審査員物語 番外編62 木村物語(その16)

17.03.23

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。また引用文献や書籍名はすべて実在のものです。

審査員物語とは

2012年木村は61歳になった。既に1年前60になったとき認証機関の子会社に移っていた。仕事は同じだが、賃金がさがり会社の机の環境が悪くなった。まあ、文句を言ってもしょうがない。
最近はますます認証件数が減り、ここ数年木村はそれを打開すべく新事業プロジェクトに参画していろいろ検討してきているがまだ実現化したものはない。

簡易EMSをやろうなんて意見もあった。今年ISO14005ができた。規格そのものは認証が目的でなくEMS構築の指針であるが、それを使って認証しようというアイデアだ。今までISO14001以外のEMS規格は、みなJIS以外の民間団体や地方公共団体制定のものばかりだった。TBT協定があるからそれは当然と言えば当然だ。
認証機関の一部にはそういう簡易EMS認証に手を出しているところもあったものの、やはりISO認証機関という立場では大きな声でいえることではない。ISO14005は認証規格ではないとはいえ、ISO規格でありshouldをshallに読み替えるくらいはお天道様も見逃してくれるだろう。
ただ問題はある。まずお客様がいるかどうかである。ISO14001より要求項目を簡素化し要求水準を甘くしたとしても、審査工数がそれほど減るとは思えない。事務処理の手間が同じとすると、固定費もそれなりにかかる。とすると審査費用は14001と大きくは変わらない。しかし認証の評価はISO14001と差別化されるだろう。そんなものに客が付くだろうか?
第二に簡易EMSともろに競合する。ISO14001であればエコアクション21やエコステージは別物ですよと言える。しかしISO14005はそれら簡易EMSと五分の競争となる。片や認証前に指導したりコンサルと審査する人が同一とか、いろいろ便宜(?)があるのに、こちらは厳しいことはISO並み、価値は簡易EMS並みでは競争力は半減だろう。
そして従来の簡易EMSと差を付けようとするとISO14001との差がなくなることになり、今度は14001と競合というかカニバリズムが起きそうだ。
木村は事前調査段階で、もうこれはないなと思うようになった。

化学物質管理システム認証という案もある。ますます厳しくなる欧州のRoHS指令やREACH規制などの化学物質使用規制に対応して、製造や流通における管理基準を規格化しその適合を認証しようというものだ。
毒物 しかしそれを具体化しようと考えると、これも問題は山積だ。
まず欧州の規制内容が固まっていない。欧州議会とその下部の委員会が国益の代表であり意見がまとまらずまさに会議は踊るばかり。また化学物質の危険性とその認識がはっきりしていないわけで方向も規制内容も二転三転、日々刻々と変わっているようなありさまだ。

注:このお話は今2012年現在である。

次に更なる問題だが、果たして認証というものが何を提供できるかということだ。ULなら認定品の事故には保険金を払う。だが化学物質規制適合と言っても、その認証規格そのものが認証機関作成でいかなるもののお墨付きもないわけで、仮に混入などの事故が起きたときに、具体的な補償あるいは欧州の罰則免除というメリットを提供できない。化学物質管理のあるべき姿を提示して、それへの合否を見ると言っても、規格で示したものがあるべき姿であることの証明もできない。つまり企業から見れば余計な仕事をして余計なお金を払い、その結果問題があっても結果責任は自分持ち、認証は全くの無駄ということになる。そんな認証システムがビジネスになるだろうか?

まあ客観的に見れば、そんなに簡単に新事業があるならとっくの昔に誰もが取り掛かっていたはずで、そうでないのは越えるべき問題がたくさんあるからだ。木村は新事業プロジェクトに取り込まれてしまったことを失敗したと思っている。
木村はこういう問題こそ三木が考えてくれたらなあ〜と思う。三木はあと少しで子会社の定年になり、そしたら引退すると聞く。契約審査員になるという考えはないらしい。
木村が審査員の予定をみると、三木は明日出社予定となっている。少し時間を取ってもらい話をしようと思う。三木の空いている時間に打合せをしたいとメールを送る。


