審査員物語 番外編33 ISO14001再考(その2)

16.09.12

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。また引用文献はすべて実在のものです。

審査員物語とは

大は小を兼ねず、小さな親切大きなお世話、じゃなくて、心境の変化で本日は7,000文字を目標にする。いつもの長文はやめようと考えた。それなら文字数が少なけりゃ密度は濃いのかと聞かれそうだけど、それは期待できそうにない。
三木である
今日、三木は会社だ。昨日まで三日かかった審査の報告書つくりと、来週の審査の準備である。朝からパソコンを叩いていて、ふと時計を見上げると11時半過ぎだ。昼になると飯屋が混むから早めに出かけようかと立ち上がる。
ちょうどそのとき「三木さん」と声をかけられて振り向くと朝倉がいる。
お忘れかもしれませんが、朝倉朝倉審査員は三木の同僚の審査員です。
朝倉が話をしたいというので、二人はすぐに外に出てそばを食べて会社に戻った。外では仕事に絡まる話はご法度だ。昼になってもお客様との打ち合わせが長引いているところもあり、開いている会議室を探して入る。

朝倉審査員
「三木さんとお話したかったのですよ。審査をしていていろいろと考えることがありましてね」
三木
「なにかありましたか?」
朝倉審査員
「三木さんは環境一筋ですが、私はISO9001の審査員資格をとって最近は統合審査にも参加しています」
三木
「統合審査って最近増えているようですね。お客様の費用削減と審査の効率化とか聞いてます。併行審査とか複合審査とかいろいろあるようですが」
朝倉審査員
「お客様のためなんて言ってますが、本音はQMSもEMSも取り込みでしょう。
統合審査とか複合審査とかいうのは、認証機関によって意味が違うようです。ウチでは統合審査とはMSの審査を合わせて行うことですが、その方法としてISO9001と14001の独自項目はそれぞれの審査員が行う方法を併行審査、同じ審査員が全部するのを複合審査と呼んでます」
三木
「なるほど、なかなかバラエティに富んでいるんだ」
朝倉審査員
「これからは品質と環境だけでなく、さまざまな統合審査が現れるでしょうね」
三木
「規格によって項番が異なるからやりにくいんじゃないですかね。それに文書管理といっても規格によって要求事項も違うだろうし」
朝倉審査員
「そうなんですよ。でもね三木さん、プロセスアプローチなら規格によって項番の分け方が異なっても全然関係ないわけですよね」
三木
「ええっとプロセスアプローチとは・・・ああ、審査には項番順審査とプロセスアプローチって二つの方法があるというけれど、現状を見て規格要求を満たしているかどうか判定するってことか」
朝倉審査員
「ウチは昔ながらの項番順審査でしょう。項番何々の審査を始めます。では何々を決めている手順書を見せてください、ここに記載してあるこの記録を見せてくださいって・・・ちょっとというか大分遅れていますね」
三木
「他人がどうあれ朝倉さん一人でもプロセスアプローチですりゃいいじゃない。思い出したけどJABが「マネジメントシステムに係る認証審査のあり方」なんてのを何年か前に出してたよね」
朝倉審査員
「先輩とか上司が項番順でやっているとき、隣で別の方法はできませんよ」
三木
「まあ、それはそうだね」
朝倉審査員
「実はお話しようとしたのはそれとは違うのですが」
三木
「なんでしょう?」
朝倉審査員
「統合審査となると当然二つの規格をチェックするわけですが、二つの規格といっても現状では9001と14001ですけどね。この二つは意図が違いますよね。それを同じ考えで審査できるものかと考えてしまいましてね」
三木
「意図はもちろん違うけど、審査の考え方は同じでしょう?」
朝倉審査員
「ISO9001は誰が何と言おうと品質保証の規格です。品質保証とは顧客が供給者に対する要求で、それを満たさなければ取引をしないわけですよね」
三木
「ハイ」
朝倉審査員
「第二者が明確でない第三者認証においても、要求事項を満たしていることは必須です。
しかしISO14001は顧客というか第二者が明確ではない」
三木
「いや、利害関係者すべてが第二者ではないのですか?」
朝倉審査員
「認証機関の説明責任の建前からはそうかもしれません。でもね、利害関係者の最たるものである近隣住民や一般市民が認証を気にしていないですからね」
三木
「認証を気にしていないとしても利害関係者ではある」
朝倉審査員
「環境影響の利害関係者ではありますが、認証の利害関係者ではないということです」
三木
「なるほど、とすると朝倉説では第二者は誰か、言い換えると認証は誰のためなんでしょうか?」
朝倉審査員
「そこなんですよ。ISO9001は誰のためというのは明白です。顧客のためです。
しかしISO14001となると顧客なるものは環境というか自然ではないのかという気がしませんか。組織の製品やサービスを受け取る人ではなさそうです」
三木
「そう疑問に思うのは、現時点、ISO認証が良く知られていないから近隣住民や消費者が注目していないということではないのでしょうか?」
朝倉審査員
「そうでしょうか。ちょっと私が考えたのですがISO9001が発祥したときは外部品質保証のためといっていましたが、その後経営者が品質に確信を持つための内部品質保証のためにも使えるなんて言われたのを覚えていますか?」
この物語は今2009年なので三木は2004年版の文章を引用した。
ちょっと驚いたこと: 内部品質保証なんて一般語だと思っていたが、一応確認のためにググると私のウェブサイトがトップに来て、他数件しか出てこない。ッ、私だけの方言だったのかと一瞬焦った。
真っ青になって過去、現在のISO規格をめくった。そしたらISO9000:1987では本文中にしっかりと使われている用語で解説(4.NOTE1.)まであった。今では死語となってしまったのか? いや内部品質保証そのものが不要なのだろうか?

