審査員物語 番外編2 法律の調べ方(その2)

16.03.17

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。

審査員物語とは

三木は環境法規制を調べる方法とはどうあるべきなのか考え悩む。もちろん今まで審査した会社ではいろいろな方法の説明を受けた。だが流れとして書籍とかコンサルから入手した環境に関する法律の一覧表を基に、そこに載っている法律が自社が関わるかどうか調べて、関係するときはその対応を文書にするという手順がほとんどだ。
しかしどの会社だってISO規格ができる前から事業をしてきており、当然今までだって環境法に対応していたという。過去から法律を認識して対応していたなら、ISO認証するからと改めて法律を調べるなんてのはどう考えてもおかしい。過去からしてきた方法をそのまま説明すれば良いのではないかと思う。
実際に環境管理の仕事に従事している人はどうしているのだろう? そういう人の本音を聞きたい。それも上司や先輩から言われたことだけをしてきたような人ではなく、自分の頭で考えて仕事をしている人でなければだめだ。
eメール 三木の頭に氷川の顔が浮かんだ。氷川は三木が元いた会社の同期入社で、入社以来ずっと環境管理に従事していた男だ。奴は今本社にいて会社全体を指導する立場にいるから環境管理に詳しいだけでなく、そういう仕組みを論理的に説明することができるだろう。
すぐに三木は、氷川にお暇なとき一緒に飲みたい、時間を作ってくれとメールを打った。


