審査員物語 番外編26 信頼性(その3)

16.08.08

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。

審査員物語とは

今日は増田准教授、コンサルの今猿、そして陽子の三人で、鷽八百機械という会社を訪問する。先週の休みに陽子が夫にISO認証の信頼性を話していたら、三木がぜひ鷽八百社の山田氏の話を聞くべきだと言ったのだ。とてもISO認証に詳しい人だという。陽子が大学で増田准教授と今猿にその話をすると、今猿はその山田を知っているという。そして今猿が山田に会う約束をとった。

大手町の大企業を訪問するのは陽子にとって初めてだ。夫が認証機関に出向する前の一年間だけ大手町の本社に勤務していたが、陽子は夫の勤務先に来たことはない。そんなところにどんな格好をしていけばよいのか見当もつかず、デパートに行く服装なら問題ないという夫の言葉を信じた。
受付に声をかけるとすぐに40代の男性が現れて小さめの応接室に案内してくれた。その人が山田氏だった。
名刺交換が始まる。
増田准教授
「山田課長さんのご高名を伺いまして、本日はISO認証の信頼性について山田様のお話をぜひお聞きしたいとお邪魔しました」
山田
「いやいや、私は認証制度なんて専門じゃありませんよ。企業の環境担当者としてISOに関わっているだけです。
今猿さん、お久しぶりですね。大学のISOコンサルもされているのですか?」
今猿さん
「いや既に増田先生の大学は認証しました。今は増田先生がISO認証の研究をされていて、まあアドバイサーというか相談相手というか、そんなことをしております。
たまたま増田先生のアシスタントである三木さんの旦那さんが山田さんをご存じで、ぜひとも山田さんのお話をお聞きすべきだということをおっしゃいまして、また山田さんにお会いすることができました」
陽子
陽子
矢印
上司と部下
増田准教授
増田准教授
矢印
人間関係図 矢印




三木
三木
矢印
審査で会った
山田
山田
矢印
囲 碁 仲 間
今猿
今猿

それを聞いて山田は陽子の名刺をしげしげと眺めて言う。

山田
「あのう三木さんとおっしゃいますとちょっと思い当たる人がいらっしゃいませんが、どのようなご関係で」
三木の家内です
「夫はナガスネの審査員をしております」
山田
「あっ、あの三木さんの奥様ですか! 旦那さんにはいつもお世話になっております」
三木の家内です
「ご冗談を、主人は山田さんのことを先生と呼んでおりました」
増田准教授
「世間って狭いですね。いや山田さんのお顔が広いというべきか」
コーヒーカップ
コーヒーカップ
コーヒージャグ
山田
「ええっと、コーヒーはポットで用意しましたし、時間はたっぷりあります。どうぞ始めてください」

増田はA4サイズ数枚をホチキス止めした資料を山田に渡す。今猿と陽子は同じものを取り出した。
増田准教授
「私はISO14001認証の信頼性について研究しております。ご存知と思いますが昨今経産省も認証制度の人たちも、ISO認証の信頼性が低下していると語っています。その発端は、食品の賞味期限偽装、紙製品の古紙配合比偽装、環境事故・違反の発覚などいろいろと不祥事の報道があります。そういったことでISO認証の信頼性が低下したと考えられたのでしょう。
ああ、報道された不祥事はISO9001もISO14001もありますが、私はISO14001に限定しております。

