異世界審査員19.作業改善その3

17.09.07

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは

「日本能率界の三先達さんせんだつ」と呼ばれる人たちがいる。上野陽一、山下興家、伍堂卓雄である。「能率界」とはあまり聞きなれない言葉だが、作業改善とか業務改善と理解してくれればよい。


こういった日本の生産性向上や品質改善に努めた人たちは世に知られていない。だって歴史の教科書に出てこないのだから。実は私も上野陽一の業績については産能短大で習ったが、他のお二人については名前を聞いただけだ。
産業界で活躍した人々を学校で教えるべきだと思う。ところが今の歴史教科書に氏名が出てきた人物の職業割合をみると円グラフのようになった。(注3)

歴史教科書に氏名が載った人の職業

侍と軍人が33%(軍人は数人で、侍の9割以上は武将である)、芸術家(文学がほどんど・絵画/芸能がわずか・音楽はない)が30%、政治家・貴族が22%で85%を占め、工業・農業・商業はわずか2%であった。
ちなみに商業は渋沢栄一、農業は二宮尊徳である。
厳密に言えば教科書にでてくる武将や貴族は政治家でもあるが、まあここは学問ではないから勘弁してもらう。

ちょっと待ってくれ この国を創り支えてきたのは侍や芸術家じゃなくて、農業、商業、工業、そして情報産業従事者じゃないか。手塚治虫、宮崎駿、正岡子規、樋口一葉(いずれも教科書に登場する)などより大きな貢献をしてきた人はたくさんいるだろう。例えば山葉寅楠、松下幸之助、大野耐一、小倉昌男、鈴木敏文、本田宗一郎、土光敏夫、アラビア太郎(いずれも教科書に出てこない)・・・そういった人々が現代の日本を築いてきた。
昔だってそうだ。江戸時代に俳句や歌舞伎が盛んになったのは、商工業で財を成した人たちの支援があってこそではないのか。歌舞伎で食えるのは歌舞伎役者だけだが、農業で食っているのは日本国民全員だ。
サポーズ、もし日本人すべてが宮崎駿や正岡子規になったら国が成り立たないが、皆が大野耐一、本田宗一郎になったら万々歳ではないか。
だから、ものづくりや商業で功績を残した人たちをもっと取り上げて、若い人にそういう人たちのおかげで今があること、そういう生き方に価値があるのだと教えるべきだ。私は生涯一サラリーマンではあったが、宮崎駿以上に日本に貢献してきたつもりだ。

この"三先達"同士に交際があったのかどうかわかりませんが、今回は伍堂卓雄と上野陽一ではなく、後堂卓雄と上野陽二が出会うお話。

今日は月例の砲兵工廠での講義である。上野はあまり乗り気ではないが、伊丹は教育の一環だと考えて連れて行く。工藤と伊丹の話しあいで、とりあえず半年間は上野の面倒をみようということになっている。
今回の講義で、伊丹は互換性について語った。この時代は公差に基づいて製作するというよりもまだ現物合わせが主流であり、精度の求められるもの、例えばピストンとシリンダなどはセットになるものは擦り合わせて組み立てたもの以外は互換性がない(組み立てられない)のが普通だった。いやディーゼルエンジンなど精度のいるものは、戦後になってもしばらくは互換性がないという時代が続いた。

伊丹は互換性とは機械などがその使用段階において絶対の必要条件であること、だから常に互換性を考慮して設計し製作する必要性を話した。
もちろん互換性が重要と言っても、すべての部品が互換性がなければならないということではない。なにごともコスト次第である。もちろんコストとはお金だけではなく、緊急性・重要性・機会損失もあるだろう。
戦艦の砲身はめったに交換しないだろうし、交換するのは母港のドックだ。だから砲身の互換性は厳密でなくて、交換の際に多少追加加工が必要になってもよいだろう。他方、機関銃は連続射撃して銃身が赤熱すると交戦中に交換するから、互換性は必須だ。機関銃でない一般の機械なら、互換性とコスト比較して選ぶこともあるだろう。
兵器の話では分かりにくければ、異なるオフィスソフトでもファイル形式は完全互換でなければ実用上困るが、多少GUIが違っても我慢しなければと考えるかどうかである。
いずれにしても実際の工程能力を把握することが必須であり、また実際の運用における互換性の重要性を認識して、それらの兼ね合いで互換性そして遡って公差を決めなくてはならない、というようなことを伊丹は語った。

