審査員物語 番外編36 ISO14001再考(その5)

16.09.22

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。また引用文献はすべて実在のものです。

審査員物語とは

三木が小畑と講演会で出会った翌日からまた連続で審査だった。久しぶりに出社すると朝倉がいた。定時後どうだいと三木が声をかけると朝倉もいいねえ〜と返す。
時間になるとすぐに二人は会社を出て近くの居酒屋に入った。

三木
「元の会社では毎日同僚と会っていたけど、ここではめったに会わないから飲む機会が少ないね」
朝倉審査員
「反対じゃないかな、今はめったに会わないけど会えば必ず飲む、アハハハハ」
三木
「なるほど、ところで先日は朝倉さんから声がかかりましたが、今回は朝倉さんの意見をお聞きしたいことがあります。今、認証とは何だろうと考えているのですよ」
朝倉審査員
「認証とは何ぞやとは、これまた難しい質問ですね」
三木
「言い換えると認証の価値ってなんだろうってことです」
朝倉審査員
「認証の価値といっても受け取り方はいろいろだよね。認証の存在意義なのか、世間の評価なのか、あるいは認証がどのような影響を与えたかということもある・・」
三木
「影響を与えたとは?」
朝倉審査員
「私が元総務で安全衛生を担当していたのは知ってるよね。会社によって違うだろうけど私の勤め先では小集団活動は総務所管で私が事務局をしていた。当時は小集団活動も末期で、脚本通りのお芝居を毎年々々繰り返していた。過去からしている活動をそのままにISOを加えたら仕事が増えてしまう。それで小集団活動は発展的解消と称して止めてしまった。
ああ、言いたいことはISOというものの価値とか意味というのは、そのものだけをとらえて評価できるわけでなく、そういった影響というか功罪も含めて考える必要があると思うよ」
三木
「なるほど、ISOは旧弊を払拭したということですか」
朝倉審査員
「もちろんISOもまた新参者に取って代わられるのだろうけど、」
三木
「企業はなぜISO認証するのでしょうか?」
朝倉審査員
「当時の私の会社では夢を見たからでしょうな」
三木
「夢?」
朝倉審査員
「現実は苦しい、儲からない、売り上げは伸びない、計画もなかなか進まない、小集団活動もマンネリだ。何か特効薬はないだろうかと迷っているときに、会社を良くする、儲ける、ブランドイメージが上がると聞いたからISOに飛びついたんじゃないかな。
一般消費者がISOを知らないのは当然としても、企業の人たちもISO規格の中身とか認証の意味なんて知っている人はほとんどいないよ」
三木
「えっ!まさか」
朝倉審査員
「ISO9001が本来は商取引のためものと知っている人は1割もいないだろう。ISO事務局ですらそうだと思う」
三木
「でもISO9001は2000年改定で品質保証から品質マネジメントシステムになりましたよ。序文も『製品の品質保証に加えて、顧客満足の向上も目指す(注1)』と変わった。だから商取引きというよりも広義の企業の体質改善じゃないのかな」

注1:
実は初めは『品質マネジメントシステムの採用は、パフォーマンス全体を改善し、持続可能な発展への取組みのための安定した基盤を提供するのに役立つ』と書いたのですが、私の記憶違いでそれは2015年版の序文でした。この物語のときは2008年版が有効ですが、そこでは品質マネジメントシステムの採用はこれこれであるという記述がない。ということでここでは2000年版の序文から引用しました。こんな駄文を書くにも矛盾がないようにするのは難しい。
朝倉審査員
「おいおい、私はISO9001の審査員だよ。序文ではその後に『この規格で規定する品質マネジメントシステム要求事項は、製品及びサービスに関する要求事項を補完するものである(注2)』とある。だから会社を良くするものではなく、製品及びサービスに限定であることはまちがいない」

注2:
この文言は1987年版から2015年版まで連綿と引き継がれている。ISO9001が何と自称しようと(タイトルが変わろうと)コア部分は品質保証であることは間違いないし、それなら商取引のためであることも間違いない。
三木
「そうか? じゃあISO9001の意味は商取引というなら、顧客企業は取引先の決定においてISO認証を考慮しているのだろうか?」
朝倉審査員
「まあ、現実には商取引においてISO認証をどうこうということはあまり聞かないね。例の国交省だって評価点に色を付ける程度だし」
三木
「じゃあ認証を受けている企業は何が目的なんだろう」
朝倉審査員
「企業経営者がなんとかクラブのメンバーになるとか、成人男性がネクタイを絞めるように、企業もISO認証するってことで一人前に見えるって案どうだい、いや今考えたことだがね。ネクタイしても中身は変わらないが見た目が良くなるように、会社もISOを認証するとそれなりに見える」
三木
「それならISO認証よりも利益を出すことじゃないかな。前の会社では法人税を納めていない企業は社会に貢献していないなんて言われたものだ(注3)