数日後、二人は神田駅で待ち合わせ、近くの居酒屋に入った。まずはビールで乾杯して近況を語り合う。認証機関に出向してから会うのは初めてだ。
氷川
「三木君、仕事はどうだ、順調か?」
三木
「出向して8か月、やっと審査員補から審査員になった。おかげさまでなんとかやっている。とはいえ、半人前になったというところかな」
氷川
「審査員は出張がお仕事だから体力勝負だよなあ〜」
三木
「確かに、しかしまあ役職定年になって行くところもなかった俺がやっと就いた仕事だ、頑張らないと。
審査員になるには必要だと言われて公害防止管理者を受験したり、危険物を取ったり、こんなに勉強したのは大学受験以来だよ、アハハハハ」
氷川
「営業一筋だった君がISO審査員になるとはなあ〜、同情するよ。
もっともウチにいたとき部長だった三木君は、五十路半ばの今まで平だった俺を同情していたのだろうけど」
三木
「いやいや、職階とか地位なんて意味がないと良くわかった。個人の力なんて本当に小さなものだよ。上の人ほど個人の能力ではなく、周りの人に担いでもらっていると認識しなければならない」
氷川
「ところで今晩俺を呼び出したのは、酒を飲んで昔話をするためじゃなくて、公害とか事故なんてことについて聞きたいんじゃないのか?」
三木
「おいおい、千里眼かシックスセンスか、鋭いね」
氷川
「なこと三木君以外なら誰だってわかるよ」
三木
「実は今日は聞きたいことを一つに絞ったんだ。ISO規格は一通りご存じだろう? 初めの方に『法的及びその他の要求事項』という項番があってさ、そこでは自分の会社が関わる環境法規制を調べてそれを参照できるようにまとめよという要求事項がある。
今まで審査した会社では、ISO認証するときに環境に関係する法律を調べて、当社が関係する法律とその規制内容を取りまとめて手順書にしましたという」
氷川
「なんかそんな項番があったなあ〜、俺はISO専門じゃないから良くわからないが」
三木
「俺はそれって変だと思っているんだ」
氷川
「三木君のいう変だという意味が分からんが」
三木
「だって公害関連法規制は1970年前後に制定されている。省エネも廃棄物関連もそれに前後して制定されている。いずれにしても40年も前に法律は整備されている。そして会社は当然その法律、もちろん環境に限らずすべての分野の法律で規制を受けるものを把握してその対応をしていると思う」
氷川
「なるほど」
三木
「それがさ、20世紀末に現れたISO14001規格に会社の仕事や製品に関わる法規制を調べろと書いてあると、改めて法律を一から調べるっておかしくないか?」
氷川
「そりゃおかしいね。疑わしさ200%だ」
三木
「氷川君は30年もこの仕事をしてきているわけだが、業務に関わる環境法規制をどのように調べているのかと質問されたら、どう説明するんだろう?」
氷川
「なるほど、そういうことは簡単には説明できないな。
ところでビールはもういいから焼酎のボトルを入れないか。夜は長いからゆっくり語ろうじゃないか。『神の河』でいいよね?
おねーさん、『神の河』ボトルで、それと梅干しとお湯割りセット頼むよ」
氷川はお湯割りを二つ時間をかけて作る。お湯と焼酎の入れる順序とかかき混ぜる方にこだわりがあるようだ。
三木にはお湯を先に入れようと、焼酎を先に入れようと味が変わるとは思えない。とはいえ、それを気にする人に茶々を入れるほど無粋でもない。
焼酎のお湯割りセット
三木
「おいおい、手を動かしても口を止めずに話の続きを頼むよ」
氷川
「ああ、そうだったな。真面目な話だが・・・法規制に対応するというのは簡単ではない」
三木
「そりゃそうだろう」
氷川
「俺の仕事は当社グループが環境法違反や事故を起こさないようにすることだ。そのためなにをしているかというと、彼らに法律の読み方を教えたり、法律を読ませたりすることでもなく、俺が法律を説明することでもない。オイ、聞いているか?」
三木
「聞いているよ、」
氷川
「そもそも、この仕事をしていると現状の法律にいろいろな問題を感じて、次回改定時には現行の問題点を改善してもらいたいという希望がある。
ところで法律は国会が議決して成立するわけだが、国会議員が作るわけじゃない」
三木
「うーん?」
氷川
「アメリカ大統領は法案提出権がないから、すべてが議員立法であり、法律のドラフトを書くのは下院議員とか上院議員になる。そして法律が正式な名称でなく、起案した議員の名で呼ばれることが多い」
三木
「マスキー法とか」
氷川
「そう、あれは正式には大気清浄法(Clean Air Act)っていうんだ。日本なら大気汚染防止法だな。だが日本では議員立法なんて珍しくほとんどが内閣提出だ。内閣提出って言っても、大臣が考えるわけじゃない。要するに実務を担当している公務員だ。
俺たちは業界団体で意見をまとめてそういう方向に改定するように関係省庁の窓口に要請している。かっこよく言えばロビイ活動というのかな?」
三木
「法律を調べるというのとは違うような気がするが・・」
氷川
「いやそれについて語っているつもりだよ。できた法律を理解するのではなく、我々が希望するような法律改正をしてもらおうと活動するわけだ。パブリックコメントとか各種審議会などでも業界の意向を主張している。まあ、我々はいろいろなことをしている。
もちろんなかなか思い通りにはいかないよ。我々の業界が意図する方向とは逆な方向に持っていこうとする業界団体もある」
三木
「ちょっとごめん、氷川君の言っていることは、法律を作るときに自分たちに都合の良い法律にするということかい?」
氷川
「自分たちに都合の良いとは聞こえが悪いね。適切な方向と言ってほしい。
