異世界審査員24.新しい仲間その1

17.09.25

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは

今時、結婚するとき、何をどんな手順でするのか、私は全然わからない。いや昔からわからない。考えたこともなかった。
私が家内と結婚したのはもう40年以上前のこと。そのとき付き合ってはいたものの二人ともまだ結婚なんて考えていなかった。
オヤジは私が付き合っている子がいると聞いて、私に内緒で嫁候補の家の様子を探りに出掛けた。そのとき既にオヤジは定年退職していて、今の私と同じく毎日が日曜日だった。小人閑居してなんとやらというが、暇人はろくなことをしない。
当時住んでいた家から家内の家まで10キロくらいだった。福島の田舎道は渋滞と無縁で法定速度で走れるから、10キロなら10分でたどり着く。多分この辺だろうと出かけたものの、どの家か分からない。ちょうど通りかかった農家の奥さんに「○○さんちはどこだんべ」と聞いたら、「それはわだしんちだげんど」となり、「寄ってがんしょ」と招かれて話し込んだそうな。なにしろ田舎では見知らぬ人でも疑うなんて思いもよらない。玄関には鍵さえない。

ちなみに: 私たち夫婦が結婚して10数年後のバブル時代、アジア系外国人のグループが車で田舎の集落を下見をして、不在の家を見つけては不法侵入して獲物を漁ってすぐさま立ち去るというヒットエンドラン犯罪が多発した。 鍵 田舎は日中はほとんど人がいないし、いても年寄りばかりだから連中は安全だと考えたのだろう。
面白いことにというか面白くないが、県内のどこどこで事件があったと報道されると、次の日は隣町、次の日は更に隣町というふうに被害が移動してきた。さすが私が住んでいた地域は一応市街地だったが、家内の実家がある集落では被害が出た。幸いその集落では犯行グループとバッティングして強盗とか傷害になった事件はなかった。
それでバブル以降は田舎でもカギをつけるようになった。
もっとも家内の実家ではカギを付けたのは1990年頃だったが、今でも日中どころか夜でもカギをかける習慣はない。なぜかと聞いたら、近所の人が酒に酔って間違って家に来たら入って寝られなかったらかわいそうだという、ヤレヤレ

そして茶飲みが終わったときには、家内と私は結婚することに決まっていた。それを聞いた家内の祖父が「そんだったら一緒暮らしたらいいべ」というので即同棲することになり、アレヨアレヨといううちに一緒に暮らしていた。 結婚 正直言って家内も私も好きで付き合っていたわけで、そんなふうになって嫌だったわけではない。しかし当時だって今だって、そんないい加減な成り行きで結婚した人はいないだろう。
そんなわけで「お嬢さんをください」とか「お前のような者に娘はやらん」とか、そんなやりとりは全くなかった。いささか残念である。
娘が結婚したときは、娘が夕方「ちょっとお客さんを連れて行くから」と電話してきたので、家内が「あ〜、いいよ」と答えたら何分もたたないうちに娘が男性を連れてきた。コタツに入ってお茶を出したら、娘が「この人と結婚します」というので「そうか、よろしくお願いします」と言ってオシマイ。身の上調査もせずに家族状況も聞いていない。娘はそのとき私が「娘はやらん」と言って欲しかったと後で聞いた。娘はそういう様式美が好みのようだ。
息子のときは・・・・息子はまだ結婚せずに毒男歴を絶賛更新中である。これが私の最大の悩みである。

伊丹が夜、自室で白熱電球の下で本を読んでいると、スマホが鳴る。
21世紀の日本と異世界の間には、なぜかスマホが通じる。いや普通のガラケーでも通じる。基地局もなくWIFIもないのに、なぜ電話が通じるのか定かではない。
伊丹の息子の
伊丹洋介です。
脇役ですがよろしく

伊丹洋介
息子の伊丹洋介です
一度工藤にどうなっているのかと聞いたことがある。魔法だと思ってくださいよという。工藤も知らないのかもしれない。但し通じるのは電話だけで、インターネットもメールも駄目だ。これもどうしてだか分らない。そういうものだと思うしかない。
伊丹は自分と幸子の電話番号を義兄と息子に教えているが、スマホを使っているところを見られるとまずいので、伊丹か家内が家にいるのが間違いない夕方から明け方にかけて電話するようにと言ってある。そんなわけでこの世界に来てからスマホに電話がかかってきたのは初めてのことだ。
驚いてスマホをとり発信者をみると、「息子」と表示されている。なにごとかと伊丹は通話をONにした。