毎度のことだが、講義後に木越少佐から懇談したいと声がかかり、いつもの部屋に行く。今回は木越少佐、藤田中尉、黒田軍曹のほかに海軍の軍服がひとりいる。

木越少佐
「こちらは呉海軍工廠の後堂少佐だ。伊丹君のことを聞いて、横須賀海軍工廠に出張したついでにこちらに来て聴講してくれた。まあ気を使わないでいつものように話をしていただければよい」
ちなみに:
後堂少佐
後堂少佐
同じ少佐でも木越少佐の頭がロマンスグレーで、後堂少佐は髪黒々というのはわけがある。
木越少佐は戦いを指揮する兵科であるに対し、後堂少佐は技術士官である。技術士官とは正式な階級ではなく、その階級待遇ということである。そんな理由で技術士官や軍医は中尉からスタートし出世が早い。つまり後堂少佐は木越少佐より数歳若いのである。
その代わり技術士官や軍医には指揮権はない。

木越少佐がそう紹介すると、上野はギョッとしたように後堂少佐を見つめた。同じ作業改善の世界だから名前は聞いたことがあるのだろう。二人とも皇国大学出だが後堂は上野より6歳上だから、会ったことはないだろう。
伊丹
「始めまして、ご高名は存じております。互換性の権威と伺っております」
後堂少佐
「なにをおっしゃいますか、権威どころか互換性に興味を持っている一技術士官にすぎません。今日の伊丹さんの話は私の実務にたいへん参考になりました」
伊丹
「本日の話がお役に立てたらうれしいです。互換性を確保するために寸法公差を考えますが、寸法公差は加工精度と測定精度がわからなければ実現できない。この三つは相互に関連しています」
三面等価
後堂少佐
「私も互換性の重要性については同感ですが、寸法測定というよりもゲージによる互換性の確保を目指しています」
木越少佐
「私も参加してよろしいかな。私はなによりも測定することが最優先と考えている。それでウチでは伊丹さんの指導でノギスをほぼ各職場に普及させた」
後堂少佐
「ノギス? バーニヤの付いたはさみ尺のことですか? 以前からあったと思うが」
木越少佐
「確かにあるにはありましたが、必要十分な精度のものを職工みんなが使える状況ではなかったでしょう。我が工廠では20分の1ミリまで測れるノギスを、すべての職工と技術科兵士に配っています。また1000分の一まで測れるマイクロメーターも、少しずつですが各職場に備えております」
後堂少佐
「えっ、ほんとですか? それはすごい。でも合否判定ならゲージで用はたしますよね」
木越少佐
「合否判定だけであればゲージでよいかもしれない。しかし実際の寸法を知らなければ不良対策もできないし、改善もできない。そもそも加工中にあと何ミリ削るのかということは、ゲージではできない、実際の寸法を知らなければ。
寸法を実測できて初めて次の段階に進める
まあ、正直言って、そういうことは伊丹さんの講義で学んだことなんだがね」
後堂少佐
「次の段階とは?」
木越少佐
「寸法を測定すれば、バラツキを把握でき、加工条件の変動とか、異常が起きてもそれが問題になる前に発見できる」
後堂少佐
「なるほど、私もゲージがあれば寸法測定しなくてもよいと考えているわけではありません。しかし現実には適当な精度の測定器が手に入らないのです。やむなく現物合わせでゲージを作っているわけです。」
木越少佐
「ゲージによる検査は単に許容範囲外を取り除いているだけで、改善にはつながらないでしょう。継続して生産しても精度は上がらず、バラツキは初期と変わらないのではないか」
後堂少佐
「おっしゃることは分かります。確かに実際の寸法を把握することによって改善がされるでしょう。しかし測定器をそろえることはゲージに比べ管理費用が増加するのではないでしょうか」
木越少佐
「もちろんそこは費用対効果を考えなければならない。しかし先ほど伊丹さんが言われたように、加工精度、測定精度、寸法公差の関連を突き詰めれば、最終的にすべて良品、すべての部品は互換性を持つようになるだろう。それが理想だ」
藤田中尉
「鉄砲で的を狙って撃つと的の中心からバラツキます。練習すればバラツキが小さくなります。機械加工もそれと同じで、結果を見て是正を行うことでバラツキが小さくなります。
ゲージでは合否は分かっても、どこに当たっているかがわからないからバラツキは減らないと思います」
鉄砲の的とバラツキ
後堂少佐
「バラツキを小さくするのが理想なのは分かります。だがそのバラツキを抑えるにはバラツキを把握しなければならず、それには測定が必要と・・
ちょっと待てよ、バラツキが大きい小さいは何を尺度に表すのだろう」
伊丹
「平均値との差を二乗して加えることで、バラツキの大きさを示すことができます。このバラツキの大きさで組み合わせ出来ないものの発生度合いを推定できます」