例えば2001年にPCB特措法なんて法律ができたが、法律ができたもののなかなか処理設備が動かない。それに低濃度PCBをどうするかってのはまだ不明だ。(これが決まったのは2009年だと思う)そういうことについて我々業界はペンディングを残さずに早期に対応を決めてほしいというようなことを求めている。それは我々の利益のためじゃなくて、大げさに言えば国家、国民の安全と健康のためと考えている」
三木
「わかった、わかった。氷川君の言いたいことは、まずは法律を作るとき、もちろん改正するときもその法律が良い方向になるように動いているということだね」
氷川
「そう、それから法律が固まってくれば制定される前から業界団体として傘下企業に対して改正内容とその対応方法を広報指導することになる」
三木
「制定される前から? 国会審議でいかようにも変わるだろうに?」
氷川
「テレビニュースで国会で与党と野党がちゃんばらしているのをよく見るだろうけど、どんな法律でもあんな騒ぎをしているわけじゃない。あれは一部の法律だけだよ。環境関連法とか行政法は野党の反対なんてあまりない。公害関連は因果関係や技術的に水準をどうするかちう検討事項はあっても、右だ左だと敵対しているわけじゃない。
もっとも環境関連と言っても、リサイクルのように利権がらみとか自然エネルギー関連など補助金がらみになると右左じゃなくてお金がらみの暗闘になる
ともかくそういう流れだから国会に提出される前の法律案に、我々の意向をできるだけ織り込んでもらわないとならないことになる」
三木
「なるほど、」
氷川
「さてグループ企業への展開だが、俺の場合は実際の仕事は自分がするのではなく、工場や関連会社に動いてもらわなければならない。とはいえどの工場に何があるかということはわかっているから、お宅の工場ではこれこれをしなければならないという形で法改正情報を伝達し対策を指示する。まあ、それが俺の仕事だね」
三木
「なるほど、」
氷川
「もちろん俺が全部の法律を対応しているわけじゃない。俺は公害担当だ。だから工場省エネとか製品に関する規制、リサイクルとか最近は含有化学物質あるいは製品省エネの規制も厳しくなっているからね。そういうのはまた別の担当がいる。
さて、三木君の質問に戻れば、制定・改定過程から関わっているから知っているということになるのかな」
三木
「氷川君の言うことは分かった。しかしそれは君が本社にいて専門家だからだよね。実際に工場の環境管理をしている担当者は、自分の会社がどんな法規制に関わるのか、何をしなければならないのかを知るには、どういう手順になるのだろうか?」
氷川
「うーん、それは俺の仕事の裏返しということになるのかな。今どき新たに工場を立ち上げるぞなんてことはめったにない。多くの工場は長い歴史があり、その事業を継続しているわけだ。
それと労働安全衛生法というのがあってさ、事業者は危険とか健康障害の防止措置をしなくちゃならないことになっている」
三木
「はあ? 私の質問とどう関わるのかますます分からないが・・・」
氷川
「まあ聞け。要するに会社が新しい設備や原材料を導入するときは、事前に危険性を調査し対策しなくちゃならない。そして通常は安全衛生だけでなく、法規制全般について把握し対策することになる。投資をするときだってリスクを調査し評価しなければならないことになっている。昨今は負の遺産とかも問題になるしね」
三木
「すまん、良くわからない。もう少し詳しく説明してくれないか」
氷川
「例えば土地を買うとするとだ、財務的には抵当関係とか過去のしがらみを調べるだろうし、建築部なら、過去どのような用途だったのか、昔墓地だったなんてのはいろいろあってだな、あるいは元は河川で軟弱地盤ではないかとか、緑地率、土地の規制がどうなっているのか、高い建物を立てちゃいけないとか。我々環境に関わることとしては、土壌汚染がないか、地下水汚染がないかとかまあいろいろだ」
三木
「そんなことは当たり前だろう」
氷川
「当たり前ではあるが、当たり前のことをするとは限らない。10年ちょっと前、バブルの頃は、関連会社の中にはあぶく銭を持っていてさ、土地を買いあさったところもある。産廃で窪地を埋め立てた所を買って今はその処理をどうしようかと頭を抱えているよ。時とともに地盤沈下して建物は建てられないし、将来的には有害物質が流出するかもしれず、当然売るにも売れず」
三木
「わかった、わかった。本題の方はますますわからないのだが・・」
氷川
「うん、サルにもわかるように言えば、新しいことをするときはそれが関わる法律や過去のしがらみを調べるのは会社として当然の義務であるということになる。そういったことをしてないで変なものをつかまされると、損失を出すだけでなくあとで株主訴訟なんて起こされるリスクもある」
三木
「ええっと、私が理解したことを言えば、新しいことを始めるときは、あらゆる面で十分調査される仕組みになっている、そこには環境関連も含まれているということかな?」
氷川
「簡単に言えばそうだ。だから既にあるものは、法律に照らして確認され、かつ法に定める手続きとか必要な対策をしていると考えて良い。こういう仕組みはまっとうな会社ならどこでも同じように整備しているはずだ。なんとなればいろいろな法律でそうしろと決まっているからだ。
あー、もちろんそれらはその時点で制定されている法律への対応であって、導入以降の制定・改定への対応はまた別だ」
三木
「ということは改めてどんな法規制に関わるかを調べるのではなく、新しい法律の制定や改訂をウオッチしていればよいということになるのかな?」
氷川
「そういうことになる」

