審査員物語51 大震災その4

15.10.12

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。

審査員物語とは

震災の翌週の三木の予定は岩手県と宮城県の2社の審査であったが、当然中止となった。それで手の空いた三木は会社にいて被災地の企業への状況問合せなどをしている。震災から10日ほど経ったある日、三木が家に帰ると玄関まで迎えにきた陽子が表情のない顔で話しかけてきた。

三木の妻
「あなた、ちょっと相談があるのよ」
三木
「なんだろう」
三木の妻
「ご存知かもしれないけど弟の奥さんの妹なんだけど、福島の農家に嫁いでいるのよね。今日電話があってね、お子さんが小さいのでウチに避難させてほしいっていうの」

三木は言わんとしていることは分った。
三木
「ええと名前はユミさんだっけか? うちにまで話しが来るようじゃ他をあたった末のことなんだろう。お子さんはいくつなんだ」
三木の妻
「年長さんと小3ですって。ウチは娘も出ちゃったから部屋は空いているし・・・とりあえず原発の問題が安定するまでというのだけど」
三木
「避難してくるとして、世話はどうするのだろう。子供だけ来て陽子が面倒を見るというのもできないだろう」
三木の妻
「ユミさんも一緒に来るというの。部屋だけ貸してもらえれば炊事も洗濯も自分たちでするっていってますけど」
三木
「俺は出歩くのが商売だから陽子が全部面倒見ることになるんだけど、大丈夫か?」
三木の妻
「まあ、それはお互い様よね」
三木
「わかった。俺はいいよ、というか俺たちにできることはそれくらいしかないだろうねえ〜
いつから? 部屋の片づけをしなくちゃならないね。それから4月以降もとなると小学校のこともあるだろう。幼稚園のほうは今からじゃ無理だろうねえ」
三木の妻
「そのへんは市に問い合わせてみましょう。それじゃ今晩返事をして細かいこと詰めますね」
三木
「来るとなると電車なの?」
三木の妻
「新幹線も東北道もダメですが、4号線は大丈夫だそうよ。それで旦那さんが奥さんと子供たちを乗せて来るって。兼業農家だけど旦那さんは公務員だから復興のために仕事しなくちゃならないんですって」
東北自動車道開通は13日後、東北新幹線の運転再開は49日後であった)
三木
「ガソリンとか大丈夫なの? 手に入れるのが困難だと聞くけど」
三木の妻
「そうなのよ、お住まいの近くではまだ給油所が営業しているところがないそうだけど、それでも4号線まで出れば大丈夫らしいの。こちらに来るときは途中で給油できるだろうって」
三木
「あのさ、途中まで、そうだなあ大宮あたりまでウチの車で迎えに行くことにしよう。いやもっと先、宇都宮あたりで落ち合うことにしたらどうかな。そのへんがちょうど中間地点だろう」
三木の妻
「どうしてまた? 宇都宮っていったらここから200キロはあるわよ。あなたは運転が好きなわけでもないのに。荷物を積み替えとかよけいな面倒が増えるだけじゃないの」
三木
「いやさ、いろいろ聞いているだろう。東京や横浜では福島ナンバーをみると、車に傷をつけられたり福島に帰れと言われたりしているそうだ。福島県の人や車は放射能をまき散らすと思われているんだろうなあ」
三木の妻
「セカンドレイプみたいね」
三木
「まったくだ。万全を期すならこちらが福島まで迎えに行った方がいいけど・・・栃木県あたりなら福島ナンバーに免疫があるだろうと思ってさ」
三木の妻
「そんな話を聞くと私もその方がいいと思いますね。相談してみます」

私の義妹の嫁ぎ先は事業をしていて、週に1回程度、福島から東京までトラックで行き来していたが、震災以降は休憩した時、車に傷を付けられたり落書きされたりした。それまでそんなことはなかったという。
ちなみに千葉県では福島から避難してきた子供がいじめにあう事件があった。ひどいもんだ。同じ日本人とは思えない。福島県人だからというわけではないが、そういう報道を聞くと怒りで頭に血が上る。そういう輩を放射脳というのだろう。
なお、いじめの原因は放射能のせいではなく避難してきた子供が方言を話すためだという説もあった。
放射脳は鼻血が出るよ
放射脳の人は鼻血がでるよ

