審査員物語59 改革

15.12.07

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。

審査員物語とは

時のたつのは早いもの、三木の退職まであと数か月となった。特命を受けて審査員の仕事が減ったが、その後指示された仕事は終わったものの審査に従事することもなく、三木はほとんどなにもせず会社にいる。今更審査の仕事をさせてくださいなんて自分から申し出ることもないだろうと、三木は開き直って個人的に仕事のマニュアルをまとめたりしている。自分の考えた手法や過去のトラブルなどをまとめておけば後任に役立つかもしれない。一顧だにされない可能性も大きいが。
誰が見てもヒマな三木をみてけっこう同僚や後輩から相談される。引退間近な三木は当然他よりも年長のわけだから、相談相手として適任だと思われるのだろう。相談事としては審査の問題、規格解釈のこと、社内の人間関係、社内外の手続きのことなど多岐にわたる。三木はヒマでもあるし親切に相談に乗る。肥田取締役も潮田取締役もそんな三木を黙認している。

三木がパソコンを叩いていると、住吉課長がやってきた。
住吉
「三木さん、ちょっといいですかね?」
三木
「どうぞ、どうぞ、私はヒマですから」
住吉
「ご冗談を、しかし三木さんが退職されたら相談相手がいなくなって困るなあ〜」
三木
「私のようなものに相談することありませんよ。住吉課長が迷うことがあれば職制に基づき管理者が決裁すればいいだけのこと」
住吉
「またまた三木さんも皮肉がきつい。この会社ではそうじゃないから・・・いや、それはともかく、今もあいも変わらず言葉使いとか礼儀作法、まあ作法以前の失礼な振る舞いというのでしょうか、そんなことに対する苦情が相次いで苦慮しているのです」
三木
「お気持ちはよくわかりますが、こうしたらいいなんてアイデアが簡単にあるわけありません。
でも過去の経験などを基に考えてみたらどうでしょう。住吉さんが元の会社で配属された新人が、いや他部門からの転勤者でもいいのですが、そういった人が言葉使いを知らないとか失礼な振る舞いをするとお客様から言われたらどうしますか?」
住吉
「そりゃあれでしょう。そういった連中を集めて言葉使いとか電話の掛け方をマニュアルで教えたり練習させたり」
三木
「そうです、そうです。じゃあそれと同じことをしたらいいじゃないですか。デパートとか航空会社などにはそういう教育部門がありますよね。そういったところは外販、つまり礼儀作法の研修などを請け負っていたりします。
住吉課長や私のような者が小言を言っても誰も聞きませんよ。ピチピチの若い女性に来てもらってお手本を見せてもらい、審査員に同じことをさせ、不具合あれば直してもらったらどうですか。みなさん鼻の下を長くして文句言わずいうこと聞くんじゃないですか」
住吉
「なるほどなあ〜、でも効果ありますかね?」
三木
「わかりませんね。しかし何もしなければ進展はない。何かすることによって変化が起きるかもしれない。あまり考えすぎても最初の一歩が踏み出せませんよ」

デパートとか航空
会社に礼儀作法の
教育を頼んだら
三木 住吉課長
なるほど!
でもですよ、それ
効果ありますかね?

住吉
「しかしそういうのを営業が提起するのもおかしいですよね。本来なら問題の原因である審査部が考えるべきことでしょう」
三木
「うーん、職務分掌とか原則はともかく、現実問題として困っている人が動かないとほかの人を動かすことはできません。愚直に徹するというか、労を惜しんではいけませんよ」
住吉
「その言葉を三木さんがおっしゃると重みがありますね。自戒します」