ISO論文数推移

ISO認証すると効果があるという書籍や論文は、それこそ掃いて捨てるほどあります。最近は新たに書かれる論文も減ってきていますが、それでも大変な数です。しかしそういった論文で認証の効果を定量化したものはみつかりませんでした。そしてまた認証は効果がないという観点でも定量化して論じているのも見つかりません。
ということでISO認証の効果を定量化して議論できるような形にしようと考えたわけです。研究者というのは人のしていないことをしなければなりませんからね。
ところがなにぶんにも私はISO認証を担当したというだけで、ISO認証制度には素人で今猿さんのアドバイスを受けて切り口というか方向性を考えておりました。
しかしすぐに一筋縄ではいかないことが分かりました。信頼性といっても果たして経産省が言っている信頼性がどういう意味なのかも不明ですし、当然何をもって下がったと言ったのかもわかりません。
某大学の先生が不祥事を見逃した審査員を節穴審査員と言っていましたが、検出しなかったことが果たしてISO審査でチェックしなければならないことなのかということも怪しいのです。私の考えを言えばそういう不祥事はISO審査では見つけることができないと思っています。
とまあなぜ信頼性が低下したのかを考える前に、信頼性とは何かさえつかめない状況です。まだ書籍や論文を読んでいる段階ですが、分からないことがたくさんありまして、本日はそれについて山田さんのコメントをいただきたいのです」
山田
「一筋縄ではいかないテーマのような気がしますね。とはいえ私も以前から認証の信頼性とはいったいなにかと気になっていました」
増田准教授
「ちょっと資料をご覧いただけますか。各項目をご覧いただいて、気が付いたことだけでもコメント頂けたら嬉しいのですが・・・」
山田
「まずしょっぱなから『信頼性とはなにか』ですか・・・とても漠然としているとしか言いようがありませんね。ただ私の記憶ではISOに関して信頼性という語句は、『認証の信頼性が低下した』というフレーズでのみ使われていたように思います。ですから、これはもう信頼性が低下したと言っている人に、あなたの考える信頼性は何かと聞くほかありません。たぶん信頼性の定義は人の数だけあるでしょう。増田先生、まずは経産省産業技術環境局に問い合わせるべきですね」
増田准教授
「おお、そうでした」 (増田准教授はメモをする)
今猿さん
「確かに山田さんのおっしゃるように、信頼性がどうとか語っている人はそれぞれが考えている信頼性が違うのでしょうねえ。規格の意図から考えれば遵法と汚染の予防の達成具合でしょうし、認証制度から見たら認証した組織の規格適合具合でしょうし」
山田
「いや認証制度からみたら認証制度にイチャモンが付かないことかと思います。ですから経産省から信頼性が低下したと言われたから信頼性が落ちたということではないのでしょうか」
増田准教授
「うわー、信頼性が低下したと言われたから信頼性が低下したとは・・・再帰的とも思えますが、そういうことなのかもしれませんね」
今猿さん
「まあまあ、それじゃすべてが終わってしまいますよ。
利害関係者のもうひとつ一般社会としては、マスコミとか認証制度が語ることが達成されることが信頼性と考えるでしょうね」
三木の家内です
「マスコミや認証制度が語ることとおっしゃると?」
今猿さん
「ISO14001を認証したことは今ではニュースになりませんが、数年前までは新聞記事になる出来事でした。そういった記事では、環境活動が合格になったとか、環境保全の国際規格を取得したとか、あるいは環境活動が評価されたとか、とにかくそんな風に書かれました。常に環境パフォーマンスがすばらしいこととISO14001が関連つけられていたと思いますね。少なくても認証とは仕組みが規格適合したからという情報は欠落していたと思います」
山田
「認証制度の意味を理解しないで記事を書いちゃいけませんよね」
増田准教授
「認証制度の意味とおっしゃいますと?」
山田
「増田先生はISOの歴史とか経緯はあまりご存じありませんか?」
増田准教授
「一通りは調べたつもりですが・・」
山田
「確かに書籍などではISO規格の構成とか内容の解説があるでしょうし、認証制度の意味も説明しているでしょう。しかし世の中の一般人は認証制度関係者が語ったこととか新聞などに書いてあったことが正しいと思いますし、そういったことが実現されなければ信用できないと思うでしょうね」
今猿さん
「あるいは企業が特定の目的をもって認証してそれが実現できなければ裏切られたと思うでしょうね」
山田
「私もそう思います」
三木の家内です
「そうでしょうか? 新聞を読んでもISO14001なんて頭に残りませんわ。一般消費者は認証制度を信頼する以前に、それがどんなものか知りませんから裏切られたと思うはずありません」
山田
「まあ確かに環境活動が合格したのでISO14001を認証したという新聞記事があったとして、その後に古紙配合比偽装が報道されたとして、そのふたつを結び付けておかしいと考える人はまずいないでしょうね」
増田准教授
「すると信頼性など考えてもしょうがないということでしょうか?」
山田
「いや、信頼性と言われているものをはっきりさせなければならないということです。今までの話は増田先生の疑問を再確認しただけです。
さっき増田先生が認証の効果を書いた本はたくさんあるとおっしゃいましたね、ISO認証がそういったものを約束しているかどうかはともかく、それを読んだ人は多くの人が宣伝しているものを期待しますよ。そしていろいろな効用がある万能薬だと宣伝したために期待が大きくなりすぎたってこともあるでしょうね」