*放射脳(ほうしゃのう)とは2ちゃんねるから使われ始めた言葉で、東日本大震災に伴う福島第一原発事故により発生した放射能被害に対し、事実を曲解・誇張して放射能の脅威を主張し、差別行動を起こす人々を指す呼称である。
具体例を示すと、小沢一郎、山本太郎、雁屋哲、坂本龍一などであろう。
放射脳の方は、福島に住むと放射能で大変なことになる、福島県から逃げろ、鼻血が出るぞとおっしゃる。不思議なことに私の血族、姻族、元同僚、元隣人で鼻血が出た人は一人もいない。


二日後に三木は休みを取って陽子と二人で結城まで迎えに出かけた。先方と話した結果、落ち合う場所を結城市になったのだ。少しでも三木が走る距離を短くしようという先方の気遣いらしい。
2年前、陽子の希望でセダンからワゴンにしたが、今まで車体が大きくガソリンを食うだけで良いことは何もないと思っていたが、今回初めてワゴンにして良かったと三木は内心思った。
息子も娘も出たので空き部屋はふたつあり、親子三人には十分だろう。翌日すぐに陽子は三人を連れて地元の小学校に相談に行き、市の窓口などを教えてもらいとりあえずの手続きをした。幼稚園の方はもう時期的に入るのは難しいようだ。ひと月ふた月なら自宅で面倒を見てもなんとかなるだろう。被災地にいてもすぐに幼稚園が始まるとも思えないから同じことだろう。
結局、三木がなにをするということもなく避難者がいてもいなくても三木の生活は変わらない。一度夕食時に休みにディズニーランドに行こうかと言って、妻の陽子にディズニーランドも地震で被害を受けて営業していないのを知らないのかと叱られた。
結局新学期が始まる前に原子炉が安定したとのことで、三人は福島に帰っていった。三木は再び結城まで送っていき、分れに子供たちにディズニーランドが営業再開したらまたおいでと言った。


震災から半年が過ぎた。岩手、宮城、福島は大変な状況ではあるが、日本全体はほぼ正常に戻りつつあった。ナガスネ認証も北海道や東京以西は今まで通り審査をしていたし、岩手県、宮城県、福島県でも重大な被害がなかった地域では多少審査時期や方法を変えてはいるが、今までと大きく変わることもなく審査を行っている。
そんな状況を見ると、東日本大震災は局地的で重大ではないように見える。そう思うのは、それがいかに重大かということを認識できないか、認識したくないという気持ちもあるのだろう。
三木も今まで通りの業務を続けている。自分自身にも仕事にもほとんど影響はなかったように感じていた。

久し振りに三木が会社にいると朝倉がやってきた。
朝倉審査員
「三木さん、雑談する暇あるかい?」
三木
「朝倉さんがそんなことを言うとはどうしたのかな? いいとも」

二人は給茶機でコーヒーを注いで空き会議室を見つけて座る。
朝倉が話を始めないので三木が口を開いた。
三木
「朝倉さん、なにかあったの?」
朝倉審査員
「重大なことではないですが・・・同期で入った茂木君が辞めるそうだ。それで同期のメンバーで送別会をしようかと思いまして」
三木
「ほう!彼は我々よりも若いはずだよね」
朝倉審査員
「そう、たぶん58くらいじゃないですかね。まだ定年になっていません、というかまだナガスネに転籍してなく出向の身分ですよ」
三木
「そんなに若いのになんで辞めるんだろう」
朝倉審査員
「先だって被災地の会社への問い合わせのとき三木さんが彼をいじめたからじゃないですか」
三木
「えっ、ああ、あれか・・・だってあれは当然だろう」
朝倉審査員
「冗談ですよ、冗談。あのね、三木さんと茂木君はこのところ入れ違いだったからご存じないと思いますが、彼はひと月ほど前でしたか、1週間くらい宮城県にボランティアに行っていたのです」
三木
「ほう!ボランティアをねえ」
東北復興に微力を尽
くすと決心しました
それで会社を辞めます