三木はビジネスバッグを開けてISO規格の対訳本を引っ張り出した。
ISO14001 4.3.2にはこう書いてある。(2004年版である)

JISQ14001:2004
4.3.2 法的及びその他の要求事項
組織は次の事項に関わる手順を確立し、実施し、維持すること。
a)組織の環境側面に関係して適用可能な法的要求事項及び組織が同意するその他の要求事項を特定し、参照する。
b)これらの要求事項を組織の環境側面にどのように適用するかを決定する。
組織は、その環境マネジメントシステムを確立し、実施し、維持するうえで、これらの適用可能な法的要求事項及び組織が同意するその他の要求事項を確実に考慮に入れること。

氷川が手を伸ばして対訳本をとる。斜め読みをして
氷川
「a)項の読み方だけど、この文章を読んで、すべての環境側面を一斉に調べると読みとる人もいるかもしれないが、新しいものが現れたとき、その都度それがもつ環境側面について検討することとも読めるじゃないか。そう読めば、新しい機械とか原材料を導入するときの検討工程がそのままじゃないのかな?」
三木
「なるほど、そう言われるとそう思える。そういう読み方は今まで気が付かなかった」
氷川
「b)項も、導入時の検討結果、必要となれば排水処理施設とか防音壁の設置とか、あるいは資格を取らせるなどするから、現状そのものだね。
最初のセンテンスに戻れば、そういうことをする手順を決めろとあるが、それは既に決まっているというのが実際だな」
三木
「氷川君の説では過去からしている当たり前のことだということか」
氷川
「先ほど言ったように新しい法規制に対応することを含めれば十分だと思うね」
三木
「新しい法規制対応・・・これは常に官報を見ていなければならないということになるのかね?」
氷川
「フフフ、ウチの関連会社も多くのところは官報を取って法律の制定改訂をウオッチするなんて手順にしているところが多い」
三木
「氷川君が笑うってことは、それは形だけってことかな?」
氷川
「そう、形だけ、ISO向けのゼスチャー、」
三木
「じゃあ本当の対応策というのは?」
氷川
「さっき言っただろう。つまり本社、我々が法改正などの情報をグループ企業に提供する。それを受けて社内展開してくれれば十分ということだ」
三木
「だけどさっき氷川君が言っただろう。公害関係は分かるが省エネとかは担当外って」
氷川
「俺は公害だけ担当だが、省エネは省エネ担当、化学物質は化学物質担当、土壌汚染は負の遺産担当がいるんだよ。もちろん担当がバラバラで動いては収拾がつかない。だから環境管理部としてそれらをまとめて定期的に法制定・改訂の情報発信をしているし、大きなことがあれば説明会をする。特段のことがなければこの情報を咀嚼してくれれば十分なはずだ。そして我々も改正対応の処置をしているかを定期的にフォローしている」
三木
「地方条例もあるけど」
氷川
「そりゃ本社では分からない。いや、分からないということじゃなくて手におえない。それくらいは、それぞれの地域の行政からの指示に従ってほしいところだ。
おっと、自分たちが調べなくても行政が通知して来るから、それに従っていれば9割は間に合う。俺の経験ではな」
三木
「うーん・・・・氷川君のお話をまとめるとだ・・・工場では本社からの通知と地域の行政からの指示を受けて、それを、それだけと言った方が良いのかな、それだけを実行すれば間に合うということ?」
氷川
「そうだよ。だってさ、俺たち本社の共通部門は工場や関連会社からの上納金で食っているわけだ。何のためにと言えば、そういう仕事をするために存在しているんじゃないか」
三木
「本社から見れば工場で問題が起きては困るが、行政から見たら他人事(ひとごと)ではないのかい」
氷川
「公務員が一般企業をいじめて楽しんでいるなんてことはまずない。彼らは我々が事故を起さないように違反をしないように一生懸命だよ。それに違反をしても即罰なんてまずない。客観的に見て非常に公平で良心的だ」
三木
「ふーん、そうなのか・・
しかし環境はそうなのかもしれないが、俺が長年営業で仕事をしていて法改正について本社から通知とか指導を受けた記憶がないが」
氷川
「三木君よ、君は営業で30年も仕事していたわけだ。そのときいろいろな法規制に関わったと思うよ。商法、民法という大物もあるし、下請法、特定商取引法、景品表示法、部下を持てば安衛法、労働関係法、男女雇用機会均等法その他細かいものでは印紙税法とか教わっただろう。そして法改正があると、大きなものは研修会をするとかそれほどでなければ通知とかパンフレットなどの配布を受けたのではないかな? 最近ではセクハラとか情報漏えいなどの教育受けただろう。君は部長だったんだから。
そういうことを誰がしていると思うんだ。」