伊丹
「ああ、俺だよ、なんだ?」
息子
「突然なんだけどさ、今付き合っている人がいる。お父さんに会ってほしいんだ」
伊丹
「幸子は良いのか?」
息子
「もちろんお母さんにも来てほしい。お母さんは一度会っているけどね」
伊丹
「わかった、いつがいいだろう? 」
息子
「早い方がいいなあ、今度の週末どうかな?」
伊丹
「こちらは土曜日は休みじゃないんだ。日曜日なら大丈夫だ。
場所はどうする? 俺たちのところに来てもらうわけにはいかないから、お前が住んでいるマンションで会うか、それともレストランにでもしようか?」
息子
「じゃあレストランにしたいなあ、彼女に余計な手間をかけさせたくない」
伊丹
「そいじゃ俺たちにとっては都内がいい。すまんがレストランを予約してくれんか。個室がいいだろう。もちろん費用は俺が出す」


21世紀の日本と1900年代初頭の扶桑国の通路は、工藤が伊丹の最寄り駅である渋谷駅にも作ってくれていた。だから自宅から元の世界に戻るときは渋谷駅、会社からのときは新橋駅を使っている。
扶桑国から21世紀の日本に行くときもその逆も、一番問題になるのは服装である。女性なら和服はどちらも共通であるが、これも現代ではちょっと悪目立ちする。伊丹の場合、ネクタイなしの作業服姿ならどちらでも目立たないが、それじゃ人に会うにはちょっと向かない。
結局、どちらかの駅のトイレで着替えることが多い。これも現代のトイレならまだしも、扶桑国の汲み取りトイレで着替えるのもあまりうれしくない。

日曜日の昼過ぎ、伊丹は妻の幸子と二人でまずは綱島の義兄、つまり幸子の兄で伊丹の元上司の家に挨拶に行く。伊丹夫婦が異世界に行ってからもう10か月になる。その間、伊丹は二度ほど顔を出したが、幸子はこれが初めてだ。
福山取締役伊丹の妻 幸子伊丹
福山取締役
幸子の兄で
伊丹の元上司
幸子
伊丹の妻
伊丹洋一
一応主人公
福山取締役
「ずいぶんとご無沙汰じゃないか、伊丹はともかく幸子は1年ぶりだろう」
幸子
「そんな子離れしないような言い方しちゃいけないよ、兄さん」
伊丹
「どうもすみません。向こうの仕事もなんとか目鼻がついて、暮らしもやっと落ち着いてきたところです」
福山取締役
「お前もこちらで審査員をしていた方が楽だったろうに。幸子だってそうだろう」
幸子
「うーん、でもさ今は出張がめったにないから毎晩家に帰ってきてくれるし、そういう意味ではよかったなと思ってますよ」
福山取締役
「でもどうなんだ、電化製品もない暮らしは辛いだろう。洗濯とか炊飯とか全部手仕事だろう。暖房も冷房もなければ夏は暑く冬は寒いだろうし」
幸子
「暑さ寒さはともかく、家事は女中さんが全部してくれますから、私はなにもしないんです。お大尽っていう暮らしをしているのよ、アハハハハ」

注:「お大尽おだいじん」とはユニクロとか柔らか銀行の社長のような大富豪ではなく、村一番、町一番くらいのお金持ちのこと。時代劇の悪役あたりだろう。

伊丹
「実は今日は報告とお願いに上がりました」
福山取締役
「報告ってたって向こうでちゃんと暮らしているから安心してくださいってことだろう」
伊丹
「いえ実は息子が結婚相手を紹介するとのことで、今日は嫁候補と夕食会なんです」
福山取締役
「ほう、洋介も結婚を考える年になったか。いくつになったんだ?」
幸子
「24です。彼女は26とかいってましたど」
伊丹
「オイオイ、年上なんて知らなかったぞ」
幸子
「あら器が小さいのね」
福山取締役
「今時二つ三つ年上でもどうこうないだろう」
伊丹
「いや年上が悪いわけではなく、単に知らなかっただけですよ。
実はね義兄さん、お願いってのはその嫁さん候補とご実家の身辺調査をお願いしたいのです。
弟さんが興信所してたでしょう。私、彼の連絡先を知らないんですよ。これが嫁候補のご芳名と住所です」
福山取締役
「ああ、わかった。伝えておく。特段難しくなければ1週間くらいだろう」


