異世界審査員127.怒れる7人の男女その1

18.11.05

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは

えー、法律に関しては現代風なところが多々ありますが、世界が違うので人権意識とか公民意識などが進んでいるとお考え下さい。ツッコミ禁止これ大事

扇子 1926年ももう夏だ。しかし新世界技術事務所のある丸の内のオフィスビルは、以前の新橋の事務所と違い、冷房がある(注1)それでも伊丹は習慣と更に少しでも涼しくと、扇子をパタパタしながら事務を執っている。今はここで働く人も20人を超えた。大きくなったという思いよりも、工藤と始めた会社がよくぞつぶれずにきたものだと感心する。元の世界にいたらとうに定年退職して今はブラブラしているだろうと思うと、どちらがいいのか分からない。まあ後悔はしていない。
一件片づけて次の書類を見ると、内務省から品質保証認証制度審議会を開催するから出席せよという通知だ。もう縁を切りたいと思いつつ手に取り、紙をめくり2ページ目を見ると、審査での不祥事が結構あり、審査員の処分と審査会社への是正処置を検討したいとある。

伊丹は内務省の第三者認証の仕事はしていないが、他のメンバーは審査会社、審査員研修機関、審査員など立場は異なっても、第三者認証にどっぷりつかっている。不祥事が起きると大変だろうと同情する。
更にページをめくると、不適切な行為として発生会社名や審査員氏名が塗りつぶされて、日付と問題行為だけが読み取れる。リストは数ページに渡り30件ほどある。これで全部なのか、典型的なものだけリストしたのかの記述はない。
問題行為という欄の記述のをみると、お土産や接待を強要したものが半分だ。中には審査で合格させるからと金品要求もある。ひどいのは審査を受けるときの態度が悪いと言って暴行を働いたというのもある。伊丹はそんなものが並んでいるのを見ると目の前が真っ暗になる。こんな不祥事が続けば認証制度は長くないだろう。

認証件数の推移 元の世界でISO第三者認証制度がいっときは興隆したもののほどなくピークを迎えてそれ以降は何年も減少し続けていた。最終的にどうなったのか、異世界に来てしまった伊丹は分からない。だがVカーブを描いて増加したとは思えない。
ところで不祥事の是正をしていたかとなると、それも分からない。

当時 勤めていた審査会社では苦情とか不祥事があっても社内に周知せず、一部の人だけで処理していた。幹部でない伊丹のような一般審査員には、年に二度開催される審査員研修会でその一部を説明して注意を喚起していた。具体的にどんな問題だったのか、どんな処分をしたのかは藪の中だ。噂では、審査を受けた会社には謝罪もせず、せいぜいがその審査員をその会社に派遣しないことで終わりだと聞いていた。事なかれ主義、今が良ければとお茶を濁すだけじゃだめだろうと伊丹は当時思っていた。
こちらの世界ではしっかり対策しないとならないと思うものも、行く前から気が重い。

海老沢
海老沢さん
内務省役人 大久保教授
大久保教授
皇国大学教授
黒田
黒田
審査員研修機関講師
元砲兵工廠勤務
宇佐美さん
宇佐美さん
半蔵時計店事業部長
審査機関経営者
ドロシー
ドロシー
山梨工業専務
審査員研修機関講師
橋本部長
橋本部長
四井建設部長
審査機関経営者
伊丹
伊丹
新世界技術事務所
品質保証専門家
審議会当日である。メンバー全員出席である。伊丹が参加していた1年前は、全員揃うなんてめったになかった。本日のテーマが重大だということは認識しているようだと伊丹はいささかシニカルである。

