「天皇恐るべし」

2016.05.12
お断り
このコーナーは「推薦する本」というタイトルであるが、推薦する本にこだわらず、推薦しない本についても駄文を書いている。そして書いているのは本のあらすじとか読書感想文ではなく、私がその本を読んだことによって、何を考えたかとか何をしたとかいうことである。読んだ本はそのきっかけにすぎない。だからとりあげた本の内容について知りたいという方には不向きだ。
よってここで取り上げた本そのものについてのコメントはご遠慮する。
ぜひ私が感じたこと、私が考えたことについてコメントいただきたい。

タイトル著者出版社ISBN初版価格
天皇恐るべし小室直樹文芸春秋なし1986.11.03720円
新刊同上ビジネス社97848284187972016.04.303996円

古い友人と八重洲で会う約束をしたが早めに着いたので、時間つぶしに本屋で立ち読みしていた。そしてこの「天皇恐るべし」というハードカバーの新刊を見つけた。2016/4/30発行とあるから出たばかりだ。出たばかりではあるが・・・偉大なる小室直樹は数年前にお亡くなりになったはず。遺作なのだろうか?
パラパラとめくって面白そうだと思ったが買うまでもないだろう。いや買う金がない。それでその場でスマホでいつも利用している図書館の蔵書検索するとありました。出たばかりなのに図書館にあるということにいささか驚いた。ともかくすぐその場でネットで借りだしの予約をした。予約すると何名予約者がいて自分が何番目かというのが表示されるのだが、みると私が一番目になっている。というか他に予約者がいない。出たばかりの本なのにどうしてといささか疑問だ。
数日後、図書館に引き取りに行くと、その本はいささかくたびれた1986年11月21日の第1版第2刷で、ハードカバーではなく新書であった。ともかくありがたく受け取って帰宅してからアマゾンで確認すると、2016年発行のものは1986年発行の再刊行と記載してある。
まあ、そんなことに目くじらを立てることもないが、どういういきさつで30年後に再発行されたのだろうか。亡くなったことで作品集が再発行されたとも聞かないし、突然この本がほしいよという人が現れたということもないだろう。あるいは天皇についての本の需要が増えたとも聞かない。謎である。

私が小室直樹を一番初めに読んだのは1980年頃だ。彼がソ連は崩壊すると予言した「ソビエト帝国の崩壊」という本だと記憶している。当時はソ連が崩壊するなんて想像もつかなかった。 ジミーカーター ソ連は強力で、アメリカとは冷戦中であった。当時のアメリカ大統領はジミー・カーターで、こいつがまったくのハト派、ハト派というのは平和愛好者ではなく、戦争恐怖者のことで、共産主義に譲歩するばかり。全く困ったもんだ。
当時はベトナム戦争以降、自由主義が敗退する一方で、まさか憎きソ連が崩壊するなんて誰も思いもしなかった。1980年のソ連は2016年現在の中国の覇権どころではなく、軍事に、経済に、外交に、あらゆる点で盤石で、明日にも自由主義国家を席巻する勢いであった。
わき道: カーターが大統領になって半生記『なぜベストを尽くさないのか?』というのを書きまして、私はこれを読んで感動しましたね!
タイトルは、カーターがアナポリスを卒業したとき、かのリッコーバー提督に「君は何番だったか?」と聞かれて、自信満々に「二番でした」と答えたら「ベストを尽くして二番だったのか、ベストを尽くさずに二番だったのか?」と聞かれ「ベストを尽くしたとは言えません」といったところ「なぜベストを尽くさなかったのか」と言われたということからきています。
リッコーバー提督を知らない人もいるかもしれないが、原子力潜水艦を作った人です。アメリカ海軍では大佐から将官になる評価で3度見送られた人は退役になるそうですが、彼は3度目のときケネディ大統領が直々に将官にせよと言ったということです。なぜ1度目2度目でならなかったかといえばユダヤ系だったからとか諸説あります。
私はそのフレーズが気に入って会社の作業手順書のヘッダーにしたら『何を考えているんだ!』なんて怒られたことがありました。(本当です)
だけどその後のカーターの行状を見ればベストを尽くさなかったというか、彼の考えるベストは世間の考えるベストではないようです。

現実に冷戦ではなく、アフガン侵攻で熱い戦争をドンパチしていた。アフガンの戦火は何年も収まらず、明日にも日本まで飛び火するのではないかと気が気ではなかった。
そんなときに小室先生、ソ連は明日にも崩壊すると言ったのだから信じられないのは当然だ。

しかしそれからの10年間は信じられないような変化があった。まずアメリカ大統領にはロナルド・レーガンが就任した。このおじさん、 ドナルド・レーガン 好戦主義ではないが頑固おやじでポーカーが、特にブラフが得意だったに違いない。宇宙戦争なんてキーワードでアメリカは陸海空と宇宙でソ連に負けないぞと打ち上げた。当然、ソ連もそれに対抗して宇宙戦争のために膨大な投資をしたがお金が続かなかった。金持ちケンカせずというけれど、金持ちこそ喧嘩が有利なのだ。貧乏人はけんかする前にお金も体力も続かない。
1980年から1990年の間に、ソ連はアフガン侵攻では軍事的に敗北して引き上げたし、チェルノブイリ原子炉事故で外交上も技術的評価も落とし、経済はボロボロで内部崩壊した。
まさにレーガン栄光の日々だ。レーガンこそソ連を崩壊させたヒーローだ。
レーガンが現れなくてもソ連は崩壊したのだろうか? それとも小室先生はレーガンの登場も知っていたのだろうか?
ともかく小室直樹は「ソビエト帝国の崩壊」で預言者の地位を確実にしたことは間違いない。彼はほら吹きではなくオオカミ少年でも狂人でもなかった。

