審査員物語 番外編9 陽子パートに出る(その1)

16.04.18

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。

審査員物語とは

三木が三日間の出張から帰還すると、いつものように陽子が玄関まで迎えにでてきた。
出張の荷物は重いので、今どきの審査員はみなキャスター付きのバッグを持ち歩いている。三木はそれをそのままゴロゴロと廊下を居間まで引っ張っていく。築20年ともなると傷がついても気にしなくなった。
バッグを開けて衣類を引っ張り出す。陽子はそれを黙って受け取り洗濯機まで持っていく。そしてキッチンで三木の夕飯を準備する。
三木はいつも陽子に感謝している。昔から三木は育児も家事もしたことがない。審査員になってからは不在が多くなりまったく手を出さない。実を言って洗濯機に放り込むことはできても、どのボタンを押すのかさえ分からない。そして干すくらいはできるだろうが畳むとなると皆目見当がつかない。
バッグは居間のクロゼットに押し込むと、三木は風呂に入った。
お刺身 風呂から上がると夕飯が用意されていた。三木が出張から帰ってくる日は、陽子は食べずに待っている。二人そろったときは一緒に食べて飲む。陽子もけっこう飲む。三木はどこで飲むより陽子と二人で飲むのが一番うまいと思う。とはいえ最近は三木も弱くなって二人で3合もあれば間に合うようになってしまった。少し悲しい。
陽子から話を始めた。