増田准教授
「おっしゃることはわかりますが、現状では認証の信頼性の研究をスタートすることさえできません」
山田
「まず基本的なことですが、そもそも認証制度なんてのは自然科学ではありません。所詮人間が考えた制度です。ですから社会現象として扱わなければならないでしょう。社会現象ですから理屈で動くのではなく、そのときの感情とか雰囲気でどうとでもなるんじゃないですか」
増田准教授
「信頼性というものは、物理的なことではなく認識の問題ということですか」
今猿さん
「そうなると絶対的な指標で表されるものではなく、感覚・感情で測ることになる」
山田
「そうでしょうね。誰も信頼性というものを定義せず、指標も何かわからない。それでも多くの人がISO認証の信頼性が低下したというから、それを聞いた人々がISOの信頼性が低下したと受け取ったわけでしょう。だって当事者が私たちの提供するサービスは信頼できませんと言うのだから、それを聞いた人がすばらしいと思うわけがありません。
今日から関係者がISO認証の信頼性が向上したと言いだせば、一般人のISOに対する信頼は向上するでしょう。そんなもんですよ」
今猿さん
「株とか為替と同じで誰かが言い出すと、なだれを打って買いや売りに走って暴落暴騰というあれですか」
三木の家内です
「だとすると、経産省が信頼性低下してきたなんて言ったのは、為替に対する口先介入のような位置づけなのかしら。それじゃまじめに考えることもありませんね」
増田准教授
「ええっと、山田さんがおっしゃった認証制度のことですが、ISO14001というのは1992年のリオ会議で持続可能な発展のためには、環境保全に関する規格が必要だと判断からISOに国際規格の作成依頼をしたということから始まったということでいいですね」
山田
「ISO14001規格の始まりはそうとも言えるでしょう。でも認証とか信頼性ということを考えると、もっと以前からの流れを知っておかないとなりません」
増田准教授
「ぜひご教示願いたいですね」
山田
「詳しく正確に知りたければ認定機関とか経産省にヒアリングに行くべきです。といっても昔のことに詳しい人がいるかどうか定かではありませんが。
現在のISO第三者認証制度というものは、長い年月をかけていろいろな世の中の動きによって出来上がってきたわけです。
一つの流れは第二次大戦のとき軍需物資の品質を確保するために軍が品質保証の規格を作ってそれを守らせたという歴史があります。その後その考えが一般の商取引に広がった。イギリスのBS5750が有名ですが、元をたどればアメリカのMIL規格などからきているわけです。そういう品質保証の規格とそれに基づく監査というのが一つの流れですね。
別の流れもあります。元々電気製品とか自動車とか安全にかかわるものは国が基準を決めて合格したものの販売を許可していたわけです。しかし時代が強制規制から規制緩和へ、政府主体から民間主体という動きもあったわけです。以前は電取法と呼ばれた電気用品取締法というのがありました。まさに取り締まりですね。21世紀になって電気用品安全法、略して電安法となりました。電気製品を国の試験を受けて登録するのではなく自主的に試験して届けるようになった。それは日本だけでなく全世界的な動きです。
また別の観点もあります。1980年代日本の品質は世界一なんて豪語していました。しかし本来品質は顧客が決めるものであって、企業が決めるものではありません。だから品質が良いなんてことは企業が言えることじゃありません。製造者の立場からではなく消費者の立場でという発想の転換もあったわけです。
もっとも日本人の考える品質と、英語のqualityは同じではないようです。日本語の品質にはグレードとか性能という意味もありそうです。それどころか納期も品質のうちなんて言い方もありますし」
今猿さん
「そう考えるとアメリカのULなんてすごい先見の明というか時代に先んじていたのですね」
山田
「すべてのものごとには事情があって今があるわけですからねえ〜、アメリカには独立独歩という気風もあったでしょうし、なによりもULができた当時は粗雑な電気製品による火災、人災が多かったからでしょう。いやそういう事情があったから保険会社は消費者を守るためでなく自衛のためにULと言う制度を作ったのでしょうね」
今猿さん
「山田さん、そういうことの他にグローバルなこともあったでしょう、GATTとかWTOとか。
TBT協定がなければISO規格なんて広まらなかったと思います」
山田
「おっしゃるとおり、非関税障壁などを取り払おうという国際間の動きもありました。といっても、実際は競争力のある国が有利になるようにごり押ししたってことでしょうけどね」
三木の家内です
「GATTやWTOは新聞などで見かけますが、TBTとは何ですか?」
山田
「内容はいろいろあるのですが今の話に関係することは、国際規格がある場合は国内規格を作ってはいけないということでしょうね。ISO9001があるので品質保証あるいは品質マネジメントシステムについて日本独自のJISを作っちゃいけないのです」
増田准教授
「うーん、見方によれば傲慢な論理ですね」
山田
「まあそれに同意して協定を結んだということでしょうね。もちろん結ばないと貿易に多大な支障が出ると・・・先ほど言った先進国の唯我独尊そのものでしょう」
今猿さん
「少し前のこと、ISO14001の講演会にいったらISO委員がISO14001では不十分だから日本独自のエクセレントEMS規格を作るなんて語ってました。そしたら聴衆からTBT協定違反になることについてはどのように検討しているのかという質問があり、立ち往生していましたけど」