食事会は楽しかった。息子、洋介の嫁候補は、ご芳名 藤原ふみ(27)という。
美人かどうかは主観の問題だろうが、今風で明るく悪人ではないようだ。
洋介の彼女 ふみ

ふみです
高校卒業して就職してからずっと小規模な商社で一般事務をしていて、結婚しても仕事は止めないという。
伊丹は異世界での仕事が順調になればこちらに帰ってくる気はないし、いずれにしても老後は夫婦ともに施設に入るつもりで子供に頼る気はない。
いつまでも稲毛のマンションに住んでていいよと幸子が言う。そんなに古くないし、90平米あるから子供が生まれても大丈夫だろう。

伊丹夫婦はその日のうちに扶桑国に戻った。渋谷駅から自宅まで1キロ歩く。街灯もなく途中住居も少ないのでとても暗いが、この世界は犯罪が少ないから不安はない。


翌週木曜日のこと、夜スマホの電話が鳴った。また何事かと伊丹はすぐにスマホをとる。
発信者をみると番号だけ表示されている。要するに登録されていない方からというわけだ。

伊丹
「はい、伊丹です」
藤原一郎
「あ、夜遅くすみません。私、藤原と申します」

電話の向こうで朴訥な感じの声がする。
藤原と聞いても伊丹は思い当たる人がいない。

伊丹
「藤原様ですか、ええと・・」
藤原一郎
「お宅の洋介様とお付き合いいただいているふみの父親です」
伊丹
「ああ、失礼いたしました。お名前を思い出せずに・・」
藤原一郎
「娘が伊丹様と会ったと聞きました。それで伊丹様とお話がしたいと思いまして」
伊丹
「それはぜひともお会いして一献傾けたいですね。実を言いまして私は都内に住んでいないのです。そんなに遠くはないのですが、できたら土曜日の夕方か日曜日がよろしいですね」
藤原一郎
「分かりました。それじゃ明後日の土曜日の夕方ということでいかがでしょうか?
私の住まいは荒川区の町屋近くですんで、上野あたりどうでしょう」

上野駅で待ち合わせて、そこから近くの居酒屋に行くことにした。
電話を切って時計を見る。まだ9時だ。電話するのに非常識な時間でもないだろう。
伊丹は義兄に電話する。
福山取締役
「あーもしもし」
伊丹
「伊丹です。夜分遅くに申し訳ありません」
福山取締役
「なんだ?」
伊丹
「先日お願いした身元調査どうでしょう、頼んでいただけましたか?」
福山取締役
「ああ、あの翌日に弟に頼んだ。明日でも、いや今夜聞いてみるわ。一旦切る、かけなおす」

10分後に伊丹に電話が来て調査書はできている、義兄が預かっておくから認証機関にとりに来いということだった。


土曜日は工藤に断って昼過ぎに退社した。伊丹は役員でないし役職があるわけでもない。どういう扱いになっているのか工藤と話したこともない。遅刻、早退すると賃金がひかれるのかどうかも聞いたことがない。
21世紀に現れた伊丹は、数か月ぶりに認証機関に顔を出す。もう社員ではないから無人の受付から義兄に内線電話する。
義兄はすぐに調査書を持って現れた。

福山取締役
「これだ。俺はもちろん見ていない。もしここで読むなら空いている応接室を使ってくれ。申し訳ないが俺はいろいろあるので失礼する」
コーヒー
伊丹はお礼を述べ料金を聞くと、義兄は手をパタパタ振って中に消えた。
勝手知ったる旧職場だ。伊丹は応接室が並んでいる通路の奥の給茶機でコーヒーを紙コップに注いで、開いている応接室のドアの表示板を空室から使用中に変えて中に入った。