三木の家内です
「あなた、先週大学の学食の面接に行ってきた話はしましたよね?」
三木
「うんうん、今週の火曜日から仕事と聞いたけど、仕事はどうだい」
三木の家内です
「アハハハハ、面白いのよ〜」
三木
「どんなふうに面白いの?」
三木の家内です
ハンバーガー 「学食っていっても学校の中にいくつもあるわけよ。もちろんどれも外注業者が入っているわけだけど、まずハンバーガーチェーン店でしょう、それからうどんのチェーン店、あと普通のいわゆる学食がふたつ、その他に職員用のレストランがある」
三木
「なるほど、学生は食べ飽きないようにあちこち渡り歩くわけだ」
三木の家内です
「その他にコンビニが入っているので、おにぎりとかサンドウィッチを買う学生もいる」
三木
「ふーん、陽子が働いているのはその普通の学食になるわけか」
三木の家内です
「そう。メニューなんだけどまず定食、つまりご飯とみそ汁とメインのおかずとたくあんとかの組み合わせね、メインによって肉定食、魚定食とかみっつくらいあるわけ。細かい内容は日替わりよ」
三木
「なるほど、俺はそういうの食べるの好きなんだよね。その他には?」
三木の家内です
ラーメン 「チャーハンとかラーメンとか、カレーとか、スタンダードなものはあるわ。とはいえ普通の食堂ほど種類はないの。刺身定食とか天ぷら定食なんて食べる子はいないからね。
それに数も出ないし、一日300食しか売れないのよ。それを聞いたときギョッとしたわ。パート代が滞るかと心配したわ、アハハハハ」
三木
「それは少ないなあ、それに学食は客単価が安いだろうし、一日の売上が10数万では・・」
三木の家内です
「もっとも家賃、電気、ガスとかいったものは、大学から補助というか低廉で提供されているそうよ」
三木
「それにしても経営を考えると恐ろしい感じだ。商売になるのかねえ
ところで陽子は何をしているの? 仕事についていけないなんてことはないの?」
三木の家内です
「あなた、なに言ってんの、楽勝よ! 定食なんて揚げ物とか簡単なものばかりだし、だいたい作り置きしてあるので、注文があるとサッサっと組み合わせてお盆に載せれば終わり」
三木
「じゃあ、家で炊事するのとはイメージが違うんだ」
三木の家内です
「炊事というよりもピッキングっていう感じでしょうかねえ〜、家庭で炊事の経験がなくても手順に従って手を動かせば出来上がりって感じかな」
三木
「レジとかもするんだろう。お金を扱うときは気を付けてくれよ」
三木の家内です
「そうそう、お金だけじゃないんですけど、学生の1割以上が外国人なのよ」
三木
「ほう、それほど留学生が多いのか」
三木の家内です
「留学生なのか労働者なのか・・・入学してもめったに学校に来ないで湾岸の工場で働くのが本業って学生も多いようですよ」
三木
「中国かい?」
三木の家内です
「9割9分はそうですね。まあそれはそれとして、留学生の言っているのが聞き取れるようになるまで、あっ留学生の話す日本語をですよ、レジと注文受けはしないでって言われたの」
三木
「なるほど、それはそうだ」
三木の家内です
「でもねえ〜、学食で注文する日本語にも不自由なら、講義なんて聞き取れるんでしょうか?」
三木
「ランクの低い大学は学生を確保するのは大変なんだろうなあ。でもまだ四大だからいい方だよ。偏差値が低く無名の短大なんて留学生が過半を占めているからね。定員130名の内、留学生が80名とか90名なんてとこもあるらしい。
同僚に年に何度かTOEIC試験を受けている人がいて、あるときそういった短大が試験場だったそうだ。廊下に各種資格試験合格者が張り出されているそうだが、見るとTOEICとか簿記検定などの他に実用日本語検定もあってD級も掲示されていたそうだ。学校や職場でコミュニケーションするには最低C級必要と聞くけど、D級合格者の名前を張り出すようではどうなんだろう。
そういう学生は勉強ではなく、労働目的で来日しているのだろうなあ〜
そこまでレベルを下げなくちゃ学生が集まらないなら大学止めればいいのにと思うよ」
三木の家内です
「そうそう、学生集めといえばね、今ISO14001認証の準備中なんですよ」
三木
「へえ!確かに大学がISO認証するのは流行ってはいるが、認証すると学生が集まるのかね?」
三木の家内です
「なんだか経済紙で環境問題で有名だった編集長が教授になって、その方がISO認証していない大学は遅れているとか言い出したとか」
三木
「ああ、わかったわかった。その人はいろいろな意味で有名だ。そうか彼も大学教授になったんだ」
三木の家内です
「ともかくですよ、
----三木が空になった陽子のぐい飲みに注ぐ--
あら、すいませんね
それで、学食もISO対応って大騒ぎなんですよ」
お銚子
三木
「大騒ぎって、学食がISOだからって何かすることってあるのかね?」
三木の家内です
「私に分かるはずありませんよ、店長がしょっちゅうISOの会議に呼び出されて、仕事にならないってぼやいていました」
三木
「学食は外注業者とさっき聞いたけど、どういう位置づけなのだろう?」
三木の家内です
「私は入ったばかりですから分からないのは当然としても、以前からいたパートの人たちも何が何だかわからないって。みんな店長がアタフタしているのを見ているだけなの」
三木
「まあなんだ、面白そうだから陽子が学校で見聞きしたことを教えてほしいな。おっと、俺がISO審査員をしているなんて言わないでくれよ。火の粉が降りかかるのはごめんだ」
三木の家内です
「分かってますよ、私だってばかじゃありません。
あらお酒がないわ。この前裕子が来たとき京都の有名なお酒だって持ってきたのがあるから、あれを出しましょう」

陽子がたいそう立派な箱に入っている4合瓶を持ってきた。
三木の家内です
「裕子がこの酒について講釈を語っていたけどおいしいのかしら?」
三木
「俺にはうまいもまずいもないよ。飲めれば十分だ」
三木の家内です
「さっきの続きですけどね・・・ええと、私がどんな調査をしてくればいいんですか?」
三木
「いやいや、調査なんてそんな・・・」
三木の家内です
「いえせっかくですからあなたのお役にたたないと」

