審査員物語52 大震災その5

15.10.15

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。

審査員物語とは

震災から1年が過ぎた。三木も震災後に避難してきた妻の姻戚のお宅にお見舞いに伺ったことがある。その時はまだ周辺の家々の屋根や壁をビニールシートで覆っていたり、墓石やブロック塀が倒れていたりして大変な状況だった。行ってはみたもののお手伝いできることもなく、何もせず帰ってきてしまった。
しかし1年経過した今では、被災地に審査に出かけたときには東日本大震災をいやでも思い出すが、日常の生活ではもう東日本大震災のことを三木が思い出すことはなかった。駅でJRのポスターを見たり、東日本大震災で捨てられた(飼い主を失った?)犬猫を救うためにカンパしてくださいという声を聞いても感情移入することもなくなった。不人情のようだが、それが一般的なレベルだろう。

*震災から5年経過した今でも犬猫を助けるために募金をしているが、もう犬猫の寿命を超えているのではないかという気がするのだが?

1週間ぶりに三木は会社に顔を出した。今日は判定委員会があり審査リーダーを勤めた三木はそこで説明をしなければならない。もう何年も前から維持審査の報告は審査部長が報告書を確認すればオシマイという方法に簡易化されたが、新規の場合はまだ判定委員会で審議することになっていた。とはいってもそれも形式だけだ。20世紀のように、環境側面の決定方法がどうとか、環境目的目標が低すぎとかいちゃもんをつける、いや細かいところまでチェックする判定委員はいない。ISO14001の認証が始まった頃は、認証機関も箔をつけるために大学教授とか企業の経営者に日当を払い弁当を出して判定委員を委嘱していたそうだが、価格競争も激しくなった今ではそんなお金のかかる優雅なことはやっていられない。判定委員はすべて社内の人である。指名された者が数名集まって書類に不備がなく、報告書におかしなところがなければおしまいだ。だから審査リーダーも細かしいことで突っ込まれることはなく、審査でトラブルがなければほとんどフリーパス状態になった。会社としても審査リーダーに余計な手間ひまをかけさせずに、その時間、審査に励んでもらった方が良いのだろう。

昼前に判定委員会も終わり、午後は自席で明日からの審査の準備をしていた。そんな三木の様子を見て潮田取締役がやってくる。
三木は潮田が歩み寄ってくるのを目にして、心中舌うちした。また面倒なことを仰せつかってはたまらない。

潮田取締役
「三木さん、ちょっとお話しても良いですかね?」
潮田取締役
私が潮田取締役である
三木
私はいつも迷惑しているよ
三木
「あなたの願いは私にとって命令です」
潮田取締役
「おやおや、三木さんにしては殊勝なことを」
三木
「いやいや昔読んだ恋愛小説のセリフですよ」
潮田取締役
「あなたの言葉は私にとって道しるべですよ」
三木
「あまり難しい話を持ってこないでくださいね」

潮田はマグを持って三木の隣の空いている席に座る。座るなり潮田は話を始めた。
潮田取締役
「ISO認証はここ数年減少が続いています。私も営業部長としてなんとかしようと考えています。そして更なる問題なのですが、昨年大震災が起きてからひどく落ち込んでいてISO9001も14001も今年は最盛期に比べて15%も減少になりそうです。今後も減少は続くでしょうし」
三木
「それで起死回生の手を考えろということですか?」
潮田取締役
「そのとおり、と言いたいけど、いくらなんでも三木さんだってそんな策はお持ちじゃないでしょう。とはいえ三木さんにおすがりするしかないという状況でして」
三木
「潮田取締役、冗談を言っちゃいけませんよ。そんなにアイデア豊富であれば自分で会社を作ってますよ」
潮田取締役
「ともかく認証件数が毎年2〜4%減っているんだ。もっとも認証件数の減少はウチだけでなくどこも同じだけどね」
コーヒー
潮田はそう言って一口コーヒーを含む。
彼も役員会や営業会議で責任を追及され売り上げ拡大を求められているのだろうと三木も少し同情した。
とはいえ、自分は営業担当じゃない。三木に話を持ってくるのはお門違いだ。
潮田取締役
「三木さん、溺れる者はといいますが、何かアイデアありませんかね」
三木
「つまり私は藁くず程度ということですか、まあ期待されていないほうが気が楽ですけどね。
私も元営業マンで事業の状況とか業界動向を気にするという習慣が身に染みついていまして、潮田取締役のおっしゃることは考えてはいるのです。おっと認証事業拡大というまではいかず、なぜ認証が減っているのかということです」
潮田取締役
「ぜひご高説を伺いたいですね」
三木
「まず東日本大震災が認証件数に影響を与えたかどうかですが、潮田取締役はどうお考えですか?」
潮田取締役
「そりゃあれだろう、認証には大きなマイナスの影響を与えたんじゃないか」

