*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。
審査員物語とは
「準備は完了したつもりですが、何を聞かれるのかということになると見当つきませんし心配です」
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「既に審査で聞かれることと回答例をリストして配布していますが」
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「ああ、拝見しました。あれを見ると質問もわかりやすく答えやすいものばかりでしたが・・・でもあんなふうにシャンシャンと進むのでしょうか?」
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「どこでも環境方針を知っていますかというのが定番と聞きましたけど」
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「それに対しては配布された環境方針カードを見せると書いてありました。それでよろしいですね」
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「それでよいと思います。あれ!今猿さん、笑ってますね」
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「笑ってませんよ。よく皆さんに笑っているといわれますがこれが地顔です。 今の話ですが、環境方針の要求事項は方針カードを持ってることではありません。周知することです」 | ||
「周知するというのは掲示したり配ったりすることでしょう」
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「日本語で周知とは知らしめることです。知らしめるとはカードを携帯するとか壁に貼ることとは違うでしょう。 ところが本当はまた違うのです。規格に書かれているのは英語ではコミュニケイトという言葉でして、その意味は『周知』ではなく『to make someone understand an emotion or idea』つまり『考えや思いを理解させること』なんです。ですからカードを持っているのは日本語でも周知を証明しませんし、暗唱できたら日本語でいう周知されていることを証明するかもしれませんが、元々の意味の理解させたことにもなりません。 実を言って私はコミュニケイトとは理解させることではなく、その方針を受けて行動させることじゃないかって気がしますね」 | ||
「ええ、じゃあ、どういうことをすれば方針が周知されていることになるの?」
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「理屈から言えば立証することは困難というか不可能ではないかと思います」
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「今猿さんのおっしゃることのわけがわかりません」
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「結局、悪魔の証明みたいというかその一変形なんですよ。悪魔の証明とは存在しないことを証明することです。ものごとが存在することを証明することは可能ですが、存在しないことを証明することは論理的に不可能なのです」
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「悪魔の証明はわかります。でも方針が周知されたことは存在の証明でしょう。それは可能ですよね」
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「方針と言ってもその内容は多々ありますし、周知された結果のリアクションも多様でしょう。周知されるべき範囲は無限ではないでしょうけど漠然としたものであり、その範囲が満たされていることを示すことは悪魔の証明でしょうね」
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「なるほど、わかりました。いや、わかった気がします」
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「おお、それでは三木さんのお考えをお聞きしたいですね」
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「環境方針を周知しましたかという質問はあり得ないということです」
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「えっ」
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「そもそも審査員は要求事項が満たされているかを確認するのであり、要求事項が満たされているか質問するのではありません。ですから環境方針を知っていますかという質問はあり得ないでしょう。それで済むなら審査員のお仕事って子供にもできます。 審査員は環境方針が周知されてるかをいろいろな切り口で質問し、周知されたという心証を得なければならないということです」 | ||
「まさしくその通りと思います」
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「はあ? どういうことでしょうか?」
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「私の考えですが、例えば審査員は『あなたのお仕事は何ですか?、そのお仕事で重要なことは何でしょうか?、それについてあなたが不具合が起きないように日々努めていることとか改善を進めていることは何でしょうか?』というような質問をして、環境方針とその人の行動がマッチしているかを確認することだろうと思います」
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「御名算」
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「ちょっと、ちょっと、それって環境方針ってたくさんの項目がありますよね。全部の項目について確認するとなると一体どうするのですか?」
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「でも宇佐美さんは環境方針のすべてに関わっているのでしょうか? その人に考えさせ行動させるのはその人が関わることだけでしょう。関わらないことまで周知することもないでしょう」 | ||
「それじゃ方針に書かれていても、関わらないことは周知されなくてもよいのですか?」
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今猿はファイルをとりだし環境方針を開いた。