ちなみに: 後堂卓雄が帝大で学んだ1900年頃、統計を教えていたかどうかわからないが、1894年ピアソンが論文で標準偏差の考えが示したことから考えると、当時の日本ではまだ知られていないだろう。

後堂少佐
「そのためにも寸法を測る必要があるというわけですか?」
木越少佐
「そうです。ここ砲兵工廠では全員にノギスを渡し、マイクロメーターが使えるように条件を整えている」
藤田中尉
「まだ二月くらいしか経っていませんが、すでに波及効果は表れています。
今までゲージに合わせて合否判定しろといわれた担当者は何も考えずに言われたことをするだけでした。しかしノギスなりマイクロメーターを使って仕事をしていると、実際の寸法がわかる。それで合格範囲内であってもだんだんとずれてきているとか、バラツキが大きくなったという報告をしてくるようになりました」
黒田軍曹
「最近面白いことがありました。ある部品の検査をしている者が、呼び寸法よりも全数大きいと報告してきました」
後堂少佐
「全数が呼び寸法よりも大きいとは?」
黒田軍曹
「それは図面上10ミリプラスマイナス0.1ミリだったのですが、すべてが10ミリから10.1ミリの間だったのです」
後堂少佐
「それでも図面からいけば合格になるわけですか」
黒田軍曹
「図面上はそうかもしれません。しかし異常であることは間違いありません。業者を呼んで聞き取りしたら、加工するとき間違えて全体が大きめになってしまい、ゲージで選別したそうです。ですから本来は10を中心とする釣り鐘であるはずが、10.1を中心とした釣り鐘の下半分を選別して納品していたのです」
木越少佐
「それはどうしたのだ、単純に合格とするのはおかしいと思うが」
黒田軍曹
「はっ、技術部門の担当者に問い合わせて、それが使えるかどうか検討を依頼しました。その結果、限界が多くなることで組み合わせ出来ないものが多くなるだろうということでそのままでは受入できないとのことでした」
木越少佐
「とはいえ契約上は図面仕様であれば受け入れせざるを得ないのではないか?」
黒田軍曹
「売買契約書をじっくりと読みましたところ、公差内であっても分布が異常の場合は協議するという一文がありました」
木越少佐
「なるほど、それでなんとかしたわけか」
黒田軍曹
「そうであります」
後堂少佐
「その場合、もし寸法を測らずゲージで受入検査をしていたら合格になっていたわけか」
藤田中尉
「実際にそれが問題かどうかは、ものによるでしょう。組み合わさるものでない、例えば背嚢や軍服なら範囲内ならバラツキがどうあれ合格でよいと思います」