茂木審査員
朝倉審査員
「そして目覚めちゃったんですよ」
三木
「目覚めた? はて」
朝倉審査員
「被災地のために働くことこそ自分の仕事、天命であると悟ったようです」
三木
「ほう」
朝倉審査員
「そいで彼は出身会社を定年前に退職して、向こうに住んで復興支援に働くことにしたそうです」
三木
「それはまた決断だね」
朝倉審査員
「まあ人それぞれ事情が違いまして、彼は独身で身一つなんですよ。それから彼の会社は早期退職の場合、割増退職金とかいろいろと有利になるらしく本人としては自分に合っていると思っていない審査員を辞めて無償で働くこともそんなに抵抗がないようでした」
三木
「ほう、しかし大したもんだ。私にはできませんよ」
朝倉審査員
「私はここに来てから約9年、彼の仕事ぶりを見ていて、はっきり言えば不真面目な男だと思っていました。しかしこの話を聞いて悪い人間ではなくこの仕事があわなかったのだろうと思いました」
三木
「なるほど、しかしボランティアに行くというのはよく聞くし、私の元の勤め先にも今回も活動している人もいる。しかし会社を辞めていくというのは初めて聞きました」
朝倉審査員
「先ほど言いましたように、金銭的にはそんなに損になる話でもないし、自分が生きていくだけなら心配ないということなのでしょう
しかし私は驚きましたよ。茂木君けっこう純真な人物なんですね」
三木
「既にボランティアに行っていたとは知りませんでした。さすがというべきか」
朝倉審査員
「元々というかそもそもというか、彼はこの仕事が好きじゃなかったそうで、震災がなくても元の会社の定年60歳になったら仕事を辞めてのんびりとするつもりだったらしい」
三木
「でも定年になってもすぐには年金がでないから大変だな」
朝倉審査員
「三木さん、彼は独身ですよ。三木さんだってお子さんを育てて大学、あるいは大学院まで出せば大変なお金がかかったはずです。一人者ならそれがまるまるあるわけですから年金までなんて心配することはありません」
三木
「そうか、でも震災復興の支援のために身を捧げるとは見上げたもんだ。少なくても私にはできないな」
朝倉審査員
「私も震災復興に少しでもお役にたちたいと思っています。でもそれはボランティアに行くのもあるでしょうけど、普通に仕事や生活していても貢献することはできると思います。三木さんだって先日、ご親戚の方が避難してきたとかおっしゃったでしょう。そういう方法もありますし、被災地の農産物を買うとか」
三木
「なるほど、ボランティアばかりが震災復興支援ではないということか」
朝倉審査員
「駅で見かけたのですが、『東北を旅するという支え方がある』なんてコピーがありましたね。なんでもいいんじゃないですか。変な話ですが金は天下の周りものですから、お金を使うことが日本の景気対策、震災復興につながると思います」
三木
「おっと話がそれたけど茂木さんの激励会はいつですか? ぜひ参加させてください」



土曜日の昼過ぎ、陽子が買い物に行くというので三木は荷物持ちとして付き合う。 蕪 三木の自宅からスーパーまでは歩いて数分、車で行くには近いし買ったものを持ってくるのはけっこう大変という中途半端な距離だ。ミルク1リットル、キャベツ、大根それに冷凍食品を何個か買うとけっこうな重さになる。
高齢者はキャリーバッグを持っていくとか、自宅までの配送を頼んだりする人もいる。陽子はまだそこまで弱ってはいないようだが、立ってる者は親でも使えということわざに倣って、三木がごろごろしていると一緒来てよと誘うのである。