三木は引き出しからクリアホルダーをいくつか取出してその中から1枚抜取って潮田に見せる。
三木
「震災の前後数年の認証件数の増減ですが、グラフにするとこんなものです」

ISO増減グラフ
データ引用元
http://www.jab.or.jp/system/iso/statistic/iso_14001.html
http://www.jab.or.jp/system/iso/statistic/iso_9001.html

このお話は2012年時点ですから本当なら2013年以降の数値があるはずがありません。まあ、そこんところは目をつぶっていただくとして

潮田は紙を手に取りちょっと遠めでしげしげと眺める。潮田ももう老眼が入ってきたようだ。
潮田取締役
「このグラフではISO9001は2009年から2010年にガタット下がっているが、2011年には元に戻っている。年とありますが、いつ時点の数字ですかね?」
三木
「毎年末12月31日時点のJABの公表値です。それから元に戻っているといってもゼロじゃありませんよ、それ以前の減少程度になったということです」
潮田取締役
「なるほど・・・・このグラフを見る限りにおいては震災の影響はなかったということになるのでしょうか?」
三木
「そんな感じですね。2009年と2010年の減少ですが、これはリーマンショックの影響じゃないかと思います。リーマンショックのときは倒産件数が平年より50%増しくらいになっていますから、認証件数が5%減というのは妥当じゃないですかね」
潮田取締役
「リーマンショックは2008年だ。経産省の報告では2009年末には倒産は平年並みに減って落ち着いたということだけど」
三木
「認証件数に影響が出るには1年くらいタイムラグがあるのでしょう。つまり倒産した企業が、いや倒産しなくても企業が認証を止めたとして認証件数減となるのは翌年の審査のときですからね。リーマンショックは9月でしたから影響がはっきりしたのは翌年10月以降となるのではないでしょうか」
潮田取締役
「なるほど、そう言われるとそうだよなあ。
しかし仮に2009年から2010年の凹みはリーマンショックとの関連はあるとして、ISO9001に比べてISO14001が減っていないというのはなぜなんだろう?」
三木
「どうしてなんでしょうねえ〜、理由がわかりません。リーマンショックは外需に関わる企業に直接ダメージがあったが、内需相手の企業は間接的にしか影響がなかったというのはどうでしょう」
潮田取締役
「ISO9001が輸出関連だけでISO14001は輸出と関係ないということはないでしょう」
三木
「ISO14001は製造業でない流通、教育、行政などの割合が多いからかもしれません」
潮田取締役
「三木教授の新説だね」
三木
「あるいは14001は9001に比べて元々減少が少なかったので、リーマンショックでの減少がそれほど目立たないのかもしれません。よく見ていただくと分りますが、ISO14001だって2008から2009年はけっこう減少していて、2011年からは減少がとまっているように見えませんか」
潮田取締役
「なるほど、そう言われるとそんな気もする。程度の違いということで説明がつくのだろうか?
だけどそれがどうであってもこのグラフから両方ともここ数年、減少傾向にあるのは一目瞭然だね。2009年以降は前年より増えたことが一度もない、減る一方だ」
三木
「実は震災では認証が減っていないというデータもあるのです」

三木はもう1枚を潮田に渡す。



震災前後の認証件数
(2011年3月初めと2014年12月初め)

ISO9001
全国       94.8%
岩手県 267 252 94.4%
宮城県 488 474 97.1%
福島県 589 616 104.6%←増加している


ISO14001
全国       94.7%
岩手県 149 139 93.3%
宮城県 253 245 96.8%
福島県 380 370 97.4%

*この物語は2012年時点ですから2014年12月のデータがあるはずがありませんが、そこんところはご容赦を。

三木
「震災で大きな被害を受けたのは岩手、宮城、福島の三県でした。しかし・・・」
潮田取締役
「オイオイ、これってどうなっているんだ?
同時期の日本全体の認証件数は減っているけれど、宮城県と福島県は全国平均ほど認証件数が減少していない。ということは震災にも関わらず認証件数が伸びているということになる。こりゃいったい?」
三木
「まあバラツキというかゆらぎもあるでしょうから、現実は上記3県とも増減は全国平均と変わらなかったということではないでしょうか。つまり大震災は認証に対して影響しなかったということになりますか」
潮田取締役
「いやあ、驚いたよ。こんな数字があったのか」
三木
「驚くようなことじゃありませんよ。JABが公開しているデータです。
私は思うんですが、日本という国は偉大というか大きな国なんだなあと感じますね。あのような日本の歴史に残る大震災があっても日本の経済にはほとんど影響しなかったというのが現実なんですよね。日本は大国だと思います」