海老沢
「本日の議題はご案内した通りです。認証制度がスタートしてから1年半が過ぎました。審査が始まった頃はどこも一刻も早く認証が欲しいということと、審査がどんなものかわからないということもあってか、苦情はありませんでした。しかし今年に入ってからは認証も一段落したためか、2年目の維持審査を受けた企業から苦情が多数出されています。
みなさんにお配りしたものは苦情を種類分けして、種類毎に典型的なものを掲載しています。ですから問題はここに記載した数倍、いや10倍はあるとお考え下さい。
もちろん審査が厳しくて落ちたなんてのは無視して良いと思います。しかし金品を強要したとか、審査において適合/不適合の判断を誤ったものは要対策です」
橋本
「ええと、審査における倫理規定というのがありましたね。あれで判断すればよいのですね」
海老沢
「そう考えております。但し今回が初めてですので、処置の該非と処分のレベル合わせをしたい」
宇佐美
「リストは拝見しました。記述は事実とみなしてよろしいのでしょうか?」
海老沢
「各事案については審査員と企業の両方に聞き取りしました。事実関係は双方の確認を得ております。問題の重大性には見解の相違はあるでしょうけど」
大久保教授
「よーし、分かった。そいじゃこのリスト順に処分の要否と重みを決めればいいんだね?」
海老沢
「左様に考えておりますが、みなさんよろしいでしょうか?」
橋本
「重みについてはリスト順に一旦判断するとして、最終的にレベル合わせが必要と思います」
海老沢
「そうしたいと思います。それじゃ1番目から行きますか」
ドロシー
「私が問題行為という欄を読みましょう。そのあとに皆さんの意見交換をお願いします。
では1番目です。
「審査初日夕方の打合せ時、指摘事項を提示された後に、そのような問題が起きないようにするためその審査員とコンサル契約するように持ち掛けられた。
なお、その不適合について審査終了後に審査会社に問い合わせた結果、適合であると回答を受けた」

この問題は、審査の判断ミスともとれますが、なんでもないことにイチャモンを付けてコンサル契約を強要したようにも取れますね」
大久保教授
「ここには書いてないけど、コンサル契約を結べば、その不適合を消すというニュアンスじゃないのかね」
橋本
「そう思います。すると倫理規定違反と審査員の能力の問題になる」
黒田
「処分の重みって決まっているんですか? 」
海老沢
「ええとまず処分対象は、倫理行動規範というものを決めています。審査員研修でも教えることになっていますよ」
黒田
「えっ、それは申し訳ない。ええと・・・」
海老沢
「4点定めています。これで十分かどうかは状況を見て加除修正が必要と考えていますが。
ええと、1番目ですが、審査員は誠意をもって審査を行う、民法の信義則です。
2番目は、審査員は、監査のすべての利害関係者からの、勧誘、贈り物等いかなる利益や便宜を受けてはならないし、利益や便宜の供与を示唆してはならない。
3番目は、審査員は、監査において得た被監査者にかかわる情報を、被監査者の許可なく外部に開示してはならない。
4番目は、審査員は不適合判定においては、己の知見に基づき厳正な判断を行い、憶測で判断してはならず又等閑視してはならない。
それから処分の重さですが、資格取消と資格の停止です。資格の停止は最大1年まで1月単位となっています」
橋本
「隗より始めよと言いますから、私から・・・
これは倫理規定の2番に該当は間違いない、そして重みですが資格停止4月でいかがでしょうか。
不適合の判断を誤ったというのはどうですかね。特段この場で問題にすることではなく、その審査会社に対してどのような是正、つまり教育とかしたかをフォローすることになりますか」
大久保教授
「資格停止4月とした根拠は?」
橋本
「まず取消にはあたらないでしょう。お土産のおねだりよりは悪質かなと思いまして資格停止の最大の1/3でどうかと思いました」
海老沢
「私も発言してよいですよね。私も取消はないと。資格停止1年とは相当罪が重いものに限定されると思います。となるとこれは3月くらいかなと・・」
ドロシー
「海老沢さんに同意です。でも4月でいかがですか」
伊丹
「取消には当たらないかもしれませんが、罪を捏造しての強要ですから停止1年くらいになるかと思います」
宇佐美
「うわー、それは厳しい」
伊丹
「小さなほころびを放置しておくと第三者認証制度の崩壊につながりますよ」