伊丹は調査書を広げる。
一枚目は表紙、二枚目は目次、3ページから報告である。


1.藤原ふみ氏の経歴・人物・評判
藤原ふみ氏(以下、本人)は平成○○年〇〇月○○日、東京都○○区で父藤原一郎氏、母澄子氏の第一子・長女として生まれた。現在26歳になる。兄弟はいない。
本人は○○小学校、○○中学校、○○高校を卒業した。すべて公立校である。小中高とも補導歴なし、またいじめの加害・被害の記録なし。元同級生に聞き取りしたが普通の生徒だったとのこと。
高校卒業後、都内○○区の中堅建材商社(株)○○に一般事務員として勤務し、現在に至っている。上司、同僚の評判は仕事ぶり人柄とも良好である。
過去に異性関係で同棲やトラブルなどの話なし。過去に長期入院などの病歴はない。

2.生活状況
(1)現住所
  ○○月まで
  住所:東京都荒川区○○町XXX ○○

  ○○月から
  現住所:千葉県千葉市○○町XXX ○○レジデンス1201

3.家族の経歴、人物、評判
(1)父親
父親の藤原一郎氏は昭和〇〇年〇〇月〇〇日生まれで、現在60歳になる。
宮城県出身、工業高校卒業後、○○電機メーカーに就職、大田区の○○工場に勤務した。
以降、機械加工の仕事をしてきた。元同僚によると腕の良い技能者で性格温厚という。
平成〇〇年、52歳の時、勤め先が海外展開のため国内事業所の縮小を図ったとき早期退職した。
平成〇〇年、○○工業に就職、機械工として3年間働く。平成〇〇年55歳の時、独立のため退職。
平成○○年、個人の機械加工業を居ぬきで買い取り、一人で機械加工の下請けを始める。
ばくちや女性関係の噂はない。

(2)母親
母親の藤原澄子氏は昭和〇〇年〇〇月〇〇日生まれで、現在55歳になる。
愛知県出身、○○高校卒業後、都内の○○デパートに就職、販売員として勤務する。
藤原一郎氏と〇〇年に結婚する。結婚後もデパートに勤務、娘を出産してデパートを退職。娘が幼稚園になってからパート勤めをする。現在、近くのスーパーでパートをしている。
過去、素行や人付き合いに問題は認められない。金銭、異性関係の噂はない。

4.思想、宗教など
家族みな特定宗教の活動歴なし。反社会的団体や関係者との付き合いはない。

5.資産状況、負債など
(1)本人
消費者金融の事故情報登録なし。クレジットカードの事故情報なし。

(2)藤原一郎氏
両親住まいの建物は築35年木造2階建て住居部分と鉄骨の工場合わせて敷地約60坪である。土地は借地、建物は住宅及び工場とも藤原一郎氏名義である。
独立してから5年間、事業は細々とやっている。リストラ時の退職金はほとんど現在住んでいる建物と工場設備の購入に費やされた模様。
消費者金融の事故情報登録なし。クレジットカードの事故情報なし。
固定資産に抵当権は設定されていない。




そんなことが何ページか書き連ねてある。どこまで信用できるかわからないが、これだけ調査して報告書をまとめる労は大変だろうと伊丹は思う。30万くらいかかったのか。まあそれだけの価値はあるだろう。伊丹だって1日コンサルすれば10万くらいもらわないと割に合わない。義兄にはあとで埋め合わせをしておかねばと伊丹は思った。
読んだ限りでは問題ない女の子のようだ。娘が大学に行かなかったのは、ちょうど進学時期に父親がリストラされたさなかで進学を諦めたのだろうと推察した。
歳がいっているから恋愛や同棲のひとつやふたつありそうだが、ないというならないのだろう。
読み終わった後、またコーヒーを注いで半時間くらいいろいろと考えた。それから時計を見て約束の時間まで1時間切ったのに気が付いて認証機関を出た。

約束より10分ほど前に上野駅入谷改札に着いて藤原氏を待つ。この改札口は小さいからすれ違いはないだろう。
藤原一郎

藤原です

約束5分前に改札口の内側からジャンパーに綿ズボンを履いた初老の男性が現れた。伊丹は声をかけた。藤原氏であった。
藤原氏は知っている居酒屋があるといい、入谷口を出て5・6分歩いてチェーン店でない店に案内する。