*前掲の経産省の報告でもリーマンショック時の倒産は増加しているが、東日本大震災で倒産件数が増加していない。これには私も驚いた。


潮田取締役
「ひょっとしてだが、震災で被害を受けた企業が、復興する原動力としてISO認証を受けたなんてことはないのだろうか? 省エネや効率化推進のためにISO認証が有効だとか。
もしそうだとしたらISO認証はすごい効果があると思われているということになる。このデータをISO認証の宣伝に使えないかな」
三木
「まさか・・・そこまでは期待されていないんじゃないですかねえ〜
実際は元から認証しようと予定していた企業が震災のために認証が1年遅れたということかもしれません」
潮田取締役
「ええと、そうすると三木さんとしてはつまりどういうご見解なわけですか?」
三木
「いやご見解なんてものはありません。単にいろいろな指標を集めて震災の影響について考えているというだけです。
ひとつは先ほども申し上げましたように、震災は認証のみならず日本の経済活動の各種指標に大きな影響を与えなかったということです。唯一震災によって大きな影響を受けたものとしては、一次エネルギーの比率で原子力がゼロになったことだけです。
ITショックとかリーマンショックの影響は確かに日本の国家レベルの経済指標に傷を落しましたが、東日本大震災の影響はそれよりも小さいのです。驚きませんか」