しばし沈黙する。

海老沢
「発言者がないようですので、とりあえず今の意見を記述して次に進みます」

海老沢は立ち上がり黒板に表を作って書き込む。

NO.行為海老沢大久保黒 田宇佐美ドロシー橋 本伊 丹
1不適合でないものを不適合とされ、コンサル契約を強要された34412
2
審査初日に接待の宴席を設けた。翌日にも接待を求められた
3
・・・・・・・・・・
・・
4
・・・・


ドロシー
「では2番目です。
「審査初日に接待の宴席を設けた。翌日にも接待を求められた」
前のものに比べると軽いですね」
橋本
「それじゃこれもトップバッターでいきます。停止1月でどうですか」
大久保教授
「いや、これくらいなら社会通念としてOKかも知らんね」
宇佐美
「大久保教授、商取引でも接待というのはありますが、接待される側から求めるというのはありません。先ほどのものと本質的には同類でしょう。先より軽くというなら1月とか2月では?」
伊丹
「ちょっと待ってください。公務員への接待は基本的に違法です。審査員は公務員じゃありませんが、準公務員(みなし公務員)とみなすなら大問題です」
大久保教授
「えっ、そうなのですか。となるとまずは準公務員かどうかということですね。そうであれば法違反、そうでなければ重大な問題ということですか?」
海老沢
「準公務員とは法律で「法令により公務に従事する者とみなす」と規定されている者です。この第三者認証制度を定めた法律ではそうはしていません」
伊丹
「言葉が足りませんでした。準公務員でなくても準公務員にみられるかどうかということです。受ける側が公務員とみなしていれば、言われたことに従わなければと思うでしょう」
大久保教授
「つまり社会が審査員を準公務員と見ているなら、処分は重いということか?」
伊丹
「企業から見たらお上の仕事をしているわけでしょう。公務員かどうかは別として審査を受ける会社と対等ではない。審査員に反論するのは難しいでしょう。よって処分は重くでしょうね」
黒田
「似ているかと思いますが、砲兵工廠で退職する人は、取引先や下請けに定年後の雇用をお願いすることがあります。そういったものも違法になるのでしょうか?」
伊丹
「黒田さんがおっしゃったように知り合いでお願いするのは許容できるでしょう。しかし引き取ってくれるなら仕事を出すとかその逆なら仕事を切るというなら問題じゃないですか。それと再雇用のお願いを、組織としてお願いするのと個人的にするのでは違うでしょうね」
海老沢
「とりあえず皆さんの意見を書き留めて次に行きましょう」

