異世界審査員25.新しい仲間その2

17.09.28

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは

私の親父も母親も兄弟が多く、そして二人とも兄弟の末の方だったので、私の従兄弟/従姉妹は父方母方双方合わせて40人近くいて、そのほとんどは私より10歳以上年上だ。我が子たちの従兄弟、つまり私の甥姪は私と家内側あわせて8人しかいない。少子化は間違いない事実だ。
彼らの多くは中学校を出ると、集団就職で東京に出ていった(注1)。上京するとき駅には出征兵士を送るように町中の人が集まって、蒸気機関車の客車に乗った子供たちを見送った。自分の子供がいなくても、知り合いや親せきの子供たちがいれば必ず行った。遠くに行く子供たちに元気を贈ろうとしたのだろう。そんな昔のことじゃない。1960年頃の話である。

蒸気機関車

ちなみに東北本線が電化されたのは1968年である。

集団就職先はほとんどが中小企業だった。私の従兄弟たちは中小企業どころか、親方(社長)と二人とか、せいぜい数人という零細企業で働いた。
小学校高学年の時、東京の伯父のところに遊びに行った。そのとき伯父が私の従兄弟(伯父から見て甥)に用事があったときに一緒に連れて行ってもらった。場所は覚えていないが、江東区だった気がする。
従兄弟は土間に置かれた高さ20センチくらいの木製の台に腰を掛け、背中を丸めて部品を手に持って一生懸命バフかけをしていた。映画「三丁目の夕日」に出てくる自動車修理屋のイメージそのものだ。俺もあと何年かしたらこんなところで働くのかと思うとぞっとした。職場環境も福利厚生も、今のブラック企業どころではない。
その従兄弟が、休みにブクロで同郷の仲間と会うのが楽しみだと語っていたのを覚えている。ブクロとかジュクというのをかっこいいと思った。
彼らは仕事をしながら親方のすることを見聞きしていたから、いくらで受注して経費がいくらで儲けがいくらというのは知っていた。親方がピンハネしているのも知っていた。だから早く技術技能を身につけて独立し、自分が弟子を取ってピンハネして元を取ろうという思いが強かった。そして多くの人たちは数年でその願いをかなえた。
但しそうあり続けることは相当に難しかった。なぜなら自分と同じように自分の弟子も、技能を身につけるとすぐに辞めて、少しでも賃金の高いところに転職したり独立したりする。なにしろ定期昇給もなく社会保険も不十分で、怪我と弁当は我が持ち(注2)と言われた時代だ、転職のハードルはものすごく低い。その結果、競争相手は多く値段は叩かれた。また数年で身に付けられる程度だから高い技能でもなく希少性もない。そんな人たちがたくさんうごめいていた。まさに「キューポラのある街」である。
時と共に、そういう零細事業者は減ってきた。私の従兄弟たちも、そういった個人事業者か弟子一人二人という形態で仕事をしていたが、ほとんどが1980年代には足を洗った。みな私より10歳以上上だが、それでも当時まだ50前後で高齢になったから引退したわけではない。世の中の変化に付いていけなかったということだろう。首が回らなくなってトンズラした人もいた。一人だけ30人規模の小企業まで育てた従兄弟もいたが、その会社も21世紀を迎えることなく消滅した。