翌日、三木が木村の席にやって来た。

三木
「やあ、木村さん、何か相談事とか?」
木村
「三木さん、お久しぶりです。困ったら三木さんというのがこの会社の習わしですからね」
三木
「オイオイ、冗談はやめてくれよ」

二人は給茶機でコーヒーを注いで空いている応接室に入る。
木村
「ご存知のように私は新事業プロジェクトのメンバーでいろいろ検討しているのですが、これがなかなか」
三木
「分かりますよ、簡単ならとっくに誰かが始めているはずです」
木村
「おっしゃる通り、それで・・・今日は三木さんとその辺をお話したいと思いました」
三木
「そんな、私が答えを知っているわけがない。それこそ知っていれば私がしているよ」
木村
「いえいえ、三木さんとお話しするといろいろ気づきがあるのです。雑談でよろしいので付き合ってください」
三木
「そりゃ構わないが」
木村
「そいじゃ、そもそもからですが、化学物質管理の認証というアイデアはご存知ですよね」
三木
「もう1年か2年前だったかな。打ち合わせがあったね。そのとき話題になったと思う。私はそれっきり新事業プロジェクトから離れてしまったが」
木村
「そうそうそれです。
その悩みというか問題というか・・・・化学物質管理を認証しても、我々は何も提供できないのです。ええと例えば万が一使用禁止物質が混入したとき、認証した我々が企業を弁護したり補償金を出すわけでもない、欧州の関係機関が何か免除してくれるわけでもない。そんなわけですから客観的に見て認証を受けるメリットがありません」
三木
「その通りだ」
木村
「となると化学物質管理の認証なんてありえないことになりますね」
三木
「そんなことを言えばISO9001もISO14001も同じだよね」

木村は考える。言われてみると確かにその通りだ。ISO9001を認証しても特段メリットはない。今のところあると言えるのは、国交省入札のときに点数が加算されるというくらいかな
木村
「そう考えるとまったくそうですね。しかし何の補償もメリットもないISO9001は、なぜこんなに流行したのでしょうかね?」
三木
「まあそもそもは欧州統合の際に、域内で流通できる製品はISO認証の工場製造であることという要求があり、日本はもちろん域外だけど欧州に輸出していた企業が生死に関わるから認証したということが発端だろう」
木村
「その結果、ISO認証した企業は良い会社というイメージが持たれたということですか?」
三木
「まあそういうことじゃないかな」
木村
「最初は必要条件であったけど、いつしか単なるブランドになったということか」
三木
「ブランドであったのもいっときで、すぐに単なる流行(ファッション)になったのだろう。ヴィトンのバッグは元々金持ちしか持っていなかった。そのとき貧乏人はヴィトンなるものを知らなかった。ところがお金持ちはヴィトンを持つと知って、それをブランドと認識した。そして猫も杓子も貧乏人もヴィトンを買うようになった結果、ヴィトンはブランドではなく単なるファッションになり、流行が過ぎた今は単なる高いバッグに過ぎない」
木村
「確かにいっときは電車の中を見渡すとヴィトンを持っている人が過半数いましたね、最近は1両で一人いるかいないかです。その1名はほんとのセレブなのか、流行遅れなのですかね」
三木
「ISO認証はブランドから流行になったが、今メリットがあるのか再評価されているところだろう。ホントを言えば認証する前に考えないといけないんだけど
木村さんは、そもそもというか結局というか、こういう認証サービスの基本的な価値というのは何だと思いますか?」
木村
「ブランドの確立ですか? それとも信用を確保することですかね」
三木
「木村さんが思っているのと私が思っているのが同じなのか違うのかわからないが、私の表現で言えば、実質的なメリットがなければならないということだと思う」
木村
「認証の実質的なメリットとは?」
三木
「例を挙げるならUL認定だろうね。アメリカで電気製品いやその他いろいろ、家具などもあるが、UL認定を受けていればそれによる事故が起きたとき保険会社が保険金を払う。UL認定を受けていなければ保険金がもらえない。まあ認定と認証は違うけど」
木村
「それって、つまり実質的な価値とはISO認証を受けていれば無条件で品質を保証するとかですか?
でもISO認証とはマネジメントシステムだけだから製品やサービスの品質を保証しているわけじゃありません」
三木
「そのとおりだ。だけど言い方を変えれば製品やサービスの品質を保証していない認証が商取引において有効だと考えることはそもそもおかしいのではないかい?」
木村
「でも、でもですよ・・・その議論になるとそもそもISOマネジメントシステム認証とは意味があるのかという議論になってしまいます」
三木
「そうだ。そして実はISOMS規格はその議論を逃げているわけじゃないということだ。ISO規格は制定以来そのことについてちゃんと説明している」
木村
「へえ?」
三木
「1987年版の序文では『この規格の中に規定した品質システムの要求事項は、(製品・サービスに関する)技術的規定要求事項を補うもの(とって代わるものではない。)であることを強調しておく』と記述されていた。それ以降の改定版でもこの記述はなくなっていない」