ドロシー
「では次です。
「規格では「手順書」とあるが、弊社の品質手引書では弊社の呼び名である「会社規則」と記しているのを不適合とされた」
呆れた!」
橋本
「これって、審査員が規格を理解してないことですね」
大久保教授
「ええと、手順書とは法律などで社内文書の範疇語ではないのかね?」
海老沢
「法律では手順を文書で定めよというとき手順を定めよと言います。手順書という呼び方はしていません。いずれにしても会社が決めた文書という意味です」
ドロシー
「本来なら品質手引書はその会社の呼び方を書くべきで、手順書と書く方がおかしい。不適合であるわけがない」
黒田
「不適合ではないと思います。でも審査員が不勉強だからといって処分する必要があるのですか?」
伊丹
「審査を受けた会社が黙っていれば不適合のままだ。大きな問題ではないと言われるかもしれないが、認証を受けるのが数か月遅れれば、その間入札できなくなり機会損失は莫大だ。もし会社が審査員と審査会社を民事で訴えたらどうなりますか?」
宇佐美
「審査に誤りがあって認証を受けられず会社が損失を受けたら、裁判に訴えることができるのですか?」
伊丹
「訴えていけないという理由はないですね」
宇佐美
「審査会社はその責任を負うのですか? 一事不再議とか一事不再理とかあるでしょう。仮に審査会社がその審査員の指導とか社内処分をしたとき、更にその事件を審査員の処分と損失の責任というのはありますか?」
伊丹
「ありますよ。これは一事不再理とは違います。損害と審査員の力量にはそれぞれ別の処置が必要です。
交通事故を例にすると、3つの責任と言われます。つまり刑事上の責任として実刑も罰金もあり、行政上の責任として免許の取り消しとか停止があり、民事上の責任として被害者への損害賠償があります。
審査員が間違えたなら、間違えたことについての責任、それによって与えた被害救済責任があります。もちろん審査員個人の責任でなく、審査会社の雇用者責任かもしれませんけど」
宇佐美
「えっ!それじゃ審査なんてとんでもないリスクがあることになる」
黒田
「伊丹さん、私も驚きました。そういう発想はアリですか?」
伊丹
「もし審査を受けて不適合になって予定していた入札に応札できなかったとき、会社が審査員と審査会社を訴えたえることは可能です。それを裁判所がどう判断するかは別ですが。
もしかして被害を受けた会社はそのような仕組みを作った内務省を訴えるかもしれませんね。制度的に不備があるとして、行政裁判所に(注2)
海老沢
「伊丹さんに言われて、それに気が付きました。そうならないような仕組みが必要なのか、運用で問題が起きないようにできるのか」
伊丹
「正直言って、どういう制度があるべき姿かは分かりません。しかし会社が審査によって不利益を受けたなら、その救済の道筋は必要でしょう」
海老沢
「この件では・・・ああ、やはり入札時期を逃しています。落札した金額は500両ですか。このときの補償金額はどうなるのでしょうか?」
伊丹
「これから内務省の判断とか判例とかが積み重なって落ち着くでしょうけど、500両ということはないですよね。その仕事の利益はせいぜい40両くらいでしょう。更に落札する確率を2割とすれば、落としどころは8両とかになるんじゃないですか。いえ、私の予想ですよ」
宇佐美
「でもその審査料はせいぜい5両ないし7両でしょう。審査料金以上の補償とは・・」
黒田
「それは普通にありますよ。我々が10両の部品を発注して、納期遅れで完成が遅れればその損害請求額は20両、30両というのは普通にあります」
海老沢
「となると審査員もその一部を負うということになるのですか?」
伊丹
「それは雇用している審査会社と被雇用者である審査員との関係であって、認証制度とは関係ないでしょう。
タクシーの事故において運転手と会社の賠償責任の割合はタクシー会社の決まりによります。同じようになるのではないですかね」
黒田
「あの〜、そういうことが拡大すれば審査員研修機関やその講師も裁判に巻き込まれますかね?」
伊丹
「間違えたことを教えていなければ関係ないのでは?」

ドロシー
「次いきます。「B社の審査時に、審査員が会社から質問を受けて、その審査員が審査を行ったA社の社名を上げて解説した。その後、B社がA社に教示を求めてきて判明した。審査員は守秘義務に反している」
うーん、こんなことはありそうですね」
海老沢
「これは発覚しないものが多そうだね。しかし今の例でいうとB社が審査状況をA社に伝えることは、B社と審査会社の秘密保持契約に違反しないのかね。つまりこの問題はB社の責任ではないのか?」
橋本
「えぇ! それじゃ審査員がなにを話しても外部に漏れたら聞いた会社の責任になるのか?」
宇佐美
「ちょっと、ちょっと、守秘義務って審査会社に求められていて、審査を受ける会社に求めてはいないよ。
審査会社が審査風景の写真撮影しないで欲しいとは言っている。もっとも審査員の写真を撮ってもご利益があるとも思えない」
橋本
「えっ、そうだっけ。審査の手法とかを会社が漏らしたら困るんじゃないか」
大久保教授
「仮に守秘義務を契約書で定めていても、違法を告発することは守秘義務違反に当たらないんじゃないか(注3)
橋本
「なるほど、審査の質疑や風景を一般公開したらまずいかもしれんが、審査で暴行されたとか金品を強要されたというのを外部に言うのは違うよね」
大久保教授
「これはA社もB社も審査会社を刑事告発と民事訴訟ができるのかもしれないな。
仮に製造方法のノウハウを社外に漏洩されたら大損だ」
海老沢
「となると最悪は資格取消ですか」
大久保教授
「それもそうだが、先ほど伊丹さんが言われたことと同じく、損害賠償など裁判を起こされたら金額が天文学的になる恐れもあるよ」