三木は今まで自分が考えたこともなかったので驚いた。
三木
「えっ、(しばし三木は絶句した)
ああいうことは本社が行っていたのだろうか?」
氷川
「それ以外ないじゃないか。本社機能ってのは元々いらないものなんだ。
しかし多くの場合共通のものはまとめてした方が効率が良いことが多い。広報でも法律関係でも、一つの工場ではめったに仕事がない。だからそういったことはまとめてした方がいいし、そうであれば専門家を専任にしておくこともできる。
環境について言えば、各工場がそれぞれ法律をめくったり欧州まで出張してEU指令を調べてくるなんてことをしてたら大変だ。それに英語が分かる、わかるというのはTOEIC900点とか会話が得意なんてことじゃなくて、英文の法律を読んで意味を理解して日本語に展開できるということだが、そういう人はあまりいない。だからそういう機能を集めて成果物をグループ企業で共有するということになるのは必然とまでは言わないが、妥当な流れではあるだろう」
三木
「なるほど、いやあ、目からうろこだよ」
氷川
「あのなあ、こんな当たり前のことで感動されたんじゃ困るよ。三木君は部長とかいう地位について部下何十人かを使っていたからラインの管理だけという視野狭窄に陥ってしまったんだろう。
俺たちは一人一人の守備範囲は狭いけど、対象範囲はグループ全体で皆が必要とする情報を提供することで飯を食っている」
三木
「なるほど、なるほど」
氷川
「そういう意味ではだな、ISO14001規格に書いてある要求事項をひとつの工場とか子会社1社だけですべてを満たすということは難しいのかもしれない。我々が企業グループと称しているのは、事業を効果的に効率的に進めるために分業と協業をしているからだ。単に資本系列が同じだからグループを名乗っているわけじゃない」
三木
「すると今多くの会社がISO認証を一工場だけとか関連会社一社だけという単位で行っているのは不適切ということになるのかな」
氷川
「そうかもしれないが、そうでないかもしれない。なにごとにもいろいろな考え方があるだろう。
正直言って俺はISO担当じゃない。だから参考程度に聞いてほしいのだが、どんな組織でも完全に独立して何事かをするということはできないと思う。
自衛隊は自立した組織と自称している。確かに災害救助など非常時にはひとつの部隊で移動、救出、食糧、医療その他を賄えるかもしれない。しかし考えると、それを支える情報提供、輜重、その他の支援が必要だ。自立といっても限定的だ。まあ、なにごとも程度問題だけどね。
そこでだ、考え方だけど完全に自立していない組織であっても、その境界と境界外とのインターフェイスを明確にすれば、その組織だけで認証することができると思うよ」
三木
「そのときは『法的及びその他の要求事項』の項番をアウトソースするということになるのか?」
氷川
「アウトソースという表現をしたければそれもありかなあ? だけどアウトソースとは組織自らの意思で外部から調達すると決定することだろう? 企業においてその一部門である工場に、その機能が初めから与えられていない場合はアウトソースしたわけじゃない。元々持っていないわけだ。まして本社がしている法律の調査とか対応を検討するプロセスを、下位組織である工場が管理できるわけでもない。
うーん、そうすると法改正情報が入手できることをアプリオリとして、それを受けて対応するところから認証範囲としても規格要求に支障ないと思うがね。
いやさ、俺はあまりISOのようなバーチャルなことには関わりあいたくないんだよね。ISO規格の要求事項を満たすことよりも、現実に事故が起きない、法違反をしないことの方が100倍も重要だと思うからさ
だから現行の方式で遵法と事故防止が図れるならいちゃもんを付けてほしくない。それをISOがどう解釈しようと文句を付けなければ俺はかまわんよ」
余談: ここまで書いてこの物語が2004年時点なので、アウトソースという語が使われたのはISO9001の2008年版からだっけかと思い、2000年版を読み返してしまいました。2000年版からありましたので安心しました。
1987年版からISO9001に付き合っておりますと、もうどの版がどうだったのか記憶があいまいです。
三木
「いや、確かにおっしゃる通りだ。なにせISO14001の意図とは遵法と汚染の予防だ。ISO規格を使わなくても、それが実現されるなら文句を言われる筋合いはない。
おっと、そうなるとやっとつかんだISO審査員という職を失ってしまうかな、アハハハ」
氷川
「あのさ、ちょっと思いついたことがあるんだが・・・今は法改正情報提供というビジネスが大流行だ。ISO14001認証が始まってからはますます盛況のようだ。何十年も前から加除式の法律のサービスなんてしていたところが何社かあったよね。年に2回くらい女性が来てさ、事務所の片隅で差し替えをしているのを見たことがあるだろう」
三木
「あるある。あの加除式の法律の本というか紐でとじたものを誰かが読んでいるところを見た記憶もないが、使われていたのだろうか? お守りみたいなものだったのかな」
氷川
「2000年頃だったか電子政府というのができてさ、あれを見て俺は、これでは加除式の法律サービスをしていた会社はつぶれるだろうと思った。
ところがだよ、一般人が法改正を調べるというのは相当困難なようで、今では加除式のサービスをしていた会社は、ISO14001が現れてから法改正情報提供というビジネスを始めて大繁盛だと聞く」
三木
「ほう・・・私は不勉強だ。そういうことを全く知らなかった」
氷川
「気にすることはないさ。おお、俺の言いたいことは彼らのビジネスの将来じゃない。
そういう法改正情報提供サービスから情報を入手していても規格適合なら、組織の上位機構つまり本社や業界団体から同等の情報を入手しても規格適合だろう。そして更に進んで何をしなければならないという指導を受けても規格適合じゃないのか」