注:背嚢(はいのう)とは軍隊用語でリュックサックのこと
木越少佐
「アハハハハ、なるほど、そういうしろものならどうでもいいか」
後堂少佐
「具体的には測定値をどのように活用しているのでしょうか?
まさかだんだんと大きくなってきたとか、バラツキが大きくなったというのを目で見てもわからないでしょう」
藤田中尉
「従来受入検査をして合否を判定していましたが、寸法が実測できるようになってからは、最大値、最小値、平均値などをグラフにして異常がないかをみております」
後堂少佐
「グラフですと! なんというか、間違いなく我々より一歩前を進んでいますね。
それでグラフに書くとすぐ分かるものですか?」
黒田軍曹
「バラツキが大きくなったり、平均値が継続的に増加したり減少すれば、一目瞭然です。担当者も仕事がレベルアップしたような感じを持ったようで楽しんでますよ。
ええと、そんなことになりますと、業者を呼んで事情を聴くとか工場を見に行くとかします。問題になる前に手を打っております」
後堂少佐
「なるほど、そういったことはゲージだけではダメですね」
藤田中尉
「先ほど言いましたように、そういったことを日常的に行っていることにより、バラツキが小さくなり、不良が減ってきているのは事実です。業者側も品質意識というのでしょうか、合格すればよいのではなく中心寸法に作る意識を持つようになりました」
後堂少佐
「うーん、お話を聞くほど測定器が欲しいですね。先ほどノギスの話が出ましたが、砲兵工廠では自作しているのですか?」
木越少佐
「こちらの伊丹さんのご指導を受けてノギス類を自作している。メートル原器とのつながりは微妙だが、我々が必要な精度では実質的に問題はないと考えている」
後堂少佐
「製作するものの形状によっては一般的なはさみ尺で測定できないものもあるのだが、砲兵工廠ではどうしているのだろうか?」
藤田中尉
「そういったことは多々あります。対象物に合わせて専用測定器を作成しています」
後堂少佐
「木越少佐、これについては別途ご相談させてください。ウチで作れるなら作りたいが、どうだろうか?」
木越少佐
「喜んでと言いたいが、我々も特許とかいろいろと法的に対応している。なにせ藤田や黒田が頑張ってやってきた成果だから、それは知的財産として大事にしたい」(注4)
後堂少佐
「分かります。別途、担当者を連れてお邪魔したい。それについても協議したい。
話は変わりますが、作業能率の改善としてはどのようなことを・・」
藤田中尉
「基本的に作業の標準化を進めています」
後堂少佐
「作業の標準化とは?」
藤田中尉
「どのような仕事でも最善の方法は一つだと考えます。実際に仕事をしている大勢の中には、仕事の早い人、すばらしい物を作る人がいます。そういった優れた人の仕事ぶり、方法とか工具とかを調べて、その方法を基準として他の人にも実行させるわけです」
後堂少佐
「はあ! そういう熟練工は、自分の仕事の仕方を盗まれると言っては語弊がありますが、他人に知られることを嫌うでしょう」
藤田中尉
「ものは考えようです。確かに見返りがなければ自分の技能・技術を他の人に教えることはしないでしょう。しかし自分の技能が認められ対価が得られるのであれば積極的に教えるのではないですか。
この砲兵工廠のそれぞれの仕事で一番技能のある人の方法を皆が実践すれば品質、コスト、納期はものすごく向上しますよね。それをさせるのが我々の仕事だと思います」
後堂少佐
「確かにそうではあるけど、これは測定器を導入するなんてことよりもとんでもなく難しい。単なる新しい道具の導入ではなく意識改革、行動改革ですからね」
伊丹
「いや本来なら仕事の仕方というものは、職工が考えるものではない。それは雇用する側が細かく決めて職工に教えるものです。それができずに技能者任せにするのは管理責任の放棄です。雇用する側が作業方法を定めて、作業者にはそれを遵守させるということがあるべき姿ではないのですか。
そしてこの方法は、もし改善によって仕事の方法を変えたなら、その瞬間に全員が新しい方法に切り替えることが可能になります」
後堂少佐
「いやあ・・・・それは理想でしょうが、実行は難しい」
木越少佐
「私は元々兵科で兵隊を指揮していた。新兵に射撃を教えるとき、名射手の技を盗めと言いますか?」
歩兵銃
後堂少佐
「はっ?」
木越少佐
「そんなことを言う指揮者や教育担当者は勤務怠慢で処罰されるでしょう」
後堂少佐
「意味がよくわかりませんが」
木越少佐
「射撃の指導者は兵隊に射撃の基本を教え、応用を教え、名人の技を教え、名射手に育てなければならないということです」
後堂少佐
「おお!分かりました。兵隊を教育するのと同じく、職工も手取り足取りして教えなければならないということですか」
木越少佐
「そのとおり。そのためにはまず基本を決めることが必要だ。もちろん基本通りにすれば一定のレベルになるという保証というか裏付けが必要だ。兵士の動作は常にその基本に基づく。
仕事も同じだろう。仕事をさせる時には、要領や手順や基準を教えて、その通り実施させなければならない。
だけど現実は、職長に丸投げしてできるかどうかはやってみなくちゃ分からないってことだろう」
藤田中尉
「ただ射撃の場合は皆に同じ歩兵銃や銃弾を渡し、同じ的を狙わせるわけです。
作業の場合は使う道具や刃物を同じものをそろえるのはなかなか難しい。また機械の保守、刃物の管理、作業者の均質化など、それを実現するためにしなければならないことはたくさんあります」
黒田軍曹
「現在は旋盤工はバイトを自分で研磨しているでしょう。手順を決めてその通り実施させるためには、そういうことを止めさせて、職工に標準化されたバイトを提供しなければならないでしょうね」
伊丹
「一般に標準化とは製品・部品の標準化を言います。しかし作業の標準化もあり、作業を標準化するためにはインフラの標準化をしなければなりません。
作業が標準化されれば、1個の作業時間は明確になり、仕事時間の見積もりもでき、作業の管理が可能になります。
そして作業改善とか能率改善とは、良かれと思うことをめくらめっぽうにするのではなく、定められた作業の基本を見直すことです。私はそれを標準なくして改善なしと言っております」
木越少佐
「おお、それは興味がある。次回はそれを話してもらおう」
後堂少佐
「そんな面白い話なら次回も来なくちゃならないじゃないか」