日本の一次エネルギーの推移
日本の一次エネルギー
*出典:資源エネルギー庁 ウェブサイト
潮田取締役
「元の会社で仕事していた時は好況不況の影響なんてワンクッション、ツゥークッションあったものだけど、認証機関ではもろに影響を受けるね」
三木
「潮田取締役はおくるみに包まれていたんですねえ〜、どの会社だって営業部隊は常に世間の風に吹かれてますよ。それも春風、恵風、追い風ってのは我が営業人生であったためしはなく、常に逆風、木枯らし、ブリザードですわ」
潮田取締役
「またまた、三木さんもキツイねえ」
三木
「ええっと、話を戻しますと大震災によって認証件数が減少したということはなさそうです。
もちろん潮田取締役のおっしゃったように、震災の被害を受けた企業へのケアを通じて我々の顧客の囲い込みと新規顧客の開拓というのは必要です。しかし震災だから認証が減ったという言い訳はできません」
潮田取締役
「うんうん、そうすると」
三木
「この数年の認証件数減は認証制度の需要がないのか、認証のブランドを確立していないのかという根本的なことをしっかり把握しなければならないということです。原因が分らなくては手の打ちようがありません」
潮田取締役
「うーん、それは以前からの問題だな」
三木
「そうです。もう2年前になりますか、潮田取締役から事業拡大について相談されたことがありましたね。」
潮田取締役
「そう言ってくれるな、この2年間、少しも前進がなかったように聞こえるよ」
三木
「結局、この業界はぬるま湯にいるのですね、努力しても効果が目に見えない。努力しなくても自分の代はなんとかなるだろうということで、何もせずに役員任期を過ごす。
死にもの狂いで頑張っているのはノンジャブだけではないでしょうか。JABを始めとするエスタブリッシュメントの認定機関、認証機関は出向者で固められていて、認証ビジネスが崩壊しても困る人はいないんじゃないでしょうかね」
潮田取締役
「オイオイ、それは言い過ぎじゃないか」
三木
「でも現実はそうじゃありませんか」
潮田取締役
「私一人の成果とは言わないけれど、いろいろと革新を進めてはいる。それは三木さんも分っているだろう」
三木
「確かに形式化、硬直化したナガスネ方式を脱却しようとか、判定委員会の簡略化、審査員の効率的活用などなど改善したことはあると思いますよ。
そうそう、審査報告書を手書きからエクセルにマクロを組んたのは潮田取締役のアイデアだそうですね。不適合の項番と不適合の証拠を入れると前後の文章はプルダウンして選べば良いという・・」
潮田取締役
「そうなんだ。大幅に手間が省けたと言われている」
三木
「あれを使って作成した審査報告書をご覧になりましたか?」
潮田取締役
「あの方法を導入するとき私もトライアルしてみたよ。なかなかのもんだろう」
三木
「ケチをつける気はありませんが、あのシステムで作文すると主語と述語が合わないとか、文章の意味が通じないとか、人様にお見せできないような文章が多くて困っています」
潮田取締役
「ええ、そうなのか?」
三木
「実は私はエクセルのマクロを削除して手書きで文字を入力しています。省力もいいのですが、あれは改善の余地があるではなく、改善しなければ使い物になりません」
潮田取締役
「それって・・・他の人の意見はどうなんだろう」
三木
「どうなんでしょうねえ〜、あのままでは企業から苦情が来るかもしれません」
潮田取締役
「わかった、すぐに確認する」
三木
「それと震災直後にお客様への問い合わせなどでもめたことがありましたよね」
潮田取締役
「うーん? ああ、被災状況を問い合わせたときのことか、思い出したぞ、工場が全壊したところに来週の審査は大丈夫ですかと言って怒鳴られたとか言ったな」
三木
「そんなことがありましたね。それと審査に行くと企業の方からいろいろなことが言われます。審査員を先生と呼ばないと返事をしないとか、審査員の言葉使いが部下に話すようだとか」
潮田取締役
「そんなこともあるのか。研修で敬語の練習を盛込むことにしよう」
三木
「潮田取締役、言いたいことはですね、礼儀作法というかビジネスマナーや敬語以前に、企業はお客様という認識を持たせないといけません。昔からお金を払う方がエライと決まっているのです」
潮田取締役
「それは分っていますって。私が来てからことあるごとにそういう話をしてきましたし、お客様から苦情を頂いたときには適切に対応してきたつもりです」
三木
「そうそう、苦情とおっしゃいましたが、インプット情報は審査後のアンケートでしょう。あんなものに本音を書く人ってあまりいないと思いますよ。実際に企業に行って担当者とひざを突き合わせて話をすれば審査や審査員に関する隠れた不満、苦情、本音を聞くことができます。
認証件数を増やすというか減らさない策とおっしゃいましたね。一般的に言えば現状の不満をなくすこと、それが最大最良の手立てだと思います。営業では新規顧客獲得には既存顧客維持よりも5倍のコストがかかると言いますからね」
潮田取締役
「つまりウチに対する潜在的な不満があって、それによってお客様を失っているということかな?」
三木
「私はそう考えています」
潮田取締役
「だけど他の認証機関に比べれば減少率は少ないのだよ。つまりウチは他社よりは不満が少ないと考えて良いわけだ」
三木
「それはちょっと違います。ウチは業界系ということで新規に認証する企業がまだまだ確保できているということです。毎年の変動を調べれば、ウチから他の認証機関に鞍替えしているのが、他の認証機関からウチに鞍替えしているよりも多いのと違いますか」
潮田取締役
「確かにそうだ・・・だけど三木さんはよく知ってますね」
三木
「審査員していれば体で感じますよ。他の認証機関からウチになったのと、昨年審査したけど今年は他社になったのがどちらが多いかというのは仕事していれば分ります」
潮田取締役
「なるほど、だけど潜在的な苦情というのはどのようにして調べるのだろう。顕在化していないから潜在なのだから」
三木
「東日本大震災のとき潮田取締役は実態調査をしろということで数社に調査に行かせたでしょう。私も二三社にお邪魔しました。ああいったことをするとか、審査とは別に完全に別部署から問い合わせするとか、それもなにか景品を出すとかすれば回収率も高まるでしょう。
よく顧客満足度が業界第一位とかどうとかウェブなどに大書している認証機関がありますが、あんなもんじゃなくて本当に顧客満足を高めるにはどうするかということを考えないといけません」
潮田取締役
「三木さんのお話を聞いていると重大問題のように思えるが・・・現実は顕在化してるわけじゃなくて問題の大きさをどう理解したらいいか分らんねえ〜」
三木
「まあ、それがはっきりしないと最初の一歩が踏み出せませんね」
潮田取締役
「いや、お忙しいところお手を煩わせて申し訳なかった。ええと、この資料は頂いてよろしいかな?
いろいろと検討させてもらうよ。あとでまたお話をお聞かせ願いたいですね」

三木は潮田取締役の後姿を見て、これではいかんなあとため息をついた。

うそ800 本日の不思議
東日本大震災とISO認証件数の関連についてウェブとかブログで書いている機関や人はいないかと検索してみたが、私のブログ以外に論じている人はいないようだ。
これはどうしたことだろう?
理由を考えてみたが・・・・
 (1)ISO認証と大震災の関連など考えつかなかった
 (2)そんなこと考えるまでもないと判断した
 (3)そもそもISO認証増減など気にしていない
さて、どれだろう?

うそ800 本日の不思議 その2
現役時代のことだが、ときどき認証機関各社のエライさんと話す機会があった。彼らは、新事業のこと、新規格で認証を開始すること、新しい審査方法なんてことを自慢していた。
私はそんなことより現在の審査における問題点、不満の解消をお願いしたのだが、そういったことには無関心だったようだ。
顧客満足を考えない企業が、顧客満足を評価できるのか、疑問であった。


審査員物語の目次にもどる

Finale Pink Nipple Cream