三木は氷川の言葉を咀嚼するためにしばし沈黙し、お湯割りを二三口飲んだ。
「肴が切れたな」と言って、氷川は焼き鳥盛り合わせと枝豆を頼んだ。
ヤキトリ 枝豆
三木
「そいじゃ話は次に進むが、今うちのグループ企業や工場の多くはISO14001認証しているが、手順書上では個々の工場が官報などをウオッチして、制定や改訂があれば内容を精査して必要な場合対応するとなっている。氷川君の話だとそれは真実とは異なるわけだが、そういったことを実態に合わせなければならないということになるのかな?」
氷川
「正直言って俺はISO14001が現れるまでそんなことを考えたこともないし、工場の人たちも考えもしなかっただろうなあ。
まあ、気分の問題ってのもある。工場の連中が俺たちは言われた通りにしているだけだと思ってファイトをなくすのも困る。彼らが一生懸命に法律を調べて頑張っているんだと信じているならそれでもいいんじゃないのかい」
三木
「当然、ISO的にもそれが事実であるということにしてよいというわけだね」
氷川
「いいんじゃないの、というかそれは三木君のような審査員が判定することだろう」
三木
「外部からの情報を基にする方法が問題ないとして、それはどの企業にも一般化できるものなのかい?」
氷川
「当社グループのように本社が環境情報を収集し内部展開してくれるところならありだろうなあ。でもグループ企業でも上位組織があまり面倒見がよくないとか、独立している中小では頼れる外部があるかどうか」
三木
「さっき話が出たけど、行政からの通知を頼りではどうだろう?」
氷川
「行政と言ってもひとくくりにはできないよ。土地土地によって実施状況は異なるんじゃないか。田舎では地元に働き口がなくなると大変だから、自治体はかなり企業寄りで面倒を見てくれる。そのうえ市町村職員自身がその土地の人だから、それは一生懸命だよ。
しかし都会、特に東京の区部ではその反対で工場は出ていけって考えているから頼りにならんな。それと工場が地域の行政とどのくらいコミュニケーションをしているかというのも大きいね。
もうひとつ、そこの商工会議所とか同業者の組合の有無、その実態などにもよるだろう」
三木
「なるほど、そうなるとやはり自立した組織でないとならないか」
氷川
「結局、すべての会社はユニークだから、その会社の状態とおかれた環境に見合った方法を考えないとならないだろうね。なんでもそうだけど、物事は簡単にこうだなんて決めつけられるものじゃないよ
ところでさ、ボトルが空になっちゃったよ。もう一本いく?」

三木は自分も飲む方だと思っていたが、底なしの氷川に呆れた。
どうでもよいことですが・・「ユニーク」とは普通「珍しい」とか「奇妙」という意味で使われますが、原意は「only one」で「他とは違う」ことです。
すべての企業もすべての人も、もちろんあなたも、みなユニークなのです。
ちなみにuniqueの反対語は辞書ではcommonですが、私はstandardではないかと思います。企業がすべてユニークならば、ISO規格の手におえるのかってのは面白いところかと(ダジャレを分かってくださいな)

うそ800 本日の反省
今回こそ7,500字以内にしようと思いましたが、結果ははるかにオーバーして11,000字、前回宣言した目標8,500字達成はかなり難易度が高そうです。100を切るどころか10,000を切るのが夢?
プロットだけにして、余計な会話をなくせば文字数は減りますが、それじゃ私が面白くありません。



akiJapan様からお便りを頂きました(2016.03.17)
番外編の御礼
おばQさま 審査員物語の番外編がはじまり喜んでおります。毎日期待させていただきます。
ところで私はISO14001:2004の返上を進めております。しかし、お客様の取引条件にEA21レベルの認証が必要とありますので仕方なくEA21は認証、登録しようとしています。近くのEA21事務局は地元のソフトボール仲間でして飲み仲間でした。楽しく認証申請が出来そうです。
しかしISO規格を読み込めば読み込むほど認証機関の過去の対応に疑問が生じてきます。それに対応させられた過去の当社担当者の苦悩を想像しております。
社内規定の点数法なんてやめました。個人カードも追ってやめたいと思っています。が、どうなることか。ISO規格に群がるムラ、環境法に群がる環境ムラ、まるで原子力ムラのようです。法が1本変われば利益も変わる。食われるのは真面目なわたしたち被認証企業ですね。5月に2004年版での第2回定期監査後に返上予定です。認証機関の営業マンはメールが一本来ただけです、「是非、認証継続してください。」普通の営業活動ではお客様へすっ飛んで行きますよね。
今後とも学習させていただきたく番外編に大きく期待しております。