砲兵工廠からの帰り道である。

上野
「先ほど、仕事の方法は管理者がこと細かく決めて、それを現場の人に実施させるという話がありましたね」
伊丹
「ああ、そう言ったよ」
上野
「それは理想だと思います。だけど現実には『技師に腕なし技手に学なし』とか言われるように、実際の仕事の方法を知っている技師なんていませんよ。ましてや実際に作業できる技師はいないでしょう」
伊丹
「上野君だって今までいろいろな能率改善をしてきただろう。そのとき具体的に標準作業を決めて、こうしろと指示しなかったのかい?」
上野
「うーん、そこまで踏み込んではしませんでしたね。概略を説明して細かいところは作業者にやってもらうという感じですかね」
伊丹
「それじゃこれからは『俺が言うとおりやれ、責任は俺が持つ』というスタンスでやってごらん。口だけで手を出さない技術者ではしょうがない。実際に自分がやってみて、自分が納得したことをやらせるんだ。そうすれば、自分の言うことに反することは決して認めないという自信と覚悟が持てるだろう」
上野
「伊丹さんの世界ではみなそうなんですか?」
伊丹
「皆が皆そうだというわけではない。だけど私はそうしてきた。そうでなくちゃやりがいがないじゃないか。」

上野は黙ってしまった。なにか得るところがあったと期待したいものだ。

うそ800 本日のネタ
20世紀初頭の日本産業界における改善活動について書かれた「科学的管理法の日本的展開」という本を読んでいます。これ面白い。当時はまさに発展途上にありましたから、新技術や新設備、新技能、作業管理など新しいものごとや考えが導入されたり、諸条件が変わると、賃金や定着率が変わったり処遇について労使間だけでなく労働者同士で争議が起きたりします。
また先進企業(軍の工廠など)で技術を身につけると、より賃金の高いところに転職してしまう職工も多かったそうです。それは社会保障(年金・健康保険・失業保険など)が不十分で終身雇用でなければ当然でしょう。
そういう労働環境は今の西欧と同じなのでしょうか? そういう社会ならISO的発想が有効なのか、あるいはそういう社会での処世術とISO規格はマッチしているのでしょうか? 興味があります。
今の日本は安定した企業の正社員になることが目的になっていると思いますが、その対極として非常にアンステイブルな社会で転職が当たり前、何年も同じ会社にいたら変な奴とみなされるような社会もまた面白そうです。ただ社会保障がしっかりしていることが前提ですけど。
ちなみに明治末期の平均寿命は男43歳、女44歳。引退イコール死亡という社会では、老後を考えることもなかったのでしょう。(注5)

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注1
JIS Z8002:2006による「互換性」の定義
「ある一つの製品,プロセス又はサービスを別のものに置き換えて用いても,同じ要求事項を満たすことができる能力」
注2
万国規格統一協会(ISA)とは国際標準の推進を目的として1926年発足、1942年第二次大戦により活動停止、1947年発足したISOの母体となる。
ねじ、ボルト・ナット、標準数、公差など10の分野で活動が行われた。
注3
手元にある中学の「新しい歴史教科書」(2015、自由社、ISBN9784915237836)に姓名が出ている日本人の職業を数えた。グラフをみると、いかに工業、農業、商業がないがしろにされているかは明白だ。
注4
日本の特許制度は1885年に制定され、この物語の1910年頃は十分機能していた。
なお、バーニヤ付きのノギスが特許になるのかといえば、それはならないだろう。バーニヤもはさみ尺もそれ以前から存在していた。しかしスライダのガタつき防止、バーニヤの視差をなくす形状など特許になるものは多々ある。
注5

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