注3:
日本の企業の7割は赤字で法人税を払っていない
なお厳密には赤字決算でも減価償却など損金に算入できない費目を差っ引いてプラスのときは法人税がかかる。
朝倉審査員
「まあ赤字を黒字にするよりも認証の方が手っ取り早いということか」
三木
「企業はしっかりとしたマネジメントシステムが必要だというのはわかる。しかし認証が必要だということではない」
朝倉審査員
「私の経験だけど、自社の仕組みを第三者に見てもらいたいという経営者はいるね」
三木
「現実問題として審査で一日二日訪問してその会社の仕組みが適正か否かを理解できるとは思わない。それにISO審査ではコンサルはできない。だから審査費用に見合ったアドバイスなり情報は得られないんじゃないかな。会社を良くしようと思うならISO審査にかかる費用でコンサルを依頼したほうが確実じゃないか」
朝倉審査員
「でもコンサルだって1日2日ではなにもできないよ。成果を出してもらおうとすればISO審査費用よりコンサル料は高くつくだろう。他社と比較してどうかという程度なら審査で確認というチョイスもありだろうね」
三木
「でも審査費用だけでなくISOコンサルやISO担当者の人件費を考えると審査費用の何倍にもなる。それだけ利益を出そうとすると売上げが何千万も増えなくちゃ元が取れない」
朝倉審査員
「まあ、確かに、でも文書管理とか是正処置を地道に行うことが基礎体力を強化するだろう」
三木
「投資対効果が問題だな」
朝倉審査員
「ISOの価値が問われるのは当然だな。鼎の軽重を問うというけれど・・問われるほどの重みもないと・・
ちょっと待て9001と14001をごっちゃにすると話が混乱する。9001についていえば『製品に対する要求事項を補完する』ものとセットになって初めて一人前のわけだ。だから議論するなら製品に対する要求事項が満たされた上でという条件が付かなければマネジメントシステムも認証も議論できないことになる。」

顧客要求の構造
三木
「オイオイ待ってくれよ、偽装とか自動車の欠陥隠しどか不祥事を起こした会社がISO認証していたのが問題になったけど、それはISO9001の範疇じゃない。単純に製品に対する要求事項というか仕様を満たしていないというだけじゃないか」
朝倉審査員
「そうではあるが、マネジメントシステムがしっかりしていれば製品に対する要求事項を満たしたはずだとも考えられる」
三木
「そうも言えないだろう。仕様を満たしていないものに経営層がゴーサインを出したとき、マネジメントシステムでそれを止めることができるかといえば、できないだろうね。担当者レベルの企業犯罪は検出できても、トップ経営者の暴走を止めることはできない」
朝倉審査員
「逆な場合はどうなるのだろう。つまり製品に対する要求事項を満たしていて、マネジメントシステムに抜けがあったり不履行があったとき社会問題になるのだろうか?」
三木
「それは形式犯(注4)だから、誰も気にしないんじゃないか? 世の中が騒ぐのは自分が不利益を被ったり、自分以外が利益を得たときだろう。他人がやると不倫、自分がやるとロマンスというダブスタは恋愛だけじゃない。
少し前家内とISOの話をしたのだが、あっ朝倉さんは知っていたと思うけど家内は大学のISO事務局をしていたんだよ。それで最近ISOについて話すことが多いいんだ。
家内が言うには一般消費者は店頭に並んでいるものは良品が当然と考える。そこにはISO認証も品質保証も立ち入るスキがない」