三木が作成中のマニュアルをモニターでチェックしているとまた声がかかる。
島田審査員
「三木さん、ちょっといいかな?」
三木
「おお、島田さん、お久しぶりです」
島田審査員
「聞くところによると三木さん引退するんだって? 契約審査員にもならないというので驚きましたよ」
三木
「まあ63歳というのは、元の会社にいたら嘱託になったとしても引退する時期です。私は能がないからなれませんでしたが、仮に役員になっても63になれば引退するかせいぜいが業界とか外郭団体などに行く年齢です」
島田審査員
「サラリーマンの方は退職金も出るでしょうけど、私は個人事業者だから66のいまだ現役で仕事していかないと食べていけません」
三木
「それもまたいい人生じゃないですか。言い換えればいつまでも働ける。生涯現役であるためには事業を起こすしかありません」
島田審査員
「ええと、本日は老後の暮らしじゃなくて、ちょっと困ったことがあってさ、その相談をしたかったのです。
先週審査をした会社から、今週あけに私の態度が悪いなんて苦情が来てしまったのですよ。それで肥田部長からお叱りというか、態度を改善してほしいと言われたんですが」
三木
「どんなことが問題にされたのですか」
島田審査員
「若者に、まあどこに行っても俺より年配者はいないんだけどね、たるんでいるもっと仕事に励めとか、まあそういったのが悪かったらしい」
三木
「まあ我々は教師とか上司ではありませんからね。余計なことは言わない方が良いでしょう」
島田審査員
「だが人生の先輩としてISOとは関わりなくそういう指導もしてよいと思うがね」
三木
「まあ島田さんは一生懸命だからそういうお気持ちになるのは分かりますが、そういうことを語るのはやりすぎでしょう」
島田審査員
「意外だなあ〜、三木さんなら私の考えに同意されるかと思っていたのですがね。
だけどさ、経営に寄与する審査を標榜するなら、そういった人間形成とか自己啓発について意見することは当然だと思うがね」
三木
「私は経営に寄与する審査というものがどんなものかわかりませんが、当社は審査契約を結び我々はその契約に基づいて審査をするだけです。
私は営業が長いんですが、物を売りに行ってその会社の社員教育をしようとしたことはありません」
島田審査員
「それは・・・審査と営業は違うんじゃないかな」
三木
「いえいえ、同じことです。失礼ながら島田さんは以前、審査で先方の若い社員を坊やと呼んだとかという事件もありましたね」
島田審査員
「うーん、あれはちょっと・・・反省しているよ」
三木
「あのですね、ISO審査と営業というのは違うのかといえば、まったく変わらないと私は考えています」
島田審査員
「審査と営業はまったく違うじゃないか。それが同じとは?」
三木
「そりゃ仕事の目的は違いますが、言いたいことは相手に対する態度は変わらないということです。ビジネスというものは売るのも買うのも対等です。俗にお金を払う方が強いとか偉いなんて言いますが、ありゃ間違ってます。商売、ビジネスは対等、それを認識してビジネスの礼儀をまもらないと・・
ビジネスライクなんて言葉がありますよね、あれって和製英語かと思ったら英語でも businesslike mannerなんて言い方があるそうです。普通、情を挟まずに冷たいというか否定的ニュアンスに使われていますが、本来はビジネスのマナーをちゃんとするということかもしれませんね」
島田審査員
「だけどさ、三木さんの相手が大学出てきたばかりの人ならそれなりだろう。指導しようとはしませんか?」
三木
「う−ん、そういう発想はありません。一期一会ってほどではないですが、お互いに縁があって取引することになった。そういう認識で相手を尊重、尊敬することが必要でしょう。年齢も地位も関係ありません」
島田審査員
「三木さんは聖人君子だよ。我々コンサルが町工場なんか指導に行けば、金髪、ピアスなんて野郎がため口聞いてさ、こっちも敬語を使う気にはならんよ」
三木
「島田さんのお気持ちもわかりますが、どうなんでしょうかねえ〜、そういう人を紳士扱いすればまた違うんじゃないですか。少なくても審査の相手を見下したりすることはないでしょう。審査のとき、敬語を使うと損するということもないでしょう」
島田審査員
「とりあえずは肥田取締役に今後注意すると回答しておくよ」
三木
「島田さん、私の遺言と思って聞いてほしいのですが、自分が偉いなんて思っちゃいけませんよ。私なんか能無しだからここにいるわけです」
島田審査員
「考えておきます」


三木がパソコンをたたいていると肩をたたかれた。顔をあげると木村が立っている。
三木
「おやおや、お久しぶりですね」
木村
「私は審査で出歩いていることが多く、三木さんにお会いする機会があまりありません。
ところで以前、新事業なんて話がありましたね。三木さんも参画していましたが」
三木
「ああ、ありましたね。あれからもう2年くらい経ちますか?」
木村
「正確に言うと1年半になります。あの話は立ち消えになったわけではなく、実は今化学物質規制システムの認証をしようという話になっているのです」
三木
「ほう! それを木村さんが担当して?」
木村
「ご存じとは思いますが、化学物質管理の認証というのはほかの認証機関とか簡易EMS団体も始めています。まだまだ検討しなくちゃならないことはたくさんあります。審査基準もありますし、その有効性というか世の中から信頼されるかどうかということもありますし、そういったことを調べることを担当していました」
三木
「そうですか、それはやりがいがありますね。きっと伸びると思いますよ」
木村
「ありがとうございます。三木さんには、ぜひとも報告しておかねばと思っていました。久しぶりに三木さんのお顔を見ましたもので」