三木は苦笑いする。陽子は何でも本気になってしまう。
三木
「そうだなあ、まず認証するのがどんな形なのかということがある」
三木の家内です
「認証する形? どういうことでしょうか?」
三木
「昔カフェテリア認証なんてのがあった」
三木の家内です
「カフェテリア認証? つまり日本語でいえば学食だけ認証するってことでしょうか?」
三木
「ご名答! ズバリそうなんだ。なんでもインドのことらしいけど、大きな工場の食堂だけISO認証したのだが、外部には工場全部がISO認証しましたと広報したのでそういうのをカフェテリア認証と呼んで、だめですよということになった」
三木の家内です
「なるほど、そりゃそうよねえ〜、隣のベンツをウチの車ですっていうようなものね」
三木
「それで陽子の勤めている大学のISO認証が、大学全部なのか、あるいは一部分なのか、その辺がまず知りたいね」
三木の家内です
「私の勤めている外注の学食までISOだって騒いでいるんですから、大学全部だと思いますけど・・・ああっ、そうよね、ひょっとしたらですけどカフェテリア認証と同じく学食だけ認証して大学本体は認証しないってこともありますもんね」
三木
「それからちょっと違うけど、大会社の本社がISO認証しましたというのをよく見ると、ビル管理だけのISO認証で、本社の機能である統制とか営業とかISO認証外というのは今の日本でも結構多いんだ」
三木の家内です
「それってカフェテリア認証とまったく同じように思えますが・・・」
三木
「カフェテリアと違うのは、認証範囲を正直に言うところかな。カフェテリア認証は嘘をついているのが悪いわけで、正直に言えばダメってことではない。
似たようなものに行政つまり県とか市町村がISO認証しましたっていうのをよく見るけど、これも市役所の建物管理だけを認証していて、市の本来の仕事である廃棄物処理とか教育や福祉、それに水道やバスなどの市営の事業を無視というか除外しているのが多い」
三木の家内です
「詐欺みたいですね。よくあるじゃない、消防署の方から来ましたって言って、消火器を売りつけているの
消防署の方から来ましたって言えば、普通の人は消防署の関係者だと思うわよ」
三木
「厳密に言えば詐欺同然だろうねえ。でも嘘を言ってはいない。
こう言っちゃなんだが、俺たちも商売だからあまり厳しいことを言ってお客さんが逃げちゃお金にならない。まあ、なんだ、そのへんはいろいろだ」
三木の家内です
「まあ大人の世界ってところですかね。ところで大学の場合はどういうことになるんでしょうか?」
三木
「カフェテリアは論外として、うーん、一番簡単なのは大学の施設管理だけ認証するってことかな。その場合は廃棄物とか電力とかが対象になって、大学本来の教育とか研究は除外する。もちろん学生も関係ない」
三木の家内です
「ええっと、壁新聞のようなものに環境ISO学生会議なんてのが主体になって活動しているなんて書いてありましたから、学生もメンバーに入っていると思いますけど」
三木
「いやいや、活動に学生を巻き込むのは常套手段だけど、認証範囲に学生が入っているのかどうか、そこは聞いてみないとわからない」
三木の家内です
「うーん、あなたの言ってることがわかりませんけど」
三木
「仮にだが、大学の施設管理だけを認証しようとしたとする。その場合の主体は大学の総務部になるのだろうけど、活動のテーマとか仕組みつくりの検討に学生を参加させることはあるだろう。そのほうが盛り上がるし、対外的にも宣伝になる。
とはいえ学生が参加していても、認証範囲は建物とかエネルギーとか廃棄物だけが対象で学生そのものというか、大学の本業である教育とは関係ない」
三木の家内です
「ああ、そういうことですか、分かったような気がします。
でも大学なんですから教育や研究を含まなければ意味がないですよね」
三木
「そりゃ意味があろうがなかろうが、外に対して認証しましたと言うのと言わないのは大違いだから、なりふり構ってられないということもある。それと学生を含めると手間暇が大変だ」
三木の家内です
「はあ? 認証するときの料金が人数に関係するとか?」
三木
「もちろん費用は人数が多くなれば高額になる。とはいえ費用逓減の法則でもないが、1000人を超えるともう料金表のカーブが寝てくるからそんな違いはない。あそこの学生数は5000人くらいかな。それくらいいても審査料金は1000人の倍にもならないだろう。
実はそれとは別の問題もある。さっき陽子は留学生が多いと言ったよね」