参考までに: 2008年か2009年だったと思う。ISO14001の講演会でISOTC委員がエクセレントEMS規格を作ると語って会場から質問をされたらWTO/TBT協定を知らなかった。TBT協定を勉強しますという回答だった。
スーパーISOというものを唱えている大学教授もいるが、彼の場合は有名でもなく力もないから誰も気にしていないのか・・

山田
「アハハハハ、何をするにも前後左右というか、規制とかいきさつを知らないといけませんね」
増田准教授
「ISO認証というのはそういう裏にあるいろいろな動きで作り出されたものであるということですか?」
山田
「そうですね、今猿さんと私があげたことだけでなくその他様々な要因があったでしょう。例えばISO9001がこれほど世界に普及したのはEU統合の影響が大きいです。それはEU内の工業国、まあドイツやフランスが自分たちの利益を守ろうとした非関税障壁だと私は考えています」
増田准教授
「ISO規格は非関税障壁をなくすためだとおっしゃいましたが、非関税障壁を作るためだったのですか」
山田
「ISO14001の序文に『これは非関税障壁ではない』とありますが、そうであるからこそ言い訳を書いているとしか思えないですね。まあ欧州には欧州流の建前と本音があるのでしょう」
今猿さん
「国内取引でISO認証を要求するのは独禁法違反らしいですが、現実にはISO認証してと言う会社は多々あります。そしてその意図は品質保証とか環境遵法を期待するのでなく、単に取引を断る理由ってこともありますね。あれも非関税障壁と同じでしょうね」
増田准教授
「お聞きするとドロドロした政治のようなものですね」
山田
「政治、そうまさしく政治の世界でしょう。システム以外のISO規格の制定改定でも各国の利害は対立し損得が直結します。画像ファイルの形式、メモリーカードの規格、DVD、ブルーレイ、USB規格すべて国家の利益そのものです」
今猿さん
「私の知り合いにメモリーカードのISO規格作成に参画した方がいましてね。その方は日本に大いに貢献したと誇りを持っていました」
山田
「もちろんそうでしょう。電車やバスなどの非接触のスイカなども日本発ですよ。今は発明が即国家の利益です。自分たちの方式がスタンダードになると著作権が期待できる」
今猿さん
「ISO規格も日本の認証機関の解釈よりイギリスの認証機関の解釈の方が尊重されますものね」
山田
「認証の考え方もいろいろなことが組み合わさって出来上がってきたわけですが、審査員もいろいろですしね」
増田准教授
「いろいろと言うと?」
山田
「ISO審査員といっても前歴は多種多様です。とはいえいくつかのパターンに分けられます。
船級検査なんて聞いたことありますか、」
増田准教授
「船級検査? うーん、耳にしたことはありますが、なんでしたっけ?」
山田
「船には船主も荷主も当然保険をかけます。でもその船がまともに建造されていなければ保険会社が保険を引き受けたくないでしょう。一般の工業製品と違い船は複雑で長期間かかりかつ大量生産ではない。そんなことで船が仕様通りにしっかりと作られたかどうかを検査する必要があり、それを船級検査といいます。まあ実際の仕組みは複雑なのですが簡単に言えばそういうことです」
増田准教授
「なるほど、おっしゃることはわかります」
山田
「1990年頃、ISO9001の審査が始まったとき船級検査の会社がISO審査を始めたところがいくつもあります。ロイドやBVとか日本でも頭に海事がついている認証機関はそんな歴史があります。
もちろん審査員もISO審査に移ったわけです。当時の審査員も今では70代後半、あるいは80代でしょう。変なことを言うようですが彼らが存命のうちに当時の審査とか認証の状況についてヒアリングしておくとよいですね。今とは大違いですからね」
増田准教授
「なるほど、」  増田はメモをする
山田
「船級検査をしていた人たちは船や石油採掘プラットフォームだけでなく砂漠の中の石油プラントなどの検査をする人たちもいました。彼らは紳士というよりも肉食動物のような方が多かったですね」
今猿さん
「意味深ですな」
三木の家内です
「どういう意味でしょうか?」
山田
「はっきり言って、当時は審査で気に入らないこと、つまり資料が出てくるのが遅いとか質問をはぐらかされたりすると机を蹴ったり怒鳴ったりというのはよくありました。