木村はしばらく雑談していった。
三木は去っていく木村の後姿を見て、化学物質管理システムの認証というのは見込みがないと思う。まず必要性というかその存在価値が思い浮かばない。ますます欧州の含有禁止物質の規制が厳しくなるのは理解しているし、輸出企業だけでなくそこに関係する企業はその対応が必須だ。しかし化学物質管理システム認証することでEUの関係機関から手続きとか何かが免除されるなど優遇されるとは思えない。なにもメリットがない認証であればそれを受けようとする企業があるとは思えない。
しかし取締役レベルも一般社員もなんとかせねばと考えているということだろう。それはけっこうなことだ。ただもう少しやることを吟味する必要があると思う。

しばらくすると小浜がやってきた。
小浜さん
「三木さん、相談があるのですが」
三木
「ハイ、なんでしょう?」
小浜さん
「ここじゃなんですから、ちょっと・・」

小浜は空いている会議室を探して三木を連れ込む。
三木
「なにか重大なことですか?」
小浜さん
「私にとっては重大なんですよ。実は・・・言いにくいことなんですが出張旅費をちょっと余分に請求したのがばれちゃったんですよ」
三木
「いやはや、小浜さんも隅に置けませんね」
小浜さん
「そんな冗談を言わないで下さいよ。たぶん懲戒ですよ。三木さんはそんなことしたことありません?」
三木
「ないね、私は出張旅費でもなんでも、かかった分はもらう主義です。安い宿に泊まったら安い宿賃、高いところに泊まったらその分頂くのはあたりまでしょう。まあ上限はありますがね。ああ、職場へお土産を買ってくるなんてのはもちろん自分持ちです」
小浜さん
「実は私がしたのは宿泊費じゃなくてタクシー代なんですが・・」
三木
「先方の会社が払ったのを自分が払ったとか、私用のものを一緒に請求したとかですか」
小浜さん
「まあ・・・そうです。まあ、しちまったことはしょうがないですが、懲戒処分ていってもどれくらいですかね」
三木
「そういうことには詳しくないが・・・前の会社のときコンプライアンス教育で過去の判例を教えられたけど、法律では金額の多寡にかかわらず懲戒解雇にしてよいとか・・
まあ実際には金額が少なくて既に弁償していればボーナス減額くらいじゃないですか」
小浜さん
「金額はまあ〜あれですが、沙汰を待つしかないのでしょうか?」
三木
「基本的にはそうでしょうね。どちらにしても懲戒解雇というのはこの会社ではしないでしょう。小浜さんは出向されているわけだし」
小浜さん
「いや今年転籍しましたので、もう元の会社は関係ありません」
三木
「なるほど、それなら解雇ということもあり得るのか。でもまあ元の会社としては定年まで雇用する義務みたいのはあるでしょう。仮に解雇になったら、向こうの人事にでも話をして関連会社にでも引き取ってもらうとかお願いしたらどうですか」
小浜さん
「うーん、私はまだ60前なのですが、三木さんのように子会社に移って審査員を継続したかったのですが、それは無理ですかね」
三木
「さあどうとも・・注意というか訓告程度でおとがめなしかもしれないし。はっきりしてから考えたらどうですか。
あるいはまさか実質懲戒解雇としても形上は自己都合くらいにしてくれるでしょうから、審査員としてほかの認証機関に雇ってもらうとか」
小浜さん
「ああ、そうですね、それが一番いいか。仕事も変わらず賃金も・・
三木さん、この話は内緒にしてくださいよ」