ドロシー
「では次です、
「審査で書類の提出を求められた際に、提出するのが遅いと審査員からビンタされた。
提出を求められたものがだいぶ前の文書であったため、文書保管倉庫から探して持ってくるのに20数分を要した」
橋本
「文書の提出の時間は決まっているの?」
ドロシー
「適切な版がすべての部門で利用できることとなっています。利用できるとはすぐに手にすることができることでしょうね、規格には何分以内とかは書いてませんけど」
伊丹
「その文章を見ると、現在有効な文書ではなく旧文書とか古い記録ではないのだろうか。となれば使うにしても一刻を争うものでもないようだけど。
ともかく、ビンタはないよ、ビンタは。会社の先輩が後輩を叱るというのはあるかもしれないが、お客様をビンタするなんて暴行事件だ」
黒田
「砲兵工廠で上位の者が下位のものをビンタするというのは今でもありますが、芳しくはありませんね。しかし社外のお客様をビンタするとなれば、これは犯罪でしょう」
大久保教授
「となるとこれは刑事事件で被害届か告発することになるのか。それじゃ資格停止1年でどうかね?」
宇佐美
「刑事で立件されたら即資格取消になりませんか?」
黒田
「有罪が確定しなければなりませんよ。とはいえお客様からその審査員は派遣しないでくださいと言われそうですね」
ドロシー
「資格停止1月であってもそれ以降、審査前の審査員候補者提出時に過去の資格停止の記載義務はあるんでしょう。そういう審査員を拒否しない会社ってあるんですかね。思うんですけど一旦資格停止になれば、それが1月であろうと1年であろうと、もう仕事はないんじゃないかしら。審査員になりたい人はいくらでもいるわけだし」
伊丹
「ならば被害者と示談して取り下げてもらわなければならない。示談成立ならトラブルをもみ消しできるかどうかということでしょうか。もちろん話がつかなければオシマイだ」

ドロシー
「どれもこれも読み上げるのも悲しくなりますね。次もがっかりです。
「審査開始時刻より2時間以上遅れて審査員が到着した。遅刻を謝罪したのち審査開始したが、夜8時頃まで審査を行い計画にない残業となった。
遅刻理由ははっきり言わなかったが、審査員同士の会話を聞いていると、汽車の乗り換えを間違えたためらしい」
橋本
「汽車の乗り換えをミスったときに、審査を受ける会社にその旨の通知と、審査をどうするか問い合わせるべきだろう。遅刻してもせいぜい30分が限度で、それを超えたら一旦キャンセルというのがあるべき姿じゃないですか?」
伊丹
「キャンセルするなら審査する企業との協議が必要かと思います。場合によっては損害賠償ということもあります」
橋本
「えっ、審査が予定通りできないと損害賠償ですか?」
黒田
「普通の商取引で予定日の予定時刻に納入できなければ、契約違反で損害賠償を請求します。少なくても砲兵工廠はそうでした」
宇佐美
「審査会社にはそんなリスクもあるのか」
伊丹
「もちろん審査員が途中で事故にあうとか、天災もあるでしょう。ですからなにがなんでも契約を守らなくてはならないこともありません。サラリーマンが汽車の事故とか台風で遅刻や欠勤しても罰則はない。でも欠勤には変わりないから会社は賃金を払わなくても良い(注4)
通常の審査契約書では、そういった異常時については規定しているはずです。ただ審査員が汽車に乗り間違えたり、寝過ごしたりというのは審査員の責任です(注5)
宇佐美
「言われてみればその通りですね。ウチでも審査員に十分注意を喚起しなければならないな。審査前夜に審査員同士で酒飲んで寝坊したなんてことがあってはたまらない。」
黒田
「この場合も認証機関には損害賠償になる恐れがあります」
宇佐美
「審査員資格をどうこうというよりも、認証機関の社内規定次第ではないのかな」
橋本
「そういう気もしますね」