あっ肉食動物とは乱暴だというだけではありませんよ。当時そういった審査員の方々から酒を飲みながらいろいろお話を聞かされました。当時は審査中は毎晩宴会でしたからね。アフリカの治安の悪いところに行ったとか、人間の食べるものじゃないようなものを毎日食べたとか、大変だったと思います」
今猿さん
「アハハハハ、ワイルドですね。そいじゃ今の審査員は草食動物ですか」
山田
「それも野生ではなく家畜レベルでしょう。我々も身の危険を感じることなく審査を受けられるとはありがたいことです」
今猿さん
「アハハハハ」
山田
「審査員だけじゃありません。当時の認証機関は鼻息が荒かったですよ。ISO9001の認証が始まったとき認定機関は民間じゃありません」
増田准教授
「認定機関が民間ではないとおっしゃいますと?」
山田
「イギリスのDTI(the Department of Trade and Industry)日本語訳すれば貿易産業省というのでしょうか、日本の経産省に当たるようですがそこが認証機関を認定、つまり免状を出していました」
増田准教授
「そういう時代もあったのですか」
山田
「ええと1994年頃なのかなあ〜、定かではありませんがそのころ認定を国家がしてはいけないということになり認証機関が認定機関を作ったのです。イギリスならUKASですね。だから当時は認証機関の人は認定機関を上位とは思っていませんでした。認証機関が認定機関を作ったという意識があったのです」
今猿さん
「ほう!そういう経過があったのですか」
山田
「それ以降は今猿さんもご存知でしょう。日本でも数多くの認証機関ができました。JQAとか日科技連など元からある財団法人系、業界団体系、地方行政が作ったものなどなど、そしてISO認証制度が始まるとさまざまな企業からドット流れ込んできました。品質管理担当者がISO9001の審査員に、環境担当者がISO14001の審査員に。初めは上位の管理者、部長級が多かったですが、やがて課長級、担当者級が多くなりました」
三木の家内です
「うちの人もそういう一人だったのでしょうね。うちの主人は品質や環境担当者ではなく営業マンだったのですが、出向するところがないとかで審査員になりました」
山田
「確かにいろいろな方が流れ込んできたという感じはありますね」
今猿さん
「私の経験では、審査員になる前にえらかった人は現場を知らず、担当者クラスは細かすぎるという感じでしたね。どっちにしても問題でした」
山田
「ISO9001の場合はULの検査員からの流れもありましたね」
今猿さん
「UL検査員だった人たちは、あまり常識はずれなことを言わなかったように思います」
増田准教授
「常識はずれと言いますと?」
今猿さん
「お土産を要求したり、宴席を強要したりということでしょうか。細かいことではUL検査員は工場に来るタクシー代は自分で払うのが当たり前でした」
増田准教授
「ほう・・・・言い方を変えるとISO審査員はタクシー代を訪問先に払わせたのですか?」
今猿さん
「そういう人は多かったですね。1990年頃は企業側も一刻も早く認証したいというところが多かったですから、飲ませろ食わせろお土産をというところが多かったです。そしてそういったことが問題になりませんでした。饗応が問題になったのは21世紀になってからでしょう」
山田
「ともかくいろいろな人がISO審査員になったわけですよ、人は自分の体験とか学習したことを基に生きていくわけで、それまでの経験を踏まえて審査したわけですから生物多様性ならぬ審査員多様性だったわけですね」
増田准教授
「すみません、山田さんが審査員多様性とおっしゃいましたが、それは審査も多様性があったということですか?」
今猿さん
「山田さん、発言してよろしいですか。
増田先生、その通りです。審査員の経歴によって大局的な審査もあり、具体的運用の審査もあり、文書がメインの人あり、現場がメインの人あり、
私のコンサル稼業では相手に合わせるというのも必要なテクニックなのですよ」
三木の家内です
「うーん、お話を聞いていると、うちの人がどんな審査をしているのか想像するのが怖いです。山田さんはご存じなのでしょうけど」
山田
「最近言われている信頼性ですが、そういったことも審査員の経歴と関係するのかなという気もします」
今猿さん
「はあ、どういうことでしょうか?」
山田
「ISO審査は抜き取りですから、必然的に不良品というか不適合の見逃しが混入します、それは許容しなければなりません。