小浜はあたふたと部屋を出て行ってしまった。
三木は小浜もバカなことをしたもんだ。ウチの会社のことだからそんなに厳しい沙汰になるわけはないだろうと思う。
さてと三木が立ち上がろうとしたとき、突然ドアが開いて潮田取締役が入ってきた。
潮田取締役
「ついさっき、部屋を出て行ったのは小浜君だったよね」
三木
「ハイさようです」
潮田取締役
「話を聞いたの?」
三木
「潮田取締役が考えている件と同じかどうか存じませんが」
潮田取締役
「詐欺だよ」
三木
「詐欺とは大げさな。出張旅費を水増しただけでしょう」
潮田取締役
「犯罪の分類から言えば詐欺になる。まったくバカなことをしてくれたもんだ」
三木
「ご本人はだいぶ責任を感じていたようでした」
潮田取締役
「そりゃ気にしなければ異常だよ。まあ、ほかの審査員も似たようなことをしているだろうから極端な処分もできないが、見方を変えると一罰百戒ということもあるし」
三木
「しかし彼の場合金額がいくらかわかりませんが、そんなことをしなくても我々は十分な俸給をいただいていると思いますがね。どんな気の迷いなのか」
潮田取締役
「気の迷いというよりも、犯罪という認識がなくてちょっと気を利かせた程度に考えているんじゃないかな。小遣い稼ぎとか土産物代くらい問題ないと思っているんだろうなあ」
三木
「しかしタクシー代を問題とするなら、個人的にコンサルをしているなんてほうがもっと問題かと思いますが」
潮田取締役
「うーん、それはちょっと・・・旅費については明確に就業規則で決めている。しかしコンサルは副業といってもほかの会社に雇われているわけじゃなくて個人的に勤務時間外にしているなら就業規則に違反しているとは言い難い」
三木
「なるほどと言いたいですが、審査員をしている過程で入手した情報があればこそコンサルできるわけでしょう」
潮田取締役
「確かにそうなんだよ。最近はだいぶ減ったとは思うけど、以前は審査に行った会社に、自分がほしいデータの提出を求めたり、ひどいのは資料を作成させたりしたケースが多々あったようだ」
三木
「審査員をしていなければコンサルできる人なんてまずいないんじゃないですか。人のフンドシで相撲を取っているように思えます。以前はA社の資料をB社に回し、B社の資料をC社に渡してお金をもらっていた審査員など枚挙にいとまがありませんよ。
審査した時に見聞きした情報を多言しないなんて言ったり、場合によっては会社から誓約書を要求されたりしていますが、あんなものまったく無意味ですよ。審査時に他社の事例なんて言う審査員は多いですし、そういうところで言わなくても、出身会社に情報を漏らすとかありがちですね、実を言ってそういう事例を多々存じています」
潮田取締役
「そういうところもきちんとしていかなくてはならないな」
三木
「潮田取締役、ちょっと気になったのですが」
潮田取締役
「ハイ?」
三木
「私は仕事もせずにぶらぶらしているので相談されることが多いのですが、最近変わったのですか?」
潮田取締役
「ほう、感じますか?」
三木
「やはり? 以前はウチの会社は無管理といえるような状況でしたが、このところ苦情などあればすぐに該当者に注意したり、不正が見つかるとしっかり処分するようになったように見えます」
潮田取締役
「肥田さんが社長になる話を先日したよね。まあ株主総会が6月だからあと三月くらいあるんだけど、既に実質的には肥田さんが経営の采配を振るっている。私は彼を消極的、事なかれ主義かと思ってましたが、けっこうアグレッシブな方で、肥田カラーを出してきました」
三木
「なるほど、肥田カラーですか。それで問題の対策とか不正の処分などをしっかりするようになったと・・」
潮田取締役
「それだけでなく新事業についてもお題目だけでなく具体化しようとかかなり積極的な手を打ってきました」
三木
「なるほど」
潮田取締役
「ただ今最有力と考えているのは化学物質管理認証なんですが、これを選んで良かったのかどうか不安があります」
三木
「実は木村さんからその話を聞きましたが、以前、もう1年少し前でしたか、あのときはあまり見込みがないという結論だったように記憶しています」
潮田取締役
「それだけじゃなくて簡易EMS認証も始めようという計画もある」
三木
「ほう! それは存じませんでした」
潮田取締役
「エコアクションとかエコステージのように独自規格を作ると、体制側から反乱とみなされるという懸念から、ISO14005ベースで認証する予定だ」
三木
「あれはガイダンスで認証規格ではなかったはずですが、shouldをshallに読み替えるのでしょうか?」
潮田取締役
「まあ、そのへんはいろいろ調整が必要だろうし、実際に対策はほぼできている。
それより問題は規模だよ。試算してみたが、認証件数が1,000件くらいになれば何とかなるかなと思う。実を言ってもう既に認証を受けてくれる会社を20社ほど確保しているのだけどね」

現実に簡易EMSの方も道は険しい。ISO14001に比べて絶対数が少ないし、1件当たりの単価が安い。とはいえISO14001に比べて安くなければ存在意義がない。どうして簡易EMSを始めたのかと疑問さえ出てくる。
結局底辺を底上げしようというボランティア精神がなければ存在できないシステム(制度)であろう。