ドロシー
「これはちょっとニュアンスが違いますね。
「審査報告書に規格不適合の記載しかない。不適合の場合は不適合の状況を記載しているが、適合の場合はその状況を記載していない」
宇佐美
「それは当然じゃないのかな。というのは適合であるという全部を網羅するのは不可能で悪魔の証明だ。だから不適合であることのみ証拠と根拠を記載すれば必要十分だよ」
伊丹
「しかしその次の事例では「今回の審査で不適合と言われた。前回も同じ書類を見ている。前回の審査員が適合と判断したのか、前回は見なかったのかはっきりするために、適合とした場合でも、点検した記録と確認した事項を記載してほしい」というのがあります。
こうなると確かに最低どの書類を見たかの記載は必要ですね」
宇佐美
「確かに同じ書類を見て一度目は良くて二度目はダメと言われると困りますね」
橋本
「この事例では、今回不適合と言われた事例とそれ以前のものも同じであるとなっています。前回見逃しなら見逃しであったという事実のみははっきりさせたいですね」
大久保教授
「となると審査の問題ではあるが、個人的なことではなく認証機関として審査員のレベル合わせも必要で、手法の統一とかもしないといけないな」

ドロシー
「ええと次ですね、
「審査報告書が簡単すぎる。文字数が500文字しかなくて審査料金が7両(84万円)と言うのはおかしい」
大久保教授
「確かに審査会社によって報告書の様式も異なりますし、精細なところとか結論だけの簡単なものとかいろいろありますね」
橋本
「報告書の様式も各社統一した方が良いのでしょうか?」
宇佐美
「審査会社の提供するサービスは標準化されています。ですから報告書などで差別化したいですね。まったく同じにはしてほしくないです」
伊丹
「あのですね、審査報告書というのは、審査会社が審査を受けた会社に出すものではありません」
大久保教授
「えっ、じゃあ誰に出すものでしょう?」
伊丹
「審査のお客様は審査を受ける企業じゃありません。この第三者認証制度のお客様は誰なのかとなりますと、内務省とか各省庁になります。でも審査報告書はお客様に出すわけでもありません。
審査報告書は誰に出すのかとなると、各審査会社の判定委員会あるいは経営者となります。判定委員会や経営者が審査を受けた会社が内務省規格に適合しているか不適合かの最終決定をして、その結論を内務省に報告するのが建前と言うか認証制度そのものです」
ドロシー
「えええ! 伊丹さん、それじゃ審査を受けた会社が受け取っている審査報告書とはなんなのですか?」
伊丹
「それは審査報告書の写(コピー)です。
審査を受けた会社が正式に受け取るのはCAR(是正指示書, Corrective action requirement)くらいです。認証の印は審査登録証そのものですしね」

よくある勘違い: 審査報告書というものは審査員が判定委員会(あるいは同等の機関)に出す業務報告書で、審査会社(認証機関)の内部文書であります。審査を受けた会社がそれにサインするのは記載内容に同意するという意味です。
しかしどういう性格のものであっても、何を見てOK/NGと判断したのかは明確に記録すべきです。今までの審査員はOKしたとか、以前来た審査員にこうしろと言われて直したのに、新しく来た審査員にダメと言われたのでは会社側としてはたまったものではありません。