しかし今現在、認定機関も認証機関もISO認証の信頼性が低下したと言いながら、ISO審査が抜き取りであり消費者危険はゼロではないという説明をしたことはありません」
今猿さん
「私もそれはおかしいと思っています。ただ抜取検査と違い、ISO審査はAQLとか消費者危険とか生産者危険なんてことを設定しているわけじゃないでしょう。ええと審査工数を決めた規格がありましたね」
山田
「規格じゃなくてガイド66の付属書じゃなかったかな」
今猿さん
「あの工数は何を根拠にしたのかというのも分かりませんが、消費者危険を考えて決めたわけではないでしょう」
増田准教授
「すみません、消費者危険とは何でしょう?」
今猿さん
「話すと長くなります。後で別途ご説明しましょう」
増田准教授
「分かりました」
山田
「さっき申した船級検査だけではないですが、保険会社が審査でミスすることもゼロではないと思います。ミスは一定あることを納得して仕事をしていると思います。そもそも保険会社は、生命保険であろうと自動車保険であろうと丸儲けというのはありません」
増田准教授
収支相当の原則ですな」
山田
「そう、保険契約者全体が支払う保険料と保険会社が支払う保険金が等しくないとなりません。どんなビジネスだって暴利は許されません。妥当な利益と経費分はもちろんですが」
増田准教授
「それを言うなら、銀行の金利とサラ金の金利だって、回収不能のリスクで決まるのと同じですね」
山田
「そうそう、サラ金は焦げ付きを銀行よりも多く想定しているでしょうし、それを飲み込んで事業をしているわけです」
今猿さん
「それがどのような関係があるのですか?」
山田
「私たちは一回限りという仕事はしていません。継続して仕事をしているわけです。そして神ならぬ人間ですからミスもリスクも必然的にあります。ですからそのリスクを見込んで仕組みを作り、その上で日常業務をしているということです。
船級検査やプラントの検査、いや普通の生命保険の審査だって審査のミス、見逃しというのは当然ある一定確率で生じると理解し、それを考慮した制度設計をしているはずです。あるいは品質管理をしていた人たちは抜取検査とはどういうものか当然理解しているでしょう。
しかしそういう経歴でない人は抜取検査を理解せず、抜取であっても不具合の混入はあってはならないという考えなのかもしれません」
今猿さん
「分かりました。山田さんはISO審査員が、いや認証機関が審査というものは抜取であることそして抜取検査とはどういうことであるかを理解していたならば、審査で見逃すことは当然だと認識していたということでしょう。
そういやあ節穴審査員という言葉を作った某大学教授は抜取検査を理解していたとは思えませんね。理解していたなら節穴審査員と言う前に、消費者危険を減らさなければならないと言うはずです」
山田
「それを理解していれば認証制度を設計したときにISO審査で見逃す率を設定していたはずですし、設定した以上に見逃しが起きたら状況に応じて抜取を調整すると思うのです」
増田准教授
「抜取の調整とは?」
今猿さん
「簡単に言えば、いや具体的に言えば、認証制度側の人たちがISO認証の信頼性が低下しているというなら、審査工数つまり従業員何人の会社なら審査員が何人で何日審査するという基準を見直したでしょう、審査基準は自分たちが決めているのですから。審査の信頼性が低下したと認識したなら信頼性を上げるにはきめ細かい審査をするのが当然であり、5人でしていたものを7人にするとかしたでしょうね。その費用をどうするかはまた別問題です」
増田准教授
「ええっと、普通の抜取検査では不良が多いと抜き取りを増やすとかするのですか?」
今猿さん
「製造者が検査しているときと、買い手が検査しているときでは考えが違います。
買い手の受入検査でロットアウトになったとき、代替えメーカーがあるなら即転注してもおかしくありません。代替えがなければラインを止めないために全数選別するとかで対応することになるでしょう。
製造者が最終検査で抜取検査をしているなら、不良品の混入を減らすために抜き取りを多くする方向になるでしょうし、最終的には全数検査するかもしれません。
ISO審査で考えると、認証機関の判定の精度を上げるのですから最終検査と同じ立場であり、抜き取りを増やす方向になるのはご理解いただけるでしょう。但しISO審査で全数検査というのは不可能でしょうけど」