三木
「いや、当時はまだISOに関わっておりませんでしたから・・・ただ、最初は取引のために認証すると言われていたのが、途中から会社を良くするために認証するなんて言う話を聞いたことがあります。とはいえ内部品質保証と会社を良くすることは同義ではないですよね」
朝倉審査員
「同義ではないと思いますが・・・あのう私が考えたことはですね、品質保証なら要求事項をびた一文負けることはできないと思います。お客様ありきですから。
でもISO14001は客の要求事項じゃない。自社の環境マネジメント改善のツールみたいなもんです。とすると要求事項といっても組織によって加除修正はあるんじゃないかって気がしてきたんです」
三木
「なるほど、品質の場合は組織から見て意味があるかないかに関わらず言われたとおりにするしかない。しかし環境の場合は、本当に意味があるのか否か、組織が考えて取捨してもよいということですか。もちろん審査では適合にできないけど」
朝倉審査員
「ISO14001の意図は遵法と汚染の予防です。遵法も大事、汚染の予防も大事というのはわかります。しかしプライオリティがあるはずです。規格の定義では汚染の予防には有害な環境影響を防ぐというだけでなく、省エネや省資源リサイクルなどを含むとありますが、当然遵法と事故の予防が第一に来るはずで、省エネや省資源は非優先でしょうね」

ちなみに
「汚染の予防」の定義も備考(注記)も、版が変わるたびに変わった。英語はNoteで変わっていないが、和訳は備考、参考、注記と出世魚のように変化している。次回はどうなるのだろうか。
ともかく改訂はあったが、基本的なことは変わっていない。


英文和訳
1996年版

Note
備考
The potential benefits of prevention of pollution include the reduction of adverse environmental impacts, improve efficiency and reduced costs.汚染の予防の潜在的な利点には、有害な環境影響の低減、効率の改善及びコスト削減が含まれる。
2004年版

Note
参考
Prevention of pollution can include source reduction or elimination, process, product or service change, efficient use of resources, material and energy substitution, reuse, recovery, recycling, reclamation and treatment.汚染の予防には、発生源の低減又は排除、プロセス、製品又はサ−ビスの変更、資源の効率的使用、代替材料及び代替エネルギーの使用、再利用、回収、リサイクル、再生、処理などがある。
2015年版

Note
注記
Prevention of pollution can include source reduction or elimination; process, product or service changes; efficient use of resources; material and energy substitution; reuse; recovery; recycling, reclamation; or treatment.汚染の予防には、発生源の低減若しくは排除、プロセス、製品又はサービスの変更、資源の効率的な使用、代替材料及び代替エネルギーの利用、再利用、回収、リサイクル、再生、又は処理が含まれ得る。

