事業所長級だった肥田さん、部長級だった私、あるいは課長級だった人とかいろいろいるわけですが、元の地位によって今の賃金が決まっているのです。部長だった人はそれなりに、課長だった人はそれなりに。同じ審査をしていて賃金が違い、その差はどうにもならないわけですからこれは問題でしょう。
おかしいことは他にもあります。A社の部長だった人とB社の部長だった人は賃金が違います。会社によって元の賃金が違うけれど、出向前の賃金が保証される。そうそう、役職定年以降賃金が下がる会社はここに出向しても賃金が下がるし、賃金が下がらない会社からの出向者は賃金が下がらない。
肥田さん、同じ仕事をしていても審査員としての力量とは無関係なんですよ。ですからやる気がない人がいてもおかしくないし、課長級だった人がアルバイトというか副業のコンサルに精を出しても批判できません」
肥田取締役
「そうなのか・・・」
三木
「社長なり取締役なり、方針を打ち出してみんなを引っ張っていこうとするなら、その指示に従えばそれなりに処遇されるという保証というか見返りがなければついてきませんよ。当たり前ですが」
肥田取締役
「三木さんのお話を聞くと八方ふさがりに聞こえる。それじゃ三木さんはいったいどうしたら良いとお考えなのですか?」
三木
「一発逆転のアイデアはありませんね。しかし最低限、基本的なことをしなければならないということは認識しています。」
肥田取締役
「基本的なことって?」
三木
「正しい規格解釈とか、審査報告書はISO17021で定める要件を満たすとか」
肥田取締役
「それはウチが正しい規格解釈をしていないとか、一万なんちゃらとやらを満たしていないという風に聞こえるが」
三木
「その通り満たしていないのです。だからナガスネ流と揶揄されているわけで」
肥田取締役
「うーん」
肥田はしばし沈黙の後
肥田取締役
「三木さん、今日はだいぶ時間を取らせてしまった。別の機会にそのあたりについて教えていただけないですか」

三木は肥田も悪い人間ではないような気がしてきた。要するに実態を理解していないだけなのだろう。
そして周りの人間がその実態を教えてくれないのだ。いや、まわりの人間も実態を認識していないという恐れも多々あるのだが・・
そして肥田が現実を認識したところで、今までの取締役よりも改善できるとも思えなかった。

うそ800 本日の言い訳
原価構成とか費用について一覧表にまとめろという声がありそう。もちろん指摘されるとその通りですが・・
まあ、突然の話し合いという状況ですから、このほうがリアルかなと思ってこんなふうに書いたわけで・・
いやいや、正直言うとあまり細かく書くとボロが出そうで・・それと契約審査員の日当などはときと共に変化しているので具体的な数字は書けません。


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