参考までに: 審査工数は人数と組織の複雑さなどによって決まるが、複雑さが中程度の場合の初回審査工数(人日)は次のとおりである。

有効要員数審査工数(人日)
46〜658
86〜12511
426〜62516
876〜117517
4351〜545028

審査工数の増加傾向は対数曲線のようだ。
表中で欠けている人数についてももちろん決まっている。

しかし疑問がある。工数に関わらず審査報告書が同じページ数というのはどういう理由なのだろうか?

cf.JAB MS305「QMS及びEMS審査の工数についての基準」

三木の家内です
「そうなのよ、学食の注文で苦労するくらいなんだから、講義を聞いて分かるのかどうか・・・」
三木
「俺も工場の審査をしているけど、最近は工場で外国人労働者は非常に多い」
三木の家内です
「あれ、就労ビザなんて簡単じゃないでしょう?」
三木
良くわからないが南米に移住した子孫だと簡単に働けるようだ。その他韓国人・朝鮮人は在日の親戚を頼ってくればフリーパスじゃないのか。
非常口
EXIT
安全門
非常口
emerg^ncia
выход

ハングルを表記するため
にはUnicodeにしなけれ
ばならないのです。めん
どくさいので止めました
それから就学生とか研修生とか大学などでない学校とか研修名目で働いている外国人がものすごく多い。国籍はフィリピン、ネパール、イラク、タイ、ベトナムもういろいろだよ
あのさ、工場なんかに行くと、いやデパートでも事務所でもいいんだけどさ、非常口、消火器、トイレなら男女の表示ってあるよね、まあ以前から日本語と英語は併記していたが、それが韓国語、中国の簡体字、ポルトガル語、タイ語その他いろいろと書かないとならないとなると、もう大変だってことがわかるだろう。法律でそういう表示を決めているのかどうか分からないが、安全など重要なことは働いている人が読める文字で書いてないとまずい。そもそも出入り口とかトイレの男女がわからなくては仕事にならない」
三木の家内です
「そうするとISO認証の範囲に中国人の学生も含んでいれば、そういう出入り口とかトイレとかに中国語の表示をしなくちゃならないということかしら」
三木
「いやそれだけじゃなくて、ISOが決めている手順書というかルールを関係者が読めなくてはまずいからね。
例えばごみを分別しましょうとあれば、その分別の方法を書いたものを所属する人全員が読める言葉で書かなければならない。もちろん学生がみな日本語の読み書きができればいいけど」

一瞬焦ったこと 実は私、「文書・記録はそれを使う人が読める言語でなければならない」と規格にあると頭から信じ込んでおりました。この文を書くときに、さてどこにあったかなと調べましたら・・・そのままの文章ではないけどありました、よかった。
ISO14001:2015 7.5.3 a)文書化した情報が、必要なときに、必要なところで、入手可能かつ利用に適した状態であること。
関係者が読めない言語では利用に適した状態ではないと言えるだろう。
なおISOMS規格のオリジナルであるISO9001:1987では下記のようでした。
4.5.1 a) The pertinent issues of appropriate documents are available at all locations where operations essential to the effective functioning the quality system are performed.
【JIS訳】 品質システムが効果的に機能するために不可欠な活動を行うすべての部門において、適切な文書の適正な版が利用できること。

上の文では「issues」を「版」と訳しているが、英英辞典を見ると「issue」には「version」という意味はなさそうだ。「issue」はプリントして発行したもの(アクチャルなハードコピー)というニュアンスが第一義のようだ。「issue」を「発行されたもの」と読めば問題ない。
なお、2004年版のISO14001では原文が「version」で「版」と訳している。訳は問題ないが、これでは備えてあるのが外国語の手順書であっても良いことになり、問題だと思う。私はこれには今まで気が付かなかった。