*「以前来た審査員にこうしろと言われた」ということ自体、大変な問題なんですけどね。たくさんあるから問題と認識しないのでしょうけど、


人間ですからなにごとも完璧に行くはずがなく行き違い、勘違い、間違いがあるのは当然です。とはいえそれをなくして目的を果たそうとなるのも当然です。

うそ800 本日のタイトル
もちろん「12人の怒れる男たち」からでございますよ。私の知っている企業では新人管理者教育でこの映画を見せています。説得ということの最高のテキストでしょうね。
ヘンリー・フォンダ演じるひとりの陪審員が、思い込みで有罪にしようとする他の陪審員たちを証拠と論理で説得する。とはいえリアルの世界でヘンリー・フォンダとか修造みたいな隣人がいたらちょっと暑苦しいでしょうね。
しかしこの1950年代のドラマは出演者全員が白人の男だったということに驚きます。今なら人種差別だ性差別だと苦情が来て放映できないでしょう。
おっと大丈夫。この映画は何度もリメイクされましたし、日本やほかの国で映画、舞台劇、テレビドラムになりました。それらでは陪審員の中にカラードもムスリムも女性もいます。でも時代が代わってもコミュニケーションが難しいのは変わらないようです。
ところで日本の裁判員の実態はどんな塩梅なんでしょうか? 私は選ばれたことがないのでわかりません。せめて死ぬ前に一度くらいはと・・

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注1
日本のオフィスビルで冷房されたのは1923年日本興業銀行(現みずほ)が最初。ただしこれは冷媒の圧縮膨張を使ったものではなく、井戸水による冷房であった。
冷媒を使った冷房は、1921年頃から工場に使われた。1927年頃には劇場などに使われ始めた。
この物語と違い、日本ではオフィスの本格的な冷房は1947年以降らしい。
「住環境調整の歴史その4 冷房の歴史」辻原万規彦、住環境調整工学、2010

注2
行政裁判所とは明治憲法においては、民事事件と刑事事件を取り扱う裁判所のほかに、行政事件を管轄する一審制行政裁判所があった。敗戦後、廃止され通常の裁判所で行政事件をとりあつかうことになった。

注3
社内で犯罪があった場合、それを黙認することはほう助にあたり刑事上の罪になる。その場合、守秘義務契約違反は問われないそうです。法的な根拠はわかりませんが、公益通報者保護法第3条3項ハ号でも当たるでしょうか?
「ハ 労務提供先から前二号に定める公益通報をしないことを正当な理由がなくて要求された場合」

注4
労働基準法では会社の責任で就労できなかった日は賃金の60%以上支払いを決めている。しかし台風のために出勤できなくて休業を決めたのは会社ではなく、原因は台風にあるとして賃金支払い義務は発生しない。
また台風などによって個人的に遅刻・当日休暇・欠勤した場合、賃金は発生しない。但し懲戒対象にはならない。

注5
1992年頃だったろうか、どこかの団体で品質監査員教育を受けたとき、イギリスの監査員教育のテキストを翻訳したものを配られた。いくつものケーススタディが載っており、それを基に討論した。
文書保管室がボイラー室の隣で、湿気も気温も高く問題だとか、ルールを守らない管理者をどうするかとかいろいろあった。その中に数名の監査員が訪問するとき、そこの元従業員だったという男が運転して道を誤り遅刻してさあ大変というものもあった。そういう事例は多々あったということなのだろう。
いえ、私も人のことは言えません。私の実体験でございますが、A社の名古屋支店に監査に行くのに、誤ってA社の福岡支店に行ったことがありました。当日の朝、訪問先で「そんな予定ありません」と言われて冷や汗が2リットルほど出たのは本当です。馘首(クビ)にならなくて良かった。


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