三木はスーパーのショッピングワゴンを押して陽子の後をついていく。
野菜売り場で陽子があれこれ見ているので、退屈した三木は他のお客さんをながめていた。一人の主婦がひとつひとつ手に取りラベルを見ている。 レタス やがてフンといった様子で手にした野菜を放って去っていった。
いまどき中国産を嫌う人は多いから産地を確認したのだろか。三木だって中国産のニンニクとかタケノコなんて食べたくない。主婦がその棚を離れたので何を見ていたのかと手に取ると産地の欄はすべて福島県産とかいてある。なるほど福島産の野菜は買わないということか。放射能が危険だとマスコミや市民団体が言っているからなあ〜
陽子が豆腐とか油揚げを持ってきてワゴンに放り込むと、野菜の棚から無造作にいくつか手に取ってワゴンに入れた。そして次の魚売り場に進む。

三木は陽子に追いついて話しかけた。
三木
「あのさ、陽子は福島産とか気にしないのか?」
三木の妻
「なーに言ってるのあなたも、復興支援というなら被災地の産物を積極的に買うべきじゃない」
三木
「いやさ、あの放射能が危険だとか言っている人が多いからさ」
三木の妻
「確かにそういう声も聞きますけど、放射能が危険かどうかはどうなんでしょう。政府が安全だと語るのが本当なのかウソなのかわかりません。ですけど一応基準がありそれをチェックする仕組みがありそれで流通しているものなら安全だと判断してもおかしくないでしょう。
あなた知っている? 某スーパーでは中国産や韓国産の産地を表示しないで国産と思わせて売っているとか話題になったでしょう。それに居酒屋とかファミレスで出すものは中国産がほとんどでしょう。中国産と被災地産どっちが危険かといえば、仕組みが整備され運用されていると信頼される被災地産をとりますよ、私は」

三木は陽子がけっこう考えているのだと感心した。
ところで中国産の食品が嫌われるのはなぜか?
そもそもは有毒農薬とか抗生物質を使っているとかいうことがきっかけだったと思う。いや、現実に日本で食した人に被害が出たからだ。そしてその原因が究明されない。さかのぼると栽培や養殖の状況、管理レベルがわからない、 ロシアンルーレット 業者や国が公報することが信用できないということが重なってのことだ。中国産食品を摂ることはロシアンルーレットに挑むようなことなのだ。そしてその当たる確率は宝くじどころでなく、6連発リボルバーの6分の1かどうかはともかくとてつもなくアブナイということだ。その結果、中国産食品はアブナイという逆ブランドを確立し忌み嫌われるようになったわけだ。
福島産食品はどうなのだろう?
放射能が危険だというのは分る。しかし現時点、福島産食品を摂って放射能被害が出たという人はいない。放射能の検査は農協や国が行っていて一定基準以下であることは間違いない。もちろんその基準が適正か否かはわからないが、基準があり手順があり運用されていて市場にあるものはその基準以下であることは間違いない。それで忌み嫌われるということは感情論ではないか?

三木はハット気が付いた。
ISO認証もまったく同じだということ。今日本ではISO認証というものがブランドとして確立していない。それはなぜだろうかとなると・・・
ISO認証というものは基準となる規格は明快だし、審査スキームもそれなりに整っている。審査の運用はどうだろうか? まあ福島の農産物の放射能検査ほどしっかりしているとは思えないし、審査のバラツキは放射能検査に比べたら大きいことも否定できない。となるとISO認証がそれほど信頼されていないということは運用にばらつきがあるからだろうか?
いやちょっと待てよ、
元はと言えば、認証してもその効果というか、品質なり環境事故なりにおいて認証していない企業に差別化ができなかったことにある。ということは規格要求が低すぎるのか、審査スキームの網の目が大きすぎるのか、運用がしっかりしていないからか? 果たしてどれなのだろうか?
あるいはそうではなく、ISO認証あるいはその内容が一般消費者に知られていないだけなのだろうか?
今現在、ISO9001でも14001でも一般消費者にとって購買時に参考する情報と位置付けられていないのは単なる広報不足なのか、どうなのだろう。
いずれにしてもその原因というか因果関係がしっかり究明されないと前進はないと三木は思う。
福島産の野菜をみて手を離したあの買い物客の放射能についての判断が正しいかどうかはともかく、あの主婦は産地表示は信頼していたわけだ。少なくてもISO認証も産地表示くらいは信頼されて買い物の際に考慮されるようにならないと存在意義はないなと三木は思った。