三木の家内です
「それは無理だわね。仮に3年生4年生になったときには読み書きに不自由しなくなったとしても、新入生がごみの分別表とかエアコンの温度設定基準を読めなかったらどうしようもないもの」
三木
「もちろんその他いろいろあるが、いずれにしても対象となるものはとんでもない数になるね。つまり外国人がいるとそういうインフラ整備にものすごく手間暇がかかることになる。JR駅の表示が英語、中国語、韓国語が併記されたために、割を食った日本語が小さくなって分かりにくくなったという不満もあるそうだ。物事は簡単にはいかない」
三木の家内です
「でもおとうさん、それっておかしくないですか。あのですよ、元々中国語の表示をしないと困る人がいるならば、そんなことISO認証と関係なくしなくちゃならないことですよね」

陽子の無邪気な言葉を聞いて一瞬、三木はタジタジとなった。
そうだよな・・・ISO規格にあるからするってのはおかしい。世の中のものごとは必要だからしている、そして現実にしているから規格に盛り込んだと考えるのがまっとうな流れだろう。規格に書いてあるからしなくちゃならないと考えるのは考えが逆だ。
しかしISOに関しては、誰もが規格にあるからしなくちゃならないと考えてしまう。その心理状況そのものが異常ではないのか?

×

規格

→

現実

規格

←

現実

ISO規格に書いてあることなんて、ISOと関係なくそもそもしなくちゃならないことなんだ。いやしているのが当たり前のことだ。とすると今までしていなくてISO認証するためにしなくちゃならないってのは、今までが怠慢なのか間違っていたということじゃないのか?
留学生や外国人労働者がいるなら、彼らが安全に便利に気持ちよく生活できるような働けるような状況を予め整備しておかなくてはならないんじゃないか。
いや待てよ、外国人に限らず、表示に限らず、そもそもISO規格が要求していることは当たり前にしておくことなんじゃないのか?
文書を作れとか、教育しろとか、内部監査をしろとか、そんなことISO認証していなくても当然すべきこと、しなくちゃならないことじゃないのか?
ちょっとしたことではありますが、 こんなふうに私の見解と言いますか、現実のISO活動への風刺をちりばめているわけでございます。
いやそれを言いたいがためにこのウェブサイトを主宰しているわけでして
2015年の今もまさに「ISO規格2015年に対応するために会社の仕組みをどのように変えるべきか」とか「いかに波風を立てずに2015年版対応するか」などというバカげたことを語るコンサル、講習会を開く認証機関、途方に暮れている会社担当者が巷にあふれております。
みんな馬鹿かと・・・
まっとうな人なら何もしないに違いありません。もちろんまっとうな認証機関は「従来問題がないなら規格改定になっても会社の仕組みが変わるわけがない」と語っています。
「マニュアルを書きなおさなくてはならないだろう」って?
おかしいなあ〜、マニュアルなんて言葉が規格にあったか?

三木
「言われてみれば確かにそうだよなあ〜、ISO認証に書いてあるから必須ということじゃなくて、認証しなくてもしなくちゃならないことには違いない」
三木の家内です
「わかったわ、とにかく認証範囲を確認することと・・・」

陽子はいつのまにかメモ帳を取り出していて書き取っている。
三木はそれを見て苦笑いする。

その後、三木は陽子と一緒に後片付けをして、食洗機に食器を入れる。陽子は三木が一緒キッチンにいるのが楽しそうだ。
三木だって家事を分担してしなければと思ってはいるのだが、家にいるのは明日の土曜日だけで日曜日の午後にはまた出かけなければならない。しかたがないと心の中で自分に言い訳する。
そうだ、明後日出かけるときの着替えの準備は自分がするようにしようと三木は誓う。