増田准教授
「なるほど、とりあえず今のお話の場合は信頼性が低下していると認証制度側自らが言っているにも拘らず、審査工数を変えないのは理屈に合わないということでよろしいですか」
今猿さん
「その通りです。そしてそれは明白な認証制度の怠慢ですね」
山田
「もちろんそう状況でなく、当初設定した見逃し率より実際の見逃しが少なかったなら、経産省が苦情を言ってきたときに、『ISO認証の信頼性は基準を満たしている』と説明しなければならないはずです。なぜならそれこそが第三者認証の存在意義ですからね」
増田准教授
「実際のいきさつを見ると、第三者認証制度は見逃し率というものを当初想定しておらず、経産省から行政指導を受けた結果、論理的な是正処置を取らずに迷走しているということになるのでしょうか」
山田
アクションプランなんて公表しましたけどあれも理屈に合いません。実施事項の一番目に審査をしっかりとするということを挙げているけど、しっかりするってなんですかね? その他の項目では審査員の質向上と均質化だけがわずかに目的にかすっている程度で、それ以外の実施項目はお門違いですよ」
今猿さん
「認証制度の仕組みが正しのかどうか私にはわかりませんが、審査工数だけ見ても運用がおかしいですね」
増田准教授
「山田さん、うーん、この問題を調べるには今までに出てきた品質管理の考え方、そして過去のいきさつなどを調べなければならないようです。その辺を勉強して改めて信頼性についてのご高察をお聞かせください。
ただ今までのお話を聞いたことから思うのですが、認証制度というものが無責任だからではないのでしょうか?」
三木の家内です
「無責任とは?」
増田准教授
「船級検査でも受け入れ検査でも、見逃しリスクを費用に織り込んでいるはずです。そしてコストを知らなければ収支相当かどうか判定できません。
しかしISO審査の見逃しかどうかはともかく、認証企業で不祥事が出ても認証機関はなんら対応する責任を負わない。認証制度においては収支相当の原則がそもそも存在していないのです」
今猿さん
「保険会社は保険料を取りますが保険金を払います。認証制度は審査料金を取りますが保険金を払わないビジネスということでしょうか?」
増田准教授
「認証制度が不祥事の損害を負担せよとはいいませんが、信頼性が下がったというなら自らそれを上げるアクションを取る責任はあるんじゃないですか」
山田
「アハハハハ」
増田准教授
「何がおかしいのですか?」
山田
「だって元々認証制度って法的規制ではなく自主的な保証制度を作って規制緩和しようという考えだったのでしょう。それが行政からのお叱りを受けて青くなるようでは・・」
今猿さん
「経産省が問題視しなかったら対策しなかったということですか?」
増田准教授
「言われなくても対策していたという可能性はどうですか?」
今猿さん
「それはないんじゃないですか、JABをはじめ認証制度関係者は2006年まで状況を深刻に見てはいなかったですね。その証拠に毎年ISO9001では公開討論会、ISO14001では環境ISO大会というイベントを開催していましたが、そのテーマを見れば一目瞭然です。
2006年度(2007年開催)まで『ISOを楽しむ』とか『これからの10年』なんて夢を語っていたわけです。
それが2008年に経産省が『マネジメントシステム規格認証制度の信頼性のためのガイドライン』を出したとたん、認定機関、認証機関が青くなったのでしょう。それ以降ISO9001公開討論会のテーマは180度変わって『信頼されるISO9001認証制度』とか『QMS認証の価値向上』ですからね、山田さんならずとも笑っちゃいますよ」
増田准教授
「つまり、それは?」
山田
「よく聞く言い回しですが、目的は手段を正当化しません。理想は正しく高かったとしても運用が不適切であれば制度は崩壊しますし、崩壊すべきです。
1987年ISO9001が作られたとき、二者間の取引に使われることが第一義でした。しかし数年もたたずして第三者認証が主となりそれはお金儲けと同義でしょう。96年のISO14001の序文を読むと、認証よりも規格を基に社内の仕組みを作ることなど活用されることが初めに来ています。ところがこれも実際は第三者認証が主流で環境管理の仕組みつくりや自己宣言にも使えるということを多くの人は忘れてしまったようです」