話は変わる。私がISO審査員研修を受けたのはQMSが1995年、EMSが1997年だったと思う。当時審査員研修に来ていた人というのは、出向して審査員になることが決まっている人が多かったが、そのほかに企業側の人もいた。そうではなく海外に技術(技能)指導にいって、もう海外も下火だと見切りを付けたり契約解除されて日本に帰ってきて、審査員でもしようかという人がいた。
1980年代半ばから日本産業の海外展開(空洞化ともいえる)によってどんどんと海外工場ができ、そこに技術指導を売り込む、あるいは募集を受けて出ていった人が大勢いた。機械加工、塗装、溶接、一流の技能者なら引く手あまたの時代である。企業が海外展開するなら技能者も海外で技能を売るというのもアリなのかもしれないが、日本の競争力の相対的低下をもたらしたことは間違いない。ある意味売国奴ではなかろうか。
もっともそんな一人は「海外で技能を教えて一人前になると転職する。技術を絶対に他人に教えずに自分一人に留める。だから永遠に技術指導の仕事はなくならない」と笑っていた。それも真かもしれないが、やはりナンダカナという気はする。
ともかくそんな経歴を持つ人たちが、海外ももう終わりだと見切りをつけて、次はISO審査とかコンサルだと考えて審査員研修を受けた人が受講生20人の中に1人はいた。
ともかく時代はどんどん変わる。今や床が油汚れで固まりワッシャーやねじがこびりつき、社長の子供が機械のわきで遊ぶなんて町工場はない。整理整頓が行き届き、床はきれいでボルトどころか小さな座金ひとつ落ちてない、温湿度が空調で管理され、計測器はしっかりと校正され、真新しい自動機が並び夕方セットしておけば終業時以降も自動で仕事をしてくれるようになった。そうでないと顧客要求を満たせない。

じゃあ昔ながらの技能者は行く場所はないのだろうか。残念ながら、そのスキルのままでは活躍する場はなさそうだ。 蹄鉄 ときどき昔ながらの制作方法で作ったことを売りするものもあるが、すべてがその戦略を取れるはずがない。ユニークを売りにするにも似たものがあってはユニークではない。

いつの時代にも変化はあった。いや時代というからには他の時代と変わっているということだ。さもなければ歴史の終焉である。
自動車が現れたとき馬の蹄鉄を作っていた人たちは失業した。もしこれから「どこでもドア」が現れたら自動車を作っている人たちは失業するだろうし、そうなっても文句は言えない。時代の移り変わりの是非を論じてもしょうがない。それが世の習わしである。


伊丹は藤原氏と分かれて真夜中近くに帰宅した。幸子は伊丹が息子の彼女の父親と飲むと聞いていたので起きて待っていた。
この世界ではテレビはもちろんラジオもないから、特段用がなければ10時には寝るのが普通だ。
幸子
「洋司、彼女の父親ってどんな方だったの?」
伊丹
「うーん、正直言って覇気のない人だねえ。人生に疲れてしまったような感じだ。
洋介と身分違いだって言って吊り合わないと心配をしていた」
幸子
「兄さんから身の上調査の報告をもらったの?」

伊丹は幸子に渡した。
幸子は恭しくあがめてから読み始める。
しばし一読してため息をついて言う。

幸子
「リストラは当人だけでなく家庭にも大きなダメージを与えるわねえ〜」
伊丹
「それを言えば俺たちも同じだよ。俺が認証機関に出向しなければどうだったのかなあなんて考えてしまった」
幸子
「洋司の話でもこの報告書でも、このおじさんの技能って向こうの世界では時代遅れなのね。でもさ、言い換えるとこちらの世界では最先端技術と言えなくない?」
伊丹
「なるほど見方を変えると、そうかもしれないね。
とはいえ、彼の技能がどの程度のレベルなのか分らない。優れた技能者なのか、そうでもないのか、どうなのだろう」
幸子
「洋司が向こうで仕事していた時の知り合いが、その藤原さんをご存じないかな?」
伊丹
「そういえば彼が今取引している会社をいくつか挙げたが、その中に俺の知っている会社が二つあったな」
幸子
「それじゃその方たちにオジサンの技量と人柄を聞いてみたら」
伊丹
「聞いてどうするの?」
幸子
「もし使えるなら、この世界で機械加工の技術指導をしてもらったらいいじゃない」
伊丹
「えぇ すごいことを考えつくもんだ。
でもさ、なんで幸子はその藤原さんに肩入れするんだい?」
幸子
「うーん、そのオジサン、ウツになりかけでしょう。経済的なことだけでなく、
そういう状態の人を自分の親とか義父に持ったら我が息子夫婦の危機は間違いなし。息子夫婦の幸せを願うならそのオジサンに幸せになってもらわないとまずいわ」
伊丹
「いやはや、読みが深い」


翌月曜日、伊丹は会社に行くと会議室に入ってカギをかけ、藤原が語った取引先で伊丹が名前を知っていた2社にスマホで電話する。そこは伊丹が認証機関に出向する前の会社での取引先だった。