低い衝立で仕切られた座敷に上がって、とりあえずビールを頼む。
伊丹
「それじゃ健康を祝して乾杯」

一口飲んでから話が始まる。

藤原一郎
「今日はお会いしていただきありがとうございます」
伊丹
「いえいえ、私こそ有難く思っております。私は息子と離れて暮らしておりまして、お宅の娘さんと同棲しているとは存じませんでした」
藤原一郎
「うちの娘がお宅の息子さんと結婚したいと聞き、正直言って悩んでおります」
伊丹
「何を悩むんでいるのですか?
可愛くて結婚させたくないとか」
藤原一郎
「はっきり言いまして、我が娘は条件が悪すぎます。それでお宅との付き合いもうまくいかないのではないかと考えております。結婚というのは本人同士じゃなくて家族も姻族も含めた付き合いですから、同じような生活レベルでないとうまくいきません」

藤原が言うのは経済的に苦しいこと、自分の仕事の見通しが暗いことなど、だいぶ悲観的だ。伊丹はそれを否定する言葉をかけても意味がないと思った。確かに一人でやっている機械加工なんて、今の時代に存在しているのかと驚いたくらいだ。

藤原一郎
「私は高校を出てから旋盤とかフライスをいじってきました。1980年頃からどこもNC機械を導入してきましたが、変に腕に自信というかありましてNC機械のオペレーターになるのを嫌ったのですよ。1980年代はまだ試作とか高精度の一品ものでは、NCでなく手作業を重宝するところがあったのですが、時代遅れになるのは必然でした。
1980年代末から私のような従来からのマニュアルといいますかNCでない工作機械の技能者の中には早期退職して、タイとか中国などに技術指導、正確に言えば技能指導ですが、向こうに行って大金を稼ぐ先輩が何人もいました。
私にも声がかかりましたが、どうもそういうのは個人的には金儲けになっても日本のためにならないと思いまして、誘いには乗りませんでした。
その後、会社が海外展開を進める代わりに国内生産の縮小を図り、現代の工作機械に疎い私はリストラです。8年前です。
食っていくためには働かねばならず、自分ができるのは最新の機械ではなく手で操作する機械だけです。それで小さな会社に入りましたが、休日も少ないし福利厚生なんてなきがごとし。
その頃になると海外に行った人たちも、向こうのレベルが上がったのと、向こうでもNC機械や自動機が当たり前になって見切りをつけたのかお払い箱になったのかほとんどが戻ってきましたね。でもまあその間、10年間だいぶため込んだでしょう。
そんないろいろありまして一人でやってみようかと、今のところを居ぬきで買いました。もう5年やってきましたが目が出ません。廃業しても、今更私ができる仕事となれば工事現場の交通警備くらいですからねえ〜」

話を聞いていると積極性がないようにも聞こえるが、この8年間で疲れ果てたという様子がみえる。
ビール 現在借金はないけれど厚生年金がもらえるまでの10年近くをどうするか、それ以降も厚生年金だけでは足りないだろうしと心配している。

伊丹は息子たちの結婚は本人たちが考えることで、親が悩んでもしょうがありません、また飲みましょうと言って別れた。
洋介の彼女はオヤジさんも大変そうだが、それが娘夫婦にどんな影響を及ぼすか、お金のことばかりでなく精神的にも蝕まれるとまずいなあと思う。
ひるがえって、伊丹も5年前、認証機関に出向を言われたとき、それを拒否して別の道を選んだらどうなっていたのか、異世界の事業を拒否したらどうなっていただろう、異世界の事業撤退のとき素直に元の世界に戻っていたらどうだったかと思い巡らした。

うそ800 本日の迷い
実を言って私が今の暮らしがあるのも偶然の積み重なりですよね。家内と結婚しなかったならどうだったのだろう。リストラのとき別の道を選んだらどうなっていたのか、
いろいろ考えると、今の暮らしが最高だったように思います。
まあ、そう思わないと苦しさで押しつぶされちゃいますから

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