帰り道、三木は買い物袋を両手に持って歩く。陽子は手ぶらだ。右側の袋には牛乳1リットル、グレープフルーツジュース1リットル、大根その他で3キロ強、左の袋は冷凍食品と肉、卵でやはり3キロ強、陽子が持って帰るには重すぎるなと三木は思う。
妻が話しかけてきた。
三木の妻
「昨日の夜、ウチに避難していたユミさんからまもなく新米がとれるから送るよって電話が来たのよ。玄米がいいのか白米がいいのかと聞いてきたの」
三木
「ウチは5分つきくらいがいいなあ。上白は栄養が少ないっていうじゃないか。といって玄米でもらっても精米機まで行くのが大変だ」
三木の妻
「私もそう言ったわ。うまくすると来年もお米がもらえるかもしれないね」
三木
「福島の米も売れ行きが悪くなるのだろうね」
三木の妻
「そうよねえ。ユミさんも心配していたわ。米作農家ですからね」
三木
「さっきのスーパーでも見かけたけど福島の農産物を拒否する人がいるようだね」
福島の農産物の売上は震災以降低迷している。みんなで復興を支援しましょう!
福島県農産物産出額
「ふくしま復興の歩み(2014年版)」より引用
三木の妻
「何が本当に危険なのか分らないというか、感情的なものでしょう」
三木
「聞くところによると韓国のソウルの放射能は日本よりはるかに高いというじゃないか」
三木の妻
「私もけっこうそれに関するものを読んでいるのよ。韓国旅行はわざわざお金を払って福島の避難区域より放射線量の高いところに旅行するようなものだと語っている人もいるのよ。
原発反対という人が多いけど、単純に火力発電に切り替えれば、火力発電所の煙突から石炭起因の放射性物質が大気に放出されるというじゃありませんか。じゃあ太陽光だともてはやす人もいますが、まさか太陽光発電が原発の代替えになるはずがありません。原発1基の電力を太陽光で作ろうとすると7.6キロ四方の太陽光パネルが必要になるそうですよ。
今回被害を受けたいわきにある原発だけで10基、580km2ということはパネルの隙間や周辺の面積を考慮すると600だから・・・ええと福島県の面積の5%になるわ、まあ現実的ではないわね」
(参考:九州電力ウェブサイト)
三木
「それって日中の発電を単純計算しているだけだろう。夜はどうするのよ。日中に夜の分まで発電してもそれが夜間に使えないと困るよね」
三木の妻
「どうすんでしょうねえ〜、揚水発電とか考えるんじゃないですか。」

*日本の揚水発電設備は世界最大規模だという(ウィキペディアによる)。
しかし実際の稼働は3%程度にとどまっている。なぜなら揚水する貯水量があまりにも少なく保存できるエネルギー量が少ないのだ。もし太陽光を増やして余剰を夜間に使うことにするなら、各県にものすごい人造湖を作らなければならない。あるいはまったく新しいエネルギー保存方法が発明されるのを待つか、それとも原始時代に戻って日の出とともに起きだし、日の入りには布団に入るという生活に戻れば太陽光だけでも生きていける。方法がなければそれを選択するしかない。

しかし、待てよ
夜間に揚水ダムから落下する水で発電するにも神奈川県だけで100万キロワット級の水力発電所を10基作らなければならないことになる。
そんなことが可能か
ちなみに日本で100万キロワット以上の揚水水力発電所は10カ所くらいしかない。つまり全県にそれくらい作ることになる。それも単に発電機アンド揚水ポンプだけでなく、それだけの水を湛える湖を作らなければならない。そのダムの大きさは1キロ四方で深さ100mは最低必要になる。(多々良木貯水池の場合)
おっと、気がついた太陽光発電信者はダムを作ることに反対してはいけない

原発反対論者は「原子力発電所には揚水発電所が必要になる」というが、
太陽光発電では揚水発電所がないと機能せず、風力でも欲しくなることに
は口を閉ざす。
どうしてなの
三木
「陽子よ、風力ならどうなんだい?」
三木の妻
「風車の規模によって違うらしいけど、一般的な風車を並べると原発1基分で214km2必要になるそうよ。羽根がぶつかるほどでなくてもあまり風車を密集させると相互に影響して効率が悪くなるそうなの。
神奈川県が使用する電力は原発10基分だから2140km2、それってほとんど神奈川県の面積(2416km2)と同じよ。まず実現不可能よね」