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「ええっと、『大学の在学生、卒業生及び職員に対して環境教育を行い環境知識、意識の向上を図る』とありますが、それについて宇佐美さんはなにをするのでしょうか? あるいは『広く環境保護に関わる研究を行い、地域社会を含めて教育、啓蒙活動を推進し、また地域社会、行政の環境施策に参画し、社会の環境保護及び環境教育に積極的に貢献する』なんて、大学生の立場としては主体的にはできないと思います」 | ||
「それを言われたらそうですが・・・・すると僕は何をしたらいいんでしょう?」
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「宇佐美さんが今環境方針に書かれたことを実行していないなら、それこそ環境方針が周知されていないということではないですか?」
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「ええ!」 | ||
「冗談ですよ。宇佐美さんは今大学のISO認証のために頑張っているわけです。つまり環境方針の中の『大学の環境マネジメントシステムの継続的改善を進める』を実践しているわけですよね。その他に『環境目的・環境目標を定め、省資源・省エネルギー、廃棄物削減などに積極的に取り組む』ということもしているわけですよ」
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「省資源とか省エネ活動もしている記憶がありません」
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「私もよく理解していないようですわ。省エネとか省資源と言われても、自分が何をしているのかと思うと、何もしていないような気がします」
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「ちょっと発言いいかな?」
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「なにをおっしゃる、増田先生がここの責任者です」
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「私も特段、省資源とか省エネということをしているつもりはない。だけど各部屋に表示されている室温を守るとかゴミの分別廃棄は守っている。そういうことは環境方針を実践しているといっていいんじゃないかな?」
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「おっしゃる通りです。その他、今日たまたま学内の掲示板を見て感心しましたが、大学で出る廃棄物のリサイクルの提案募集とかしていましたね。そういったことに提案することも環境方針実現のためのものでしょう」
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「ああそうか、そうすると自分の担当はなにか、自分がしなければならないことを理解して実行すればよいということですね」
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「そのとおり、宇佐美さんが担当でないことをやろうとしてもしょうがありません。 | ||
「ええっと、そうするとさっき三木さんがおっしゃったように、環境方針を知ってますかという質問はないということでしょうか?」
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「アハハハハ、そうなのですがそこが面白いところで、そうとも言えません。なにしろISO審査員というのも玉石混交ですから、石ころのドシロート審査員なら環境方針を知っていますかとくるのはおおありですね」
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「ちょっと、ちょっと、そしたらどうしたらいいのでしょう?」
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「審査でどんな質問が来るのかはわかりません。ですからドシロートが環境方針を知っていますかときたら、素早く環境方針カードを取り出すというのが正解でしょう。 そしてまっとうに審査しようという審査員があなたのお仕事はなんでしょうかときたならば、それには素直に対応すべきだろうと思います」 | ||
「イヤハヤ、簡単にはいきませんね」
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「簡単にいくようにするのが増田先生のお仕事です」
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「えっ、私の仕事!?」
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「そうです。まず審査前に認証機関を訪問してこの大学ではどのような考えで認証準備をしてきたのかというスタンスを説明し納得してもらうことが必要です」
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「それは・・・難しそうだな・・・」
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「正直申しまして現実の審査員は玉石混交で、ISO審査では勘違いもあるし愚問もあります。審査員がISO規格を知らないことによるイチャモンがつくのも毎度のこと。こちらがどのような考えで準備していても必ずやケチをつけてきます。まあ、それが現実です。 ですからなるべく問題が起きないようにしなければなりません」 | ||
「問題が起きないようにできるならしたいですよ。どうすればいいんですか?」
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「この大学ではISO規格をこのように理解している。それはうちの | ||
「ええ!いや、正直言ってですよ、初めは三葉先生のお考えで認証を進めてきたけれど、それではいろいろと不都合があって今猿さんの指導を受けて方向を切り替えて今の姿があるわけですよ」
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「三葉先生はこの業界では有名人です。ISO審査員と言っても環境の専門家とか環境の権威ってわけじゃありません。三葉先生はこの世界では権威なんです。三葉先生がこう語ったといえば審査員の9割は同意するでしょう。ですから今までしてきたことはすべて三葉先生のご指導のもと、三葉先生のお考えを実現してきたということにするのです」
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「ええ?」
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「そう思い込みなさい。そりゃ、増田先生の考えで今の仕組みを作ったのだというのもありかもしれません。でも申し訳ありませんが増田先生は三葉先生ほど有名ではありません。 ですから三葉先生のお考えで活動してきたと断言するのです」 | ||
「わかりました。それは三葉先生にもお話しておかなければなりませんね?」