簡易EMS認証件数推移
簡易EMS認証件数グラフ

三木
「1,000件突破が軌道に乗る最低条件ですか」
潮田取締役
「1,000件というと、少ないように思えるかもしれないが、簡単には達成できないと思う。エコステージも1,000件を前に何年も足踏みしているからね。最低条件ではなく目標だよ」
三木
「そう考えると元々簡易EMSの市場規模は小さいのか・・」
潮田取締役
「というか認証規模そのものが少ないのではないだろうか? 20世紀末にはISO14001認証は20万件くらいいくんじゃないかと思われたそうだ。だが今2012年時点で2万弱、簡易型EMSそれもISO規格となるとカニバリズムと言ったっけ、そんな事態になってISO14001との総数は変わらないんじゃないかと懸念されているよ。
今の状況では高望みしてもしょうがない。落穂ひろいをしなければならないと考えている」
三木
「大変ですね」
潮田取締役
「どんなビジネスでも楽ではありませんよ。
そこでね、三木さん」
三木
「はい?」
潮田取締役
「我々は今とんでもない苦境にいる。メインのビジネスそのものが縮小しつつあるし、新事業と言っても従来からの分野と変わり映えしないものばかりだ。だが一応経営者であるなら頑張るしかありません。
三木さんも我々と一緒にもうひと頑張りする気はありませんか」

三木はぎょっとした。小説やテレビドラマならば男意気に感じてすべてを投げ捨てて馳せ参じるところだろう。だが現実は簡単ではない。三木には潮田と共に泥舟に乗る気は毛頭なかった。
三木
「潮田取締役、ちょっと考えさせてください。既に家内とは今後のこと、住むところなども含めていろいろ考えているのです」
潮田取締役
「住むところとおっしゃいますと?」
三木
「今住んでいる辻堂の家は持ち家ですが、私は元々そこの住人じゃありません。息子も娘も結婚しておりまして、そういうのもありまして、どこで老後を過ごそうかとか考え中なのです」
潮田取締役
「ほう、それはまた優雅なことで」
三木
「優雅かどうか・・・まあこの話はちょっと考えさせてください」
潮田取締役
「良いご返事を期待しておりますよ」

三木が自席に戻るともう定時間際だった。机上を片づけていると次期社長となる肥田取締役がやってきた。
肥田取締役
「やあ、三木さん、潮田取締役から話を聞きましたか?」
三木
「はい、伺いました」
肥田取締役
「良いご返事を待ってますよ」

それだけ言うと肥田取締役は行ってしまった。

うそ800 本日の思うこと
多くの認証機関は新事業を考えている。実際に実行に移したところも多い。内部監査員検定、簡易EMS認証、化学物質管理システム認証、内部監査の請負、その他もろもろ
だが私がこれは素晴らしいと思ったものはいまだない。大変だろうと思う。
一般論として、製品が陳腐化して事業が消滅しつつあるとき、その事業の経営者、従事する者、関係者は何を考えてどんな行動をするものだろう。それはコンペティターに負けて撤退を余儀なくされたのとはまた違う問題である。
冷蔵庫や洗濯機のような基本的なもの以外の製品寿命とはせいぜい20年、いや10年程度かもしれない。実を言って私はそういう事業に何度もかかわってきた。
私が社会人になってからも寿命が尽きた製品はいくつも消滅してきた。1970年代から1980年代はステレオというものは各家庭になくてはならないものだった。オーディオ月刊誌がありオーディオ評論家と称する人たちがお金儲けをしていた。長岡鉄夫なんてお名前を憶えているだろうか。いまオーディオ専業メーカーなんて存在してないんじゃないかな。パソコン、携帯電話、スマートフォンがその代わりをしてくれる。そろばんや計算尺から電卓になり、これもやはり携帯とスマホが代わってくれた。
しかしパソコンも既に過去のものである。今パソコン専門誌というのはほとんどない。存在するのはスマホ専門誌、タブレット専門誌だ。
1970年頃、社会人の1回目のボーナスでカメラを買うものと決まっていた。それも1眼レフが決まりだった。今カメラは一部超高級機を除いて携帯とスマホにとってかわられた。
パソコンの外部記憶装置も磁気テープからフロッピイに、それも8インチ、5インチ、3インチとなり、21世紀初頭に消えた。CDからDVDへブルーレィへと。FDDを作っていた会社は今何を作っているのか? CDのようなものは設備も技術もDVDへ切り替えられたのだろうか?
ポートフォリオ理論ではないが、手持ちの商品が利益を出しているとき、次の製品をどうするのか戦略を考えておかないとあっという間に取り残されてしまう。
ISO認証が日本で始まってから25年、本来なら認証機関も次なる製品(サービス)へ移行が済んでいなければならなかったのだが、いまだ次のものが見えないようだ。


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Finale Pink Nipple Cream