*100万kWの原発の発電量は、稼働率が8割とすると年間70億kWhになる。神奈川県の年間消費電力量は644億kWhで原発10台とだいたい同じになる。
つまり神奈川県は太陽光で電力を賄おうとすると県全体の3割に太陽光パネルを敷き詰めなければならない。
風力発電風力発電風力発電

もちろん日中発電した余剰を揚水池などに蓄えて夜間に消費することとする。そのための揚水池と発電所はどこに作るかはあなたが考えてください。東京都とか千葉県にという選択はありません。そちらも自分のことで手いっぱいでしょう。
風力で電力を賄おうとすると県全体、山にもビーチにも都市にも田畑にも道路にも風車を建てまくらないと、己が消費する電力を作れないことになる。
坂本龍一

そのとき放射脳の坂本教授は風車の谷間でさっそうと演奏をするのだろう。
そして観客は風車の騒音の中で音楽を楽しめるというわけだ。



三木は今までそういったことを調べたことはなく、陽子の知識に驚いた。

三木
「なるほど、原発の良し悪しはともかく、自然エネルギーに切り替えますなんて簡単には言えんなあ〜」
三木の妻
「私は発電だけでなく、世間でエコとか言われているものに懐疑的なのよね、
今ハイブリッドカーがエコだと言われていますけど、車の生涯に消費するエネルギーを考えると従来タイプのものとあまり変わらないのではないかと思うのよ。そのエネルギーを希少資源採掘とか電池生産など初期的に消費するか、あるいはガソリン燃料として生涯にわたって少しずつ消費するかの違いのような気がするの。だってお値段がお値段でしょう。お値段と消費エネルギーというのは密接な関係があると思うのよね。本当に省資源、省エネルギーなら、車の値段が安くなければおかしいでしょう」
三木
「そんなものかな?」
三木の妻
「まったくのあてずっぽうというか女の直観なんですけどね、昔の車がリッター10キロとかしか走らなかったけど、当時の単純素朴なエンジンとか車体とかを考えると、ライフサイクルで消費する資源とエネルギーは今リッター30キロ走る車と変わらないような気がするのよ。
省エネのために希少資源や生産にエネルギーを使うのと、原始的な機械で効率が悪いのと天秤にかけるとあまり変わらないような気がしますよ」

頑張れ日本 男である三木は女の直感が働かないのでわからない。車メーカーがライフサイクルを通じての省エネ、省資源のデータを出しているのを見るとものすごく改善されて明日にも循環社会が作られるようなことを語っている。
家庭用太陽光パネルを作っている電機メーカーも数年で投資を取り戻せるという。だけど国家的な補助金制度が終わったとたんに家庭用太陽光発電パネルを設置する家がなくなってしまったのを見ると、とてもそんなことを信じられない。投資を回収するのに20年かかるなんてしろものなら企業では導入を決裁するはずがない。それも補助金があってだ。補助金がなければ回収に40年かかり、設備の寿命が20年ではできの悪いジョークでしかない。
三木もエコ製品なるもののほとんどがいいかげんな嘘800に思えて仕方がない。しかし陽子も勉強しているものだと三木は感心した。これなら陽子が放射脳に洗脳される心配はなさそうだ。
おっとそんなことを言ったら「あなたこそ心配です」と返されそうだ。

うそ800 本日のネタ
「オイオイ今回の話はISOとは関係ないし、お前には似合わないぞ」なんて突っ込みがあることを予想する。
ちょっと待ってください。私は小説を書いているわけではなく、自分の主張を叫ぶためにこのウェブサイトを開設したわけです。ですから一福島県人としての考えと感情を叫ぶことをお許しください。
ここの内容は震災直後の我が家と職場での体験にちょっとフェイクを入れただけです。私はまったくの想像で書くことはできません。


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