わき道: よく知識人という表現がある。一般の人が知識人として認識しているのはどんな人だろうか? いまどきなら池上彰とか吉本隆明とか揚げるのかもしれない。私は小室直樹を筆頭にしたい。その他あげるなら山本七平、小泉信三かな。
間違っても池上彰は非該当だろう。彼はせいぜいがニュース解説者ではないだろうか。ちなみに古館一郎とか久米宏はニュース解説者でなくコメディアンであろうし、関口宏や国谷裕子はコメディアンでさえなく、中国の広報担当者であろう。

話がとりとめがないが、実はこの「天皇恐るべし」も本の内容はとりとめがない。名は体を表さず、タイトルと中身は相当違う。天皇について語るというよりも、日本人論あるいは日本論という感じだ。昔、山本七平だかイザヤペンダサンだか忘れたが、「日本教」という表現をしていたが、この本も日本教について語っているように思える。
宗教とは神を信じるとか仏様を拝むとかではない。マックス・ウェーバーによると宗教とは「行動様式」のことであるという。神様がいなくても、礼儀作法、行動規範、考え方そういったものを定めて強制すれば、いや強制しなくても大多数がそれに基づいた行動をするなら、それはすなわち宗教と言ってもいい。北朝鮮の制度も中国の国家体制も、宗教そのものである。もちろん社民党も共産党も宗教の一つである。なにしろ主流派に反対することを許さないのだから。独裁すなわち宗教である。民進党や自民党になると、内部に相当幅があり、宗教というよりも暴力団の寄合という感じだ。
お正月 日本はお正月は神道で、お盆は仏様、バレンタインやクリスマスになるとキリスト教にみえる。しかし日本人の行動規範というのはおのずからあるわけで、 クリスマス それは仏教とか神道とかキリスト教とは関わりなく、関わりなくというかそれよりも深層にあるものがあり、我々はそれに無意識に従っていると思える。
私はそう感じているわけだが、小室先生はそう簡単に言い切るのではなく、それは歴史的な出来事によって構成されてきたのだと小難しいことを延々と語る。
過去の天皇がどのような判断、行動をしたからどうなった、それが日本国民(国民という概念がない時代だから日本の住民か?)の記憶となり、行動規範となったのだというのである。もちろんだからこうだと言い切るのではなく、天皇、儒教、キリスト教との対比とか、具体的な教義の比較などで飾り立てている。
キリスト教とかユダヤ教についての講釈は山本七平の方が面白く詳しかったように思う。まあ30年いやそれ以上前の記憶だが。神義論とかになると新書版で語れるようなテーマではないのは確かだし。

しかし日本人と中国人、あるいは韓国人やユダヤ人の行動規範の比較、国民性の比較は分かったけれど、それから何が演繹されて、どう行動すべきかということは書いてない。小室先生、肝心なところをはっきりしていない。困りますよ!

なにはともあれ、天皇は恐ろしいなんてことは書いてありません。タイトルは単なるアイキャッチャー、人寄せ、キャッチフレーズですね。死んだ人の呪いというなら天皇に限りませんし。
ただ大日本帝国憲法は天照大神と天皇の契約であるという発想は面白いというか、そのとおりなのだろう。私はそんなことを考えたことはなかった。私は天皇が臣民に与えた規範とばかり・・
おっと、天照大神と天皇の契約だから国民にとって良いものではないという理屈はない。
それをいうなら日本国憲法は国民が政府に与えた枷ではなく、GHQが日本人に与えたオモチャだったのではないだろうか? あるいは時限爆弾か?
いずれ大したもんじゃないのは確かだ。

とはいえ、読んで面白かったし書かれてから30年経っても価値はあると思う。今書店にある本の何割が30年後に価値があるものだろうか? 書籍に限らず家電も家具も車も、ほとんどのものが使い捨てとなった現在、小説もその他の書籍も使い捨てとなったのだろうか。
いや小説でもどんなカテゴリーの本にも、一生役に立つ本もあれば、そのときのエンタティメントのものもあるということなのだろう。そしていっときの楽しみの本も悪いものではないとも思う。ただそんなのを自分の金で買うのはもったいない。おっと一生モノの本であっても、定年退職者には図書館から借りた方がハッピーである。
そしてやはり一生モノの本をたくさん読むことは大事だろう。表層の流行だけを学んで生きていくなら、数千年にわたる民族性とかその価値観、行動規範などを考えることはないのかもしれない。でも中国と取引をするとか工場を建てるというときには、今だけでなく中国人とは何者か、どんな考え方をするのか、彼らの歴史と深層心理を考えないと失敗しそうだ。現実に失敗しているし・・・

 本日の結論
小室直樹は天才である。


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