三木は布団に入ってからいろいろと考えた。
工場の審査で今までも大勢の外国人労働者を見てきた。外国人労働者というと群馬県、愛知県が突出しているが、そこばかりではなく日本全国津々浦々どこにいっても外国人がいる。社会問題的な見方はともかくとして、ISO審査において外国人労働者をどのように位置づけるのかということはあまりよく考えていなかった。

外国人労働者が多いのは群馬・愛知ではありません。ただ一部地区に外国人が集中していて外国人に占拠されたように見えるのは愛知・群馬かと思います。
以前、群馬某所に長期出張していた時、歩いている人は外国人だけでした。なにせ群馬は車がないと生活できないと言われていて、土着民はみな車を使っていましたから。

そういえば今まで三木は外国人労働者にインタビューしたことがない。そもそも審査に行ってISO事務局や経営層あるいは各部門の管理者にインタビューをするものの、一般従業員には形だけそれも他愛ないことを聞いているだけだ。これからは外国人労働者にも聞かなければいけないなと思う。
となると聞くことはまず環境方針になるだろう。環境方針は組織内のすべての人に伝達しなければならない。であればすべての労働者が読めるように多種の原語に翻訳しておかないとだめなのか。でもロシア語だとかベトナム語とか三木に読めない言葉なら、まっとうに訳しているのか嘘っぱちなのか判定しようもない。そもそも労働者が文字を読めないならどうするのか? 認証組織に文字を読めない労働者がいたら認証しないってのはないだろう。
もし日本語を読めない外国人労働者が「ボスの命令で動いている」と言ったら、それは適合なんだろうか?
 ワカラン
ワカラン
いやそもそも「伝達」の原語は「communicate」であるが、これは日本語化したコミニケーションとは意味が違う。本来は「考えを理解させて行動させること」を意味する。方針の直訳とか全文でなくても、重要なことだけ口頭で伝えれば用は果たすのではないか? 規格で方針はドキュメントであることを要求しているが、伝達するときにそのドキュメントを使えとは要求していないのだから口頭でもダメではない。言い換えれば、方針を言葉として知っていても実際に行動していなければ規格不適合じゃないか。
そこで三木はまた考えを引き戻される。振り返えれば、三木は今まで日本人の社員に質問するときも「方針を知っているか?」と聞いて、方針カードの提示があればOKにしていた。今考えると、あれじゃ全く見当違いだよなと思う。じゃあどうすればいいのだろう。
「方針を知っていますか」
「その中であなたが関わることは何ですか」
「あなたはそのことについて何をしていますか」
「それで成果は出ていますか」
そんなことになるのだろうか?
いや待てよ・・・と三木はまた考える。
従業員が方針全体を知る必要はないと思える。自分が関わることを知っていればよいのだ。となると、
「あなたの仕事で課題は何ですか」
「あなたはそのことについて何をしていますか」
「それで成果は出ていますか」
となり、相手の回答を聞いて審査員が方針との整合をみて適合か不適合を判断することになるように思える。
管理職ではなく担当者、作業者レベルの目標はそうとうブレークダウンされてトップの方針との整合を評価するのは難しくなるだろう。
そうなると方針が展開されたものと各人の活動目標は同じになるのではないか。いや異なっていたらそれこそおかしい。社員の仕事における活動目標は、自己啓発でもないし個人の趣味で決まるものではない。上長から命じられたことを達成することである。
三木はまた考える。
方針にも階層がある。社長の方針を一般社員が聞いても漠然としているし、自分の職務との結びきもイメージできないことも多いはずだ。職階というのは社長の考えを展開するために存在する。社長のビジョンを具体的にするのが上級管理職であり、それを数値に展開するのが中級管理職で、その数字を達成するために部下を動かすのが下級管理職である。(ここでいう上級とか下級というのは概念である)

『火の用心』というたとえ話がある。社長が「火の用心」と言えば、取締役、部長、課長と各職制、職階に展開して、一般社員は、消火器の点検、避難訓練、非常持ち出しなど自分の担当することを再確認し、実際に訓練したりするのは当たり前だ。