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「いえいえ、そのようなことをすることもありません。三葉先生がそんなこまかいことを気にされるとは思いません。三葉先生がおっしゃった基本的な考え方を展開すればこうなるのだということです。そもそも三葉先生は漠然としか語ってませんから矛盾はありませんよ」
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「ほんとうですか?」
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「大丈夫です」
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「ええっと、私は今猿さんのお話に納得しましたが、審査員は納得するものでしょうか?」
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「それを増田さんが納得させるんじゃないですか」
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「えええ」
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「ただ、そうですね。審査まであとひと月ですか・・・大学のISOの考え方をA4二三ページにまとめて審査員に事前に説明しておく必要があるでしょう。それがイチャモンを防ぐ予防処置です」
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「確かに今までほかの方に聞いたISO審査の状況から考えるともめるというか、議論になりそうですね。そいじゃ審査の前に増田先生が審査員とお会いしてここの考え方を説明して、問題が起きないようにしたほうが良いでしょう」
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「そのとき、つまり認証機関には今猿さん、ご同行していただけますか?」
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「審査員はコンサルとは会いませんよ。おっと審査のときも私は出席できないんです。コンサルは存在してはいけないものなのです。ですからビデオとか録音して後で私に聞かせてください。おっと、ビデオも録音も禁止ですから見つからないようにね」
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増田は恨めしそうに今猿を見た。 | ||
「大丈夫ですよ。認証機関には私も同行してよろしいのでしょう?」
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「それは増田先生が決めることですね。認証機関はいやとはいいません」
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「それじゃぜひ三木さんご一緒願いたいですね どのようなことをまとめていかなくちゃならないのでしょうか?」 | ||
「考え方全般ですが、ここでは計算で著しい環境側面を決めるなんておかしなことをしていませんから、そういったことについて我々はこうしている、それは三葉先生の指導もあるし、規格からも間違いではないというように簡単にまとめたらよろしいでしょう」
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「我々の考えを説明するのはいいのですが、相手がそれを納得するものでしょうか?」
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「先ほども言いましたが三葉先生のご指導なるぞ、控えおれということでしょうね。もちろん私たちがしていることが間違いとは考えていません。まっとうだと確信しています」
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「増田先生、とりあえず一日二日で今猿さんのおっしゃったことを私がまとめましょう。それを今猿さんを含めて討論して理論武装しましょう。 認証機関訪問については増田先生からアポイントをとっていただけないでしょうか?」 | ||
「いやあ、血沸き肉躍るという感じでしょうかね これは楽しみだ」 |
今猿さんはうれしそうだったが、増田准教授の顔色はそれほど良くはなかった。
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1週間後、増田と陽子が認証機関に事前説明に行った。相対するのはリーダーの中村氏と高久主任審査員である。 名刺交換を終えてさっそく本題に入る。陽子もISO事務局に来てからは印刷屋とか看板屋などと付き合いができて名刺ソフトで自分用の名刺を作っていた。 | |||||||||
「もうわざわざ認証機関にお見えになられる時代じゃありません。失礼ですがおたくさんはもう大学としては50番目か60番目になるのでは?」
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「そうですねえ、もう早いとは言えませんね。とはいいましてもうちはあれでしょう、ご存知と思いますが三葉直々に指揮を執って進めておりまして他の大学とは少しというかかなり趣が異なっておりまして・・」
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「三葉・・・あ、○○新聞で環境がご専門だった三葉さんが大学教授になられたと聞きましたが、あの・・」
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「そうです。三葉は今までのISOが形骸化しているといたくお怒りでして、真のISO認証をわが校で実現すると決意しまして・・・ISO規格の神髄を実現すべく、実を言いまして我々も厳しい薫陶というか特訓を受けております」
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「ほう、真のISOとは」
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中村はいささか侮ったような口ぶりである。 | |||||||||
「三葉も環境なかでも持続可能性あるいは廃棄物の専門でありますが、ISOとくに認証の実務についてはあまり経験がありません。それで彼の知己、ISO委員の神田先生とか吉畑先生などにご相談されまして、今までのありふれたISO認証のための仕組みではなく、ISO規格の意図を実現しようとさまざまな施策を我々に下命されまして」
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中村は神田と吉畑という名前を聞いて姿勢を正した。ふたりとも日本のISO14001の重鎮だ。この二人が言ったことを否定したのでは審査員生命はおしまいだろう。 | |||||||||
「ほう、神田先生と吉畑先生ですか。さすが三葉先生のすることはすごいですね。そのへんのコンサルなど相手にしないというわけですか」