幸い二社とも藤原を知っているという人がいた。
ひとりが言うには、藤原は若いとき技能五輪の国内選考でいいところまで行ったそうだ。残念ながら国際大会にはいけなかったらしい。しかしマニュアル工作機械の腕でははんぱではない。1級技能士をいくつも持っているし(注3)、特級も持っているかもしれない。
藤原さんは古い機械なら自由自在に扱えるが、反面、NC工作機械とかレーザー加工などはどうかねえ。彼は古い人間なんだよ、時代遅れというか。人間は良いんだけど
独立して試作などの仕事をしたいといっていたけど、そういったものだって今はNCで加工するようになって、マニュアルより速く正確にできるようになったからねえ、ああいった技能だけで食っていくのは今は困難だねという。

もう一社のオヤジも似たようなことを言う。それと今時、独立して仕事をするなら、他所ではできないってものがないとダメだ。藤原さんはそれがないという。

お二人の評は、藤原氏は、古い機械なら腕はいいが、今風の機械は扱えないという。そして藤原さんには義理で仕事を出しているが、メリットはなくできれば切りたいと冷たいことだ。
だいぶ前にノギスを作ってもらったところを思い出した。あんな一人二人で営んでいる事業所でさえ、レーザー加工とかワイヤカット、更には3Dプリンタまで使う時代だからなあと伊丹は思う。もちろんそうしなければ淘汰されてしまうだろう。
それに比べ、昔ながらの機械で昔からの技能で仕事が来るのを待っているようでは、とても話にならない。
でも、これって扶桑国で指導や問題解決の仕事をするにはむしろ都合が良いことじゃないか。レーザーとか最新の加工方法や機械に頼っていれば、難しい仕事のときは最新の機械に頼ろうとするだろう。しかしこの時代にはそんな特効薬のような機械は存在しない。手動の精度が悪い単能機を使ってどうにかしようという、工夫と頑張りがなければ指導できない。幸子の意見もあながち見当違いではないかもしれない。
ただ、その前に彼がこちらに来てもらう目的は何のためかをはっきりさせないといけない。藤原氏への同情とか洋介夫婦の安心のためというのはおかしいだろう。彼がこちらの世界に貢献できなければならないし、彼自身が貢献するという意欲がなければ彼もこの世界も不幸なことだ。

1時間くらい悶々とした後、事務所をみると工藤が自席で書類を見ている様子。伊丹は意を決して工藤に話しかけた。

伊丹
「工藤さん、ちょっと相談があるのですが、よろしいでしょうか」
工藤社長
「その様子じゃ深刻なことですか?」
伊丹
「確かに軽い話じゃないんですが・・」
二人して会議室に入る。

伊丹
「個人的な関わりが大きく自分自身判断付きかねまして、客観的なコメントをいただきたいのですが。
先々週、息子から電話があり、結婚を考えている女性を紹介するというのです。その週の日曜日、家内と向こうの世界に行って、その女性と息子と食事をしてきました。それはそれで問題はなかったのですが・・
先週、その女性の父親から一緒に飲みたいとお誘いがあり、一昨日会ってきました。土曜日の午後お休みをいただいたのはそんなわけです」
工藤社長
「なるほど」
伊丹
「そこから微妙な話になるのですが、その親父さんは今仕事が減ってきていることもあり仕事にも人生にも張り合いがなく、もちろん経済的にも順調じゃないんです」
工藤社長
「それでこちらにきて技術指導をしてもらったらどうかってことですか?」
伊丹
「えっ、どうして私の考えがわかっちゃうんですか!」
工藤社長
「伊丹さんともう1年近く付き合ってきましたからね、考えも行動も読めるようになりましたよ」
実は、今朝、幸子から工藤に電話があったのだ。伊丹は気が小さいから工藤に相談できないかもしれないと心配した幸子が、藤原についてのいきさつを話して仕事を斡旋してもらえないかと相談したのだ。
もちろん工藤はそんなことを伊丹には言わない。