ご尊顔職階火の用心の場合環境方針の場合
社長社長火の用心を忘れるな当社は省エネに務める
福原取締役防火月間行事を立ててくれ工場やオフィスの事業所省エネ、製品使用時の省エネ、流通の省エネの計画を立てろ
部長部長各課の実施事項を今月中にまとめるように電気、重油、エアの各使用削減計画を立てろ
課長課長うちの課は消防施設の点検が担当だ俺たちは空調の省エネをする
川端五郎係長消火器の点検項目は○○手順書で、点検順序とこの配置図に従って、日程と担当は・・おーい、この計画表で実施するぞ
桧垣担当計画に従い消火器と消火栓の点検を実施しました。結果は・・私の担当の点検と清掃を行いました

じゃあ方針を知っているかと聞くこと自体ナンセンスということになる。ISOが要求しているのは各階層の人たちに知ってほしいのは方針の文言ではないはずだ。その人が何をするかではないのか。
そして各人の活動目標は職位により部門により一人一人違うわけだ。となるとインタビューでは環境方針を知っていることを確認するのではなく、環境方針を理解してその中で自分が担当することを知り何をしなければならないか考えて行動しているかを聞かねばならないことになる。
汗汗

汗

汗
いやあ、参ったぞ
汗

汗
「えー、おれがしていたのは全く勘違いだったのか」
そう思った瞬間、三木はドット冷や汗が出た。今まで自分がしてきた環境方針の審査は完璧に間違っていたような気がする。あれはお遊びだったのか。お遊びだとしてだ、それは自分が規格を理解していなかったからなのだろうか? それともそんなことは分かっていたけれど質問された人が回答に困るだろうから分かりきったことを聞いてきたのだろうか? 審査報告書に書くための証拠つくりだったのだろうか?
そんなことを考えると、今までの仕事に確信が持てず足元が崩れていくようで不安に駆られる。

うそ800 本日の暴露話
この話、過去に読んだ気がすると感じられた方、あなたは記憶力が良い。だいぶ前に私の家内が某大学の学食にパートに行ったことを書いたことがありました
なんと今から11年前のことです。そのときその大学でISO認証活動をしておりました。つまりこの「うそ800」は10数年の歴史があるのです。すごいですねえ〜
なお某大学の某教授とは、ご推察の通り



外資社員様からお便りを頂きました(2016.04.18)
おばQさま
例によって、本旨に関係ないツッコミで済みません。

南米に移住した子孫だと簡単に働けるようだ。その他韓国人・朝鮮人は在日の親戚を頼ってくればフリーパスじゃないのか

これは明らかな誤解ですね、意図的に書いていたならば表現の範囲でしょうが、ご参考まで。
日本の日本人の定義は、血統主義ですから定住ビザは、日系二世は簡単です。親が出生時に国籍を離脱していなければ簡単に定住ビザが認められます。 但し、子の出生前に国籍離脱をしてたら、日系人でも特例はありません。
日系三世までは、この条件を満たせば簡単にとれます。 ですから、南米移民は無関係で、移民先が北米だろうが、ヨーロッパだろうが同じです。
台湾と半島の人は、「元日本人」でしたから、その関係で「平和条約国籍離脱者」及び「平和条約国籍離脱者の子孫」により定住権が認められています。 海外で出生した人は適用外ですから、親戚を頼ってきても駄目です。
特に北は国交がありませんから入国も困難、それ以上にあの国から出られること自体が、物凄い特権階級なのだと思います。
今の大学は外国人留学生頼みで、私の知人に「都之西北大学」の教授がおりますが、中国、韓国、台湾の高校をおとづれて留学の勧誘をしています。 有名私立でも、そんな状況で、実際2割くらいが留学生のようです。