akiJapan様 お便りありがとうございます。
以前(3/3)にもお便りをいただきましたが、そのときはなぜか本文なしでしたので、いたずらメールかなと思っておりました。
認証返上に対する認証機関の対応ってのも面白いですね。私も超初期の1995年だったと思いますが、ISO9001更新しませんなんて伝えたら(当時はeメールなどなく電話で)、先方からの回答は「ロゴマークの清刷りと審査登録証は貸与しているものですから、早急に返却願います」ということでありました。まあ商売っ気がないというのか、上から目線というのか、
でもあれから20年経っているわけですが、akiJapan様のところの対応から見るとあまり進歩はしていないのかもしれませんね。
そういえば、私が働いていた数年前のこと、関連会社から「日系大手の某認証機関に審査の見積もりを申し込んだのだけどひと月たつのに返事がない。おばQさんからフォローしていただけないか」なんて電話を受けたことがありました。ビジネスの常識じゃありませんね。茶目っ気とおふざけの私ですから、その認証機関にフォローする前に某外資系大手に電話したら、そこの取締役が翌日にお土産もって「ぜひ当社に」とその関連会社を訪問してました。日系大手の某社は私がフォローして数日後に訪問したようです。普通のお客さんはどちらにするか明らかですよね。ISO業界はその辺も改善が必要ですね。
規格解釈も怪しい、営業精神もない、上から目線と三重苦では・・・


ジャッカル様からお便りを頂きました(2016.03.18)
ジャッカルと申します。
先月、6年半ほど勤務しました介護施設を退職致しました。
原因はISOです。
私が勤務していました介護施設(特養)では9001、14001を取得していますが、誰もISOを理解をしておらず、無理やり事務局の担当になること数回、さすがに限界が来て、退職しました。
事務局と言っても、名目上は委員会となり、ISO推進委員会なんて名前があり私は委員長職を命令されていたわけなのですが、誰も教育してくれませんのでおばQさまのサイトを参考に、自分なりに理解を深めつつ認証の対応や維持をしておりました。
在職中はおばQさまのサイトにたくさんお世話になりまして、ありがとうございました。
一つ質問なのですが、介護施設が9001ましてや14001を取るメリットなどあるのでしょうか?
担当していた間、自分なりに意味を見出そうと努力してみましたがまったく結果は出せませんでした。自分の力量不足なのか、そもそも無茶なのか。
審査員物語番外編も楽しく読ませて頂いていますが、可能であれば介護施設のISOの意義について書いて頂けるとありがたいです。
まったくこの年になってISOが原因で退職と言うのもバカバカしいというか理不尽な気持ちで一杯です。
ちなみに私自身は介護士ではありません。長文失礼致しました。

