5.リーダーシップ

15.02.09
ISO14001:2015では「リーダーシップ」という章(それとも項というのか?)がある。2004年版までのISO14001規格では「リーダーシップ」という章もなければ、言葉そのものも使われていない。さてそれではどんなことが新たに追加されたのだろうか?
第5章のタイトルは「リーダーシップ」とある。だがそこに書いてあるのは、どうもふつう日本で使われているリーダーシップの意味とは違うように思える。

書かれている要旨は・・・

このあたりの章や項のまとめ方というか分け方については、TAG13-JTCG によるMSSの構造・テキストの共通化によるものなのだろう。
ともかくここに書かれているものがリーダーシップというものなのかどうか少し疑問である。
そもそも「リーダーシップ」とはどんな意味なのだろうか? (注1)

英英辞典を調べてみると

これらの英英辞典をみると、どうもリーダーシップというものは二つの意味があるようだ。つまり「指導者としての地位/権力」ということと、「指導者が備えるべき能力」という意味である。通常我々が日本語では後者の意味でのみ使っているようだ。
ナッツリターン事件(注2)を引き起こしたチョ副社長はリーダーシップがあったのか否か?
チョ副社長は前者の意味のリーダーシップはあったが、後者の意味のリーダーシップはなかったようである。

ではこの規格要求で語っているリーダーシップとはどういうことなのでしょうか?
どんなことが書いてあるかというと・・・


これをみますと先に述べた英英辞典の前者の意味ではなく、後者の「指導者が備えるべき能力」、いや、「指導者が果たすべき役割」を羅列しているようにみえます。
しかしこれは要求事項と言われても困りますね。社長あるいは経営者が具備しなければならない要件ですから、果たして規格要求事項といえるのか? そこんとこがいまいち・・
ええと、ここは大事なところですから少し考えてみましょう。

ISO規格に適合させるという義務は誰にもありません。
おっと、驚いちゃいけません。規格適合を要求されるのは認証を得るためであって、規格適合であれば良いとか、規格を満たせばすばらしいってことは誰も語っていないのです。そして規格を満たせば、なにごとかが十分であるとか、うまくいくということもISO規格は語っていません。
お疑いなら序文をもう一度お読みください
ですから経営者あるいはオーナーが、これに限らず要求事項を全部満たそうと満たすまいと、自分の勝手のはずです。その結果、すばらしいパフォーマンスを出すか出さないかは経営者の責任であって、それ以上でもそれ以下でもありません。
経営者は全権者であり、全責任を負うわけですから、ISO規格要求に拘らずに己の才覚で目的を実現しようとするのは当然です。そのとき規格に書かれたことを満たすかしないかは、それこそ経営者の責任というか選択にすぎません。
経営者のとるべき方法論あるいはアプローチというものは決まった方程式があるわけじゃないと思います。過去成功した経営者の方法を真似ればうまくいくということは絶対にありません。独裁でうまくいった人もいるし、分権でうまくいった人もいるし、お神輿に担がれていただけでうまくいった人もいます。そんなことはISO規格を読むのではなく経営に関するものを読んだほうが早いです。
社長の考え、行動も社長の数だけあります。そして明らかなミス、レベルの低い指揮を除けば優劣はつけられないでしょう。リーダーシップといっても「社長は少しバカがいい」(ISBN 978-4872906004)を読むと、経営とかリーダーシップの表現方法というものには基本形がなく標準化などできないと思う。絶対に必要なのはトップの理念とそれを実現しようとする意思力であるが、それをどのような形で表すかについてはまったく王道はなく、それこそが経営の難しさだと思う。
だからこそ、経営者の責任とかリーダーシップということに関してはISO規格要求は微妙というかいい加減なことを書くとまずいんじゃないかという気がする。
ISO規格の通りしろというのなら、その通りすれば成功しなければなりません。成功を保証しないなら、その通りしろというのはお門違いでしょう。
これはISO規格の鼎の軽重を問う恐怖の質問だ ISO関係者にとっては

これに限らず要求事項すべてが同じではないかというご意見もあるでしょう。
その通り、ですが、ここはリーダーシップといって特に経営者に求められていることですから、そこんとこは他の要求事項とちょっと毛色が違うなと思いましたんで
文書管理とか教育訓練あるいは是正処置というのは、経営レベルじゃありません。管理レベルです。管理レベルとは創造力を要求されるのではなく、定められたことを実行することです。ですから標準化ができ、それを文書化して要求事項とすることができるのです。 そんなことを考えると、経営レベルに対する要求事項というものがありえるのかどうかはなはだ疑問です。
実際に審査において、経営者がリーダーシップの要件を満たさないので不適合ですという結論を出せるのかとなると、いかがなものでしょうか?
要求事項はすべて経営者に対するものですが、経営に対する要求ではありません
今ではISO認証が顧客のためとか商取引の条件ではなく、組織(企業)を顧客としているわけですから(cf.ISO17021:2011)「当社は認証はいらない。経営に関する以外だけをチェックしてほしい」と認証機関に要求してもおかしくありません。
いや待てよ、当社は認証する気はないということになるのかな?

とはいえ、ここに書いてあることはそんなにたいそれた要求ではないと思います。

まあ、経営者たるものはこの義務を理解して、がんばって確保し部下にしっかりとリソースを与えていただきたい。従業員としてはそのように希望します。
本日の結論は、
この要求はまあ妥当とは思うけれど、タイトルが内容に見合っていない。名前負けである。
なお、名前負けとは名前が立派であるけど実物(人物)が見劣りすること。ノーベル賞受賞者やスポーツ選手の名前にあやかって名付けたものの(以下略)

うそ800 本日のトリガー
少し前のこと、出すと困んだー様から2015年版DISのリーダーシップについてお便りというかお問い合わせをいただきました。そのときはそれなりに回答したつもりですが、あとでこれは面白いネタになるなと思ってコタツでゴロゴロしながら考えたのであります。
笑っていただけたら幸いです。

うそ800 本日のお断り
私が書いたようなことは既に寺田大先生とか吉田先生が講釈を書いているのかもしれない。あるいは私の理解と全然異なることを講演しているのかもしれない。残念ながら私はそういった講演会を聞いたこともなく、アイソス誌なども読んでいないのでここに書いたのは自分が考えたことであり、そういったセンセイガタのお言葉とは無縁である。
みなさんにとっては二番煎じかもしれないが、私にとってはオリジナルである。
ところでISO規格なるものは、一旦制定されてしまえば、作成者がこういう意図であったといっても無意味であることは法律と同じ。書かれた文言がすべてである。だから私の理解に矛盾がなければ、先生方のご理解はどうでもよいことだ。
ISO審査において、審査員が「これはこういう意味ですよ」とか「ここはこう解釈するのです」という講釈はまったくもって余計なお世話。1990年代初頭からそういう不毛な論争を重ねてきた者が通りますよ


注1:
ISO規格において定義された語以外は、通常の意味(もちろん原語の)で読むことになっている。
注2:
ナッツリターン事件
2014年12月5日アメリカのジョンFケネディ空港から飛び立つ大韓航空機に乗っていた同社副社長趙顕娥(チョ・ヒョナ)がアテンダントが差し出したマカダミアナッツが袋のままであったことに激怒し、既にターミナルを離れて滑走路に移動中の飛行機をターミナルに戻してアテンダントに能がないから降りろといった事件である。
そんなこと誰でも知っていると言われるかもしれない。だが2014年の事件は二三年すれば忘れ去られるだろう。私のコンテンツは人々の忘却よりも長い間読まれるだろうからこの説明をしておく。
自信過剰だなんて言ってはいけない



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