それにしても、陽子さん いい奥さんですね。
旦那さんと、こうして会話があるのは、とても良い関係だと思います。
    外資社員

外資社員様 いつもご指導ありがとうございます。
外国人労働については外資社員様は専門でございましたね。
ご指摘の件につきまして、三木氏の発言は一般人の認識として書きました。そしてその発想の根拠は私の過去の経験です。
私が田舎にいたとき、在日韓国人というのは、それこそ私の生まれる前から住んでいた人しかいませんでした。そして身近なところにいて、近所にも会社の同僚にもいました。しかし都会に来るとそうではない在日韓国人がたくさんいます。家内がパートに行った先には、近年韓国から来た夫婦が働いていました。夫婦の両方あるいは片方が日本生まれで永住資格があるのかどうかはわかりません。その同僚は我が家にも遊びに来たことがありますが、日本語が不自由でしたし話の様子ではどうもその様子はありませんでした。詳細を調べたわけではありませんが、韓国人が日本に住むというのは他の国、例えばタイなどに比べて簡単であると私は感じました。
過去に勤め先がタイ工場の優秀な女性工員をご褒美の意味で日本に招待しようとしたとき、日本で夜のお仕事に就くのではないかと、とんでもなく審査が厳しかった記憶があります。たった数日の旅行でさえそうでした。ブラジル人や韓国人が日本に来るのは簡単ではないというならそうでしょうけど、それは絶対値の見方であり、相対的にはその他の国よりハードルが低いのは間違いないと思います。それは現実の工場などで働く在日外国人の人数で裏付けられています。
それと日系二世とか三世のことですが、世界に住んでいる日系人の数は下表です。
国別人数備考
ブラジル1,400,000
アメリカ1,000,000
ペルー800,000諸説あり
カナダ68,000
アルゼンチン32,000
オーストラリア20,000
メキシコ17,000
パラグアイ7,700
ボリビア6,700
チリ1,600
11〜16位5,000コロンビア、キューバ、ベネズエラ、ウルグアイ、エクアドル

これを見れば「二世、三世」云々の対象者は100%南米移民の子孫であることが明白です。もちろん先進国であるアメリカ、カナダ、オーストラリアからも日本に出稼ぎに来る可能性はありますが、単純労働ではないだろうと思います。
つまり文言上は「南米移民は無関係」ですが「南米に特化している」というのが事実かと思います。
これも比較の問題ですが、二世三世の要件がなければ、つまり二世三世云々が優遇されないなら現状よりも東南アジアからの人が多いだろうと推察します。

ご指摘いただいた文章
南米に移住した子孫だと簡単に働けるようだ。その他韓国人・朝鮮人は在日の親戚を頼ってくればフリーパスじゃないのか
について、議論の対象とするなら厳密に形容詞で対象者を限定する必要があることは認めますが、小説の中での会話としては特大問題視するまではないと考えます。
そして「簡単」とか「フリーパス」という語は、元々絶対値ではなく相対的な比較で用いたつもりですのでご了解いただきたいと思います。
余談ですが、かって二世であることの証明がずさんがまかり通っているという報道がありました。どうなんでしょう?

名古屋様からお便りを頂きました(2016.04.18)
その昔、最初にISO14001認証をとった時には「環境方針は全構成員が読めなくてはならない」って事で英語の他にポルトガル語とか中国語でも作った記憶です。
そう言えば「おいおい、ボリビア人って何語を喋るんだよ!」って困ったものでしたっけ。
しかし、そうして作ったモノがホントに「正しい翻訳か」と言われると、それを検証する確固たる手段があるワケでは無い上に、人によって言うことが異なったり・・・

名古屋鶏さん 毎度ありがとうございます。
20数年前、タイでISO9002認証したときのこと、社長に絶対に方針カードなんて配らない、掲示もしないでいきましょうと言いました。ところが前日になって社長弱気になって2・3か所に方針を掲げました。
でも審査になって審査員が「これほど方針を配ったり掲げたりしていないで、方針が徹底しているところはなかった」と言ったので、陰でガッツポーズをしましたね。
ああもちろん、あとで社長を冷やかしたりはしませんでしたよ。あの当時はISO認証は大イベントで、一緒に活動した人は戦友って意識がありましたね。

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