注4:
形式犯とは、実際の被害がない法違反で、免許不携帯、廃棄物契約書の記載不備、公害防止管理者の変更届け出漏れなどが該当する。
これに対して殺人や公害垂れ流しなどを実質犯という。
朝倉審査員
「消費者の心情はその通りだろうね。元々BtoBの考えをBtoCに応用することはできないんじゃないかな。不特定顧客に対する見込み生産に外部品質保証というものはありえないよ。その場合は内部品質保証でしょう」
三木
「いや、どんな顧客に対しても品質保証という考えはあるでしょう」
朝倉審査員
「一般消費者には品質保証ではなく品質補償ではないのかな? 製品を1個買ったものが不良だったとき、品質保証を説明されても意味がない。必要なのはクレーム対策だよ」
三木
「ということはマネジメントシステムがどうあれ客にとっては意味がなく、当然マネジメントシステム認証も意味を持たない」
朝倉審査員
「さっき言いかけたけど企業にとっては品質改善のための内部品質保証は意味があるだろうけど」
三木
「顧客はマネジメントシステムなんてどうでもいいと思っているわけだ。とすれば製品が悪いときマネジメントシステムが悪いと非難することはありえない」
朝倉審査員
「ええっと、以前消費者団体がISO認証企業の製品に偽装や不良が多くて、ISO認証への信頼を裏切られたという発言があったよね。あれは・・・今年(2010)のJAB環境ISO大会だったよね」
三木
「あれは屁理屈だ。だって消費者団体はISO認証している企業を積極的に評価したり購買を推奨したりしていなかった。だからISO認証企業が不良品を出しても信頼を裏切られたという言い回しは欺瞞だ。嘘をついたのはどっちだと言いたい」
朝倉審査員
「元々信頼していないのだから信頼を裏切られるはずがないか・・・ 確かにあれは消費者団体の勘違いだろうねえ、それとも我々は正義なるぞという思い上がりかな」
三木
「正義といえばさ、なんで審査員は正義なんだろう」
朝倉審査員
「審査員が正義ってことはないだろう。我々は見つけた問題を証拠と根拠で提起するだけだ。我々に決定権はない」
三木
「そうなんだろうけど審査員の多くは自分が決定権があると思っている。私自身もときどき自分が企業を裁く立場だと勘違いするときがある。実は先日、ISO認証請負と自称する人と会って話をしたんだが」
朝倉審査員
「ホウ、ISO認証請負人か、今どき商売にならないんじゃないか」
三木
「その人は某企業グループ内のISO認証請負と言っていた。だから仕事はいくらでもあるらしい」
朝倉審査員
「ISOコンサルをしている人から見たらうらやましい話だ」
三木
「まあその人が言うには、刑事裁判とは裁判官が被告人を裁くのではなく、裁判官が検察を裁くのだという。被告人が無罪であることを立証するのは悪魔の証明だから不可能だ。検察が犯罪の根拠・証拠を立証する責任がある。裁判官が検察の主張が妥当か否かを判断するのだという。それと同じく審査員は企業が不適合を立証しなければならず、立証できない時は適合としなければならない。推定無罪(注5)だ」
注5:
推定無罪とは、「有罪と決定されるまでは無罪である」という裁判の基本原則である。言い換えると無罪とは無実ではなく、有罪にする証拠がなかったということである。
朝倉審査員
「それは全くその通りだ。適合の立証も悪魔の証明で不可能だ(注6)。まあ世の中の審査員の多くは企業に適合の立証責任があると信じているようだけど。それはISO17021が間違っているからではないかな」

注6:
JISQ17021:2015には次のように書かれている。
「4.4.1 認証の要求事項への適合の責任をもつのは、認証機関ではなく、依頼組織である。
4.4.2 (前略)認証機関は、審査の結果に基づいて、適合の十分な証拠がある場合には認証の授与を決定し、又は十分な適合の証拠がない場合には認証を授与しない決定をする」
この理屈がおかしいのはこのセンテンスを裁判に入れ替えたら一目瞭然だ。「裁判官は、無罪とするに十分な証拠がある場合には無罪とし、無罪とするに十分な証拠がない場合には有罪とする」というのは推定無罪の原則に反する。もしJISQ17021の論理が通用するなら、ISO審査はハチャメチャだ。

裁判なら
 有罪の証拠
ありなし




ありこの組み合わせは
論理的にありえない
無罪
なし有罪推定無罪

ISO17021なら
 不適合の証拠
ありなし




ありこの組み合わせは
論理的にありえない
適合
なし不適合不適合

そもそも適合であれ不適合であれ証拠を得られないのは審査員の力量不足に過ぎない
だって上記で(前略)とした4.4.2の冒頭には
「認証機関は、認証の決定の根拠となる、十分な客観的証拠を評価する責任をもつ」とあるのだよ