注:この文言は2015年版の序文にもしっかりある。 ISO9001:2015序文 0.1
この規格で規定する品質マネジメントシステム要求事項は、製品及びサービスに関する要求事項を補完するものである。


なお、ISO14001は文章表現が異なる。
ISO14001:2015序文 0.3
二つの組織が、同様の活動を行っていながら、それぞれの遵守義務、環境方針におけるコミットメント、環境技術及び環境パフォーマンスの到達点が異なる場合であっても、共にこの規格の要求事項に適合することがあり得る。

どうもISO14001のほうは言い訳がましいし、規格要求事項以外の重要な要素の存在を明言していないことも気に入らない。14001の規格制定者は逃げは打っても、規格がEMS全てを包含していないことに言及したくなかったようだ。

木村
「ええと・・それはISO9001だけでは品質を保証できないということですか?」
三木
「その通り」
木村
「そうするとそもそもISO9001の存在意義がないような気がしますが」
三木
「先ほど欧州統合のとき、域内で自由に流通するためにはISO9001認証が必要だと言った。
しかしそのときISO認証だけでなく、というか話は逆かな、元々 BtoB の商取引において仕様や品質水準を決めて、受入検査をして合格品を受け入れるというのは当たり前のことだ。そして当時だって品質保証という考えもあったわけで、品質保証協定を要求するのも当たり前のことだった。
ISO9001認証していれば品質保証については満たされていると認めるということだったんだ。誤解しないでほしいがISO認証していれば、受入検査をしないで受け入れるという意味ではないし、ISO認証さえしていれば域内に自由に売れるというわけじゃない。品質保証限定なんだ」

木村は首を傾けて考える。木村が20年前、静岡工場にいたときのことを思い出そうとする。あのとき客先であるフランスやイギリスの代理店から仕様や品質水準の要求があり、当然それを満たして納入していた。それだけでなく品質保証協定を結んで年に1回くらいわざわざ品質監査に来ていた。
ISO9001を認証してもそれが変わったわけではない。製品の受入検査はもちろん、彼らはISO認証しても年に1度来日して工場監査をした。
製品の受入検査をするのはわかる。だけどなぜ工場監査に来たのだろう。
思い出した。
彼らは計測器管理がどの程度の精度で行われているのかとか、アースの接地抵抗の実測、工作時の環境条件などを記録や実地において確認した。つまりISOの審査はシステムだけだ。しかし実際の製造条件の項目や水準は定めていない。だから客がそれを確認しに来たのだ。
ISO規格ではそういう煩雑さを避けるためにISO認証機関と客先が一緒に監査を行う方法も定めていた。確か・・共同審査とかいったような気がする。

注:「ISO10011-3:1991 4.7 Joint audits」を参照のこと

だが木村が静岡工場にいた間は、認証機関と顧客は別々に監査に来ていた。

木村
「昔ISO9001認証したときのことですが、客先つまり買い手の品質監査とISO認証機関の審査を受けていましたね。三木さんが言わんとしていることはそういうことでしょうか?」
三木
「木村さんの体験したものがどうだったのか、私にはわからない。でも品質と検査の関係を図に書くとこんな風かなあ〜」