三木
「非優先だから場合によっては除外してよいとか?」
朝倉審査員
「例えばオフィスの審査だと、PPC削減なんてのを環境目的にあげて活動していることが多いです。PPC使用量のデータを取ってチマチマと・・・あんなことを大の大人が目の色変えて改善を進めるってのもどうかねえ〜、環境負荷を考えたらするまでもないって思いませんか。
というか、負荷が小さい組織ならわざわざ環境目的を持つことのないように思います」
三木
「聞いた話だけど、アメリカでは環境目的は最低1個ないと適合にしないとか。おっと日本じゃ1個ではだめでしょうねえ。私の知る限り3個が最低だった」
朝倉審査員
「だけど環境負荷が小さいなら改善なんてするまでもないんじゃないかな」
三木
「そりゃどうなんですか。本当に環境負荷が少ないならISO14001認証も不要だろうし、そもそも環境マネジメントなんて言い出すこともなさそうに思いますね。
だけど、オフィスだけが存在しているってことはないでしょう。そのオフィスがアドミニストレーションしている事業があるでしょう。統括業務において大きな環境影響があるのが普通でしょう。本社なら支配下にある工場や子会社の環境影響がPPCの影響より大きいわけで」
朝倉審査員
「つまり三木さんとしてはPPCを取り上げるのはそもそも間違いである。しかし実際は気付いていない環境影響があるはずで、改善が不要な事業などないということになりますか」
三木
「うーん、断定はしがたいけど、そう思います。改善が不要というケースがあるのでしょうか」
朝倉審査員
「ちょっと待ってください・・・例えばですね、仮に医療機関があったとして、私は医療については門外漢ですからそれを前提にしてほしいですが、医療設備も医療方法も一定条件にあるとすると、改善できることは限られている。もちろん感染性廃棄物の管理とか薬品の管理などしなければならないことは多々あると思います。しかしそれは環境側面として管理が必要ですが、改善ができるかどうか、改善の余地があるのかどうかと考えるとどうでしょうか」
三木
「うーん、そう言われると確かに改善が困難に思えるねえ〜
でも省エネとかはできるんじゃないだろうか。省エネと言っても単純に設備の消費電力を減らすだけでなく、患者さんの受付や料金支払いの効率化を図るという考えもあるし」
朝倉審査員
「おっしゃる意味は分かります。それは環境負荷低減という発想だけでなく、顧客満足向上とか費用削減とかいう視点からの改善もありということですよね」
三木
「自分自身でも考え中なんだけど・・・うまく言えないけど認証のためならそういう発想でもいいのだろうけど、だけど経営というのは一体不可分なのだから、過去からしていたことの中からこれは環境改善ですといったところで審査員を納得させることはできても、改善そのものが変わるわけじゃない。
うーん、どうもこれは朝倉説の方が正しいように思えてきたよ」
朝倉審査員
「税理士事務所がISO14001認証しているところもあります。そういったところで環境改善として何をするのでしょうかねえ」
三木
「ちょっとわからないな。環境改善をすることもなさそうな気がする。そもそもそういったところがISO14001認証って自己満足なのかな?」
朝倉審査員
「話が初めに戻りますが、どんな事業でも家庭でも環境影響を管理することは当然です。そんなことはISO発祥以前から当たり前のことでした。
そしてどの組織も身の丈に合ったことをしていたはずです。小規模な診療所なら感染性廃棄物の管理だけはしっかりしよう、しかし一般廃棄物を減らそうとはしなかったかもしれない。だけどそれが悪いというわけでもない」
三木
「だからISO14001要求事項は組織規模によって加除してよいのだということになるのでしょうか?」
朝倉審査員
「組織規模というだけでなく、先ほど言いかけたISO14001とISO9001は性質が違うからshallすべてが必須ではないという場合もあるのではないかと。
新人のときに環境側面が著しいか否かは絶対値じゃなくて、その組織の中で大きなものだとか、環境目的は組織の大小にかかわらず必要とか習いましたね」
三木
「確かに、当時はありがたいお言葉のように聞いていたけど、今考えるとなんだかなあという気もするね」
朝倉審査員
「環境側面も環境目的も絶対値で考えるべきじゃないのですかね。環境影響が小さいなら著しい環境側面じゃない。環境負荷が小さければ改善を図ることはないって割り切ったほうがまっとうのような気がしますよ。あげくに紙ごみ電気に落ちぶれてしまっているわけで」
三木
「朝倉さんに言われて今気が付いたことがある」
朝倉審査員
「なんでしょう?」
三木
「実を言って今まで私は、ISO認証というのは規格要求に見合ったことを、過去からしていることから探して当てはめることだと理解していました」
朝倉審査員
「それはまっとうな方法だと思いますよ。ISOを導入とかシステム構築なんて寝言を語っている人が多いですからね。だいぶ前に鷽八百社を訪問したとき天動説と地動説という言い方を聞きましたが、三木さんのお考えは地動説でまっとうだと思います。だから私が悩んだときは、三木さんに相談しているのですよ」
三木
「いやいや、たった今それは、つまり地動説も間違いだって気がしてきたよ」
朝倉審査員
「どうしてですか?」
三木
「認証が必要ならするしかないのだろうけど・・・そんなことをせずにISO認証しないというのが正しい選択なのかもしれない」
朝倉審査員
「認証しないですか・・・・確かに、まずISO9001とISO14001の違いがありますね。ISO9001は商取引での意味はある。しかしISO14001は商取引に関係するわけではない。
もちろんISO14001認証結果、環境事故や環境法違反が起きにくくなればビジネス継続の点でありがたいのは確かで、取引先は喜ぶでしょう。だけど環境だけしっかりしていてもだめです。環境法違反で工場が止まっても労基法違反で工場が止まっても顧客が困るのは同じです」
三木
「最近は化学物質管理とか製品含有化学物質の保証とか、規制や要求が顕在化し厳しくなってきましたが、そういったことにISO14001は直接有効ではない。そのための新たな仕組みつくりが始まっている。いや、むしろそういった即物的な仕組みの方が実際的なんだよね。つまりISO14001は対外的にはあまり意味がないということになるのかなあ〜」
朝倉審査員
「私は今まさにそう感じているのですよ。ISO14001は認証目的ではなく、その用途を己の環境マネジメントシステムを維持し改善するためのツールとして使うというのが正しいのではなかろうかと」
三木
「そう言われるとそう思いますね。
ただどうでしょう、現実に認証制度は存在し世間もそれなりに評価している。だからわざわざ認証を止めるとか、リセットすることもないように思いますが」
朝倉審査員
「ISO/IAF共同コミュニケに認証の意義というのがありましたね。要求事項を満たしていることの証明でしたっけ。それは第二者に対して意味があるのですかね。
第二者はパフォーマンスに関心があると思いますが、仕組みに関心があるでしょうか」
三木
「でもねえ〜、ISO9001だって同じでしょう?」
朝倉審査員
「それはちょっと違うのですよ。ISO9001はそもそも製品品質については契約しているわけで、それを継続して提供してもらうために品質システム(注1)を要求したわけです。決して品質システムだけを要求したわけじゃありません (注2) 。それに対してISO14001は具体的技術的事項というのかな、環境パフォーマンスを要求せず枠組みだけを要求しているところが大違いなのです」