残念ながら私は英語原文を読んでいない。もしかしたら翻訳ミスで原文では「十分な適合の証拠がない場合には認証を授与しない」ではなく「不適合の証拠が十分でない場合には認証を授与する」かもしれない。ご存知の方、教えてください。
三木
「朝倉さんはすごい。ISO17021は自家薬籠のごとしだね」
朝倉審査員
「こんなことを言っては何だが、三木さんはISO17021とかJAB基準などはどのくらい読んでます?」
三木
「一応は読んだつもりですが・・・朝倉さんのように直ぐに口から出るほどではありませんね」
朝倉審査員
「最近は企業の担当者もMS規格だけでなく、審査の規格や基準類に詳しいからね。うかつなことを言うと突っ込まれてしまう」
三木
「環境側面の決め方とか目的目標が3年なんてことに、異議ありなんて言われたことありますか?」
朝倉審査員
「私個人はそういうことは言わないことにしている。私がリーダーでない時、リーダーが言い出したら知らん振りしているね」
三木
「それは突っ込まれる危険があるからですか?」
朝倉審査員
「正直言って環境側面の決め方が点数は間違っていると思うし、目的目標が3年なんてバカバカしいと思っているので、そんなことを言わないだけです。
目的目標が3年だとか、目的と目標の実施計画二つが必要だという人は、それが正しいと考えているのでしょう。というか何も考えていないというべきか」
三木
「そういえば先ほど言った認証請負人は、認証機関の考えに合わせてマニュアルを作り環境側面その他の方法を決めると言ってました」
朝倉審査員
「物は考えようで、議論しても正しいことを主張するか、どうでもいいことは相手に合わせるかということを天秤にかけて、面倒臭くないほうを取るというのは大人の対応かもしれないね」
三木
「私はその考えは不純だと思いました。信じることを堂々と主張したらいいと思いますよ」
朝倉審査員
「でもコンサルの立場ではそうもいかないよ。もしトラブルが起きると評判が落ちて仕事がなくなってしまう。結局、絶対に問題が起きない方法を採用するしかない」
三木
「そういう発想が姑息だと思うんですよ。そういうことの積み重ねが認証の価値を毀損してるんじゃないですか」
朝倉審査員
「企業側が審査員におもねることが認証の価値を下げるというなら、それ以上に審査員の力量のなさが認証の価値を下げている」
三木
「それは同感ですね。審査員が点数だ、3年だということが、即認証の価値を貶めているわけです」
朝倉審査員
「そればかりでなく認証の価値を上げる責任は認証側にあることは間違いない。なにしろ認証するしないは認証側が決めることだからね。
嘘をつかれようと、泣き落としがあろうと、買収があろうと、認証するしないは認証機関が決定することだ。その結果責任を企業に転嫁するのは卑怯だ」

三木は朝倉が潔癖なことに驚いた。元々まじめだと思っていたがここまで言うとは・・・

朝倉審査員
「三木さんが認証の価値とは何だろうと言った。
立場によってその指標は違うだろうし、その評価も異なると思う。しかしいかなる尺度であろうと認証の価値を確保する責任は認証機関にある。それは我々認証制度側にいる人は常に意識していなければならない。
あのさ、格付けって聞いたことがあるでしょう。リーマンショック以降流行語になっているよね。格付けするのは公的な機関じゃなく、営利企業に過ぎない。そういった会社が企業を調査してこの会社は投資しても安心とか、アブナイとか格付けをして、その情報を売ることで稼いでいるわけだ。高く格付けされた企業の債権を買ったが倒産したら、債権者はつぶれた会社を責めるかい?」
三木
「そりゃ怒るでしょう〜」
朝倉審査員
「まさか、倒産した会社ではなく格付け会社を責めるでしょう。格付けが良かろうと悪かろうと、格付けされた企業は無関係だ。
ISO認証を受けた企業が不祥事を起こしたとき、消費者がその会社を責めるのはわかるけど、認証機関がその会社を責めるのは筋違いじゃないか」
三木
「えっ、どうして?」
朝倉審査員
「だって自分が認証を与えたんだから、己の審査員が無能だったと社会に謝罪すべきじゃないか。騙されたなんていうのは私は無能ですということだよ。それが理屈というものだ」

うそ800 本日の反省
ISO17021の4.4.1と4.4.2は2006年版から2011年版、2015年になっても変更はない。過去10年間私はこの二つの項番を幾度となく読んできたが、おかしいぞと気付いたのは今回が初めてだ。
ただ原文が気になります。

うそ800 本日のちょっといいこと
7,000文字ジャスト達成しました。


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