三木は立ち上がりホワイトボードに簡単な表を描いた。


手
製品・サービスの品質
に関わること
仕様・性能取引開始時に試験で確認
製品の品質ロット毎に受入検査で確認
製造条件に関わること具体的製造条件顧客による品質監査
品質システムISO認証機関の審査




三木
「先ほど言ったように、ISOマネジメントシステム要求事項は品質システムあるいは品質マネジメントシステムなるものに限定されていて、個々の製品の仕様、品質水準に関わらないだけでなく、具体的製造条件についても言及していない。
だからISO認証しているといっても客先は製品そのものの品質を確認しなければならないのはもちろんだし、製造工場における具体的な製造条件や製造環境も自ら確認しなければならない。多くの人は製品・サービスの品質確認は客先がしなければならないと理解しているが、製造条件についての確認については忘れているようだ。
もっとも消費者や大学の先生は、製品品質も保証すると考えているようだけどね」

木村はこの図を見てISO9001の意味をすべて理解したような気がする。
木村
「ええっと、自動車のTSなんてものは、製造条件に関わる具体的こととシステムを審査しますね。あれなら・・・」
三木
「そうそう、ああいった形ならシステムと製造条件の両方を満たすだろう」
木村
「しかし待ってください。それではISO9001の意味というか存在意義はなくはないでしょうけど、ものすごく守備範囲が狭いものだということですね」
三木
「うーん、それは考え方次第ではないのかな。元々品質保証要求事項が客によってさまざまで供給者が困っていたわけだ。それを統一すれば楽になると考えた。それに意義があることはわかるよね」
木村
「はあ」
三木
「だけど要求事項と言っても統一できることもあるしできないこともある。計測器の校正システムは同一でも、校正頻度とかその精度あるいはトレーサビリティの厳密さというのは共通にできるわけがない」
木村
「それもわかりますが、それじゃ」
三木
「初めからISO9001認証というものはそういうものだったのだろう。だからISO認証すれば良い品質だなんてことがないのはもちろんだが、それだけでなくISO認証すれば個々の品質以外は審査してくれているというのも誤解だ。
だけどそういうホントのことを言ってても商売にならない。いつしか、まあ1995年頃だろうけど、ISO認証すれば良い品質だという人が現れ、ISO認証すれば会社が良くなるとなり、ISO認証すれば儲かると言い出したということじゃないのか。それはまったく違うのだけどね。大学の先生の中には、ISOは経営の規格だなんて言う人がいるが、そういう輩はISO規格を理解しているとは思えんね」
木村
「今気が付いたんですが、製造条件も品質システムも顧客が監査すればわざわざ認証なんていらないじゃないですか」
三木
「その通りだよ、というか元々はその形だったわけだ。だけど品質システムの監査を私たちが代理でしますという人が出現して、製品に関わりない共通部分だけでも外部にやってもらおうとアウトソースしたのが認証の始まりだよ。当時認証機関は顧客の代理人と自称していたそうだ。そんな流れでいつのまにか製造条件など顧客対応の部分が忘れ去られてしまったようだ」

木村は考え込んだ。新事業どころじゃないな、ISO認証ビジネスにおいてその意図をはっきりと示さなければどうしようもないということだ。今さらという気もする。

うそ800 本日はオシマイのご案内
これにて木村物語アンド審査員物語番外編はおしまいです。もう私の頭の中も枯渇したようで最近は妄想が湧き出てきません。審査でチャンチャンバラバラしないためかもしれません。
おっと、うそ800は永遠に不滅です、なんてことはありませんが、また新しい視点から書いていきたいと考えています。乞うご期待

うそ800 本日の逃げ
オーイ、新事業はどうなった? なんて聞かないでください。
そもそも物語の背景とか出来事はすべて私が言いたいことを書くための舞台にすぎません。ISO認証とは何ぞやということを書きたいから新事業や木村を登場させたにすぎません。


審査員物語番外編にもどる
うそ800の目次にもどる

Finale Pink Nipple Cream