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「私はISO規格を英語で読んでこういった意図かと考えた程度ですが・・・ああ、ご存知と思いますがISO規格とは英語版のことで日本語訳はJIS規格でまったくの別物ですからね。ISO規格では1行がJISでは2行になっていたり、誤訳が散見されまして、日本語版だけを読んでいては審査もシステム構築もできないのはご存知の通りです」
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増田の一方的な言い分に、中村と高久は変な顔をしながらも必死にうなずいた。 | |||||||||
「ところが英語版を読んでもやはりその真意と言いますか悟りの境地まではいけないわけですよ。三葉は神田先生や吉畑先生とお親しいようで何度も打合せを持ちまして我々の疑問点の解消や我々の解釈に問題がないかなどクリアにしてきました。」
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「ほう、それは・・・・たいしたもんだ、いやご立派な進め方ですね」
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「それじゃ、お宅はISO審査を受けて認証するまでもないじゃありませんか?」
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「いえいえ、だからこそISO認証してこれが本当のISOだというのを世に示したいのですよ」
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高久と中村は顔を見合わせた。神田、吉畑両氏がOKしているなら、審査に行っても不適合などを出せないじゃないか。審査どころか勉強に来いということか。 増田はふたりの気持ちを知ってか知らずか陽気に話をつづけた。 | |||||||||
「ということで審査で今までの企業や大学と違うところが多々あると思います。そんなところで無駄な時間を費やすのもあれですから、本日は我々のというか神田先生たちからご教示いただいたことをどのように実現したかということの説明をさせていただきたいと思いまして」
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「なるほど」
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「まず環境方針ですが・・」
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1時間ほど後に増田と陽子が去ってからも、中村と高久は会議室に座ったままだった。● ● | |||||||||
「高久さん、あの話をどう思いますか?」
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「いやはや、過去のISO審査なら不適合がザクザクですね。環境側面は過去から管理していたものプラス新規導入や法改正時に見直すとか、それも点数じゃなくて法律や事故のリスク面などを検討するなんて」
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「とはいえそれが神田先生や吉畑先生に確認しているとなると・・・不適合にはできないね」
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「そうそう環境側面に有益も有害もないですって!? うちでは有益な環境側面がなければ観察にして翌年までに是正していなければ軽微な不適合にすることになっていましたよね」
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「いや最近のことだが、神田先生が講演会で環境側面に有益も有害もないと言っていたというのを聞いた。この前審査部長がうちの公式見解を見直さなくちゃならないとか言っていたね」 | |||||||||
「えっ、そうなんですか。有益な側面がなくてはだめだと力説していたのに、一体どうしたのでしょうか? ともかくそれじゃここに限らず今後の審査では有益な環境側面を持ち出さないほうが良いですね」 | |||||||||
「点数も止めよう。今まで点数じゃなければダメとは言わなかったが、点数でない場合は決定方法が客観的でないという理由で実際問題不適合にしていたが、今回はそこを指摘するのはやめよう」
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「あの増田と言った准教授、環境方針も規格の文言がすべて入っていなければならないなんておかしいですよねなんて笑ってましたが・・」
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「確かに、今までは枠組みとかコミットメントとか、一般の人が入手できるなんて規格通りの言葉が入っていないと不適合だとしていたのに。うちの考えもしっかりしてくれないと困るよ」
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「そいじゃ今回はどうしましょう?」
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「我々も虚心坦懐に規格を、それも英語で読んで適合しているかいないかを判定するしかないじゃないか。 あのさ、ISO規格だけでいこう。うちの統一見解とか内部方針は今回はナシだ」 | |||||||||
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増田准教授と陽子は東海道線の帰りの電車に乗っていた。● ● | |||||||||
「増田先生、ご説明はばっちりでしたね」
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「いやあ、三木さん、緊張しましたよ。でも三葉先生、神田先生、吉畑先生の名前を出したら先方の姿勢が変わりましたね。中村審査員は椅子に座りなおしましたよ。あれを見て心の中で笑ってしまいました」
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「彼らも権威に弱いんでしょうね」
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「というよりも自分がしっかり規格を理解していないから、そういった名のある人の意見に従ってしまうのではないでしょうか」
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「規格を理解していないですって?」
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「だって方針や環境側面のことを説明したとき、彼らの反応をみれば一目瞭然ですよ。慌ててというか驚いたというのか、規格票をめくったりしてましたね。 ただ、だからこそ一旦議論になると水掛け論に陥って、収拾つかなくなりそうですね」 | |||||||||
陽子は自分の夫は規格の理解は大丈夫かなと、いささか心配するのであった。 |