参考までに:

ISO14001:2015の序文に規格の用途が書いてあるが、その順序は
  1. 自己決定、自己宣言
  2. 顧客などによる確認
  3. 自己宣言+外部の確認
  4. 第三者認証
となっている。
しかしISO14001の使い道をその順序で思い浮かべる人はいないだろう。多くの人は4から1の順序に答えると思う。いや4番目以外を思い浮かべる人がいるかどうか?

三木の家内です
「本来の用途は第三者認証じゃなかったものを、目的外に使っているから不具合が出てしまったということでしょうか?」
山田
「そうかどうかは何とも言えませんが、三木さんの言わんとしていることはわかります。
ISO9001を品質保証の規格として二者間の取引要件に使うことは妥当だと思います。但しそのとき、初版に書いてあったテーラリングは必要条件でしょう。第三者認証を許容した1994年版ではテーラリングがなくなりました。テーラリングを認めては第三者認証は成り立たないのかもしれません。ということはそもそも第三者認証はあり得ないということになるのかな?
ISO14001の場合は二者間の契約にも不向きでしょうから、企業の環境管理体制を省みるときのベースラインとして使うべきもんじゃないでしょうかね。もし買い手が売り手に順守実行してほしいことがあれば環境マネジメントシステムを要求するなんて大げさなことを言わなくても、品質保証協定に個別要求として盛り込めば済んでしまうでしょう。ISO14001の第三者認証そのものの必要性なんてなかったのかもしれませんね。
言わんとしていることは、ISO規格なんて絶対じゃないし、万能薬でもないのです。ガイドライン程度ではないのですか。shallじゃなくてshould程度なんですよ」

ISO審査で審査員と規格解釈で議論して審査員が誤りを認めないことにフラストレーションを持った私が不満を吐き出したのがこのウェブサイトの始まりである。その後、私も仕事の幅も広がりいろいろな経験をすると規格解釈といっても個々の項目ではなく、規格全体の理解というか規格に向かい合うスタンスの問題と考えるようになった。
環境目的は3年だというのをおかしいとするのを前者とすれば、そもそも環境目的を設定すると考えるのはおかしい、以前から事業計画があるわけで、そこに環境配慮を盛り込むとするのが筋ではないかというのが後者と言えるだろう。
しかし更に付き合いが長くなると、ISO認証の問題は規格解釈の範疇ではなく、規格そのものへの疑問、第三者認証の考え方、審査で問題があったときの責任の所在などから、認証制度自体が矛盾を含んでいるのではないかと考えるようになった。
そういったことを理路整然に問題提起しても誰も振り向いてくれないから、このように小説もどきにして世の中に発信している。

うそ800 本日のリコメンド
私は1992年頃からISO認証に関わってきた。最初と二回目は審査員がイギリス人だったが、その後日本人になった。当時の審査員は船級検査をしていた人、砂漠の中で石油プラントの検査をしていた人、イギリスで審査員修行をしてきた人などであった。1996年頃から、そういった恐竜時代か石器時代の審査員は見かけなくなった。
ISO認証の歴史を研究するなら、一刻も早く石器時代の審査員とその審査を受けた人たちにヒアリングしなければならない。彼らが鬼籍に入ったらISOの歴史は研究できなくなる。そうなるとISO考古学になるだろう。


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