ジャッカル様 お便りありがとうございます。
ISOが原因で退職されたとは大変でしたね。同情します。世の中にはISO事務局を担当してその心労で自殺したという方もいらっしゃいます。まさにISOの弊害は重大であります。
ISOとはなんぞやとなりますが、当然一般論としてのISOではなくISO規格による認証制度とは何かということです。
実はこれ簡単明瞭です。ISO認証とは組織(企業)がISO規格を満たしているよということを外部に宣言(宣伝)するためです。おばQはいい加減なことを言うなんておっしゃってはいけません。それはISO14001やISO9001の序文に書いてあります。
じゃあ外部に宣伝すると何か良いことがあるのか?となりますが、単に自慢するわけではありません。企業が提供する製品やサービスを買うお客様が安心して買いたい、そのためには売り手の会社が一定水準以上であってほしいと思います。一定水準とはなんでしょうか? そんなもの存在しません。お客さんが考えることはみなそれぞれです。たまたまというかそのために品質用としてISO9001を作り、環境なら、安全衛生ならといろいろとISO規格を作りました。ISOというものは国際機関で貿易を円滑にそして促進するためにいろいろな基準や標準を作っているだけで、特段お金儲けとか政治的にどうこうというわけではなく、「私たちはこんな基準を作ったわよ、ぜひ使ってね」というだけです。
そこでISO規格を基に会社を調査(審査)して、ISO規格を満たしているなら認証証を発行するという商売を始めた人がいるわけです。そういう人たちを認証機関と言います。
「そんなこともうとうに分かっておるわ」とおっしゃるでしょう。そうです、世の常識です。
では次に進みましょう。物の価値とはなにかといえば、いろいろな見方考え方があります。宗教や哲学での価値もあるでしょうし、市場における価値もあります。ISOは俗世間のことで、神も悪魔も関係ありませんから、市場における価値という観点で考えればよろしいでしょう。俗世間の価値といっても、マルクスの労働価値という考えも効用価値というのもありますが、まあ私たちみれば効用価値、いかほど役にたつのかということでしょう。
元々はお客様から「お宅と取引したいけど、お宅の会社に監査に行くほど暇じゃない、だから証拠としてISO認証してくれ」と言われた企業がISO認証しました。つまり審査員はお客様の代理だったのです。実際に1992年頃はISO審査員は「顧客の代理人」と自称していました。
これとは別のISO規格の利用を考えた人もいます。会社を良くしようとしたとき、トヨタとか富士ゼロックスなど一流企業を真似ようとしてもどうしたらよいかわからないというのが現実です。「そうだ!ISOがあるじゃないか」と考えた人はISO規格をみて自分の会社が取り入れるべきところを取り入れしなくても良いと考えたものはしないという方法を取った人もいます。それもまた一つの道でしょう。
ところがまた別の人がいました。「ISO認証していると一流企業と取引ができるらしい」さらには「ISO認証していると良い会社だとみなされるようだ」と思い込んだのです。
思い込んだら試練の道を行くのは星飛雄馬の1960年代ですよ。いまどきはやりません。でもいつしか取引のために認証する会社も、自分の会社を良くするためにISOを利用する会社もなくなり、ウチはいい会社だと宣伝するために認証するのがほとんどになったのです。
でも私自身がアンケートしたことがありますが、ISO認証すると良い会社だと思う一般消費者は1割くらいしかいません。残りの9割はISOなんて気にもしません。全く知らないのかもしれません。
ではジャッカル様のご質問である「介護施設が9001ましてや14001を取るメリット」はなんなのかとなりますが・・・その前にメリットがあるのかないのかということをはっきりさせないとならないでしょう。
私はまったく介護施設というものには無知ですので、ネットで介護施設の選び方というのを調べました。大事な人あるいは本人がお世話になるところですから、選び方については多数のウェブサイトがありました。ジャッカル様の方がお詳しいでしょうけど、介護のレベル、費用、所在地、立地、評判、医療サービス、アクティビティなどなど・・
でもISO認証していることというのはありませんでした。
「教えて!Goo」に福祉施設のISO認証についての質問がありました。
ご一読をお勧めします。
ともかくジャッカル様がお勤めだったところがISO認証したということは、経営者が認証は価値があると判断されたということでしょう。その決断は客観的でなく主観的なことですから本人以外その価値判断は理解できません。
介護施設向けのISOコンサルというのも存在しているようです。
このウェブサイトを眺めると、お客様への宣伝効果、職員の意識向上、仕事の標準化、他の施設との差別化、会社を強くするといいことが書いてあります。私には是非はわかりません。
元々介護施設は業務マニュアルを作り、各種記録も残さなければならないはずです。つまりISO認証しようとしまいと、実質は同じではないかと愚考します。正直言ってISOの手順書とか記録なるものは、おかしな解釈がはびこって本来の意図とは全くかけ離れてしまったのが現実です。本当は従来からある文書とか記録がISOの要求を満たしているはずなのですが。
そんなことを考えると、ISO認証するメリットなるものはISO認証しなくても元々介護施設には付帯しているはずだと思います。そして元々そんなものがなかったなら、ISO認証しても身に着くはずがありません。それは介護施設ではなく製造業や流通などで過去20年間で実証されてきました。改めて介護業界で再検証することはありません。

いや待ってください。介護施設を利用する観点だけではなく、介護施設で働く人の求人に効果があるでしょうか? そうでなくても介護関係は人手不足ですから。
これもキーワードを変えてネットを調べましたが、ISO認証していると求人に有利とか、求職者がISO認証を調べたという書き込みはありませんでした。

結論として、ジャッカル様のご質問である「介護施設が9001ましてや14001を取るメリット」はないということのようです。認証証を得るために年間何十万百何十万というお金を使うなら、その分職員や施設に使うとかしたほうが介護の質向上、評判を良くする効果があるのではないかって気がします。
私もあと15年もしたら介護施設を探すようになるかもしれませんが、ISO認証を気にすることはないですね。正直言ってISO規格はなくならなくても、ISO認証が15年後に存在しているとは思えません。
これから歯医者に行きますので、本日はこれまで!

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