注1:
1987年版では「品質マネジメントシステム」という言葉はなく、「品質システム」である。「品質マネジメントシステム」という言葉が現れたのは2000年版からである。
注2:
「この規格(中略)に規定した品質システムの要求事項は、技術的規定要求事項を補うものであることを強調しておく」(ISO9001:1987 0.序文より)

三木
「なるほど、実際の取引で仕様書も図面もなくてISO9001認証だけ要求するってことがあるわけないよね」

三木は斜め45度を見上げてしばし考える。製品やサービスの取引においては仕様や品質を定めている。そしてそれを安定供給してもらうためにISO9001を要求したのだ。そうだ、元々ISO9001はBtoBで継続取引のためのものであった。一回限りの取引なら品質の取り決めは必要だろうけど、品質システムを要求することはない。
では環境について考えるとどうなるのだろうか?


ビールヤキトリ枝豆ビール

先日、N様と飲んだ。いつもは規格解釈とか審査を改善するにはどうあるべきかなんて話を肴に酒を飲むのですが、今回は認証制度って何なんだろうという話になりました。私たちもどんどんと視野が広くなって、とうとう認証制度の本質を論評するようになってしまいました。
ISO9001は認証をする意味、認証を受ける意味がありそうだというのが二人の結論でしたが、ISO14001は果たして認証の意味はあるのだろうかという疑問を持ちました。
ISO9001は製品そのものの品質を取り決めた上で、それを継続して供給するために品質マネジメントシステムを要求する。しかしISO14001ではそのパフォーマンスを定めずに仕組みを要求している。だから出発点から考え方が違うのだということは議論するまでもありません。
ということはISO14001を認証する意味はISO9001とは違うということになる。それは審査方法が異なるべきだということではなく、審査が成立するのだろうかという疑問になる。
もう20年以上前のこと、当時既に私はISO9001認証請負人だった。そして新たに表れたISO14001の内部監査に参加を求められて喜んで参加した。結果としてISO14001の監査とか内部監査というのはISO9001とはまったく方角が異なるように感じた。
アルキメデスは「足場を与えてくれれば地球を動かして見せる」と語ったそうです。しかしISO14001の場合、自分が雲の上にいるようでおぼつかないのですよ。これではアルキメデスでもだめでしょう。なぜアンステイブルなんだろうとずっと疑問でしたけど、仕組みだけではしょうがないということだったのです。この形式ではいくらISO14001を改定しても遵法も汚染の予防もパフォーマンス改善につながるはずがない。改善する一例をあげるなら、組織対応の法順守、近隣の苦情などの具体的な項目の枠組みと、仕組みという2面からの縛りがなければならないのではないだろうか。
もちろんISO9001も初心(1987年)に戻って第三者認証は二者間の品質協定と合わせて初めて有効であると明記すべきだ。
ちょっと待てよ・・・それにしてもISO9001はBtoBでのみ有効のような気がする。BtoCにおけるISO9001の存在意義は?

うそ800 本日の反骨
とうとうISO14001は認証する意味がないだけでなく、規格として不十分であるという意見表明をしてしまった。次は制度の欠陥、規格の欠陥の話になるのだろう。
だが私が日本で一番ISO14001を愛しているのはまちがいない。


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