伊丹
「畏れ入りました。実を言いましてその方の技術技能がどんなものか私は知らないのです。ただ元の世界に彼を知っている知り合いが二人ほどいましたので、その方の腕前と人柄について聞きました。腕はいいということですが、向こうの世界の最新式の機械は使えない。要するに古い機械、といってもこの世界の機械よりは進歩したものですが、そういったものを扱うことには長けているということでした。
人柄は、まあ真面目でしょうけど、会った感じでは意志が強いというのではなさそうです。リストラという言葉をご存知でしょうか、企業が事業構造を改革することですが、その過程で今風の技術技能がないと切られたわけです。それが8年前で今までだいぶ苦労をされたようで弱気なってしまったようです」
工藤社長
「わかりました。言葉ではわかりませんから、どうでしょう、一度こちらに来て工場を見てもらったらいかがですかね。
本人が実態を見て、これならやれる、やりがいがあるというならぜひお願いしたい。やる気のない人はどの世界でも使えませんからね」
伊丹
「工藤さんにそうおっしゃっていただけるなら大変ありがたいことです。そいじゃこちらに1泊くらいで来てもらい、そうですね我が家に泊まってもらうことにしましょう。前夜に工藤さんと食事がてらお話をして、翌日どこか工場を見てもらうことにしましょう」
工藤社長
「そうですね。工場となるとどこですかね、やはり砲兵工廠ですか」
伊丹
「民間はどこも家内工業レベルですからね」
工藤社長
「砲兵工廠では作業方法の標準化を進めているところですから、ちょうどいいじゃないですか。断りなしに民間人を連れていくわけにはいきませんから、今日でも藤田中尉に新人を連れて行くことを話しておきましょう」

なんで藤原氏を登場させたのかというのはお分かりでしょう。
私はいつも、ものごとを改善していくのには、固有技術と管理技術そして改善しようという意志が必要だと言っております。

成  果
矢印矢印矢印
固有技術管理技術士 気
矢印
ISOMS規格の守備範囲

伊丹が認証ビジネスを始めるために改善とか作業指導をさせてはみたものの、これじゃ力不足だなと気づき、急遽助っ人を呼ぶことにしたわけです。
ISOのマネジメントシステムで改善を進めるというのは妄想に過ぎません。固有技術の裏付けがなければなにをしようと上手くいくわけがない。言い換えれば固有技術さえあれば、管理技術がなくてもそこそこまでいくのです。
テーラーは科学的管理法だけで工場の近代化をしたわけではない。高速度鋼を発明し、さまざまな機械を考え、その上で人をどう使うか、どう管理すべきかを考えたってことを忘れちゃいけません。

うそ800 本日の暴露話
この回を始めたとき、文字数を6000字以内にすると語ったが、今回だらだらと書いてから数えてみると、なんと1,4000字!
これじゃ公約違反だと糾弾される。私は民進党や社民党ではない。公約は守る人間だ。
というわけでこの「その2」と「その3」に分割した。とはいえ、「その2」が6,300字以上、「その3」が9,700字になった。しかし1,4000を二つに分けて16,000になるという不思議?
ともかく長すぎという不具合は直した(つもり)。ISO規格では悪いところを直すコレクションだけでなく、再発防止の是正処置(コレクティブアクション)を求めている。私は未だISOのレベルに至っていないようだ。反省せねば

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注1
当時の全国高校進学率は60%くらいだった。しかし福島の田舎では3割か4割だったと思う。彼らよりはるかに年下だった私のときで、クラスメートで高校に進学したのが約半数だった。貧乏な私が高校に行けたのは僥倖と言ってもよい。
 参考 国交省ウェブサイト「第1節 働き方の変化」
注2
「怪我と弁当は我が持ち」と書いて、これは方言というか田舎の言い方かと確認した。すると都会では「怪我と弁当は自分持ち」とか「怪我と弁当は手前持ち」と上品に言うようだ。まあ、意味は同じだ。
注3
技能士にはランクとして、特級、1級、2級、3級があり、職種として100種類以上ある。更に機械加工技能士と言ってもそれが工作機械ごとに20数種に細分されているから、複数の技能士資格を持つ人は多い。残念ながら私は銀バッチひとつしかない。

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